フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

14 / 68
14

 

目の前に映る光景は今まで見た事もないものだった。

黒い弾、弾、弾、弾、弾─────弾幕。

俺ぁいつから幻想郷に足を踏み入れたんだ?弾幕ごっこなんてする気はねぇぞ。仮にする気が起きたとしても、それは相手による。例えば紅とか、八雲主従とか、西行寺とか、八意とか、上白沢とか、風見とか、八坂とか、霊烏路とか、星熊とか、聖とか。だから目の前にいるババア、プレシア・テスタロッサ、テメエは駄目だ。

あのサドい目で弾を撃ちまくり、俺に当たるたびに愉悦の形に歪む唇。

 

絶体ぇ許さん!グチャグチャにしてやる!しこたま殴り倒した後、金目のものガメて意気揚々と見下してやる!

 

……と、まぁ、そうやって憤慨はするものの、現実は厳しいもんだ。それはもう常日頃から感じているようにな。

キレて潜在能力が開花、戦いに勝利………なんてのはフィクションの中だけでありえるご都合だ。実力が明白なら、結果も当然分かりきったものになるのは必然。怒った程度で喧嘩に勝てるなら苦労しない。

 

────ああ、そうだよ。つまり俺ぁボコボコにされちまったんだよ!クソッタレ!!

 

避けても当たる、避けないでも当たる。

あの魔力弾の物量と速度はありえない。避ける場所も時間もない。それに防御魔法も無理。夜天から習ってねぇし。

 

まさか俺が『フルボッコ』という状態を味わう事になるとは思いもしなかったぜ。壁にぶち当たるわ、床に叩き付けられるわ、天井まで打ち上げられるわ、もう散々。ホント、ここまで喧嘩出来てねーのは初めてだ。結局最後は廊下にぶっ飛ばされ、そこで俺の意識は断ち切れたんだよなぁ。

てか、情けねえ。あれだけ前口上しといてこの結果とか、我ながらマジ笑えるわ。

 

(………で、ここ何処よ?)

 

目覚めれば俺は殺風景な部屋、そこにあるベッドの上にいた。

現状がよく分からないが、取り合えずここは定番の「知らない天井だ……」という台詞を言う絶好の機会だろう。

では────

 

「知───ハがッ!?」

 

言おうとして失敗した。口の中に激痛が奔ったからだ。確実に切れてる。それも相当に。

つうかよく見りゃ体も包帯だらけで、鈍痛を感じる。

頭の上から足の先まで至る所が痛い。正直、泣き叫びたいほどに。

 

だが、生憎とそんな事はしない。この傷が事故かなんかで出来たモノだったなら、迷わず泣き喚いていただろうが、コレはそうじゃない。

 

(……あんのクソババァ!)

 

俺に上等かまし、俺にこんな傷を作りやがったババァ。プレシア・テスタロッサ。

自分の傷の具合なんかよりも、まず俺はあいつに完膚なきまでにヤられた事に腹が立った。そして見逃されたことにも。

 

(あの年増がぁっ!ああ、むかつく!!)

 

何がむかつくって、一番むかつくのは女にここまでヤられた自分自身がむかつく!つうか情けない。……………俺、こんなに弱かったか?

 

(────ハッ!ふざけろよ)

 

俺が弱い?いやいや、そりゃ在り得ねぇよ。いくら何でもそりゃあ無ぇ。

 

確かに俺はババァにヤられた。だが、誰かにヤられたってのは今回だけに限ったことじゃねぇ。今までだって何度かヤられたことはある。だが、最終的に勝ったのはいつも俺だ。

そう、喧嘩ってのは最後に勝てばいいんだよ。どれだけヤられてもそこで折れず、最後の最後でグゥの音も出さないほど叩きのめしゃあいい。血と涙と鼻水を垂れ流れさせて「ごめんなさい」と相手に言わせたほうが勝ち。諦めた時が本当の負けだ。

 

(俺はそんなヘタレじゃねぇ!)

 

ヤられたら気の済むまでヤり返す!それが俺だ!!

このままじゃ終わんねぇぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなババァへの迸る情熱で胸の内が一杯だった俺だが、ふと我に返ればまだここがどこだか分からない事に気づく。

 

「俺んちじゃあねーな。てか、こんなちゃんとした部屋がうちのボロアパートの一室にあったら驚きだ」

 

口の中の痛みに慣れるため、俺は声に出して現状を確認。

 

だいたい6畳の小さな部屋。あるのは俺が今横たわっているベッドと机、そしてその上にスタンドライト一つ。あとは閉まっているクローゼットがあるだけ。

総合すると酷く寂しい部屋だ。なんてか、生活臭がない。普通、部屋ってなぁ個人の趣味やら趣向やらで多少は変わるもんだが、この部屋はたぶん契約当初のままなんだろうよ。ザ・殺風景。

 

……ただ一つだけ、そんな中でも分かる事はある。

 

「ここ、女の部屋じゃねぇか?」

 

それに思い当たった理由はただ一つ───俺の入っているベッドから女特有の良い匂いが漂っているから。

こう、なんてーの?すごくフローラルみたいな?淡いミルクみたいな?ムラムラみたいな?

 

「………よし」

 

一人で一度頷き、布団の中に潜り込む。体の痛みは無視だ。

すると必然、視界は閉ざされその分嗅覚が敏感になる。この何とも言えないにほいに身体が包まれる。…………次の瞬間、俺は肺一杯に空気を吸い込んだ。

 

「スーハー、スーハー、スーハー!!」

 

残り香、最高!!!

……あん?変態?違ぇよ。言ったろ?正直者なんだよ!主に欲望にな!!………まぁ、流石にやっちゃならねぇ事はしねぇよ?無理ヤりとかさ。でもこんくらいは誰でもやるだろ?寧ろ俺は積極的に嗅ぐ!!

 

と、そんな男の下品な本心丸出しな俺の耳に扉の開く音が聞こえた。それに反応し、潜っていた布団の中から顔を出せば、扉の傍には俺の見知ったガキの顔が。

 

「あ?フェイト?」

「は、隼……」

 

呆然と、まるで幽霊でも見たかのように呆けているフェイト。

なるほど、フェイトがいるって事はここはフェイトの実家かマンションだろう。そして部屋の作りから見てここは多分後者。

ああ、そういや初めてこのマンション入ったとき、この部屋も見たような気がするわ。視点が違ったんで気付かなかったが──………いやおい待て。

 

(す、するってぇと何かい?このベッドの持ち主はフェイトって事?そしたらこの素晴らしく感じた残り香も自ずと?)

 

………なんてこったぁぁぁぁ!

つまり俺ぁ乳臭ぇガキの匂いに興奮しちまったって事か!?痛ぇ、いろいろ痛ぇぞ俺!

いや、まだだ!まだアルフの寝床という可能性も!

 

(って、枕にガッツリ金髪ついてんじゃねーかぁぁああ!!)

 

俺は布団をベッドから蹴り落とすと意気消沈して縁に腰掛けた。

 

「最悪だよ……この馬鹿フェイト。お前なぁ、ちゃんと毎日洗濯しろよ。天日干ししろよ。ならこんな乳臭ぇ残り香なんて嗅がずに────」

「隼ッ!」

 

乳臭フェイトは人の話を最後まで聞かず、俺の名を叫びながらゆっくりと駆けて来やがった。瞳が潤み、顔が微笑みな事からガキがどういう心境なのかが手に取るように分かる。

要は嬉しいのだろう。大怪我して気を失っていた俺が目覚めた事が。

 

相変わらずなんとも純粋なガキだ。ここまで来ると微笑ましくさえある。だがな?俺ぁ凹凸もないガキに抱きつかれて喜ぶ趣味はねぇんだよ。第一、俺は今全身怪我だらけ。そんな状態で抱きつかれた日にゃあお前、ガキだろうと思わずマジで殴り倒しちまうぞ?アルフだったらバッチシ受け取めてやんがよ。

 

て訳で、俺は突っ込んでくるフェイトの顔に枕を投げ、その暴挙を止めた。

 

「わぷっ!?」

「落ち着け、馬鹿ガキ。なに怪我人に飛びつこうとしてんだよ」

「あぅ……だって隼苦しそうに寝てて、でもやっと目が覚めて、それで嬉しくて……」

「心配だったってか?ふん、ガキはテメェの心配だけしてりゃいいんだよ。ましてや俺を心配するなんて何様だ?俺ぁ誰かに心配されるような弱いタマじゃねぇぞ」

「…………」

 

怪我の痛みによるせいか、それともババァにヤられた為のフラストレーションによるせいか、はたまたガキの匂いに興奮しちまった情けなさからか、俺の言葉は少し辛らつなものになってしまった。その為、ガキは落ち着きはしたが今度は目に見えて落ち込んじまった。

 

そんなガキを見て流石の俺もなけなしの良心がちっとばかし軋む。

 

誰彼構わず八つ当たりする俺だが、しかし今回の相手はフェイトだ。身体に巻かれた包帯を見るに、おそらく俺の体の治療をしてくれたのはこいつだ。さらに自分のベッドにまで寝かせ、看病までしてくれたのだろう。

そんな恩人とも言えるガキに八つ当たりするのは大人的にも俺的にも情けない。……こんな善人思考する事もちょっとだけ情けねーけど。

 

「ちっ、どうもお前相手だと調子狂うな………おいフェイト」

「?」

 

俺はフェイトを手招きして傍に来させ、その頭を乱暴に撫でた。

 

「ンなしょげた顔すんな、ガキはガキらしく笑ってろ。それが俺には一番の薬になる。それとこの怪我の手当て、サンキューな」

「う、うんっ!」

 

つっても、本心を言えば一番の薬は美女か金なんだけどよ。

兎も角、このままいつまでも寝ている訳にはいかない。目が覚めて、意思があり、体が動くなら後は行動────俺を虚仮にしくさったクソババァへのリベンジあるのみだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてババァへのリベンジを決め込もうと意気込む俺だが、そう簡単にいかないのが世の中の常。

まず最初に噛み付いてきたのがフェイト。

俺を今すぐもう一回実家連れて行けつったら猛反発。

 

『隼、母さんに暴力振らないって言ったのに!』とか『こんな大怪我してるのに動いちゃダメだよ!』とか。

 

兎に角、ぎゃあぎゃあと喧しいのなんのって。

 

俺も最初は穏便に説得しようとしたさ。直球で『頼む、もう一度連れて行ってくれ』とか、搦め手で『お前の母さんに御呼ばれされたんだ』とか言ってよ?

けど、それでもガキは首を縦に振らなかった。この俺が下手に出てるってのにだぞ?つう訳で、結局最後は『連れてかなきゃ管理局にお前の居場所チクる。ついでに怪我しない程度にイジメてやるぞ?』つって半ば脅す形でなんとか了承を得た。

 

そんで一難去ってまた一難。次に噛み付いてきたのが夜天以下6名の偽家族。

 

ガキに聞いた所によると、何でも俺がババァの所に行ってから、このガキのマンションに戻って目が覚めるまで丸一日掛かったらしい。つまり俺は無断外泊したことになる。

ロリーズは兎も角、過保護とも言える夜天やシグナムは確実に心配していることだろう。彼女らの事だから昨日たぶん念話もしてきたんだろうが、生憎とガキの実家は圏外。こっちに帰ってきてからは寝てたし。

 

俺も喧嘩が出来る事に夢中で、昨日はあいつらに連絡すんの忘れてた。なので俺は改めて夜天たち全員に念話を繋いだんだが、そこからが色々と凄かった。

 

『主、今何処にいるのですか!?』とか『局に捕まったのですか!?』とか『御身体は大丈夫ですか!?』とか『バイト、クビになっちゃいましたよ!?』とか。

 

バイトの件はまぁ予想通りだったが、彼女らの心配振りは俺の予想以上だった。そのあまりの慌てぶりに俺も思わず正直に自分の状態を皆に伝えた………伝えてしまったんだ。喧嘩の事も、結構な怪我をしてしまった事も。

 

『そ、そんなっ!?い、いいいい今、今すぐ御傍に行きます!す、すぐに!』とは夜天。

『申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりにッ……ああっ、なんて事!!』とはシグナム。

『ハ、ハヤちゃん、今何処にいるの!?す、すぐに治しますから!それまで死なないで!!』とはシャマル。

『御傍に居なかったとはいえ、主に怪我を負わせてしまうとは………くっ、なにが守護獣だ!』とはザフィーラ。

 

もう何つうかよ、こうまで心配されると逆に恥ずい。……ああ、いや、それはいい。心配してくれるだけならまだいい。

俺のさらに予想外だったのがロリーズの反応だ。てっきりいつもの毒舌や罵詈雑言が返ってくると思っていたが、ところがドッコイだった。

 

『お前に怪我負わせた奴、お前に痛い思いさせた奴、ソイツどこに居んだ?………ぶっ殺してやるから。お前を傷つける奴なんて、あたしがキッチリ尽くぶっ殺してやっからよ?』とはヴィータ。

『斬死、轢死、圧死、爆死、頓死……主を害したモノにそんな選択権すら与えません。爪を一つずつ剥がし、指を一本ずつ折り、四肢を切り抜き、耳を切り取り、鼻を削ぎ、歯を砕き、髪を毟り、目を抉り、臓物を搔き出し、首を捻じ切る。本人はもちろん親族友人知人に至るまで────殺します』とは理。

 

とまぁ、このように2人はブチギレだった。これが冗談で言ってるなら笑い話で済むが、2人の口調から見て大真面目。「俺の心配するなんて意外な反応だな~」とか「お前らと喧嘩した後の方が、毎回とは言わないまでも重傷なんだけど」とか軽く突っ込めないテンションだった。

 

『まぁ、落ち着けよお前ら。怪我したつっても動けないほどじゃねぇしよ。それにこれは俺の喧嘩だ。外野が手ェ出すなんて、そんな無粋な事すんなよ?て訳で、そっちにはまだ帰れねぇから。今からまたリベンジかますんでな。お前らは家で大人しくしてろ。なーに、明日か明後日には帰るからよ』

 

夜天たちは勿論大反対したが、俺はここぞとばかりに主権を行使して無理やり言う事を聞かせた。

帰ったらうるさそうだが、それもしょうがない。

 

しかし、さてこれでガキと夜天たちには話が付いた。という訳で、俺はさっそくリベンジに行こうとしたわけだが………その直前、またしてもそこで一つの問題が挙がった。いや、それは問題が挙がったというより、大変な事に気づいたというのが正確か。

 

何が大変なのか………それは俺の持ち物だ。俺はババァに喧嘩売ったとき、ポケットの中にある物を入れていた。そして俺はその状態で喧嘩をし、フルボッコにされた。体はボロボロなのは今更言うまでもないが、ならポケットの中に入れていた物はどうなる?

無傷で済むはずがなかった。

 

「お、おおおおお俺のiPhoneとiPodがぁぁぁぁぁあああああっっっ!?!?」

 

機種変してまだ数ヶ月しか経っていない最新機種。何千曲も入っていたiPod。それがコナゴナ。

見るも無残とはこの事だ。普通に泣ける。

 

「あ、あの隼?」

「どうしたのさ?」

 

事の重大さが分かっておらず、ただ俺の様子を訝しんでいるガキと犬。まぁ、妥当な反応だとは思う。俺だってこれが他人の事なら同情するどころか笑い飛ばしているだろう。だが、今回は生憎と自分事。

笑う?……無理。

泣く?……涙出ない。

怒る?……これしかない。

 

「…………よぉ、フェイト~」

「は、はい!」

 

俺のドスの効いた声と怒り心頭な表情にびびるフェイト。

ガキを無闇に怯えさすのは趣味じゃねぇが、今はそんな些細な事をいちいち気に出来るほどの余裕が無い。

こちとら、もうすでに軽く沸点超えてんだよ。

 

「さっさとお前んち行くぞ」

「え、あ、でも、もう少し……せめて後1日ゆっくり休んで、それにご飯とかもちゃんと食べてから───」

「あ゛ぁん!?」

「や、やっぱりすぐに行った方がいいよね!」

 

厄介事覚悟で喧嘩ふっかけたっつうのにボコられ、さらには物的被害。俺のプライドと体とお財布が大打撃だ。

こりゃもう一発殴るだけじゃ済ませねぇぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして漸くやってきた約1日ぶりのフェイトの実家。そこは相変わらずの豪邸ぶりだった。

改めて見るにこれはもう貧乏人に喧嘩売ってるレベルだな。いっその事俺の全力魔法で吹っ飛ばしてやろうかとさえ思ってくる。てかマジで破壊してやろうか?勿論、その前に金目の物は頂いて。

 

(って、俺ぁなにガチ犯罪者な考えしてんだ………)

 

我ながらあまりにも思考が物騒過ぎる。怒りがヒートし過ぎて冷静な判断が出来ていないのだろうか?

確かに悪い考えじゃないが、そりゃ流石に実行出来ない。いくら俺がちょっとだけ、ほーんのちょっとだけ悪い奴なのだとしても、家を破壊したり、人様の物を盗むなんてそんな……………。

 

「隼、壷なんて布に包んでどうするの?」

「ん?いや、こりゃ磨いてんだよ」

「じゃ、なんでそれを背負うのさ?」

「帰ってもっと綺麗にしてやろうと思ってな」

 

壷と……お、あの絵もなんか高そうだな。あっちのちっさい絨毯も中々良さそうだ。

そんな風に物を吟味する俺をガキは『?』な顔で見つめている。一方アルフは呆れ顔で俺の傍に寄り、ガキに聞こえないよう耳打ちしていきた。

 

「あんた、盗む気マンマンじゃないか」

「治療費と慰謝料だ」

「ハァ………どうでもいいけど、フェイトの前であんまり悪い事して幻滅させないでおくれよ?フェイト、隼の事尊敬っていうか、気に入ってるみたいだから」

「はァ?ンだよ、そりゃ?」

 

俺を尊敬?気に入る?

確かに俺ぁガキには優しいが、フェイトにそんな面はあんま見せてないと思うんだけど?嘘ついて母親に喧嘩売ったし、キツイ言葉も投げかけたし………どう転んでも尊敬されたり気に入られたりされる俺じゃないだろ。

 

「そんな訳ねーだろ?お前の思い違いだ」

「そうかね?少なくともフェイトはよく笑うようになったよ?隼と話している時は特に」

「ハッ!ガキなんてほっといても笑うもんさ」

「他の子なんて知らない。────フェイトはほとんど笑わなかった」

「…………」

「だから、そこだけは感謝してるよ」

 

まっ、確かに親から虐待されてたらそうなっちまうかも知んねぇけど、だからってそこで俺が持ち上げられてもなー。

俺はそんな上等な男じゃない。尊敬やら何やら、そんな崇高なもんとは程遠い男よ?いや、まあ昔の後輩やら舎弟的な奴らには尊敬されてたかもだけど、それはねぇ……ベクトルが違うだろうし。

だから、少なくともガキの心のケアなんて、そんな繊細な事は出来ない。それでもアルフが感じたように、フェイトがよく笑うようになったと言うなら、それは良い事だ。そうなった理由はどうでもいい。ガキは笑ってナンボだ。

 

「まっ、お前がどう思おうと勝手だ。そしてフェイトがどう思っていようと勝手だ。ただ俺は俺の思うようにやる、それだけ。そこに他の奴の思いなんていらんし、関係ない」

「………ははっ!どこまでも自分勝手な男だね、隼は。よくそんな性格で生きてこれたもんだよ。でも、大きくて自由な男だ。あんたみたいな雄と番(つがい)になったら毎日飽きないだろうね」

 

なんて事をカラカラと笑いながら言うアルフ。

褒めてんだか貶してんだか……てか半分以上貶してるよな。こいつとは会ってまだ数日なのにこの評価とか。良い言い方すりゃあ好意的ってかフレンドリーなんだろうけど、これ普通に舐められてね?

 

「テメエは何様ですか?身体的に馴れ馴れしいのはカモンだけど、言葉の馴れ馴れしさは頂けねーぞワンコロ」

「きゃんっ!?ちょ、いきなり尻尾握るなっていうか引っ張るな痛い痛い!?!?」

「はははっ、お前みたいな奴のウィークポイントはうちの犬のお陰で知り尽くしてんだよ。次は鼻の頭を……ぶぼっ!?」

 

乱暴に振り払われた。正確には裏拳で頬をぶん殴られて吹っ飛ばされた。

 

「ってーな!何すんだ!」

「そりゃこっちのセリフだよ!」

 

油断した。いつも同じようにイジってるザフィーラは反撃なんてしてこなくされるがままだったからな。

 

「だ、大丈夫、隼?!」

「フェイト、そんな奴心配するだけ損だよ」

「ア、アルフ!そんな事言っちゃダメだよ!それに隼は怪我してるんだから……」

 

ぶっ飛ばされた先にいたフェイトに助け起こされながら、俺は殴られた頬を押さえながらワザとらしく痛がってみせる。

 

「イタタタッ!あー、こりゃ歯が30本くらい消し飛んだわ。あと顎の骨も折れたわ。ついでに足の指の爪も欠けたわ。こりゃ使い魔の主であるフェイトの責任だな。治療費で10万な」

「え、あの……」

「それが無理なら殴られた箇所を舐めて治してもらうしかないなぁアルフ」

「べぇっ、誰が舐めるか。舌が腐る」

 

アルフ、マジで俺の事舐めてね?言葉通りの意味じゃなくてさ。フェイトの事で感謝してるとか言いながらこの態度。

プレシアとの喧嘩が終わったら、ちょっとこいつとも話し合いが必要だな。

 

「覚えてろよアルフ。俺への一発は高ぇぞ?」

「出来る限り忘れておくよ」

 

ふん、まあ今はアルフよりもババア優先だし、今はその可愛いツラとおっぱいとヘソとヒップに免じて見逃してやんよ。

さて、ンじゃ遊んでないでさっさと行くと……ん?

 

「んだよ、フェイト」

 

歩き出そうとした時、右腕のに違和感があった。見ればフェイトが何か言いたげな顔で俺の服の袖をつまんでいる。

ややあって口を開いた。

 

「わ、私、舐めるよ?」

「あ?」

 

何が?

 

「えっと、私の舌でもいいかな?隼の……舐めて」

「…………」

 

うん、まあ何が言いたいのかは分かった。何がしたいのかも察せる。……ただちょっとだけ言葉が足りないな。このセリフだけ抜き出したら、ちょっとだけ誤解が生まれそうだ。たぶん、今のセリフを録音してソレ系の画像と合わせて某動画サイトにアップすればランキングが狙えるな。

とりあえず良かったな、俺がロリコンじゃなくて。そして良かった、ここに夜天たちがいなくて。

 

俺はため息を一つ吐いてコツンとフェイトの頭を叩く。

 

「チュッパチャップスでも舐めてろ」

 

どうやらババアとは拳の語らいだけじゃなく口の語らいも必要だな。議題はフェイトの教育について。知り合って少ししか経ってない男を舐める言うなっつうの。

きちんと小学校行かせて情操教育させなきゃダメだろ。

 

(って、なんで俺がガキのあれこれで頭働かせにゃならんのよ)

 

俺はもう一度深くため息を吐くと、まだ何か言いたげなフェイトとアルフを置き去りにして歩き出したのだった。

 

とりあえず、うん、もう何も考えず喧嘩したい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。