超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
最初期から考えていた話の一つです。
クリスタルシティ。
かつては、科学と文化の聖地として栄華を誇った都市。
だが、今は輝ける硬質クリスタルの建築物は黒ずんで輝きを失い、無残に倒壊していた。
「…………」
無数に散らばる瓦礫の中を、一体のディセプティコンがおぼつかない足取りで歩いていた。
細長い手足と、それに装備された四枚の盾が特徴的なディセプティコンだ。
彼は、このクリスタルシティの攻略において、大きな役割を果たした。
化学の専門家である彼が開発した酸性の薬品は、このクリスタルシティを囲む外壁を脆くし、防御システムの大部分を無力したのだ。
さらには、仲間たちと合体する能力により合体兵士デバステーターとなって直接的にも都市を破壊もした。
だがそのディセプティコン、名をミックスマスターは、浮かない表情をしていた。
元を質せば、ミックスマスターはこのクリスタルシティを建造した建築用モデルの一員である。
建築用モデルは同型が多数おり、ミックスマスターはその内の一体に過ぎない。
そしてこの都市を建造するおり、多数の建築用モデルが従事していたが、その際に使い捨ても同然の扱いを受けていた。
そしてついに、ミックスマスターはその復讐を果たしたのだ。
『ミッ…スマ…ター…』
と、誰かがミックスマスターを呼んだ。
ぎこちなくそちらを見れば、街頭のモニターから声がする。
この都市を統括するコンピューターの端末の一つだ。
『ミックスマスター……、友よ……、何故こんなことを……』
それは、メインコンピューターとして都市の地下に安置された巨大トランスフォーマー、オメガ・スプリームの声だった。
かつてクリスタルシティ建設の際、使い捨てられる建築用モデルたちのことを誰よりも気遣い、心を痛めていたのは、この眠れる巨神であり、ミックスマスターと仲間たちとは、個人的な親交もあった。
『友よ……、何故……』
「…………」
ミックスマスターは答えない。
やがて、端末は沈黙した。
ミックスマスターは復讐を果たした。
だが、崩壊したクリスタルシティを見てミックスマスターの胸に到来したのは、言い知れぬ虚しさだった。
自分たちが、仲間たちが、必死に造り上げたものが、無残に破壊されている。
確かに建築用モデルたちは酷使され使い潰された。だが、それでも偉大な工事に携わったことが誇らしくもあったのだ。自分たちの技術と労働力に対する自負と誇りもあった。
「もうちょっと、スカッとするもんだと思ってたんだがな……」
誰にともなく、ミックスマスターは呟く。
使い捨てられる運命を憂い、それをひっくり返すために軍団に入った。
ならば、もっとディセプティコンとしての価値観に従って他を蹴落として頂点に立てば、この虚しさは埋まるのだろうか?
答える者は、誰もいなかった。
* * *
ここは、ラステイションのとある山中。
木々の生い茂る中にここで、数台の建設車両が動き回っていた。
巨大なパワーシャベルが草木ごと地面を掘り返し、ブルドーザーが土を押しやり、ダンプカーが土砂を運ぶ。
さらに、クレーン車が吊り上げた資材を、ダンプトラックの荷台に積む。
高台に立つメガトロンは、それらの工程を不満げに眺めていた。
「新臨時基地の建造は、ずいぶんと遅れているようだな」
「へえ。なんせ急なことだったんで、碌な下準備もありやせんでしたから……」
機嫌悪げなメガトロンに、傍らに控えたミックスマスターが答える。
彼らは、前回の一件で失った臨時基地の代わりを建設しようとしているのだ。
しかし、基地と言うのは「造れ」と言われて「はい、どうぞ」とすぐに用意できる物ではない。
立地を選び、図面を引いて、資材を調達、運び込んで、やっと建設を開始、その後様々な工程を経てようやく完成するのだ。
「急ぐのだ。この臨時基地が完成しなければ、我らはこの国での足がかりを失うのだぞ」
それが分からないメガトロンでもないが、あえて厳しく言い含める。
「へ、へえ! 分かってまさ!」
すぐさま首をコクコクと振るミックスマスターだが、さらに後ろに控えるスクラッパーが声を出す。
「し、しかしメガトロン様! この辺りはあまり基地建設には適さない土地です! 地盤は脆く、山の傾斜も……ヒッ!」
言い募るスクラッパーだが、メガトロンがオプティックをギラリと危険に光らせると、すぐさま黙り込む。
「とにかく急がせろ。貴様たちの能力なら可能なはずだ」
「そ、そりゃもちろん、できないこたぁないですけどね。ただ、期間中にってのは……」
「ならば、期限を延ばしてやる! それまでには完成させるのだ!」
なおも不満げなミックスマスターに、メガトロンはピシャリと言い放つ。
「話しは終わりだ。俺は基地に帰る」
そして、踵を返してその場を去ろうとするが、ふと思い出したように振り返った。
「そうそう、貴様たち」
「へえ? 何でしょうか?」
「しばらくはオイルを飲むのをやめろ」
「「へッ?」」
思わず素っ頓狂な声を出すコンストラクティコンの二人。
そんな部下たちに対し、メガトロンは厳かに続ける。
「最近、エネルギー変換機の調子が悪くてな。直るまではエネルギーを節約することにしたのだ」
「そ、それで、何で俺らがオイルを断つことに!?」
「貴様らのオイル消費量が目に見えて激しいからに決まっておろう」
面食らうミックスマスターに呆れた調子で答えるメガトロン。
実際のところ、コンストラクティコンたちは全員揃ってかなりの大酒飲みならぬ、大油飲みだ。彼らが飲油を抑えるだけで、結構なエネルギー節約になるだろう。
「では、吉報を待っておるぞ」
ミックスマスターが何か言うより早く、メガトロンはギゴガゴと異音を立ててエイリアンジェットに変形し、飛び去っていった。
「ふ、ふ、ふ、ふざけんじゃねえやい!!」
大口を開けて唖然としていたミックスマスターだったが、やがて怒りを堪えきれずに叫んだ。
「こっちは、毎日クタクタになりながら働いてんだ!! それなのに、唯一の楽しみのオイルを飲むなだと!!」
「ミ、ミックスマスター、お、落ち着いてください」
怒れるリーダーをスクラッパーが何とか諌めようとするが、ミックスマスターは止まらない。
「これが落ち着いていられるかってんだ!! ええい、畜生!! カーッペッ!!」
「あ、ちょっと! どこ行くんですか!?」
「やってられっかってんだ!! ここは任せたぞ!!」
唾のような粘液を地面に吐き捨て、ミキサー車に変形してミックスマスターをスクラッパーが呼び止めるのも構わず走り去るのだった。
* * *
しばらく道なき道を走っていたミックスマスターは、やがて開けた原っぱに出た。
日差しは暖かく、草花は咲き誇り、蝶や小鳥が舞う。
だが、そのいずれもミックスマスターの心を癒しはしない。
働く男に取って、その日の最後に飲む一杯ほど大切な物はないのに、それを奪われたのだから、その怒りと悲しみは計り知れない。
「はあッ……」
ロボットモードに戻って草原に寝転ぶとオプティックを瞑って深く排気した。
「……上手くいかねえなあ」
何が、ではない。何もかも、だ。
使い捨ての土建屋が嫌で軍団入りしたのに、そこでもやっぱり土建屋扱い。ままならないものだ。
差し当たっては、やはりオイルを飲んで嫌なことを忘れたいが今はそれも叶わない。
「どうしたもんかなあ……」
誰にともなく呟くも、聞く者は当然いない。
と、その顔にどこからか風に吹かされて飛んで来た紙切れが被さる。
「わぷッ!? 何だこりゃあ?」
器用に紙を摘まみ上げると、それは何かのチラシだった。
「え~っと、何々? 技術者急募。特に建築関係の経験者歓迎。待遇応相談。やる気のあるかたは万能工場パッセまで……カーッペッ! なんでえ、下らねえ!!」
チラシの内容はおおよそミックスマスターの興味を引くものではなく、ポイと捨てようとする。
だが、そこでミックスマスターの目にチラシの下のほうに書かれた内容が目に入った。
「なお報酬は……オイルによる現物支給!?」
食い入るようにチラシを読み込むミックスマスター。
やがて彼は顔を上げるや決意に満ちた表情を浮かべ、ミキサー車に変形してエンジンをかけるのだった。
* * *
ゲイムギョウ界の東方に位置するラステイションは重工業が盛んな国だ。
こと日用品的な機械については、他の国を大きく上回る生産量を誇っている。
それを支えるのが勤勉な技術者たちであり、下町では大小無数の工場が、日夜競い合い技術を高め合っている。
パッセもそうした町工場の一つで、日用品からミサイルまで幅広く取り扱っており、工場では工員たちが汗水垂らして働いている。
その社屋の奥にある応接室も兼ねた会議室に何人かの人間が集まっていた。
「駄目だ! 今のままじゃ、技術者が足りな過ぎる!」
「せっかくここまでこぎつけたってのに……」
「やっぱり無理だったのか……」
席に座る歳かさの男たちは、皆一様に難しい表情だ。
と、一人の女性が立ち上がった。
青い髪を短く揃え、作業用のゴーグルを頭に乗せたツナギ姿の若い女性……少女と言ってもいい。
「みんな、何言ってるんだ! ようやく完成が見えてきたところじゃないか! 真羅公社の奴らに一泡吹かせられるんだぞ!」
「しかしな、シアン。これだけの物を造るには、どうしても人手が足りないんだ。皆、生活があるから、こいつに掛り切りってわけにもいかない」
吼えるシアンに、席に座った男に一人が、難しい顔で返す。
「だから、こうして技術者を募集してるんだ!」
「考えてもみろ、金が払えないからオイルで、なんて条件で雇われる奴がいると思うか?」
男の言葉に、シアンは悔しげに黙り込む。
シアンとて、こんな条件で人を雇えないのはよく分かっている。
それでも、小さな町工場が人に出せる物と言ったら知り合いの伝手で格安で手に入るオイルくらい。それもあまり質がいいとは言い難い。
重苦しい沈黙が、会議室を支配した。
「たのもー!!」
と、建物の外から声が聞こえてきた。
同時に、外にいる工員たちがざわつく声もする。
「し、シアン! 大変だ!!」
古株の工員が血相を変えて会議室に飛び込んできた。
「どうしたんだ、いったい?」
「と、とにかく来てくれ!」
工員に促され、シアンは男たちに軽く詫びてから、外へと出る。
すると、そこに広がっていたのは驚くべき光景だった。
「だーかーらー! 俺はこのチラシを見て応募に来たんだっつうに! 責任者を呼べや!!」
巨大なロボットが、自社のチラシを片手に大声を出しているのである。
しかも、そのロボットには見覚えがあった。
「で、ディセプティコン!? うちにいったい何しに来たんだ!?」
「あの通り、うちで働きたいと……」
「そんな馬鹿な!?」
思わず声が裏返るシアン。
ゲイムギョウ界にディセプティコンが出現するようになってから結構な時間が経っており、すでに彼らは各国のニュース映像や新聞でお馴染の存在となっていた。
このミックスマスター自身、仲間たちと共にこのラステイションでオイルを強奪していた時期があり、あまりいい意味でなく顔が知られている。
異世界から来た侵略ロボットが町工場で働きたいだなんて、普通に考えれば、有り得ない。
何とか正気に戻り、教会に通報するように工員に言おうとするシアンだったが、ミックスマスターは目ざとくシアンを見つけ、こちらに向かって歩いてきた。
「おう! おまえがここの責任者か!!」
「そ、そうだけど……」
「この、チラシの『報酬はオイルによる現物支給』ってのは本当だろうな?」
「ああ、うちはオイルくらいしか払える物がなくて……」
「つまり、本当なんだな! よし、働いてやるぜ! 何をすりゃいいんだ?」
さらに唖然とするシアン。
見るからに恐ろしげなロボット生命体が、オイル欲しさに働きたいと言っているのだから、さもありなん。
とにかく、これ以上厄介なことになる前に、お引き取り願うことにした。
「いやその、うちが欲しいのは技術者だし……」
「俺は技術者だ! 専門は建築と化学! 特に化学においては俺に調合できない薬品はないと自負してるぜ! ……見てろ、実際にやって見せてやらあ」
自信満々に自己アピールするミックスマスターは、工場の中に置かれた二種類の薬品を瓶ごと器用に摘み上げるや、それを持ったままミキサー車に変形する。その過程で、薬品はドラムの中へ消えた。
「ちょ! それは調合が難しい薬品だから、専門家に任せることになってるんだぞ!」
「目の前にいるのが、その専門家よ! 目を見て混ぜ混ぜ~♪」
止めようとするシアンや工員に構わず、妙な歌を口ずさみながらドラムを回転させるミックスマスター。
やがてドラムの回転が止まり、ミックスマスターがロボットモードに戻ると、その両手には一つずつ瓶が握られている。
だが、片一方は空になっており、もう一方は薬品で満たされていた。
「今ので、調合したって言うのか?」
「おうともよ! 嘘だと思うなら調べてみな!」
シアンは差し出された薬品を恐る恐る受け取り、その臭いを嗅ぐ。
上手く調合で出来ているなら、独特の臭いがするからだ。
「この臭いは……、調合できてる」
その言葉に、工員や何事かと応接室から顔を出した男たちがざわつく。
詳しく調べてみないと分からないが、この薬品は正しく調合されたようだ。
「どーでい! これで採用だろう! 化学以外にも力仕事もいけるぜ!」
胸を張るミックスマスターを見上げて、シアンはふと考えた。
このロボットは、確かにディセプティコンだが、優秀な技術者だ。それなら……。
「分かった。おまえをうちで雇うよ」
「お、おいシアン!? 正気か!」
シアンの言葉に、周囲は驚き彼女を止めようとするが、シアンは強い口調で返した。
「……責任は私がとるよ。それでいいだろ?」
その言葉に、男たちは顔を見合わせる。
女一人に責任を丸投げしては、ラステイション男の名折れだ。
「……分かった。そこまで言うなら、こいつを雇おう。だけど、こいつが少しでも何かしでかしたら、俺たちがすぐに教会に通報する」
「ありがとう」
無理を聞いてくれた仲間たちに頭を下げて感謝を伝えるシアン。
ミックスマスターは、一連の流れを興味なさげに眺めていたが、話が纏まったのを察して声を出す。
「よっしゃ。それじゃあ、さっそく仕事に掛からあ。んで、何をすりゃいいんだ?」
「あ、ああ、じゃあ、まずは……」
何はともあれ、シアンはミックスマスターに指示を出そうとする。
だが、その時だ。
「たのもー!」
またしても声が聞こえた。
酒焼けした中年男性のようなダミ声だ。
ミックスマスターを含めた一同がそちらを見ると、またしても巨大なロボットが立っていた。
それは肥満体でスキンヘッドの中年男性を思わせる姿の赤いトランスフォーマーだ。
「このチラシに書いてある、報酬はオイルによる現物支給ってのは、本当……」
チラシを片手に持った、そのトランスフォーマー……、オートボットのレッカーズ戦略家レッドフットは、大口を開けて硬直しているミックスマスターと目が合い、こちらも固まった。
「ッ! オートボット!!」
「ディセプティコン!!」
数瞬後、ミックスマスターはバトルタンクモードに変形し、レッドフットは武装を展開する。
形はどうあれ、オートボットとディセプティコンが出会った以上、戦いはさけられない。
はずだったが。
「待った待った!! こんな所でドンパチ始めるなって!!」
自分の工場で暴れられてはたまらないと、シアンが両者の間に割って入り、腕を広げて静止する。
だが一触即発の空気は消えない。
無視されてムッとしたシアンは、声を荒げる。
「言うこと聞かないなら、報酬のオイルはナシだからな!!」
その言葉は魔法のように効果的だった。
ミックスマスターはすぐさまロボットの姿に戻り、レッドフットは渋々ながらゆっくりと武器を下ろした。
ホッと息を吐いたシアンは、さて、と赤い太ったオートボットに向き合った。
「それで? アンタもうちで働きたいって?」
「ああ、この報酬はオイルってのが本当ならな」
「もちろん、本当さ! 質は保障できないけど。……それで、どんなことができるんだ?」
「専門は武器兵器の設計、製作、整備。他にも機械関係は一通り。俺の仕事は
自慢げに腹を揺すりながら語るレッドフットにミックスマスターはピクリと眉根を動かす。
「カーッペッ! よすうるに武器をチマチマといじくるしかできねえんだろうがよ!!」
「んだと、テメエには武器整備の芸術性が分かんねえようだな! このヤクを混ぜるしか能がねえドラム缶野郎が!!」
「そっちこそ、薬品を調合するのに、いったいどれだけの緻密な計算と繊細な技術が必要か分かってねえようだな! 腐れデブ!!」
「何を! このクソディセプティコンが!!」
「言ったな! オートボットのガラクタがよ!!」
口汚く罵り合いながらメンチを切り合うトランスフォーマー二人。
そんな二人を、シアンは怒鳴りつける。
「いい加減にしろ!! オイルなしでもいいのか!!」
金属生命体たちは、あからさまに不満げながら、またしても言い合いをやめる。だがお互いに剣呑な視線を向けていた。
先のことを思って、シアンはハアッと深く息を吐くのだった。
「……とにかく、仕事を説明するから、二人ともついてきてくれ」
踵を返して、シアンはミックスマスターとレッドフットに工場の中へ入るよう促し、二人は黙ってそれに続く。
町工場とはいえ、建物は中々の大きさがあり、トランスフォーマー二人も難なく入ることができた。
様々な機械や器具が並ぶ工場の中に通された所で、シアンはいったん二人を待たせて奥の会議室に入っていく。
「で、テメエは何でここに働きに来たんだよ?」
やることもないので、ミックスマスターは隣で鼻をほじくるレッドフットに気になっていたことをたずねる。
このレッドフットはオートボット屈指の技術者集団にしてオートボット屈指のタカ派集団レッカーズの一員。少なくともこんな町工場で働くような玉ではないだろう。色んな意味で。
「ああん? 何でテメエにんなことを言わなきゃいけねえんだよ?」
「別にいいだろ? ここにいる間は休戦だ」
「何が休戦だ! クソッ! イストワールの奴が禁オイルとか言い出さなきゃ、こんなことには……。オイルをほんの一日50リットルほど飲んだだけだろうが……」
イライラとしているレッドフットが思わず呟いた愚痴を聞いて、ミックスマスターは得心する。
どうやら、こちらと似たような理由であるらしい。
まったくどこにも話の分からない上司というのはいるものだ。
ちなみに50リットルあれば、車種にもよるが普通の車なら500km走れる。レッドフットは明らかに飲み過ぎだ。
そうこうしているうちにシアンが会議室から出て来た。手に折りたたんだ紙を持っている。
「待たせたて悪かった。ちょっと人を待たせてたもんでな。じゃあ、説明するな」
そう言ってシアンは手に持っていた紙を広げ、二人に見やすいように掲げる。
「私たちが進めている一大プロジェクト、『ソーラータワー建造計画』について!!」
* * *
オートボットとディセプティコンがゲイムギョウ界に現れて以降、起きつつある技術革命。
各国はこぞってオートボットから得た科学力を利用した新技術を確立させようとしている。
例えば、プラネテューヌでは娯楽関係に力を注いでいるし、ルウィーでは魔法と科学の融合を研究し、リーンボックスは企業と提携して国防のための戦力を整えている。
そして、ラステイションが考えているのが新エネルギーの開発である。
そのために国内の各企業や研究機関にオートボットの技術を限定的に開示して新エネルギーを開発させ、その中から優れた物を選ぶ、コンペ形式を取っている。
参加しているのは、多くは利潤な資金と人材を抱えた大企業や著名な研究機関だ。
だが、ここで問題が生じた。
ある大企業が、自分たちの技術力ではない部分で勝負を始めたのだ。
財力に物を言わせてライバル企業から有能な科学者や技術者を強引な手段で引き抜くのは当たり前。ある時は圧力をかけて黙らせ、またある時は金で雇った人間に嫌がらせをさせたり悪い噂を流させたり、挙句、産業スパイ紛いのことをして研究成果を盗むことさえある。
もちろん教会もこの事態に黙ってはいなかったが、その企業は自分たちの所業の証拠を巧妙に消し去っていた。
証拠がなくては教会も強権的に振る舞うワケにはいかず、もはやその企業、真羅公社の一人勝ちは見えたも同然かと思われた。
しかし、ここで下町の中小企業たちが力を合わせて立ち上がったのだ。
この国を支えているのは、大資本ばかりではない。下請けをする自分たちだって、力を合わせればできることはあるはずだ!
その思いを胸に、それぞれの技術を持ち合って、壮大な計画を考え出したのだ。
* * *
「それが、このソーラータワーってわけさ」
シアンが説明を終えると、ミックスマスターとレッドフットはソーラータワーの設計図を二人して覗き込む。
「なるほど、こいつはサイバトロン式の太陽光発電を利用した、大規模なエネルギープラントってワケか。こいつなら、一機あればかなりの電力をまかなえるな」
「しかも、各所に改良が加えられていて、発電量の割に安全性はすこぶる高く、環境への影響も少ないと。……これほどの物を、人間が考え出すたあ……」
素直に驚くミックスマスターとレッドフット。
彼らは、やはりどこかでゲイムギョウ界の人間を見下している部分がある。
それは金属生命体としての価値観であり、個人の人格の問題でもある。
だが、それ以前に彼らは技術者だ。
技術者として、彼らは素直にソーラータワーに感心しているのだ。
「しかし、こいつを建てるとしたら大工事になるぜ?」
「それに色んな分野の専門的な技術も必要だな。……本当に造る気か?」
難しい顔のディセプティコンとオートボットの技術者二人。正直、このソーラータワーを完成させるのは、見果てぬ夢のような話だ。
「造るさ」
だがシアンは、決意を込めて言い切った。
「真羅公社のやりかたは許せないし、あいつらの進めてる新エネルギー『
いつの間にか、パッセの工員や、会議室にいた男たち……下町の中小企業の代表者たちが彼女の周りに集まっていた。
「こいつは私たち、みんなの夢だ。私たちみたいな、下町の工場でも、長年培ってきた技術を合わせれば、何かデッカイことができるんじゃないかっていう、そんな夢だ」
笑顔で言い切ったシアンに、レッドフットは深く感心したように頷き、ミックスマスターは一瞬戸惑ったような素振りを見せるも、すぐに顔を背けた。
「……ま、そりゃいいけどよ。とりあえず、俺らは何をすりゃいいんだ?」
「おっと、そうだったな! じゃあ、まずは……」
説明を再開するシアン。
それをフムフムと聞くレッドフットに対し、ミックスマスターはどこか眩しそうにしている。
かつて、ミックスマスターは技術者としてのプライドよりこき使われる底辺としての憎しみを選んだ。ディセプティコンとしての本能を選んだと言ってもいい。
それが間違っていたとは、今でも思わない。
それでも、もし、技術者として、土建屋としてのプライドを選んでいたならば、何か変わっていたのだろうか?
たまにそう思うことは、あるのだった。
* * *
ミックスマスターとレッドフットは、ラステイション郊外の山中に案内された。
そこには、建設途中のタワーがあった。基底部までは出来上がっている。
「こいつがソーラータワーだ。途中までは出来上がってるんだ。二人とも、良ければさっそく作業に入ってくれ」
「「おう!」」
シアンの言葉に、ミックスマスターとレッドフットは威勢よく答え、たくさんの作業員と共に作業に入るのだった。
かくして、金属生命体二人のアルバイトが始まったのだ。
「このクソが! そんなこともできないのか!!」
「あ、それなら、もうやっておいたぜ」
「お、おう……。ならいいんだ」
通常運転で技術者に暴言を吐くレッドフットだが、先回りして仕事を終わらせていた技術者たちに調子が狂う。
「ミックスマスターさん、こいつを調合してくれ」
「おう! 任せときな!」
「ありがとうよ!」
一方、ミックスマスターは順当に作業員に馴染んでいた。
他にもトランスフォーマーの巨体を生かした力仕事など様々な仕事をそつなくこなし、アッと言う間に時間は過ぎて日が暮れた。
そして……。
「今日はお疲れさん、二人とも! まずは今日の分のオイルだ!」
オイルが満載されたドラム缶を前に、シアンがミックスマスターとレッドフットにオイルを進める。
「でも、伝手でもってけ泥棒価格で手に入れた物だから、正直なところ質はそんなによくないんだ」
「んなもんは、飲めりゃあいっしょよ!」
「とりあえず飲んでみるぜ!」
顔を曇らせるシアンだが、ミックスマスターとレッドフットは構わずドラム缶を手に取って、ビール缶よろしく口に付けてオイルを飲み始める。
「「…………」」
「ど、どうかな?」
緊張するシアン。
さすがに飲めないほど不味かったら、もう働いてくれないだろう。
「「プッハー! 美味い!!」」
だが二人は揃ってそう言った。
「いや美味いじゃねえかよ! これで質が悪いとかヒトが悪いぜ!」
「まあ、純粋な燃料としちゃ確かに質は悪いがな。でも俺らの嗜好品としてなら、不純物がいい具合にフレーバーになってて美味いのよ!」
上機嫌なミックスマスターとレッドフットに、シアンはホッと息を吐く。
「それじゃあ、もう一杯……」
二人の金属の巨人は、さっそくさらにオイルを飲もうとする。
「あー! こんな所にいた!!」
「ッ! この声は!?」
と、どこらか聞こえた声に、ミックスマスターが慌てて振り返る
見れば、ホイールローダー、ブルドーザー、ダンプカー、ダンプトラック、クレーン車、そして巨大なパワーショベルがこちらに向かって走ってくるではないか。
「こんな所で油売って! もとい油飲んで!」
先頭を走って来たホイールローダーがギゴガゴと変形して人型のスクラッパーになる。
他の建機たちも次々と変形していく。
ミックスマスターの仲間である、コンストラクティコンの面々だ。
「まったく仕事ほっぽって何やって……って! オートボット!?」
急にいなくなった自分たちのリーダーに文句をつけようとしたスクラッパーだったが、すぐ近くにいるレッドフットに気付き、チェーンメイスを展開する。
他のコンストラクティコンたちも、戦闘態勢を取る。
「お? やっぱりやるか? まとめて相手になってやるぜ!」
当のレッドフットもドラム缶を置いてファイティングポーズを決める。
さすがに今回は数が多すぎてシアンも止めに入れそうにない。
「待てや、野郎ども!」
だが、それを止めたのは誰あろうミックスマスターだ。
コンストラクティコンたちは訝しげな顔を自分たちのリーダーに向ける。
「ミックスマスター?」
「今は休戦中でい。俺らはそこのシアンに雇われたんだよ」
『ハアッ!?』
リーダーの言葉が理解できず、建機型ディセプティコンの一団は素っ頓狂な声を上げる。
「ミックスマスター、何を言って……」
「オイルなんダナ!!」
さらに問い詰めようとするスクラッパーだったが、それをさえぎってロングハウルが声を上げ、他のコンストラクティコンたちも反応する。
「何ぃ!? オイルじゃとぉ!」
「おお、この芳醇なる香りは間違いありません!!」
「いっぱいあるっぺよ!! わーい!!」
「うおおお!! 飲みてぇええ!!」
ランページ、ハイタワー、スカベンジャー、オーバーロードは歓声を上げてオイルに殺到しようとする。
「テメエら、やめねえか!! これは俺様が働いて得たもんだ!!」
だが、ミックスマスターが部下たちを制止した。
ピタリと止まる建機ロボット集団。
その視線がリーダーに集中する。
「そんなに欲しいなら、テメエらもここで働きゃいい。……シアンよう、こいつらの分もオイルを用意できるかい?」
「あ、ああ。大丈夫だけど……」
ミックスマスターの問いに、シアンは少し考えてから答える。
伝手で得た格安オイルなので、融通は利く。
「それより、奪ってしもうたほうが早いのじゃないか?」
「同感なんダナ。ムシケラみたいな有機生命体の下で働くなんかごめんなんダナ!」
武闘派のランページが物騒な意見を出し、ロングハウルも同調する。
「お待ちなさい。それはあまりにも美しくありません!」
「別に働くくらいいいだろうがよお」
「オラも、オイルがもらえるなら働いてもええべよ」
一方、ハイタワーとオーバーロード、スカベンジャーは働く気になっているらしい。
「それより、こんなトコで働いて、臨時基地のほうはどうするんですか? メガトロン様が怒りますよ!」
そして副官格のスクラッパーは、ディセプティコンの兵士として常識的な意見を出す。
部下たちの言葉を聞いてミックスマスターは大きく頷いた。
「よっし、じゃあこうしようぜ! 臨時基地は、取りあえず建てていくとして、俺たちの中から何人かが順番にこっちにくる。もちろん、報酬のオイルはそいつらのもん。これでいいだろ?」
「……まあ、それなら」
渋々ながら、スクラッパーは納得した。なんだかんだ言いつつ彼もオイルが欲しいのだ。
ランページとロングハウルの意見は封殺されたが、彼らもそこまで不満げではない。
「そいじゃ、決まりだな。じゃあ、次はここで働く順番を決めるぞ!」
ミックスマスターの号令の下、コンストラクティコンは集まって話し合う。
それ油断なくを睨みながら、レッドフットは傍らのシアンに話しかけた。
「おい、本気でこいつらを雇うつもりか?」
「ん? ああ、もちろんさ。どうやら、アイツらも優秀な技術者みたいだし」
「さっきのを聞いてただろが? アイツらはやっぱりクソディセプティコンだぜ!」
「そう言うなって! 人手は多いに越したことはないんだしさ!」
当然とばかりのシアンの答えに、レッドフットは難しい顔をする。
しかし、いざと言う時は仲間に連絡して始末をつければいいかとも考えた。
今はオプティマスやイストワールに無断で行動しているので、できれば連絡したくないが、コンストラクティコンが何かしでかすようなら仕方がない。
そんなレッドフットの思惑とは裏腹に、ミックスマスター以下コンストラクティコンたちは話が纏まったようだ。
「よ~し! ここは一つ、音頭を取るぞ! せ~の」
『コンストラクティコン! ファイトー、いっぱーつ!!』
ミックスマスターを中心に円陣を組んで声を上げる建機型ディセプティコンたち。
何はともあれ、ソーラータワー建設は始まった。
果たしてどうなることやら……。
そげなワケで、またまた分割。
今週のTAV
ラッセルとデニー、最近見ないと思ったら二人でキャンプに行ってたのか。雨に降られたようだけど、楽しかったようで何より。
部下たちに地球の良さを伝えたくて、あちこちに出かけるバンブルビー。空回りもしてたけど、なんだかんだみんな楽しそうでよかった。
スパイでありながら他の星にサイバトロンの情報を売った売国奴な今回の敵。
元はオートボットなのかディセプティコンなのかはわからないけど、よく殺されなかったもんです。
今回の解説
マスタービルダー
G1の20話のタイトルより。
初期に構想した話は、G1のタイトルをもじった物が多いです。
シアン
ネプテューヌ無印からのキャラクター。
亡き父の跡を継いで、町工場パッセを切り盛りしている女性。
無印のころはシルエットオンリーだったが、Re;Birth1で顔絵が付いた。
おそらく無印モブ組の中ではフィナンシェに次いで人気がある。
真羅公社
ゲーム史上に残るブラック企業、FF7の神羅カンパニーのパロディ。
本来このポジションには、ネプテューヌ無印に出てくるアヴニールという企業を持ってこようかと考えていましたが、しっくりこなかったのでこっちに。
真光炉
FF7の魔晄炉のパロディ。
魔晄炉はクリーンなエネルギーのようで裏があったが、つまり真光炉も……。
ソーラータワー
G1にてサイバトロンのグラップルとホイストが建てたがってた発電タワー。
建造にビルドロン(コンストラクティコン)が関わっている。
原作では悲しい結果に終わったが、ここでははたして?
では、ご意見、ご感想、切にお待ちしております。