フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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中々執筆時間が取れない……


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「お風呂っていいよね。超いいよね。そう思わね?」

 

お風呂イベントを夢見る俺は、今回初っ端この一言から入らせてもらう。ただ、声に出して言ったにも関わらず周りには誰もいない状態、完全な独り言。それでも俺はあえて声に出す。あたかも、世界に訴えかけるように。

 

「生まれてこの方、俺は一度もお風呂イベント………率直に言えば『エロイベント』に遭遇した事が無い」

 

まあ、普通に生活していればそれも仕方が無いと言える。姉もいない、妹もいない、幼馴染もいない俺に、この世知辛い現実で、そんな極上のイベントが発生するわけが無い。いや、俺に限らず、そのような境遇の男性はエロイベント発生率が極端に少ないはずだ。だから、俺もその中の一人、五万と居る者の中の一人として、そんな夢幻イベントとの邂逅など半ば諦めていた。

だが、しかし────だか、しかしッ!

今の俺は違う!そんな、空しい境遇の元に生まれた有象無象の男の中の一人ではない!町人Aではないのだ!

今の俺の周りを見てみろ。夜天、シグナム、シャマル、プレシア、アルフ──────この5人の女を見てみろ!こんなべらぼうな女が5人も俺の周りにいる。しかも、お互いの関係は良好と言える(プレシアについては疑問だが)。こんな境遇になった俺は確実に、エロイベント体験者になってもおかしくない。否、体験しないはずがない!むしろ体験してしかるべきだ!

 

「なのに!何故!未だにその手のイベントが発生しねーんだよ!どぉぉお考えてもおかしいだろ!」

 

マジでよぉ、おかしくね!?確かにライトな感じのイベントなら今まで少なからずあったよ?パジャマの胸元からブラチラみたいな?けどよ、ディープなやつとかモロな感じのやつは一度もなし!

 

「ふざけんなよクソ!ふざけんなよクソォ!!こんな恵まれた環境になったのに、なんでその特性を遺憾なく発揮しねーんだよ!間違ってる、何かが間違ってる!」

 

誰かに聞かれたら『お前の思考が一番間違ってる。てか手遅れ』なんて言葉が返ってきそうな心情を一人叫ぶ俺。

 

「………まっ、ンなこと言ってもどうにもならねーなんて事は分かってンだけどな」

 

いくら叫んだって、いくら伏線のようなもん張ったって、ここは現実の世界。誰も聞いてくれないし、回収してくれない。

そんな事は分かってる。だから、今まであまり考えないようにしてきた。だけど、なのに今になって……………ハァ、これも酒のせいだな。

 

プレシアと飲んだのが3時間前。何故か皆と口喧嘩をする事になったのが2時間前。皆と別れてそれぞれがそれぞれの場所で休息を取る事になったのが1時間前。

そして、今。

俺は適当な部屋に入り、改めて一人静かに飲み直していたら上記のような情熱が湧き上がってしまい、アルコールの効果も相まって叫んでいた次第。

 

「あ~あ、何だってんだよ。これはあれですか?モテねぇやつはどうなろうと絶対モテないと?そんなやつにエロイベントなんて来るわきゃねーだろって?そんな奴ぁAVでマスかい虚無感を抱いて寝てろって?──────クソぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

 

ああ、やべ、なんか酒が変なとこに入ったみてぇだ。タバコが吸えない事もこのイライラの要因だろうけど。火がねぇんだよ火が。

 

「…………風呂入るか」

 

先ほどのテンションがまるで嘘のように、俺は静かに呟く。

もう諦めた。エロイベントなんて、所詮この現実で起きるはずねーんだよ。都市伝説だ。負け組みは負け組らしく淡々と物事をこなしていくよ。

 

俺は悟りでも開いたかのような僧侶の顔で、部屋を出て風呂場へと向かった。場所はフェイトに事前に聞いていたので特に迷うことなくたどり着く。勿論、その間も特にイベントなし。淡々だ。

まあ、別にいいんだけどよ。何もなくてさ。それに、何もなくても風呂に入りたかったのは事実だ。頭をボリボリ掻けばフケと乾いた血が落ちてくる今の状態からいい加減脱出したい。

 

脱衣所に入ると俺はすぐさますっぽんぽんになり、風呂場へと続く戸を開けた。

 

「うお!?でっけーなぁオイ。いつか行った温泉レベルじゃねーかよ」

 

なんかでっけぇ岩があるし、蛇口いっぱいあるし、湯は常に出続けてるし。

金持ちは死ねばいいとは思うが、今だけは感謝だな。

 

俺はルンルン気分で局部をブンブンさせながら湯気の向こうに見える湯船へと足を進めた。

が、しかし。

その湯気の向こうの湯船、その中に一つの人影がある事に気づいた。

 

(へ?うそ?ひ、人が入ってるぅぅぅううう!?)

 

え、ちょ、ま、まずいだろ!?俺、すっぽんぽんよ!?勿論相手もすっぽんぽんだろ?!いやいや、ちょっと、これはやべぇって!まさかの不意打ち!エロイベントなんて諦めてたのに、それが突然舞い降りるなよ!

確かに夢見てた展開ではあるが、実際にこの状況に立ったら冷や汗モンだった。あの湯気の向こうには女の裸、モザイクなしの本物が…………ど、どうすりゃいいんだ?

口ではあれだけ威勢のいいこと言っておいて、望んだ展開になったらこの有様。てんぱる俺。『チキン』『ヘタレ』という単語が真っ白な頭の中で思い浮かぶ。

いつもなら必死に否定するそれらの言葉だが今は──

 

(で、出よう!)

 

チキンで結構!ヘタレで結構!

実際こんな場面に直面したら、そのままレッツゴーなんて出来ねぇよ!回れ右!

しかし、現実残酷。この場合は逆に幸福?ともあれ俺が退場するよりも先に、相手が此方に気づき振り向いた。さらに図ったように霞掛かった湯気までサヨナラバイバイ。その相手の姿を明確に俺の目に映した。

 

果たして、そこにいた人物は──

 

「これは主。主も今風呂ですか?」

「てめぇかよザフィーラァァァァッッッ!!!」

 

現実はどこまで残酷なんだろう。いや、これで良かったのだ。いや良くねーよ。いやいやこれで……ハァ、もうでもいい。

結局、俺はザフィーラと2人肩を並べて風呂に入った。正直、男2人で風呂に入りたくなかったのでザフィーラには出て行って貰いたかったが……。

 

「理やヴィータとは一緒に入るのに、私は駄目というのはどういう事ですか?」

 

なんていうキモい言葉を大の男が悔しそうに言うのを見たら、何か悲しくなって結局一緒に入ることにした。

思えばザフィーラと風呂に入るのはこれが初めてで、そのせいもあってかお互い背中を流しっこしたり、お互いの筋肉やアレの大きさを褒め称えたりして終始じゃれ合った。……言い方がちょっとアレだが、ただ単に裸の付き合いをしただけだ。

確かに楽しいお風呂タイムであり、これも一つのお風呂イベントだろうけど…………なんだろう、何かが違う気がする。何だかBでLな臭いが仄かに漂っているのは気のせいだろうか?

 

ともあれ、お風呂イベントはこうして幕を閉じた。

 

ちなみに─────。

ザフィーラは犬(狼?)のクセして馬並みだった。黒王号だった。いっちょ前に生意気な奴だ。まあ、そういう俺もザフィーラ曰く、

 

『なっ!?ガ、ガメラですと!?』

 

だそうだ。

…………果てしなくどうでもいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……………時間の流れがよく分からないので日を跨いだかどうか定かではないが、取り合えず寝て起きた日。

 

俺たち鈴木家、そしてテスタロッサ家(アリシアは除く)は地球にいた。以上。

 

「主、いくら何でも端折りすぎです」

 

やれやれ、面倒くせぇな。

えーっと、つまりだ。今朝起きたら目の前にプレシアがいた。そっ、起こされたわけよ。で、そん時の第一声が「アルハザードに今すぐ行くわよ!ついでに昨日の私は忘れなさい!」だと。「おはようございます」だろ朝はよぉ。まあ、アルハザードに行くことに関しては別に俺は異論ねぇからいいけど、何の見返りもなしにホイホイと言う通りにするわけもねぇ。

以下の条件を突きつけた。

 

1.行く前に、出来る限りシャマルに怪我を治してもらえ。

2.俺が今まで被った損害分の金を寄こせ。

3.フェイトに優しくしろ。家族になれ。

4.昨日のお前は一生忘れない。

 

こんな感じ。

プレシアは案の定この条件を渋った。特に3番は絶対無理とかぬかしやがった。けれど、これは条件という名の命令であって拒否を許すつもりなんてない。

 

『うるさい。何も本当に優しくしなくていいし、今すぐ家族になれとも言わん。ハナっからそれじゃあお前もフェイトも潰れちまう。最初は嘘の優しさでいい、偽の家族でいいんだよ。けど、だからって手ぇ抜くなよ?心を込めて嘘の優しさを与え、偽の関係を作り上げろ。それがいづれ本当のモンになり、果ては本当のモンすら越えちまうようになる。OK?よし、じゃあまず手始めにフェイトを優しく起こしてこい』

 

と、まあそんな感じで。

しかし、そんな俺の優しさ溢れる言葉を聞いても頑なな態度を取るプレシア。もともと強情な奴であり、加えて今までの態度や心情を急に覆す事など出来るはずもないというのは俺も理解できるが、ンな事ぁ関係ないってか関係無視。

 

『あれ?いいのかな~そんな態度で?アルハザード連れてって欲しくないの?んん?ねぇ、行きたくないの?どうなの?ボカぁ別にどっちでもいいんだけどぉ、どうしよっかな~。ん?あれれ?どうしたのかなプレシアちゃん、顔真っ赤にしながら体震わせちゃって?まさか怒ってるの?な訳ないよね~。まさかだよね~。だって連れてって欲しいならそれなりのさぁ、態度ってあるじゃん?人に物を頼む時のた・い・ど。別にさ~、土下座して頭下げろとは言わねぇけど~、そんくらいの誠意はよ~、見せるってのが筋じゃね~?』

『ぐ、ぐぐぐっ………』

 

うざっ!!

と言われそうな態度でプレシアの態度に物申す俺。それに対し、なんとも素直に歯軋りするプレシア。

なんの反論もせず、素直に。

アルハザードの、ひいてはアリシアの事となるとこいつでも我慢を覚えるんだな。らしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくないが、どっちにしろ俺にとっては都合がいい。

無理難題を押し付けるには都合がいい。

 

ともあれ、そんな訳で今朝はフェイトにプチ寝起きドッキリを仕掛け(フェイト本人にはド級のドッキリだったろうけど)、そしてその仕掛け人であるプレシアはドッキリ後、苦虫を噛み潰したような顔をほんのりと赤くし、俺にアルハザードへの案内を改めて頼んだ。

 

「なのに、何故私はこんな所にいるのかしら?………いるのかしら!!」

「怒んなよ」

 

プレシアの『こんな所』と言うのはデパート。遠見にある大型複合デパート。Noアルハザード。

地球に転移し、皆で向かったのはアルハザードではなく、まずここだった。

 

ちなみに、ザフィーラとアルフは外で待たせてある。いっしょに入りたいと騒いだが、店は動物の入店禁止だ。というのは冗談で、まあようは見張り要因だ。一応、プレシアたちは管理局に追われる身だからな。

だというのに、当の本人のプレシアはギャアギャアやかましい。

 

「スズキ、あなた言ったわよね?誠意を見せたら頼みを聞くって。だから、私は恥も外聞も過去も投げ捨てて、あなたの言う事に従ってあんなコトをしたのよ!」

「大げさな」

「『添い寝しながら優しく揺り起こす』っていう行いはどこをとっても大げさよ!」

 

そうなのだ。プレシアはただフェイトを起こした訳ではなく、そうやって起こした。科せられた無理難題を見事果たした。

 

傍から見たら『あんた、ホントにフェイトに虐待してたの?』って感想が浮かんだな。てか、面と向かって遠慮なく言った。配慮なく言った。

それに対しプレシアはバツが悪そうに、フェイトは『虐待されてない』と断固現実否定。

まっ、フェイトがいいならいいけどな。

そもそも、虐待を受けてるガキってのはそれを認めないもんらしい。そんなガキを保護した場合、一番大変なのが『虐待の事実をガキに認めさせる事』だとどこかで聞いた事がある。

けど、まあ俺は別に認めなくてもいいと思う。認めなくて、目を逸らして、逃げていいと思う。いつも言ってるように、過去を見てもつまらんからな。今が楽しけりゃそれでいい、でいいと思う。

てか『過去を乗り越える』とか、そういうノリはいちいちウザったくてメンドクサイ。過去なんてガン無視しときゃいいんだよ。

 

話が逸れた。

 

最初の疑問に戻ろう。

何故、俺達はデパートにいるのか、という疑問。

もっとも、これまでの俺の言動を顧みれば自ずと答えは明らか。

 

「これも条件の中の一つ、項目2だ。アルハザードに行く前に、まずお前には弁償してもらう。そう、俺のiPodとスマホをなぁ!」

「うわぁ、細かいっつうか小っせぇつうかみみっちぃつうかセコイ奴」

 

黙れロリータ。無視していい事じゃない。死活問題だ。せめてスマホが手元にないと落ち着かん。現代っ子舐めんな。

 

「それが嫌なら………まあ、是が非でも弁償させるが、仮に嫌とぬかすなら、そうだな………これから俺が『良し』と言うまでフェイトと手を繋いで歩け。仲のいい親子のようにな」

「なっ……」

「えっ……」

 

あのドッキリから今現在、プレシアとフェイトは俺らと一緒に行動してはいるものの、無視し合っている。………いや、と言うより、お互いどうしていいか分からんのだろうよ。

プレシアはまったくもって自分らしくない事をしてしまって。

フェイトはいきなり母にあんな事をされてしまって。

お互いがお互いどう接していいか分からない。近づくには勇気が足らず、離れるには今更不自然で。

俺の言葉にプレシアとフェイトは一瞬だけ目を合わせ、しかしすぐに気まずそうに目を逸らした。お前ら、付き合いたての男女か。付き合ったことないからホントにそんな感じなのかは知らねーけどよ。

 

「ったく。あーはいはい、まだ時間がいるわけね。まっ、ゆっくり行けばいいさね。けど、止まる事は許さねぇぞ。なんたって、この俺がこれから先の幸せな未来をお膳立てしてやるんだ。だから、ゆっくりでもいいから幸せになんなきゃぶっ殺すぞ?」

「ふふ、プレシアさんもフェイトちゃんも早めに観念した方がいいですよ~?あまりゆっくり過ぎると、ハヤちゃんシビレを切らしてきっと滅茶苦茶な手段を講じて来ますから」

 

シャマルも言うようになったねぇ。そして、俺の事をよく分かってる。

ちなみに、騎士たちはプレシアの奴と和解したようだ。俺が起きる前に話し合ったらしい。一体どのような話し合いがなされたかは知らないが、ただプレシアの奴から『書の主従関係を考慮しても、本当に慕われてるわね。あなた、彼女たちに一体何したの?』と言われた。

知るか。何もした覚えはねえ。強いて言えば出会った当初、俺の価値観をあいつらに聞かせたくらいだ。

 

「何はともあれ、アルハザードに行く前にまずは俺の用事が最優先。OK?」

「─────はぁ。思わぬ所でアルハザードへの道が開けたのは幸運の極みだったけど、その幸運を与えてくれたのがスズキだったのが運の尽きだったわ」

「おいおい、ひっでぇ言い草だな。ちゃんと連れて行くって言ってんだろ?約束は守るよ、『最終的には』って言葉がつくけどな」

「………好きにしたらいいわ。願いの成就が時間の問題になっただけでも、以前に比べたら大きな進歩。だから………うん、まあ、そうね、あなたの好きにしたらいいわよ」

 

プレシアはひどく疲れたような顔で俺を見て溜息を吐き、最後に何故か笑みを浮かべた。

ふん?うーん、もう少し突っかかって来るかと思ったけど意外とあっさり退いたな。まあ、そっちの方が面倒臭くなくていいけど。

 

「ンじゃ、話も纏まった所で行くぞお前ら」

 

そう言って俺は先頭を歩き出して、しかしそこですぐ待ったが掛かった。

 

「主、どこに行くのですか?電子機器の販売フロアは確か向こうの方では?」

 

このデパートには以前から俺のみならず騎士たちも何度か訪れており、従ってどこに何があるかも皆分かっている。だから、俺の歩き出した先とは真反対の方向を指しながら首を傾げている夜天の言ってる事は正確。

そして、そんな仕草だけでもいちいち色気が漂っているコイツはやっぱり素晴らしい。周りの男共がチラチラ此方を見てくる気持ちも分かる。まあ、その視線の全てを夜天が独占しているのかと言えばそうでもなく、トリプルロリーズ意外の女性陣全員にも注がれているんだが。……………訂正、一部ロリーズにも注がれている。なんとも犯罪くさい視線だ。

 

「まずは服を買おうと思ってな」

「服、ですか?」

「ああ、プレシアのな」

「え、私?」

 

いきなり名指しされて呆けるプレシアだが、当然の回答だろ?

今のプレシアの服はあの辛気臭い黒のドレスみたいなやつ。しかも、夜天との喧嘩による被害でボロボロ。シャマルによってある程度修繕されてはいるし、俺のジャケットも上から羽織らせているが、どっちにしろ場違い甚だしい。その服装も周りから注目される要因の一つになってるのは間違いない。

当の本人は先の反応から見て分かるように、てかそんな服装でここにいる時点で分かるだろうけど、服装や周りの視線には無頓着のようだ。

 

「も、もしかしてスズキが服を買ってくれるの?そのぅ、私の為に………」

「はァ?頭腐った事言ってんじゃねーぞ。テメェで買え」

 

馬鹿かよ。常時極貧の俺が、何で金持ちに服買ってやらなきゃなんねーんだよ。日本円もたんまり持ってんだろ?フェイトが住んでるマンションがいい証拠だ。

 

「マンション買える金があるクセに俺にタカるとか。お前も結構セコいんだな。だが、俺はビタ一文払う気はない!」

「………………………」

 

ンだよ、その不機嫌そうなツラは。そうまで俺に金を払わせたかったのか?この金の亡者め!

ともあれ、さっさと移動しよう。この場に留まる時間が延びる程、周りの視線が倍々で増えていってる。幸いにして俺にガンつけて来る馬鹿野郎は居ねぇけど…………あ、いや、一人いるし。しかも超見てるし。これでもかってくらい見てるし!

 

(まあ、別にガンくれてるって感じじゃないし。つうか、何よりただのガキだし)

 

何で俺をそんなに見つめてくるのか分からんが、まあ別にどうでもいいか。野郎だったら容赦なく睨み返すが、年端もいかないガキに無意味にそんな事する俺じゃない。

基本ガキに優しい紳士隼なので、俺はニッコリと笑いを返した。

 

「何一人でニヤけてんだよ。もとからキショいのに、それがさらに極まってんぞ」

「主の半分は下卑で出来てますからね。残りの半分は下劣。ああ、すみません、同じ意味でした」

「こ、理にヴィータっ!隼はそんな人じゃないよ!隼は、えっと………上品極まりないよ!」

 

毒舌ロリーズ2人、貴様らはいずれグチャグチャにしてやる。

フェイト、その優しさは嬉しいが、お前のフォローはなんか違う。

 

『────────フッ』

「ん?」

 

どこからか、笑い声とも溜息ともつかない声が聞こえたような気がしたが…………気のせいか?

 

「主、どうかされました?」

「ん?んにゃ、何でもねーよ」

 

別段気にする事でもないし、気に留めることでもない。

俺は改めて服を売っているフロアへと足を進めた。

 

だが最後に、ふと。

俺を、『俺だけ』を何故か見つめていたあのガキの方に視線を向ければ、そこには件のガキに加えもう一人、先ほどまでいなかったガキがいた。友達かと思ったが、お互いの顔立ちを見ればそれが否だとすぐ分かる。

 

(双子か?おお、双子って初めて見たけどホント同じ顔だな)

 

俺を見つめていたガキと、そのガキとクリソツな顔をしている車椅子に乗ったガキは、程なく人ごみの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えずプレシアの服を適当に見繕った後、さて次はいよいよ俺の買い物相成る段階になったんだが──そこで俺は一つの疑問を抱いていた。

 

(こいつ、実際金っていくら持ってんだ?)

 

先ほど婦人服売り場で適当な服を見繕ってやった(何故か俺が)。上から下まで一式揃えたので結構な額だったが、プレシアは特に気にすることもなく普通にレジに持っていきカード払い。現金は持ち歩かないそうだ。

この『現金は持ち歩かない』という所ですでに金持ち臭い。そもそもフェイトが住んでるあのマンション自体、かなりの額だろう。聞いたところ、賃貸じゃなく買ったらしい。マンションの正確な値など知らんが……ウン千万くらい?あの辺、物価高そうだし。

 

「どうしたのスズキ?」

「隼、どうしたの?」

 

考え込んでいた俺にテスタロッサ親子から声が掛かる。ちなみにウチの奴らは別行動させてる。大所帯でデパート内を練り歩きたくねえし。

 

「プレシア、お前さ、全財産いくらあんの?」

 

正直に聞いたところ、ため息と共に呆れた視線が返って来た。

 

「ハァ、あなたの頭の中にはお金と喧嘩しかないわけ?」

 

失礼な。あと女とギャンブルと酒があるわ。

そう言い返そうとする前に、プレシアは買ったばかりの服のポケットから無造作に一つの手帳を取り出し、手渡された。見ると預金通帳だった。

 

「って、いやいや、こんなもんポケットに入れんなよ」

 

無用心すぎる。

え、てかこれって見ていいって事?

 

「別になくなったからって対して困るものじゃないわ。その通帳のお金も、貯金の一部を日本円に替えたくらいの額しか入ってないし。そもそも私の欲しいものは、そんなものじゃ手に入らない」

 

はぁ、何か悟ってるねえ。俺なんて、俺の欲しいものはほぼ全て金で手に入るってのに。

取り敢えず、俺は遠慮なく通帳の中を見せてもらった。

 

「どれどれ……一、十、百、千、万……十万……百、万……い、いっせ……え?……え?」

 

パタン、と俺は通帳を閉じる。一度、大きく深呼吸。フェイトを手繰り寄せ、髪を引っ張ったり頬を軽く抓る。むずがるフェイトを離し、もう一度改めて通帳を開いた。

 

絶望と羨望を俺に刻み付ける数字の羅列が、そこにはあった。

 

「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」

「は、隼!?」

「ちょ、スズキ!いきなり叫ばないで頂戴!恥ずかしい!」

 

デパートの1フロア、あるいはもしかしたら全階に響き渡るほどの奇声が俺の口から溢れ出るのは、きっとこの場合極めて自然なことだろう。

 

「こ、これ、おまっ!?」

「もう、なによ、思ったより多かった?」

「そ、それどころの騒ぎじゃねーよ!」

 

何だよ、このゼロの数!初めて見たわ!てか、これで一部?!!?金持ちとか、そんなレベルじゃねーだろ!国家いってんじゃね?!

 

「プ、プレシア!いや、プレシア・テスタロッサさん!!」

 

俺は手を震わせながら、通帳を握り締めたまま、プレシアの両手を握りこむ。

突然のこの行為に軽く驚くプレシアだが、それに構わず俺は続けた。

 

「ボクと(援助を前提に)付き合ってください!いや、むしろ結婚しましょう!」

 

一瞬、何を言われたか分からないといった表情でポカンとなったプレシアだが、ちょっとしたら頬を朱に染め、そしてまたちょっとしたら冷めた表情に変わった。

 

「……あなたという男は」

 

俺はプレシアの手を離し、今度はフェイトに視線を合わせて屈む。

 

「フェイト、今日から遠慮なく俺の事をパパと呼ぶがいい。さあ、何でも買ってあげるよ。それともお小遣いあげようか?どこかご飯食べに行く?遠慮なく言ってごらん…………て、それじゃあ別の意味のパパだな」

 

今までの奥手、慎重ぶり(チキン、ヘタレに非ず)を一新するかのような俺の言葉。もろプロポーズ。

桁外れの金は人を容易く変える………否、買えるのだ。俺が上記の言葉を決して冗談や戯言ではなく、マジのマジで言ったのがいい証拠だ。

当然だろ?ちょっとした金持ちじゃなく、ガチの億万長者レベル!一体どうやったらこんだけ貯まるんだよ。研究の成果?元旦那からの慰謝料?

 

しかし。

 

いくら俺が真剣になろうと、いくら虚実の無い言葉を重ねても、だからって現実が応えてくれる保証はない。むしろ絶対に応えないとさえ断言できる。だって、現実に俺は進行形で童貞だから。

故に、プレシアの反応も………

 

「寝言は寝ていいなさい。この世の中、どこの世界に経済力のない大馬鹿な坊やと結婚する人がいるのかしら?せめて就職してから出直しなさいな」

 

ばっさり一刀両断。嘲るような視線付き。

俺のヒモ生活への第一歩は、踏み出した一歩目で早くも終わりを告げた。

 

「そんな!俺はこんなにもお前(の資産)を愛しているというのに!!」

「死ね」

 

路上でひき殺されたナニカの死体でも見るような表情を浮かべたあと、付き合っていられないとばかりに踵を返して歩いていこうとするプレシア。

そして、それに追いすがる金の亡者こと俺。

 

「ま、待って!だったらせめて!せめて……何か高いもの買って!!あ、車!俺、車欲しい!!」

「「…………」」

 

俺のあまりにも必死で哀れな様子に、プレシアのみならずあの心優しいフェイトですらヒキ気味だった。おそらく、フェイトの中じゃあ俺の株が大暴落中だろう。心象が一気にマイナス突破してても何らおかしくない。

が、そんな事知ったことか!フェイトへの好感度など、大金の前では考慮する余地なし!

 

「買ってくれたら、いや約束でいい!してくれたら今すぐアルハザード案内すっから!な!」

 

いい歳こいた大人が、ガキの前で、いや大衆の中で一人の女に必死に追いすがる図。しかも金の為に。…………惨め以外の何物でもないが、今の俺にはどうでもいい事だ。

プライドはないのかって?それがありゃあ大金手に入るのかよ?

 

「ハァ……まったくこの男は」

 

プレシアは大きくため息をつくと、鬱陶しいとばかりに俺が掴んでいた手を振り払った。しかし、彼女から出た次の言葉は俺を狂喜乱舞させた。

 

「わかったわよ。車でも何でも買ってあげるわよ。だからちゃんと案内しなさいよ?」

「マジか!?モチのロンですぜ姉御!!」

 

改めてマジかよ!まさか本当に買ってもらえる言質を取れるとは!いやあ、言ってみるもんだな!

なーに買ってもらおうかなぁ。レクサス?クラウン?ハリヤー?センチュリー?NSX?それともが・い・こ・く・しゃ?

 

一気にテンション上げ上げな俺に対し、プレシアはどっと疲れたようだ。それにどこか呆れている。

 

「……アルハザードへの道への代価が車、ね。何だか今までの私の行いが馬鹿馬鹿しくなるわ。局の魔導師や研究者が聞いたら卒倒物ね」

「は?お前車舐めんな?地球の車高ぇんだぞ?もちろん最上位のグレードでオプション全乗せだからな?カスタムもしちゃうよ?5、600万かそれ以上は覚悟しとけ?」

 

ただの道案内で高級車が買ってもらえるとか、等価交換という言葉を彼方へとぶん投げた価値の差だろ?しかもランボルギーニやブガッティなら億だぜ億!甘いぜプレシアちゃんよぉ!

 

そう思っていた俺だが、しかしどうやらそうでもないようだった。

 

「あのね、アルハザードっていうのは私たち魔導師にとっては御伽噺のような存在の所なのよ。失われた秘術、ロストテクノロジーやオーバーテクノロジーが眠る地と言われてるの。そこには時を操る魔法や死者を蘇らせる魔法もあると言われてるような、そんな場所。あなたの大好きなお金をいくら積もうとも辿り着けないものなのよ」

「ふ~ん」

 

そうなんだ。だからこいつは俺がアルハザードを知ってて、かつ行ったことあるってのに驚いてたわけね。あの雑貨屋、そんなすごいとこだったのか。確かに何か変なモンがいっぱいおいてあったが。

 

「だから、多少高価でもお金でかえる大量生産品でアルハザードへの道が開けるなら安いものよ。というより破格過ぎ…………なによ?」

 

言葉途中のプレシアに俺は再度にじり寄り、気さくに肩に手を回した。

 

「実は~ボク~、バイクも欲しいなぁって。逆車の新型V魔とか?なに、ただの300万ぽっちだし?それにそろそろ引越しもしたいな~って。ほら、例えばフェイトが今住んでる高層マンション的な所に?家電一式も新調して?」

 

いや~、そんな真実知っちゃうとね?値を釣り上げたくなるってのが人情だろ?

 

「…………………………」

 

自分でも分かる下卑た笑みを浮かべながらプレシアに囁く俺に、プレシアは大層不快な表情を浮かべたあと、今度は逆に満面の笑みを浮かべ、優しい声音を向けてきた。

 

「確かに車一つじゃ釣り合わないし、他の物を強請られてもしょうがないわ。むしろ、本来なら私の全財産をあなたに譲渡してもいいくらいでしょうね」

「おお!だったら──」

「でもね、スズキ。あなたの態度はどうも、ね。分かるでしょ?……つまり──」

 

プレシアは笑顔のまま俺に正対し、左手をガシっと俺の肩へと乗せ、右手を後ろに引き絞った。おそらくその右手には魔力も乗せ乗せだ。

あ、これヤッベ。

と思ったときには遅かった。

 

「───調子に乗るんじゃないわよ!!!」

 

プレシアの綺麗なアッパーが俺のジョーへと突き刺さる。

 

「はやぶさーー!?!?」

 

俺が虚空へ舞うと同時に、フェイトの叫び声がデパート内に木霊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレシアからアッパーカットを貰い、お返しにリバーブローを放とうとしようとしてフェイトに止められたのがつい数時間前。その後、うちの奴らと合流し、憂さ晴らしで軽くロリーズとヤリあって溜飲を下げた今現在。

俺たちは一路、アルハザードへ向かうために空を飛行中。もちろん、俺は定位置のザフィーラの背中の上でまったり。他の奴らは他の奴らで飛行中にも関わらず器用に雑談を交わしている。プレシアは騎士に興味があるのか、夜天たちと。フェイトはロリーズとダチのように他愛無い駄弁り。

 

(平和だね~)

 

先ほど買っておいたポテチを囓りながら、改めて今の状況を見る。

なんだろうな、この日常の一コマを切り取ったかのようなほのぼのとした光景。飛行中という点を除けばだが。

昨日まで殴り合っていた者同士が今はこの様だ。まるで青春マンガの一ページ。そしてその青春マンガの最終ページには、きっと今以上の笑みが皆に浮かんでいるだろう。そこにはフェイトによく似たガキも加わり、な。

 

(…………最終ページにたどり着けるよな?)

 

しかしながら、というか今更ながら、俺はここに来て少し心配になっていた。

それは、アルハザードの所在地。

なにせ過去3回あの店に入った事があるが、その全てが違う場所だ。一応最後に見た場所、つまりあの温泉街に今向かっているが、果たしてまだそこにあるだろうか?当初は『無いなら無いで、また探しゃあいいじゃん』とか気楽に思っていたが、今のプレシアの期待に満ちた表情を前に、そんな適当トークなんて出来そうにない。

まあ、別にプレシアの期待を裏切るのは心苦しくない。が、問題はフェイトだ。俺の予想だが、たぶんフェイトもプレシアと同じくらいアルハザードに行きたがっているだろう。なにせ、それを転機に母との関係がより良くなるかも知れねぇんだからよ。だから、フェイトもフェイトで期待してるはずだ。……………これはちょっとマズイ。そして何より一番マズイのが、車が買ってもらえなくなる!

 

プレシアを裏切るのは何とも無いが、フェイトを裏切るのは俺的にあまり気持ちのいいもんじゃないし、車を見逃すなんて以ての外。

 

だけど、それは何とも拍子抜けする勢いで杞憂だった。ご都合的臭いがプンプンとしないでもないが、それでも。

 

その店は、それが当然だというように、以前見た時と同じくあの温泉街にあった。むしろ、待ってましたと言わんばかりの雰囲気まで漂っているのは気のせいだろうか。

 

まあ、こちらとしては好都合であり、ある種どうでもいい。

どんな理由や要因があったにせよ、今ここにこの店がある事が全てだ。この現実がある以上、過去の例とか『もしここに無かったら』とかいうifの話は不必要。

 

現実は残酷とよく言うが、俺もいつも思ってるが、反面良いこともあるわけで。

それも全部ひっくるめて『現実』だ。

 

「おや?これはなんとも珍しい。お客ですか、いらっしゃい」

 

この、相変わらずなテンプレートな最初の言葉も、これから先悠久に変わらないであろう一つの現実。

 

取り合えず、俺は以前から宣言していたように、挨拶の意味も込めて一発殴ったのだった。

 




もうちょっと早目に更新するつもりが、また間が空いてしまいました汗

スロットのなのはを仕事帰りに打っていた事と執筆の遅れは関係ないはず……。
艦これイベントしてた事と執筆の遅れは関係ないはず……。
仮にそうだとしても、スロットは打ち込んでもう満足しましたし、イベントも制覇したのでこれからは大丈夫……なはず。

さておき、唐突ですが取り敢えず次の話が無印編最終話の予定です。

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