煌きは白く   作:バルボロッサ

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この作品は基本的に原作の20巻(1月31日時点)を基にしているのですが、最近の本誌での紅炎さんが想像以上に器が大きすぎてヤバいと思っています。
もしかしたらアニメ2期の終わり方次第ではそちらに準拠する形になるかもしれません。


第4章 金属器・ガミジン編
第25話


『分かっていたはずだ。気付いていたはずだ』

 

 憎悪の瞳。

 あいつが殺したのだ。

 大切なあの人を。

 

『悲しむことはない。お前たちは、最初から ―――― 愛されていなかった』

 

 見上げてくる瞳の持ち主たちは、自分と同じだ。

 そう。全ては偽り。

 あの温かい手も、優しげな言葉も。全ては偽り。

 

 あの炎の中で、そこから逃れた闇の中で、奴は言ったのだ。

 兄たちを殺したのは自分だと。

 一片の温もりもない、おぞましい瞳を浮かべて。 

 

『白龍!!!』

 

 真実を告げる言葉に、激高した友が咎めるように声を荒げて剣を持つ手を掴みとった。

 その手を乱雑に振り払い背を向けた。

 尊敬する友に。初めてできた心を通わせられる友に。

 

 

 

『俺と一緒に、煌帝国へ来て下さい。――――あなたが、好きです。モルジアナ殿』

 

 言葉を、告げた……

 自分の家族のことを話したあの時から、ずっと気になっていた。

 夕日に染まる浜辺で家族がいるかもと告げた時の彼女の涙と笑顔を見た時から。

 

『…………!?』

 

 きっとその言葉が彼女を困惑させるだろうとことは分かっていた。

 それでも告げずにはいられなかったのだ。

 

『あなたは本当に素晴らしい女性だ! 強く、優しく、美しい……だから!!』

『!!』

 

 短い間に何度も助けられた。

 女性の身でありながら、その細い腕にからは想像もつかないほどに強く。弱く臆病な自分を気にかけてくれた。

 

『俺は! あなたを、妻に迎えたい!』

 

 家族が居ないと言った時の彼女の顔を悲しく思った。

 何にもまして家族を守りたいと思い、何よりも家族を憎む自分だからこそ、残された家族を大切にしてくださいと言ってくれた彼女を眩しく思った。

 

『あなたは……これから俺が作る大帝国の妃になるんだ……!!』

『き、妃!? そんなもの……私は元々……!』

 

 本気だった。

 あの人以上の人なんて居ないと思った。支えて見届けて欲しいと思った。これから巻き起こる騒乱の中、自分の隣で。

 ちらりと彼女は自分の足元に視線を向けた。

 “奴隷”の証である足枷のあった足元を。

 1年ほど前まで彼女が奴隷であったなどということを聞いた時は確かに衝撃を受けた。でもそんなものは関係がなかった。

 

『そんなの俺には関係ありません!!』

『えっ?』

 

 口づけを、かわした。

 戸惑う彼女の腕を強引に引き寄せて、その唇に自らの唇を合わせた。

 呆然とした瞳が驚きに丸く見開かれる。

 

『あなたは俺の――――――!』

 

 

 

「はっ!!?」

 

 思い出したくもない、いや、決して忘れたくない温もりを夢に見て、白龍はガバリと身を起こした。

 

「はっ、は……」

 

 目を覚ましたそこには自分独りだけだった。夢見が悪く魘されていたのだろう、白龍は荒い息をつきあたりを見回した。

 ぱちぱちと燃え盛っているたき火。

 身体に持たれかけさせていた青龍偃月刀をかき抱くように引き寄せると左手がカツンと硬質な音を鳴らした。

 視線を左手にやれば、そこにはあるはずの生身の左手はなかった。代わりにあるのは木質の義手。シンドリアで失い、代わりに得た金属器・ザガンの力で操っている新たな自分の手だ。

 その手に昏い視線を向けて、見ていた光景を思い出した。

 

 アラジン……アリババ……そしてモルジアナ……

 

 姉や幼馴染以外で、もしかしたら初めて心を開くことのできた友だった。

 生まれて初めて……好きになった女性だった。

 

 シンドリアへと赴いたのはシンドバッド王と渡りをつけるためだった。

 煌帝国の、組織の強大な力に対抗できる唯一の勢力、七海連合。あの紅炎を上回ることのできる覇王シンドバッド。

 彼を味方につけることができれば、復讐を遂げることができるだろう。国に巣食う魔を打ち払い、あるべき形に戻すことができるはずだ。

 それが、目的だった……

 

『君はもっと学びなさい。外の世界のことを、そこに住む様々な人々のこともね』

 

 シンドバッド王に言われ、共に行動することなった人。アリババ・サルージャ。

 はじめは不誠実な人だと思った。

 王子でありながら、滅ぼされた故国を捨ててへらへらと笑い過ごし、仇であるはずの自分に笑いかけるような人だった。

 でも違った。

 自分よりもずっと強い人。頑なだった自分の心を解きほぐしてくれた友。

 そんな彼の手を振り払って、自分は戻っている。

 

 そして最後に掴んだあの人のぬくもりを思い出すように生身の右の掌を見た。

 

 ――ごめんなさい……――

 

 告げられた言葉。その奥に秘められた、もしかしたら彼女自身気づいていなかったかもしれない思いに白龍は瞳を閉じた。

 

 これ以上ないほどに、理想の女性だと思ったのだ。

 たとえあの人にどのような経緯があろうとも、自分はそれを受け入れたかった。受け入れて欲しかった。

 復讐など無関係に、自分の傍に居て欲しいと思ったのだ。

 

 もしかしたらそれは幼きころから見ていた姉の姿を無意識に映してしまっていたのかもしれない。

 いつも凛として強く。慈愛に満ちた優しい笑みを向けてくれて。華のように美しい。

 

 ――俺は、いつかあなたをかならずもう一度迎えに来ます――

 

 そう言った言葉に嘘はない。

 いつか必ず。

 あるべき形に国を戻すまで。

 

 心をそこへと置いていく。

 

 今はただ、大切な者だけを守ろう。

 ただ一人残された姉だけを。

 それだけで十分だ。

 

 ただ、それだけで……

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

「ふーむ。やはり中々頑強に抵抗しているか……」

 

 光は天山高原の現在の勢力図を見ながら唸るように言った。

 

「はい。好意的な部族や比較的勢力の小さい部族はあらかた傘下に入ったのですが、抵抗の強いところと小競り合いが続いています」

 

 同じく勢力図を見ながら軍団の副官である青舜が説明を加えた。

 軍議の議題にあがっているのは現在抵抗の強い異民族の扱いについてだ。

 白瑛の方針もあって基本的には説得で傘下に収めようとはしているものの、残っている異民族は抵抗が強く、戦闘なしには事が収められそうにはなかった。

 

 だがそれでも、被害少なく ――味方だけでなく、部族にも――  平定したい。

 それが白瑛の戦術方針だった。

 それにあわせて主だった者たちが意見を交わしている中。

 

「白瑛将軍! ご報告があります!」

 

 軍議の場に伝令の兵が入ってきて拱手と共に声を上げた。

 兵の様子から敵兵の強襲などではないようだが、白瑛たちは先を促すように視線を向けた。

 

「第4皇子、練 白龍皇子が参陣されております!」

 

「!」

 

 伝達の言葉に白瑛たちは驚いたように目を瞠った。

 

「白龍はたしか……」

「シンドリアに留学したという話を聞きましたが……」

 

 驚いた様子の白瑛を見て光は確認するように青舜の方に向いた。

 本国からの報告では、シンドバッド王が来訪していた際の会談でシンドリアとはある程度の友好関係を築いたとのことだった。

 シンドバッド王の、引いては七海連合の訴えであるバルバッドの共和国としての自治権の承認、バルバッド王族の処遇などいくつかの事項を取り決めた。その代りに白龍自らが志願したシンドリアへの親善留学を行うことになったという報告を受けていた。

 留学にしては期間が些か短いような気がするし、なにより留学を終えた白龍が本国ではなく北天山高原へと向かってきているのも首を傾げるところだ。

 とはいえ白龍の来訪自体は戦場であるがゆえに喜ばしいとまでは言わないが決して拒絶することではないため白瑛たちは一度軍議に区切りをつけて白龍を出迎えに行った。

 

 

 

 

「お久ぶりです、姉上!」

「白龍!? どうしてここに……?」

 

 久々の姉と弟の再会。

 突然の来訪に驚いた様子の白瑛だがその顔には肉親に会えた嬉しさのようなものが浮かんでいた。

 一方の白龍は以前にあった時よりも随分と男らしい面構えになっているように見える。シンドリアへの留学は何か大きな経験になったのだろう。

 

「シンドリアへの留学を終え、帰還いたしました」

 

 来訪目的を訪ねた白瑛に対して白龍は拱手をして参陣の礼を告げた。だが、拱手しているその腕を見て白瑛たちは驚きに目を瞠ることとなった。

 

「白龍…… ? 白龍、その腕はどうしたのです?」

 

 左眼周囲から顔の半分近くまでにある火傷痕は以前のままだが、白龍の左腕は以前とは異なり人の肌の温かみを失っていた。

 木質な義手がそこには存在しており、だが如何なる法に則っているのかその義手はまるで普通の腕となんら変わらないように動かされている。

 驚く白瑛が問いかけると白龍はわずかに顔に笑みを浮かべて答えた。

 

「……シンドリア滞在中に、俺も迷宮に赴いたのです」

「!!!」

 

 以前にはなかった根拠ある自信が備わっている。

 白瑛の後ろから義弟の様子を伺っていた光はそう思っていた。だが、白龍の言葉に白瑛や青舜には及ばないまでも驚きに目を見開いた。

 迷宮に赴いた。

 白龍はあっさりと告げたが、迷宮へと足を踏み入れるということはその結末は二つしかない。迷宮を攻略するか死ぬかだ。

 そして今、生きてここに居るからには白龍は迷宮を攻略したということだろう。単独攻略ではないだろうが、それでも何万人もの人間を飲み込んできた迷宮を生きて出るという事は、非情に難しいことなのだ。

 

「シンドバッド王の許可を得て赴いた迷宮で、ジンに、ザガンに認められたのです。この腕はその時に失いました」

「なっ! 白龍……」

 

 だが驚きはさらに広がった。迷宮について語りながら背に負っていた包を開いた白龍はその中身、刀身に八芒星の刻まれた青龍偃月刀を見せながら告げた。

 絶句する白瑛の前で白龍は堂々とした様子で金属器を見せつけた。

 

「ですが心配は無用です。ザガンの力で以前と変わりなく使えております」

 

 そう言って動かしてみせる左手はたしかにその人肌とは異なる色を除けばまるで普通の腕と見紛うばかりに滑らかに動いている。

 その腕と金属器を光はじっと見つめた。

 そこから感じ取れる気は“自分と近い”気だ。

 

 白瑛もまた、意気揚々といった様子の白龍を見つめていた。

 自分の知らないところでまたも大きな怪我を負った弟。どれだけ心配しても、その手の届かないところで傷ついていくことに白瑛はわずかに顔を曇らせた。

 そんな主の様子を見かねて青舜が口を明るい調子で口を挟んだ。

 

「なにはともあれ、皇子もここまで来られるの大変だったでしょうし、幕舎で休憩にしませんか?」

 

 

 

 青舜の機転によってひとまず息をついた一同は、将軍の居室としてのテント、つまりは白瑛のテントへと集まって黄牙の民から頂いた酪茶で一息入れた。

 お互いの近況報告など姉弟の会話をお茶うけにして光と青舜もほっこりとしたひと時を過ごしていた。

 白龍のシンドリア留学の話では親しくなった人たちが居たという話も聞けて白瑛は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 光と白瑛が天山高原で出会ったアラジンと親しくなったという話を聞いた時には白瑛も光も思わず目を丸くして人の縁に感心した。

 なんでもアラジンはあの後、キャラバンと共に黄牙の村を出てから中央砂漠を超えてバルバッドへと向かったらしい。

 そこで件の事件に巻き込まれて渦中のバルバッドの王族、アリババ・サルージャとともにシンドリアへと身を寄せたとのことだ。

 

 煌帝国の皇族とバルバッドの“元”王族が顔を会せたということに白瑛は若干心配したが、どうやら白龍とアリババは因縁をものともせずに親しげな関係性を築くことができたとのことだ。

 ただ、それを語る白龍の中にほんのわずか、不穏なものが混じっていることを白瑛と青舜は見逃していた。

 そして話は白瑛の近況、つまりは戦争についてとなった。

 

「姉上、ここの討伐に随分と時間をかけておられるようですね」

 

 ここに来るまでの間にどこかで情報をしいれたのだろうか、それとも白瑛の遠征期間から判断したのだろうか。未だに終わっていない平定状況に顔を真剣なものにして指摘した。その纏う雰囲気は留学前、本国で最後に会った時のようなものとはまるで違っていた。

 

「意見の違う者同士、理念を共有するのに時間がかかるのは仕方がありませんから」

 

 戦のことに口を挟んできた白龍に白瑛はわずかに驚いた表情となったが、白龍の口調から勇み足のような危うさを感じ取ったのか、姉として、そして将軍としての自分の意見を述べた。

 凄味の出てきた眼差しで姉を見つめる弟と黙然として弟の気勢を受ける姉。

 青舜は白龍の変わりように驚いているのか二人の間に視線を彷徨わせており、光はずずっと間を飲み込むようにお茶をすすった。

 沈黙を破ったのはやはり白龍だった。

 

「……姉上。次の戦、俺に任せて下さい」

 

 戦を任せろ。その言葉は以前の白龍からは到底でてこない言葉だっただろう。

 そのことに白瑛も青舜も驚きを露わにした。だが、この軍の将軍は白瑛、そしてその副官は青舜なのだ。いくら白瑛の弟だからといっていきなりやってきた者にそうそう勝手を許すことはできまい。

 青舜が副官として諭す言葉を出そうとしたが、その前に白瑛が窘めるように口を開いた。

 

「白龍。戦は」

「今の俺はもう姉上に守ってもらうばかりの俺ではないことをお示しします」

 

 だが白瑛の言葉を遮って白龍は昏さのある瞳で自らの武を誇るように言った。

 白龍が姉の言葉を遮って強気に出た。弟の、そして幼馴染の見せる意外な姿に白瑛と青舜が唖然として目を瞠った。

 

「おい、白龍殿。いくらお前が強くても、今は異民族の平定戦だぞ。意味を分かってるのか?」

 

 仕方なく光が窘める言葉を受け継いで口にした。

 

 たしかに、光から見ても白龍の纏う空気は以前の甘さの強いものから死線を知ったかのように凄味のあるものになっている。

 おそらく留学の前から一日たりとも鍛練を欠かすことはなく、それに加えて迷宮を攻略したことで得た金属器の力が大きな自信になっているのだろう。

 だがそれは個人の力だ。

 鍛練や他国への短い留学で軍での戦い方が身につくとは到底思えない。

 

 光にしろ白瑛にしろ、たしかに金属器使いとしての顔を持っているのだからそれを背景にして敵を殲滅することはできるだろう。特に光と違って白瑛のパイモンはそういった対集団戦闘に強い。

 だが二人はこれまで天山高原の平定戦で、一度を除いて金属器の魔装は使っていない。

 それはこの戦が単に敵を殺して終わりという戦ではなく、敵対した相手を臣従させる平定戦だからだ。

 魔装による圧倒的な殺戮能力で戦を進めては間違いなく人の心は得られない。畏怖や恐怖で心を縛ることはできても、共感や心服は得られない。

 だからこそ、白瑛は遅々としていることを承知で話し合いを基本とした交渉戦略を行っており、戦においても人の力を頼みとして金属器の力は被害を減らすために絞って使うようにしているのだ。

 その結果が光雲たちであり、黄牙の騎馬隊であるのだ。

 

 だが光の言葉を受けた白龍はその意を侮りと捉えたのかすっと眼を細めて光へと向いた。

 

「……光殿。俺の力が不安なら、貴方が試してみて下さい」

「なに?」

 

 光が求めたのは武力という回答ではなかった。なのにまるで見当の違う白龍の答えに光はピクリと眉を上げた。

 光に視線を向ける白龍の表情は、それまで姉に向けていた穏やかなものではなかった。

 

「今の俺は、もう、貴方よりも強い」

「…………」

 

 この言葉に、白瑛と青舜の唖然とした思いは高まっていた。そして光は白龍の不穏な様子に眉を顰めた。

 かつても告げたその言葉。

 以前にはなかった明確なる力に自信を得たためとも思えるが、それ以上に光は白龍の瞳に不穏な気を感じていた。以前にも感じ、そして今より強く感じられる黒い(・・)煌き。

 

「姉上は俺が守ります」

 

 その言葉は、非情に危うく感じた。

 同じ女性を守ることを告げているものの、白龍のそれはまるで触れるもの全てを傷つけてしまいそうな危うさを感じたのだ。

 

「白龍!?」

 

 白瑛も弟の不穏な気配を察したのだろう、光に食って掛かる白龍に訝しげな声を上げた。

 以前はまるで弟が義兄に拗ねて突っかかっているような微笑ましさがあった。だが今はそれがない。

 まるで無関係な存在を拒絶するかのような怖さ、いや、敵を見据えるような恐さがある。

 

 視線を交じわせる白龍と光。

 歩み寄る気配など微塵も感じさせない白龍とその内面を伺おうと眼を細める光。

 しばし黙考するように間をあけた後、光はゆっくりと口を開いた。

 

「……いいだろう」

「光さん!?」

 

 今の白龍の危うさは青舜でも分かるのだろう。勝負を受けた光の言葉に青舜は唖然として非難するように声を上げた。

 

 

 

    ✡✡✡

 

 

 

 結局、青舜と白瑛の懸念をよそに二人の試合を止めることはできず、二人は広い高原で向き合うように相対していた。

 

 下段に構える白龍の青龍偃月刀。すらりと引き抜かれて白刃を露わにする光の桜花。

 

「どうして皇子はあんなに急に……」

「…………」

 

 見守る青舜が不安げに呟くが、その答えは返ってこない。隣で見守る白瑛も白龍の変貌には戸惑いを隠せないのだろう。その顔には隠し切れない不安が宿っている。

 二人の試合のことを聞きつけたのか、遠目に見つけたのか、なんだなんだと光雲やドルジたちも物見高く見学に集まってきて、そのただなかにいる二人の、特に見慣れない黒髪の青龍偃月刀使いに戸惑っている。

 

 先制は白龍だった。

 得物のリーチの差を活かして和刀の殺傷圏のすぐ外まで接近し斬撃を放った。

 様子を伺うつもりなのか、あえて和刀の距離まで踏み込もうとせず光は白龍の攻撃をかわした。

 連撃で放たれる斬撃。それはたしかな鍛錬に裏付けされ、そして迷宮という過酷な実戦経験を経たことによって土台を固めたのか以前よりも鋭く、力のあるものとなっている。

 その連撃を真っ向から受け止めることはせず見切りと体捌きによって躱していた光は、薙ぎの一閃にわずかに白龍の体が崩れた瞬間、桜花を走らせた。

 

「っ!」

 

 反撃の一閃。受け止めた白龍は、細身の和刀からは想像外の重い一撃に吹き飛ばされるが崩れることなく踏みとどまった。

 離れてしまった距離を詰めようと接近する光。

 白龍はその間合いが詰まる前に青龍偃月刀の柄尻を地面に打ち付け鋭く命じた。

 

「ザガン!」

 

 主の命を受け、魔力が変換されて紫色に輝く。

 柄尻から溢れた紫色のルフはまるで命を分け与えるように地面に生えている草に宿った。

 

「! 草っ!?」

 

 地面に生えていた草が急速に成長し、まるで触手のように光に襲い掛かった。

 ザガンの植物操作。その力に驚きつつも躱す光。

 

 

 

「植物を! あれが皇子の金属器の力!?」

 

 観戦する青舜が白龍の手に入れた新たな力を目の当たりにして声を上げた。白瑛は声にださず、ただ二人の身を案じるようにぐっと胸元で白羽扇を握りしめた。

 

 次々に際限なく襲い来る植物たち、青龍偃月刀の読みやすい軌道とは異なり不規則にうねる触手に、さしもの光も完全には躱しきれなくなっていた。

 躱しきれない触手を光は桜花で薙ぎ払うが、その時を見計らっていたかのように白龍は左手を光に向けた。

 

降龍木蓮衝(ザウグ・モバレーゾ)

 

「!!」

 

 瞬間、白龍の左手の義手がほどけ、一瞬で龍のような姿となって光に襲いかかった。幾つか躱す光だが、指の数だけ降臨した5頭の龍の一つが、頭上から光に襲い掛かった。

 

 失った左手につけられた木製(・・)の義手。

 その滑らかな動きがザガンの力によるものとは聞いてはいたが、よもや完全に植物本来の姿から形を変えた義手ですら、成長を促して操れるとはさしもの光も予想しきれていなかったのだろう。

 

「ちぃっ!!」

 

 躱しきれない光に木龍が直撃……した瞬間、光が斬り上げの一閃で龍を斬り裂いた。

 縦に斬り裂かれた龍は、しかし勢いを失わずに光の左右に堕ちた。そして、渦を巻くように光を取り囲み、圧殺せんばかりに収束した。

 

「なっ! 皇!!」

 

 驚く光雲やドルジたち外野。

 潰されたかに見えた光だが、収束した木檻を一瞬でバラバラに斬り裂いた

 光の無事な姿にほっと一息をついたのもつかぬ間、

 

「はあぁあああ!!」

「っ!!」

 

 出てくることなどお見通しとばかりに接近し、白龍が青龍偃月刀を振りかぶっていた。

 隙の大きい大振りの一撃だが、光といえども木檻を斬り裂くために連閃を繰り出した直後ではその隙をつくことはできない。

 桜花を盾にして防いだ光。気を纏わせた桜花は、いかに偃月刀の重い一撃といえども折られることはない。弾き飛ばして反撃しようとした光だが

 

「ぬっ!!?」

 

 ずんっ!! と予想外に重い一撃に光の体が押される。

 

「シャンバラの、魔力操作か!」

「っぁあ!!!」

 

 さらに力を込めて押し込む白龍に光の顔が歪み、足場となっている地面が陥没する。

 

 気と気のぶつかり合い。

 和国の操気術とシャンバラの魔力操作・気巧剣は、どちらも体内の魔力、気を操る技術だが、操る性質に違いはある。

 技量重視の光の操気術と違い、気巧剣は放出力と力押しを得意とする。

 放出される魔力で他者に干渉し、体内の気の流れを乱す。

 和刀に纏わせた気により干渉されることはない。だが、その放出力による威力に、不十分な体勢で受けた光は押されていた。

 互いの気の干渉で剥がれ落ちた命の紙片が命のように煌く。

 

「ちぃっ!!」

「くっ!」

 

 弾き飛ばすことはできない。判断した光は桜花の刀身をずらし、青龍偃月刀の力点をずらした。勢いを残していた青龍偃月刀が地面にぶつかり、陥没させて礫を弾き飛ばす。

 二人は間合いを切るために距離をとった。

 

「言ったでしょう。今の俺はもう、貴方よりも強い」

「…………」

「金属器の力なしでいつまでも相手できると思っているのですか。使ってはどうですか、あなたもジンを」

「…………」

 

 挑発的な言葉を投げかける白龍。それに対して光はただ、和刀を構え直すことだけで応えた。

 正直、白龍の成長はこの時点においても予想を大きく上回っている。

 シャンバラの魔力操作を完全に己の技術とし、剣気一体と化した武技。手に入れてまだそれほどの時を経ていないというのに見事に操るザガンの力。

 個対個の力であれば、あるいは白瑛すら上回っているやもしれない。

 

 気の収束だけを行う光に白龍は凍えるような冷たい視線を向けた。

 

 

 

「必要ない、ですか……俺は容赦しませんよ。姉上を守るのは、俺だ!」

 

 自分の武技はすでに最低限、十分に示したはずだ。だがこの傲慢な男はそれではまだ足りないと言うのか。

 

 一体この男は自分いつまで上から見下ろしているつもりなのか。

 

 大切な姉の隣で。

 

 無関係な人間が……!!!

 

 

 省みることのない思いの昂ぶりが暴発するように魔力を高めうねらせる。

 総量だけならば白瑛を上回る白龍の魔力が一つの証へと向かう。

 

「我が身に纏え、ザガン!!」

 

 紫色のルフが視覚化されるほどに白龍の青龍偃月刀、その刀身に刻まれた八芒星に集い、輝く。

 

「なっ!! まさか!!?」

「魔装!!」

 

 変貌していく白龍の姿に青舜と白瑛が驚愕の声を上げた。

 力を示すための試合とはいえ、よもや白龍がここまでやるとは思ってもみなかったのだ。

 

 今まで白瑛と光も何度か試合をしたが、真っ向から向き合った状態での魔装は一度もなかった。

 魔装はあまりにも危険で、軽々に出せば周囲への被害も大きく、互いの身の危険すらあるのだから。

 

 白龍の全身が変貌した。纏め上げていた黒髪は黒い尾のように伸び、体の側面が鱗で覆われたように変質する。額にはジンの証である第3の目が開眼しており、その姿は紛れもなく全身魔装であった。

 手にしていた青龍偃月刀も、紫色の輝きに覆われて姿を変え、双頭の槍となって顕現した。

 

 白龍は双頭の槍となった自らの得物を回転させ宙を切った。空中に生じた亀裂。その傷口が膿むように紫色の輝きが“何か”を生みだした。

 

「!!!」

「なんだ、アレは!!?」

 

 何もなかったはずの空中から得体の知れない化け物が現れ光に襲い掛かった。異形の化け物の姿に光雲たちも驚きの声を上げた。

 

 躱す光は宙を自在に翔ける化け物に接近することができなかった。一度躱したはずの怪物が軌道を変えて光を追尾する。

 

「!!」

 

 躱しきれないと判断した光は和刀を薙いで斬り裂いた。だが斬撃を放つためにわずかに足を止めた光。

 白龍は円を描くように魔装となった双頭の槍を振るった。描かれた円から、数多の怪物が出現し、白龍はまるで弓を弾くように魔力を集中させた。

 

「はあぁ!! 操命弓(ザウグ・アルアズラー)!!!」

「っっ!!!」 

 

 先の攻撃以上の速度で降り注ぐ化け物の雨に、足を止めさせられた光は怪物たちの直撃を受けた。

 

「光殿!!」

 

 砂礫が舞い上がり、その中に消えた光の姿に、白瑛は声を上げた。

 

 砂埃が収まり、その中から和刀を握る光が姿を見せた。受けた傷を修復したのか、それとも間一髪で防ぎ切ったのか、片膝を着きながらも光の体に傷は見られない。

 

 

 

「気は済んだか?」

「……なぜ魔装を使わないのですか?」

 

 桜花を体の前に掲げ問いかける光に白龍は冷たい視線を向けた。

 どう考えても魔装の今、金属器の力を使うことなく光が白龍に勝つ目はなかった。それが実際に戦った白龍の感想だ。 

 だがあの時見せた光の魔装であれば、ザガンと同じく紫色の煌きを操るあの力であれば、果たして今、どれほどの力を自分が得ているのかを知る指標になる。

 白龍は光の魔装化を促すように自分の周囲に化け物を呼び出して攻撃の構えをとった。

 

 それに対して光は、掲げていた桜花を下して攻撃も防御の構えも解いた。訝しげに眉を動かす白龍。

 

「この試合はお前の力を見るためのものだろう。なら、もう十分だ」

 

 光から出てきたのは試合の幕引きを告げる言葉だった。

 その言葉に

 

「……次の戦。俺に任せていただきます」

 

 予想以上に自分が見上げていた山は低かったことを白龍は知った。

 

 ――こんな男が、今まで姉上の横に立っていたのか。

 こんな男が、これからも姉上を守るとぬかしていたのか。――

 

 白龍はわずかに失望を感じ、しかしすぐに抱いた思いを消し去って背を向けた。

 

「白龍!」

 

 背を向けて去って行く白龍に、白瑛は声を上げた。白瑛はちらりと心配する眼差しを光に向けたが、光は白龍の方を顎で示すように促した。 

 逡巡していた白瑛だが、光の促しで行く先を決心したのか、白龍を追って駆けて行った。

 

「光殿、ご無事ですか?」

 

 青舜は幼馴染のことは彼の姉である主に任せ、魔装の攻撃を受けた光に駆け寄って具合を確かめた。

 光は桜花を鞘に納め、土埃を払いながら立ち上がった。

 

「ザガン、か……たしかに力は大したものだな」

「なぜお前もそれを使わなかったんだ? 使えば止めることもできただろう?」

 

 光は先程体感した白龍の魔装の力に感心したように呟いた。だがその目は全く感嘆の意がこもっておらず、去って行った白龍を睨むように鋭いものだった。

 光雲はなぜ対等な状態で戦いを継続しなかったと金属器を指さしながらやや責めるように言った。

 彼から見ても、あの皇子に戦を任せるのが良いことだとは思えなかった。あの試合で光が魔装を使って勝てばどうかなったとも言うことはできないが、少なくともあのまま増長することはなかっただろう。

 だが光は光雲に流すような瞳を向けて仕方なさそうに答えた。

 

「俺まで金属器を使えば、試合が殺し合いになりかねなかったからな」

「まさか!」

 

 光の言葉に驚く青舜。

 たしかに先ほどの、というよりも天山高原へとやってきてからの白龍は、どこか青舜の知っている幼馴染の彼とは違うように感じてはいたが、それでも“あの”白龍皇子が、と信じられない様子だ。

 

 それに対して光は、かつて見た白龍の気の流れを思い出していた。

 白瑛に似て痛いほどに真っ直ぐな気の流れ。

 そして、その中にどこか感じた違和感のような小さな淀み。

 

「……どうやら。真っ直ぐすぎて、訳の分からん方向に突っ込んだらしいな」  

 

 今日、剣を交えた白龍は、かつて感じた淀みが、より濁っているように感じたのだ。

 

 

 

 そして――――

 

 

 白龍が戦へと参陣して3日。

 頑強に抵抗を続けていた異民族の姿は天山高原には無かった。

 

 あるのはただ、ザガンによって殲滅されて阿鼻叫喚の地獄図となった戦場跡と怨嗟の声を上げながら死んでいった数多の骸だけだった。

 

 

 

 




白龍さんが合流しました。

オヤ? 白龍の様子が……

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