煌きは白く   作:バルボロッサ

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第29話

 ――優れた者などどこにも存在しない。魔導士だろうとそうでなかろうと……

   たとえどんなに他者より10倍も100倍も勝る力を持った、眩しい誰かがいたとしても。

   委ねてはならない。間違えずに生きられる者などどこにもいないのだから――

 

 

    ✡✡✡

 

 

 一つの小さな白い光をきっかけに崩れていく巨大な依り代。

 

 眷属たちの決死の攻撃、15人の金属器使いの渾身の魔法。そして四人目のマギの、奇蹟の御業によって遂に依り代は跡形もなく消え去り、黒いルフは散り散りとなって去って行った。

 

 

 そして………

 

 

 睨みあう三大勢力。

 

 練 紅炎、シンドバッド、ムー・アレキウス。

 煌帝国、七海連合、レーム帝国。

 

 各勢力を代表する金属器使い達の睨みあい。

 

 世界の命運を賭した戦いの果てに待っていたのは、世界の趨勢を左右する王たちの対面だった。

 

「きょ、共通の敵が消えちまったから……!!」

「やめてよ!! 兵を退くって約束したもんね!! 紅炎おじさん!!」

 

 既に撤退の意志を固めながらも依り代討伐のために駆けつけただけの、そして指導者であるマギ・シェヘラザードの居ないレームはともかく、戦意みなぎる煌帝国と七海連合の間に挟まれる形となったアリババとアラジンが悲痛な表情となっていた。

 

 激戦の連続を終えた煌帝国の将は唯一紅炎のみがかろうじて魔装を継続しており、負傷していた紅覇と紅玉の治癒はなんとか間に合ったが、紅明も白瑛も光もすでに魔装は解けていた。

 対して七海連合にはエリオハプト、アルテミュラ、ササン、イムチャックそれぞれの金属器使いと眷属。覇王シンドバッドとその配下たる八人将。そして動員してきた数多の兵が控えていた。とある人物の働きかけによってこの場に集った王の器とその眷属たち。

 圧倒的な戦力差。

 だがその中にあって、白瑛も紅明も紅覇も光も戦意を保っていた。睨み付ける眼差し。

 

「……いや。元々、俺たちの目的はここ、マグノシュタットだ。そもそも、煌帝国の金属器使いをこれだけ控えさせていたのは、レームの金属器使いに対抗するため。戦う相手がすげ替わっただけの話だ」

「!!! おじさん!!! 話が違うじゃないか!!!」

 

 アシュタロスの魔装を持続させている紅炎の平坦な声にアラジンが悲痛な叫びを上げた。

 

 七海連合は不可侵不可侵略を理念としている。

 今回、この戦場に駆けつけたのは、あくまでもこの世界の“外”からの侵略者、暗黒点との戦いのためだ。

 国家間で正式に宣戦布告を果たした上での戦に介入する理由も権利もない。それはこの戦場に駆けつけたシンドバッドもそう語っていた。

 

 だが、七海連合の王たちはいずれも魔装を解いてはいなかった。

 

(あちら)はマギともう一人の金属器使いが来ておらんぞ。奥の手があるのでは?」

 

 ササンの騎士王の敵を見据える眼差し。

 エリオハプトの女王も挑発的な眼差しを紅炎に向けており、イムチャックの首長に至っては獲物を前にした狩人の如く、自ら戦端を開きかねないほどの気勢を放っている。

 

「…………」

「どうやら、七海連合(あちら)にも考えがあるようですね」 

 

 舌を打つことすら無用なほど当然の展開に光は収めた和刀の鯉口を切った。

 戦う場所と時が予定とは違っただけで、七海連合との戦いなど端から想定済み。紅明はその黒羽扇を胸前に掲げ、白瑛も白羽扇を構えた。

 

 シンドバッドがどう考えているかはともかく、どう見ても連合の意志は煌帝国を敵と見ている。

 この場で討つ敵、と。

 

 

 ならば、一瞬でいい。

 いや、一瞬しかない。

 

 光の残量はほとんど残されていない。最早“サミジナ”の全身魔装はできない。精々武器化魔装が、それも僅かな時間程度だろう。

 

 傲岸不遜なほどに余裕の表情を見せるシンドバッド。

 あの男の強烈な統率力とカリスマがあればこそ、七海連合は連合たり得る。

 ここであの男の首さえ斬り落とせば、世に二人しか存在しない複数金属器の保持者の一人を討ち取れば。紅炎ならば他の七海連合を圧倒することも可能の筈だ。

 

 同盟国の金属器使いを脇に従えるシンドバッド。

 その隙を探るように見つめる光。

 たしかに魔力量や王としての器。金属器使いとしての力量であれば、シンドバッドは光とは、いやこの場にいる紅炎を除いたすべての金属器使いとは隔絶した強さを誇るだろう。

 

 だが、剣の技量であれば、この場に居る誰よりも、自身が上回っているという自負が光にはあった。

 不意を打った接近戦の一刀であれば、操気術による和刀の一閃に斬り落とせぬ首などない。

 

 シンドバッドは余裕の笑みを浮かべたまま、ちらりと、その視線を逸らした。

 

 待ち望んだ一瞬。

 納刀した状態から一足で踏み込み、その首を落す――

 

「こらっ!」

 

 ――ハズだった。

 

 地面を蹴る、その寸前。シンドバッドの背後に突如として湧いて出た男の存在に、光は地面を蹴ることなく、押し留められた。

 木の枝のような釣竿状の杖でぺしりとシンドバッドの男を叩く男。

 

「なにふざけてるの? シンドバッド。せっかく煌帝国とケンカにならないための予防策を講じてきたのに」

 

 その様はまるで隙だらけだった。

 だが……

 

「…………」

 

 機先を制された。

 シンドバッドたちにその意思があったかどうかは分からないが、獲りに行くその直前で急変した事態に、討ち込む気勢を削がれたのだ。 

 

 旧知の知り合いのようにシンドバッドに話しかける男。

 張り詰めていた緊張の糸が緩み、気を取り直すようにしてシンドバッドが再び余裕のある表情を紅炎たちへと向けた。

 

 そして

 

「七海連合はレーム帝国と、正式に同盟を結んだ」

 

「!!?」

 

 この場の流れを一気に掌握する言葉を口にした。

 おそらく先駆けとしてマグノシュタットとレームをそれぞれ訪れていたアラジンとアリババにもそのことは告げられていなかったのだろう。

 驚きの顔でレーム陣営を振り返るアラジン。

 

「……その通りだ。シェヘラザード様が最後の戦いに赴く直前に決断なされた」

 

 依り代打破に貢献したレームの3人の金属器使いたち、殊にムー・アレキウスの顔には、不承不承といった感が色濃く映っている。

 依り代との戦いの終盤。

 戦争によって魔力をほとんど失ったムーと煌帝国の金属器使いのために、シェヘラザードは己の命を投げ打って、最後の魔法を解き放つことで、彼らの魔力を回復させたのだ。

 マグノシュタットとレームの戦いで傷ついた兵を転送魔法で本国へと帰し、同時に金属器使いの召喚と回復を成し遂げたシェヘラザードの功績。

 それがなければ紅覇と紅玉の回復は紅も早くにはいかなかったであろうし、依り代の防御を貫くことも難しかった。

 だが、そのためにレームは今現在マギを失ってしまったのだ。そうでなくとも、レーム200年の母であるシェヘラザードの存在はあまりにも彼らにとって深く心の中に根付いた存在だった。

 そのために“シェヘラザードを失った”レーム帝国では、強固な統率者を欠いており、大局的に見て煌帝国と戦争を継続することを不利と見ているのだろう。

 

「レームと煌の拮抗状態を左右しうる勢力は七海連合の他には一つもない。それがレームと手を組んだ。言いたいことはわかるよな?」

 

 シェヘラザードを失ったといっても、3人の金属器使いとファナリス兵団、そして培ってきた化学兵器は健在だ。

 加えて、レームと煌帝国はこの場では消耗が大きいが、依り代戦の最後に出てきた七海連合は魔力を消耗してはいても、依り代と始めから戦っていた煌帝国の者たちに比べてまだまだ余力が大きい。

 

 不侵略不可侵略という優しげな建前を懐にしまいながら穏やかに告げるシンドバッド。

 しかし、その建前でいくならば、七海連合と同盟を結んだレームもまたマグノシュタットへの進軍を継続できないはず。

 

 大局的にはともかく、今この場において、マグノシュタットを目的とする煌帝国にとっては、レームの介入を排除できる口実でしかない。

 

 だが

 

「さらに俺は、八人将ヤムライハの養父マタル・モガメットが治めていた半壊した国を見捨てても行けない。マグノシュタットの再興に、力は惜しまないつもりだが?」

 

 “今は亡き”マグノシュタット学院の長、マタル・モガメットの名を口にして飄々と言い放つシンドバッドの言葉に、紅覇を始め、白瑛や光の顔に剣呑な光が宿る。

 

「!!!  あ、あいつ! マグノシュタットをぶんどる気だ!!!」

 

 あまりにも強引な介入の口実。

 本来の形として、依り代との戦いは、“シンドリアの”客分であるアラジンの依頼を受けて、“煌帝国が力を貸した”戦いだったのだ。

 だが、煌帝国の金属器使いが極めて劣勢の状況で、シンドバッドと七海連合の“本隊”が間に合ったことによりあたかも、“煌帝国の金属器使いたちの窮地を”七海連合が救ったかのようになってしまった。

 

 シンドバッドと七海連合にしてみれば、依り代との戦いは、彼らにとっての戦いであり、戦場で煌帝国と鉢合わせしたのが余分なのだ。

 それを自国の客分の一人にすぎない者の故国であることを口実に。“たまたま”その場にいたために、統治権に口をだす。

 とりわけマグノシュタットとの交渉から関わってきた紅覇がいきりたつのも無理はないだろう。

 

「そんな理由が通ると思っているのか……!!」

「紅炎殿……まさかあの男、ここまで計算して気を窺っていたのでは?」

 

 ギシリと歯を噛む光。うやむやになりかけた戦闘の気配が再び緊張と共に張り詰めた。

 白瑛が穿つように、今回の戦いは、煌帝国とレームから見て、あまりにも七海連合に都合がよすぎる帰結を迎えようとしている。

 

 七海連合は“彼らの”敵である依り代を、二勢力をいいように使って倒し、二勢力を疲弊させた。特にレームは主柱であったシェヘラザードを失ったこともあって七海連合に与せざるを得なくなった。

 その上、戦争に関係なかったにもかかわらず、漁夫の利を得てマグノシュタットを支配下に置ける。

 

 だが、この展開を読んでいたとすれば、一体あの男はどこまで先を見通していたというのだろう。

 

 レームとマグノシュタット、煌帝国が三つ巴の会合をするところか。

 七海連合が介入できる口実が現れるところか。

 レームが七海連合の誘いを受けざるを得なくなるところか。

 

 あるいは

 

 煌帝国が、アラジンの依頼で七海連合よりも先に依り代と戦い疲弊する状況になるところまでも、この男の手の中だというのだろうか。

 

「…………では、俺は」

 

 戦気高まる中、次の展開の全てを左右するように紅炎が口を開いた。

 その表情はいつものように、その内面を推しはからせないかのようにブレがなく。

 

「このマギをいただく」

 

 いつの間に引き寄せたのか、マギ・アラジンを抱きかかえて告げた。

 

 

 ………………

 

 

「えっっ!!?」

 

 表情とは裏腹に、煌帝国側にとっては明らかにシンドバッドの態度は挑発的なものだった。

 まるで、先に手を出してくれればこの後がやり易いと言わんほどに。

 それに対して飛びだした“戦好きの炎帝”の言葉に、光や弟妹を含め、敵味方すべてが呆気に取られ、一拍遅れて驚きの声を上げた。

 さしものシンドバッドも紅炎のこの言葉には虚をつかれたのか、ピクリと眉を動かし、すぐに動揺を打ち消した。

 

 

 依り代との戦いにあたって、紅炎とアラジンはある約束を交わしていたのだ。

 

 ――紅炎が兵を退いて依り代を破壊するのを手伝う代わりに、マギ・アラジンはその知識の全てを差し出す――

 

 その約束に対し、紅炎は()の撤退と煌帝国すべての金属器使いの参陣命令を下したのだ。

 

 たしかに、アラジンの要望は全て叶えている。その結果として七海連合とレームの勢力の只中に金属器使い6人だけで孤立するという事態に陥ったわけだ。

 

 だが……

 

「約束したもん、なっ」

 

 果たして、魔装の状態で子供にしか見えないアラジンを抱きかかえ、不気味な笑顔を向けているこの状況。

 おそらく、“知的な意味で”興味の対象であるアラジンに、出来うる限り精一杯の、警戒心を抱かせないような笑顔を向けたのだろうが、その顔は弟妹たち以外には、どう見ても脅しているようにしか見えなかった。

 

「う、うん」

 

 間近でその笑顔を向けられているアラジンも、たしかに約束はしたがあまりに不気味な笑顔に顔を青くしている。

 

 

 

 

 今度こそ霧散した戦気。

 アリババは先ほどまでの緊迫を忘れてアラジンを取り戻そうと喚いており、その横では友人の取り合いでもしているのか紅覇がムキになって応答している。

 向こう側でも魔導士らしい女性がシンドバッド相手に何かを切々と訴えかけている。

 

「いいのか、紅炎殿?」

 

 光はシンドバッドを横目で捉えながら紅炎に問いかけた。

 この場において、唯一戦闘継続を示すことができたのが煌帝国の総督である紅炎であった以上、攻撃の意志のない相手を不可侵が信条の七海連合が攻撃することはできず、レームもまた手を出せない。

 “シンドリアの”マギに無理やり手を出すというのならばその限りではないが、確かにアラジンは紅炎と約束を交わし、しかも正確には“シンドリアの”マギではない。

 たしかに疲弊しているが、このまま終わっては煌帝国軍としては七海連合にまんまと漁夫の利を得られたようなものだ。

 たしかに今現在紅炎たちは孤立しているが、それは言いかえればその包囲のさらに外側に煌帝国の戦力、同化した眷属たちを含む数多の兵団が控えているということだ。

 互いに挟撃し合う形。だが、煌帝国側は疲弊しているとは言え、精鋭である金属器使いだけなのだ。眷属たちが駆けつけるまで時間を稼ぐことはできるし、そうなれば七海連合側にも多大な犠牲がでるだろう。

 尋ねる光に紅炎はじっと敵国の大将を見つめた。

 

 いつもの皇 光がそうだったように、“その力を維持できなくなった”光がそうしていたように、見据える先の男を見定めようというかのように。

 

「……あの男が領土や権力を望むだけの男ならば、ここで息の根を止めるのもいい。だが、そうではないはずだ」

「えっ?」

 

 同じようにシンドバッドに不信感を募らせていた白瑛や紅明に言い聞かせるように紅炎は自らの視立てを述べた。

 

 

「存外、扱いづらい男だ」

 

 覇王と炎帝。

 世界でただ二人の複数迷宮攻略者の会合だった。

 

 

 

     ✡✡✡

 

 

 

 いずこかへと去った黒いルフ。

 それに習うかのように両陣営ともに撤退準備が進められていた。といってもマグノシュタットの再興に移行するつもりらしいレームとシンドリアの勢力は一部そのままマグノシュタットへと移動するらしいが。

 一方で紅炎たち煌帝国は、眷属たちが迎えによこした空飛ぶ絨毯にて帰還準備を整えていた。

 

 そして

 

久しぶり(・・・・)。いや、初めまして、というべきかな?」

「お前は……」

 

 途切れかける意識をかろうじてつなぎとめていた光の前に一人の男が柔和な笑みを浮かべて話しかけてきていた。

 ツバの大きな緑色の帽子をかぶった金髪の青年。世捨て人のような厭世的な雰囲気を漂わせた男。

 

「僕の名前はユナン。君を……君のガミジンをこの世界に出現させたマギだよ」

「…………」

 

 先程シンドバッドの頭を釣竿で叩いた男だ。

 マギ・ユナンと名乗った男はにこりと光に微笑みかけた。

 

 いつか、初めてジュダルに会ったときに彼が言っていた。

 

 ――俺の迷宮を勝手に攻略したやつは、バカ殿くらいのはずだから。大方、ユナンあたりがどっかに出しやがったのか……――

 

 シンドバッドが攻略した第1の迷宮をはじめ、光の金属器・ガミジンの迷宮や数多の迷宮をこの世界に現出させたさすらいのマギ。

 

 光は微笑みかけてくるユナンをじっと睨みつけた。

 温和そうな微笑に全てを覆い隠し、“人”とはなにかを隔絶した超越者、それがこの男に抱いた印象だった。

 それはマギとして成長したアラジンと同じく、“何か”が違うと思わせるものだ。

 

「まさか君が、ジュダルの選んだ王の器たちの側に立つとは思わなかったな。君ならシンドバッドの方に来ると思ったんだけどね」

 

 告げるユナンの言葉に光は目を細めて睨み付けた。

 自分に力を与えるきっかけを造った存在。

 その口から語られるのはあの“第4迷宮”を現出させた理由ともとれるものだった。

 

 先刻亡くなったという報告のあったレームの司祭・シェヘラザード

 煌帝国の神官・ジュダル

 そしてシンドリアのアラジンを含めて例外的に、今現在4人のマギが存在しているが、この世界には本来いつの時代にも3人のマギが存在すると言われている。

 

 魔道の頂に立ち、王を導き、国を創る創世の魔法使い マギ。

 

 ジュダルの選んだ王の器たち側、ということはおそらくこのマギの目論見では、皇 光は煌帝国ではなく、七海連合に与する王の器ということだったのだろう。

 

 ありえない話ではなかったかもしれない。

 それほどまでにあのシンドバッドという男はずば抜けている。

 矛盾するモノを抱え込み、受け入れ飲み下す器の大きさ。世界の流れを見定めるかのような眼差し。紅炎をも超えるほどに膨大な魔力量。クセのある七海連合の王の器たちが盟主と見定めるカリスマ性。

 そして他国を下すのではなく、あくまでも“盟友”として手を結んでいくという言葉は、和国としても拒むものではない。

 もしも煌のころからの縁と初代皇帝、練白徳との交わりがなければ和はおそらく煌帝国ではなく七海連合と手を結んでいたかもしれない。

 

 ユナンの思惑通り……

 

「できれば彼の近くで止める側になってほしかったんだけど……」

 

 ほんのわずか、ユナンの顔に懸念という憂いがさしたようにも見えた。

 あまりにも強大すぎるシンドバッドという輝き。

 その強大さを、マギの中でも何かを超越したこの男は察しているのかもしれない。

 

「まあ、結果は変わらないかな。あと……一度、あるかないかってところかな」

 

 見透かすようなユナンの瞳と、正鵠を得ている言葉。

 ユナンの見立てに光は押し黙って睨み付けた。

 

 最初に光が見立てていたよりもずっと早い。

 だが、ユナンの見立てはおそらく間違っていない。

 

 もう、時間は残っていない。

 

「黙れ……」

 

 それが分かっているからこそ、光はぎしりと拳を握った。

 

 捧げた願い。

 そのすべてが、もうじき無くなる……

 

「大丈夫。それが君の歩む運命だよ」

 

 その言葉を最後に、ユナンは背を向けた。

 

 運命の流れを知り、導く創世者。

 その隔絶した存在だけを刻み付けて。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

「光殿、帰還の準備が整ったようで……光?」

 

 飛び去って行ったもう一人のマギの背を見つめていた光に白瑛が声をかけた。

 直前までなにか話をしていたようだが、負傷していた紅玉や紅覇を看ていた白瑛だが、撤退準備が整ったことで一人離れていた光を呼びに来たのだ。

 

 何事か思うことがあるのは白瑛も、紅明も、おそらく紅炎ですら同じだろう。

 

 結局。紅炎の望みであるアラジンとの対話は先送りとされた。

 今、この状況で語るにはこの世界の真実はあまりにも長く、軽々しく話せる内容ではないとの理由から、今後の七海連合、煌帝国の関係性も含めて話し合う機会を設けることとなった。

 

 それまでの間、アラジンは七海連合の盟主シンドバッドの王国であるシンドリアが預かることとなったのは、アラジンが元々シンドリアの客分として身分を得ていたことや彼の王であるアリババが現在シンドリアに亡命中であることと併せて考えればたしかに理屈は通っているようにも思える。

 だが結局、全てがシンドバッドの思惑通りに進んだという感がないわけではない。

 もっとも、向こうにしてみれば、今回の件を引き起こそうと望んでいた“組織”との関わりが深い煌帝国に大切なマギを預けることに難色を示したとしても不思議ではない。

 

 光ですら、実際の所、紅炎が組織をどのように位置づけているのかを掴みかねているのだ。

 彼ならば弟妹たちを大切に想うはずという期待と、組織やジュダルと深く繋がっているという事実。

 

 失われていく時間に対して、積み重なっていくモノは世界そのものであるかのように混沌としていた。

 

 白瑛の呼び声に、光はそちらに視線を向けた。

 激戦を潜り抜けた直後の彼女もまた、ひどく疲弊し、傷を負っている。

 

 守りきれなかった…………

 …………守れなくなる

 

 この身に残されたわずかな猶予で為すべき事。出来ること。

 

 それは…………

 

 言葉はなく、光は白瑛の横を過ぎ去り、あの男の許へと向かった。

 

 

 

 いつもとは様子の違う光の姿。一言も言葉をかけることのなかった彼に白瑛は言いようのない不安感と違和感とを覚えた。

 

 ――きっと、ただ疲れているのだ――

 

 白瑛の前に立ち、その身を盾にし、剣となった光。

 以前に魔装した時にもひどく疲弊していたのだ。

 今回の戦いは先の時と同じく、いやそれ以上の激戦だったのだ。応える余力がなくても無理はない。

 

 そう、思いたかった……

 

 

 

 白瑛に背を向けた光は、帰還を指示しながらも名残惜しそうにアラジンを見据えていた紅炎の許へとやってきた。

 

「練紅炎。話したいことがある」

 

 かけた言葉に、敬称の無かったその言葉に合流した眷属がぴくりと反応を示す。

 声をかけられた紅炎は、その礼を失した言葉にではなく、言葉と光自身の瞳を見て、彼へと向き直った。

 

「……いいだろう」

 

 彼が信じるべき男か、それともただの敵なのか。

 

 光に出来ることはただ、信じて賭けることしか、残されてはいないのだ……

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 閉幕した依り代との戦い。

 だがそれは完全なる終結を意味しはしなかった。

 

 一度世界に空いた穴は容易くは塞がらない。

 再び暗黒点がその姿を見せた時、今度こそ“八芒星の組織(アル・サーメン)”の宿願は成就する。

 

 半壊したマグノシュタットにはその再興のためにシンドリアの将兵が入った。

 レームにはシェヘラザード亡き後、彼女の息子であるティトス・アレキウスが“マギとなって”その後を継いだ。

 ユナンは再びその姿を消し、七海連合の金属器使いは再びそれぞれの国へと戻り、元バルバッドの第三王子アリババ・サルージャもシンドリアへと再び身を寄せた。

 

 そして煌帝国。

 

 総督、紅炎とその参謀である紅明は西の拠点、元バルバッドに眷属と共に詰めた。

 それはあたかも、本国から距離を置くようにも、彼らを視界に収めないように、彼らの視界に捉えられないようにしているようにも見える動きだった。

 暗黒点の開いたマグノシュタットの監視として天山高原には紅覇が詰めた。

 

 元々将軍位にはなかった紅玉、そして天山高原に駐在していた北方兵団の将、白瑛も本国への帰還命令を紅炎より受けた。

 それに伴い、和国特使、皇 光もまた天山高原を後にした。

 

 

 白瑛と光が共に轡を並べて駆けぬけ、数多の眷属たちや人々と出会い、平定した天山高原。

 その地を後にした光が、再びこの高原の大地を踏むことは、この後――

 

 ――二度となかった。

 

 

 




前回もそうですが、今回の話も原作と重なる部分が多かった依り代との戦い、特に七海連合やアラジンの活躍は省略しております。
彼らの活躍に関しては原作もしくはアニメの方をご覧ください。
活動報告にも書きましたが次回は時系列から外れる小話的な話を入れます。

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