煌きは白く   作:バルボロッサ

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第6話

 大陸の中原において戦火を徐々に西へ西へと進めている煌帝国。その第一皇子、練紅炎は現在、同盟国の使者を出迎えるため大陸の東の港へと向かっていた。

 

「和の王子、か……」

「興味があるのですか、若?」

「なにも若自らが出迎える必要はなかったのでは?」

 

 赤みがかった髪に180cmを優に超えるだろう長身、その体躯は引き締められた筋肉で覆われており、皇子というよりも武人のようにも見えた。だが、その身から発する雰囲気は皇子よりもむしろ王と称されるべきだろう。

 

 出迎えの任についたとはいえ、もちろん国の皇族たる彼一人というわけではなく、“彼に”忠誠を誓う多くの臣下とともにだ。中でも彼に従う4人の眷属は今回の出迎えの任に対していささか顔をしかめている。

 

 眷属。それは臣下であるとともに、迷宮攻略者としての確かな証の一つ。

 王の器に惹かれ、その恩恵を受ける強力な戦士。

 つまり国よりも彼 ―練紅炎― にこそ忠誠を誓ったのが彼ら4人の眷属だ。

 

「そう言うな。相手はあの和国の王族だ。しかも迷宮攻略者としては俺よりも先輩にあたるようなものだからな」

 

 言葉は謙虚だが、その顔には余裕ともとれる色が灯っている。

 

 それは過信でも驕りでもない。

 

 東の大陸において強国となった国の皇子として、そして実際に幾つもの戦地を潜り抜けてきた将軍としての確かな自信によるものだ。まして、彼自身も迷宮攻略者として名を知られ、しかもこれから出迎える和の王子とは違い、二つの迷宮を攻略した世に二人しかいない複数迷宮攻略者だ。

 

 それでもなお、これから出迎える賓客が警戒に値するのは、相手があの和の王族だからだ。いかに煌帝国が強大になったとはいえ、いかに王の器たる力を備えているとはいえ、かの国はかつてあの大黄牙帝国を退けた歴史と武を今なお受け継ぐ国だ。軽視してよい相手ではない。

 

「それに義理とはいえ俺の弟になるやつでもあるのだからな」

「それは……失礼しました」

 

 軽く付け足された言葉に異形の眷属たちは謝罪を口にした。

 義理という言葉には、いくつかの意味合いがある。

 直接的には、これから出迎える和の王子は彼の妹、練白瑛と婚姻関係を結ぶ予定になっているため、後々には義理の弟となるということだ。

 だがそれとは別に、白瑛自身も紅炎とは義理の兄妹なのだ。

 

 前皇帝の長女と現皇帝の嫡男

 ともすれば危険な火種となりかねない関係ながら、二人の関係はおおむね良好だ。

 

 それは紅炎の器と才覚の大きさゆえというのもあるが、白瑛自身の気立てのよさと争いを好まない性格というのも大きいだろう。もっともだからといって白瑛がお淑やかな淑女、深窓の令嬢といったものではないことは、前皇帝が健在の頃からの武術の鍛練とその成果から誰もが知っていた。そしてそんな白瑛を紅炎がさほど嫌っているわけではないことも知っている。

 

 眷属たる彼らは、そんな二人の良好な兄妹関係を知っているからこそ、第1皇女の夫となるだろう和の王子を軽視していたことを一応謝罪した。

 内心の警戒心とは別に……

 

 

    ✡✡✡

 

 

「ようこそ煌帝国へ、特使殿」

「お初にお目にかかります、和国特使の皇光です。歓迎感謝します」 

 

 出迎えの街で会ったその男は、果たして紅炎の想像していた姿を裏切らなかったのか。眷属の彼らにはうかがい知ることができなかったが、紅炎よりも低い背丈のその男は、しかしたしかに紅炎同様、王の器を感じさせる存在だった。

 

 礼に則り幾つかの挨拶を交わした彼らは、本来の要件、煌帝国皇帝への謁見を果たすべく、帝都へと移動した。

 

 どちらも教養としてのレベルは低くはなく、雑談を兼ねて二人は様々なことを話の種にした。

 国の特産に関すること、歴史に関すること。だが、その会話の中に核心に至るものは含まれていなかった。

 

 白瑛のこと、白龍のこと

 戦のこと

 

 名もなき組織のこと……

 

 どちらもがそれらを口にすることを避けていた。

 

 

 話は迷宮の話から、互いの金属器についての話にも多少及んでいた。

 

「・・・・なるほど、それが光殿の金属器ですか。こちらでは見たことのない剣だ」

「和刀。私たちは刀と呼んでおりますが、これはそのころからの愛刀です」

 

 王子と皇子の話は互いの立場もあり丁寧な口調ながら、一見すると穏やかに進んでいた。

 特に戦事や歴史に造詣の深い紅炎は光の帯びていた刀に興味を抱いたようだ。

 

「こちらでよく見る剣よりも細いな……その刀は和では一般的な武器なのですか?」

「一般的、といえるほどに皆が武装しているわけではありませんが。一角の武芸者、武人であれば、まあ、よく用いられている武器ですね」

 

 大陸において武器は槍や矛、偃月刀といったものもあるが、剣といえば多くは両刃で片刃の物も相応の厚みのある物ばかりだ。西方の国の中には片刃で細身の刀とよく似た武器があると聞いたこともあるが、馴染みの薄い武器であることに違いは無い。

 

「ふむ。なるほど……それが、和の強さの秘密。大黄牙帝国の兵たちを切り捨てたと言われる物かな?」

 

 黒い鉄製の鞘に鍔のない拵え。僅かに曲線を描いたその形状は刀身こそ鞘の中に収められているものの、その馴染み方からして、ただ腰に下げる飾りではなく、使い込まれたものであることはうかがい知ることができた。

感心したような紅炎の言葉はついで、わずかに空気を尖らせた。

 

少し、話が踏み込まれたように感じた。

 

 今までは単純な世間話の延長線上にあるような話だったのが、ここにきて、武器というとっかかりを経て軍事の話にまで内容が進んでいる。

 それに気づいたのは光だけでなく、周りいる紅炎の眷属たちも同様だろう。

 

「さて。その頃を見てきたわけではないので、同じかどうかは……時代によって製法が異なる、というのは聞いたことがありますが、詳しくは……」

「そうか……だがそうだな。例えば、和と煌が敵対することとなったら、どうなると思う?」

 

 続く会話に空気が痛いほどに張りつめた。

 

 光の眼も鋭く紅炎を見据え、眷属たちも臨戦態勢とまではいかなくとも、すぐにでも動けるように気を張り詰めた。

相手の方が人数が少ないとはいえ、光は金属器使い。

 和の剣術の脅威は話に聞くほどでしかないが、近接戦において油断できる要素ではなく、加えて金属器使いとしての脅威もある。

 

 紅炎のみが事態がどのように動くのかを愉しそうに口元に笑みを浮かべていた。

 

 戦好きの第1皇子。

 軍略に長けた第2皇子とは異なり、戦争自体を特技とする紅炎は、自身の力、金属器使いということを除いても秀でた武を秘めている。

 

 幾度もの戦場を経ているとはいえ、彼らにも金属器使い同士の戦闘の経験はない。

 ただ、紅炎のもつ圧倒的な金属器の力を覚えているだけに、ここでその戦端が開かれた場合、外交問題を考慮の外においても、その成り行きが読めず、ただ甚大な被害が広がることだけは理解できた。

 

 わずかな時間。それでも周囲の者にとって永く感じられる中、光はふっと口元に笑みを形作った。

 

「それは困るな。俺は白瑛を守るために来たのだから」

「ほぉ。それはつまり、和を捨て煌につく、ということか?」

 

 警戒を解くわけにはいかないが、明らかに風向きは変わっていた。

 二人の口調も王族、皇族という立場を省みないものになっているが、周囲の者にとってそれを気遣うゆとりはまだない。

 紅炎の言葉は、聞きようによっては同盟国の使者に対する宣戦布告ともとれるし、臣従を迫るものともとれる。

 だが、

 

「いや。白瑛の味方になる、ということだ。それ以外は知らん」

 

 光の明確な答えに問いかけた紅炎が呆気にとられたのか、珍しく目を丸くして相手を見ている。

 

 光は迷いなく自分のただ一つの目的を告げた。

 なんの戸惑いもなく、

自らの国と敵対するかもしれない未来など白瑛が選ぶことなどないことを疑いもせず。

 

 白瑛は煌帝国の第1皇女で、今は武官として国に仕えてもいる。立場を考えればいずれは将軍の一人にもなるかもしれない。そして煌の国力が増し、和との対等な同盟が不要になれば、臣従を迫る軍団を率いる将になるかもしれないのだ。

 そうでなくとも、紅炎自身が率いて攻め込むことすらありうる。

 

 見据える先に居る男の顔には虚飾も偽りもない。

 ただ、紅炎にとって義妹にあたる者の傍に立つことだけを目的にしていることを隠す気もなく晒していた。

 しばしまじまじと光を見据えた紅炎は、

 

「ふ。はは、ははは! 和でも煌でもなく、一人の女のためにお前は大陸の侵略国家に出向いてきたというのか?」

「まあ、そうだな」

 

 飾ることなく笑った。

試すような問いかけをした紅炎だが、相手のそんなものになど全く興味がないとばかりの返答に、心底おかしそうに笑った。

 

迷宮攻略者とは、王の器となるものだ。

 王とは上に立つ者。並び立つ者などない。

 

 紅炎はひとしきり笑うと、光の笑みをたたえた眼差しを受けて表情を戻して、再び光に視線を向けた。

 

「白瑛の味方、か。なら白瑛が和に攻め入ったら、お前はどうするんだ?」

 

 そして問いを繰り返した。

 敵対か否か。敵か味方か。

 灰色の存在など許しはしない。

 

 臣下がよく知る普段の紅炎であれば、その問いかけの裏に込められた意味をそう解釈しただろう。だが、

 

「そんなことにはならんさ」

「ほう。なぜ言い切れる?」

 

 紅炎が抱いていたのは、純粋な興味と愉悦だった。

 目の前のこの男が平和ボケした非戦主義者でも、楽観的な思考の持ち主でもないことはこれまでの会話や身に纏う武人としての雰囲気から分かる。

 

 この男は紛れもなく王の器を持つ、ジンに選ばれた男で

 間違いなく自分にも比肩し得る存在だと。

 

 だが、なんなのだろう、出した答えのこの違いは

 

「煌のことや紅炎殿のことはよくは知らんが、白瑛のことなら多少は分かる」

「3年近く音信不通で変わっていないと?」

 

 この男は明確に敵対する気が無いと示したわけではない。

 あまり知られた事ではないが、国内の情勢は完全には鎮静化したわけではない。

 

 練白瑛、白龍という前皇帝の一派。

 ほとんど居なくなっているが滅ぼした国の刺客。

 そして、国に巣食うかの組織の者……

 

 白瑛の味方ということが、=紅炎の味方というわけではない。

 敵対すれば脅威となるのは間違いない。

 

 だが、抱いた思いは恐怖や怒りでもなければ敵対心でもない。

 

 自らに比肩し得る者が、誰かの下に甘んじることを良しとすることに対する失望感でもない。

 

「変わっているだろうさ。だが、白瑛が白瑛であることは変わっていない、と俺は信じている」

 

 単純に、面白いと思った。

 

「迷宮攻略者、いや魔力操作を使う者は予知でもできるのか?」

 

 問いかけに最早意味は無い。

 ただこの男の考えを知りたいと興味を抱いただけだ。

 

 それが戦争に使えるかどうかではなく、

 王の器を張り合うためでもなく

 

「いや、ただの勘だ」

「勘か……」

 

 ただ面白いと思った。

 

 白瑛がそのような性格でないことは勿論知っているが、この男がこれほど確信を抱いている理由がなんなのか、少しいじってみたと思えた。

 

「なら、変わっていたら、どうする?」

 

 先程までの試すような言葉とは気が異なっていた。

 

 この男なら何と答えるのか、単純にそれが知りたかった。

 

「……ふむ。さっきまでは実は根拠は無かったが、今ので確信できたかな。白瑛は白瑛のまま、だろう?」

「なぜ分かる?」

 

 戦事の方が性にあっているという自覚はあるが、それでも権謀術数ひしめく宮廷で暮らしている以上、自分を見てなにかを掴んだということはないと思っていたのだが、

 

「あなたの気を見れば分かる」

「ほう。それはどのように見えるのだ?」

 

 自分の知らない力、魔力操作能力。

 その扱いに長けた和の国の王子らしい意見だが、果たしてそれは和の者だからか、それとも皇光という人物だからか。

 

 おそらく後者だと思ったのは…………やはりただの勘だ。

 

「そうだな、今は……面白がってる感じかな」

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

「いや、中々面白い話が聞けた。他国の使者の歓待などと思っていたが、存外有意義だったな。機会があればまたいずれ酒でも酌み交わしながら話したいものだ」

「光栄なことだ。まぁ、機会があれば、な」

 

 港から帝都への短い旅は終わった。

 両国の、同盟国の王族、皇族同士、絆を深めれたのは良いことなのだろう。

 

「では、その機会は作るとしよう。そうだな、戦地に赴く前がいいな」

「随分と気に入られたものだ。戦好きと評判の貴殿に気に入られたのが幸か不幸かは判然としかねるがな」

 

 紅炎の権力は皇帝やある特定の一部を除いて実質的に国のトップだ。外交部門、もしくは(光の思惑通り運べば)白瑛の近辺に配置されるだろう光に対して、宴の席にでも招けば光に拒否権はないだろう。

 光の言葉にやや毒が混ざっているのは、それだけこの道中において親しくなれたということだろう……両者の、特に紅炎の巧妙に隠された思惑はともかく……

 

 

 神経の図太い光や煽っている張本人の紅炎はともかく、周りの眷属や伴をするはめになった者たちにとって、すわ外交問題、金属器使い同士の激突かと肝を冷やすような場面の連続だった道程がようやく終わりを迎えようとしていた。

 

 まもなく特使を迎える準備の整った禁城に到達する。

 周りの者がほっと息を吐こうとしたのも無理はない、そんな巡り合わせで、

 

「よう、紅炎。なにしてんだ、お前?」

 

 皇族に対して敬意の全く感じられない軽い声がかけられた。

 

「ジュダル」

「神官っ! 何をしているのはそちらだ! 禁城への招集はそなたらにもかかっておろう!」

 

 声をかけてきたのは黒く長い髪を三つ編みに垂らした男だ。その装いは光はもとより紅炎など煌帝国の服装とも違う、露出の多い軽装の男だ。

 

 見知った顔なのだろう、紅炎は軽く眼を細めて男の名を呼び、眷属の男はジュダルと呼ばれたその男に怒鳴った。

 

「あー。めんどくせーし、俺ああいうの興味ねーんだよ。知ってんだろ、紅炎?」

「貴様っ!?」

 気安く呼びかけるジュダルだが、眷属にとってそれはあまり看過できることではないのか、顔を険しくして身を乗り出しかかっている。

 だが、それを制するように紅炎は片手を挙げて、前へとでた。

 

「いい。だがここで会ったのならちょうどいいだろう。光殿、こちら、我が国の神官だ」

「神官?」

 鷹揚に言い、ジュダルを光に紹介した。

 

「マギと言ってな、まあ、おいおい話もあるだろうが、煌帝国の武力顧問とでも思っておいてくれ」

「……お初にお目にかかります、神官殿。この度特使として参りました皇光と申します」

 

 わずかに、ジュダルも気付かないほどほんの刹那、光の眼に今までとは異なる色の光が宿ったが、それは一人を除いて気づくことはなかった。

 気づいたその一人、紅炎は、それでもなにもないかのように光とジュダルを対面させ、光は礼に則り、目を伏せて煌式の礼を神官に向けた。

 

「? …………」

「どうかしたか、ジュダル?」

 

 だが、様子がおかしかったのは光だけではなく、むしろジュダルの方こそ訝しげに光をじろじろと観察していた。

 

「おい、お前……なんかルフの感じが……変。いや、気のせいか?」

「ああ。光も俺と同じ、迷宮攻略者だ」

「はい。もっとも紅炎殿のように二つも攻略したわけではありませんが……」

 

 どこか納得いかなそうに首を傾げるジュダルに紅炎が付け足すように言い、光はすっと自分が帯びていた刀を掲げ、八芒星が刻まれているのを見せた。

 

「ふーん……俺の迷宮を勝手に攻略したやつは、バカ殿くらいのはずだから。大方、ユナンあたりがどっかに出しやがったのか。ま、いいや」

 

 わずかに奇妙さを感じつつも、光自身にはあまり興味がわかなかったのか、玩具に飽きた子供の様に軽く光から視線を外し、踵を返した。

 

「なんだ、式には出ないのか?」

「もう顔も見たし、興味ねーって言っただろ。」

 

 ひらひらと手を振りながら背を向けるジュダル。紅炎も引き留めるつもりはあまりないのか、笑みを浮かべたままの表情を崩しはしなかった。

 

「変わったお方だな」

「まあ変わったやつではあるが……この国の神官、マギだからな。」

 

 感情の読めない、ただ先ほどまでより僅かに目を細めてジュダルを見送った光の呟きに紅炎は肩を竦めて返した。

 

「紅炎殿は彼に導かれて?」

「ああ……ん? なんだマギのことは知っていたのか?」

 

 光の問いかけに紅炎は肯定の意を返し、だが少し違和感を感じて首を傾げた。

 

「一応、迷宮攻略者だからな。自分が持っているモノの出自くらい調べようとするさ」

「それもそうだな」

 

 紅炎の問いに、今度は光が肩を竦めて返した。西洋における魔導士の概念が東方においてはあまり発達していないことを紅炎は知っているため、魔導に関しては特に閉鎖的な和国の光がマギそのものについて詳しく知っているかのような口ぶりに違和感を覚えたのだろう。

 

 

 マギとは、大いなるルフの加護を得る者。

 魔導の位の頂点に立つものにして王を導く者。

 

 光や紅炎が攻略した迷宮。それを出現させる術を持つ者たちでもあり、マギは王の器を選定して迷宮へと誘うのだ。 

 もっとも、かの有名なシンドバッドや光のように、誘われずに迷宮を攻略したイレギュラーもいないではないが……

 

「っと、あまり止まっているわけにもいかんな。もう皆の準備はできているはずだ。」

 

 ジュダルとの遭遇で話が逸れてしまったが、紅炎は本来の目的 ―外交特使の歓待の任― を思い出した。今回の歓待において皇帝練紅徳が謁見するため、すでに禁城には主だった将官が集っているのだ。

 

「しかしジュダルにまで変わったやつと言われるとはな」

「俺がではなく、俺のルフが、だろ。どう違うのか自分でも知りたいくらいだ」

 

 止めていた歩みを再開し、紅炎が笑みをたたえて言うと、光はふぅ。と息を吐きながら答えた。

 

「ははは。いずれお前の金属器の力や魔力操作というものをみせてもらいたいな」

「あまり見せびらかすのは好きじゃないんだが……まあ、それも機会があれば、と答えておくとするさ」

 

 話すうちに控えの間の近くまで来たためか、二人はキリよく雑談を終わらせた。

 

「ひとまずここで俺の任は終わりだ、と言ってもすぐに謁見の間で会うことになるが……」

「ああ……ここまでの案内、感謝します。紅炎殿」

 

 立場を忘れた会話はここまで、

 紅炎が光に向き直ったのを区切りとしたように、光は口調を元の特使のものへと戻した。

 

「では、またの機会を楽しみにさせていただく」

「はい」

 

 

 凛として翻った紅炎に、光はここまでの道案内に対してもう一度礼を掲げ、二人はそれぞれの立場へと戻った。

 

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

「…………」

「なにか言いたいことでもありそうだな?」

 

 光を置いてきた控えの間から一足早く謁見室に向かう紅炎は、後ろに控える眷属たちの沈黙に、自らへの問いかけを堪えているような気配を察して先に問いかけた。

 

「若、随分とあの者を気に入られたようですな」

「まあ、な。自分にはない力を持つものには敬意を払うさ」

 

 紅炎の才、特に戦に関連した事柄においては、現在の煌帝国の中において、比類ない物と評されている。そしてそれを裏付けるように二人のジンに、その資質を認められているのだ。

 だが、それでも知らないもの、持っていないものはある。

 

「魔力操作能力、ですか……」

 

 東方においては気と呼ばれる魔力。それを自在に操る術は大別すると2種類。外へと放出するのを得手とする魔法。内へと向けて操ることを得手とする魔力操作能力。

 どちらも紅炎自身は持っていないものだ。

 

 むろん、紅炎自身、この世にあるすべての資質を持ちうるとは思っていない。しかし、自分が持たないものを受け入れ、以て統べるのも王としての資質だ。

 

 だが、

 

「それもある、が……あいつ、何か隠してるな」

「は?」

 

 それだけではない。紅炎の言葉に眷属たちは一瞬反応が遅れた。

 

「あいつの金属器だ。ジュダルもルフの方から気づいたようだが、あいつはどこか違和感があった」

「……我々は気づきませんでしたが……」 

「攻略者にしか分からぬもの、ということですか?」

 

 あの場でのジュダルとの遭遇は予定外ではあったが、想定外の出来事ではなかった。マギとしての特性から魔力操作能力についてなにか知ることができないかとも考えたのだ。だからいずれは対面させてみるつもりではあった。

 

 実際に話している中、抱いたほんの小さな、言葉にできない靄のようなもの。それがジュダルも感じ取ったようで、そのことで紅炎は光がなにか隠していることを確信したのだ。

 

「いや、ただの勘だ。そうだな、あいつ風に言うなら、どこか気が妙に感じた、というところか」

「和がなにかしかけてくる、ということですか?」

 

 紅炎の言葉に眷属たちの面持ちが変わる。

 たしかに和と煌は先代皇帝の頃からの友好国、同盟国ではあるが、言い換えればそれは前皇帝の一派とも言えるのだ。

 そして国内における一派の代表格、練白瑛や白龍と結んでなにか仕掛けようとしていると言い切れないはずがなかった。だが、

 

「いや、それはないな。嘘を言っている感じではなかった。白瑛を担ぎ上げるバカでもいなければあいつ自身は動かんだろう」

 

 戦に関しては苛烈さをもって知られる紅炎。それは現皇帝紅徳よりもむしろ前皇帝のそれに近い。

 

 そして、苛烈さだけが戦の全てではないことを紅炎自身が知っている。

 

「白瑛自身がすぐにどうこうするということもあるまい。時期が来れば、直接釘を打ちこむ必要はあるかも知れんが、今はいい」

「はっ」

 

 そう、今はまだ。時期ではない。

 

まだ調べるべきことが残っている。

 

あの組織とことを構えるための力も十分ではない。

 

 

 今の世界のありようではなく、高みへと昇るために

 

 

「むしろ……いや、なんでもない」

 


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