操気術
身体に流れる力を繰る力。自らの体内の流れを操れば、身体能力を高めることが出来、扱いに慣れたものであれば針などを介して治療を施すこともできる。その一方、敵意をもって他者に流せば、その敵を傷つける力。
大陸で見られる鋳型の直刀とは異なる独自の鍛練法によって鍛え上げられた曲刀・和刀。操気術と和刀。その二つをもって独特の戦闘技法となすのが和国の剣客の戦闘方法だ。
その戦闘技法があまり世界に知られていないのは和国の剣客たちの性質に依るものが大きい。
和国の剣客は兵士とは異なる。
己が武技に誇りを持ち、自らの刀を振るう場所を自らの誇りにかけて選ぶ。
彼らは選んだ主に忠義を尽くし、そのためにその使い手が国外に出てその技術を伝えることは少ない。
島国という和国の領土的特徴故、彼らは戦禍の絶えない大陸に出ることはあまりない。
ゆえに、和国の地から離れ、操気術の遣い手同士が、剣客同士が敵同士として刀を交えることは極めて稀だ。
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戦気立ち上る森の中。賊に囲まれた白瑛たちから離れた位置に、二人の剣客が向かい合っていた。
白刃と黒刃
対照的な二つの和刀を抜身にしていた。
「師匠!?」
「幻斎。俺の剣の師だ。和国きっての刀匠にして剣客、だった」
光の言葉に白龍が驚きの声を上げた。
白龍からしてみれば、光の強さは完成された強さだ。刀を自在に操る技術。隙のない体術。未だ掴めない操気術という未踏の力。
そしてあの練紅炎と同じく、しかし未だ一度たりとも見せてはいない金属器の力。
だからこそ、光の師だったという存在が目の前に居ることに驚きの声を上げた。
驚きは白瑛も同様だった。
光の言葉の違和感。
「師、だった?」
“だった”
白瑛が光の全てを知っている訳ではない。だが、それでも光の志操の固さを知っている。その光が生きている師を前にして過去形で語ったのだ。
「国宝である和刀・鬼童丸の強奪犯。近衛兵50人を斬り、逃亡したのがこの男だ」
道行に語った一人の男の物語。
守るべき主と離れた将が、血の雨の降る中切り結んだ男。
友が討ち果たすことができなかった朝敵。
切るべき相手が、そこに居た。その手にある黒い刃は数多に啜った血の色か、それもと別の何かによって変色させられたものなのか。
「ああ……あの夜は剣客としての魂が震えた。お主が居なかったのは残念だった」
光の語る過去に、男は懐かしい歓喜を思い出すかのように打ち震えた。
雨の降るあの日。
光はあの場には居なかった。光もまた、己が戦いの中でその刀を振るっていたのだ。
「いない時を狙って、だろう」
「何と言ったか。たしか立花――そう、立花融。お主の狗だったか。やつは死んだか?」
周囲を警戒しながらも、耳に届いたその言葉に白瑛は反応した。
立花融。
光が友と呼んだ人だ。
―――アイツが女だったらもしかしたら伴侶になってたかもしれなかったヤツ―――
いつか光が白瑛に冗談交じりに語ったことがあった。
主従を超えて誰よりも信頼をおく光の友。
その彼が、死んだ?
「死ぬかよ」
彼が死ぬはずがない。
大切な約束が、命令があるから。
最も信をおく彼にこそ、託したものがあるから。
光の視線の剣が増し、身体に満ちる気が仇敵へと向ける刃を尖らせた。
「ふっふっふ。お主の気が怒りに満ちておるのが分かるな。貴様の狗には手を焼かされたが、肝心のお主はあの時……ん~ん? 妙だのぅ。たしかお主は」
黒い笑みを浮かべて嗤う幻斎。
その言葉が言い切られる前に、光の姿が消えた。次の瞬間、幻斎の刀が胸元に引き上げられ、金属の撃ち合う音が森に響いた。
無形の位からの一撃。
和国の武人特有の歩法を用いて、離れた間合いを一気に縮めたのだ。
互いの刃に纏わせた気が、ぶつかり合って風刃となって爆ぜた。
「昔のあんたはもう少し寡黙だったはずだが。ぐだぐだとよく喋るようになったな」
「いきなり斬りかかるとは。しばらく見ぬ間に師に対する敬意をどこかへ置き忘れたようだな」
一足飛びに放たれた光の斬撃。
受け止められはしたものの、鋭いその斬撃は空気を震わせ、青舜たちのみならず、賊軍をも怯ませた。
鍔競り合う二つの和刀。
互いの眼差しは次の瞬間には目の前の相手を斬り捨てるべくその先を見据えた。
「敬意が欲しければ、墓でも作ってやるさ。その首撥ね飛ばす前に墓碑銘くらいは聞いておいてやる」
「大言を吐くようになったものだ、小僧!」
切り結ぶ音が森の中に響いた。
競り合いから刀を弾き、間合いをとった。
「白瑛。そっちは頼む。俺は―――こいつを斬る」
「光殿!」
敵は狂気の剣士だけではない。
だが、他を援護しているゆとりはない。
光はほかの雑兵を白瑛たちに任せ、仇敵へと剣気を叩き付けた。
✡✡✡
磨き抜かれた互いの剣技がぶつかり合う。
和刀の強さは遣い手の力ではなく、その技量に左右される。
重みで叩き潰す大剣や刺突だけではなく曲刀特有の技で物を斬る。
互いの気と気がぶつかり合う。
和刀の斬れ味を増大させるべく、細く鋭く、その気を研ぎ澄ましていた。
雑兵との戦いを白瑛や青舜、菅光たちに任せ、一騎打ちへと臨んだ光。幾度かの剣戟が続き、距離をとった。
幻斎と光の力がほぼ互角。剣技ではむしろ幻斎の方が上。だが、速さと魔力の量は光の方が上……だったはずだ。
「貴様……なにをした?」
「なんのことだ?」
刀を交えることで分かることもある。
光は刀を通して感じた違和感を口にした。それに対して幻斎はその意図を知りながらも敢えて尋ね返す形をとり、口元を歪ませた。
「操気術は生命力を削る。操れる気の量、時間は個人が内包する気の量に左右される。剣技はともかく、あんたの気の容量はそれほど多くはなかったはずだ」
目の前の老剣士は確かに剣客としては超一流。
その技は紛れもなく和国随一と謳われるに値するものであった。
だが、それと魔力容量とは別の話だ。
魔力の容量、質は生まれながらに決まっている。
その点で言えば、光の容量、王の器は飛び抜けて
いずれは和国の王となる兄をも超える内包魔力。それはジンに選ばれるに相応しく器であった。
幻斎のそれは、剣技の冴えとは逆にさして大きなものではなかったはずだ。
だが、今、目の前に立つ男の魔力容量は“今の”光のそれと比べても引けを取らないほどに強大だ。
「増えたのさ」
「……奪ったのか」
光はその直感から、敵の気に濁りを読み取っていた。本来澄んだ、鮮烈な光を放つような気の色は、苦痛と憎悪、叫喚あらゆる負の感情で濁っていた。
嘯く幻斎の口元がニィッっと歪んだ。
光は魔導士ではない。ゆえに他者の気を奪い取るという方法が実際に可能かどうかは分からない。だが、だからこそ、その可能性を直感した。
光のその直感は正鵠を射ていたのか、幻斎は可笑しそうに笑った。
「あのような小さな国に囚われている者どもには分かるまい! この色こそが世界の気の赴く果てだ! これこそが、世界を統べる力だ!!」
「堕ちるところまで堕ちたな。もはや貴様は師でもなければ、剣士でもない」
忠義を尽くすはずの国に刃を向けた時点ですでにこの男はかつての師ではなかった。
だが、それよりも深い業。
目の前の男がもはや和の武人・剣士とすら呼べないことを知った。
「そうだ。私はもはや貴様のようなただの剣客ではない。それを超えた存在だ! これが、その力だ!」
咆える幻斎の言葉に呼応するように、その黒刀から黒雷が迸り、幻斎の周囲に雷の飛槍を形作った。
「雷刃!?」
「そうだ! これが王の力! 闇の金属器の力だ!」
操気術は魔法とは異なる。
魔力を介してルフに命令式を送り現象を引き起こす魔法とは違い、操気術にできるのはあくまでも体内の魔力を操ることだけ。
物理的接触を介して対象に魔力、気を流し込んだり、無形のまま強引に放出したりするのならともかく、雷のような形にして刃を飛ばすことはできない。
次々に襲い来る雷の飛槍を躱す光。
ただの斬撃や無形の気の塊ならいざ知らず、雷の形態をとっている以上、無暗と触れれば四肢の動きを鈍らされる恐れがある。
「そら! 逃げてばかりでよいのか?」
「くっ!」
弾雨のように放たれる飛槍を躱し続けるが、飛来する数と速度は光をもってしても躱しきれるものではなく、光は桜花に纏わせる気の密度を上げて切り捨てた。
雷を弾いた、その隙を逃さず幻斎が踏み込んだ。
光と同様、操気術を駆使した歩法。鋭い踏み込みの速さは老体とは到底ほど遠く、凶刃を煌かせた。
振りぬいた刀は防御に間に合わない
光は左手を腰の鞘に滑らせて引き上げた。
ギンッ。と甲高い音が響き、黒刀と鞘とがぶつかり合った。
「ほぅ、流石だな。体内の魔力容量ならば兄をも凌ぎ、冴えわたる武技はわが弟子の中でも抜きん出ていたな」
「……」
類まれな直感とそれを信ずる決断力。
剣士と言っても、その武技は剣のみに非ず。剣を始めとして、気を操作することで己が肉体も武器と化すことができるのだ。
「刀を振るう際の集中力も目を見張るものがあったが……だが、迂闊なところは変わらぬな!」
「ちっ!」
競り合いの状態から弾き飛ばされ、体勢が崩れたところに雷の斬撃が襲い掛かった。即座に体を整えようとした光だが、力を込めようとした四肢の腱にビリっとした違和感を生じた。
「なっ!? ぐっ!」
違和感は手足の力が入らないという形で顕著となり、体勢を整えられなかった光は幻斎の蹴撃を受けて吹きとばされた。
気を込めた蹴撃。
防御したものの巨木を薙ぎ払うその一撃を受けて飛ばされた光。幻斎はその後を追撃するではなく、笑みを浮かべ樹上へと跳んだ。
ここで止めをさすのも悪くはないが、どうせなら絶望する顔がみたい。
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光の危惧した通り、この森の中の乱戦ではパイモンの力を十全には使えなかった。大規模な暴風を生み出せば、巻き上げられた樹木が味方を傷つける恐れがある。
だが金属器としての絶大な力を奮えずとも、白瑛は繊細に風を操り、味方を援護していた。
「青舜! 白龍、なるべく私から離れないで―――パイモン!」
「はっ!」
首魁を光に任せ、賊軍の捕縛にあたる白瑛は部下に命令を飛ばしつつ、白龍を庇っていた。
小柄な体躯ながら素早い動きで双剣を奮いながら応える青舜。
白瑛の意を汲み取って致命傷に至らないように、しかし行動不能に追いやるほどの傷を与えていく青舜は白瑛の眷属として恥じない動きを見せていた。
「くっ」
白瑛の傍にある白龍は場馴れしていないのか青竜偃月刀をどこか間合いを測りかねているように振るっていた。
技量は十分にあるのだろう。賊軍の雑兵はおろか周りの兵士と比べても抜きん出た腕前ではあるのだが、如何せん実戦経験の浅さが目立っていた。
そのため時折隙を作って白瑛の援護を受けていた。
「ぬあっ!!」
「ぐあぁ!!」
そして光の命を受けていた光雲は白瑛の身を気遣いながらも、乱戦の中、そして白瑛の命令により徐々にその距離を離れて大剣を振るっていた。
地方軍を破った賊軍といえどもその力の大部分は光が引き受けた幻斎の力に依るものが大きかったのか、国軍の練度の高さとは比べるべくもなく徐々に戦力を削られていった。
油断なく警戒し、風を操る白瑛。光雲も油断していた訳ではなかった。
だが、ふと守護すべき白瑛の位置を確認しようと振り返った光雲は
「皇女、上だっ!!」
「!!」
樹上から飛び降りる黒い影を見た。
黒い斬撃に光雲は大声を上げ、その声に反応した白瑛は反射的に風の防壁を築いた。
「姫様っ!」「姉上!」
樹上から現れた幻斎の一閃。迫る凶刃に青舜と白龍が悲鳴のような声をあげ、白瑛は反応早く発動した風の防壁は外敵の侵入を遮ろうとした。
「ふん。その、程度!」
「っ!」
だが白瑛の纏った風の防壁は、光同様、操気術による一太刀により、切り裂かれた。
剣の腕前自体は他の将軍にも引けはとらない。だが白羽扇を金属器として、風を操っている時の白瑛は咄嗟の接近戦に弱い。
それは光との鍛錬で幾度も指摘され、衝かれてきたところだ。ゆえにその反応は早かった。
風の防壁によってわずかに鈍った剣閃。その間に体を捌いてわずかに距離をとる白瑛。
だが着地した敵は、老齢を感じさせない身のこなしで再び白瑛に迫った。
「! しまっ」
「これで―――ぬっ!」
返す刀で白瑛の首を狙った剣士。だがその刀が届く直前、地面を蹴って方向を変えた。刹那。二人の間を銀閃が奔った。
「ふっ!!」
「光殿!」
一瞬で距離をとる幻斎。その周囲に居た兵をついでとばかりに無造作に斬り捨てた。
兵を斬り捨て、そして白瑛に刃を向けた敵に光は今まで以上の剣気を向けた。
「ふん。相変わらず、ムラのあるやつだ。そんなにその女が大切か?」
「お前の相手は俺だろう。こいつには手を出すな」
気によるぶつかり合いでは光が上だったのかその体に目立った傷はない。だがその瞳は見慣れた光のモノではなく、敵を斬る、その目的だけを宿した瞳だった。
「ほう。それはそれは。貴様がそれほど執着するとは。煌の皇女になど興味はなかったが。見てみたくなったな。その女の血に塗れた体をなぁ」
歪む笑み。下卑たもの、と呼ぶのも悍ましい眼差しに白瑛は険のある顔つきを濃くした。
第1皇女という身分でありながら、その容姿と堕ちた前皇帝の娘という立場から気分を害する視線を受けたことは幾度もある。
だが、幻斎のそれは、女としての白瑛を見る瞳ではなく、まるで好みの餌を見るようなものだった。
男の言葉に青舜は怒気を上げて双剣を握り締め、白龍も斬りかからんばかりの体勢になった。
そして、白瑛を守護する光は
「…………桜花」
ぽつりと口を開いた。
短いその言葉には何の感情も乗っていないように感じられた。
次の瞬間、光の姿が消えた。
移動の入り、どころか身のこなしすら見せない、まさに目にも映らない速さで接敵した光は、同時に桜花の刀身に指を滑らせていた。
気によって輝きを放つ刃紋。
切り上げの構え、からの斬撃。気付いた瞬間には幻斎の間近で必殺の体勢が作られていた。
「一閃!!」
迫る銀閃。光の操気剣。あらゆるものを断ち切るその一太刀。
いかに同じ操気術の使い手といえども、魔力量とその扱いに長けた光のその太刀を真っ向から受けることは難しい。
幻斎はそれを防ぐように刀を立てた。
その流れを見切ることができるものがいれば、それは悪手だと断じることができただろう。
だが
「!」
「甘、いっ!」
互いの剣が触れた瞬間。幻斎は風になびく柳のように刀で円弧を描いた。
光の剣閃の軌道をわずかな力で変えつつ、その一撃を受けるのではなく、受け流した。
振り抜いた腕が右に流れ、同じく幻斎の左手が刀を持ったまま流れる。
互いに剣がその軌道と重みによって流れる。
だが、幻斎は気を右手に集中させた。
―――しまった
致命的な隙、自らの胴を眼前の敵に晒した状態での技後硬直。
操気術は身体を流れる気を操る術だ。ゆえにその感情の影響をもろに受ける。感情を乗せすぎた一撃は威力が増大する反面その隙も大きくなる。
誘い込まれた光は咄嗟に腰の鞘で防御しようと手を伸ばすが、それよりも無手で繰り出される幻斎の攻撃の方が早い。
幻斎の気を込めた掌底が光の腹部を捉え、衝撃が突き抜けた。
「ふっ!!」
「が、はっ!!!」
気の扱いは刀に込めるだけではない。
害意を込めた気を掌底に乗せて敵に打ち込むことで相手の気の流れを狂わせる内に届く攻撃。更には掌底に込めた気だけでなく金属器の力である雷撃纏わせた一撃を腹部に叩きつけられた。
流し込まれた気によって張り詰めていた気の流れが乱され、内腑へと衝撃を伝えた。
同時に放たれた雷撃が光の体から自由を奪った。
内臓への一撃。血を吐き、動きを止められた光はその視界、目の前で振りかぶられた刀が自らへと振り下ろされるのを見た。
「光殿!!」
悲鳴が上がった。
白瑛の悲鳴。聴覚はそれを捉えるが応えることはできない。
命脈を絶つ一閃が防御の間に合わない光の体に吸い込まれた。
右肩から左下腹に流れる軌跡。
血飛沫が舞った。
光の鮮血が、袈裟切り流れた剣閃の軌道に沿うように吹き上がった。
戦闘シーンに関して、あまり描きなれていないので、こうした方がいい、ここがわかりにくい、といったご指摘、批評がございましたら、是非ともよろしくお願いします。