煌きは白く   作:バルボロッサ

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第27話

 天山高原

 

 練白瑛将軍率いる北方兵団が平定したその地に今、煌帝国の御旗を翻した大軍が集結していた。

 

 総数、約20万。

 

 その目的地は東大陸の西端地、魔導士が支配する国、マグノシュタット。

 元々は王政によって治められていた国だったのだが、10数年ほど前に内乱で王が倒れ、以来魔導学院の長が国を治めている特殊な国だ。

 極東に位置する煌帝国が西端地に進軍する。それはつまり、東大陸のほぼ全てを煌帝国が手中に収め、西大陸を臨む位置に軍を進めるということだ。

 紅徳先帝が崩御される前に紅覇がマグノシュタットに赴いていたのも、降伏勧告を行うためだったのだが、それは残念ながら受け入れられず、今回の出兵となった。

 

 先鋒隊には山岳第3師団。その大将は練紅覇。

 中衛部隊には北天山の北方兵団、練白瑛。

 後方部隊に総督、練紅炎と後詰には練紅明を配するという、紅炎が動かせる限りの金属器使い兼将軍がこの戦に動員されていた。

 無論、白瑛の守護を任とする光も白瑛とともに中衛にて様子をうかがっており、同じく金属器使いである紅玉も本国にて待機している。

 

 ただ一人。

 マギ・ジュダルと行動を共にしていると思われる白龍だけが、その所在を明らかにしていなかった。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 紅徳帝の葬儀の後。

 

 白龍との話し合いが物別れに終わった白瑛は、今にも押し潰されそうな様相を呈しており、しばらくは不安定な状態が続いていた。

 だが、それを意志の力で無理やりに押し隠し、将軍として再び天山高原へと赴くころには、白龍は姿を消していた。

 姿を消したことに心配がないわけではない。だが、今の精神状態で二人が顔を会せることもあまり精神的に良いとは言えない傾向にあった。

 どうも白徳帝と白雄、白蓮皇子の死の原因に玉艶皇太后陛下が関わっているということを白龍が知っており、それを白瑛に告げたことがきっかけだったそうだ。

 

 

 母が父と兄を殺した。

 実弟の言う事だ、信じないわけではないが、すぐには受け入れがたい事実だ。

 真実だとすれば、たしかに近年の母、練玉艶の変貌とも合致する。

 

 だが、だとすればどの道を選べばいいと言うのだ。

 

 白龍の言うように母を討ち、紅炎殿と敵対して国を割る?

 それとも明らかに復讐に囚われている白龍を糺すべき?

 

 今さらながらに紅炎殿が言っていたことが、白瑛の脳裏に浮かんでいた。

 

 ――血を分けた兄弟と争いたくはない――

 

 もしかすると紅炎殿はこのことを知っていたのかもしれない。

 紅炎殿は昔から、志高く戦乱を治めようと三国平定に乗り出した父、白徳帝を尊敬しておられた。白雄、白蓮兄上たちとも親しかった。

 

 もし知っていたのなら

 なぜ自分だけが知らなかったのか。

 なぜ母は父や兄たちを弑したのか。

 

 白龍の行いは正しいのか。

 

 

 ――世界を一つにするために…………――

 

 そう。

 白龍の言う事が真実だとしても、恨みに任せて国を割り、戦乱を逆戻しにすることなどできるはずはない。

 戦乱を治める。そのために自分は今まで戦い続け、多くの人の血を流してきたのだから。

 そのために、黄牙の民や天山の異民族たちの恨みを志という大義によって押し潰してきたのだから。

 たとえ身の内に何を飼おうとも、世界は一つなのだから。

 

 ――それが、白瑛の答えか……――

 

 白龍と別れた後、取り乱した自分を落ち着かせた光。

 数日の後、結論を告げた白瑛に光は驚くことも、異を唱えることもなく答えた。

 

 それが間違っているとは決して言わなかった。

 白瑛もその正悪を尋ねはしなかった。

 

  ――なら、俺はお前を守る。どんなことがあろうとも決して違えない。お前の、お前たちの志を、守る――

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 天山高原を進発した先鋒隊に対して、白瑛たち中衛部隊も北天山にて進発の時を待っていた。

 そして情報が入ったのはそんな時だった。

 

 それはある意味で予想通りであり、今の世界においては自然な流れだったのかもしれない。

 

 西大陸の覇者・レーム帝国、マグノシュタットに侵攻。

 

 マグノシュタットに残してきた紅覇の部下からの連絡が入り、その通達は総督である紅炎を始め、全軍の将にすでに通達されていた。

 

「レームが進行したか」

「どうみますか?」 

 

 遠くマグノシュタットのある西方の空を眺める光と白瑛。

 その地では今、レームとマグノシュタットの戦が始まっていることだろう。

 

「さてな。マグノシュタットのことは俺もそう詳しくはない」

「そうなのか?」

 

 白瑛の問いに対する光の答えに脇に控えていた光雲が意外そうな顔となった。光はそれに苦笑を返して言葉を続けた。

 

「あの国は特殊な国らしくてな。なんでも魔導士が魔導士でない者を差別する国だということだ」

「魔導士が?」

 

 和国では貿易を広く行ってはいるが、東大陸の極東のさらに東の海上に位置する和国にとって、海を挟んだ位置にある西大陸はともかく東大陸のほぼ逆側に位置するマグノシュタット、元ムスタシム王国はあまりに遠すぎて直接の取引は行っていなかったのだ。

 ただ、噂の端にのぼるていどには聞いていた。

 魔導士がすべてを司る国だ、と。それがどの程度かまでは分からないが。 

 

「俺は魔導士のことにも精通してはいないんで、実態がどうかは分からんがな」

「東ではマグノシュタットのような魔導の学院はありませんからね」

 

 和国に魔導士がいないわけではないが、それはやはり少数の特殊技能職。系統だった魔法を扱える者など、光のように操気術を使う武人よりも和国においては少ないだろう。

 それは白瑛も同じようで自らの不明を少し申し訳なさそうに告げた。

 煌帝国において魔導士といえば、真っ先に思い当たるのがジュダルであり、神官たちだ。だが、彼らは非常に特殊すぎておそらく普通の魔導士とは異なる。

 

 ただ

 

「どういう戦い方をするのかは分からんが、レームとの争いということならおそらくレームに分があると俺はみている」

 

 魔導士について分からなくとも、国同士の戦争においての予想ならば立たなくもない。

 光の予想はレーム有利。

 詳しくはないという前提があった上で、そう推測した理由を問うように光雲は視線を向けるが、白瑛や青舜は光と同じ予想といった顔をしている。

 

「レームには3人の金属器使いとそれを統べるマギがいたはずだ。魔導士がどういう戦い方をするにしろ、全軍をあげて落しに来れば流石に数でも圧倒的に劣るマグノシュタットが抗しきることはできんだろう」

 

 その理由は金属器。

 

 金属器の力は絶大だ。光や白瑛は、普段の戦で積極的にその力を使うことをしないが、白龍のザガンを見ればよく分かる。

 単騎で軍を制圧する力。圧倒的な力を持つ極大魔法ともなれば、一撃で大軍を殲滅できるほどだ。

 魔導の力は未知数なものがあるといっても所詮は個人の力でしかない。いくらか集まったところで極大魔法に対抗しきるほどの魔法はないだろう。

 3人もの金属器使いが制圧に乗り出し、無限に魔力を供給できるマギがそのバックアップについてしまえば、一国の防衛陣といえども抗うことはできない。

 

「つまり今回の戦いの相手はマグノシュタットを制圧したレーム軍、ということか」

「多分な。レームがどれほど消耗しているかが一つの分かれ目にはなるだろうがな」

 

 レームとマグノシュタットの開戦。

 その理由はマグノシュタットが開発した魔法武器によってレームの領土を侵したこと、そしてレームの名門アレキウス家の子息を人質にとったためとのことだが、その理由は間違いなく建前だろう。

 地理的に見て、マグノシュタットは煌帝国にとっても、レームにとっても重要な位置にある。

 レームにとっては東大陸に進出するための海洋を渡った橋頭保として。

 煌帝国にとっては西大陸に向かう最前線の拠点として。

 

「…………全面戦争というなら、その間隙を他の勢力。例えば七海連合がついてくる可能性はないのでしょうか?」

 

 ふと疑問に思ったことを青舜が問いかけた。

 元々マグノシュタットの地を煌帝国とレームが狙っていたのだが、レームの方が先に動いたため、結果的に今回の戦はレーム・マグノシュタットの横っ面を煌帝国が狙う形になっている。

 それならばその煌帝国の隙を狙おうとする勢力があっても不思議ではないだろう。

 そして東西の大陸の覇者たるレームと煌帝国の全面戦争。そんな争いに介入できるとすれば、それは七海連合をおいて他にはない。

 多数の金属器使いを抱え、そして7体のジンの主である覇王シンドバッド。

 おそらくあの練 紅炎にも匹敵、いや上回るかもしれないほどの王の器。

 

 だが

 

「ありえなくはない話だが、まずそれはないな」

 

 光はそれを否定した。断定の否定に青舜だけでなく光雲も不思議そうな顔をした。

 

「そうなのか? 七海連合にも宣戦布告しているのだろう。なら向こうにしてみればこちらを叩く絶好の機会じゃないのか?」

 

 煌帝国の神官がシンドリアに宣戦布告したというのはすでに軍内において広く知られた事だ。

 金属器使いの人数ではたしかにレームに比べて煌帝国の方が上回っている。だが、両軍がぶつかれば消耗は必至。その状態でシンドリアとぶつかれば不利は否めまい。

 そしてこちらから宣戦布告したのだから、普通ならば、消耗した状態を狙われたとしても卑怯とは言えまい。

 それでも、七海連合には出て来れない建前があることを光だけでなく、白瑛も承知していた。

 

「七海連合は不侵略を掲げている連合だ。煌帝国との直接戦争ならともかく、マグノシュタットを戦場にした他国同士の争いに介入はできんさ」

 

 そう。今回の戦場はマグノシュタット。

 たしかにシンドバッド王は侮れない相手ではあるが、七海連合の長として不可侵を掲げている以上、攻撃されている訳でもないのに他国の領土を侵すことはできないし、連合に属さない国の戦場に介入する理由も大儀もまたない。

 

「ただ」

 

 だが、それだけでは済まないとも、思っていた。

 世界の流れが最早混沌としたものであることは、皇位継承のあの日に痛感していた。

 

「マグノシュタットが不利を覆す何かを隠し持っているとしたら、あるいは予想もつかん流れに向かう恐れはある」

 

 それが何かは分からないし、そもそも、そんなものがあるかは分からない。

 だが――

 

 ――なんとなく予感はあったのかもしれない。

 

 ちらりと不穏を口にした光の顔を光雲がまじまじと見つめていた。

 

「なんだ?」

「いや。最近のお前の勘は外れることも多いから、今回はどうかと思ってな」

 

 少し冷やかすように光雲は自分の思っていたことを口にした。

 光の勘は鋭い。だが、それが全てを見通すわけではないことを光雲も既に分かっている。皇位継承の件しかり、白龍の件しかり。

 だが、それはあくまでもちょっとした冗談だった。

 

「無礼ですよ光雲」

 

 非礼を咎める青舜の顔がそれほど真剣でないのも、光雲の言葉がただの揶揄だという事を分かっているからだ。

 だが

 

「…………そうだな」

「?」

 

 意外にも、何かを考え込むように真面目な顔で光雲の言葉に頷いた光に二人は怪訝な表情を顔に浮かべた。

 

 

 散って逝く花は段々と皇 光としての力を削いでいく。

 欠けていく自分の力が直感と予測を曇らせていることを彼は把握していた。

 

 

 遠く、マグノシュタットの空では、強大な魔法が発動しているのか炎の柱が立ち上っていた。

 煌帝国の、レーム、もしくはマグノシュタットとの大戦争は、まだ始まってもいない。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 激戦の始まりを告げる角笛は、その日、唐突に鳴り響いた。

 

 

 

 レームとの戦い。

 おそらく世界の行く末を左右する大戦争の戦端となるだろう。

 

 マグノシュタットを戦場とした今回の戦争では、海洋を挟んで西大陸から軍を送ってきている以上、それを壊滅させたとしても、流石にレームの併呑まではできないだろう。だがそれでも、この戦いでレームの金属器の数を減らすことができるか、もしくはそれに匹敵する戦果をあげることが今回の戦略目的となるだろう。

 

 煌帝国では、その領土内において各所に魔導士と魔法道具を配備し、遠隔投資魔法を用いることで、伝達を中継、前線から本国までの情報の行き来を飛躍的に早めているという手法がとられている。

 レームとマグノシュタットの開戦前は、紅覇が送り込んでいた魔導士からの連絡によりその情勢をつぶさに把握することができていたが、戦時にあっては流石に情報を仕入れることは難しい。

 無駄な戦闘に巻き込まれないように紅覇も配下の魔導士たちを撤収させていたのだから、紅覇をはじめ、光や白瑛、紅炎たちも現在の戦況は把握できていなかった。

 

 夜半過ぎには、進軍していた先鋒隊が両国の索敵範囲に入り込んだという状況において、白瑛たちも徐々に兵を動かしはじめようとしていた。

 

 レームとマグノシュタットの開戦から1日後の払暁。その知らせは突如としてやって来た。

 まだ日が昇りそう時間がたたないころ、白瑛、光、ともに陣中にあってその知らせを受けていた。

 

「報告します!! 先鋒隊より遠隔透視魔法による伝達です!」

 

 索敵範囲に入り、進軍が認識されたといってもマグノシュタットまではまだ距離がある。西の海岸線を起点にレームと戦闘を行っているマグノシュタットと衝突するにはまだ早すぎる時間帯だった。

 それゆえに白瑛も光も、慌てたように報告を上げに来た兵士を訝しげに迎えていた。

 

 だが、その情報は二人、だけでなく多くの将兵を驚かし、状況を一気に加速させるには十分すぎる情報だった。

 

「マグノシュタットへと進軍していた先鋒隊! 同方面より飛来した黒い巨人に急襲を受けたとのこと! 部隊の被害は甚大!!」

 

「!!」

 

 知らせを受けた二人はざっと顔色を変えた。

 襲撃したものがどちらの手によるものかは分からない。だが、まだ想定していた戦線まで距離のあるはずのこの時間帯に、すでに甚大な被害がでているというのはただ事ではなかった。

 ともに報告を受けた青舜やほかの将兵もまさかと色を失っている。

 だが、伝達の兵士は、驚く白瑛たちにその先の言葉を告げた。

 

「現在、紅覇将軍が魔装化して応戦しておりますが、どうやら敵は再生能力を有しているらしく、さらに敵はその数を増やし、先鋒隊は極めて劣勢な状況とのことです!!!」

 

 魔装化した練 紅覇が劣勢。

 その意味することはかなり深刻だ。

 

「伝令は本隊に繋いでありますね? 私たちも急いで進発します。青舜! 黄牙眷属部隊と私たちで先行します!!」

 

 急ぎ白瑛も中軍を預かる将として令を下した。

 魔装化した金属器使いは、単騎で戦場を変えることができる。

 白瑛しかり、白龍しかり、得意とする戦場が異なることはあっても、金属器使い一人がいれば、それはまさに一騎当千どころではないのだ。

 

 だが、にもかかわらず“先鋒隊が”劣勢になっている。

 それはつまり、来襲した黒い巨人とやらを、魔装化した紅覇が止め切ることすらできていないということだ。

 白瑛が中軍に配されたのは、単に天山高原を拠点としているからだけではなく、その機動力があるからだ。

 転送の力を有する紅明には及ばずとも、風の金属器をもち、優れた騎馬隊を有する白瑛の眷族部隊ならば、単騎でも部隊規模でも、並外れた機動力で前線まで赴くことができる。

 ゆえに、白瑛の判断は、紅覇の援護、および先鋒隊の救援だ。

 今はとにかく一刻も早く、前線に戦力を送ることが肝要。それも並の兵士では駄目だ。

 

 紅覇ですら食い止めきれないとうのならば、ただの兵士をいくら送ったところで損害が増えるだけ。それならば、数を減らしてでも、眷族たちで赴くべき。

 白瑛の眷族ならば、流石に大軍とまではいかなくとも、百余名という戦力を送り込める。

 残していく軍の指揮は、後軍である総督へと指揮権を委ねる。

 そう判断した白瑛だが伝令の兵士が去ろうとしたのと入れ替わる間もなく、再度の伝令がやってきた。

 

「伝令です!」

 

 続く伝令。それは前線からの要請か、戦況を告げるものかと問いかける視線を向ける白瑛たち。

 

「総督より、白瑛将軍ならびに皇殿は『現状にて待機』とのことです」

 

「なにっ!?」

「どういうことですか!?」

 

 伝えられたのは前線ではなく、後方からの指令。

 しかもただちに急行する構えを見せようとしていた白瑛たちを押し留める指図。

 細かな状況までは分からないが、魔装した紅覇が劣勢になるほどの事態だ。先鋒隊の一般兵士は大混乱だろう。

 すぐにでも救援に向かうべきであり、その判断は白瑛だけでなく、光もまた同じにしていた。

 しかし、総督の指令を伝えた兵士の顔は慌てているのとは別に、どこか上気したように興奮した表情を見せている。

 

「現在、総督御自らが眷属の方々とともに飛行魔道具にて前線へと急行しております!」

 

「!」

「もう紅炎殿が動くのか!?」

 

 伝達の兵の言葉に白瑛は息をのみ、光はこの局面で総督自らが動くという決断をしたことに驚いていた。

 

「……どう思いますか、光殿?」

 

 白瑛も驚きは同じなのだろう。隣に立つ光にちらりと視線を向けた。

 

 白瑛は光よりも将軍としての紅炎をよく知っている。

 紅炎は初代皇帝、白徳大帝が存命の頃から将として戦場を駆けまわっていた優れた将であると同時に強力な眷属を率いる金属器使いだ。

 煌帝国にとっては最も強力な札。軍団の中でも後方に位置する部隊に居た筈だ。

 いかに奇襲を受けたとはいえ、それがこんなにも初手から前線に、それも少数で急行しているなど従来の方式の戦にはない。

 

「さて、な。レームかマグノシュタットか……先だっての火柱といい、どちらかは知らんが、予想以上にやばいものを隠し持っていたらしいな」

 

 だが、そもそも金属器使いを有している時点で従来の戦の方式など、半ば通用しなくなっているのだ。

 たしかに戦術は必要だ。軍略を巡らせる必要もある。

 だが、一般の兵士に対して金属器使いの力はあまりに強大であり、それは逆も言える。つまり強大な敵に対するためには、金属器使いが出張るのが最も被害が少ない。

 おそらく紅炎は、紅覇の危機からそれを察知して前線に乗り込もうというのだろう。

 

 練紅覇は決して弱い金属器使いではない。

 部下に対する度量や向上心に富み、武に敬を払う。破壊力という点においては光や白瑛よりも数段上だ。

 

 その紅覇が窮地に立ち、総督が動く事態。

 

「いずれにしても、第一皇子と眷属の方々なら前線で何が起こっていようとも大丈夫ですよね」

 

 不安視する二人の将の懸念を振り払うように青舜が明るめの声で言った。

 どちらかというと物事を考えて溜め込みすぎる光と白瑛だけに、青舜は主を補う副官として、なるべく明るくふるまうように心がけていた。

 そして、そのために言った言葉は別に偽りではない。

 

 第一皇子、練 紅炎の眷属。

 炎彰、李青秀、楽禁、周黒惇。

 紅炎に加護を与える3体のジンの眷属たちであり、白瑛の眷属たちとは異なる、同化(・・)した眷属だ。

 解放したときのその力は万軍にも匹敵する。同じ眷属として悔しいながらも、同化を進めていない青舜とは圧倒的にその力に隔絶したものがある。

 

「とはいえ総督が動いたのならば、遠からずここにも動きの命が下るだろう」

「ええ。伝令の魔導士のところに移動しておきましょう」

 

 光は白瑛の方を向きながらこの後を想定し、白瑛もそれを考えていたのか頷きながら移動を提案した。

 

 少しの差でしかないが、伝令の兵を走らせるよりも、伝令を受けた魔導士の所に居た方が次の指令を早く受けられる。

 軍事行動中ではそれもできないが、待機を命じられた以上、次の情報を待った方がいいだろう。

 そう思って移動しようとした光だが

 

「!」

 

 ぞわり、と背筋を悪寒が奔った。

 それを感じたのは光だけではなく、白瑛もまた同様だったらしい。

 二人は同じように西の空へと振り向いた。

 

「なんだ!?」

「西の空が、黒い?」

 

 何か黒い柱のようなものが、遠くマグノシュタットの方から立ち上っていた。

 地平線の彼方にも関わらず、空が暗くなり、天を分かつ黒い柱がここからでも見えた。

 

 

 

 ――不意に

 

 黒い太陽が見えた気がした。

 

 全てを穢し、気枯らす、悪意の化身。

 

 ここではないどこか。

 皇 光ではない、何かが見てきた終わりの世界――

 

 

「暗黒点…………」

「えっ?」

 

 ぽつりと、口から漏れ出た言葉に、白瑛が不思議そうに反応した。

 漏れ出たような言葉は白瑛には心当たりがない言葉だ。だが、なぜだか無性に不安を掻き立てる。

 その言葉も、それを知っている彼の事も。

 

 

 遠くの黒い空を見つめる光の眼は険しい。

 アレは不味いモノだ。

 光自身もそれを直感しているし、なにより“ガミジン”がそれを痛いほどに訴えかけていた。

 アレを堕としてはいけないと。

 

 光はくるりと踵を返し、伝令を受ける魔導士のもとへと歩いた。白瑛や青舜たちも足を速めて光に追いつき、伝令所へと向かった。

 

 そして

 

<紅明!!!  紅玉、白龍!! 白瑛……光!!! 今すぐ俺の所へ来いッッ!!!>

 

 伝令所から、幕舎の外まで響く、豪快な伝令が届いていた。

 ビリビリと肌を突き刺すほどの威が遠く、遠隔透視魔法を中継しても伝わってくるほどだ。

 

 煌帝国の金属器使い全ての招集。

 それを命じているのは、先程前線へと向かったはずの紅炎だ。

 

 よもや彼と眷属がいながら、危機に陥っているとは思わないが、先程の黒い柱の件もある。

 想定していたレームとの戦のための戦力を動かしてまで、今ここで紅炎の出せる最大の札を切る状況になっているのだろう。

 

「お呼びだな」

「ええ。承知しました、紅炎殿!」

 

 タイミングよく、指令を受けた光は、しかしニコリとも微笑むことはできなかった。

 続けて前線の魔導士から細かい指示が飛んできていた。

 

 ――煌帝国の全ての金属器使いは、マグノシュタットに魔装にて急行せよ。

 目標は西方の空に浮かぶ“暗黒点”の封鎖。それを降ろすための依り代の破壊――

 

「行くのか?」

「ああ」

 

 白瑛と光へと下った命。

 煌帝国にある全ての金属器をかき集める事態だ。

 紅炎がそう判断したのならば、前線は今、恐るべき状態となっているのは間違いない。

 

「青舜。後は頼みます」

「はっ。姫様、ご武運を」

 

 将軍たる白瑛も、紅炎の命に応じて副官である青舜へと後を託す声をかけた。

 眷属器をもたない光雲は勿論、今回の戦いにおいては青舜や黄牙眷属部隊の眷属器使いですら追従を認めていない。

 

 その意図はどこにあるのかはここからでは分からない。

 だが、眷属器と金属器の使い手の間でも、歴然たる力の差があるのだ。

 

 この戦いが激戦を予感させるものとなることは、金属器使いだけでなく、周囲の者たちにも予想できる。

 

 自らの金属器・白羽扇を両手で持ち、祈るように体の前に捧げた白瑛に、眷属たちが拱手を掲げた。

 

 光も光雲の視線を受けながら自らの金属器である和刀・桜花を抜いた。

 

 あと数回。

 だが、この戦い次第では…………

 

 握りしめる左右の手に力がこもる。

 

 

 白瑛を守る。

 そのためならば、残り少ない時間を使うことなど惜しくはない。

 

「混沌と狂愛の精霊よ」「罪と呪に依りし眷属よ」

 

 二人の金属器使いの祝詞が天山高原の陣中に響く。

 

 彼女を守ることを決めたのは自分だ。

 

 決めたからには違えない。

 約束であり、自らに刻み込み誓いとしたそれは、なにがあっても裏切らない。

 

 だから…………

 

 ――我が身に宿れ――

 

 白いルフが集い、白と紫の輝きとなって二つの金属器に宿る。

 

 白き羽毛を纏う美しき風の女王

 ――魔装・パイモン――

 

 二刀を握る咎の象徴

 ――魔装・サミジナ――

 

 二つの魔神が顕現した。

 

 

 

 同刻。煌帝国本国

 

「はいはい、聞こえてますよ」

 

 眠そうな顔でぼさぼさの髪を掻きながら、軍議を中断した紅明は兄からの命令を受け取っていた。

 

 正直なところ、軍略ならともかく、戦闘は紅明の得意とするところではない。

 だが

 

 兄が呼んでいる。

 

 自分の力を必要としている。

 動く理由はそれで十分だ。

 

 白いルフが集い、黒い輝きとなって今一人の魔神が顕現していた。

 

 ――魔装・ダンダリオン――

 

 全てを飲み込むかのごとく星の夜空が瞬いた。

 

 

 

 そして、さらに同刻

 

「わかりました、お兄様……!!」

 

 髪に挿した簪を手に取り、自らの想いと魔力を込めた。

 悲哀と隔絶。

 それを乗り越えるための導きを与えてくれた、敬慕する兄のために。

 青い輝きが集い、紅玉に力を集わせた。

 

 ――魔装・ヴィネア――

 

 槍持つ水神の乙女が、その力を振るわんと衣を纏った。

 

 

 

 そして、最前線でも、金属器使いたちが、その身に魔神を宿していた。

 

 練 紅炎が魔装・アシュタロス

 練 紅覇が魔装・レラージュ

 バルバッド第三王子、アリババ・サルージャの魔装・アモン

 

 彼らはその強大な力をもって宙へと舞い上がり、同じ西の空へと翔けた。

 

「さぁ、急ごう!!! マグノシュタットへ!!!」

 

 王たちを導くは“4人目のマギ”アラジン。

 

 

 赴く先は戦場。

 おそらく今までで最も過酷な戦いの地

 

 

 

 

 

 そして

 

 

 これが光にとって、和国特使としての、煌帝国の将としての、最後の戦いとなるのだった。

 

 

 

 


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