まーね、うん。
俺だってさ、馬鹿じゃないんだ。いや、実は馬鹿なんだけどさ、それでも大手を振って胸張って馬鹿と自虐してしまえる程の馬鹿さ加減は持ち合わせちゃねーはずなんだ。
だからよ、この今の変装だって何も都合よく最後の最後までバレずに通せるなんて思っちゃなかったんだよ。出来れば通れって心は多分にあったが、それでもやっぱり大部分ではバレるだろうと思ってた。
で、バレた。
ていうか、バレてた。
うん、まあそれはいい。言ったようにバレるとは思ってたから、これは予想通りと言っていい。
だが、問題はそのバレるまでの時間だ。
俺が変装してアルフ、または他の皆の前に出たのは今回と前回の2度ほど。つまり、確かにバレるとは思っていたが、まさかこんな早くバレるとは思ってなかったのよ。なのに、たった2度の対面で何故バレたのか?
まったくもって謎だ。
13
「なあアルフ、この俺のほぼ完璧たる変装が何でこんな早く分かったんだよ?」
正体がバレてしまったのでもうフードを深く被る必要も無言を貫く必要もなくなり、さらに喧嘩をする必要すらなくなった俺は、騎士甲冑を解いて近くのビルの屋上にアルフと共に腰を下ろしていた。
しゅぼ、とライターをつけてタバコに火を灯す。遠くの空には桜色や赤色、その他色とりどりの煌きが窺え、それは俺たちを除き他の者は絶賛喧嘩中なのだという印だ。
「何でって……隼、あんた、それ本気で言ってるのかい?」
本気で言っちゃあ悪ぃんかよ。マジもマジだっつうの。だってよ、顔は見せないようにしてたし、声でバレないように殆ど喋んなかったし………なんでバレんの?
俺が訝しむような視線をアルフに向けると、彼女は大きく呆れたような溜息をついた。
「隼、あんたってやっぱり馬鹿なんだね」
「殺されたいならハッキリそう言え」
アルフは苦笑した後、やれやれと嘆息しながら言う。
「隼だって分かった理由は三つ」
え、三つもあんの?嘘だー。
「一つは、あの格好」
「格好?」
フードのついたセットアップのジャージ型騎士甲冑?マトイなら分かるが、なんでアレで?
「隼さ、あんなんでホントに隠す気あったわけ?」
「失礼な。バリバリあったっつうの。フードも目深に被った上にピンで留めて、顔もバッチリ隠れてたろ?」
「………隠れてないよ」
え?
「はぁ……あのね、テレビやマンガじゃないんだからさ、フード程度で顔全てが隠れるわけないだろ?身動きしないならともかく、少し顔を動かしたり風が吹いたらすぐずれるし。さっきだって、あんたのその派手な金髪がちらちら見えてたよ。格好自体も全然魔導師らしくない、隼らしい格好だったし」
…………うそ~ん。え、なにそれ?そんな身も蓋も無いドストレートなバレ方してたわけ?
「二つ目。前回さ、あんた、理と喧嘩しただろ?」
「あ、ああ。したけど………それ?」
「それ。魔導師のクセして素手で戦う奴なんて、そうそういないよ。まあ確かにゼロじゃあないけどさ、理相手に素手で喧嘩したらそりゃすぐ分かるってもんさね。この半年、あんた達何度喧嘩してた?理が言ってたよ、『とても慣れ親しんだ拳、喧嘩の仕方でした』って」
………うん、そうだね。そりゃそうだよね。あれだけ毎日同じ相手と喧嘩してりゃ、目を瞑ってでも誰だか分かるってもんだよな。
「最後三つ目。隼、私ってさ、忘れてるかも知れないけど実は使い魔なんだよ。半分獣の使い魔。つまりさ───────」
「……いい。もういい。みなまで言わないで」
そうでしたね。アルフって獣っ娘だったね。どんな獣かは知らんが、少なくともどう見ても犬科だよね。だったら嗅覚も人のそれとは違うのは当たり前だよね。
「なあアルフ」
「ん?」
「俺、馬鹿だわ。掛け値無しの」
「うん、知ってる」
「……うっせえよ(泣)」
どうやら俺は胸を張っても足りない程の馬鹿だったらしい。本当に大学を卒業したかも怪しい。察しが悪い、という言葉で片付けられるのなら片付けたい。
「はぁあああ………ちっと考えりゃ分かりそうなモンなのに、なんで俺って奴は」
「まあまあ、いいじゃないか。むしろ、それでこそ隼らしいって」
「それはつまり、馬鹿なのが俺らしいと?」
「それもあるけど、なんて言うんだろう……う~ん、兎に角なんだか隼らしい!」
意味分からんけど何かムカつく。
まあいいや。これ以上考えてもどうしようもないしな。なにせ俺って馬鹿だし!馬鹿だし!!
「で」
「で?」
「何でお前らは俺だって気づいてんのに、直接的に俺に何かしてこねぇの?何かってのは、具体的に言えば『殺害』とかさ」
アルフの話を聞く限り、前回の理との喧嘩の時点でフード男が俺だってのは分かってたはずだ。なのに今日まで何もリアクションがなく、今現在にしても隣にいるのはアルフ一人。理も未だにフランの喧嘩中で俺の事はそ知らぬ顔だし、他のうちのモンはこの場にすらいない。
どう考えてもおかしい。あいつらの事だから、俺と分かれば一目散に殺しに来るはずだ。少なくとも管理局に入局して殺すなんて周りクドイ事はしないはずなんだが。
「そうだね、確かに最初はすぐ懲らしめに行こうと思ったよ。海鳴、いや最低でも日本にはいるだろうって事は予想付いたから、北から南まで虱も練り潰す勢いでローラーしようと思ってた」
こ、怖ぇ~。
「でも、そこでプレシアと夜天の二人が待ったを掛けたんだよ」
あの二人が?鬼と夜叉の生まれ変わりみたいな、容赦のよの字もないあの二人が?
「プレシアは『察するにあの男は、自分の正体を隠し私達を敵に回してでも成し遂げなければならない事を見つけたんでしょう。そんな隼を連れ戻そうとしても、あの男は一度こうと決めたらテコでも動かないわよ』てね。で、夜天は『主には何かお考えがあり、その考えの中では私たちは不都合な存在なのでしょう。口惜しいですが、ならば我ら騎士は傍ではなく、外から助力すべきです』みたいな事言ってたよ」
………うん、まあ合ってるようで微妙にずれてるような。てか、『外から助力』?それは俺に対してじゃなく、管理局にしてね?入局まして邪魔してきてんじゃんよ。
「けっ、何が助力だ。でっけえお世話だっつうの」
蒐集を始めた当初は『手伝ってもらえれば楽なんだけどな~』とか思ってた事は、今はもう棚の上で埃まみれ。
「そう言わないでおくれよ。それに夜天の書……ああ、そっちのは闇の書だっけ?それへの魔力蒐集で管理局は邪魔だろ?」
「まあそりゃあ……ん?」
アルフの言葉に少し引っかかりを感じた。
こいつら(鈴木家・テスタロッサ家)が、俺とオリジナル騎士共が魔力の蒐集をしてるのを知っているのは分かる。その理由(はやて救命)まではきっと分からないだろうが、俺が何かの目的のための手段として蒐集活動しているんだろうというのは予想が付いているだろう。そして、その活動の為には局が邪魔になるっていうのも考えりゃ分かる事。
それを踏まえた上で、今のアルフの言葉を聞けば微妙におかしな所があった。
『管理局は邪魔だろ?』
それが分かっているなら、なぜ入局した?いや、それ以前にその言葉、一見疑問系だがどうにも単純にそれだけじゃない。言葉の調子とアルフのしたり顔、そして『助力』という言葉を繋げて考えて見れば、ちょっと別のニュアンスに捉えられる。
「お前ら、管理局に入局して何やらかしてんだ?」
思えば夜天以下騎士たちが管理局に入局した事はやっぱおかしいんだよ。いくらメリット・デメリットがあるといっても、前々から俺は『魔法関係勘弁』と謳ってるんだ。そんな俺の意見を無視して、局に入ってまでして自分たちの利益を求めるような奴らじゃないのは知っている。
プレシアにしても、いくらアリシアたちの将来とか日々の安定の為だからといって、いきなり入局を決断するわけがねーんだ。あいつなら自力で未来を掴み取るはず。少なくとも局に縋るような程度の低い女じゃない。
じゃあ、あいつらは一体何の為に入局し、そこで一体何をしているんだ?
疑問に思う俺に帰ってきたアルフの言葉は…………
「全部、隼のためだよ」
は?
「隼は、一度決めたら自分が満足するまで止まらない事はもう知ってる。とりわけ今回は私たちの事まで放り出して突き進んでるんだから、武力行使しようと口で説得しようと絶対止まらないのは目に見えて明らか。だったらどうすればいいか?私たちは私たちなりに、そんな隼を離れた場所から後押しをするしかないよ」
だから、助力。そして、その為に一番手っ取り早く狙える獲物が………
「管理局、そこを中から欺く。各所に配置されてる監視の目を誤魔化したり、虚偽の報告をしたりしてね。まあ今回はちょっと失敗したけど。後は局員とは信頼関係を築いておいて、油断を誘い、いざとなったら簡単に背中を撃てるようにもしてる」
だから、日ごろの蒐集が思ってたよりも捗ってたのか。それに今の状態を失敗したと言ってるけど、それでも現在局からの援軍が来ない所を見ると何かしら内側でやってるんだろう。
(つうか、じゃあ、この前翠屋で見たプレシアたちのあのほのぼのとした空気も全部ブラフ?演技?………怖ぇ)
確かに『管理局も捨てたもんじゃないわね』とか、プレシアらしくないとは思ってたけど…………うん、やっぱアイツの性根は腐ってんな。
「相変わらずプレシアもエグい事考えるな」
「立案はおもに理だったけどね」
「………………」
あいつは本当にブレないな。
「そんな引きつった顔やめなよ」
俺の顔を見てアルフは少し怒った感じで言い、しかし次の瞬間には微笑みを浮かべながらこう言った。
「何だかんだ言ってさ、結局単純な所、私達は少しでも早く隼に帰ってきて欲しいんだよ。管理局に入るのなんて皆嫌だったけど、隼の為と思えば苦じゃないんだよ。私個人だって、隼の為なら大抵の無理・無茶・無謀は意地でも通すよ!」
カラッとした笑顔でそう言ってのけるアルフに、流石の俺も照れるのを隠せない。
こいつはこれが厄介なんだよな。半分獣だからか、こいつはいっつも気持ちのいいほどのストレート表現をしてくんだよ。この言葉もそうだし、過剰とも言える肉体的接触もそう。
そんな事をナチュラルにしてくるもんだから、俺のような非モテ男はすぐ勘違いしちまうんだよ。だから、『彼女にしたいランキング』の上位にアルフが位置しているんだが、それを誰が責められる?
「ま、まあアレだ、うん、正直助かるわ。一度始めた喧嘩は止めるつもりなんてねーし、俺の喧嘩に正面から茶々入れられるのも胸糞悪いからな。だからって今更手伝えって言うのも俺のプライドが許さんし」
そう考えるなら、これくらいの助力程度は丁度いい。そりゃ夜天たちが本格的に参戦してくれりゃあ楽に物事は進むだろうけど、その分『楽しさ』は少なくなるだろうからな。いいトコ全部持ってかれちまうのは勘弁だ。
「ああ、でも一つ言っとくよ。それはそれとして、きちんと今回の分の『オトシマエ』は付けさせてもらうからね。今は隼の意志を尊重して無理に連れ戻さないだけで、全て終わればあんたをこっちに強制送還。だから今は執行猶予期間てやつ?」
あっ、結局は殺す気マンマンだ。そこはきっちりするんだ。いいよ、もう覚悟決めてんだ。やることやって、そして最後まで抵抗してやろうじゃんよ。
「まっ、隼が唯我独尊喧嘩好きなのは理解してるし納得もしてるつもりだからね。…………ただ」
そこで言葉を切ると同時に困った顔を覗かせた。
「そんな言葉で自分自身を抑え、誤魔化す事が出来るのは大人だけなんだよ?」
理性を働かせ、我慢が出来るのが大人だ。そして、その反対に感情を爆発させて気持ちを曝け出すのが子供。
つまり。
「約1名、あんたがいなくなった日から毎日泣いてる子がいるよ」
その1名には心当たりしかない。
「あー……アリシアか?」
「そっ」
ああ、そうだろうな。あいつだろうな。てか、あいつしかいねーよな。
理、ヴィータ、ライトが俺を思って泣くわけがねーし。フェイトも心配くらいはしてくれるだろうが、あいつは年不相応な自制の心を持ってっから泣く事はないだろうしよ。
「ああ、マジかよ、やっぱ泣いてんのかアイツ。あー、クソ、勘弁しろよ、気分悪ィな。…………アルフ、帰ったらアリシアのやつに言っといてくれ、『泣かずに待ってたら今度どっか遊びに連れてってやる』てよ」
「あはは、隼ってホントにアリシアに甘いよね」
「甘いっつうか何つうか………」
もともと可愛いガキの泣き顔ほど胸糞悪ィモンはないが、殊更アリシアのそれは堪えるんだよな。
フェイトやなのはにでさえ本気で拳骨を振り下ろせる俺でも、アリシアにだけはどうしても無理なんだよな。あいつの可愛さはマジ卑怯だ。
「ほら、可愛いは正義ってよく言うだろ?でも正義ってなぁ捉え方次第で悪とも言えるじゃんか?この俺を喧嘩腰にさせないアリシアの可愛さはまさしくそれなんだよな」
可愛いは正義でもあり。
そしてまた、可愛いは悪でもある。
「まっ、何にしろ帰ってくる時は覚悟しといたほうがいいよ。アリシアだけじゃなく、他の皆も隼には言いたいことが沢山あるようだからね。電話や念話すら繋がらないから相当ストレス溜まってるよ」
それは俺のせいじゃないと訴えたい。電話はフランにぶっ壊されたし、あいつらから来る念話もどういう仕組みか知らんがフランやシャマルがシャットアウトしてんだよ。
「それでも救いだったのは、というか不幸中の幸いというか、フェイトたちが学校に通えるようになって友達が出来た事は皆素直に喜んでるよ」
プレシアも、俺んちの奴らも何だかんだ言ってガキには優しいからな。ガキにガキらしい生活をさせてやれる事が嬉しいんだろう。
これも一重に俺が敵に回ったお陰だと自画自賛しとこう。
だが、反面気になることもある。
俺が敵に回った事でこいつらは入局したが、その入局によって管理局がどこまで闇の書やはやての事について知っちまったかってことだ。
夜天の書、夜天の写本、闇の書、それぞれの違い。はやてとオリジナル騎士、そして俺の目的。
プレシアたちは一体どこまで話したんだ?管理局はどこまで把握したんだ?流石に紫天までは知らないはずだが。
俺は今置かれている状況を正確に知る必要があると思い、目の前のアルフに分かっている、または知られている事を細かくきこうと口を開きかけた時。
「だけど局への入局は、やっぱり最初はまあ嫌だったよ。まさかフェイトに酷い事した奴と肩並べる事になろうとはね」
先ほどまでの表情と一転して複雑な表情で独り言の様に呟いたその言葉は、質問事項を考えてた俺の頭をさらっとクリアにするほどの力を持った言葉だった。
「………フェイトに酷い事した奴?」
「そうだよ。ほら、半年前のジュエルシード集めの時、その局員がフェイトに向かって魔法を撃ったんだ。隼も見ただろ?その時の怪我をさ」
そう言われて思い出した。
バイトに遅れそうになった時、空を爆翔してたら満身創痍のフェイトにあったんだ。で、俺が簡単に治療してやって、そん時に虐待の痕を見つけて。
思えばアレが写本を手に入れた次に最悪な厄介事の始まりだったな。あそこでフェイトにあってなけりゃ、プレシアんとこにカチコミに行かずにすんだんだから。
………ああ、でも、そっか。フェイトに怪我させた奴がいたんだったな。俺の可愛い可愛いフェイトに苦痛を与えた奴が。
「……今、お前らはそいつと一緒に行動してんのか」
「まぁね。クロノって奴なんだけど、ほら、さっき隼たちに魔法攻撃した奴だよ」
ああ、あいつか。
つまりあのガキは俺に喧嘩売っただけでなく、フェイトを傷つけた奴でもあったわけだ。
………なるほどね。
「まあフェイトにはちゃんと謝ってたし、執務官っていう結構偉い役職の奴で私たちの入局に色々手を回してくれたみたいだから、そこは感謝してるし客観的にみたら良い奴なんだけどね」
「………よし」
俺は膝をポンと叩いて立ち上がり、その場で軽く柔軟して身体をほぐす。そして久々にマトイを展開。最後に吸っていたタバコを握り潰しながら、アルフにナイス笑顔を向けてこう言った。
「ちょっとそのガキ殺してくるわ」
「いやいやいやいやいや!?!?」
飛び立とうとする俺の腕を慌てて掴み抑えるアルフ。
「そんな『ちょっとタバコ買ってくる』みたいなノリでなに唐突に滅茶苦茶な事言ってんだい!?」
「滅茶苦茶?いやいや、とても論理的かつ紳士的発言だろ。俺に喧嘩売って、俺の可愛いフェイトに怪我させて………そのクロノとかいうガキ、生きてる価値ねーじゃん。前、フェイトにも『落とし前つけさせる』て言っておいたし。ああ、だから一刻も早く殺してあげなきゃよ」
「待った待った待った!いきなりぶちギレないでよ!?」
なんだよ、止めんなよアルフ。相手は『殺してください』って言ってるようなもんなんだぜ?だったら望み通り殺してやらなきゃよォ。
「お、落ち着きなって!クロノもあの時の事はちゃんと謝ったんだし、フェイトももう許したんだよ。世話も焼いてくれてるし、だから穏便に………」
はぁ、そうなの?でもな、
「知った事か」
俺は切って捨てる。
「俺に喧嘩売った奴はぶっ殺す。しかもフェイトに怪我までさせたような奴は徹底的に!」
「いや、だからフェイトはもう許してんだって!」
だから何?
「ンなの関係ねーんだよ。俺がムカついてんだ。例え怪我させられた当人であるフェイトが許そうと、俺が許さねーんだよ」
仮にフェイトが今俺に向かって『クロノに酷い事しないで!』と抗議してきても、俺はそれを無視する。
フェイトの気持ちなど知った事か。
俺がムカついたから殺すんだ。例え被害者本人の気持ちが許そうと、俺は俺の気持ちを最優先させる。そうして初めて俺は満足出来るんだ。
「な、なんてぶっ飛びようの自己中……うん、そうだね、これが隼だ」
アルフは疲れ笑いという何とも器用な表情を作りながら大きな溜息をついた。
俺は掴まれていた腕を乱暴に振りほどくと、辺りを見回して舌打ちを一つ。
「そのクロノとか言う奴、一体どこ行きやがった。おいアルフ、お前なら分かるだろ。魔力の発生源的なモンで。教えろ」
「たった今、行かせまいと止めていた相手にそれ聞くかい、普通?」
「うるせえ、教えねーと泣かすぞ」
「ハァ、プレシアも夜天たちもこんな自分勝手な男のどこが好いんだろうね。まぁいい雄といえばそうだけどさ」
何事かぶつくさ言っているアルフのケツを蹴り上げ、居場所を聞き出すと俺は飛び立ったのだった。
件のガキ、クロノとかいう奴はすぐに見つかった。
ビルの屋上でいつの間にかやって来ていたシャマル(騎士甲冑を纏っているからオリジナルの方だろう)の後頭部にデバイスを突きつけていた。何か喋っているようだが、生憎と会話が聞こえるような距離ではないので分からない。だが、大よそ『動くな』的な事を言ってんだろう。
取りあえず俺は、その光景を見てさらに頭に血が上った。もう干上がっちまうんじゃないかと思うくらい上った。
(あんのガキァ、俺をさしおいてシャマルをバックから(デバイスで)突いて襲うとは!よほど殺されてぇか!)
すぐさま俺は攻撃の姿勢に入った。飛翔のスピード+重力を使い、エドモンドさんばりのロケット頭突きをするべく力を溜める。
そして、さあまさに『どすこい』をしようとした瞬間、俺の眼中から目標物(クロノ)が消えた。代わりにそこにいたのは、いつかの仮面の男が片足立ちで佇んでいる光景だった。
その仮面の男……いや、実は女だってのは知ってるが、兎も角、その仮面ちゃんが何かをしたために目標物が突然いなくなったってのはすぐ分かった。そして、すこし視野を広げれば、その目標物が向かいのビルの屋上のフェンスにめり込んでいる姿がすぐに発見できた。
(あの仮面ちゃんが攻撃したのか?………シャマルを助けてくれた?)
真実はどうだか分からないが、一見してそうだった。そして、その一見だけで俺には十分。
(やっぱ彼女は味方だったか!)
何の根拠もないが、俺はそう決め付けた。その理由を強いて挙げるなら、あの仮面ちゃんの正体が超可愛い女の子だから!そして、あのクロノとかいうガキを俺が気に入らねぇから!
(よし、今日こそは名前くらい聞き出すぞ!)
そう心に決める一方で、その前にやる事はきちんとヤらなければならないのを忘れてはいない。
俺は溜めていた力をここで解放した。
ただ、当初の予定とは違い頭突きではなく急転直下の大キック!
「サンダーボルトスクリュー!」
「なに………ぐわっ!?」
フェンスにめり込んで身動きの取れなくなっていたガキに、俺はトドメとばかりに欠片も容赦せず稲妻のようなキックを見舞ってやった。ガキはフェンスを突き破り、さらにビルを突き抜けて彼方へと吹っ飛んでいく。
それを見送った俺はその場で腕を組んで悠然と佇む。
「紳士に攻撃し、ガキを傷つけ、美人を背後から襲うような鬼畜外道には必ずその身に酬いが訪れるが道理……………人、それを『天誅』という。俺が誰かって?美人で可愛い女性にしか名乗る名前はない!!」
「「…………………」」
「あれ?ツッコミなし?ノリ悪~」
口を阿呆のようにおっ広げたシャマルと、仮面をつけているので表情は分からんが何となく呆然としている雰囲気を醸し出している仮面ちゃんがそこにはいた。
いきなりの俺のかっこいい登場に驚いているのだろう。
俺は取りあえずシャマルの方に近づいて声を掛けた。
「大丈夫だったか?あのクソガキに何か酷ェことされなかったか?」
「え、あ、はい、大丈夫です」
「ホントか?お前は大丈夫じゃなくても大丈夫とかいう奴だからな。痛いトコがあったら言えよ?その万倍の痛さをさっきのガキに返してやっから」
「は、はい」
まだ若干ぼんやりしているが体自体はどうやらホントに大丈夫なようなので、俺はポンポンとシャマルの肩を叩いた後、今度は仮面ちゃんの方に向き直る。
「よっ、お久~。また会ったな」
「お前は────」
「まあ待て。俺から言わせて貰う。あんたには聞きたい事が沢山あんだよ。言っとくが今日は逃がさねーぞ」
仮面ちゃんがジリっと僅かに後退したが、俺とシャマルに警戒されてるこの場じゃちょっとやそっとじゃ逃げらんねーのは分かってるはずだ。
「まずはそのむさ苦しい変身を解け。そして名前を是非教えろ。ちなみに俺は鈴木隼、末永くよろしく」
「……………………」
「あれぇ、だんまりですか?いけませんな~、殴っちゃうよ?」
「………お前の言葉に応える義理はない」
「あ、そういう事言っちゃうんだ。でも、俺が大人しくしてる内に素直に答えといた方がいいと思うけどな~」
「……………………」
それでもだんまりかよ。………このままだとマズイな。さっきのガキがまたいつやってくるか分からんし、管理局の援軍が到着するかも知れねぇ。最悪、うちのモンまで着ちまったらまた混沌の再来になっちまうかんな。
だからと言ってこいつをここで逃がすつもりもない。聞きたいことも言いたいこともあるし、それ以前にもっとお話したい!
だんまりを決め込み、しかしこのままそれを許すわけにもいかない。だが、これ以上この場に留まるのは得策とは言えない。だったら、最終手段として……………
「あん?」
突然、軽快なメロディがあたりに流れた。その音の発生源を辿って行くと、そこには恥ずかしそうな顔で騎士甲冑の胸元(………胸元!?)から携帯を取り出すシャマルの姿が。
「ご、ごめんなさい!はやてちゃんからで……」
「………空気読もうぜ」
仮面ちゃんが逃げないように油断無く目で牽制しながら、シャマルの方も観察する。シャマルの方も仮面ちゃんから目を離さないようにしつつ、電話に出た。
「はい、はい………ごめんなさい………あ、そうなんですか………もうすぐ帰れますから………隼さんですか?はい、すぐそばに」
シャマルがこちらに携帯を向けた。どうやらはやてが代われとでも言ったのだろう。
「ったく、緊張感って言葉しってっか?今がどういう状況か分かってのか?」
「だ、だってはやてちゃんが………」
ホントに騎士ってやつは主が大好きなんだな。こんな時くらい空気読んで断れよな。
「おう、俺だ」
と、言いつつも俺も電話に出るのだった。
《もう、まだ帰られへんの?お客さんたちもう家に着いてるで?》
「ああ、悪ぃな。もうちょいしたら帰る。まぁゆっくり鍋の準備しててくれや」
《そうは言うてもなぁ、メイドさんたちが手伝ってくれたお陰でもう準備万端なんよ》
「はア?マジかよ。分かった、なるべく急いで帰るから勝手にパーティ始めるんじゃ……ん?」
こいつ、今なんて言った?なんか素晴らしい単語が聞こえた気が?
「おい、はやて。今お前の口から『メイド』という単語が聞こえた気がするんだけど……」
《そやよ。友達んトコのメイドさんや。言うてなかったっけ?2人ほど来てくれてて……あっ、2人ともめっちゃ美人で可愛い人やけど浮気は許さへんからな~、なんて》
なんかアホな事言ってるが俺の耳にはすでに入っていない。
聞き逃せないのはメイド二人だ。
メイドという職業はどうでもいい。生憎と俺にそういう嗜好はない。だが、メイドをしている人物になると話は別だ。
普通、メイドっていうと女の子がやる仕事だよな?しかもさ、大抵そういう職やってる人って美人とか可愛い系が多くね?すずかんトコのノエルちゃんやイレインがいい証拠だ(後者は中身がダメだけど)。
………………。
「待ってろ、はやて!3分で帰る!!!」
《え、あ、ちょ────》
一方的に携帯を切ってシャマルに投げて返し、おもむろに片手で仮面ちゃんの腕を強く握り取り、もう片手でシャマルの腕も同じように取る。同時に念話を敵・味方関係なく飛ばす。
《テメェら、今日はお開きだ!闇の書組、全員帰るぞ!!拒否してもいいけど、そん時は置いてく!!》
この念話で呆然と腕をとられていたシャマルと仮面ちゃんがようやく反応した。
「ちょっと隼さん、いきなりどうしたんですか!?」
「は、離せ!」
二人以外にもシグナムやヴィータからどういう事だと念話が飛んでくるが、俺はそれを尽く一蹴。
ただただ『ずらかれ』と命令。
「む、無茶言わないで下さい!それに管理局員が外から結界張ってるんですよ?シグナムのファルケンか、ヴィータのギガント級の魔法でも使わない限り破れませんよ!」
問題ない!
この俺を誰だと思ってやがる?女の子が関わることなら、そこにどんな困難があろうともあらゆる手を使って打破するのがこの鈴木隼だ!
《理、このウザったい結界ぶち抜けやぁあ!!》
人任せだけど。そして今は敵だけど。でも関係なし。それにもう身バレしてっし。
《おい理!聞こえてんだろうが!返事くらいしろや!!》
《………やれやれ、まったく。相手指定の念話が繋がらないからといって、管理局にも筒抜けとなる全方位念での話を使ってこの状況で話しかけますか、普通?せっかく隠していたのに、これで私たちに何かしらの繋がりがあるのがバレてしまったではないですか》
どうやら俺が夜天の写本の主というのまでは局に話してなかったみたいだな。
だが、知らん!
《適当にまたでっち上げとけ!それかシラを切っときゃいいだろ!じゃ、よろしく!あ、あと追ってくる局員とか邪魔する奴がいたら殲滅もよろしく!》
《ですから、それをこの念話で言ってどうするのです。ハァ……まあ久方ぶりに主と会話が出来たので嬉しいですけど。茶番の終わりはもうすぐなので、この件含め後々覚えておいてくださいね》
お前も自分で『主』とか言ってんじゃん。もう隠す気ゼロだろ?そしてやっぱり殺す気マンマンだ。しかもたぶん近日中。けど今はどうでもいい。
「主、だと?お前はいったい………」
「詳しい話は後でたっぷりしてやんよ。だから今は帰る!!」
ちょうどその時、空に向かって紅蓮の光が突き進み、強固な結界を意図も容易く破壊しつくした。
それを確認した俺は念話で再度撤収命令を掛け、俺もシャマルと仮面ちゃんの腕を取ったまま一目散に退避しようと空をかっ飛んだ。
「お、おい、待て、離せ!どういう心算だ!」
仮面ちゃんが慌てて腕を振り外そうとするが、そうはさせまいと俺はさらに力を込めて握る。
「今日は逃がさねぇっつたろ?このまま連れて帰る!!」
「「はあ!?」」
鳩が豆鉄砲食らった時に出すかもしれない声を、仮面ちゃんと、事の成り行きを呆然と流れに任せて見ていたシャマルが上げた。
「ち、ちょっと隼さん!?なに考えてるんですか!?」
「っせえ!こいつには聞きたい事や言いたい事が山ほどあんだよ。だったらお持ち帰りして話し合った方が良いに決まってんだろ!例え悪くても、もう俺がそう決めた!」
「短絡的過ぎますよ!」
「それに、鍋するなら人数多い方が楽しい!そして実はコイツは女なんだ!」
「それがどうしたんですか!?」
「一人でも多くの女の子と鍋つついたり、お酌されたいんだ!!」
「それが本音ですね!!!」
オリジナルシャマルも俺の事が分かってきたじゃねーか。
「離せ~!」
いつの間にか仮面男の姿から猫耳猫尻尾を生やした元の姿(であろう)に戻っていた女は、自分の腕を掴んで離さない俺の手をガジガジと噛んで離そうとしていた。
だが、温いわ!
女の子が絡んだ時、俺のパワーは天井知らず!帰ったらメイドさん二人という新たな出会いも待っており、テンションも上げ上げだぜ!
「レッツ・パーリィィィイイイ、イエヤァァァアアア!!わははははははははははは!」
さて。
今日の出来事で、少なくとも俺とプレシアたちの関係性が局にもバレた事だろう。長期的に見たら確実に悪い方向に向かっていくだろう事は必至だ。そして、そこから芋蔓式にいろいろバレていき、最終的には今まで以上に厄介な展開になるだろう事も予想はつく。いや、あるいは理の言葉通りなら終わりもすぐそばだ。この猫娘に関しても100%味方なんて事はあり得ない。
そうだ。今回のこれは、いつも以上に馬鹿を曝け出しちまったって事は自分自身が一番良く分かっている。
だが、それでも敢えて言わせて貰おう。
(ンな先の事なんか知った事か!)
はやてを助けるなんてのは決定事項であり、確定事項だ。つまり極論すればはやては既に助かっていると言える。
結果が分かってるなら、過程なんてどうでもいい。
これ以上過程が悪くなろうとも、結果が変わらないなら、俺は今を楽しくする事に全力を尽くす。自分の欲望のままに生かせてもらう。
(お鍋、お酒、女の子~♪)
俺の頭は、既にその三つで一杯だったのだった。
主人公の馬鹿さ加減は天井知らず。
As編もそろそろ終盤に入りそうです。