超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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ラブコメってこういうんでいいんでしょうか……?


第65話 女神候補生より愛をこめて part1

 ここはラステイション首都のとある街角。

 道には人々が行き交い、どこからか学校の物と思しいチャイムが聞こえてくる。

 

「遅刻、遅刻~!」

 

 しかし、のっけから古臭い学園ラブコメの登場人物みたいなことを言っているのは、生憎と歩道を歩く学生服の 美少女ではなく、車道を突っ走る銀色の未来的なスポーツカーである。

 言う間でもないだろう、オートボットの若き戦士サイドスワイプである。

 何故彼が全速力でブッ飛ばしているのかと言えば、今日は女神候補生やそのパートナーのオートボットたちと共に映画を見に行く約束になっているからだ。

 

「っていうか、ここはどこだよー!」

 

 しかし、彼は道に迷っていた。

 迷子キャラは死に設定になったかと思われたが、そうは問屋が卸さなかったようだ。

 

「まったくアンタは……、肝心な時には、いっつもこうなんだから!」

 

 運転席に座るユニは、当然ながらプリプリと怒っている。

 

「まあ、怒るなよユニ。いつもと違うドライブコースを開拓してんだと思えば……」

 

「それで、約束の時間に遅れたら世話ないでしょうが!」

 

 言い訳がましいパートナーにユニはピシャリと言い放つ。

 せっかく、彼女が気を利かせてラステイションでは珍しいドライブインシアターを見つけたと言うのに、これなのだから、さもありなん。

 それでいいのか、サイドスワイプ。そんなんだから道に迷うのである。

 色んな意味で迷走する若き戦士は、すでに表通りを外れ路地裏を走っていた。

 

「やれやれ、どっかに交番でも……ッ!」

 

 さて、そろそろ誰かに道を聞こうかと思っていた矢先、サイドスワイプの雰囲気が変わった。

 

「どうしたの?」

 

「悲鳴が聞こえた。ディセプティコンの気配もする」

 

 サイドスワイプは纏う空気を戦士のそれへと変化させていた。

 こうなっている時のパートナーの感知能力の高さを、ユニは経験から知っている。

 

「悪いなユニ。今日は映画は諦めてくれ」

 

「……残念だけど、仕方ないわね」

 

 ユニもまた、気を引き締める。

 二人はすぐさま、悲鳴の聞こえたほうへと向かうのだった。

 

 ……いくらなんでも、この距離では迷うまい。

 

  *  *  *

 

 うら若い少女が、何者かによって建物の合間の行き止まりに追い詰められていた。

 薄赤の髪をポニーテールにして、ハートの髪飾りを着けた学生服姿の可愛い容姿の少女だ。恐怖のあまり目には涙を浮かべている。

 その眼前に、黒塗りのバンが乱暴に停車する。

 これで車から降りてくるのがガラの悪い男だったなら、いかにも安っぽい『そういう』作品の一幕に見えるだろう。

 しかし、降車してきたのはガラの悪いネズミパーカーを着た少女だ。

 

「おいおい、逃げられると思ったのかよ! 諦めてさっさとブツを渡しな! そうすりゃ痛い目みないで済むぜぇ」

 

 ネズミパーカーの少女……ディセプティコンの下級兵リンダは、下卑た笑いを浮かべるが学生服の少女は気丈に涙を拭ってリンダを睨む。

 

「あなたたちになんか、ヘブンズゲートは渡しません!」

 

「へえ~……、そんな生意気言うのかよ。ま~だ自分の立場が分かってないみてえだな」

 

 その態度が気に食わないのか、リンダは一気に不機嫌そうな顔になる。

 

「なら、しゃあねえ。クランクケース、ちょっと脅かしてやれ!」

 

「あいYO!」

 

 リンダの声に反応して、黒いバンはギゴガゴと異音を立てて変形していく。

 学生服の少女に見せつけるように現れたのは、四つの赤い眼と牙の突き出た顎、そしてドレッドヘアー思わせる触手が特徴的な異形の人型。

 ディセプティコンのドレッズがリーダー、クランクケースだ。

 現れた恐ろしい姿のロボットに、少女は息を飲み、その姿にリンダは満足げにニヤリと嗤う。

 

「へへへ、このクランクケースは見た目がゴツイだけじゃないぜ。敵を痛めつける手段を数え切れないほど知ってんだ!」

 

「そういうことだYO! 命が惜しけりゃ、さっさと例の者を渡すんだZE☆」

 

 背中から棍棒を引き抜き、相手を威圧する笑みを浮かべるクランクケース。

 恐怖のあまり、地面にへたり込む少女。

 

「だ、誰か……」

 

「あーはっはっは! 助けなんかこないに決まってんだろうが!」

 

「でもグズグズしてたら、誰かに見られるかもしれないから、取りあえず連れていくYO!」

 

 まだ目的を達成していないにも関わらず勝ち誇るリンダと、少女に手を伸ばすクランクケース。

 もはや、ディセプティコンの魔の手から少女を救う者はいないのか?

 

「そこまでにしときな! ディセプティコン!」

 

 路地裏に、若々しい男性の声が響いた。

 クランクケースとリンダ、そして少女が声のするほうを見れば、逆光を背負って未来的なスポーツカーが路地裏に入って来た。

 そのスポーツカーはそのまま走りながらギゴガゴと異音を立てて変形。その勢いを利用してジャンプし、クランクケースが反応するより早く、その頭上を跳び越え、少女とディセプティコンの間に華麗に着地した。

 

「さて、やるかい?」

 

 両腕の硬質ブレードを展開し、不敵に笑うサイドスワイプ。

 

「アタシを忘れないでよね」

 

 さらにその横に、女神化したユニが愛銃を手に降り立つ。

 

「望むところだYO、若造」

 

「アタイたちを舐めんじゃねえ!」

 

 こちらも両の手に棍棒を持ち、好戦的な姿勢を取るクランクケース。リンダも銃を取り出す。

 

『ガウガウガウ!!』

 

 だが、ドレッドヘアーのディセプティコンはどこからか入った仲間の一人、ハチェットからの通信に、顔をしかめる。

 

「オートボットと女神候補生がこっちに向かってる? ……チッ! 応援を呼んでたのかYO!」

 

「当たり前だろ」

 

 当然とばかりに快活に笑うサイドスワイプに、クランクケースはチッと舌打ちのような音を出す。

 

「リンダちゃん、ここは退くYO!」

 

「クソッ! おい、ヘブンズゲートの起動キーは必ず渡してもらうからな!!」

 

 それだけ吐き捨てると、リンダは素早くバンに変形したクランクケースに乗り込む。

 黒塗りのバンが走り去っていくのを見送ったサイドスワイプとユニは、その気配は完全に遠のいてから武器を下ろした。

 

「さてと……、もう大丈夫だぜ、お嬢さん! 悪者は追っ払ったからな!」

 

 そして後ろを振り返り、地面に座り込んだセーラー服の少女に笑いかけた。

 少女は目を潤ませ頬を赤らめて、サイドスワイプをポウッと見上げている。

 

「どうかしたのかい? まさかアイツらに何かされたんじゃあ……」

 

「あ、あの!!」

 

 若き戦士に心配そうに声をかけられて、少女は我に返ったように声を発した。

 

「お、お名前は……」

 

「俺かい? 俺はサイドスワイプ! オートボットの戦士さ!」

 

 その場でクルリと一回転して、ポーズを決めて見せるサイドスワイプ。

 

「サイドスワイプ……様」

 

 少女は熱い視線をサイドスワイプに送る。

 その姿に、ユニは我知らずムッとする。

 

「それで、あなたの名前は?」

 

「え!? あっはい! 私の名前は、サオリと言います」

 

 自分でも驚くくらい、不機嫌な声を出すユニに、少女サオリはようやく自国の女神の存在に気付き慌てて答えた。

 

「それじゃあサオリ! いっしょに来てくれ。どうしてディセプティコンに襲われていたのか、理由を聞かせてほしい」

 

「い、いっしょに!? は、はい、行きます行きます!」

 

「お、おう。じゃあ乗りなよ」

 

 何だかハイテンションな少女……サオリに若干面食らいつつも、とりあえず移動するべく、ビークルモードに変形する。

 

「………………」

 

「………………」

 

 ユニは不機嫌そうにしながらも、むしろ何で自分が不機嫌なのか分かっていない様子で運転席に乗り込み、サオリは嬉しそうながら緊張した面持ちで助手席に座る。

 二人がシートベルトをしたのを確認してから、サイドスワイプはエンジンを吹かして走り出すのだった。

 

  *  *  *

 

 そして教会。その応接室。

 仲間と合流したユニたちは、サオリから事情を聴くためにここに集まっていた。

 もちろん、この国の女神でありユニの姉のノワールと、彼女のパートナーでありサイドスワイプの師でもあるアイアンハイドもいる。

 もちろんオートボットたちは例によって立体映像だが、椅子に座ったサオリは女神とオートボットに囲まれて緊張しているようだ。

 

「それで」

 

 居並んだ一同を代表して、ノワールがズバリ問う。

 

「あなたは、どうしてディセプティコンに狙われていたの?」

 

「は、はい。実は……、彼らは、私の父が開発した秘密兵器を狙っているんです」

 

「秘密兵器?」

 

 サオリの言葉に首を傾げる一同。……ネプギアだけは目を輝かせた。

 秘密兵器とは、この可愛らしい外観の少女には似つかわしくない響きだ。

 そして、ゲイムギョウ界の水準を遥かに超えた科学力を持つディセプティコンが、人間の作った兵器を狙うとは考えにくい。

 サオリは真面目な顔で話を続ける。

 

「数か月前に亡くなった私の父は、昔、ラステイションの教会で兵器の研究をしていました。まだ友好条約が結ばれる前、女神様同士で戦っていたころのことです」

 

 その言葉に怪訝そうな顔をしたのはノワールだ。

 

「でも、私の耳にはディセプティコンが狙うような兵器のことなんて入ってきてないけど?」

 

「それは……、実は父は主戦派の人たちに命令されて、兵器を造らされていたんです」

 

 躊躇いがちながらも、サオリは続ける。

 ノワールは納得したらしく頷いた。

 当時、女神の決めた方針を逆らってまでも戦争を望む者たちは、ごく少数ながら確かに存在していた。

 同時に彼らは段々と過激な行動を繰り返すようになったため、教会によって多くが逮捕されたのだ。

 彼らが教会の目を盗んで兵器を建造していたとしても不思議はない。

 

「でも、完成した兵器『ヘブンズゲート』のあもりの恐ろしさに、父はそれを使ってはならないと考え、ある場所に封印しました。……そして父は亡くなった今、ヘブンズゲートの起動方法を知っているのは、私だけなんです」

 

「なるほどね」

 

 自分の額を押さえ、ノワールはハアッと息を吐いた。正直、主戦派にせよ、サオリの父にせよ、人騒がせな話だ。

 立体映像のアイアンハイドは、物憂げなパートナーに声をかける。

 

『その兵器はどこに封印されてんだ? 危険なようなら、先回りして破壊しちまおう』

 

「……そのほうがいいわね」

 

 多少物騒な意見ではあるが、騒動の元は早めに絶っておいたほうがいい。

 だが、サオリは首を横に振る。

 

「私は、ヘブンズゲートがどこに隠されているか知りません。父は私にそれを教えてくれませんでした……」

 

「なら、しょうがないか。問題はこれからどうするかだけど……」

 

 顎に手を当てて考えるノワールに、アイアンハイドが再度意見を言う。

 

『とりあえず、そのヘブンズゲートとやらは俺らと教会の人間で探すとして、そのお嬢さんは俺らの誰かがガードしておくってのは?』

 

「まあ、それが妥当ね。じゃあ、誰がサオリを守るかだけど……」

 

「あ、あの! そのことなんですけど!」

 

 パートナーの意見を受け入れ、ノワールがサオリの護衛を決めようとした時、当のサオリ本人が声を張り上げた。

 

「できれば、サイドスワイプ様に護衛してもらいたいんです!」

 

「へ? サイドスワイプにぃ?」

 

『何でまた? っていうか、『様』?』

 

 目を丸くする二人に対し、サオリは頬を赤らめた。

 

「はい! だってすごく頼りになるし、私のことを助けてくれましたから……」

 

 ウットリとした様子のサオリに、一同は顔を見合わせる。

 オートボットたちは首を捻るばかりだが、女神たちはさすが女性と言うべきか、サオリがどういう状態なのかすぐに分かった。

 

「分かった! サオリはサイドスワイプのことが好きなんだ!」

 

「そうなんだ(ビックリ)」

 

 最初にそんな声を上げたのは、ルウィーの双子の片割れラムだ。もう一方の片割れのロムは目を丸くする。

 

『まあ、サイドスワイプ(こいつ)星にいたころからモテてたからな』

 

『ジャズほどじゃあ、ないけどな』

 

 彼女たちの相方であるスキッズとマッドフラップも、揃ってウンウンと頷く。

 

「確かに……、最近のお姉ちゃんも、オプティマスさんといる時はこんな感じだし……」

 

 金属生命体に恋する姉を持つネプギアも至極真面目な顔で同意する。

 

『ス…ワ…イ…プ『も、罪な男ですな~』』

 

 バンブルビーもニヤニヤとラジオ音声で仲間をからかう。

 しかし、当のサイドスワイプは複雑そうな顔をしていた。

 

「いや、俺は……」

 

 サイドスワイプは、顔を真っ赤にしているサオリに何か言おうとして、そこで気が付いた。

 どこからか刺すような鋭い殺気が向けられている。

 

「ふ~ん……。良かったじゃない」

 

 ユ ニ で あ る ! !

 

 顔をこそ笑顔だが頬をヒクヒクと引きつらせ、燃え盛る炎のようなオーラを背負った彼女に、皆は実姉であるノワールも含め、異様なものを感じて一歩退く。

 

「いっそ付き合っちゃえば? カワイイ娘だし。あんたも優しかったし」

 

『い、いやユニ! 俺はそんなつもりは……』

 

「何よ? ……ああ、そう言えばアタシと最初に会った時も、似たような状況だったわね。ひょっとして、助けた女の子をもれなくいただいちゃう主義なわけ?」

 

『ち、違う! そんなわけないだろう!!』

 

 ジト目でパートナーの立体映像を睨むユニと、しどろもどろになっているサイドスワイプ。

 そんな二人を、家族や仲間たちは生暖かい目で見ている。ラムとロムに至っては、なんだかワクワクさえしている。

 だが、サオリはムッとした顔で二人の間に割り込んだ。

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか!」

 

 これに面食らったのが当のユニだ。

 

「な!? あ、あなたには関係ないでしょう?」

 

「関係なくないです! サイドスワイプ様には、これから私のことを守ってもらうんですから!!」

 

「う~……!」

 

 睨み合うユニとサオリ。交錯する視線が火花を散らしているように見えるのは、気のせいばかりとは言えないだろう。

 

『…………どうしてこうなった?』

 

 そして、サイドスワイプは途方に暮れて呟くのだった。

 

  *  *  *

 

 翌日。

 サオリは自分の通う学校の校門前で待ち合わせをしていた。

 やがて彼女の前に一台のスポーツカーが停まる。

 

「やあ、待たせたな」

 

「いいえ!」

 

 それはもちろん、ビークルモードのサイドスワイプだ。サオリはウキウキとしながら助手席に乗り込む。

 結局、サオリの警護はサイドスワイプに一任されたのだった。(丸投げとも言う)

 

「それで? これからどこへ行く」

 

「ええと、まずはサイドスワイプ様にお任せします」

 

「OK。それじゃあ……」

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

 サオリに促され、サイドスワイプは自分で行く先を決めようとするが、それに運転席に座ったユニが待ったをかけた。

 驚いてユニを見るサオリ。

 

「何ですか?」

 

「私もあなたの護衛に回されたんだから、意見を求めなさいよ!」

 

「そんなに怒るなよ、ユニ。じゃあ、ユニはどこに行きたい?」

 

 不機嫌そうなユニに、サイドスワイプはすかさず聞く。

 

「そうね。護衛の観点から見て、サオリには自宅に待機していてもらうのがいいわ」

 

 真面目な意見を出すユニに、今度はサオリが不機嫌そうに眉を吊り上げる。

 

「そんなの嫌です! それよりサイドスワイプ様、近くに動物園があるんですけど、いっしょに行きませんか?」

 

「馬鹿言わないで! あなたはディセプティコンに狙われてるんだから、こっちの言うことを聞いてちょうだい!」

 

「大丈夫です! サイドスワイプ様が守ってくれますから!!」

 

 またしても睨み合うユニとサオリ。

 その背にそれぞれ竜と虎のオーラが透けて見える。

 

「おいおい、二人とも仲良く……」

 

「サイドスワイプ!」

 

「サイドスワイプ様!」

 

 見かねて二人を諌めようとしたサイドスワイプだが、その二人に強い声を出されてビクリと黙り込む。

 

「「どっちの言うことを聞くの!?(ですか!?)」」

 

「い、いや、その……」

 

 相棒(ユニ)護衛対象(サオリ)に挟まれて、若手オートボットの中でもホープ的存在のサイドスワイプはオロオロとするばかりなのだった。

 

  *  *  *

 

 結局、サイドスワイプが選んだのはサオリの自宅でも動物園でもなく、オートボットラステイション基地である赤レンガ倉庫に来ることだった。

 本来の家主(?)であるアイアンハイドは、ヘブンズゲート捜索のために留守にしている。

 

「あ~、落ち着く……」

 

 サイドスワイプは赤レンガ倉庫裏の演習場として使っている広場に腰かけ、まったりとしていた。

 女の子の相手は疲れる。いつも軽い調子で女性を相手にしているジャズの偉大さが身に染みると言うものだ。

 当のユニとサオリは、倉庫の中にいる。二人の間に漂う空気があまりにも剣呑なので、ちょっと抜け出してきたのである。喧嘩しないか心配だが、ユニはあれで空気の読めるほうだし大丈夫だろう。

 

『もしも~し、こちらバンブルビー。サイドスワイプ、応答できる? どうぞ』

 

「こちらサイドスワイプだ。いったいどうした? どうぞ」

 

 と、ヘブンズゲートの情報を探っているはずの情報員から通信が入った。信号による通信なので、バンブルビーでも問題なく会話できる。

 

『いやなに。モテる男の気分って奴を聞いてみたくてね?』

 

「……いいもんじゃないぞ。胃が痛くなりそうだ」

 

『トランスフォーマーに胃はないでしょ?』

 

 気の置けない会話をする二人。

 だが、ふとバンブルビーの声色が変わった。

 

『というか、そんなにストレスがたまるなら、ぶっちゃけちゃえばいいじゃん』

 

「…………なにを?」

 

『とぼけんなよ、ヘタレ』

 

 厳しい声のバンブルビーに、サイドスワイプは僅かな間沈黙するが、すぐに次の言葉を出した。

 

「それより、例のヘブンズゲートとやらの隠し場所は分かったのか?」

 

『話そらすなよ。……まあ、いいや。それが、全然見つからないんだ。友人知人、教会の元同僚にまで当たってみたけど手がかりなし。あの娘の親父さん、よっぽど上手く隠したらしいね』

 

 半ば無理やり仕事の話に持ち込まれて、バンブルビーは不服そうながらも答える。

 

「となると、しばらくはあの娘のガードを続けなきゃなんないと」

 

『だね。次は刑務所の中にいる主戦派とやらに当たって見るつもりだけど、あんまり期待しないでね。交信終了』

 

「おう、頑張ってくれ。交信終了」

 

 そう言って通信を切ろうとした所で、バンブルビーが言った。

 

『答え、出しなよ』

 

 それきり、今度こそ通信は切れた。

 サイドスワイプは途方に暮れたように空を見上げる。

 ヘタレ呼ばわりは心外だが、仕方がないとも思う。

 居心地の良さにここまで答えを出すのを先送りにしてしまったのは事実なのだから。

 

「……そうだな。答え、出さないとな」

 

  *  *  *

 

 ユニとサオリは赤レンガ倉庫の中を片付けていた。

 守ってもらっているのに、何もしないでいるのは気が引けるとサオリが掃除を始め、ユニが負けん気を出して同じように片付けだしたのだ。

 

「ねえ、あなた……」

 

 壁に掛けられた、ラステイション製の武器を一つ一つ磨きながらユニはサオリに声をかける。

 ちなみにこれらの武器は、アイアンハイドが趣味で収集している、実用性度外視の所謂骨董品(アンティーク)な品々であるらしい。

 

「なんですか?」

 

「なんで、サイドスワイプに惚れちゃったわけ?」

 

「そうですね……」

 

 そのものズバリな問いにも、床を箒で掃いていたサオリは怯むことなく答える。

 

「運命、を感じたからでしょうか」

 

「人目惚れってこと?」

 

「それもありますけど……、同じだったんです。昔、お母さんに教えてもらった、お父さんとの馴れ初めと」

 

 フッと、サオリは懐かしむような笑みを浮かべた。

 

「お母さんも、お父さんに暴漢から助けてもらったそうなんです」

 

「なるほどね」

 

 ユニは納得して頷いた。

 あの、悪漢から救ってくれた王子様のようなシチュエーションに、父母の馴れ初めと似通った状況ということ。

 確かに、運命とやらを感じてもしょうがないかもしれない。

 それでも。

 

「……そんなに簡単にはいかないわよ。トランスフォーマーとの恋愛って」

 

 思わず放たれたユニの言葉に、サオリは驚いたようにそちらを見る。

 

「まずトランスフォーマーどう言い繕っても金属の塊だし、アイツは……、何て言うかディセプティコンとの戦いに生きがいを感じてる。アタシたちとは違う部分が多すぎるわ」

 

 それは、ユニなりの苦悩であり弱音だった。

 対するサオリは、年端もいかない一般人の少女とは思えない不敵な笑みを浮かべる。

 

「乗り越えてみせますよ。……愛は、無敵なんですから」

 

 堂々と胸を張って、言いよどむことも目をそらすこともなく、一般人の少女は女神候補生に対して言い切ってみせた。

 

「……そうかもね」

 

 そんな彼女に対して、ユニは淡く微笑む。

 色々と問題はある娘かもしれないが、どうやらユニは、この娘のことを嫌いになれないようだった。

 

  *  *  *

 

 翌日、サイドスワイプはサオリに連れられて……ビークルモードのサイドスワイプに乗ってだが……ある場所を訪れていた。

 サオリが二人きりで出かけたいと言ったのだ。

 町はずれの小高い丘の上にある、大木だ。

 地面に深く根を張り、太い幹の上には緑の枝葉が青々と茂っている。

 

「サオリ、ここは一体……?」

 

 サイドスワイプは、自分から降りて大木の傍まで歩いていくサオリにたずねた。

 大木の下で、サオリは振り返った。

 

「ここは、私のお母さんがお父さんに告白した場所です。……この『伝説の樹』の下で告白したカップルは、必ず幸せになるっていう伝説があるんです。」

 

「……………………」

 

 サイドスワイプはロボットモードに戻り、神妙にサオリの話を聞く。

 決意に満ちた顔で、サオリは真っ直ぐにサイドスワイプの顔を見ながら、口を開いた。

 

「あなたのことが好きです。サイドスワイプさん。あなたがトランスフォーマーでも気にしません。価値観の違いもきっと乗り越えてみせます。……どうか、私を恋人にしてくれませんか?」

 

 真摯に言うサオリに、サイドスワイプは、しばらく黙りこみ、そして発声回路から言葉を絞り出した。

 

「冗談じゃない」

 

 それは、普段の彼からは想像もつかないほど冷たい声だった。

 

「君が俺の恋人だって? 馬鹿を言うなよ。君は有機生命体、俺は金属生命体だ。恋人になんかなれるわけがないだろう?」

 

 言葉の内容よりも、軽蔑したような響きにサオリは息を飲み、それでも問う。

 

「ユニさんとなら、いいんですか?」

 

「……どうやら、何か勘違いしてるみたいだな。俺は、有機生命体『なんか』と恋人になる気はないって言ってるんだ」

 

 吐き捨てるようにサイドスワイプは言い、それきり口をつぐむ。

 サオリは何とか泣き出すのを堪えようとして……堪えきれずに、涙を流しながらサイドスワイプの脇を通り抜けて走り去って行った。

 残されたサイドスワイプは、その場に立って伝説の樹とやらを見上げるのだった。

 

  *  *  *

 

 話しをする二人を、ユニは丘の端にある木の陰から、こっそり盗み見ていた。

 ユニは、自分が何をしているのか分からなかった。

 サイドスワイプとサオリが二人きりで出かけていった。

 それだけだ。サイドスワイプ一人がいれば、ディセプティコンから守ることはできるだろう。それでも、ユニは二人のことをコッソリと追いかけずにはいられなかったのだ。

 そして聞いてしまった。

 サオリの告白と、そしてサイドスワイプが返した言葉を。

 

 有機生命体と金属生命体が恋人になれるはずなんかない。それが、例えユニとでも。

 

 彼は確かにそう言った。

 そう考えていてもしかたがない。

 金属生命体と有機生命体の溝は深く、親友の姉とオートボットの総司令官のようになるのは奇跡みたいなことだ。

 そう覚悟していたはずだった。

 だけど、サイドスワイプ自身から放たれた言葉は、覚悟していた以上にユニの精神を抉った。

 地面にへたり込みそうになる自分を必死に叱咤する。

 今は落ち込んでいる場合ではない。サオリを守らなくては。

 女神に変身して飛び立つ彼女は、自分の目から涙がこぼれていることに気付かなかった。

 

  *  *  *

 

「『おい』」

 

 伝説の樹を見上げるサイドスワイプに、突然声がかけられた。

 よく知る声だったが故に、何気なく振り返ったサイドスワイプだったが、その頬にいきなり拳が叩き込まれた。

 

「グハッ!」

 

 反応する間もなく殴り飛ばされ。地面に転がるサイドスワイプ。

 拳の主は、バンブルビーだった。

 眼を鋭く細め、排気も荒く怒りを露わにしている。

 

「バンブルビー……」

 

「『おいテメエ!』『何やってんの? っていうか何やってんの!?』『馬鹿なの? 死ぬの?』『何とか言えや、ゴラァアア!!』」

 

 比喩でなく頭から蒸気を上げる情報員から、サイドスワイプは目をそらす。

 

「そうですよ! なんであんな酷い……」

 

 バンブルビーの傍に立っていたネプギアも非難の声を上げる。

 

「あんな言い方ねえだろう!!」

 

「男らしくねえぞ! テメエ!!」

 

「最低よ、アンタ!」

 

「最低……!」

 

 普段は呑気なスキッズとマッドフラップも、無邪気なラムとロムも本気で怒っている。

 そして怒る若者たちの後ろでは、アイアンハイドとノワールが複雑そうな顔で立っていた。

 

「誰に似たのやら……、おまえも不器用な奴だな」

 

 情けなく倒れる弟子に、アイアンハイドは深い排気混じりに言った。

 どういうことかと、ノワールは相棒を見上げる。

 それに答えるようにアイアンハイドは言葉を続けた。

 

「どうせ、自分と恋人になったら、あの娘と、物陰にいたユニのお嬢ちゃんが不幸になるからとか、そんなこと考えて、ワザと酷いこと言ったんだろ。おまえのセンサーなら、ユニのお嬢ちゃんがいることに気付いたはずだしな」

 

 師の言葉に、サイドスワイプは上体を起こして力なく笑う。

 

「ハハハ……、やっぱりアイアンハイドにはお見通しか……」

 

「……『どゆこと?』」

 

「なんで、そんなことを……」

 

 戸惑うバンブルビーとネプギア。他の面々も理解できないと言った顔だ。

 ユニがいたと言うのなら、なおさら酷い言葉を吐く意味が分からない。

 全員の視線を受けて、サイドスワイプはようやく深い嘆息と共に語り始めた。

 

「簡単なことさ。さっきもサオリに言った通り、俺は金属生命体、ユニやサオリは有機生命体なんだよ」

 

「それくらいで……」

 

「それくらい? いいや、大問題さ!」

 

 非難するような声のネプギアに、サイドスワイプはワザと明るい声で答えた。

 

「どれだけ好きになったとしても、ユニたちは小さくて脆い有機生命体だ。抱きしめることも出来やしない。それに人間とか女神は、愛し合うと……その、なんだ、色々するんだろ? そういうこともできない。そんなのって、辛すぎるだろう……」

 

 後半は泣きそうな声になっていた。

 全員が沈黙した。

 若々しい態度で振る舞っていた若きオートボットの戦士は、内面にこのような苦悩を隠していたのだ。

 自分と全く異なる種族と恋愛が成立するのかという苦悩。

 ネプテューヌとオプティマスは、正直例外と言っていいだろう。

 むしろ彼のように悩んだ末に、自分の想いと両種族の常識を天秤に賭けて、自分の想いを拒否するほうが自然と言えた。

 

「まあ、なんだ」

 

 やがて最初に声を出したのは、やはりと言うべきか、アイアンハイドだった。

 

「若い内はな、あれこれ悩んだりせず、まずは突っ走って見るのも手だぜ。折れても曲がっても、若い内なら早く立ち直れる」

 

 ぶっきらぼうにかけられた言葉に、しかしサイドスワイプはより懊悩を深めているようだった。

 

「……じゃあ、今は仕事の話だ。あの娘の父親に兵器を造らせてたっつう主戦派の連中に会ってきた」

 

 真面目な顔でアイアンハイドは話しを続ける。

 女神候補生たちは、こんな時にする話か?と表情で語るが、ノワールとオートボットたちは黙って続けさせる。

 こんな時だからこそ、男には戦いと仕事の話が必要なこともある。

 

「で、その連中も兵器の隠し場所は知らないっつうことだが、一つ気になることを言ってた」

 

「……気になること?」

 

 立ち上がった弟子に、アイアンハイドは頷く。

 

「ああ。昔、外部から連中と接触し、強力してた奴がいて、そいつはヘブンズゲートとやらの開発にも携わっていたらしい。そいつの名は……」

 

 アイアンハイドは、その名を口にする。

 彼にとっては忌々しいその名を。

 

「マジェコンヌ、だそうだ」

 

  *  *  *

 

 どこかの路地裏。

 泣きながらワケも分からず走り続けたサオリは、やがてこの建物に囲まれた行き止まりに来ていた。

 走り疲れた彼女は地面に座り込み、失恋の痛みにすすり泣く。

 その背後に降り立つ影があった。

 女神化して彼女を追ってきたユニだ。

 ユニはオズオズと泣き続けるサオリに手を伸ばす。

 

「サオリ、あの……」

 

 声をかけても、サオリは反応しない。

 

「あのさ、サイドスワイプがあんな酷いことを言ったのは、きっとワケがあるのよ! そうじゃなきゃ、アイツがあんなこと言うはずないもの!」

 

「……なんで分かるんですか?」

 

 それでも声をかけ続けるユニに、サオリが返したのは疑問だった。

 対するユニは、サオリの前に回り込み、しっかりとその顔を見据える。

 

「分かるわよ! アイツは、アタシの相棒なんだから……」

 

 ショックは受けた。それでも冷静になって考えてみれば、何かワケがあるのだと思えた。

 今まで何度も助け合ってきた相棒を、信じられなくてどうするのだ。

 顔を上げたサオリは、どこか眩しそうにユニを見る。

 そして、口を開こうとした、その時だ。

 

「おやおや、これはこれは……。ヘブンズゲートの鍵を探していて、思わぬ相手と出くわしたものだ」

 

 ネットリとした女の声に、ユニは背筋が凍る。

 この声は、できれば聞きたくないと思っていた。

 自分たち女神候補生を、姉たち女神を、そしてオートボットたちを絶体絶命の危機に落とした女の声。

 

「久し振りだなぁ。ラステイションの女神候補生よ」

 

 見れば、そこに立っていたのは黒衣にトンガリ帽子の魔女のような風体の女だった。

 ユニは憎々しげにその名を呼ぶ。

 

「マジェコンヌ! 何でアンタがここに……」

 

「決まっているだろう? そこにいる小娘にようがあるのさぁ」

 

 嘲笑を浮かべるマジェコンヌ。

 サオリは、驚愕に口を押さえる。

 

「あ、あなたは……」

 

「貴様とも久し振りだな、博士の娘よ。さあ、ヘブンズゲートの起動キーを渡してもらうぞ」

 

 どうやら、二人は知り合いであるらしい。

 威圧的に言うマジェコンヌだが、もちろんサオリは取り合わない。

 

「だ、誰があなたなんかに! それに、もし起動キーがあったとしても、ヘブンズゲートの在り処は誰も知りません!」

 

 隠し場所が分からなければ、起動キーだけ手に入れても無用の長物だ。

 しかし、マジェコンヌは不敵に笑う。

 

「ああ、それなら問題ない。……場所なら私が知っているからな」

 

 その言葉に、ユニとサオリは揃って愕然とした。

 

「どういうこと!?」

 

「何であなたが……」

 

「答える義理はないなぁ。さて、博士の娘と、それからラステイションの妹女神よ……」

 

 楽しくて堪らないといった表情のマジェコンヌの周囲に、黒塗りのバンとセダンが停車し、ビルの上から四足獣型のディセプティコンが飛び降りてきた。ドレッズの面々だ。

 さらにバンからリンダが銃を担いで降りてくる。

 都合、5対2……、いや実質5対1と言う、圧倒的に不利な状況に、ユニは冷や汗が出るのを止めることができなかった。

 逆にマジェコンヌはニヤリと嗤う。

 

「いっしょに来てもらおうか」

 

 




おかしい。ラブコメを書いてたはずなのに、どうしてこうなった?
そして例によって分割。

今週のTAV
地味にTF史上初の悪役ダイノボット、スカウル登場。
いつまでも楽しいことばかりではなく、正しいことをしなくちゃならない、か……。
成長したね、グリムロック。っていうか、目に見えて成長してるのがビー意外ではグリムロックだけな気が……。

今回の解説

タイトル
G1の37話、『令嬢より愛をこめて』より。
内容もそこはかとなく同話のリスペクト。

サオリ
激震ブラックハートより。
恋愛ゲーの開祖『ときめきメモリアル』シリーズの擬人化キャラにして、その初代メインヒロイン『藤崎詩織』のパロディキャラ。
原作では、主人公(?)の秘書官を巡ってノワールと三角関係を繰り広げてました。
何がヒドイって、原作でも本作と同じくらい、あるいはそれ以上に唐突に秘書官に惚れるところ。色々理由があったとはいえ、彼女の行動は大騒動を巻き起こすことに。

ヘブンズゲート
名作シューティングゲーム、グラディウスシリーズのボスより。
苛烈な弾幕で、多くの主人公機を葬り去った強ボス。
何で、唐突にこんなのが出てくるかって? ……とあるゲームで乗ったからですよ、藤崎詩織が……。

伝説の樹
ときめきメモリアルに登場する大木。激震ノワールにもサオリに絡む形で登場。
なんでもこの下で告白した恋人は、永遠の幸せが約束されるらしい。



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