超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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会話してばかりで話が進まない……。

※ちょっと修正。


第83話 恋とはどんなものかしら?

 タリの首都が眠ると言う場所は、ブルーウッド大樹界。ゲイムギョウ界でも秘境と呼ばれる場所だ。

 自殺者のメッカとまで言われる広大かつ鬱蒼としたこの密林の奥、天高くそびえるフージ大火山。

 

 その麓に、タリの都はあると言う。

 

 そこを目指して発掘隊は行く。

 移動はジープとトラックで行われ、発掘隊とは言うが、実質探検隊だった。

 

 木々が鬱蒼と茂っていて同じような景色が続く上、磁石が狂いやすいという困難な道のりだったが、ネプテューヌが女神化して飛び上がることで、方向を示した。

 

 巨大な火山が目印なので、さすがに間違えることはないだろう。

 

 そして、目的地に近づいて来たが、日も暮れてきたため今日はここでキャンプすることになった。

 

 レイは料理人として、一日三食料理を作る。

 何分それなりの人数分を用意する上、調理器具が簡単な物なので、あまり贅沢な物は作れず、スープやシチューに米や麺が中心になる。

 それに野菜サラダと飲み物だ。

 

 質素な食事だが、探検隊のメンツは慣れているので文句を言わない。

 

 ……慣れていないメンバーはその限りではないが。

 

「ちょっとレイ! ワタシの分、少ないわよ! おかわりはないワケ!?」

「アブネスさん、今日の分はそれだけですよ」

 

 例えばアブネスとその撮影クルー。

 

「まったくけち臭いわね!」

「ここから先、食糧は貴重ですからね。わかってください」

 

 強引なアブネスだが、レイに諭されてあからさまに不満そうな顔をしながらも諦める。

 彼女はまだいい。

 

 それより厄介なのは……。

 

「ねえレイさーん! プリンないのー! プーリーンー!」

 

 ネプテューヌである。

 

 彼女は元々、オプティマスと共に参加する予定だったが、オプティマスに仕事が入ったので、彼女だけ先に来て、後で合流することになったらしい。

 

「……ありませんよ」

 

 思わず冷たい声が出た。

 元々女神が嫌いなことに加えて、色々と因縁のある間柄である。

 しかし、ネプテューヌは堪えた様子はない。

 

「そんなこと言わないでー!」

「……ありませんって」

「ええー、そこを何とかー」

「ないって言ってるでしょうが!!」

「ちぇ!」

 

 ネプテューヌは怒鳴られて、ようやく引き下がった。

 

 どういうワケかネプテューヌは、やたらレイにからもうとしてくる。

 レイが戦場で何回か相対した『仮面の女』であることに気付いていないようだが、その間抜けっぷりに嘲笑が出そうになる。

 平時はひたすら無視することで凌いでいるが、食事時はそうもいかない。

 

 ――まったくウザったい!

 

 あんなのが女神かと思うと、中身のなかった反女神運動も、あながち間違いではなかったと思えるのだった。

 イライラとしながら後片付けをしていると、服の裾を誰かが引っ張った。

 振り返るが誰もいない。

 視点を下げると、小さな女の子……駄々をこねまくってネプテューヌにくっ付いてきた少女、ピーシェがこちらを見上げていた。

 

「おばちゃん! おなかすいた! すいたー!」

「あらあらピーシェちゃん。ごめんね、さっきので今日の分はおしまいなの」

「えー! おなかすいたー!」

 

 ネプテューヌに対する時とは違う、穏やかな声で諭すレイだが、育ち盛りの子供に我慢しろと言うのも酷かと考え直す。

 

「う~ん、それじゃあちょっとだけ……」

「あー! ダメじゃないぴーこ!」

 

 しかし、目ざとくピーシェを見つけたネプテューヌに阻まれた。

 

「レイさんに迷惑かけちゃダメでしょ!」

 

 どの口が、と言いそうになるのをグッと飲み込む。

 

「ねぷてぬ! ぴぃめいわくなんてかけてないもん!」

「ネプテューヌさん、私は構いませんよ。子供なんですから、お腹いっぱい食べさてあげたいじゃないですか」

 

 自分のことは棚に上げつつピーシェをしかるネプテューヌに、ムッとするレイ。

 だがネプテューヌは存外に真剣な顔だった。

 

「ううん。ちゃんと我慢させないと……そうだ! ねえぴーこ、この旅の間いい子にしてたら、新しいオモチャを買ってあげる! ……いーすんが」

「……ほんと?」

「うんホントホント! だから我慢しよ、ね?」

「う~……わかった。ぴぃがまんする!」

「はい、いいこいいこ♪」

 

 ネプテューヌはピーシェの頭を撫でてやる。

 一連の流れを見ていたレイは、内心で舌を巻いていた。

 普段は駄女神なくせに、子供の扱いは上手いものだ。

 と、同時に子供を甘やかしがちな自分を少し反省して……それから何を女神に感心しているんだと少し葛藤する。

 

「……随分、手慣れてますね」

「ん? う~ん、そうでもないよ。子供って何するか分かんなくて大変だし」

 

 テヘへと笑うネプテューヌ。

 そりゃ、あなたも同じだろう、とは思っても言わないのだった。

 

  *  *  *

 

「レイちゃん、レイちゃん。ちょっとこっち来てくれない?」

 

 食事の後片付けも終わり、ちょっと休もうかと思っていたところで、椅子に座ったアノネデスに声をかけられた。

 どういうワケか、アブネスやネプテューヌといっしょにテーブルを囲んでいる。

 

「アノネデスさん? 何ですかいったい?」

「いやちょっと、レイちゃんたちとガールズトークしたくて♡」

「が、がーるずとーく、ですか……。じゃあ、せっかくなので……」

 

 アノネデスが男性なのは置いといて、せっかくのお誘いを断るのも失礼かと思い自分用に空けておいてくれたらしい椅子に着く。

 

「それで……どういう集まりなんです、これは」

「だから言ったでしょガールズトークよ、ガールズトーク♡」

「私、そういうのしたことないんで……」

 

 思えば、レイには友達と言えるほど親しい相手はいない。

 ディセプティコンたちやリンダは、友達とは少し違う気がする。

 

 ガールズトークなんて夢のまた夢だった。

 

「もう、難しく考えなくていいのよ! お茶を飲みながら世間話でもすればいいの!」

「そうだよー! ついでに甘い物でもあれば最高!」

『ねー!』

「は、はあ……」

 

 やたら息のあっているアノネデスとネプテューヌに、レイは微妙に引いてしまう。

 一方、アブネスは機嫌悪げに腕を組んでいる。

 

「って言うかさ」

 

 煩い二人が一端静まるや、意外や意外。アブネスが最初に口を開いた。

 

「レイ、あんた脱女神運動家でしょ? 最近活動の噂聞かないけど? そこの幼女女神とも普通に喋ってるし」

 

 幼女!?と驚くネプテューヌを置いておいて、レイはよどみなく答える。

 

「市民運動はやめいちゃいましたから。……あんまり、意義を感じなかったので」

「ふ~ん、女神が嫌いじゃなくなったんだ」

「おおー! それはいいことだ! 女神を嫌ったって碌なことないって!」

 

 冷めた様子のアブネスと何故かハイテンションなネプテューヌ。

 

「いいえ。今でも女神は嫌いですよ。ネプテューヌさんは、特に」

 

 だがレイは笑顔で言い切った。

 その笑顔があまりにも堂々としていたので、さしものネプテューヌもフリーズしてしまう。

 アブネスは憮然とした顔だ。

 

「……あなた変わったわね」

「まあ色々ありましたので」

 

 困ったように笑むレイを見て、アブネスは鼻を鳴らす。

 

「ふん! ワタシは、脱女神運動をやめないわよ!」

「え~、なんで~? なんでそんなに女神を嫌うのさー?」

 

 もう硬直から回復したネプテューヌが問うと、アブネスのただでさえキツメな顔がさらに鋭くなる。

 

「じゃあ、幼女女神! あなたは何で女神をやってるのよ!」

「ええ~? 質問に質問で返す~? ま、いっか。女神をやってるのは、女神に生まれたからだけど……」

「そう! そこよ!!」

 

 今までになく大きな声で、アブネスは力説を始めた。

 

「女神は女神に生まれたというだけで、とんでもない重圧を背負わなきゃいけないのよ!! 特にルウィーのブランちゃんたちなんて、思いっきり幼女じゃない!! かわいそうでしょ!! 幼女が女神になんなきゃいけない、こんな世界間違ってるのよ!! オートボットの連中も大っ嫌い!! ひと様の世界にやってきて、勝手に戦争して!!」

「んんー……言ってることは分かるけどさー。そんなこと言われたって、ブランたちは喜ばないと思うよー。それにオプっちたちだって、ディセプティコンからゲイムギョウ界を守ってくれてるんだから、感謝してもいいんじゃないかなー」

 

 グッと拳を握るアブネスに、ネプテューヌは少し冷たい口調で反論する。

 

「まあ女神ちゃんたちやオートボットの連中の是非はともかくとして、ディセプティコンがむかっ腹の立つ奴らなのは、確かね」

 

 アノネデスは彼としては珍しく、明らかな嫌悪感を滲ませる。

 かつて自らが製作に関わったスティンガーが破壊されたことは、彼に享楽主義を返上してオートボットに協力するには十分な出来事だった。

 

「アタシは悪党だけど、許せないことの一つくらいあるのよ」

「ふん! それで、レイ! 今は何をやってるのよ? 前は市民運動しながらバイト掛け持ちして食い繋いでたでしょう」

 

 話にならないとばかりに、アブネスは話題をレイの近況に移す。

 

 レイは嘘にならない程度に慎重に言葉を選ぶことにした。

 

 さしもにディセプティコンの一員になって日々女神やオートボットと戦ってるとは言えない。

 

「そうですね……今は、住み込みで子供たちのお世話のようなことをやっています」

「ッ! 幼年幼女のお世話! あんた幼稚園の先生になったの!? いいわねえ、幼年幼女に囲まれて、まさに天国だわ!」

 

 子供の単語に食いつくアブネスに、レイは苦笑する。

 

「どちらかと言うとベビーシッターでしょうか。やりがいはある仕事ですよ」

「でも子供の面倒って大変でしょう? 大丈夫なの?」

 

 そう口を挟んだのはアノネデスだ。

 

「大丈夫ですよ、みんないい子たちですし、職場の人たちが手伝ってくれますので」

「へえ、どんな連中?」

「一番仲がいいのは、小柄ですけど面倒見が良くて素敵なヒトです。それに気は優しくて力持ちなヒトもいますし、口は悪い方もいますけど、そのヒトも本当は優しいヒトなんです」

 

 ちなみに最初がフレンジー、次がボーンクラッシャー、最後がバリケードである。

 この時レイのポケットの中で、スマホに変形しているフレンジーはむず痒い思いをしていたが、今は関係ない。

 

「……それって全員、男?」

「男性ですけど、それが何か?」

 

 質問の意味が分からずに首を傾げるレイにアノネデスは、まあいいわと手振りで示す。

 続いて、フリーズから回復したネプテューヌが問う。

 

「住み込みってことは、子供たちのお父さんやお母さんとも仲良いんだ! レイさん、親御さん受け良さそうだもんね!」

「ああ、いえ。子供たちに親はいません」

 

 何気なく返された言葉に、ネプテューヌは再びフリーズした。

 それを無視して、レイは続ける。

 

「でも、父親になりたがってるヒトならいますね。私の直接の雇用主、ということになるんでしょうか? そのヒトに……スカウトされたので」

 

 実際には拉致監禁であるが、ボカしておく。

 

「へえ、それってどんな人?」

 

 アノネデスの質問に、レイはメガトロンのことを頭に思い浮かべる。

 

「……そうですね、子供たちに結構な期待を懸けちゃうタイプみたいです」

「何よそれ? 幼年幼女を虐待とかしてないでしょうね! ギャンブルや酒に溺れるのも立派な虐待なんだからね!! 仕事してないロクデナシはもちろん論外よ!!」

「厳しいですけど、虐待、とまではいきませんね。ギャンブルはしませんし、お酒は……星を見ながら飲むのは好きみたいですけど、溺れはしませんね。仕事は……一応、団体の長をやっています。そのヒトが立ち上げて大きくしたそうです」

 

 アブネスの言葉に懇切丁寧に反論するレイ。

 すると今度はアノネデスが反応した。

 

「ああ、ワンマン社長タイプ? そういうのって、現実見えてない理想家か、徹底した効率主義者が多いけど、どっちかしら?」

「と、いうよりも、理想を叶えるために現実主義に徹しようとしているけど、根はロマンチストなヒト、でしょうか。私の個人的な印象ですが。子供たちにも、なんだかんだ甘いですし。……私には辛辣ですけどね。何せ、私はあのヒトの所有物らしいですから」

『え……』

 

 レイの発言に、一同は色めき立つ。

 

 ――え、何!? そういう関係!?

 

「何かにつけ『お前は俺の所有物だ!』ですよ。物扱いなんて、酷いと思いません?」

 

『違う! そうじゃない!』

 

 職種も性別もバラバラな三人に異口同音に言われて、レイはキョトンとする。

 この時、フレンジーもネプテューヌらと同じ気持ちだった。

 

「それ、どう考えても惚れてるじゃないの!」

「レイちゃん、ないわ! それはないわ!」

「鈍感なのはハーレムラノベの主人公だけで十分って、偉い人も言ってたよ!」

 

 ようやく三人の言っていることに気が付き、レイは笑む。

 

「ああ……違いますよ。あのヒトが私を恋愛対象として見るなんて、それこそ『実は私は女神だった!』っていうくらい有り得ないことですからね」

 

 思い出されるのは、いつかの戦場。

 

 紫の女神に愛を告白した宿敵を、容赦なく嘲笑う破壊大帝の姿。

 

 あれを見たら、メガトロンが有機生命体にそういう感情を抱くなんて、馬鹿馬鹿しい考えは浮かばないだろう。

 

 そうでなくとも、ディセプティコンは人間をムシケラだペットだと言ってはばからないのだ。

 

 クスクスと笑うレイに三人は閉口し、フレンジーはこれを主君に報告すべきか悩んでいた。

 

「それとあのヒトは……なんて言うか誤解されやすい……というよりも、あえて他人に誤解されようとしている感じでしょうか。本当は優しさや人を思いやる気持ちを持っているのに、それを頑なに隠そうとしていて……そんな部分まで理解している部下が本当に少ないんです。……だから少しでも支えになりたんです」

 

 穏やかに語るレイに、アノネデスはスーツの下で表情が緩ませる。

 

「なるほどね。その人のこと、好きなのね」

「そうですね。尊敬できるヒトですし……」

「ああ、そうじゃなくて、レイちゃんが、そのヒトに恋してるってこと」

 

 言われて、レイは小首を傾げた。

 

「…………恋?」

「そ、恋。その人のことを思うと胸が暖かくなったりしない?」

「それに、すごくドキドキして……苦しいっていうか」

 

 何を言われているのか分からない風なレイに、アノネデスとネプテューヌは……アノネデスは分かり辛いが……微笑みかける。

 

「恋? ……これが?」

 

 レイは両手で頬を押さえてイヤイヤするように首を振る。

 

 11mはある体躯、誰もが恐れる悪鬼羅刹の如き顔。

 ああでも真っ赤な(オプティック)は吸い込まれそうで綺麗だ。

 

 性格は傲岸不遜、唯我独尊、俺様至上主義を地で行く。

 だからこそ、時折見せる優しさがとても魅力的で……。

 

 誰も寄せ付けず、破壊と支配に生きる暴君。

 でもそれだけじゃない。もっと別の何かがあって……。

 

 嗚呼、考えるだけで胸が締め付けられる……。

 

「でも私みたいな年増が恋なんて……」

「あら、恋に歳は関係ないわ」

 

 アノネデスが言うと、レイは顔を曇らせた。

 

「恋をすると、もっと楽しいものだと思ってましたが……」

「誰かを好きになるっていうのは、楽しいだけじゃないんだよ! 辛いこと、苦しいことも多いんだよ! ……受け売りだけどね」

 

 そう言いつつもネプテューヌの言葉は実感を伴っていた。

 

 しかし、レイの表情はさらに曇っていく。

 胸の甘い疼きが、刺すような痛みに変わっていく。

 

 ――だって、だって……、絶対に叶わない恋なんて、悲しいだけじゃないか……。

 

 あのメガトロンが、自分の好意を受け入れてくれることなんて、絶対に絶対に有り得ない。

 

 バッと席から立ち上がるや、レイはどこかへ駆けていった。

 

「あッ! レイさん!!」

「放っておいてあげなさい。あんまり深入りするものじゃないわ」

 

 追おうとするネプテューヌを、アノネデスがやんわりと諌める。

 だがネプテューヌは首を縦には振らなかった。

 

「ううん、わたし、やっぱり行ってくるよ。……あの人と話したいこともあるし」

 

 それだけ言って、ネプテューヌはレイの消えた暗がりへと走っていった。

 残された二人は静かに茶を飲んでいたが、やがてアノネデスがしみじみと呟いた。

 

「若いわねえ……この表現が女神に適切かは、分からないけど」

「ふん! ……しっかし、レイも変わったわね。昔はもっと、意味なくオドオドビクビクしてたのに」

「そうなの?」

「ええ。自分に都合が悪くなると、ヘラヘラ愛想笑いして誤魔化すか、ひたすら謝ってやり過ごそうとするかだった。そのくせ、自分の本音をさらけ出さない、そんな奴だったわ」

 

 アブネスからしてみれば、レイの変化は悪い気分ではないが、手放しで喜ぶこともできない。そんな感じだ。

 別に、アブネスとレイは友人だったワケではない。仲が良い知人というレベルでさえない。

 それでも一応、アブネスにとってレイは、女神を嫌う人間が少数派の、このゲイムギョウ界において、脱女神を掲げる同志だったのだ。

 

「それがいつの間にか男なんか作っちゃってさあ! 不純よ! 不潔よ! 不道徳よ!!」

「はいはい。愚痴にぐらい付き合ってあげるから、落ち着きなさいな」

 

 アノネデスはどこからか酒瓶と二人分の器を取り出し、器に酒を注ぐ。

 

「今日は飲みましょ」

「……ふん!」

 

 アブネスはひったくるようにして酒の注がれた器を受け取る。

 

 その傍に落ちているスマホ……レイが落としたフレンジーは、どうしようかと慌てていたのだった。

 

  *  *  *

 

 キャンプを飛び出したレイは、やがて走り疲れて森の中の泉の畔で立ち止まった。

 

 水面を鏡代わりに自分の顔を映して見れば、目から涙が流れていた。

 

「……泣き虫だなあ、私」

 

 未だにふとしたことで感情をコントロールできなくなる自分に、自嘲混じりの笑みは漏れる。

 ひとしきり泣いたところで涙を拭い、キャンプに戻ろうとしたその時、自分を追いかけてきたらしいネプテューヌの姿が目に入った。

 

「おーい! レイさーん!」

「何で、よりにもよって……」

「レイさーん! よかったー! キャンプから離れたら危ないよー!」

 

 心配して来てくれたのだろうが、ありがた迷惑だ。

 

 駆け寄ってきたネプテューヌは、レイの眼に涙が光っているのを見つけて驚いた顔になる。

 

「レイさん、泣いてる?」

「……ほっといてください」

 

 心配そうなネプテューヌに、レイは冷たい声を出す。

 

「だって……」

「ほっといてください! 言ったでしょう! あなたのこと、嫌いなんです! あなたの顔も声も言葉も! 何もかもが気に食わないんですよ!! あなたが傍にいると、頭がグチャグチャして落ち着けない!! 私のことが心配だって言うんなら、私に一切構わないでください!!」

 

 怒鳴り散らされて、ネプテューヌは一歩下がる……が、すぐにグッと顔を引き締め二歩前に出た。

 

「……それはできないよ。知りたいから。わたしを、女神をそこまで嫌う理由」

 

 不真面目なことで知られる彼女らしくない、真剣な表情と声で、ネプテューヌは問う。

 

「教えて……『仮面の女』」

 

  *  *  *

 

「でっさ~、わたしが取材しようとしたら『オートボットの任務は極秘なので』とか抜かすのよ、あのデカブツ!! 失礼だったらありゃしない! だからオートボットって連中は……」

「はいはい……アポもなしに突撃取材しようとアブちゃんにも問題があるわよね」

 

 アノネデスは、すっかり酔っぱらってオプティマスに対する愚痴をぶちまけているアブネスを適当に相手していた。

 

「それにムカつくのはレイの奴よ! あいつ、ちょっと見ない間に美人になっちゃって! 何か若返ってるような気もするし! 男が出来ると、ああも変わるもん!?」

 

 いつしか愚痴の対象は、レイに移っていく。

 

「はいはい。落ち着きなさいって。……まあ恋や愛は人を変えるわ。良くも悪くもね」

 

 アブネスを宥めるアノネデスだったが、ふとこのキャンプにいる人間のものではない気配を感じた。

職業柄、そういうのには敏感だ。

 

 瞬間、どこからか現れた軍用ジープの集団がキャンプを取り囲み、それから完全武装の兵士たちが銃を手に降りてくる。

 

「え、なにこれ?」

「……………これは、まずいことになったわね」

 

 事態が飲み込めていないアブネスに対し、アノネデスはアーマーの下で冷や汗をかくのだった。

 

  *  *  *

 

 レイは冷水を浴びせかけられたような気分だった。

 

「あなた……! いつから気付いて……」

「最初から、なんとなく。確信したのは、さっきかな? 『今でも女神が嫌い』って言ったとき」

「なんで……」

「『何で気付いた』って意味なら、あなたから感じた悪意が、前に感じたのと全くいっしょだったから。『何で黙ってた』って意味なら……話がしたかったから」

 

 ネプテューヌは、レイの目を真っ直ぐに見つめる。

 

「どうしても聞きたかったんだ、あなたが、どうして女神をそんなに憎むのか」

 

 その機会をずっと窺っていたと言うのか。

 あの、能天気で、不真面目で、遊んでばっかりの、ネプテューヌが。

 

「聞いてどうするの? と言うか、私が素直に答えるとでも?」

「……あ、そこまで考えてなかった」

「………………」

 

 最後の最後でお間抜けなネプテューヌに、レイは気が抜けてしまう。

 

「……いいわ、教えてあげる」

 

 だからと言うワケではないが、レイはネプテューヌに喋る気になった。

 

「私も、何で女神が憎いのか、よく分からない。……私には過去が、昔の記憶がないから」

「だったら……」

「でも! これだけ憎いのだから、そこには理由があるはず!」

 

 アブネスが女神を嫌うのは、『女神を助けたいから』。

 アノネデスがディセプティコンを嫌うのは『身内を傷つけられたから』

 

 だから、きっと自分の憎しみにも確たる理由……『中身』があるはずだと、レイは信じていた。

 

「それに今はそれだけじゃない。……あなたたちが、あの子たちを傷つけるだろうからよ」

「そんなことしないよ。わたしたちも、オプっちたちも」

 

 レイの言う『あの子たち』というのが何者なのか、ネプテューヌには分からない。

 

 それでも、決して子供を害するような真似はしない。

 

「…………百歩譲って、あなたは傷つけないとしましょう。でもオートボットは? あいつらが、絶対に子供たちを『駆除』しないって言える?」

「言えるよ」

 

 冷え切った声で放たれたレイの問いに、ネプテューヌは力強く答える。

 

「わたしが、させない」

 

 それは、オートボットが子供を傷つけるワケがないという、無邪気な信用から来る言葉ではなかった。

 いざという時は、自分が止めると、そう言っているのだ。

 

 決意を込めた言葉に、しかしレイが返したのは冷笑だった。

 

「あなたが? …………よりにもよって、友好条約が結ばれる前、誰よりも他の女神を倒すことに拘っていた、あなたが?」

 

 レイから浴びせられる言葉に、ネプテューヌの顔が険しくなっていく。

 まるで思い出したくない過去を呼び起こされたように。

 

「私はおぼえているわ。あの頃、女神の中で最も排他的なのはあなただった。『ラステイションに負けるな!』『ルウィーを倒せ!』『リーンボックスなんか無くなればいい!』……いつもそう言って国民を戦争に導こうとしていたのは、あなたじゃない」

 

 レイの声は、粘性の液体のように冷たくネットリとしていた。

 

「そんなあなたが、何を思ったのか友好条約とか言い出した時、私は思ったわ。『ああ、コイツは自分の言ったことを簡単に翻すような、そんな無責任な奴なんだ』ってね!」

 

 ネプテューヌは反論しない。

 ただジッと、堪えるように拳を握りしめるだけだ。

 

「もし違うっていうのなら、教えてちょうだい。あなたが平和を希求する、その理由……確たる『中身』を」

 

 少しの間、両者は睨み合った。

 

 やがて、ネプテューヌは静かに口を開こうとした。

 

 だが。

 

 突然、森の中から何かが飛び出してきた。

 

 それは四足で歩く犬のような金属生命体……スチールジョーの群れだ。

 

「な、何!?」

「こいつらは……!」

 

 急展開にレイは戸惑うが、ネプテューヌはすぐさま太刀を召喚して構える。

 

「おやおや、スチールジョーが吼えるから来てみれば、随分と珍しい顔だな」

 

 やがて、群れの向こうに知った顔が現れた。

 

 黒い痩身に全身に装備した武器。

 人間の髑髏を思わせる顔。

 

「しばらくだなあ、女神ぃ。いっしょに来てもらおうか?」

「ロックダウン……!」

 

 オートボットとディセプティコン。

 そのどちらにも属さない賞金稼ぎ。

 

 ロックダウンが、皮肉っぽい笑みを浮かべていた。

 




この中編、ネプテューヌとレイに『オプティマスとメガトロン』というフィルターを通さずに対話させるのが、一つの目的だったりします。

今回の解説。

ブルーウッド大樹海、フージ火山
青木が原樹海と富士山。
なぜって? ア○リ社の社章が富士山モチーフだからです。

アブネスの理由、アノネデスの理由。
彼女たちには、彼女たちなりの理屈や思いがあるはず。
ではネプテューヌとレイには?

ネプテューヌが一番排他的だった。
原作無印準拠。

ご意見、ご感想、お待ちしております。
では。

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