フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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俺は今日まで平々凡々な日常を送っていた。

そりゃ頭は悪いし、女経験ないし、喧嘩と金とギャンブルと酒が大好きなダメ人間で、とても人並みとは言えねー底辺人生を送ってはいたが、それでも平々凡々だったのは確かだ。

写本どもと生活を共にしてからも、とりわけその日常は様変わりしちゃいねえ。そりゃ女とのウハウハ同居体験中やら魔法体験やらでちっとの変化はあるよ?けどな、それでも平常運転、平和な日常ライフを送ってたんだよ。

 

──だったんだよ。──だった。……過去系。

 

そう。

きっと事の発端はこの夜だったんだ、と後から振り返ってみれば分かる。きっとこの夜から、俺の非日常ライフは急転直下の加速度で爆進し始めたんだろう。

この日──シャマルのあるひと言が、俺の平凡な日常を面倒臭くてクソッたれでリリックな日常へとブチ込む切っ掛けだったんだ。

 

「シャ~マ~ル~ちゃ~ん、今なんて言いました~?」

「ええっと…ね?」

 

3日後から始まる連休を前に、今日、この日。俺はバイトから帰ってきて早々怒りメーターがフルスロットルしてしまう自体に陥った。

その原因はシャマルの一言。

さあ、シャマルちゃん、ワンモアプリーズ?

 

「皆で旅行に行きたいな~……なんてぇ」

 

と、ナメた事をのたまったのだ。

 

「あれ、おっかしいなぁ。俺の耳が交通事故にあったかな?聞き取り難いんで、ちょっともう1回だけ言ってくんねぇかなシャ~マルッ。今なにをほざいた~?」

「あう……」

 

一体全体なにを思ったか料理の騎士シャマル、今朝まではそんな事微塵も言ってなかったのにバイトから帰ってきてみればこれだ。

普段からあまり要望という要望が出ないこいつらに対して(ヴィータ以外)、それはあまりにも意外な要望、お願い。

俺だっていつも美味い飯を作ってくれるシャマルの願いとくれば無下にはしたくない。叶えてやりたいさ。

だが物には限度っつうもんがあんだろ?具体的には金。

 

「シャマル?あんま調子ぶっこいてっと、クラールヴィントで亀甲縛りしてベランダから吊るすぞ?それを写メしてブログに載せちゃったりするぞ?」

「うわ~んっ、だってぇ~!」

 

可愛いベソを掻き出すシャマルだが、その程度じゃあ俺の心も財布の紐も緩まない。

 

「だってもクソもあっか!うちの経済状況知ってんだろ!エンゲル係数の跳ね上がり方知ってんだろ!寝言は布団の中でしか言うな!」

「うぅ~っ……」

 

ったく、そんな恨めしそうな目で見んなよ。マジでどうした?シャマルってこんな我が侭な子だったっけ?

 

「シャマル、主が困っているだろう。無理を言うな」

 

くずるシャマルと諌める俺を横で見ていた他の騎士たち、その中で見かねたシグナムがシャマルに注意する。

しかし、リッターの将であるシグナムの声も今のシャマルには効かないようで、ちょんちょんと両手の人差し指をくっ付けながら唇を少し突き出してボソボソと反論。

 

「だってだって、高町さんが家族で今度の連休に温泉旅行行くっていうんだもん。それを凄く楽しみにしてるみたいで……私もどんなのだろうって、パンフレット見せて貰ったり話を聞かせてもらったりしたら行きたくなって、だから………」

 

高町さんとはシャマルがバイトをしている喫茶翠屋の店長夫婦。シャマルがバイトを始める際に一度ご挨拶に行ったのだが、すごく人の良い夫妻だったのを覚えている。しかも、俺くらいの息子さんがいるらしいが見た目が異様に若い。普通に20代で通るくらいだ。しかも美男美女だし。羨ましい。嫉ましい。

と、まあそれはさておき。

シャマルの弁は分かったが、だがそれだけの理由にしては今回強情が過ぎるような気がする。普段はあまり自己を主張しないコイツにしては、この状態は珍しい。

それは他の者も思ったのか、今度はお母さん……もとい、夜天が口を挿んだ。

 

「シャマル、理由は本当にそれだけなのか?」

「…………そういう経験がないから」

 

あん?俺もいろいろと未経験ですけど?

 

「私達、ずっと本の中で眠ってたでしょ?そして、ついこの前起きたばかりで……だから、家族で遊ぶとかそういうの経験してみたくて……そんな中でハヤちゃんも楽しんでくれたらなーって……最近夜と朝しか一緒にいられないし……ハヤちゃんともっといっぱい思い出作りしたいし……」

「……………」

 

そう来るかよ、と思った。

ただの我侭ならいざ知らず、これは駄目だろ。しかも本心でそう言ってんだから、これまたタチが悪い。いい感じに人の良心を抉ってくる。

 

(卑怯だろ、ったく)

 

ハァ……こんな事言われたら頭ごなしに駄目とは言えねーじゃんよ。てか、よく考えればそうだよなぁ。控えめな性格のシャマルが必死にお願いするなんて、そんなの自分の為じゃなく主である俺の為に決まってんじゃん。コイツらの敬愛精神はホント半端ねーな。

 

俺は頭をガシガシ搔きながらシャマルを見る。彼女は俯いてシュンとなっていた。

 

「あー…シャマル?お前の気持ちは分かるし、俺の事も考えてくれてんのは嬉しいけどよ……やっぱ現実問題として旅行は厳しいわ。な?分かんだろ?」

「はい……」

「………ワリーな」

 

俺は立ち上がるとベランダに向かい、そこでタバコをふかした。部屋の中を見れば未だ俯いているシャマルが見える。他の皆もシャマルの気持ちが分かるのか、暗い空気が漂っている。

……タバコ、あんま美味くねぇな。

 

(旅行ね……まっ、確かに行けるなら行きてぇけどさ)

 

俺だって本音を言えば行きたいさ。せっかくの連休なんだ、贅沢に遊び倒したい。

だが現実はなかなかに厳しい。その証拠に未だにお色気ハプニングの一つも起こっていないんだからな。お風呂入ってたらとか、トイレの扉開けたらとか、お着替えシーンとか!

連休は明後日から始まる。温泉旅館の1泊の料金は安くても一人2万くらいだろう。交通費は空飛んでいけば掛からねーけど、諸々の雑費含めれば3~4万?6人で20万前後?

俺の現在の全財産が約5万。

仮に旅行に行くなら、あと約20万を連休が終わるまでの数日の間に作らにゃならん。

 

(無茶、無謀、厳しすぎ。どだい叶うはずない望みだ)

 

…………ふん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れて世間はとうとう連休入り。高町家も予定では今日旅行へと出発したはずだ。

世間が連休ならうちも例に洩れず連休……とはいかず、連休初日の今日もばっちりとバイトが入っていた。俺、シグナム、夜天、ザフィーラがパチンコ屋に。シャマルは高町さんのいない翠屋へ。ヴィータは最近マイブームらしい野球をしに。

 

連休だろうと鈴木家はいつもと変わりない1日が過ぎていった。シャマルも次の日にはもういつもの彼女に戻っていた。我が侭や文句を言わず美味い料理を作り、笑顔でバイトへ。

旅行はきっと今でも行きたいと思っているだろう。だが、主の俺に強硬な姿勢をいつまでも取れる彼女じゃない。それに家の懐事情も分かっている。だから、旅行なんて考えは忘れようとしている。笑顔の奥に隠している。

それが賢明だ。

望んでも手に入らないものなんて、素直に諦めるか忘れるかするしかない。

よく言うだろう?人間、諦めが肝心ってな。

 

だから俺はこの日の晩、飯を食い終わった皆の前で高らかと宣言した。

 

「明日から1泊2日で海鳴温泉に行っからな。各々準備しとけや。あ、おやつは300円までね」

 

はッ!人間、諦めが肝心?わりぃけど、俺ぁそんな物分り良くねーんだわ。それに無茶で無謀で厳しいけど、無理じゃあなかった。

学生時代の友人に金を借りまくったんだよ。バイト終わりにあっちへ飛んでこっちへ飛んで。時には頭を下げたフリをし、時には脅し。

いや、マジ苦労したわ。集めに集め20万だぞ、20万!フリーターに20万は大金だ。それ持ってパチンコや馬に行きたい衝動抑えるのに苦労したぜ。しかもダチもダチで皆まだ就職してねーんだぜ?俺の周りは何でそういう奴しかいねーかね?いや、それでも結局ダチらは快く貸してくれたんだから文句は言えねーんだけど。てか、現在進行形で俺もプーだしな。

 

あ~あ、ホントこいつらと住むようになってから金がアホのように消えていく。

 

「旅館は4人部屋でちっとばかし狭いけど、それくらい我慢しろよ?ああ、それとバイトのシフトは俺が勝手に電話して変えといたから心配すんな」

 

ホント、めんどかった。バイト先の後輩に代わりにシフトに入って貰うよう交渉したり、シャマルが世話んなってる翠屋にも無理言って休みのお願いしたし。旅館も4人部屋とはいえ、そこが取れただけでマジ奇跡なんだぞ?なんせ天下のゴールデンな連休なんだからよ。

 

「いいか?こんな贅沢すんのもこれが最後だかんな?もうマジで金が───って、おい、お前らなんか反応しろよ」

 

見れば5人は口や目を見開いてポカンと固まっている。誰も一言も発しない。驚いているのは分かるけど、それにしたって反応がちょっと微妙だ。

俺の予想じゃ「マジで!?」とか「嘘?!」とか「主大好き!!」とか「抱いて!!」とか期待してたんだけどなぁ。

 

「おいおい、何よそのリアクション?もっとさ、ヒャッホーイって感じで嬉しがるとかしねぇ?それか主に対してお褒めの言葉とかさ。いや、まあ頑張ったっつってもダチから金借りただけだけどよぉ」

 

皆の喜ぶ反応を期待してただけに、これはちょっと拍子抜けだった。……まっ、別にいいけどよ。

俺は一つため息をつき、思っていた反応が返って来なかった事に落胆して肩を落とし、その気持ちを洗い流すべくビールを飲もうと冷蔵庫に向かった────その時。

 

「ハヤちゃーーーんっっ!」

「ぐべぇあ!?」

 

いきなりシャマルに抱きつかれ、俺は突然の事だったため支えきれずシャマル諸共後ろに倒れた。その際、後頭部に机の脚の鋭角な部分がクリーンヒット。さらに胸にシャマルのヘッドバッドもキまっていた。

 

「うわ~ん、ありがとうございます~っ!!」

 

言いながらシャマルは俺の胸に顔を擦り付けながら、こちらの背骨でも折りたいのかという程の勢いで抱きしめてくる。

うん、まあアレだ。喜びを体全体で表現してきてくれた事はとても嬉しい。こういう反応が欲しかったのは事実だ。そして、さらにシャマルの体の柔っこさを味わえるのもGOOD。いい匂いもするし。──ただそれ以上に頭の痛さと胸の苦しさと背骨の軋み具合が尋常じゃねーよ!?

 

「あ、おぉぉおあああぁああっっ!?」

「ハヤちゃんハヤちゃんハヤちゃん!!」

 

俺の名を連呼しハグしてくれるのは大変嬉しいが、こちとらそれを楽しむ余裕のある状況じゃねー!体が死ぬ!?

 

「シャマル、落ち着け。……このっ、いつまでも主に引っ付くなコイツめ!!」

 

俺の容態を悟ったのか、シグナムがしかめっ面しながらシャマルを俺の上から引き剥がした。そうしてようやく俺も余裕を取り戻す事が出来、改めて後頭部を確認。

……よかった、血ぃ出てねーや。

 

「おーイテ。ぱっくりザクロになってっかと思ったぜ。つか胸も背中も痛い」

「うぅ~、ご、ごめんなさいっ、ハヤちゃ……イタタ!?」

 

シャマルも落ち着きを取り戻したようで、とても申し訳なさそうな雰囲気を醸し出して謝って来た。だからシグナム?もうその辺りで頭にアイアンクロー掛けんの止めたげようぜ?シャマル、夏の真っ青の海のような顔色になって来てんぞ?てか、浮いてる浮いてる。

 

「主、お怪我はございませんか?」

「あ、ああ、俺ァ大丈夫だかんよ。だから、そろそろシャマル離してやれ」

「……御意」

 

少しの間の後、渋々といった様子でシグナムはシャマルから手を離した。ぷらぷらと掴み上げられていたシャマルは、そのままドスンとお尻から落下。ほどなく涙目で訴えるようにシグナムに食って掛かった。

 

「いったぁ~。もうっ!何するのよシグナム!!」

「お前こそ何をしている。主に対して気安い態度は慎め。ましてや、抱きつくなどと……!」

「体が勝手に動いたんだからしょうがないじゃない!それくらい嬉しかったんだもん!」

「だからと言って主への軽率な行動は認められん!確かに主は我らを家族として迎えてくれたが、同時に我らは騎士でもあるのだぞ。騎士道を汚すような浅慮な事は───」

「……頑固者のえばりんぼのえーかっこしー。自分だって隙あらばハヤちゃんの隣を陣取るクセに。独占欲の強い女って嫌ね」

「──おい、今なんと言った?」

「あ、ハヤちゃん、改めてありがとうございます!すごく楽しみです!」

「おい、今なんと言ったかと聞いて──」

「ツリ目のヒステリーウシチチブシドーは黙ってて」

「…………」

「そうだハヤちゃん!明日行く温泉に家族風呂があったらお背中流してさしあげますね?」

 

……いや、うん、シャマル?確かにその提案はとてもとても嬉しいけどよ?今、話題を俺の方に振らないでくんない?今、君はシグナムさんと話してたんだからさ、最後までそれ続けようぜ?ていうか、家族なんだからもっとフレンドリーな会話しようぜ?シグナムの奴、お前の一方通行悪口が増すごとに、とてもとても恐ろしい顔してますよ?てか、レヴァンティン出したよ?

 

「……なるほど。なるほどなるほど」

 

レヴァンティンを肩に担ぎながら何度か頷くシグナム。その口調はとても冷静で、普段のクールなシグナムのそれなのだが、俺の目が節穴ではないなら彼女の額にはいくつかの青筋が見て取れる。ピクピク状態だ。

 

「主がよく仰られる"上等"という言葉、その意味。以前は説明を受けても今ひとつ要領を得なかったのですが、なるほど、これがそうなのですね」

 

レヴァンティンという鉄の塊を米ほどの重量も感じさせず振り上げると、それを今度はシャマルの頭へと振り下ろした。このままザクロかと思いきや、僅か数センチ頭上でピタリとレヴァンティンが静止。

シグナムは言った。

 

「この烈火の将に上等くれるとは……シャマル、覚悟は出来ているのだろう?」

「上等?そんなつもりはないわ。もう、シグナムったら、誤解しないでよ」

「……」

「リッターの将である自分を差し置いて、私がハヤちゃんと仲良くした事を僻むのは貴女の心の勝手でしょ?だから、私が上等なんて別にそんな」

「よし表に出ろ」

 

ガシャン、とレヴァンティンから妙な音が聞こえた。それを見て「やれやれ」と溜め息をつくシャマル。いつの間にかその指にはクラールヴィントが嵌められている。

 

「主、少々お時間を頂きます。なに、ほんの2~3分ですので」

「後でおつまみ作ってあげますから、ちょっと待っててくださいね~」

 

言うと、二人はベランダから出て夜の闇の中に消えた。少しして炎が夜空に瞬いたり怒号が聞こえたりしたような気もするが、すぐさま窓とカーテンを閉めたのでそんな訳もないだろう。見えない聞こえない。

 

「と、言うわけで明日から旅行な。各自準備して寝るように。朝早ぇぞ~」

「いえ、あの、将とシャマルは───」

「夜天、隼が無視してんだからほっとけ。あんなフリークスどもに付き合っても損するだけだ。それより明日の準備しとこうぜ」

 

このロリータ、妙なとこで賢いな。世渡り上手なのはいいことだ。夜天は相変わらず過保護というか心配性というかお母さんというか。

そんな二人を尻目に俺は枕(ザフィーラ)を抱き上げ、一足先に眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨晩は一部でドンチャン騒ぎがあったものの、翌日になれば何もなかったかのように皆は笑顔、空は快晴。発起人であるシャマルは勿論のこと、他の奴らも楽しみを隠せないようでどこかそわそわしていた。ザフィーラなど尻尾が振られすぎて残像が発生している。

かくいう俺だって久々の旅行だ。楽しみにしていないはずがない。しかも今回はシグナム、シャマル、夜天の美人トリオがご同行だ。どう転んだっていい旅行になること間違い無し。おかげで昨晩は寝て起きての繰り返し、遠足前の小学生──いや、来たる初体験前日の童貞のような初々しい気持ちで一杯だったのだ。

よって今朝は眠くて眠くて、ハイテンションのヴィータに突っ込む気力もなく、予約していた旅館までの道のり(空のり?)では、そのほとんどをザフィーラの背中で眠って過ごした。旅行は行くのも一つの楽しみというが、もう完全に無視してたよ。

まあ、でだ。そうやってザフィーラの暖かい毛に埋もれながら気持ちいい風と太陽の光を浴びる事数時間、俺たちは無事に旅館へと着いたのだった。

 

「くぁあ~、よぅ寝た」

「寝すぎだバカ!あたしらがいくら話しかけても反応しやがらねーし!」

「っせぇ。キャンキャン吠えんなよボケ。せっかくの旅行なんだ、楽しくいこうぜ?」

 

噛み付いてくるヴィータを適当にあしらいながら、俺はカウンターでチェックインを済ませてカギを受け取り、そこに書かれた部屋番の階へと向かう。

 

「茜の間……茜……めっけ。おいお前ら、こっちこっち」

「そこが私達のお部屋ですか!わ~い、いっちばんのり~……痛っ!?」

 

テンション上がりすぎて幼児退行のプログラムでも組まれたのか、シャマルがガキのように無防備に、無邪気に部屋に駆け込もうとしたので、俺は蹴ってそれを止めた。

 

「何するんですかハヤちゃん!」

「テメェが何してんだよシャマル。廊下をどたどたと走りやがって。他の客の迷惑考えた上で、そこからさらに被られる俺への迷惑を考えろや」

「う゛……つい嬉しさが臨界突破しちゃって……ごめんなさい。でも、抑えきれないんです!」

 

一度は頭を下げたかと思ったシャマルは、その下げた勢いそのままにまるで陸上のスタードダッシュを切るように部屋の中に入っていった。

ホントにコイツは昨日からテンション高ぇよな。そんなに嬉しいもんかね?まあこんだけ喜んでくれんなら、俺も金出した甲斐があるからいいけどよぉ。でも、もちっとシグナムや夜天を見習ってほしいぜ。見ろよ、あいつらさっきからずっと大人しく───。

 

「お、おい夜天!あそこに滝があるぞ!むっ、あっちのアレは何だ!?カコーンって、良い音が響き渡っているぞ!」

「あれは『ししおどし』だ。──風流だな。将よ、これが"雅"というものだ。"粋"というものだ。"古きよき"というものだ。"てやんでいべらぼう"というものだ」

「……夜天、日本とは見事なものだな。大きく、深い」

「……ああ、天晴れだ」

「それに比べて己の何と小さき事か。浅い事か。まったくもって自分が恥ずかしい」

「そうだな。だが、そこで止まってはいけない。先人が残した物を、次代の者が受け継いでこそ示せるのだ──己という器を」

「うむ、ならば示そう。私の器を、この愛剣レヴァンティンと共に!」

「私もだ。示そう、この一撃必滅の拳と共に!」

「「そう、ただ主の為に!!」」

 

テンションのギアが変なトコに入った子は、どうやらシャマルだけじゃなかったようだ。まさかまさか、シグナムと夜天までこの壊れようとは夢にも思わなんだ。というか、むしろシャマルより酷い気がする。マジびっくりだよ。どうした?そんなに旅行が楽しみだったのか?流石にそこまでいくと引くぞ?

しかし、さて、ならば残るはヴィータとザフィーラだ。大人組の3人がああなったんだ、ザフィーラも危険だし、あまつさえヴィータなどそれこそヤバイだろう。ここに来る前から一番テンション高かったからなぁ。壊れ具合も一番酷いかもしんねえ。

俺は、もう手遅れだろうと思いながら、おそるおそるヴィータの方に目を向けたのだが……。

 

「何はしゃいでんだか。こういうトコは、もちっと礼節弁えるもんだろうが。見てるこっちが恥ずかしいっての」

「……あれぇ?」

 

意外や意外。まさかまさか。

ヴィータは冷静だった。むしろ冷め切っていた。眉を八の字にし、やれやれと溜め息をついて壊れた仲間を見やっていた。

 

「どうしたよヴィータ?ここに来るまで一番喧しかったお前が、何でここに来てそんなテンション↓↓?気分下々?音鳴らすパーティータイムは?」

「意味分かんねー。いや、そりゃまーよ、あたしだって気持ちは昂ぶってっけどさ。なんつうか、あいつら見てたら、さ。喜ぼうとしたら先越されたっつうか、ほら、分かるだろ?」

「あー、な」

 

いざ騒ごうとしたら、自分よりも先に、しかも矢鱈大きく騒ぐ奴がいて、何か置いてかれた感。疎外感。そして、何故か冷静に第3者の立ち位置に納まる時。

うん、あるよね、そういう事。

俺としては、ヴィータにはガキらしくはしゃいで欲しい。実際やられたらきっとウザったいんだろうけど、それでもな。ガキはガキらしく在って欲しいもんだ。

 

「まっ、お前は意外と冷静にモノ見る時あっからなぁ。あんまガキらしくはねーけど……らしいと言えばらしいな」

「?意味分かんねー」

「どうでもいいってこった。おら、んな事より中入ろうぜ?こちとら飛びっ放しでもうくたくた。魔力切れだっつうの」

「殆どザフィーラに乗ってたくせに、貧弱な主だな。で、あの壊れた奴らはどうすんだ?」

「放っとく方向で」

「おっけー」

「あれ?そういやザフィーラは?」

「外出てった。守護の獣らしく、周辺の安全確認だってさ」

「どこぞのロリとは違い、あいつは真面目だね~」

「どこぞの貧弱主も見習えばいいのにな?」

 

なんてヴィータと軽口を言い合いながら、俺は未だハッスルしているシグナムたちを置いて部屋の中へと入った。

部屋の内装は極めて和風。畳に重厚な木のテーブル、掛け軸に活花と純和風の装い。その中でテレビ、ポット、金庫が歪な程浮いているが、しかしここが旅館の一室だという事を考えればしっくりと来るから矛盾の不思議だ。奥の窓からは緑いっぱいの山々が見える。そして、一足早く部屋の中に入っていたシャマルは四肢を広げて畳の上に寝そべっていた……こいつはもう無視だ。

 

「す、すげ~!」

 

シグナムたちの傍を離れたからかなのか、それとも冷静に物事を受け止めるための容量が一杯になったのか、ヴィータは部屋に入った途端そう声を上げ目を丸くして感嘆した。

このガキらしい純粋な反応には俺も嬉しくなって、自然と口元が緩む。

 

「テレビが薄い!」

「まずそこかい!?」

 

いや、うん、まー、俺ンちにあるのブラウン管だしね。パソコンをテレビ代わりにもしてるしね。だから薄型テレビなんてもんに感動するのも分かるけどさ……だからってその反応、違くね?

 

「冗談だって。いや、2割くらいはそれもあんだけどよ。でも、それ抜きにしてもやっぱすげ~!テレビの番組とかじゃ何回か見たことあったけど、実際入るとやっぱり違ぇな。こう、何ていうか、"楽しくなりそう"て気になる!」

 

傍目に見ても分かるように目を輝かせ、部屋内をきょろきょろと見回すヴィータ。その表情は何かが目に留まる毎に移り変わり見てて飽きない。

 

「──なんつうか、ここまでガキらしいお前初めて見たわ」

「ん、何か言ったか?」

「……いや」

 

ここに来てどうやらヴィータもテンションMAXのようだ。さっきまではエンジンを暖気させててだけって感じ。ようやくフルスロットルで走り出したみたいだ。

 

「なぁなぁ、この菓子食っていいのか!?」

「んあ?ああ、食え食え」

「やり!」

 

部屋に置いてあった菓子をパクパクと食い始めたヴィータとだらけ切ったシャマルを他所に、俺は手早く浴衣に着替えるとタオルと洗面用具を持って部屋を出た。向かう場所はただ一つ。

旅館に来たらまず温泉。

未だ廊下で騒がしくしていたシグナムと夜天を無視し、俺は一人大浴場へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大浴場にはおおよそ10名の男たちがいた。それが多いのか少ないのかは分からないが、少なくとも俺は不快に感じず丁度いい人数だと思った。あんま人でごった返してる温泉になんて入りたくねーしな。

俺はタオルを頭に乗っけて湯船へと近づき、桶で体全体に湯をかけた。湯はちょっと熱かったが、温泉としては丁度いい塩梅。この温泉の効能がどんなものかは知らないが、やはり大きな風呂というのはそれだけで気持ちいい。浴場の隅のほうにサウナ、外には露天が見える。抜かりなく、後でそこにも入るつもりだ。

 

(しかし、まずは温泉だ)

 

波を立てないようにしながらも、湯船に肩まで一気に浸かる。そして、体を脱力させるとどうだ、この世の天国がそこにはあった。

 

(オラぁ幸せだ~)

 

やっぱり温泉はいい。何だかんだ言ってもシャマルには感謝だな。あいつが言い出さなきゃ来ようとも思わなかっただろう。この為にダチに借金したとはいえ、今一時だけならそれも良かったと思える。……この一時だけだが。

 

「おや?……失礼、もしかして鈴木さんですか?」

 

そんな声が聞こえたのは、目を瞑って湯を静かに堪能していた時だった。

誰だと思いながらも声のするほうに目を向けてみれば、そこには古傷が目立つがかなり引き締まった体をもつ男性が一人。そこだけ一見すればあまり関わりたくない業界の人にも見えるが、顔を見ればそれも否定される。

シャマルのバイト先の喫茶店の店長、高町士郎さんが柔和な笑みを湛えてそこにいた。

そう言えば、もともとシャマルが駄々を捏ねた原因は高町家の旅行を聞いたからだったな。どうやら偶然同じ旅館になったようだ。

 

「あっ、高町さん。どうもこんにちは」

「どうも。いやぁ、どこかで見た顔だと思いましたがやっぱり。今日はどうしてここに?」

 

言いながら高町さんは俺の隣に腰を下ろす。

 

「ええ、ちょっとシャマルのやつに旅行に行きたいとせがまれて……あ、シャマルがいつもお世話になっています」

「いえいえ。シャマルさんは人当たりがいい上、料理も上手ですからね。こちらも大変助かっていますよ」

「それでしたら何よりです。どんどんこき使ってやってください」

 

シャマルの初出勤の際、一度挨拶に行ってそれっきりなのに、まさか俺の事を覚えているとは驚きだ。それにガキの俺に対しても丁寧な物腰で……こういう人がきっとデキた大人というやつなんだろうな。俺にはなれそうにない。まず無理だ。

 

「それにしてもいいですねぇ、彼女と旅行なんて。私もたまには家内と二人っきりで旅行に行きたいもんです」

「はは、いいじゃないですか、家族で旅行も。それより彼女って?俺、彼女なんていませんけど……」

「おや?シャマルさんは違うんですか?」

「ああ、あいつは彼女なんてもんじゃないですよ。姉…いや、妹?まあ、家族のようなモンです。今回の旅行は単に家族サービスってやつですよ」

 

彼女であればどれほど嬉しい事か。

 

「家族……?あ、いや、そうですか、彼女さんじゃなかったんですか。これは失礼」

 

高町さんは俺とシャマルが家族だというのを少しだけ訝しんだようだ。まあ、そりゃそうだな。明らかに血が繋がっているように見えないし。ただそこで詮索してこない高町さんはやっぱり大人だ。

などと思っていたら、どうもそれだけじゃないらしい事が高町さんの次の言葉で分かった。

 

「うちも今日は家族と息子の彼女の家族と娘の友達連れての旅行です。とは言っても、娘的存在が2人ほど帰郷してて来てませんけどね」

 

娘的存在──と、そんな詮索し甲斐のあるワードを後半付け加えるように言ったのは、不躾に俺の家庭環境に僅かでも踏み込んだ高町さんなりのお詫び……というのは考えすぎか?

ともあれ、どうやら俺んトコと同様、高町家も中々複雑なようだ。だったらそこに突っ込むのもアレだし、そもそもどうでもいい。

 

「それはなんとまぁ大人数ですね。お疲れ様です」

「ハハ、いや疲れている暇もありませんよ」

 

日ごろは喫茶店の経営に休日はこうやって家族サービス。お父さんという立場は中々大変だよな。写本の主という立場とどちらが大変だろうか。

 

「ところで鈴木さん、この後何かご予定はありますか?」

「予定ですか?いえ、特に。まあ、強いて言うなら温泉街をぶらりと見て回ろうと思ってたくらいですかね」

 

シグナムたちの面倒を見なくてもいいのかという声もあるかも知れんが、せっかく骨休みの旅行なのに骨を折りたくない。

 

「そうですか。では、その散歩が終わった後でも私の部屋に来て一杯どうです?男が俺と息子しかいなくて、ちょっと寂しいと思ってたところなんですよ」

 

その高町さんの提案に反対する言葉は、勿論なかった。

 

「是非是非。俺も一人で晩酌するのは寂しいと思ってたんですよ。うちの奴ら、飲まないので」

「それは良かった。では───」

 

それから俺たちは、高町さんの泊まっている部屋を教えて貰い、集まる時間を決めて程なく大浴場を出た。その時、「これは中々、良いモノをお持ちで」「そちらも、かなり鍛え抜かれたモノをお持ちですね」なんて会話もあったが、だからどうと言う事でもない。むしろどうでもいい。

 

大浴場を出た俺は、言ってた通り温泉街へと繰り出した。

しかし、まあ予想通りというか、そこはよくも悪くもありきたりなものだった。饅頭、お茶、キーホルダーといった定番な土産を置くお店とお食事処。宿泊客らしい浴衣を着た人も数名窺える。表から少し外れた路地の先にはラウンジやスナックやピンサロがあり、まだ明るい時間なのに若い兄ちゃんたちが下手になって必死に呼び込みをしている。

目新しいものが何もない。

これなら高町さんと飲む時間まで部屋で大人しくヴィータでもイジって遊んどくほうがまだ有意義だったな。酷く後悔。

 

────だが、その店を見つけたのはそんな時だった。

 

「おいおい、あれから何年ぶりだぁ?前は京都にあったのに今度はこんな所に……相変わらず神出鬼没な店だなぁオイ」

 

変わらず古めかしい木造建築。人の寄り付きそうにない店構え。扉の横には申し訳なさそうに立ててある店名が書かれた看板。

 

「さて、見つけちまったからには入らねぇわけにはいかねーな。あんな古本渡しやがったんだ、文句の一つも言わねぇとよォ」

 

なんでも屋『アルハザード』。

数年ぶりに見たその店は、やはり不気味なほど変わり映えしていなかった。

 

本当に目新しくもない。

 


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