超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
あれから長い年月が過ぎたもんです。
しかし、まさか、書き上げるのに二週間もかかるとは思わなかった……。
DD-05の日々は、変わることなく過ぎていった。
研究に明け暮れ、世俗のことには関わらない。
その間にも、メガトロンは率いるディセプティコンは勢力を伸ばし、各地でオートボットと小競り合いを繰り返していた。
「まったく下らない。オートボットだの、ディセプティコンだのと言った矮小な概念に囚われるとは、論理的ではないね」
師であるジアクサスなどは、そう言って他者を見下しているが、DD-05からすればそうやって自身を特別視することこそ、論理的ではない。
結局のところ、この世界の全ては論理の奴隷に過ぎないのだ。
そこからは、何者も逃れることはできない。
特別な存在など、いない。
言ったところで無駄だろうから、言わないが。
もはや、DD-05に感情の揺らぎはない。
時折、ドリラーの鳴き声から悲しみを感じる。
それは感情を失い、それを模倣して残滓を感じている気になっている自分への憐みなのだろうか?
興味はあるが、興味だけだ。感傷はない。
それを悲しいと思うことすら、DD-05にはできなかった。
* * *
暗闇に満ちた洞窟の中をショックウェーブことDD-05が肩にプルルートを乗せて進んでいた。
出口目指して進む二人だが、何か当てがあるワケではない。
行き当たりバッタリに、進める方に進んでいるだけだ。
「ね~え、DD-05~? 出口はこっちでいいのかな~?」
「わかりません」
「だよね~……まあいっか~」
呑気にもほどがある二人。
果たして二人は無事、外界に戻ることができるのだろうか?
ふと、DD-05が立ち止まって上を見上げた。
「どうしたの~?」
「なんだか、ゆれてます」
「そうかな~? あたしは分かんないけど~、気のせいじゃないかな~」
「いいえ、ゆれてます」
そう言われても、プルルートは揺れを感じず首を傾げる。
しばらく佇んでいたDD-05だが、やがて揺れを感じなくなったのか歩きだす。
プルルートも、気にせずにいたのだった。
* * *
研究所の最奥。
この研究所の科学者たち……主にジアクサスが創り上げた危険な発明が封印されている隔離区画。
そこの一室に、DD-05は閉じ込められていた。
「……これはどういうことですか?」
「君には、もう分かっているっはずだよ」
DD-05の問いに、ジアクサスは何てことないように答えた。
「ブレイン交換手術の結果、君の知能は飛躍的に向上した。私としても満足のいく結果だった。……だが最高評議会のお歴々に君のことが知られてしまってね。議会はディセプティコンの出身である君が賢くなったことに危機感を抱いているようだ」
ジアクサスの説明にもDD-05は全く動じず、この先、何を言うかも分かっていた。
しかし、論理的に考えて反論する価値を感じなかったので、黙っていた。
「私としても手を尽くしたのだがね。君を無期限拘束すると言う決定が下った。残念だよ、DD-05。本当に申し訳ない」
そう言いつつも、全く残念そうにも申し訳なさそうにも見えないジアクサス。
DD-05には分かっていた。
ジアクサスはDD-05のために動いてなどいない。
評議会の後ろ盾の下、ヒトの道から外れた研究を続けるジアクサスに取って、評議会から命令と、実験動物の命は天秤に賭ける間でもない。
それを咎める気も起きない。
だから、DD-05はその決定を粛々と受け入れた。
彼は自分の命を惜しいと思うことさえないのだ。
しかし、気になることはあった。
「一つだけ、質問してもよろしいでしょうか?」
「何かね?」
「ドリラーは、どうなりますか?」
「ああ……、処分することになったよ」
その言葉を聞いた時、DD-05の胸の奥のスパークが、僅かに疼いた。
「そう、ですか……」
「ああ。では、さらばだDD-05。なに、いつか出られる日もくるさ」
ジアクサスは慰めるように言ったが、すでに彼はDD-05への興味を失っていた。
――助手なら、また作ればいい。今度はオートボットを使えば、評議会も文句は言わないだろう。その時は、より完璧な結果を出せるだろう。
ジアクサスは次の実験のことを考えながら、部屋を出て行った。
DD-05は、ただジッとしていた。
出られる時などこない。
ジアクサスが出してくれることはないだろう。
可能性があるとすれば、誰かがこの研究所の警備システムを突破してくることだが、それこそ論理的に考えて有り得ない。
地下深くに位置するここを守るのは、何重にもなった特殊合金製の隔壁とフォースバリア、侵入者を抹殺するドローン。
もし、ここまで辿り着く者がいるとすれば、それは論理を超える者だろう。
同じころ、ジャンク品を廃棄していた研究員がスイッチを押し間違え、強酸のプールに落とされるはずだったコンテナの一つをロボットアームから落としてしまった。
研究員は慌ててロボットアームを操作して、そのコンテナを掴み酸に落としたが、コンテナから何か、蛇のような物が飛び出し、身をくねらせて外へ続く配管に潜りこんだことには気付かなかった。
* * *
しばらく歩いていたDD-05だがまたしても立ち止まった。
「今度はどうしたの~? また揺れてるの~」
「はい。でもこれは……」
不思議そうにしているDD-05と釣られて首を傾げるプルルート。
しかし、今回も何事もなかったようで、再び歩き出そうとするDD-05だったが……。
横の壁が吹き飛び、土中から二連ドリルが特徴的なドリルタンクが飛び出してきた。
何事かと驚くプルルートとDD-05の前でドリルタンクは粒子に分解し、再結合して双頭のトランスフォーマーに変形する。
その姿は、DD-05によく似ていた。
「マスター! ご無事でしたか!」
DD-05の姿を見つけるや嬉しそうな声を上げて近づいて来る双頭のトランスフォーマー……トゥーヘッドだった が、当のDD-05は不思議そうな顔をしていた。
「? きみはだれ?」
「マ、マスター!? どうしたんです? 私です、トゥーヘッド……ドリラーです!!」
「どりらー!? きみはどりらーなの?」
驚愕するDD-05。
彼の記憶にあるドリラーは、長大な体を持ったドローンだった。
しかも、話すことはできなかったはずだ。
「わー、ぼく、どりらーとおはなししたかったんだ!」
歓声を上げるDD-05に、トゥーヘッドは面食らい、次いで主人の肩に乗っかっているプルルートを双眼(二つの頭に一つずつ)で睨む。
「貴様、マスターに何をした! このモンスターめ! これじゃ別人だ!!」
「ええと~、あたしは何をしてないよ~?」
「嘘を吐くな! この……」
「だめだよ、どりらー。ぷるるーとはわるいひとじゃないよ」
正直に答えるプルルートに掴みかかろうとするトゥーヘッドだったが、DD-05がそれを止めた。
「ま、マスター?」
「ぷるるーとをいじめちゃだめ! どりらーでも、おこるよ!」
舌足らずな声が全く迫力を感じさせない主人に、トゥーヘッドは戸惑い、どうすればいいか迷う。
――これでは、まるで昔の……。
プルルートはDD-05に不安げに声をかける。
「だいじょうぶ、DD-05?」
「だいじょぶですよ。どりらーは、ぼくのともだちなんです」
プルルートを安心させようと柔らかく笑む主人に、トゥーヘッドは困って右手で右の頭を掻く。
トゥーヘッドの思考の大部分は、いかに主人の役に立つかと言うことに割かれている。
彼の忠誠は破壊大帝や軍団ではなく、あくまでもショックウェーブに寄せられているのだ。
故に、トゥーヘッドは今のショックウェーブを否定できない。
今まで何千年もの間、ショックウェーブに仕えているが、こんなにも安らかな表情の主人は初めてだ。
――ならば、しばらくはこのままでもいいか……。
そうトゥーヘッドが結論付けようとした時、急に洞窟が大きく揺れ出した。
巨体のDD-05とトゥーヘッドと言えど、よろめいてしまうほどの大きな揺れだ。
そして、洞窟の天井が崩れてきた。
「ほ~え~!?」
「ぷるるーと! あぶない!!」
瞬間、DD-05はプルルートを自分の肩から落として覆いかぶさるような姿勢を取って庇う。
その背に、大きな岩が降りかかった。
* * *
地下深くの隔離区画に入ってから、すでに3デカサイクル(約3か月)。
他にすることもないので、思索を続ける。
エネルギーの供給もとっくに止まり、ステイシスに入るのも時間の問題だろう。
別に、そのことには恐怖を感じない。
ドリラーが処分された時、DD-05の感情は残滓に至るまで死に絶えた。
今のDD-05を例えるなら、精神の無い『考える機械』だろう。
考えることは彼の本能だ。
この場に置いては何の意味もなくとも。
ふと、彼のセンサーが何かの音と振動を捉えた。
爆発音と、怒号、悲鳴、その他諸々。
それらは、段々とこちらに近づいてくる。
そして、目の前の扉が開いた。
「ほう? これがジアクサスが秘匿していた研究成果か」
逆光を背に立っていたのは、灰銀の大柄なトランスフォーマーだった。
真っ赤なオプティックが興味深げにこちらを眺めている。
その一歩後ろには、バイザーが特徴的で小柄なトランスフォーマーが控えていた。
「ソノ筈ダ。『コレ』ガ、DD-05。ブレイン交換手術ニヨッテ、知能ヲ劇的ニ高メラレタ、トランスフォーマー」
「とてもそうは見えんな。……それで、お前、話せるか?」
自分に向けて質問されていることに気が付くのに、少しかかった。
驚いて、いたからだ。
「……はい」
「会話はできるようだな。では、単刀直入に言う。この施設は我がディセプティコンの支配下に入った。よって貴様を軍団に徴兵する。無論、拒否権はない」
「分かりました。……一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」
久々に使う発声回路から、どうにか絞り出したのは疑問。
軍団に加わるのは、別に構わないが、どうしても気になることがあった。
「何だ?」
「あなたは、どうやってここまで辿り着いたのです? この研究所を守るシステムは鉄壁のはず。加えて制御コンピューターはスタンドアローンで接続もできない。本来なら不可能なはずです」
僅かに声が震えていたのは、発生回路の不調か、あるいは期待か……。
――期待? 感情が死んだはずの私が、期待していると言うのか?
DD-05の内心を意に介せず、灰銀のトランスフォーマー……破壊大帝メガトロンは、当然とばかりにニヤリと凶暴に笑んで答えた。
「何かと思えばそんなことか。決まっておる。力で踏み越えて来たのよ」
「馬鹿な……。論理的に考えて、有り得ない」
声の震えが大きくなる。
「フッ。俺の前に立ち塞がるのなら、論理とて粉砕するのみよ。……信じられないのなら、証拠を見せてやる。ブラックアウト、グラインダー、奴を連れてこい!」
メガトロンの声に応え、扉の外から同型と思しい黒と灰の二体のトランスフォーマーが『何か』を引きずってきた。
それは、DD-05を改造した張本人、この研究所の責任者である狂気の天才科学者。
ジアクサスが、両腕を掴まれて項垂れていた。
「ジアクサス? 捕まったのですか?」
「まあ、見ての通りだよ」
すでにかなり痛めつけられたらしく、へしゃげ気味な顔で力無く笑うジアクサス。
しかし解せない。
万が一何かあった場合、ジアクサスは自分しか知らない秘密の通路で逃げるはず。
その通路は他の者が入れば問答無用で抹殺されるようになっている。ジアクサスの人命軽視の現れと言えた。
DD-05のその疑問に答えるかのように、ジアクサスが口を開いた。
「どういうワケか、脱出用の通路が破壊されていてね。全く想定外だったよ……警備システムを力ずくで突破する者がいたこともね……」
苦笑しながらも未だに理知的に取り繕った姿は、故に惨めなものだった。
その姿に憐みも侮蔑も感じなかったが、少しだけ気が晴れた気がした。
「では、あなたは本当に防御システムを越えてきたのか。30層にも及ぶ特殊合金の隔壁とレベル7のフォースバリア、120体の侵入者抹殺用ドローンとタレット、電磁フィールドとレーザーネット、圧縮機を突破したと言うのか?」
「隔壁は残らずぶち破ってやったし、フォースバリアは発生装置を破壊してやった。ドローンとタレットは残らず撃ち落とした。電気は痒かったし、レーザーネットを潜り抜けるのはお遊戯のようだったな。さすがに天井が落ちてきた時はヒヤリとしたが問題はなかった。……サウンドウェーブのサポートがあってこそではあったがな」
胸を張るメガトロンにDD-05は身内のどこかから言い知れぬ震えが込み上げてくるのを感じた。
論理を超える存在を前に、スパークが震えているのだ。
「研究員に聞けば、お前こそがジアクサスの傑作で有り、研究所始まって以来の鬼才だと言う。それでここまで来た。俺と共に来てもらうぞ。その頭脳を俺とディセプティコンのために役立てるのだ」
「無論、喜んで」
「……いやに聞き分けがいいな。もっと嫌がるかと思っていたぞ」
即答するDD-05に、メガトロンは怪訝そうに顔をしかめる。
DD-05は慇懃にお辞儀をした。
「私はあなたのようなヒトを求めていたのかもしれない。論理を超えていく存在を……」
「…………貴様は、自身で論理を超えようとは思わんのか?」
「私には不可能ですので」
その言葉を聞いたメガトロンの表情が苦み走った物になったが、それも一瞬のことだった。
「論理など、俺の踏破しゆく壁の一つにしか過ぎん! 我が下にいれば嫌と言うほど論理を破壊する態を見ることになるわ!」
「それこそ、望む所。貴方様のため、力と知恵の限りを尽くすことを誓います」
DD-05が忠誠の証としてメガトロンの前に跪くと、メガトロンは満足げに頷いた。
「いや、そう言うことなら、私もディセプティコンに参加させてもらおう。役に立つよ」
まるでそれが当然とばかりに、ジアクサスがメガトロンに笑いかけた。
この男は評議会からディセプティコンに乗り換えようというのだ。
そもそも彼はあくまで研究欲からオートボットに組みしていたに過ぎず、研究ができるのなら、どの陣営でも構わないのだ。
狂的なまでの自分本位。それがジアクサスの本質である。
彼は自分の頭脳がどれだけ貴重かを理解しており、メガトロンなら自分を欲しがるだろうと考えていたのだ。
だが、メガトロンはジアクサスを一瞥すると、つまらなそうに排気して、DD-05に地の底から響くが如き重低音の声で命令した。
「おい、お前。さっそく最初の仕事だ。…………こいつを始末しろ」
「へ?」
その言葉の意味が理解できず、ジアクサスは間抜けな表情になる。
一方のDD-05は無表情のまま頷くと、ジアクサスに近づいていく。
ようやく事態を飲み込んだジアクサスは慌ててメガトロンに向けて声を上げる。
「ま、待ちたまえ! 私のブレインにどれだけの価値があると思っている!! 私の才覚は、この宇宙に二つとない貴重な物だぞ!!」
「確かに貴様はサイバトロン始まって以来の大天才だった。……そいつが現れるまでは、な」
「な……」
「研究員たちが口を揃えていたぞ。DD-05のブレインはジアクサスのそれを凌駕している、とな」
冷酷に言い放つメガトロンに、ジアクサスは顔を引きつらせる。
すなわち、DD-05を手に入れた今、ジアクサスを生かしておく意味はないのだ。
「な、なあDD-05! 私を殺したりはしないだろう! 論理的に考えてみてくれ! 君と私が組めば、素晴らしい成果が出せるはずじゃないか!」
必死に命乞いをするジアクサス。
もはや目の前の自身の研究成果にすがるしか、生き残る道はない。
メガトロン以下ディセプティコンが見守る中、DD-05は両手でジアクサスの頭を挟み込む。
「あなたの言う通り、論理的に考えれば、あなたを生かしておくべきだろう」
「ああ、だから……」
「だが、残念なことに、あなたは私のトモダチを処分した……。それだけは、どうしても許せないのですよ」
平坦に言い放ったDD-05が両手に力を込めると、ジアクサスの頭部はミシミシと音を立てはじめた。
絶望の色に染まるジアクサス。
「ま、待て! 私のブレインは宇宙一の……ぎ、ぎぐぅああ!!」
グシャリと音を立てて、狂気の天才ジアクサスの頭部は呆気なく潰れた。
頭部を失ってグニャリと倒れる残骸を、DD-05は無感情に見下ろした。
事実、何の感慨も浮かんでこなかった。
「さて、それでは外に出るぞ。ここに封印されていた発明品は、もう使えないしな」
何事もなかったかのように部屋の外へと向かうメガトロン。
ジアクサスの作り上げた発明品は、この施設が攻撃されると、破壊される仕組みになっていた。
DD-05の入っていた部屋だけは、サウンドウェーブが施設のシステムに直結することで何とか破壊を防いだ。
この事実はメガトロンを大いに失望させたものの、代わりに有用な部下を手に入れたので、良しとしておいた。
DD-05は、新入りの礼儀として他のメンバーが外に出るのを待つ。
メガトロンの腹心サウンドウェーブは、部屋を出る前に一瞬DD-05のほうを見る。
バイザーの後ろから不信を滲ませていたが、何も言わずに主君の後を追った。
先輩が全員出て行った後で、DD-05も続く。
この先に何が待っているのかは、彼の優秀なブレインを持ってしても分からない。
だが、僅かばかりの不安と計り知れない歓喜で
* * *
トゥーヘッドは意識を失って倒れたDD-05を助け起こしていた。
横ではプルルートが心配そうに見守っている。
「ねえ、DD-05、だいじょうぶ~?」
「分からん。少し待て……」
スキャンをかけると、体に特に損傷はない。
強制スリープモードに入っているのは、頭部に強い衝撃を受けたからだ。
「良かった。これなら簡単な修理で治せそうだ」
「そうなんだ~。安心したよ~」
ホッと一息吐くプルルート。
それに構わず、トゥーヘッドは主人の頭部に手を伸ばす。
手の指から細いケーブルが伸び、DD-05の頭部に潜りこんでいく。
その過程で、DD-05のブレインの配線が一つ、切れていることに気が付いた。
真光炉の暴走によるエネルギー波を頭部に受けたためだろう。
このせいでブレインサーキットの機能が基礎的な部分を残してオフラインになってしまい、人格と知能が退行してしまったのだ。
修理することは簡単だ。
配線を繋げば、それだけで科学参謀ショックウェーブは復活するだろう。
――しかし、本当にそれでいいのか?
トゥーヘッドは疑問に思う。
少なくとも、『DD-05』にはトゥーヘッドとプルルート、二人のトモダチがいる。
しかしショックウェーブにはトゥーヘッドしかいない。
果たして、元に戻ることが主人の幸せなのだろうか?
トゥーヘッドの問いに答える者はいない。
疑問にはいつもショックウェーブが解をくれた。
プルルートが不安げに見上げる中、天井を仰ぎ、トゥーヘッドは瞑目する。
やがて、深く深く排気して呟いた。
「マスター……どうか許してください」
意を決し、トゥーヘッドはショックウェーブの配線を繋げた。
ブレインサーキットに電力が供給され、機能を取り戻す。
人格パーソナリティ・・・・・再起動完了、問題なし
記憶データ・・・・・・・・・再起動完了、問題なし
全機能回復、損傷なし
「ぐ、ぐおおお……」
唸り声を上げて、DD-05……ショックウェーブは覚醒する。
上体を起こし、単眼を光らせて辺りをうかがう。
「マスター!」
「ぐ……、トゥーヘッドか? いったい、何が起こったのだ……」
「それは……」
気遣わしげに主人を助け起こすトゥーヘッドだったが、どう答えていいものか悩む。
ショックウェーブはブツブツと過去を反芻していた。
「確か、あの女神と戦ってそれから……」
「ねえ、DD-05……」
と、プルルートが心配そうにショックウェーブを見上げていた。
彼女は、まだショックウェーブが元に戻ったことが分からないのだ。
そして、現状を把握できていないのはショックウェーブも同じこと。
怪訝そうに何かと自分を目の仇にしている女神を見下ろす。
「何故、君がここに? ……いや待て、何故、私をDD-05と呼ぶ? ……ッ!?」
その瞬間、ショックウェーブのブレインに記憶が雪崩れ込んできた。
――ぷるるーと、ぼくはしょっくんじゃないです。DD-05です。
――ぷるるーと。ぼくのトモダチになってくれませんか?
――ぷるるーと、これあげます!
――ぷるるーとは、すごくきれいです。
「……違う」
絞り出すように、ショックウェーブは声を出した。
「違う! これは私ではない!! ぼくは、ぷるるーととトモダチに……違う、違う、違ぁぁああああう!!」
普段の冷静さも論理的思考もかなぐり捨てて絶叫する。
トゥーヘッドもプルルートも、その異様な姿に一歩下がる。
「ぷるるーと、ともだち……馬鹿な! いっしょにあそびたいな……そのような非論理的な思考など! ぷるるーといっしょにいると、たのしい……楽しいなどという概念は必要ない!! ぼくはDD-05……いや、私はショックウェーブ!!」
子供のようなDD-05の声と、狂気の天才ショックウェーブの声が交互に現れては消える。
ブレインを整理して幼稚な思考を抑制しようと試みても、胸の内の
単眼が不規則に明滅し、徐々に異常な輝きを帯びていく。
ギャリギャリと頭と胸を掻きむしってブレインの中からDD-05の人格を追い出そうとするが、それが彼の一番嫌う、論理的に考えて無意味な行動であることも分かっていない。
「ま、マスター……」
あまりのことに、トゥーヘッドでさえ制止することを躊躇ってしまう。
やがてショックウェーブは、尋常ではない感情のこもった視線をプルルートへと向けた。
「貴様……、きさま……!!」
「きゃあ!」
ショックウェーブは困惑するプルルートの体を掴み上げる。
「きさま……僕に、わたしに、なにを、した!?」
「DD-05……」
「そいつはしんだ!! わたしは、しょっくうぇーぶだ!!」
為す術もなく握られたプルルートは、遅まきながら事情を理解し、涙を溢れてくるのを止められなかった。
自分とトモダチになるはずだった、心優しいDD-05は、いなくなってしまったのだ。
「おまえも、しねえええええッッ!!」
ショックウェーブは、何故かオプティックから流れ出した液体が顔を濡らしていることに気付けず……あるいは気付かない振りをして、これまでにない殺意を漲らせてプルルートを握り潰そうと手に力を込める。
「……うっっわああああ!!」
その瞬間、プルルートは女神化して渾身の力で自分を掴む指をこじ開けた。
すぐさま地面に降り、距離を取って蛇腹剣を召喚する。
だが、その表情は嗜虐心と自身に満ちた女王然としたものではない。
痛みと悲しみを堪えようと唇を噛みしめた、幼気な少女のそれだ。
トゥーヘッドはオロオロとしていて、両者の間に割って入ることもできない。
そのままの硬直状態がどれだけ続いただろうか?
三者は敵の隙を窺って、と言うよりは自身の精神を落ち着けるために動くことができなかった。
最初に均衡を破ったのは、やはりと言うべきかショックウェーブだった。
右腕を粒子波動砲に変形させて、プルルートに狙いを定める。
プルルートも血が出るほど唇を噛みながらも、蛇腹剣を振りかぶる。
だが、その時だ。
「おーい! ぷるるーん!!」
声が聞こえた。
こちらの次元のプラネテューヌの女神、ネプテューヌの声だ。
それほど遠くからではない。
同時に、トランスフォーマー特有の重く硬い足音も聞こえてくる。
いなくなってしまったプルルートを探して、女神とオートボットがやって来たのだ。
トゥーヘッドが主人に向かって叫ぶ。
「マスター! ここは退きましょう! 私たち二人だけでは分が悪すぎます!!」
ショックウェーブは砲を構えたまま宿敵と分身を交互に何回も見た後、身を翻した。
「………………帰るぞ、トゥーヘッド」
「はい!」
主人の声に応えて、トゥーヘッドはドリルタンクに粒子変形する。
ショックウェーブもエイリアンタンクに変形すると、何とドリルタンクの後部に合体した。
合体タンクはドリルを回転させて壁を掘り始め、間もなく土中へと消えた。
「…………」
プルルートは女神化を解き、その場にへたり込む。
嗚咽が漏れてくるのを抑えることはできなかった。
* * *
メガトロン率いる一行の末尾に付いて研究所を出たDD-05は、まず天を仰いだ。
久し振りに見た空は、少しだけ灰色にくすみはじめていた。
しかし、そのことはDD-05の精神に何の感慨も起こさない。
空の青さも、流れゆく雲も、恒星の輝きも、単なる科学現象としか思えない。
その時、地面が揺れ始めた。
地震かと一同が身構える間もなく、目の前の地面を突き破って巨大な物体が姿を現した。
とてつもなく太く長い胴体からは何本もの触手が生え、円形の大口の内側にはシュレッダーが何重にも並んでいる。
形状自体はありふれた採掘用ドローンのそれだが、大きさが異常だ。
普通のドローンはトランスフォーマーより小さいくらいだが、これは何十倍もある。
「これは……」
ディセプティコンたちが驚きつつも武装を展開する中、DD-05はその採掘用ドローンの前に進み出た。
武器を構えず、殺気立ってもいない。
「ドリラー……。私の、トモダチ……」
DD-05が呟くと、採掘用ドローン……ドリラーは頭を下げてDD-05の顔に擦り付ける。
その頭をDD-05は優しく撫で、ブレインから情報をダウンロードする。
それによると、廃棄処分場から偶然にも逃げることができたドリラーは地下で成長を続けながらDD-05を助ける機会を窺っていたのだ。
研究所の地下に侵入することは敵わなかったが、それでも諦めはしなかった。
そして、偶然にもジアクサスが逃走用に用意していた通路を破壊した。
その気はなかったとはいえ、ドリラーは自分とトモダチの復讐を果たしていたのだ。
「ふむ。そいつはお前の戦力と言うことでいいのか?」
「はい。ドリラーは私の……戦力です」
成り行きを見守っていたメガトロンが問うてきたので、DD-05は正直に答える。
メガトロンは口角を吊り上げる。
――こんなオマケまで付いてくるとは、思わぬ拾い物だ。
心なし満足げな表情のメガトロンだったが、脇に控えたサウンドウェーブが建言する。
「メガトロン様。アノ男ハ危険ダ。ブレインスキャン ヲ実行シタガ、考エガ読メナイ」
「だからどうした? 能力があるのなら使うだけだ。……お前同様な」
主君にそう言われて、サウンドウェーブは引き下がる。
メガトロンはドリラーと戯れていたDD-05に向かって言う。
「そう言えば、お前の新しい名を決めねばな。DD-05では迫力に欠ける。ディセプティコンの一員として恥ずかしくない名前がよい」
そう言われて、DD-05は考える。
名前と言われても、興味がなかった事案なので、すぐには思いつかない。
『君の存在は、永遠に記録される
不意に、かつてジアクサスが言った言葉が脳裏によぎった。
「メガトロン様。恐れながら自分の名は自分で決めたいと思います」
「ほう? まあ良かろう。それで、何と名乗る?」
主君と定めた相手に問われ、DD-05は決意を込めて……少なくとも、そうしようと思って、宣言する。
「ショックウェーブ」
* * *
「ショックウェーブよ、それで成果はあったのか?」
メガトロンの声に、ショックウェーブはハッと遠い過去から引き戻された。
ここはディセプティコン秘密基地の司令部。
今は、主君であるメガトロンに今回の作戦の成果を報告している所だった。
「はい。真光炉なる物のデータは無事、得ることができました。不完全かつ非効率な品ですが、私が改良を施せば、必ずやメガトロン様のご期待に添う結果を出せるでしょう」
らしくもなく記憶に囚われていたショックウェーブだったが、すぐにそつなく奏上する。
玉座のメガトロンは鷹揚に頷いた。
「頼むぞ。我がディセプティコンの興亡はお前の研究にかかっておるのだ」
「は……。しかし、コアとして必須であるシェアクリスタルが問題です。こればかりは私の手でも作り出すことが叶いません」
「そちらは俺が何か考える。お前は研究に集中せい」
「御意のままに」
深く深く下げた頭の単眼が、異常な輝きを帯びていた。
研究所を出たあの日から、軍団のため、メガトロンのため、論理的思考を強化してきた。
――だのに……!
こうしている間にも、あの女神の顔がブレインにチラつく。
消去しても消去しても、胸の奥のスパークが勝手に記憶を修復する。
呑気極まる笑顔。
頬を染めて照れている顔。
そして、涙。
その全てが、まるでエラーのようにショックウェーブの心を酷く乱す。
全く持って、論理性に欠ける。
故に、ショックウェーブは胸中にて誓う。
この、論理的思考を阻害する、致命的な結果を生じかねないエラーの原因を全力で排除すると。
他の誰でもなく自分の手でそれを成してこそ、ショックウェーブは論理性を取り戻すことができるのだ。
その理屈が、論理的であるかはともかくとして。
――プルルート……。あの女は私の獲物だ。誰にも渡すものか……! 必ず、この手で!
……それが、『執着』という感情であることから、ショックウェーブは敢えて目を逸らした。
* * *
プルルートは独り、あの洞窟の中の花畑にいた。
あの後、無事にネプテューヌたちと合流することができたが、プラネテューヌに戻る前に皆に無理を言ってここに来たのだ。
「…………」
池を女神化して越え、花畑の中に降り立ったプルルートの手には、ショックウェーブ……DD-05から貰った花束があった。
果たして、DD-05と過ごした僅かな時間は、洞窟の闇が見せた幻だったのだろうか?
いや、この花束がそうとは思わせない。
DD-05は確かに存在したのだ。
例え、もう二度と会えないとしても……。
『ぷるるーと。ぼくのトモダチになってくれませんか?』
「……ええ、良いわ。アタシたちは、トモダチよ」
フッと微笑んでプルルートは花束を地面に置く。
力持ちで、健気で、純真無垢な心を持った、プルルートの大切なトモダチ。
……DD-05に、花束を。
そんなワケで、プルルートとショックウェーブの話でした。
ジアクサス先生は、過去編にて退場。
生き残らせても、禄なことしないでしょうからね。
しかし、何て言うか狂気に理由を求めちゃう私は、どうしようもなく凡人なんでしょうね……。
ヘルシングの少佐やFateのリュウちゃんみたく、『理由なんかない』と言うのが一番の狂気なんでしょうし。
次回はバランスを取るために軽い話を予定。