煌きは白く   作:バルボロッサ

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第35話

 そこは彼にとって奇妙な――ただし、彼が僅かばかり前に居た場所よりかは普通な場所だった。

 

 彼がよく見られた国の木々よりも幹のしっかりとした、小さめの葉を多く茂らせた樹林。

 どちらかというと海にゆかりがあり、あるいは砂漠とも近い彼の故国ではこのような鬱蒼と茂った樹林にはあまり馴染みがなかった。

 強いて言えば、2つ目の迷宮攻略の際に赴いた島には木々が多かったが、植生が異なるのか、こちらの木々の方が幹が太い。

 

「ガァアアアアアアッッ!!!!」

 

 時折現れる動物には、小さめの虫のほかには熊や狼などが多く、それ以外には角を生やした二足歩行の大男のような今まで見たことのない怪物らしきものがいた。

 

「…………また首が取れた。くそ、まだこの体に馴染んでねーのか」

 

 先ほどその角の生えた怪物にぶん殴られて吹っ飛ばされ、脆い“この体”の首が取れてしまった。

 彼は外れてしまった首を拾い上げてきゅぽっとはめ直し、改めて自分の体を見下ろした。

 

 一色で構成されたまるで人形のような体。

 手に馴染んだ短剣(金属器)はなく、小さな体にお似合いの玩具のような針剣。

 

 以前までの体とは違い、痛みも空腹も感じはしないが、18年も連れ添った(?)自分の体とは違うがためにまだ慣れておらず、動きはぎこちなく、得意なはずの剣術を出すゆとりすらなかった。

 もっとも、彼のもつ玩具のような短剣では、先ほどの怪物相手にどこまで有効に戦えたかは知らないが…………

 

「でも、泣き言なんて言ってらんねーよな」

 

 そう。彼にはやらなければならないことがあるのだ。

 でなければ何のために大勢の人たちの助力を得て戻ってきたのか分からない。

 

 大いなる企みを打ち破るため。この世界の終焉を止めるため。

 それだけではなく、終わった世界の人たちに、大切な人たちと会えるように約束したというのも理由の一つだし、友人や、彼自身の大切な人たちともまた会いたい。 

 殺し合いをしてしまった――両脚を切り落とし、自身を殺した友人とも、今度こそちゃんと話をしたいというのも、大きな理由だ。

 

 たとえここがどこだか分らなくとも。たとえ今があれからどれくらいの時が経ったのか分からなくとも。たとえ人の居住地から遠く離れた森の中に孤立していようとも……たとえその体が埴輪のような人形の体であろうとも……

 

「それにしても、ここはどこら辺なんだ? 人が全然いねー。“あの人”は、アルマトランの魔力が堆積した場所だからきっとつながりやすいはずだって言ってたけど…………ん?」

 

 埴輪のような体でガサガサと茂みをかき分け進んでいた彼は――さきほどの怪物はその音を聞いて襲ってきたのだが――不意に足場がなくなっていることに気が付いた。

 

 周囲からはゴウゴウとした滝の音。

 

 感覚のない体で、しかし浮遊感というものを感じているのかどうかはわからないが、たしかに一つ言えることがあった。

 

「お、ぉおおおおおおおおッッ!!!!????」

 

 短い足を着いたと思ったそこには地面がなく、埴輪の彼は真っ逆さまに崖を転落し、滝つぼへとダイブしているのだということだ。

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 煌帝国皇位争奪戦争から数か月―――――

 

「はぁ……はぁ……」

「お疲れ明兄。あとは僕が運んでおくよ」

 

 敗北者である元皇族の兄弟たちは、和国の島の一角で僅かばかりの配給物資と見張りの兵たちとともに生活していた。

 かつては剣を、金属器を持っていた手には、今は漁で用いた投網と獲得した魚を抱えていた。

 

「いえ。傷ももう痛みませんし、自分でできることはなんでもやっていかなければなりません」

「……そうだね」

 

 武人であった弟の紅覇とは異なり、金属器使いである軍師としての練家の男であった次兄・紅明は、眷属や近侍の者たちに身の回りの世話を――それこそ更衣の手伝いまでされていたほど生活能力に乏しかった。

 それだけにそのような身の回りの世話をする者のいなくなった今、普通の日常生活を送るだけでもかなりの重労働であった。

 しかもあの内紛で紅明は生死をさ迷う程の重傷をその身に受けた。

 治療されこそしたが、それから長い間しばらくは歩くことも困難になり、それが治っても傷の痛みや衰えた手足、体力のなさが身に染みた。

 今でこそ動く分には問題ないが、元々の力のなさは如何ともしがたい。

 ただ、それでも紅明にはやれることは自分でなんとかする必要があった。

 

 生きていくために。

 あの内紛の後、皇帝陛下のために手足を捧げ、武人として死んでしまった兄と共に…………

 

「それじゃ、簡単に仕分けるから、手伝って、明兄」

「ええ」

 

 かつては兄王のためにと率先して剣を振るった紅覇。

 狂気に心を蝕まれ、それとともに堕ちていくしかなかった彼を救い上げてくれた兄たちのためにと。

 だがそれだけではもういられないのだ。

 兄たちと力を合わせて。それは今も変わっていないが、その果たすべき役割は変わっていかざるをえない。

 

 兄・紅明もまた変わっていこうと懸命なのだ。

 まだ息の整わないなかで紅明とともに、彼が持ち運べる量の魚を分けようと手を動かし―――

 

「なんだ、コレ?」

「どうしました、紅覇?」

 

 変なものを見つけた。

 

「埴輪?」

「……埴輪ですね」

 

 一本角の埴輪の人形。

 顔と思しき部分には簡単な三つ穴が逆三角形にあいており、木の棒のような手足が申し訳程度のようについている。

 

 子供ならば玩具にでもできるであろうが、彼らにはそんなもので遊ぶ気も、ましてガラクタにしかならないようなそんな人形を持ち帰るような気もなくて、紅覇は手にした人形をポイッと捨てて―――

 

「…………は?」

「! ここは……よ、ようやく人が……」

 

 ボトっと地面に落ちたその人形は、落ちた衝撃で意識を取り戻したのか、むくりとその玩具のような身を起こし、きょろきょろとあたりを見回した。

 

「あの、つかぬことを聞きますが、ここは和国であっていますか?」

 

 そして身近にいた、紅覇――皇位争奪戦争の時から髪型が変わり、以前よりもなぜか女らしくなりつつある少年へと声をかけた。

 

「………………」

「何者ですか」

 

 声をかけられた紅覇は、この見慣れない人形が喋ることに警戒心を抱いたのか、目を細めて警戒心を警戒心を露わにし、紅明もまた、争いとは無縁のこの生活の中で見せることのなくなっていた凄みのある顔で埴輪に誰何した。

 

 彼らの脳裏をよぎったのは、かつて煌帝国に巣くっていた組織――“アル・サーメン”の魔導士たちだ。

 やつらは人形を依り代にして精神を宿し、あたかも実体のある人物であるかのようにふるまい、乱と黒ルフとを世界にばら撒いていた。

 紅明たちの行いがそれを助長させた側面は否定できないが、それだけに戦争のなくなったこの世界に、世界の害悪たる“アル・サーメン”はもう必要ない。

 彼らが警戒するのはもっともで

 

「え? あの……あれ? その声に、その顔…………あのもしかして紅明さんですか?」

「ッッ!!」

 

 その喋る不審物であるところの埴輪は、少しでも動きやすいようにと、以前の毛むくじゃらのようなもっさい髪型を捨てた紅明を見上げて戸惑いがちに名前を呼んだ。

 それは紅明と紅覇の警戒心をさらに引き上げ――

 

「なんかすごいスッキリしちゃってますけど、紅明さん、ですよね? 俺です。アリババです」

 

 (おそらく)驚いた様子で見上げている“それ”は、自らをアリババだと――内紛を前に白龍に殺されたアリババだと名乗った。

 

「……は? アリババ?」

「……アリババ殿?」

 

 警戒状態から虚を突かれたように呆気にとられ、訝し気な顔をする紅覇と紅明。

 その顔はどう見ても信じられない様子。

 形こそ違うが意思を持つ人形という、アル・サーメンを象徴するかのようなものを前にすれば、無理もないことだろう。

 

「アリババって、死んだんだろ? 生きてるのはまあともかく、なんでそんな人形みたいな恰好で、魚と一緒に網にかかってるのさ」

 

 死人と再会する、というのは紅覇や紅明にとって初めてのことではない。

 戦争直後にも、処刑されて当然である自分たちが生かされたのに加えて、処刑されたはずの兄・紅炎とも再会できたのだ。

 それを思えば、白龍の金属器・ベリアルによって精神と肉体とを断絶されたアリババの生存はまだしも可能性としてはありえただろう。

 

 少女……のような外見の紅覇に胡乱な顔で見下ろされるアリババは、埴輪の体のために表情こそ変わらないものの、いやなところを突かれたようで、がっくりと肩を落とした。

 

「網にかかってたのはともかく……いろいろあったんだよ。でも俺はアリババなんだ。信じられないかもしれないけど、アリババなんです」

「…………」

 

 消沈したように――といっても、埴輪顔ではそれも分からないが、雰囲気的に消沈したように告げる埴輪(アリババ)からは偽りの気配は感じられなかった。

 

 紅覇と紅明は顔を見合わせ、紅明がその口を開いた。

 

「……私たちが知る限りにおいて……アリババ殿は洛昌で白龍陛下と戦い、敗れて死んだと聞きました」

 

 紅明たちの知る、アリババの顛末はアラジンからもたらされたものでしかない。

 彼らは紅炎たちに無断で白龍のもとを訪れ、説得しようとして失敗して戦うに至り、そして白龍側はジュダルを失い、アラジンはアリババを失ったということだった。

 

「実際、私たちも貴方の遺体は目にしました。兄上のフェニックスでも、魔導士たちの治癒魔法でも受け付けなかった貴方の体には、もはや貴方のルフはなく、アラジン殿とて貴方の死を認めざるをえなかったご様子でしたが?」

 

 ただし、顛末は聞き知ったものでも、たしかなこととして紅明たちは物言わぬ状態となったアリババを見た。

 紅炎の金属器の一つであるフェニックス(治癒の力)をもってしても回復することはできず、アラジンの秘儀・ソロモンの知恵でも回復の糸口すら見つけることができなかったアリババ。

 紅明たちが最後に見た時、つまり戦争に突入する前の時点では、辛うじて生命活動のみは続けていたが、その体に宿るルフはアリババのモノとは言えず、ただ自然に在る、草や木に宿るルフと何ら変わらないモノとなっていた。

 

「それは…………俺が覚えているのは、洛昌で白龍と戦って……って、そう言えばなんで紅明さんはこんなところに? それにこちらの女の子はどちら様で……?」

「は? 練 紅覇だけど」

 

 やはり気づいていなかったのか、アリババの間の抜けた質問に紅覇はイラッとした様子で眉をしかめた。

 以前は複雑に結んで帽子の中に纏めていた長い髪を今は下ろしているとはいえ、身長も僅かばかりとはいえ伸びてはいる。

 以前とは少し見た目は変わってきてはいるものの、それでも成長している男子が女子に間違えられたことは、紅覇のプライドをやや刺激したらしい。

 

「えっッッ!!!?」

 

 一方、埴輪姿で表情が変わらないためわかりづらいが、アリババの方はかなり驚いている様子で声を上げた。

 

 紅い髪の美少女にしか見えない紅覇と埴輪人形にしか見えないアリババ(仮)。

 わいわいと言い合いを始めた二人を眺めて紅明は「はぁ」とため息を吐いた。

 

 疑えばきりがないが、紅明の目の前にいる人形の姿ややり取りは、彼らの記憶にあるアル・サーメンのものとはかけ離れている。

 むしろバルバッドでのアリババの――あの紅炎を爆笑させた彼の自然なやり取りを彷彿とさせるものだ。

 

「仕方ありません。兄上にもお聞きいただきましょう」

 

 

 

 

 

 

 紅明と紅覇に案内された彼らの住処は、見るからにみすぼらしく、かつては天華の覇権を握らんとした皇族の住処などとは到底思えないものだった。

 住居に華美さなどどこにもなく、見張りの煌側の兵士の武装は最低限のものでしかない。

 

 

 自称アリババという不審な埴輪を、戦うことのできない兄のところに連れていくことに対して懸念はあったかもしれない。

 だが埴輪(アリババ)が危害を加えてくることはなかったし、やはり紅明たちにとって紅炎こそが長兄なのだ。

 

「お久しぶりです、紅炎さん」

 

 紅明によってアリババと思しき埴輪だと紹介されたアリババの挨拶に、紅炎はなんとも言い難い表情で埴輪を見下ろし――

 

「俺の元へ来いという命令に遅れてきたかと思えば……なんだその為りは?」

 

 ふぅ、とため息交じりに呆れた。

 

「いや、まあ、これは、えーっと、一応死んでた間にいろいろありまして……アルマトランの魔導士の人たちと会ったり、皇 光さんに会ったり…………」

 

 いろいろと、というその中に含まれた名前に紅炎のみならず紅明たちもピクリと反応を示すが、それを問おうとするよりも先に埴輪(アリババ)が質問を返した。

 

「それよりも紅炎さんたちがこんなところで、こんなことになっているのは…………」

 

 ただしそれは最後までは言葉にならなかった。

 

 アリババが知る限りにおいて、白龍の反逆は勝ち目が少なかったはずだ。

 彼自身は白龍に負けて以降のことを知らないので、アラジンとジュダルの戦いの顛末は知らないが、母である玉艶を殺し、組織を敵に回し、兄たちを敵に回し、敬愛していたはずの姉ですらも殺すと言い放った白龍に、ジュダル以外の味方がいるとは思えない。

 彼の周りにいたのは、彼の金属器(ザガンとベリアル)の力により支配下に置かれた傀儡たちばかりであった。

 そんな彼が、5人もの金属器使いたちを相手に勝てるとは思えなかった。

 

「現在の煌帝国の皇帝は白龍陛下です」

 

 だが今の彼らの姿が、事実を物語っていた。彼らの手元に金属器はなく、武器もない。紅炎に至っては手足が義肢となっているのだ。

 そして紅明が語る言葉と敬称――白龍陛下(・・)

 

 彼らは、戦いに敗れたのだ。

 

「煌帝国は七海連合の一角となりましたが、どうやら我々はいくつかの思惑のもと、そして白龍陛下の温情で生かされているようです」

「えっ!? 白龍が……?」

 

 だが、不思議なのは白龍があれほどまでに憎悪を発露させていた紅炎たちを生かしていることだ。

 煌が七海連合に加盟したということは、シンドバッドの思惑が幾分関与している可能性もあるが、本気で白龍が敗者である紅炎たちを殺そうと思ったならば、止めることは難しいはずだ。

 そしてそれは、彼らの流刑地が“この国” であることの理由の一つ。

 シンドバッドの思惑、白龍の思惑、和国の思惑……それらの結果が、戦犯たちの同盟国での流罪刑となっているのかもしれない。

 

 アリババは殺し合いをし、そして自身を殺した白龍が、変わったかもしれないこと、変わっていないかもしれないこと、それらを思い、表情の変えることのできない埴輪の顔を俯かせた。

 

「それで――――」

 

 そのアリババの懊悩を遮ったのは紅炎の声だった。

 手足を木製の義肢とし、以前よりも痩せた姿の紅炎だが、その声の重々しさは変わらず、アリババは伏せていた顔を上げた。

 

「皇 光は何を話していた」

 

 紅覇の、そして紅明の顔が強張り影を帯びたのは、彼らがここに流されて数か月、一度も会うことがなく、そしてあの戦争の直接的な決定打を与えた裏切りの人物であるからなのか。

 だが紅炎の表情からは凪いだものしか浮かんでおらず、恨みや憤慨といった感情があるようには見えなかった。

 

「紅炎さんは、あの人の、あの人の金属器のことを知っていたんですか?」

 

 その様子から、少なくとも紅炎は皇 光のことを――――煌帝国に来ていた彼のことを知っているように感じら、アリババは尋ねた。

 予想通り、紅炎はこくりとうなずきを返し、二人の間に沈黙が流れた。

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 罪業と呪怨の精霊 ガミジンは八型に属する命を司るジンであり、その力は大きく分けて二つある。

 死霊といえるほどに想いを残して死んだ者のルフに働きかけて、その意思の導く方向に死霊を操る力。

 そしてもう一つは、主の“願い”を対価にして、それを叶えるまで具現化させ続けるという力だ。

 

 

 かつて“組織”の襲撃を受け、深手を負った光は、自身の“願い”――――練 白瑛を護るという願いを叶えるために、その最も大切にしている願いを差し出した。

 すなわち――――彼女と歩むはずだった未来。

 

 その願いは、しかし“皇 光”自身が叶えるものであったがために、具現化したガミジンは“彼”になった。

 残されたのは抜け殻であり、だからこそ深手を負った“彼”は命を繋いだ。

 時がたち、襲撃時に受けた呪いから解き放たれても、それでも発動し続けたガミジンの力は解除されなかった。

 

 ガミジンは主の“願い”のままに、その“願い”を喰らって、忠実に彼女を護らんとした。

 その想いの終わりのときまで…………

 

 皇 光が捧げた“願い”という中身が尽きたのが早かったのか、それとも器が壊れたのが早かったのか。

 それは分からないし、意味のないことだ。

 結果として――彼が捧げた“願い”が叶う(終わる)時とはどちらかの死を意味するものでしかなく、残酷なまでにその通りの結末となった。

 願いを叶えていた皇 光(ガミジン)は消滅し、それと引き換えにして彼は目を覚ました。彼のもっとも大事に想っていた“願い”――つまり、白瑛との未来を、彼女への想いを、彼女との関係性のすべてを、失った状態で…………………。

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

「以上が私たちが聞いた、彼にまつわる顛末です」

 

 語る話を終えた紅明。

 彼の話は伝聞でしかなく、そのために淡々としていた。

 それを聞くアリババも、この世界の中では一度だけ戦場を共にした過ぎない相手であっても、死んでいたころに長い時間を共に過ごし、こちらに戻る協力をしてくれた一人なのだ。

 

「光さんはここには来ていないって言いましたよね。だとするとそれを貴方たちに教えたのは誰なんですか?」

 

 アリババにそのことを語ったのは、捧げられた“願い”という想いが形を為した皇 光だった。

 

 炎や水、音といったこの世界に存在する自然を操る1から6型までのルフとは異なり、7型と8型のルフはやや特殊な傾向にある。

 力という概念を操る7型。

 命という概念を操る8型。

 かつてアルマトランの王、ソロモンは力の次元を見ることができたがために、最強の魔導士として最強の魔法を操った。

 一方でジンたちに金属器としての力を託したウーゴは、ソロモン王の力魔法を命の魔法をもって再現しようとし、しかしその行きつく先を理解することはかなわなかった。

 アルマトランの魔導の天才――ウラルトゥーゴですらも理解できなかった魔法の属性。それこそが8型の魔法。

 

 ベリアルの力によって精神を異次元に飛ばされたアリババとガミジンの力によって想いを捧げた光。奇しくもどちらも命を司るジンによって肉体とルフから放たれ、この世界ではないどこかに流れ着いた。

 その世界では長い長い時間が過ぎたにもかかわらず、老いることもなく、こちらの世界に戻ってみれば、森の中をさ迷っていたのを考えればほとんど時間が経っていなかった。

 

 なんども過去を見ること繰り返した。何度も何度も何度も……。それは過去が自身を責め立てているようでもあり、だんだんとだんだんと、己の過去を顧みることしかできず、そのほかに何もする気力がなくなっていく場所であった。

 

 あれが死後の世界というのならそうなのかもしれないが、そこに居たのは滅びた(アルマトラン)で死んだ魔導士たちであり、数少ない例外がジンの能力によって飛ばされたアリババと光。

 

「あいつの幼馴染の副官だ」

 

 アリババの問いかけに紅炎は答えた。

 

「立花融さん…………」

 

 だがそれはアリババも予想していた答えだったのだろう。

 

 それはあの“王の器”の“眷属”になれなかった副官の名前。

 誰よりもあの人の下で、彼を支えたいと願い、しかしそれを許されなかった男。

 

「俺、その人にも伝言を頼まれたんです」

 

 そして彼にとっては幼馴染にして友の名前。

 最も大切な者とのつながりのすべて失うことを予期していたがために、その後事を託したほどに信頼していた友人なのだ。

 

 ――あいつには随分と迷惑かけちまったからな……うまく会えたら伝えておいてもらえないか? ―――――――  ――

 

 そしてそれだけではない。

 

 ――家族に、会いたい…………! ――

 

 ――ママにあいたい……ママに、会いたいっっっ!!!――

 

 ――会えるのか……兄さんに……!――

 

 ――会えるのか、ファーランに。アリババッ!――

 

 沢山の人に協力してもらい、その沢山の人たちのために、願った。

 生きるのも世界を救うのも、もう誰かに理由を求めたりしない。誰にも望まれなくても“自分”の意思で生きる。

 そう決めたのだ。

 

 だからこの伝言を伝えたいと思ったのも、自分の意思だ。

 

 ただ、現状彼の体は小さな埴輪人形でしかなく、和国にあっても海に隔絶された島の一つでしかない。

 彼一人の力では会いに行くことはおろか、この島から出ることもままならない。

 

 感情の見えない人形の顔に、それでも苦悩を乗せているかのようなアリババ(埴輪)の姿に、紅炎はついと紅明に視線を向けた。

 

「…………」

 

 兄の視線の意を受けて、紅明はこくりとうなずきを返した。

 

 以前とは少し変わっているが、目の前の彼はアリババだ。

 バルバッドの王子で“あった”、そしてマギ・アラジンが選んだ“王の器”。

 変化はおそらく覚悟が定まったから。

 誰かが望んでいるからとか、王子だからとか、やらなければならないからとか、周りから与えられるものに自らの意思を委ねていたころと違い、今は自分の意志でやりたいことを決めているから。

 

「その方なら、近々会えるかもしれません」

「えっ! 本当ですか!」

 

 死者たちの世界から、死者からの願いを受けて、自らの意思でこの世界に舞い戻った男――アリババ・サルージャ。

 

 彼の選択が、一色に染まり行くこの世界に再び色を投じようとしていた。

 







というわけで、アリババくんには暗黒大陸ではなく和国でしばし放浪していただきました。原作だと鬼倭国の島は暗黒大陸と同じような性質(アルマトランの魔力の蓄積した地層)だそうなので、じゃあ和国でもいいか、ということになりました。
あとジュダル君に関しては…………まだ一応登場予定はアリマスヨ? 原作でも宇宙の彼方に飛んで行ったはずなのになんでウーゴくんに暗黒大陸に転移させてもらえたのかよく分かりませんし……。なのでジュダル君の飛行魔法がなかったおかげで埴輪状態での放浪時間が長くなり、結果数か月を歩き回ることに……がんばれハニババ!!

ちなみに当初の予定では35話には死んでる時のアリババ君の物語になる予定でした。延々と過去の行いを見ているということで、これまでのアリババ君の物語をピックアップする予定でしたが、完成してから見直したら地の文はともかく「」文が8割以上原作そのままなので、それならまぁいっかということで、1話まるまるカットしました(泣)
おかげでストックがピンチな状態に。しかもこれまで本作で少ししか出番がなかったアリババ君がいきなり主人公状態。本作だけ読んでいるとアリババ?誰だよコイツ?みたいなことになってしまいましたが、まぁ、原作を知っていること前提でも大丈夫かな、ということで36話に投稿する予定だった話を編集して投稿しました。

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