ただ仕事の関係で今後も遅々とした更新速度になりそうです。重ねて申し訳ありません。
薄暗い廊下を軽く茶番やらを挟んだりして駄弁りながら歩く事数分、俺たちは一日ぶりにババァへの部屋へと繋がっている扉へとやってきた。
(おー、蹴り壊してやったはずの扉がもう直ってんよ)
存在感グンバツなでっかい扉が綺麗な状態でお出迎え。
プレシアが直したのか?やっぱ魔法でだよな?魔法ってそんな事も出来んのな。……まさか手作業じゃあるめぇ。ランニングシャツにピンクのぼんたん履いてトンカチ片手にえいこらさっさ?ボクの彼女もとい喧嘩相手はガテン系?俺にNTR属性はない。
と、まぁ、それはさておき。
「さってと、これから楽しい楽しいパーティータイムなわけだが…………なあ、お前マジでついて来んの?」
「うん」
そう言って頑なに首を縦に振るのはガテン系魔導師ママの娘フェイト。
ここに来るまでに、俺はガキに今回もまた部屋に戻っているよう言ったのだが、ガキの答えはNO。母親が心配だ、俺が心配だとか言ってずっと傍にいるとかぬかしやがったのだ。
俺は何回か説得したのだが、もう聞きやしねぇ。それなら口で言っても分からねぇなら行動、軽く拳骨をくれてやったんだが、それでも答えはNO。
ガキの聞き分けの無さは知ってるが、中でもフェイトは取り分け頑固モンのようだ。とりわけ母親が絡むと極上に。
「ちっ………もう勝手にしろ。けど一つだけ言っとくぞ?手出しすんな、口出しすんな、大人しく黙って見てろ。仮にお前が口出ししても無視するし、手出しして邪魔しようモンなら例えお前でも容赦しねぇかんな」
「……私は──」
「返答はいらん。お前の意見なんてどうでもいい。ただ、今の忠告を覚えときゃあいい」
道中、俺はガキに事の経緯……つまり俺が何故こんなに怪我を負ったのかを教えておいた。そして今回またここに来た理由も。
ガキは全てを聞き、驚き、怒り、悲しんだが、だからと言って俺の意思は変わらん。喧嘩あるのみ。
そんな俺の意思を察したのか、ガキはいろいろ言っては来たが止めはしなかった。ただ、上記のように頑なに『ついて行く』という意思を示しただけ。
「さてと、ンじゃそろそろヤっか」
何か言いたそうなガキは無視し、俺は写本と杖を出した。
いつもの俺ならここで扉をぶち破って突貫するんだが、それじゃあ前回の焼き増しで面白くない。それにこのままいけば、この後の展開までも前回の焼き増しになってしまうだろう。それじゃあダメだ。もうフルボッコは御免だ。
てな訳で、俺は一つ考えたわけよ。前回何がダメだったのか。弱い強い以前に喧嘩にすりゃなってなかった原因はなにか。
そして思いついたのが……。
(防御力ってヤツだな、うん)
本当にそうか?というツッコミはご遠慮願う。そもそもデキの悪い頭じゃあそれくらいしか思い浮かばねーんだよ。
前回、俺がフルボッコにされてしまったのは一重に自分の頑丈さの無さだ、きっと。
例え魔力弾が当たろうと、そこで止まらず、退かず、前進出来ていれば絶対に殴れた。だから今回はそれを踏まえ、自身の防御力を上げる。
それには一体どう言う手段を講じればいいのか。
答えは、夜天に一つだけ教えてもらっていた。今までやったことはなかったし、必要ないと思っていたが、何か魔導師なら普通に持つようなモン。チュートリアルの最初の方に出てくるような魔法みたいな?
(そう、騎士甲冑っつうやつよ!)
作り方は至って単純。ただ服装を頭の中で思い描きゃいいだけらしい。あとのサイズだとかはデバイスが勝手にやってくれるらしい。ついでに甲冑つっても別にゴテゴテのフルアーマーみたいじゃなくていいらしい。実際は不可視のバリアだったかフィールドだかが防御してくれるらしい。もちろん、金属プレートつきなら防御もあがるらしい。
……らしいらしいしか言ってねーけど、我ながら本当に大丈夫か?まあ作って着て喧嘩してみりゃ分かるか。
それに、まあぶっちゃけ防御力とかそっちは割とどうでもいい。いや、防御力は確かに欲しいけど、もし変わんなくても今から思い描くものを着る事に意味があるってこと。
(さて、じゃあさっそく思い描いて、そして…………)
待つことしばし。
(…………………………あれ?)
変わんない?なんで?聞いてた話とちゃいますよ?思い描いたらあとはデバイスが勝手にやってくれるって……あ、騎士甲冑着たいから頼んますってのをデバイスに伝えなきゃダメなんか?……どうやって伝えんの?
よし、困ったときの先輩魔導師。
「なあ、フェイト」
「なに?」
「騎士甲冑着たいんだけど、それどうやってデバイスに伝えんの?」
「騎士甲冑?」
「あー、言い方違うんだっけ?えーっと、バリアジャンパーだっけ?」
「?……あ、バリアジャケットの事?え、隼、もしかしてバリアジャケット作った事ないの?!ま、魔導師だよね?」
おい、なんだその常識知らずに驚いたかのような反応は。ついでにアルフも、珍獣を見るような目をやめろ。珍獣見たいなら鏡見ろ。
とりあえずフェイトの頬とアルフの耳を抓った。
「い、いひゃいよ」
「いたたた!」
「別に魔導師じゃねーよ。ただの魔法が使えるカッコイイお兄さんだ。どうでもいいから四の五の言わず教えろ」
二人から手を離し、反撃を試みようとするアルフをあしらいながらフェイトに促す。
「えっと、最初は頭の中でイメージを思い描きながら゛セットアップ゛って言えばいいと思う。2回目からはそのバリアジャケットがデバイスに登録されるはずだから、次からは魔力をデバイスに通すだけで展開出来るよ」
なるほど、つまりセットアップって言葉が足りなかったわけだ。
セットアップ?英語だよな?確か俺のや夜天たちの魔法って主流の魔法体系と違うって聞いたけど……確かベルカだっけ?それって英語で通じるのか?あいつらのデバイス名とかドイツ語っぽいけど?いや、そもそもうちの奴らもフェイトもプレシアも日本語喋ってるよな?そう考えると日本語でもイケるんじゃね?
……いや、待て。もしかしたら前提そのものが違うのかも。俺が日本語と思って話してるのは、魔法世界人から見たら現地語の一部。そして地球で言う英語もその一部に加わってて、つまり魔法世界は日本語と英語が交わった言語で構成されてて、だからこの場合セットアップという言葉も俺にとっては英語だが魔法世界にとっては日本語にもなってでも英語であり共通語であり、いや待てじゃあドイツ語風味な言葉はいったいどこに─────………………。
そして俺は考えるのを止めた。
「セェェエエッットアアアアアップ!!」
その言葉とともに自分が白い光に包まれて、そして数秒後、俺の姿は様変わりしていた。
靴はつま先が鉄製になっているモノに。ズボンは黒いデニムから白いダボダボした横幅のあるハイウエストに。上半身は服が無くなり裸だが腹から胸下にかけてサラシが巻かれ、その上に裾が長く白いコートのような上着を。
騎士甲冑というにはあまりにも鉄要素がなく、頑丈さの欠片もない服装。しかし、これが、これこそが俺の一番の、ここぞという時の喧嘩スタイル。ある意味、古き良き日本の伝統とも言える、つまりは─────特攻服。暴走族ファッション。
「ん~、やっぱマトイはいいわぁ。気合が入んぜ!!」
マトイの背中部分、その中央には大きな剣十字の文様。腕の部分には片方に『天上天下唯我独尊』、もう一方には『血の徒花咲かす。我、夜天の主也』の文字。そして長くなびく裾部分には夜天達騎士の名前が刺繍されている。ついでに言うと今は魔導師状態なので、背中にはチャーミングな黒い翼が一対。
まさしく俺の思い描いた通りのデキだった。もう負ける気がしねぇ!
「うわっ、なんだかスゴイね」
「派手なバリアジャケットだね~」
驚く二人を尻目に俺は至って満足顔。やっぱ本気喧嘩する時はこうじゃねぇとな。マトイの有無で気合の入りようが違う。
………まぁ、でも少しだけ考えてしまう事もある。それはこの歳になってマトイを着て喧嘩しようとしている俺自身。いい大人が何してんだ、と思わなくもない。きっとダチに見られたら『うわ、おま、その年でまだその格好するとか、ある意味勇者だわ』とバカ笑いされるだろう。
(まっ、それもどうでもいい事か)
気持ち高ぶる格好が出来て、心躍る喧嘩が出来る。
男にとって『女』と『金』と『喧嘩』ってのは、いくら年食っても欲するモンだ。少なくとも俺は。
「うっし、準備万全。ンじゃ、まずは─────ド派手な挨拶かましてやっか?」
杖を天に掲げ目を瞑り、書から魔力を引き出し、さらに自分の中の魔力を練り上げる。放つは自身が使える中でも最強の魔法。
と言っても、夜天とユニゾンしていない状態では完全なモンなんて出来ない。さらに言うと、例えユニゾンしていたとしても威力は理の『ルシフェリオン・ブレイカー』の数分の一だろう。
魔導師としては俺ぁヘッポコだかんな。
「ちょっ、隼!?」
「い、いきなり何しようと……!?」
「うっせぇぞ?集中してんだから話しかけんな」
ただ、いくらヘッポコだろうと俺の中での最強魔法。目の前の扉はおろか、その先の部屋までぶち抜く自信はある。魔力はかなり持ってかれるだろうけど、喧嘩は拳でやるから無問題!!
「こん前は部屋に入った早々上等かまされたかんなぁ………今度ぁこっちの番だ!」
「ま、待って、隼────」
今回は俺から上等くれてやんよォ!!!
「響け、終焉の笛─────ラグナロクッ(極弱)!!!」
前面に展開された大きな三角形の魔方陣、そこから放たれる白い魔砲撃。それに伴う衝撃と光が周囲を包み、そして次の瞬間には大きな破壊音が木霊す。
すべてが収まった時、俺の眼前の光景は一変していた。扉はコナゴナ、破片が散らばりホコリが舞う。フェイトとアルフは目を回していた。
「おお、派手に模様替えしてしまった。流石の俺もここまで人んち壊したのは初めてだなぁ」
少しやりすぎた感はあるが、いい先制パンチにはなっただろう。
「スズキ……まさか……」
「よぅ、プレシア・テスタロッサ。超会いたかったぜ、オイ。会いたくて会いたくて震えて君を想う程遠くに感じちゃいそうだったからよ、勝手に来ちまったぜ。ああ、ちゃんと手土産もある。文字通り『手』土産……いや、この場合『拳』土産か?まぁ遠慮せず受け取ってくれや」
一歩足を踏み入れた部屋は先の砲撃によりこれまた凄惨な有様になっていた。特に酷いのはラグナロクが通ったその直線上。床がひび割れ、抉れ、吹き飛んでいる。さらに向こう側の壁にはデッカイ大穴。
この部屋で唯一無事なのは、部屋の主であるババァのみ。咄嗟に防御魔法でも使ったか?
ただそのババァも呆然自失。まぁ、そりゃそうだろう。いきなり部屋が吹き飛び、さらにそれを行ったのは昨日立てない程痛めつけた相手とくれば呆けない方がおかしい。
「───驚いた、本当に驚いたわ。あなたの性格ならいづれはまた来るだろうとは思ってたけど、まさか翌日とはね。……その体でよく動けるものね、骨の1本くらいイッてるはずよ?」
忌々しさと愉快さと可笑しさと驚きを会わせた顔でババァは俺を見て言った。その様子からどうやら大怪我負った俺が即日ここに来たのが本当に意外だったのだろう。その証拠に俺の奇襲やそれによる部屋の有様はまるで気にしている様子が無い。ついでに言うと俺の隣にいるフェイトとアルフの事もガン無視だ。
………あれ?てか、俺骨折してんのか?………そう言えばさっきくしゃみした時はやたら胸部が痛かったような?ついでに何か呼吸もし難いんだよなぁ。
「え!?隼、骨折してるの!?」
「ホントかい!?」
そう言って声を上げたのは隣にいるフェイトとアルフ。
喧しいな。だから俺を心配すんなっつうの。たかだか骨の1本や2本どうって事ねーよ。喧嘩してやられりゃあどっかが壊れるのは当たり前だろ。
つうわけで俺は鬱陶しい2人を無視し、ババァへと言葉を返す。
「なんだ、心配してくれんのか?だったら10発ほど殴らせてくれ。そして治療費よこせ。なら大人しく帰ってやっからよ?」
「……まったく、本当にどうしようもない男ね。ここまで来ると怒りや呆れを通り越して賞賛に値するわ」
「賞賛すんなら言葉より物的なモンくれや。金とか宝石とか株とか土地とか」
「相変わらずふざけた事を。せっかく見逃してあげた命を無駄にする愚鈍の相手は疲れるわね」
デバイスを出しながら忌々しそうに呟く。その表情はやれやれと言わんばかりに言葉通りの疲労の色が見えた。ていうか本当に顔色が悪い。
「ちょっと運動しただけでもうお疲れか?貧弱なやつだ。それとも寄る年波には勝てんってか?持つ杖の
種類変えたほうがいいんじゃね?それかいっそのこと墓場直行してろや老害」
「そうね、確かに誰かさんがすぐに気絶する体たらくだったから、本当にちょっと運動しただけだったわね。最近の若者は根性がないとか聞くけれど、まさしくその通りだったわね」
お互い毒のある皮肉のやり取り。まぁ前口上的な事はこんくらいでいいだろ。てか、これくらいにしとかないとストレスがマッハで溜まってくぜ。
つうわけで、取り敢えず俺は持っていた杖と古本を全力でババアに向かってぶん投げた。
「っ!?」
ババアは俺の突然な行動に驚きはしたが、冷静に防御魔法を展開。難なく防ぐ。
まぁ、俺も当たるとは思っていない。ただこれは今から喧嘩するぞっていう、いわば切欠だ。
「さてさてお喋りタイム終了だ。こっからはぶっ殺タ~イム」
そう言って俺は威嚇するように指の骨をポキポキと鳴らす。
それに応えるようにババアの顔も一転した。
「懲りない男ね。それに魔導師のクセにデバイスを投げるなんて、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかここまでとはね」
「いらねぇよ、そんな棒に本。俺はこの拳と、そしてコレがあれば十分」
拳を掲げ、次いでマトイを見せつける。
「前回との違いはバリアジャケット一つ。それだけでどうにかなるとでも思っているの?だとしたら本当の馬鹿よ?」
ババアは侮蔑の笑みを浮かべた。それはそうだろう。バリアジャケットといっても、それは防御力が少しだけ上がる程度の性能。相手との力の差が実力伯仲なら兎も角、ババアと俺の実力差は明白。たとえバリアジャケットを纏っても、それだけで勝敗が変わるほどじゃない。
────俺がそこいらにいる普通の魔導師だったらな。
「分かっちゃねぇな。前とは決定的な違いがあんだよ」
「なに?」
俺は身を翻し、ババアに背を向けた。マトイに刻まれている文字を見せるため。
「───背負ってんだよ。俺は夜天に咲き誇る花をよ。これで負けられるか?無様晒せるか?もしそうなったら下のモンに示しつかねぇだろ」
あいつらの事は今でも好きじゃない。嫌いってわけでもないが、それでも厄介な奴らだ。でも俺は一度あいつらに『夜天の主になる』と言った。なら、やっぱ背負ってやんねぇとな。
「これ着てハンパなんて出来ねぇ。『覚悟』……マトイってなぁそういうモンの表れなんだよ」
今時ファッションでこんなモンは着ない。さっきも思ったようにこの歳で着るなんて恥以外の何物でもない。
それでも、昔からこれが俺の『覚悟』の証。これこそが俺の原点。
「ついでテメエ、勘違いしてんぜ」
「勘違い?」
「おう。俺はよ、ここに『魔法戦』をしに来たわけじゃねぇんだよ。ましてや『魔導師』でもねぇ」
騎士甲冑による防御アップは言ってみればただの付加価値。オマケ。ただ、マトイであればいい。それによる『覚悟』と、この『拳』があれば十分。
だって俺はよぉ────
「俺はな、『喧嘩』をしに来た『鈴木隼』なんだよ!」
言い終わらぬうちに俺は駆けた。目指すは勿論ババア、その横っ面をぶん殴る!
さあ、喧嘩だ喧嘩ァ!!
『戦い』という行為に関して、日本人はどれほどの知識を持っている?そして、その知識をどれほど実践出来る?
知識なら、まぁ結構の奴らが持っているかと思う。テレビ、漫画、映画……今のご時勢、『戦闘物』『アクション』というジャンルなど腐るほど溢れているんだからな。
しかし、それを実践出来る奴がいるかというとまず居ない。魔法戦というフィクション特有の戦闘は勿論、白兵戦と呼ばれる肉弾戦だって、出来る奴など日本ではそうそう居ねーだろうよ。自衛隊員や武道に携わっている人だって怪しいもんだ。ましてや一般人なら皆無と言っていいだろう。
俺とて例外じゃねー。
戦争も経験していない、ただのフリーターの俺が戦闘行為?その場の空気で臨機応変に対応?戦略を立てる?
ハッ!出来る訳ねーじゃん。一般人の俺がいくら背伸びして『戦い』をしようたって、そう成るわけがない。
で、あるからして。
俺は俺のやり方でやるしかない。今まで何度も行ってきて慣れ親しんでいた、俺を含め多くの一般人が経験しているであろう、日常的戦闘行為……『喧嘩』。
それには知識もいらない。考えもいらない。戦略もいらない。経験さえ、もしかしたらいらないのかもしれない。
ただ、敵に向かって進み、相手を打ち倒す体と、それを成せる根性があればいい。
だから、俺は愚直に駆けた。なんの策も無く、ただ一直線に最短の距離を。一刻も早くババアを殴り倒したいから。
「前と同じね。馬鹿のように、ただ真っ直ぐ突っ込んで来るなんて。学習する知能もないのかしら?………ああ、そう言えばあなたは馬鹿だったわね」
何とも腹のたつババアの言葉。
奴はため息を一つ吐くと、なんの動作もなく人の頭2つ分くらいの大きさの魔法弾を5つ出した。明らかに前の時より大きい。俺の騎士甲冑の防御力を考慮したのだろう。そういう考えが、やっぱ俺とは違い『戦闘者』だ。
「『覚悟』なんてご大層な事を言った所で、現実は変わらない事を知るがいいわ」
その言葉が引き金になって放たれた5つの魔法弾。次の瞬間にはもう視界にはその魔法弾しか見えなくなった。
狙われた場所は顔、両肩、両足。
避けるという考え、防御するという考えが浮かぶ前に被弾。
「本当に馬鹿な男。一体なにを考えて────」
「ナンボのもんぢゃぁぁぁああああ!!!」
「!?」
ババアが驚きの表情を浮かべた。そりゃそうだろう。前は魔法弾5つも食らえばぶっ倒れていた俺だ。今回もまた、そうなるだろうと思っていたんだろう。
だが、結果は真逆。
両肩はふざける程痛ぇし、両足も今すぐ座りたいほど痛ぇ。顔なんてもう豪快に血だらけ。額は割れ、口は切れ、鼻血がドバドバ。
それでも今回は止まらなかった。
激痛には心の中で大泣きし、表面上では歯を食いしばって耐える。
結果、驚きで硬直したババアとの距離は約4mまで縮まった。そして3mまで来た時、漸くババア迎撃の動きを見せたがもう遅い。
俺は走る勢いそのままに前方に跳躍。ライダーキックも真っ青なとび蹴りをかます。
「くっ!」
ババアは迎撃は間に合わないと正しく判断、杖を盾にしるように前に掲げた。
俺はその盾代わりの杖ごとババアの胸にケリを入れる。足の裏に硬い杖とその向こう側にある柔らかい胸の感触が伝わった。
「ぐ、はっ……!!」
藁のように数m転がるババア。それを心配するようにガキが「母さん!!」とか叫んでいるが、俺はそんな声をBGMに爽快感を感じていた。
ようやく一矢報えた!
「おら、どうしたよ。大魔導師様がそんな無様に転がっちゃってよ?油断大敵って言葉知ってか?」
「う、くっ……やってくれるわね。まさかアレで止まらないなんて」
ババアがよろよろと立ち上がるのを、俺はポケットからタバコを出して火をつけながら、余裕綽々の態度で見ている。追撃?ンな事ぁしない。した方が効率的なのは分かってるが、喧嘩は効率考えてするもんじゃねえ。
今はただ俺を虚仮にしくさったババアを余裕な態度で見下してドヤ顔を決める。
「へいへいどうした?足が生まれたての小鹿ちゃんのようにプルプルしてんぞー。動物モノマネ選手権で一等賞狙いですかー?ぷぷぷ、マジウケる」
ワロスとかwwwが語尾につきそうな感じで挑発する。そんな俺の態度に軽く引きつった笑みを浮かべたババアだが、それも少し、今度はニヤリと擬音が付きそうな顔になり、呟く。
「愚鈍」
「あん?……げぺっ!?」
瞬間、頭上からの魔力弾に気付かなかった俺はその場に倒れ伏すハメになった。
「あら、どうしたの?カエルのような声を上げて地面に這いつくばるなんて。ゴミクズ以下の存在がいくらカエルの真似してもカエルにはなれないわよ?身の程を弁えたら?」
「……上~等~」
腹の立つ笑みとドヤ顔をされ返され、俺の中の何かがプッツン。
先ほどラグナロクによって抉れた床、その破片が傍に落ちていたので掴み上げぶん投げた。
「小賢しい」
ババアは張ったバリアでそれを難なく防ぐが、俺もそれは承知の上なので構わず続けて破片を投げ続ける。
バリアだって耐久値?みたいなのがあるだろ多分。だから壊れるまでぶん投げちゃるわ!
そんな俺のある意味ヤケになったような行動にババアは呆れたような表情になった。
「馬鹿の一つ覚えね。馬鹿馬鹿馬鹿……ハァ、人生で一個人に向けて短期間でこれほど馬鹿と言ったのはあなたが初めてよ。光栄に思いなさい、この『誉れ馬鹿』」
ムカッ♪
「ははは…………ぶっ殺す」
破片を投げるのをやめる。視界にあるひとつのモノを映る。それは椅子だ。ババアが座っていただろう椅子。ラグナロクの衝撃で吹っ飛んだのであろう、床の素材を引っ付けたまま転がっていた。大きい。重量もかなりありそうだ。
……よし。
「ふんぬぁぁぁあああ!」
渾身の力を込めて持ち上げ、その椅子を盾にするようにババアに向けながら走った。椅子のせいでババアの顔を見えないが、きっと目を丸くして慌てている事だろう。その証拠に盾にした椅子に魔法弾が当たった衝撃が伝わる。が、そんなもんじゃこの重厚な椅子は壊しきれねえし、止まらねえ。
俺はラグビーよろしく、タックルするようにババアに突っ込んだ。
「ちぃっ!」
ババアの張ったバリアと椅子が衝突、破砕音が響いた。それはバリアが壊れた音ではなく、残念ながら椅子の方が壊れた音。
ただそれでも流石に椅子の重量と俺の体重を乗せたタックルの衝撃は大きかったらしく、ババアが数メートル後ろに飛んでいくのが見えた。
「まったく!デタラメにも程が───」
今度は余裕を見せない。今度はきっちし追撃。
俺はタックルの勢いそのままに走り、ババアが態勢を立て直してバリアを張り直すよりも前に、あるいは魔法弾を作り出すよりも前に接近。左手でババアのガバ開き胸元の襟部分を掴み、左足でババアの右足を縫い付けるように踏みつけた。
「つ~かま~えた~」
「!?」
これで動けない。逃げられない。逃がさない。
俺は握り込んだ右拳を大きく後ろに振りかぶる。その間にもババアはどうにか離れようと杖でこちらの頭や胴を殴打してくるが、そんなモンじゃあ離さない。頬が切れようが鼻血が出ようが離さない。
さあ、俺のゲンコツを痛ぇぞ?
「歯ァ食いしばれや!!!」
俺は掴んでいた左手を離すと同時に後ろへ引き、それに反比例して右拳をババアの頬目掛け突き刺した。瞬間、バリアや杖に当たった時のような感触じゃなく、肉と骨を殴り抜いたとき特有の、あの懐かしい感触が拳に伝わる。
あとに残ったのはえも言えぬ快感と足の下にあるババアが履いていたヒールの片方。本人は数メートル先にすっ飛んでいた。
「ッッしゃおらああ!どうだこのクソボケ腐れババア!この俺に上等ぶっこくからそうなんだよ!!」
直角に立てた右腕に左手を添え、右拳から中指を一本だけ突き出し、鼻やら額やらから流れ落ちる血を無視して言った。
よほど効いたのかババアは荒い息を吐きながら身体を起こす。ただ足にきたのか、立ち上がるまではいけないようで、片膝片手を床につけて俺を見上げるように睨みあげきた。その頬はかなり赤くなっており、また口の端と鼻からは血が滴っている。
「ハッ!いいツラになったじゃねーかよ」
「ス、ズキィィ~~!!」
射殺さんばかりの視線を向けてくるババアだが、そんなもんに動じる俺じゃあない。むしろ心地いいくらいだっつうの。やっぱ喧嘩は相手に憎まれ、恨まれ、憤慨されてナンボのもんだからよ。
「おう、オラ来いよ!こちとらまだまだ殴りなりねーんだよ!そのツラ、さらにいい感じに血化粧してやんぜ!」
例え美人な女だろうとそれが喧嘩相手なら容赦なんてしねえ。遠慮なく拳いれる。そこに良心の呵責なぞねーし、もちろん後悔もねえ。あるのはムカつく奴をぶん殴り倒したいという欲求のみ!
(次は額かち割ってやる!)
パシンと拳を打ち合わせ、俺は一歩だけババアに向けて歩を進め────眼前に二つのモンが立ち塞がったのも丁度同時だった。
まーね、うん、分かってたさ。あれだけ派手に暴れてババアぶん殴って、なら結果どうなるかなんて分かりきってた事だ。
「もうやめてよ、隼!」
眼前に立ち塞がったのは、瞳を潤ませてデバイスを構えたフェイト。その表情は悲しみと怒りが半々……いや、どっちかってーと怒りの方が増し増し。
そりゃそーだ。目の前で自分の母親がぶん殴られて血ぃ流されりゃあ、それをやった相手に怒りも湧くってもんだろ。その相手が気に入られているらしい俺だとしても、フェイトにとって母親の方が大事なのは今までの言動から明白だかんな。
むしろここまでよく我慢出来たほうだろう。
「隼……」
そしてもう一人立ち塞がったのはアルフ。が、こっちの方はフェイト程じゃあない。一応、構えちゃいるが複雑な表情だ。ババアがやられんのはどうでもいいけど、フェイトを悲しませたくない、みたいな?ザフィーラ並の忠犬っぷりだな。
「おいおい、どうしたよフェイトにアルフ、そんな顔しちゃって。特にフェイト、テメエ、今誰にガンくれてっか分かってんのか?」
俺はタバコを取り出して火をつけながらフェイトを睨み返す。それでもフェイトは譲らなかった。
「やっぱり……やっぱりこんなのダメだよ!母さんや隼が怪我するの、みたくない!それに二人とも優しいんだからこんな事しなくても話せば分かると思うし……だから隼……」
あー、うん。まあ何というか……ええ子やね。この惨状を見た上でもまだ俺やババアを優しいとか、話合えるとか。
俺は思わず微笑みを浮かべた。
「フェイト、お前はいいガキだなぁ。そうだな、うん、暴力はいかんよな。話し合えば何事も解決できる。平和が一番!性善説最高!そのピュアな心に乾杯!」
「隼……!」
俺がにっこりと笑いかけるとフェイトもどこかホッとした安堵の表情になった。うんうん、なんとも健気で純粋なガキだ。やっぱフェイトが知り合いのガキん中じゃ一番好きだな。
──だから、取り敢えず俺は足元に転がっていた瓦礫をフェイトに向かってぶん投げた。
「くっ!?隼、あんたどういうつもりだい!!」
フェイトへの瓦礫攻撃は惜しくもアルフによって防がれた。それを見て舌打ちを一発。小賢しい奴め。
「は、隼……?」
「だからどうしたよフェイト?何か驚く事でもあったか?てか今日はえらい百面相じゃねーか?アルフも落ち着けよ」
「あんた、今フェイトの言ったことに頷いてたじゃないかい!なのになんで……!」
あん?いや、確かにフェイトの意見にゃ賛成よ?やっぱこういうガキ好きだなぁとも思うよ?
で、それで?
「なんでって……いや、俺ここに来る前言ったよな?邪魔すんなって。覚えてんだろ?まさか忘れた?」
「いや、覚えてるけど……」
「やっぱちゃんと覚えてんのな。おう、じゃあ死ねや」
「いやいやいや、ちょっと待って!?」
俺がもう一つ瓦礫を拾おうとするとアルフが慌てて止める。
だから何さ?
「フェイトが止めろって言ったの聞き届きたんじゃないのかい?!なのに何で私たちにも攻撃してくんだい!」
アルフの言葉に俺は少し首を傾げ、程なく納得。
ああ、ね。そういう事。……なにこいつら誤解してんだ?
「あのよ、俺一つも聞き届けちゃねーから。フェイトのその気持ちは分かるし共感もするぜ?……それで、そこで俺の気持ちや行動が変わるとでも?」
つまりこいつらはさっきの俺の反応を見てもう喧嘩をやめようと思ってたわけだ。でも止まる様子を見せない俺に疑問符。
まあ言ってこの二人とは付き合い短いからな。いや、忘れてたけどガチで短いんだよな。だから俺がどういう人間なのか、まだきちんと理解してねーんだろうよ。これが昔からのダチやウチの奴らだったら理解早いんだろうけど。
「来る前に言ったよな?テメエの意思なぞ関係ねーって。邪魔すんなって。お前でも容赦しねーって。あれ、ただの脅しだと思ってたのか?」
例え相手の意思が共感出来るもんであったとしても、だからと言ってそれが喧嘩をやめる理由にはならん。
例え可愛いフェイトや美人なアルフに止められたとしても、だからと言ってそれが喧嘩をやめる理由にはならん。
俺は吸っていたタバコの先端を二人に向けて言い放つ。
「テメエらの意見などどうでもいい。ようは俺とババアの喧嘩に横槍入れようってんだろ?いいぜ、だったらまとめて相手してやんよ。てか、俺の喧嘩邪魔しくさった時点でテメエら二人ともぶっ殺し確定なんだよ」
ロリーズとの暖かい家族喧嘩ならともかく、今回の喧嘩はガチでブチギレてるからな。ガキだろうが美人だろうが、邪魔する奴ぁ全員ぶっ殺す。軽蔑されても結構、嫌われても結構。知ったことか、全殺しじゃ!
「この俺の行動を邪魔する奴は俺の喧嘩売ってんのも同義なんだよ。俺に喧嘩売った奴は須らく殺す。だからよテメエらも……死んどけや!!」
俺はタバコを吐き捨てて茫然としたアルフに向かって駆け、そのまま拳を打ち付ける。本気で殴りに行った拳は、しかし難なく防がれた。
「ぐっ、っの誰彼構わずかい!この狂犬が!」
「ハッ!それ、よく言われてたぜ!きちんと予防注射でもして用心しとくんだったなあ!」
言って顔面を殴り返されたが、返す刀でそのまま腹を横から蹴り飛ばして退かせた。次に傍にいたフェイトに向かって殴りつけようとし……。
「させるか!」
しかし、それは戻りの早いアルフによって防がれ、おまけで魔法弾を2発ほど貰うハメになった。
「こっのワンコロがああ!上等じゃボケ!まずはテメエから血祭りに上げてやんぜ!」
「やってみな!こっちも、言って止まらないならぶちのめして止めてやるよ!」
「ふ、二人共、落ち着いて、や、止め……」
ここまで来てまだ抑止の声を上げるフェイトは流石だが、もうすでにそんな声すらあまり届いていない。てか、今なら目の前に誰が来ようともただの敵としか映らない自信がある。美女が出てこようが募金してくれる金持ちがいようが殴り飛ばす自信がある。
現に今もアルフに頭突きをカマして鼻血を出させ涙目にさせても止まらず、逆にアルフから股間を蹴り上げられて涙目になっても止まらない。
ここまで上げられた喧嘩の熱はきっと死ぬか気絶するかしないと止まら───。
───……ゴホッ
「母さん!!!」
それは今まで聞いたことのない悲痛な叫び。目の端に入った光景は、フェイトが母親の元に駆け寄る所。そしてその母親、プレシア・テスタロッサは……胸を押さえながら血を吐いて倒れていた。
「「んあ?」」
俺とアルフはお互い相手の拳を顔面にめり込ませた状態で一時停止。
止められないと思っていた喧嘩は、こんな訳も分からん形で止められたのだった。
「マジかよ」
どうやら最後の最後でとんでもなく厄介な事案を引いちまったようだクソッタレ。