煌きは白く   作:バルボロッサ

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第33話

「本当に、よろしいのですか?」

「何をいまさら。あの男は信用できんが、煌の連中ほどではあるまい。この戦で大戦が回避できるというのなら、選ぶまでもない」

 

「………………」

「不満そうだな、融」

 

「…………いえ。それが貴方の意思ならば、異議はありません」

「なにが言いたい?」

 

「……それでは。練 紅炎という方は、彼の旗下の将兵たちは信頼できませんか?」

「ふん。聞くまでもあるまい。煌の連中の統べる世界では、和国の行く先は奴隷か、でなくば和としての矜持を失うことになる。俺の剣は和の国を守るためにある。この訳の分からん力も……あるからには、和のために使うのみだ」

 

「不満そうなのは貴方に見えますがね」

「…………」

「武運を祈ります、―――――」

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

 練白龍、煌帝国第四代皇帝 即位

 

 練玉艶を討った白龍は、帝都洛昌にて即位の宣言を行った。

 その旗下の兵は、一部の将兵を除くと、ほとんどが白龍の新たに手に入れた力――金属器“ベリアル”の精神操作による影響を受けた結果によるもので、無論のこと正気を保った大多数の兵は、その簒奪劇に異を唱え、煌帝国において実質軍事権力を一手に担っていた練紅炎のもとへと身を寄せた。

 元々、アル・サーメンの強引な横やりによって第三代皇帝に玉艶が即位こそしたものの、煌帝国に仕える文武の官たちにとって、その座は紅炎こそが相応しいと見ていたものが大多数だったのだ。

 そして練紅炎もまた、白龍の即位を良しとしない兵たちの後押しを受けてバルバッドにて皇帝位を宣言。

 

 それにより全兵力の約8割が紅炎の西軍へと帰順し、煌帝国は完全に東西に分断され、互いを討とうと軍備を整えることとなった。

 

 

 先に動いたのは圧倒的な兵力と、多数の金属器使いを擁する西軍であった。

 紅炎とその実弟、紅明・紅覇はもとより、ヴィネアの主である紅玉、さらには白龍の実姉である白瑛までもが西軍に属していた。

 一方で兵数・物資に劣る東軍は、静観の構えを見せ、しかしその兵たちは少数ながらも白龍の金属器の力で強化されることとなった。

 

 西軍皇帝・練紅炎は即位したバルバッドの地にて、北方・西方戦線を含めたすべての指揮を執ることとなり、反乱軍鎮圧のためにとって返した西軍は紅明がその指揮を執ることとなる…………

 

 

 

「もし負けたらどうなるかわかっているのか? これは皇位争奪戦争なんだ。負けた方が歴史上の謀反人になる」

 

 圧倒的な戦力差に、戦いが始まる前から勝利を確信して浮足立つ将兵たちに、練紅覇が冷徹な瞳で語りかけた。

 

「もしも僕たちが負ければ、陛下は反乱軍の首謀者として処刑される。それは、僕たちも、お前たちも同じ……お前たちの部下も、家族も、皆殺されるんだぞ」

「…………」

 

 紅覇の言葉に、浮足立っていた将兵たちが沈黙し、気まずげに顔を伏せた。

 

「それだけじゃない。煌の内部ですらほとんどが白龍に従う意思をもたないのに、占領国の者たちの心はいかばかりか……もし! 陛下がお倒れになり、白龍が皇帝になれば――――」

 

 徐々に徐々に、圧倒的な兵力差のある戦を前にした興奮が恐怖によって冷めさせられていき、興奮していた将兵の誰もが、ごくりと唾を飲み込む自身の音を意識した。

 

「白徳大帝が築き! お前たちが守ってきたこの天華の太平は一気に崩れ! あの、天華の民の多くを死に至らしめた戦乱の時代に逆戻りするんだぞ!! それでもいいのか!!!!」

 

 ここに至って、将兵たちの顔つきが変わった。

 これは圧倒的戦力差があるからといって油断していい戦ではない。

 近年の煌帝国が行ってきた侵略戦争ではない。

 負ければ一転してすべてを、自身の命のみならず、家族も、これまで築いてきたなにもかもをも失うかもしれない決戦なのだと、皆が理解に至ったのだ。

 

「その通りです」

「紅明様…………」

 

 紅覇の演説が、将兵たちに染み込むのを見計らい、この決戦の直接的指揮を本陣で執ることを紅炎皇帝より任された紅明が切り出した。

 

「これは内戦です。他所から見れば、大義のない無駄な戦いに見えるでしょう……しかし、我々は勝たねばならない」

「…………」

 

 これまで煌帝国はたしかに侵略を行ってきた。 

 それはこの世界の思想を統一し、思想の数を減らすことをもって、世界から戦争を失くそうという目的のためだ。

 それが善なる行為とは、その過程に正義だけがあるとは紅明も、そして紅炎も思ってはいない。

 けれども――――

 

「後の世に、お前たちの子供の世代に、戦の火を残さないために」

 

 命が戦で失われる世界は、ここで終わりにする。

 世界から憎しみを受けようとも、ここでどれだけの涙が流れようとも。

 

「戦は我々の世代で終わらせる。そしてこれが最後の大きな戦争です……どうか、勝利を」

 

 紅覇とも、紅炎とも違う、静かなる鼓舞。

 その静かな声に秘められた決意に、数多の将兵たちが一斉に手を打ち鳴らし、礼を示した。

 

 ――「「我らに勝利をッッ!!!!」」――

 

 宣言する言葉、すべての将兵の顔に、もはや恐怖も、油断もなく、ただ覚悟のみを宿していた。

 必ずこの戦に勝利を収める、と。

 

 

 白龍率いる東軍と、紅明率いる西軍が、決戦の地にて両軍が激突することとなった。

 極東の地と西の世界を隔てる土と砂の大海原、華安平原――かつて煌、吾、凱の三国が幾度も激戦を繰り返した決戦地。

 

 煌帝国西軍

 第一軍 軍団長 練 紅覇(兵二十万)

 第二軍 軍団長 練 紅玉(兵二十万)

 第三軍 軍団長 樂禁  (兵十一万)

 第四軍 軍団長 李 青秀(兵 九万)

 本陣 西軍総大将 練 紅明(兵十九万)

 

 煌帝国東軍

 第一軍 軍団長 李 青龍(強化兵五万)

 第二軍 軍団長 周 黒彪(強化兵五万)

 東軍総大将 練 白龍…………ザガン眷属およびベリアル支配下の魔導士――無数

 

 

 西軍においては、姉弟の情愛に悩む白瑛を天山山脈に配置し、本陣背後の守りとしている一方、東軍においては圧倒的な兵数の不利を白龍が金属器の力を全開にすることで補おうとしていた。

 

 

 そして――――

 

「反乱軍全兵に告ぐ!!!! 我は練 白龍!! 皇帝の名の下に汝らに命ずる……反乱軍は直ちに降伏せよ!!! 偽帝・練 紅炎は簒奪者である!!!!! 練 玉艶に組し、白徳大帝と二人の太子を殺害した!!! 反乱軍は練 紅炎の首を差し出し投降せよ!!! さもなくば――殲滅する!!!! 簒奪者に死をォ!!!!!」

 

「「殺せ!!! 殺せぇェええ!!!!!!」」

 

 八型のルフを司り、記憶と精神を操作するベリアルの力をもって、白龍は全兵に偽の記憶を定着させ、ザガンの力と併用することにより、兵士の脳を改造することで人としての恐れや慈悲を削ぎ落し、怒りと興奮を極限まで高めさせていた。

 白龍の宣戦に対して強化兵たちはすでに血走った眼で怒号を上げて応えた。

 

 壮絶なる威圧感。理性を失った、獣に近しく怒りの感情のみに支配された人間の威容は並みの兵士ではそれだけで逃げ出したくなるようなものであっただろう。

 

 だが西軍の兵たちに大きな崩れはない。

 

 彼らには決意があるから。

 精神を壊された者には決して持ちえない強さ。

 この戦いで、不毛な争いを終わらせるという誓い。

 

 

「「全軍――前進ッ!!!!」」

 

 煌帝国のみならず、世界の運命を大きく変えることになる大きな戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 煌帝国第四代皇位争奪戦争――“華安平原の戦い”と呼ばれる内戦は、紅明の戦術が、白龍の東軍を終始上回る形で展開された。

 

 強化、いや狂化された東軍の兵士たちはただただ愚直に正面突破のみを行い、それに対して紅明は紅覇と協力して金属器の力を活用することにより、兵士の大半を隔離して火熱責めを行う戦術に出た。 

 

 主力の兵が足止め隔離されている間に、第1陣および第2陣の紅覇と紅玉が、白龍を討つために敵陣突破を図り、それに対して白龍は同化の強制促進を行った眷属――李 青龍と周 黒彪をぶつけることで魔力の消耗を早めようとした。

 白徳大帝の血筋に准じるために白龍の下に寝返った二人の老将。

 

 紅覇と紅玉は、敵大将の白龍を討つために魔力を温存しなければならず、魔装の力なしに同化眷属との戦いを強いられることとなり、苦戦することとなったが、その作戦は同じく同化眷属である樂禁と李 青秀がぶつかることで対応した。

 

 白龍が繰り出す戦術のすべてを紅明が上回り、あるいは先手を打って封じていく。

 圧倒的な手数の差がそこにはあった。

 

 そもそも、本来の総大将である紅炎が全軍の指揮を執り、前線の大将として紅明が指揮するという系統から始まり、将兵の数も、金属器の数も、圧倒的に紅炎の西軍が上回っているのだ。

 白龍には兵力もなく、助力してくれる軍師もなく、従う将もいない。

 

 開戦を前に、“白龍と同じく”堕転したマギであるジュダルが居なくなってしまったことも大きかった。

 無限の魔力を持つマギ・ジュダルが、当初は白龍についていたのだ。

 かつては組織の手を借りることを拒絶し、そのためにジュダルを拒絶していた白龍だが、自身が黒く染まり、そしてジュダルが組織に反目するようになったがために共に手を取り合っていたのだ。

 

 だがそのジュダルも今はない。

 開戦前に洛昌に白龍の説得に来たアラジンとアリババ、二人の旧友との“戦い”によって、アラジンは王であるアリババを失い、白龍はマギであるジュダルと両脚を失うこととなった。

 失われた両脚は、左手の義手と同じくザガンの力で義足を操作することで対応できていたが、ジュダルの損失は埋めきれはしなかった。

 べリアルの力で精神支配下においた組織の残党たちの魔力を強制徴収することで辛うじてベ補おうとはしていたが、その魔力の絶対量は、無限の魔力を持つマギのそれと比べれば微々たるものでしかない。

 

 ゆえに紅明は甘い判断だとは自覚しつつも、兵を無暗に殺さずに大量の魔力を消費してでも消耗作戦に出たのであった。

 

 結果――紅明の、そして両者の思惑通り、自身の魔力と引き換えに白龍の魔力は尽き、紅覇と紅玉は魔送付可能となった白龍の居る本陣へと魔装の状態で乗り込むことに成功したのであった。

 

 

「白龍ちゃんッッ!」

「これで終わりだッ! 白龍ッッ!!!!」

 

 魔装ヴィネアを纏いし紅玉と魔装レラージュを纏いし紅覇。

 二人の金属器使いが戦を終わらせるべく、温存していた魔力を今や惜しみなく使って極大魔法を放とうとしていた。

 

 力のジンたるレラージュが極大魔法――如意練鎚(レラーゾ・マドラーガ)

 水のジンたるヴィネアが極大魔法――水神召海(ヴァイネル・ガネッサ)

 

「やはり……こうなったか…………」

 

 それは魔力のほとんど尽き、両脚と左手の動かなくなった白龍にはもはや避けようも、まして止めようもない、覆せない結末であり―――

 

「レラーゾ――――ッッ!!!!」

「――えっ!? 紅覇お兄様ッ!!?」

 

 ――――しかし勝者として歴史に名を刻んだのは練 白龍であった。

 

 魔装をもって宙にあった紅覇に、突如として襲いくる紫色の斬撃。

 極大魔法を放とうとしていた紅覇は、大鎌で咄嗟に防御するも、極大魔法陣を切り裂かれて発動を阻害。

 跳ね飛ばされた紅覇の姿に、共に極大魔法を放とうとしていた紅玉も手を止めた。

 

「くッッ! なにが……なッッ!!!」

 

 流石に奇襲一撃で落とされるわけもなく、紅覇は弾き飛ばされはしても空中で制御を取り戻し、新たなる襲撃者を睨み据え――驚きに目を見開いた。

 

 二振りの大鎌を携えた武人。

 八型のルフによる加護を受けて紫色に輝く光を纏い、疾駆する汗馬の鬣が如き姿の魔装。

 

「――――お前ッッ! どういう、ことだよッッ!」

 

 その男は死んだはずの金属器使いであり、紅覇たちの陣営――紅炎に味方しているはずで、生きているのだとしたら―――

 

「応えろッ! 皇 光ッッッ!!!!」

 

 決して裏切ることはない信念を持っていたはずなのだから。

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

「バカなッッ!! 彼が……なぜッ!」

 

 前線で紅覇が激昂し、紅玉が驚愕しているころ、紅明は本陣で机を叩いた。

 ありえないはずの金属器使い、和国特使――皇 光の参戦。しかも白龍を庇う形での参戦ともなれば、その意味するところは明白だ。

 

「と、特使が生きていたとはっ! まさか情報が操作されていたというのか!」

「いや、それよりも特使の彼が敵対したということは和国が白龍皇子の側についたのでは……」

 

 動揺が広がるのは、紅明の周りを固める将官たちも同じだった。

 皇 光は元々死んでなどいなかったのではないか。

 特使が西軍に敵対的な行動をとったということは、その本国である和国が西軍ではなく東軍を正当な煌帝国と認めたということなのではないか。

 だが、それよりも―――

 

「……! 天山はっ!? 天山山脈はどうなっていますか!」

 

 一足飛びに、紅明はさらなる展開があることに気づいて声を荒げた。

 今、紅明を除く将官たちの思考は参戦した皇 光と、その背後にあるであろう和国に向いている。

 たしかに和国は小国ではある。だが二つの金属器を保持しており、魔力操作と卓越した剣技による強靭な精兵を数多擁する厄介な国だ。

 それゆえにかつての白徳大帝も、そしてそれ以降も煌は和国と同盟を結んで争わなかった。

 ただそれでも、和国一国では今の戦場を覆す決定打には至らないはずなのだ。

 和国一国、では――――

 

「も、申し上げますッッ!」

 

 紅明の一足飛びの思考についていけない周りだが、ほぼ同時に伝令兵が本陣へと駆けつけ、危機的な状況を知らせようとするかのように膝をついた。

 

「て、天山山脈を越えて敵襲ッ! い、一万の“騎士”の軍勢が、我が軍の背後へと襲来しておりますッッ!!」

「なっ!!!!」

「――ッッッ!!!! 白瑛、殿ッッ! なぜッッ!!!!」

 

 そう、たとえ和国が白龍を正統な皇帝として認めたとしても、白瑛がこちら側にいる限り、皇 光という男は決してこちらを裏切らない。

 つまり光が敵側についたということは、その楔であったはずの白瑛が白龍に味方したということなのだと、今持ちうる限りの情報が紅明に事態の深刻さを教えたのだ。

 

「率いているのは、七海連合、ササン王国国主、ダリオス・レオクセスです!!!」

 

 

 

 

    ✡  ✡  ✡

 

 

 

 紅明の、そして紅炎の“認識する限りにおいて”、練 白瑛という女性は理性高く、情の勁い女性だ。

 ゆえにこそ黄牙の民や国内の義賊などを旗下に組み込むことができた。

 おそらくこの戦争を前に、弟である白龍と敵対することに苦悩したことは想像に難くない。

 だが理性高い彼女だからこそ、世界から戦を失くすという紅炎たちの理念に納得し、情よりも理念を優先するはずだと思っていた。

 

 

「和国、皇 光。盟約に従い、盟友の内紛へと介入させてもらう」

「同じく、七海連合、ササン王国・国主、ダリオス・レオクセス」

 

 しかし事態は紅明たちのそんな予想を大きく裏切る形で、水面下で進行していたのだ。

 混乱する紅玉を制するように、前に出た紅覇が参入者たちに問いかける。

 

「……そっちの和国のはともかく、七海連合がこの戦争に首を突っ込んでくるのはどういうわけだ。たしか連合には“他国を侵略せず、侵略させず”という大層な信条を掲げていたはずでは? 何故我が帝国領内に軍を率いて進行してきたのか……答えろ!」

 

 魔装アロセスを纏い、半人半馬の槍騎士の姿で戦場へと飛翔してきたダリオスの言葉に、紅覇は剣呑な表情を隠さず、威をもって問うた。

 

 煌帝国と同盟関係にある和国――皇 光の参戦とその理由はまだ分からなくもない。

 

 だが、七海連合には“他国を侵略せず、侵略させず”という信条を掲げているのだ。

 ゆえに煌帝国の領土に軍勢を進めることや、金属器使いが魔装の姿で戦場に現れるなどという事態があっていいはずがない。

 

 しかし―――

 

「そうだ。ゆえにこそこれは盟約の下の参戦なのだ。これは侵略ではない。我らは七海連合の盟約に従い、盟友の内紛を治めに参った」

「なに………?」

 

 七海の覇王、その謀略が

 

「ここにいる煌帝国の正統な皇帝たる『練 白龍帝』の名の下に、煌帝国は七海連合とすでに誓いを交わした、七海連合の一国なのである!!」

「なっ、んだとッッ!!!」

 

 花開き、煌めきの帝国へと襲い掛かった。

 

「これは侵略ではない!! 我らにとっても盟友、練 白龍帝の助太刀である!!!」

 

 魔装姿の騎士、ダリオスの大音声で呼ばわう宣言が、戦場に轟く。

 

「くっ! そういうこと、かっ! 白龍は最初からこのつもりだったのか!」

 

 白龍、いやシンドバッドは初めからこうするつもりだったのだろう。

 治めるべき盟友の国の内紛。

 その口実がありさえすれば、七海連合が大義をもって介入することができる。そのため白龍は独力では勝ち目がないことを知りつつ、兵を起こす必要があったのだ。

 

 それを理解して憤激する紅覇、そしてマグノシュタットに続き、再び他国の戦を利用して漁夫の利を得ようとするシンドバッドたちのやりように涙を滲ませる紅玉。

 

「こんなの、卑怯よ……!!」

 

 七海連合が彼らの大義をいいように利用していることに対して、いかに卑怯と罵ろうとも、すでに戦況は完全に覆っている。

 白龍の戦術は紅明の戦術を上回ることはなかった。けれどもシンドバッドの戦略は、紅炎の戦略を世界単位で上回っていたのだ。

 

「……まだだ」

 

 ただこの計画の綻びがあるとすれば、七海連合と白龍、そして皇 光にはそれぞれに思惑にズレがあるだろうことが、彼らの表情と態度から見て取れることだろう。

 

 このような形ではなく、まっとうな戦で紅炎を打ち破り皇位を奪いたかった白龍。

 そして

 

「宣言はもう十分だ。この胸糞の悪い戦。早々に終わりにさせてもらおう」

 

 魔装ガミジンを纏う光は、この戦への参戦を心よく思っておらず、乗り気ではないことがあからさまなことだ。

 

 だが戦い自体を拒むつもりはないのか、携える金属器に魔力を集中させた。

 

「やらせるか」

 

 意に添わぬそぶりを見せつつも戦気を高める光に対して、紅覇もまた金属器・如意練鎚を構えた。-

 

 皇 光の力は知っている。

 金属器・ガミジンは驚異的な回復能力を誇るジンだが、攻撃能力は金属器の中ではそれほど高くはない。

 攻撃力では圧倒的に紅覇のレラージュが勝り、攻撃範囲では紅玉のヴィネアが勝るはずだ。

 むしろ卓越した魔力操作による接近戦をこそ警戒すべきで、

 

「ガミジン」

「ッッッ!???」

 

 しかし紅覇の予測を裏切って、金属器から放たれた紫色の輝きが戦場全体へと波及した。

 

 

 

 

 

 本陣――――

 

「第三・四軍を先行して黄海に向かわせます。敵の狙いはバルバッド――紅炎陛下です。本陣も動かします。残りの魔力は少ないですが、私も出て早急に白龍を討ち、その後可能な限りの軍勢をバルバッドへ転送します」

 

 一変した戦況に合わせ、遠隔透視魔法によって次々にもたらされる情報は、王手をかけていた西軍が逆王手をかけられつつあるということだった。

 天山山脈に現れたササンの騎士兵団だけではなく、バルバッド近海にはシンドリア・エリオハプト・アルテミュラの連合軍が出現。シンドリアの軍船とアルテミュラの怪鳥を用いた海・空の両面からバルバッドに大軍が迫っている。

 

 この内戦は皇位争奪戦。つまり王の奪い合いだ。

 白龍をいち早く倒せば勝ち、紅炎が倒れれば負け。

 

 だが、ここまでの大軍の動きが紅明たちのもとに入らなかったということは、そもそも戦の前からシンドバッドたちにより高度な諜報戦を仕掛けられていたと考えるべきだろう。

 そしてそこまで巧妙に“戦を”進めていたからには、たとえ白龍という大義名分がなくなっても、連中が紅炎陛下を倒さずに矛を収めるという楽観視はできない。

 むしろ紅炎陛下たちが思い描く世界がシンドバッドの世界と反律するのだとしたら――――この機に白龍も紅炎も、煌帝国そのものを攻略するつもりだと考えてもおかしくはない。

 

 すでに戦術でどうこうできるレベルを超えており、紅明はこの戦場だけでなく、すべての戦場へと戦略眼を展開しなおす必要に迫られているのだ。

 それがために―――紅明は背後から迫る脅威に気づくのが遅れた。

 

「紅明様ッ!!!」

「なっ―――ッッッ!!! がっ!!!」

 

 突如、地面から湧き上がるように鈍紫の姿の兵士――過去に戦死した吾の亡者が気づくのに遅れた紅明の背に剣を振り下ろした。

 

 ――兵士の、亡霊ッッ!? しまっっ――

 

 紅炎や紅覇、紅玉とは異なり、紅明は武人ではない。

 軍師であり、知の面から紅炎を、煌帝国を支える存在だ。その戦闘力は金属器がなければ無きに等しいものである。

 斬りつけられ、背中から血が吹き上がり、その手から金属器である黒羽扇が落ちた。

 

 

 

 

 

「なんだッ!? 戦場がッ!!!」

 

 皇 光との直接対決を覚悟していた紅覇は、しかし眼下に広がる華安の戦域全体に、紫色の亡者が溢れかえるのを目にして驚愕した。

 

「流石は天華の決戦の地だ。随分な数の怨霊どもに恨まれているようじゃないか。侵略国家?」

 

 戦場全体に亡者を溢れ返させ、戦況を混乱させ、兵を、そして大将である紅明にまで血に沈めた金属器使いは、冷めた瞳で眼前の敵を睨みながら皮肉った。

 

 呪怨と罪業の精霊――ガミジン。

 その力は紅覇の知る、再生能力などでは決してない。

 怨念や妄執を残して死した者のルフを、その志向性に沿う形で現実化するのが、本領。

 

 ――いったいどこまで亡者が広がっているんだッ!? まさか本陣まで!? 明兄はッ!?――

 

 植物や細菌を操るザガンと、精神や記憶を操るベリアルを併用することで、兵士を強化・狂化して無理やりに配下とした白龍とは違い、ガミジンのそれはあくまでもルフ自身に宿る記憶と望みを叶えているにすぎない。

 その規模に反して消耗の度合いは、比べるべくもなかった。

 

 ましてここは過去に幾度も煌が戦を行った天華の決戦の地。

 煌に対して恨みを持ったまま死した兵士など、それこそ無数といっていいほどに溢れていた。

 

 ――くっ! ここからじゃ分からない。分かりようもないッ! 金属器使いが3対3……ッッ!? いや、シンドバッドがもっと引き連れてバルバッドへ向かっているとしたら!?――

 

 

 白龍はほぼ戦闘不能になっているものの、新たな金属器使いの敵が二人。

 それもこの場に限ればの話。

 七海連合が参戦し、ダリオスが出てきた以上、シンドバッドやほかの金属器使いが参戦しない理由はない。バルバッド――紅炎のもとに向かっていると考えるのが自然だ。

 

 開戦前に紅覇自らが鼓舞したように、この戦いに敗れれば自分たちは謀反人となり、すべてを失うこととなる。

 これからの未来だけでなく、これまで築いてきたものまでもだ。

 

 ――ッッ!! 終わらせるか……終わらせてたまるかッ!!!! 僕が、止めるッ! ここでッ!命に代えてでもッ!!!!――

 

 果たして本当に白龍を倒せばシンドバッドたちが止まるかは分からない。

 けれども、少なくとも皇位争奪戦争の決着はつく。

 そして紅炎陛下ならば、相手がシンドバッドといえどもそう易々と倒されるわけがない。

 

「まだだ!! 紅玉ッ!!! 僕たちが白龍を倒せば、和国も、七海連合にも、介入の口実はなくなる!! 僕に力を貸してくれ!!!」

 

 白龍さえ討ち取れば―――それだけがこの状況下において、紅覇が描ける最善にして唯一の希望的展開であった。

 

 だが―――

 

「い、いいいいいえ、お、おおお兄様……」

 

 この場で唯一紅覇が頼ることの、背を任せることのできる仲間――妹である紅玉の様子が、突如として一変していた。

 まるでなにかが壊れてしまったかのように、あるいは操り人形が起き始めたかのように、ガクガクと不自然に体を震わせ、首を傾け―――

 

「なッ、何をする……? どうしたんだ? 紅玉…………」

 

 兄であり、背を守るべき紅覇を羽交い絞めにして首に剣を、金属器を突き付けた。

 

 ――事態の、妹の変貌に認識が追い付かない。現状が信じられない。

 

 なんなく捕まり、剣を突きつけられて混乱する紅覇に、絶望の帳を降ろす声が放たれた。

 

「紅覇皇子。武器を収めてもらおう。これ以上の流血は耐え難い」

 

 大切にすべき妹の声ではない。

 その口から出ているのは男の声。聞いたことのある声。

 

「私は七海連合の盟主、シンドバッド王だッ!!!」

 

 紅覇の思考が、戦意が、その宣言によって凍り付いた。

 

 

 

 

 


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