フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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突然家のチャイムが鳴ったのは、隼さんがロッテさんと魔法世界に行って数時間後の事やった。

 

それまで私は、シグナムたちと昨晩の騒ぎでグチャグチャになった家の中の掃除してました。………とは言うても、そもそも家自体がそらもう酷い状態になってもうたので、果たしてその片付けに意味があるのかは甚だ疑問を禁じえなかったけれど。

 

それでも。

 

家の中からお日様が直に拝める吹き抜けが出来たけれど………壁には昨晩知り合ったペットショップの店員さんが乗ってきたバイクが立て掛けてあるけれど………床には日本刀や手裏剣がいくつも突き刺さっているけれど……それでも、まさかそんな状態を維持する訳にもいかへん。

 

よって大掃除。

午前中を使って大掃除をしました。

 

併せて、近所の人にも事情説明。だって、一晩でいきなりウチが半壊状態になってたら驚かれるやん?寧ろ警察を呼ばれても不思議やない。せやから、近所の人に説明して回った。

ただ、問題はその理由。

まさか馬鹿正直に『魔法、武術、忍術、霊力、その他もろもろ使って騒いでたらこうなりました』とは言えへん。そんな事言うたら、警察だけじゃなく救急車も呼ばれてまう。

という訳で、取り合えず私は責任の一端(というか全て)を担っている隼さんに押し付ける感じで説明しようと試みたんや。

 

『あの、実は、これは何というか、隼さんが─────』

『ああ、ま~た隼君が何かやらかしたんでしょ?とうとう家まで壊しちゃうなんて………ちゃんと責任取らせなきゃ駄目よ?』

 

説明の必要がなかった。理由すらいらへんかった。

隼さんの名前を出しただけでカタがついた。家が半壊した事に対して『やらかした』くらいの表現で済まされとる。あの人、ウチに来てまだそない経ってないのに、何で近所の奥様方に正確に人物像が認知されとんのや?そして奥様方も大層な肝っ玉や。少しは動じて欲しかったわ。

 

まあそれは兎も角、そういう感じで色々と疲れながら時間を過ごしとった時にうちのチャイムが鳴ったんよ。

 

私は、それを普通に出迎えようとした。だってな、うちのチャイムを鳴らす人なんて回覧板を回してくる近所の人か、宅急便のお兄さんくらいやし。隼さんが帰ってきたいう線もあるけれど、あの人はもうウチのチャイムなんて鳴らさへんし。

せやから一旦掃除を切り上げ、私は玄関に向かった。配達かも分からんから一応判子を持って、いつも通りに車椅子で。

 

「は~い、今行きます」

 

そう言って玄関まで後数メートルという距離になった時。

 

「待て、小鴉!!」

 

急な大声にびっくりして振り返ると、フランが普段はあまり見せない険しい顔付きで玄関の方を見ていた。しかも何故かその姿は、私がデザインしたあの騎士甲冑という格好で、右手には魔法の杖を握り締めていた。

 

「ど、どないしたん?」

「……いいからこっちに来い。玄関から離れろ」

「で、でも、早う出な……」

「いいから来いと言うておる!」

 

フランのあまりらしくない様子に、私は怪訝に思いながらも車椅子を反転させてフランの横に位置づけた。それと同時に、先ほどのフランの声を聞きつけたシグナムたちも集まってくる。

 

「どうした、フラン」

「ふん、どうもこうもあるか。………招かれざる客が来たようだ」

 

招かれざる客?

なんや、フランは玄関先の人が誰か分かってるん?しかも、その言動からしてあまりいい人じゃないらしい。新聞屋さんとか訪問販売の人かな?

 

「でも、いくらなんでも魔法の杖は出したらあかんやろ。ホンマに招かれざる客なら、ここはザフィーラに頼んで追い払ってもらって……」

「黙れ、馬鹿小鴉。略してバカラス」

「酷!?その略し方は酷すぎやろ!?」

「黙れと言っておる。黙秘権を行使していろ」

 

あ、相変わらずフランは私には厳しいわぁ。

 

「何を慌てている、フラン?」

「貴様こそ悠長に構えている場合ではないぞ、将。……今、そこの玄関の外におる奴、我の探知に引っかからなかったのだ」

 

探知?ああ、そう言えば前言うてたな。何でも『誰であろうともこの家に近づく者は必ず我が捕捉出来るよう、魔法の網を張っている』とか何とか。

 

あれ?て事はつまり、今、玄関の前にいるチャイムを鳴らした人って……。

 

「魔導師か!!」

 

ヴィータが吼えて、すぐ様騎士甲冑を身に纏った。それに続くように皆もまたそれぞれの騎士甲冑を身に纏い、デバイスとかいう武器を持つ。そして、私を庇う様に僅かばかり前に出た。

 

「管理局か?まさか我々の居場所がバレたのか……」

「そ、そんな……フランちゃんとは別に私の方でも阻害の魔法を使ってたのに、それを掻い潜るなんて事………」

 

シャマルがそこでハッと何かに気付いたような顔になって、おずおずと呟いた。

 

「も、もしかして隼さんがバラしちゃったんじゃ……」

 

え……?

 

「むっ……その可能性はある。あの男は概ね信用出来る奴だが、しかし自分を一番に考える奴だからな。己が身に危機が迫れば容易く裏切り行為を働きそうだ。魔法世界に行き、局に偶然捕まったのか、それともあの猫にいっぱい食わされたのか、はたまた自首したのかは分からんが、タイミング的にも可笑しな話ではない。なにせ主を助ける最良の方法の一つが、奴の犠牲の上に成り立つものだったからな」

 

ザフィーラのその言葉に頭が真っ白になる。

 

隼さんが……裏切った?

 

そんな……。

 

「そんなわけない」

 

空白の頭で考え事も出来ないのに、それでも私はそのザフィーラの言葉をすぐさま否定していた。無意識に、しかししっかりと。そして、そのまま言葉を紡ぐ。

 

「確かに隼さんは自分が大好きな人や。お金よりも女の人よりも子供よりも、一番に自分が可愛くて仕方ないって人や。せやけど………せやけどあの人は言ったんや!私を生き返してやるって、ガキらしく笑って過ごさせてやるって、ずっと傍に居てやるって!……あの人は、自分の言葉を平気で反故にする人やけど、でも結局は曲がらない人なんや」

 

嫌だとか、やっぱ止めたとか散々言い散らし、けど結局最後は『はっ、上等だよ、やってやろうじゃねーの!俺に出来ねえ事はねーんだよ!!』とふてぶてしく笑いながら言い放つ人。

 

「隼さんは絶対裏切ったりせん。だって、隼さんは正義の味方じゃないんやから。隼さんは『自分の味方の人の味方』なんやもん。あの人は我が身可愛さの為に相手に頭下げるんじゃなく、我が身可愛さの為に相手を殴り倒す人や」

 

私は、隼さんの事が大好き。私は、一生隼さんの味方。

だから、隼さんは私の味方や。正義の味方でも悪の味方でもない。正義の為にも、悪の為にも裏切らん。

 

「よくぞ言った、小鴉。我が褒めて遣わす。そうだ、主はそう易々と管理局に降るような男ではない。だというのにこの金髪と犬、事もあろうに裏切りなどと軽率に主を決め付けおって。……貴様らから殺してやろうか?」

「落ち着け、フラン。しかし、私も主はやての意見には概ね同意だ」

 

そやろ、そやろ……って、シグナム?概ねって事はちょっとは異なるん?

 

「隼は『俺が正義だ!』と素面で豪語出来るような男だからな。"正義の反対は、また別の正義"という言葉を聞いた事があるが、奴の場合"自分にたて突く奴は、全員悪"という感じだろう」

「いや、シグナム、それも違うんじゃねえの?あいつに正義だの悪だの、そんな小難しい事考える頭なんてないだろ。もっと単純に"気に入らねえ奴は殺す"って感じ。ようはガキの好き嫌いレベル。もっと簡単に言えばDQN」

 

シグナムに続き、意外な事にヴィータも隼さんの事を擁護した。………ん、あれ?擁護になってるんかな?

 

「……ぷっ、あはは。そうね、確かにはやてちゃんやシグナムやヴィータちゃんの言う通りかも。よく考えれば『裏切る』って行為は、それはそれで高度な事なのよね。隼さんにそんな高等技術が使えるはずないものね」

「ふむ、どうやら俺もシャマルも隼の事を過大評価していたようだな。以後、気をつけよう」

 

ヴィータの発言からシャマル、ザフィーラまでの流れ、もうただの悪口になってへん?ていうか、私のシリアスっぽい悲痛な訴えがいつの間にかなくなってる?

 

これはあれかな、隼さんの『シリアスだったのにいつの間にかコメディへ』という十八番芸が八神家にも浸透して来たんかな?

 

全然嬉しゅうないわ。

 

 

 

 

 

─────────────メキャ

 

 

 

 

 

異音が耳に入ったのはその時でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆が一斉に音が発生した方へと目を向ける。そこにあるのは普段使っている何の変哲もない玄関。

私の記憶が確かならば、うちの玄関には『メキャ』なんて音を出す機能はついてなかったはず。そして何よりも………

 

(あれ?ドアノブがのうなってる?)

 

玄関のドア、それについていたノブがなくなり、ついていた場所にはぽっかりと丸い穴が開いている。

疑問符が頭の中を渦巻いていると、今度はその開いた穴の外から綺麗な白い手がニュッと入ってきた。

 

と、次の瞬間。

 

「お邪魔します」

 

綺麗で礼儀正しい女性の声と共に玄関のドアが開いた。

いや、それはちょう違うな。

『ドアが開く』って言い方やったら、普通は『ドアノブを回して開ける』って事や。せやけど、何故かうちのドアノブはのうなってる。さらに言うと、ドアというのは普通引くか押すかして開けるもの。

せやから、今、玄関先にいる女性は正しくはドアを開けておらんのよ。ちゃんと正確に言うなら、きっとこうや。

 

『開いた穴に手を掛け、そこを基点にドアを横に歪ませた』

 

え、よう分からんって?安心しい、私もよう分からん。

分かってるのは、女性が片手でうちのドアを紙粘土のようにひしゃげさせたって事。もちろん、ウチのドアは粘土やない。鉄?合金?よう分からんけどそういう硬い素材や。せやからまかり間違っても人力であないな変形はせん。

 

しかも変形させたのが幻想的で儚い雰囲気を纏った女性だと言うんやから、余計信じられへん。

 

(うわぁ、綺麗な人やな~)

 

姿を見せた女性は、ただただ美人やった。

黒い厚手のダッフルコートを着て、下には白のタートルネックにタイトなジーンズ。寒さで僅かに赤くなった頬と風に靡く銀色の髪、優しい微笑みを携えた整った顔。

 

シグナムやシャマルも綺麗やけど、この人も全然見劣りしてへん。本当にこの人がドアを破壊したのか疑いたくなる。

 

「っと、これは申し訳ない。些か力加減を誤ってしまったね」

 

やっぱり犯人はこの人やった。そして、シグナムたちの先ほどの言葉や今の緊張した顔つきを見るに、どうやらこの人は本当に招かれざる客みたいや。

まあドアを破壊された時点で率先して招きたいお客さんやないけど。

 

「あ……あ……」

「ヴィ、ヴィータ、どないしたん?」

 

見ればヴィータがその女性を見て体を小さく震えさせていた。それも、今にも泣き出しそうな表情や。

 

「な、なんで、お前が……」

「そんなに怯えられると流石に傷つくよ、ヴィータ。先日の件でしたら謝罪します。あの時は私も気が立っていたからね」

「あ、悪魔め……!」

 

先日?悪魔?

というか、ヴィータの名前を知ってるいう事は知り合いなんかな?

 

「ヴィータ、それに将たち、そんなに警戒しないでくれ。私は今日は別に争いに来たわけじゃない」

 

そこで女性は初めて私と目を合わせ、また小さく微笑んだ。

 

「初めまして、八神はやて。私は鈴木夜天。鈴木隼の騎士であり、家族の者です」

「あ、あなたが夜天さん」

 

鈴木夜天……その名前、隼さんから聞いた事がある。なんでも一番綺麗で優しい女性だけれど、怒らせたら一番怖い人だと。

 

「今日は突然の訪問、申し訳ありません。本来なら主が世話になった手前、菓子折りでも持って参じるのが礼儀なのでしょうが、生憎と此方にそこまでの余裕がなかったもので」

 

なんや拍子抜けするほど丁寧な物腰やな。目の前で起こった事とは言え、ホンマにこの人がドアを壊した人なんかな?

 

「昨晩の一件でこちらも少々面倒な事になってね。主を迎えに来たのだけれど……さて、主はどこに御出ででしょう?」

 

昨晩っていうと、思い当たるのはパーティの件……やなく、その前の蒐集の件かな?私は一緒に行かへんかったけど、帰ってきてから聞いた話じゃ隼さんが例に漏れずまた滅茶苦茶した言うてたな。

 

「ふん、生憎と今は主はおらんぞ。おったとしてももう主は我のものだからやらんがな。よって、さっさと去ね、管制人格よ」

 

管制人格……じゃあこの人が隼さんが持ってる夜天の写本の最後の騎士?私の持ってる書の管制人格は封印されてる言うてたけど、隼さんの方はそんな事ないんや。

 

「なるほど、お前が理やライトと同じ断章の騎士か。……そして、主を攫った張本人」

 

夜天さんが視線をずらしフランの顔を見た。けれど、そこにはさっきまであった温かいものが消え去ったような瞳の色をしてる。

 

「だったら何だ?主との出会いは少しばかり悪かったが、今ではお互い離れられぬ仲ぞ。お前は知らぬだろう?主の味を」

 

私の顔と同じなのに、私には到底出来ないような妖艶な顔でペロっと舌なめずりをするフラン。

 

ていうかフラン、隼さんに何したんや?事と次第によっちゃあ私も黙っちゃおれんよ?

 

「そう、か」

 

何かを咀嚼するように目を閉じて思考する夜天さん。一見して先ほどと変わらずそこに立っているだけのように見えるけど……うん、間違いなく怒った。

雰囲気がガラリと変わった。

ついでにヴィータの震えがさらに増した。

 

「断章の子、フラン。お前は写本の一ページから生まれた騎士であり、それはつまり私の同志だ。そして、いずれは家族として暮らしてゆくかも知れない者、そう思っていた。………だが」

 

夜天さんがゆっくりと目を開けた。その瞳はとても冷ややかで、とても同志と呼ぶ人を見る目やあらへん。

そしてポケットからグローブを取り出して嵌め、次の瞬間背中から漆黒の羽が出てきた。

 

「クズ紙、一度死んでみるかい?」

 

ちょ、いきなり戦闘態勢に入った!?しかも、それにつられて皆も各々デバイスを構えてる!?

待って待って、ここで喧嘩なんてしたら家が!これ以上家を壊してもうたら本当に住めんようなるやん!

こ、ここは隼さんばりの空気の読めなさで割って入って──────

 

「夜天、どんな理由であろうとも私の獲物を横取りするのは感心しませんよ?」

 

そんな声が聞こえた瞬間、後ろで爆音が轟いた。

私はゆっくりとふりむく。

 

「い、一体今度は何な……………んやああああああああああああ!?!?!?」

 

穴が開いていた。

 

昨夜のパーティで天井に空いていた穴はまた一回り大きくなり、床にも大穴………マントルまで続いてそうな大穴が。

まるで空からサテライトキャノンが降って来たかのような惨状や。

 

わ、私の家が~~。

 

「そこの変態は以前私に上等くれましたからね。手前できちっとケジメをつけるのが鈴木家の家訓でしょう?」

 

次から次へと新展開。

その出来た大穴から今度は空からなのはちゃんが降りてきた。……あ、いや、違う。なのはちゃんは決してあんな虫を見るような目で人は見ぃひん。

 

「理、もうそちらは終わったのですか?」

「ええ。殺さず捕縛、というので骨が折れるかと思いましたが、存外拍子抜けするほどに簡単でしたよ。力はあっても所詮は幼女。御しやすいです」

「そうですか。もしかして他の皆もここに?まさかここで決着をつけるつもりですか?」

「いえ、私だけです。舞台に行く前に様子を見に来たんですよ。流石にここでの決着は無理でしょう。街への被害が莫大なものになってしまいますからね。だからこそ、わざわざ別の星を用意したのでしょう?」

「むっ、そうでしたね」

 

夜天さんとなのはちゃん似の子がよく分からない言葉を交わす。ただ分かるのは、どうにもかなり物騒だという事くらい。

 

「少し頭に血が上りすぎたようで……気を取り直し、さて、八神はやてとその騎士たち」

 

夜天さんは落ち着きを取り戻したようで、ここにやってきた時と同じ落ち着いた調子で言葉を放った。

 

「約束の時です」

 

そして、場面はまた次への展開を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身を焦がすような灼熱の太陽、立ち上る蜃気楼、砂を巻き上げる熱風。

 

今、ありのままの起こったことを話すで?

 

『家の中に居たと思ったら、いつの間にか砂漠にいた』

 

何を言うてるのかさっぱりやと思うけど、私も何をされたのかよう分からん。頭がどうにかなりそうや………催眠術とか超スピードだとか、そんなチャチなもんやない。もっと恐ろしいものの片鱗を味おうたわ。

 

「いえ、ただのトランスポーターという魔法ですよ」

「あ、そうなんか。へえ、これが魔法なんやね」

 

夜天さんが丁寧に突っ込みを入れてくれたので、私もおふざけはやめておく。

 

どうやらトランスポーターという魔法で私は家から砂漠までワープしたみたいや。いや、周りにシグナムたちもおるから、正確にはあの家にいた人全員かな?……あ、いや、でもユーリちゃんがおらん。ユーリちゃんはワープさせへんかったんかな?……あれ?そういえば掃除が終わってからユーリちゃんの姿を見てへんような気が──。

 

「八神はやて?もしかして今の魔法で気分でも悪くなったのかな?」

「あ、いえ……」

 

取り合えず、思考を一時中断。ユーリちゃんはかなり強い言うし、多分問題はあらへんやろ。

今の問題は、どうして夜天さんが私らをこんなところに連れてきたのか、や。確か『約束の時』がどうたら言うてたけど……。

 

「あの、一体私らをどうするつもりなんです?」

 

何の加減もなく私の家を破壊し、こんな砂漠まで半強制的に連れて来られた。

先ほどの夜天さんの言動を顧みるに、どうやら隼さんを勝手にうちに住まわせた事を怒ってるんやろうな。いや、さっきフランが隼さんを攫った云々言うてたから怒るのも無理ないけど。

怒るいうか、ブチギレ?

そんな人が、まさか家だけ壊し、砂漠まで連れてきた私らをタダで帰すわけがない。いや、それもそれで大概なんやけど。

 

「心配する事はありません、八神はやて、それにオリジナルの守護騎士たち。何もぶっ殺そうとは思っていませんから」

 

答えたのは夜天さんやなく、なのはちゃん似の子………確か夜天さんが理って言うてたな。

 

「確かに主を攫われた当初は、草の根を根絶やしにしても犯人を探し出し、苦しみ抜かせて殺すつもりでしたが気が変わりましたから。今では、殺意の全ては好き勝手やっていた主に向かってますので」

 

あ、あははは、なんやろうこの子、ごっつ怖いわ。顔はなのはちゃんやのに言動が悪魔なんやもん。

 

「が、だからと言ってあなた方の全てを許すつもりはありません。主を取られて黙っていられる程、私たちはプログラムが出来ていませんので」

 

プログラム……じゃあやっぱりこの理ちゃんもフランと同じ、なのはちゃんのコピーなんかな。

あれ?だったら、もしかしてなのはちゃんも実はこんな悪魔的な側面があるんかな?………はは、そんなまさか。なのはちゃんとは昨晩初めて会ったけど、すっごいええ子やったし。

 

「それではどうする、写本の騎士。お前たち二人で我らを討つとでも?」

 

シグナムが改めて夜天さんにデバイスを向け、他の皆も険しい顔つきで武器を構えた。ただ一人だけ、ヴィータは夜天さんを直視出来ず明後日の方向を見てるけど。

 

「いや、私は戦わないよ。お前たちはまだ知らないと思うけど、私はユニゾンデバイス。主がいなくては本来の力が発揮出来ないからね。私一人の力は高が知れてる」

 

と夜天さんは苦笑しながら言うけど……ホンマやろか?さっきまでの様子を見ると、むしろ夜天さん一人でも十分に強いような気がするんやけど。その証拠に理ちゃんが呆れたような溜め息吐いてるのが見えるし。

 

「ちなみに私が用があるのはそこのビッチ断章一人ですから、他の騎士の相手をするつもりはありません」

「ぬかせ。数秒で闇に屠ってくれる」

 

早くもバチバチと火花を散らすフランと理ちゃん。多分この二人、隼さんの事がなくても相性最悪やろうな。

 

「それに、私はさっき『約束の時』と言ったはず」

 

そう言うたな。せやけど、それがよう分からん。何がどう約束なんや?

 

「分からないと言った顔だね。ならもう少し正確に『お約束の時間』、こう言えば分かるかな?」

 

は?そんなん『お』と『間』を最初と最後にそれぞれ加えただけやん。意味自体は何も変わっちゃ……。

 

「つまり、"自分"の相手は"自分"が務めるという事だ」

 

それは紛れもなくシグナムの声やった。

 

けど、絶対ちゃう。

だって、シグナムは私の隣にいて何も喋ってなかったんやから。ずっと夜天さんを注視してて、口なんて開いてなかったのを私は見てた。それに声はもっと別のほうから。

けど、紛れもなくシグナムのそれ。凛々しくて透き通るような雄雄しい声。

 

「妙な気分だ、鏡以外で自分を見るというのは」

 

そこには、もう一人のシグナムがいた。………いや、シグナムだけやない。

 

「妙な気分はあたしがダントツだっつうの。何が悲しくて夜天を超ビビってる自分の姿を見なきゃなんねーんだよ。マジ下がるわ」

「へぇ、なんだかちゃんと『湖の騎士』って感じがするわ。……私も昔はああだったんだろうな~」

「あれがオリジナルか。ふっ、毛並みは俺の方が艶やかだな」

 

ヴィータ、シャマル、ザフィーラもいた。

私のよう知っている、でも全然知らない皆がそこにいた。

 

「さて、舞台は整いました」

 

驚いている私らを他所に、理ちゃんが高らかに宣言した。

 

「お約束の始まりです」

 

ああ、なるほど。そやね。確かにそや。

 

────オリジナルvsコピー。

 

はは、これは確かにお約束やね。という事は、結果も自ずと二つに一つやろ。

オリジナルが勝つかコピーが勝つか。

引き分けなんてない。

オリジナルは二人が勝ち、コピーは二人が勝つ、そんな中途半端な結果なんてありえへん。お約束というからには、どっちかがどっちかを圧倒するはずや。

 

そして、これは逃れられる流れやない。少なくとも向こうのシグナムたちは絶対に退かん。それはオリジナルとかコピーとかの問題やないと思う。あの顔は、オリジナルに勝ちたいとかそういう類の顔じゃない。ましてや騎士の顔でもない。

 

「一時とは言え主隼の傍にいたオリジナルの私よ、来い。お前にその資格があったのか、見定めてやる」

「テメェもだ、オリジナルのあたし。場所変えんぞ。あたし以外のあたしがアイツと一緒にいたかと思うと、何かムカつくんだよ」

「湖の騎士、ね……あなたがどれほど強いのか、少し見せて貰うわよ。言っておくけど、家事や後方支援をするだけの立場に甘んじてるなら、とても主なんて護れないわよ?」

「オリジナルの俺、貴様には足りないものがある。それも分からぬうちに主に近づこうなど片腹いたいわ。今、俺がそれを教えてやろう」

 

どっかの誰かのように包み隠さず『気に入らねえ』という表情を全面に出して吐き捨てる写本の騎士たち。

 

あの顔は"嫉妬"してるんや。

 

自分で自分に嫉妬してる。

 

「管制人格、夜天と言ったな」

 

写本の騎士たちの言葉を、シグナムが厳しい顔で受け止めて言う。

 

「主の身の安全は保障してくれないだろうか」

「勿論だ。我が主、鈴木隼の名に誓って、八神はやてには手を出さない。怪我の一つも負わせない」

 

シグナムは小さく頷くと、私の目線に合わせて片膝を着いた。

 

「主はやて、ここで今しばらくお待ちしていて下さい。私たちは主の騎士、なればこそ他の騎士からの勝負に逃げるわけにはいきません。その相手が"自分"というならば尚更」

 

そうやろうな。自分から逃げるなんて行為、騎士じゃなくても出来る事やない。人間でもプログラムでも、最後まで自分と向き合って生きていくもんや。

 

せやから私は、主として自分の騎士を送り出さなあかん。

 

「みんな」

「「「「──────」」」」

「勝ちや!」

「「「「御意!!」」」」

 

そして、皆は飛び立った。

私を巻き込まん場所へ。思う存分戦える場所へ。

 

そして、この場に残ったのは私と夜天さんの二人。

 

「さて、では八神はやて。皆が帰ってくるまで気長に待っていようか。と言っても、そう時間は掛らないだろうけど」

 

夜天さんは、どこからともなくパラソル(ホンマにどこから?)を取り出し、私の車椅子の傍に突き刺して陰を作ってくれた。

 

「あの、夜天さん」

「なんだい?」

「………皆、大丈夫やよね?」

 

いくら避けられない戦いであろうとも、いくら主としての心構えで送り出しても、やっぱり嫌なものは嫌なんよ。

誰かが怪我してるところなんて見とうない。

 

私が不安顔でそう訊ねると、反対に夜天さんは綺麗な微笑みを浮かべた。

 

「ふふ、どうやらオリジナルたちも漸く良い主を持てたようだ」

「え?」

「大丈夫だよ、八神はやて。勝負事だから流石に怪我は免れないだろうけど、まかり間違っても相手が死んでしまうような怪我は負わせないよ。一番危なっかしい理のやつにも、事前にその辺りは言い聞かせてるから」

 

今の言い方だと、何だか写本の方が強いみたいな言い方やな。

うちのシグナムたちがどれくらい強いか正確には知らんけど、隼さんのシグナムたちはそれ以上なんかな?オリジナルvsコピーの勝負は、大抵の場合オリジナルが勝つって物語が多いけど……。

 

「そっちのシグナムたちって強いんです?」

「強い」

 

事も無げに断言する夜天さん。シンプルに、しかし力強く。

 

「生まれ出てこの半年、シグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも随分と変わった。"自分"というものを確固として持つようになった。もしオリジナルの騎士たちが、以前と変わらず『ただ主を護るだけ』程度の心持ちならば、あなたには申し訳ないけど自分の騎士が怪我をした姿を見てもらう事になるかな」

 

夜天さんの口調は凄く穏やかで、別に自慢しているとか優れているとかいう風やない。

ただ、純粋に今の自分に自信を持ってる。

 

少しだけ、その自信が誰かを彷彿とさせるなぁ。

 

「そか。でも、私もシグナムたちを信じとるよ。信じて待っとく。で、帰ってきたら結果がどうであれ笑って迎える。それが私の役目や。主とかそういうんじゃなく、いち家族としてな」

「……本当に良い主を持ったな、オリジナルたちは」

「なんや羨ましい?せやったら今からでもうちの子になる?」

「いや、遠慮しておこうかな。身を包むような温かい優しさを持つ主より、多少の苛立ちが身を包む捻くれた優しさを持つ主の方が、私には性に合ってるからね」

「あちゃあ、フラれてもうたな」

 

私と夜天さんは笑い合った。

 

きっとお互いの脳裏には一人の男が浮かんでる事やろうな。

 

 




というわけで次回はお約束的な話です。
といっても戦闘描写は苦手なのでコピー騎士のスペック紹介的な意味合いが強いですが。

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