超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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表題を直訳するなら、悩みの国のアリス。


第63話 アリス・イン・ディストレスランド

 

「近寄るなよ、薄汚い混ざり者め。病気が移るだろうが」

 

「テメエに恵んでやるエネルゴンはねえよ。勝手にくたばんな」

 

「ギャハハ! ほーら、炎熱消毒してやるよ! ありがたく思えよ、半端者!」

 

「反吐が出るぜ! このディセプティコンの面汚しの詐称者(プリテンダー)め!」

 

 プリテンダー、有機生命体の姿を模すことができる、異端のトランスフォーマー。

 ディセプティコンにあってなお、有機生命体を下等と断じるディセプティコンにあってこそ迫害される、有機と無機の半端者。

 アリスが生まれたころには、すでにその風潮はディセプティコンに蔓延していた。

 周りから浴びせかけられるのは、嘲笑と侮蔑、暴言と暴力。大人たちは、庇護者ではなく敵だった。

 同じ種族の仲間たちと路地裏やゴミ捨て場で身を寄せ合い、他人が食べ残したエネルゴンのカスを巡ってスクラップレットやスウォームと争う日々。

 盗みを犯したことも一度や二度ではない。

 ある者は飢えと病に倒れ、ある者は精神が限界を超えて自ら死を選び、ある者は盗みに失敗してどこかに連れて行かれて二度と戻らず、一人、また一人と仲間たちが減っていく。

 そして最後には、アリスは独りぼっちになった。

 何度、自分の生まれを呪っただろうか。

 どれだけ、己の境遇を憎んだだろうか。

 

 望んでこんな体に生まれたワケではないのに。

 

 こんな、有機生命体の要素を持った体になんか。

 

 誰からも、認められることはなかった。自分自身からさえも。

 

 ただ一人、あのヒトを除いて。

 

「ほう、面白いな」

 

 そう言って、あのヒトは笑んだ。

 凶暴そうで、狡猾そうで、恐ろしい、だけど、確かに自分に向かって笑ってくれたのだ。

 嘲笑でも侮蔑でもない笑顔を向けてくれたのは、あのヒトだけだ。

 

「プリテンダー ハ、将来的ニ、有能ナ、スパイ ニ、ナル」

 

「そのようだな。このサイバトロンを征服したら、次は他の惑星を征服するのだからな!」

 

 面白そうに笑うあのヒトは、私に手を差し伸べてくれた。

 

「俺の役に立てよ? そうすることで自分の価値を証明して見せるがいい」

 

 それだけで十分だったのだ。

 私が、(スパーク)を、捧げるには。

 

  *  *  *

 

「貴様、騙したのか!?」

 

「信じていたのに……!

 

「この薄汚い詐称者(プリテンダー)め!!」

 

 それからの私は、諜報部隊の一員として、あらゆる仕事をこなした。

 敵に油断させて、後ろから不意打ちしてやった。

 情に訴えかけて、情報を盗み取ってやった。

 惚れさせてから、抱き合った瞬間、刺してやった。

 

 騙した。

 

 欺いた。

 

 利用した。

 

 裏切った。

 

 その種族名(プリテンダー)の通りに。

 

 全ては、偉大なる破壊大帝メガトロン様の御為に。

 

 これまでも、これからも、どこであろうと、それは変わらない。

 

 このゲイムギョウ界でも、リーンボックスでも。

 

 そのはずだったのに……。

 

  *  *  *

 

「アリスちゃん。…………わたくしの、妹になってはくれませんか?」

 

 人間を女神に変えるという、奇跡の、あるいは禁断のアイテムを手に、リーンボックスの女神ベールは厳しい顔で問うてきた。

 

「……質問をさせてください」

 

 アリスがようやく絞り出したのは、そんな言葉だった。

 真面目な顔のまま、ベールは頷く。

 

「もちろんですわ。答えられることなら答えましょう」

 

「……その女神メモリーはどういう理屈で人間を女神に変えるのですか?」

 

 とにかく情報が欲しかった。

 諜報員としての本能と言ってもいい。

 あるいは、現実逃避かもしれないが。

 

「そうですわね。簡単に言うと、この女神メモリーには、過去の女神の記憶が封じ込められているのです」

 

「過去の女神の記憶……」

 

「はい、女神は死ぬと、肉体はシェアエナジーになって大気に溶け、魂は『全なる魂』と呼ばれる存在の下へ還ると言われています」

 

 ――何だか、オールスパークみたいだなあ……。

 

 説明を受けるアリスは、ふとそう思った。

 トランスフォーマーの(スパーク)は肉体が滅ぶと、それがオートボットであろうと、ディセプティコンであろうとオールスパークへと還り、生まれ変わる日を待つのだという。

 それがトランスフォーマーたちの古くからの信仰であるが、アリスには関係のない話だ。

 アリスにとって信仰する神とは、破壊大帝を置いて他にないのだから。

 そして、有機と無機の半端者であるプリテンダーは、オールスパークに還ることができないのだという俗説があるのだから。

 

「そして、現世に最後に残るのは女神所縁の品や場所に染みついた記憶、……『因子』とも呼ばれる、女神のデータなのです」

 

 因子の概念はアリスも知っていた。

 その者の強さや個性と言った情報を読み取ったデータのような物を因子と呼ぶ。

 以前に『魂の設計図』などと似合わないことをドクター・スカルペルが言っていたのを聞いたことがあった。

 

「ゆえに、他人の因子を身内に取り込むことができれば、手っ取り早く強さや知識を得ることができるのではないかと言う考えは、昔からありました。……上手くいった例は、ありませんが」

 

 それはそうだろうと、アリスは思う。

 因子を取り込むということは、液体がいっぱいに入った入れ物に、無理やり別の液体を詰めようとするようなものだ。

 受け入れきれずに入れ物が破裂するか、あるいは液体同士が化学反応を起こして全く別の物に変わってしまうのが関の山だ。

 よしんば因子を取り込むことができたとしても、他人の魂の設計図、なんてものが、精神や肉体に影響を与えないとは考え辛い。

 最悪、取り込んだ因子に肉体を乗っ取られる、なんてことにもなりかねない。

 

「しかし、この女神メモリーはブレインズさんの協力の下、それらの問題を克服することができました。……人体実験は、していないそうですが」

 

「ま、専門的な話は省くけど、ようはトランスフォーマーをリフォーマットする要領さね」

 

 ブレインズが話に割り込んできた。

 開発者である彼に、ベールは話しを譲る。

 

「因子っていうデータで、肉体を構成してるデータを上書きすんのさ。精神がぶっ壊れちまったら元も子もないんで、色々調整したけどな。……そんでも合わなきゃ、拒絶反応でモンスターになっちまうのよ」

 

 ケケケと笑いながら、ブレインズは続ける。

 

「そんで適合者ってのは、女神の因子と精神的にも肉体的にも相性が良くて、リフォーマットに耐えられる奴ってワケ。ざっと計算してみたが、本当なら適合者が現れる確率はゼロに近いな」

 

 含むように笑うブレインズ。

 さすがは元科学参謀配下。本人は嫌がるだろうが、マッドサイエンティストが板に着いている。

 

「当たり前だよな。女神と人間ってのは、似てるようで違う生き物なんだ。猿に人間の血を輸血して、人間にしようとするようなもんさ。無謀な計画なんだよ、これは」

 

 皮肉に満ちた例えに、その場にいる全員が顔をしかめる。

 

「……これが罪深いことなのは、承知しています」

 

 それでも、ベールは決意に満ちた目をアリスに向ける。

 

「それでも、リーンボックスには……わたくしには、女神候補生が必要なのです」

 

「……そこまでして、妹が欲しいんですか?」

 

 思わず、そんな言葉が口を吐いて出た。

 ベールの妹に対する執着は、よく知っている。

 国のためと言いつつ、実際には妹が欲しいだけなのではないか。

 一瞬、驚愕した顔になったベールだが、すぐに元の表情に戻り、アリスを真っ直ぐに見る。

 

「……もちろん、欲しいです。他の国の女神たちと妹さんたちが仲良くしているのを見るたびに、嫉妬を憶えるほどに」

 

 本来国を背負う物にあるまじき、穏やかで優しいベールらしくない生々しい答え。

 不思議と、アリスの心には失望や侮蔑はなかった。

 ああ、この人も、独りぼっちなんだな、と思っただけだ。

 泣きそうになっているのを必死にこらえている教祖とは、どれだけ仲が良くとも、いずれは死に別れる。

 傍らで複雑そうな顔をしているオートボットの副官は、いつかは自分の星に帰らなければならない。

 そうして、ベールは独りになってしまう。

 

 いつか、必ず。

 

 サウンドウェーブに拾われるまでは、あるいはその後も、アリスは独りぼっちだった。

 独りぼっちは辛い。

 頼れる者も頼ってくれる者もいないのは、耐えがたい。

 だから、ベールの辛さは、何となく分かった。

 

 ――いけない、この女に感情移入してどうする。メガトロン様、どうかお守りください。

 

 アリスは、どうにかディセプティコンの潜入兵としての思考を回そうとする。

 そして、何とか言葉を絞り出した。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 とにかく、時間が欲しかった。

 こんなことを一人で決めることはできない。

 サウンドウェーブかメガトロンの指示を仰がねば……。

 

「もちろんですわ。ゆっくり考えて答えを出してください。……女神になるということはメリットばかりではありません。相応の覚悟と犠牲が必要になりますから」

 

  *  *  *

 

「あ、あの、チカ様……」

 

 結局その場はいったん解散となり、上の教会に戻る途中のこと。

 アリスはオズオズとチカに話しかけた。

 

「……何?」

 

「あの、チカ様は、女神メモリーの適正は……」

 

 誰よりも女神ベールを敬愛する.教祖が、女神になれるかもしれないチャンスに飛び付かないワケがない。それが例え、この世の理に反することでも。

 チカは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「もちろん、調べたわ。……結果は言わなくても分かるでしょう?」

 

「はい……」

 

「アタクシは女神になれる可能性が低くても、それに賭けてみたかった。でもベールお姉さまに止められたわ。もし、女神なれなかったら、アタクシを失うことになるからって」

 

 悔しそうに顔を歪めるチカ。

 

「正直、色々と思う所はあるわ。何でアタクシではないの? アタクシが一番、お姉さまのことを考えているのに、ってね」

 

 本来なら、スパイとして潜入しているに過ぎないアリスには、チカの慟哭などどうでもいいはずだ。

 

「すいません……」

 

 しかし何故だろう? アリスの口からは、自然とそんな言葉が漏れていた。

 チカは吹っ切れたような笑みを浮かべる。

 

「そんな顔しないでちょうだい。女神様になれるチャンスなんて、普通は来るもんじゃないんだから。良く考えてちょうだいね」

 

 アリスは曖昧に笑うことしかできなかった。

 

  *  *  *

 

 もう今日は仕事はいいと言われ、アリスは寝床にしているアパートに帰宅する……その前に、話をするべき相手がいた。

 他者の目を盗み、教会のある一室に入り込む。

 警備システムを無力化して扉をくぐると、まず目に付くのは、あちこちの壁に貼られたピンナップ写真の切り抜きだ。写っているのは全て例外なく金髪で巨乳の女性である。

 顔をしかめつつアリスは部屋の中央にいる小型のトランスフォーマーに話しかけようとするが、それより早く向こうが声を発した。

 

「よう! 来るころだと思ってたぜ!」

 

「話しがあるわ。……ブレインズ」

 

  *  *  *

 

 そもそも、ブレインズは元ディセプティコン。それもショックウェーブ配下の優秀な研究員である。

 この女神メモリーの計画に関わっている以上、被験者のデータにも熟知しているだろう。

 アリスの正体にだって、とっくに気が付いていたはずだ。

 なのになぜ、今までオートボットや教会の者たちにそれを言わなかったのか?

 そのワケは……。

 

「どうでもいいからさ」

 

 シニカルに笑いながら、ブレインズは言ってのけた。

 

「別に俺は、オートボットだろうと、ディセプティコンだろうと、女神だろうが、誰が勝ってもいいんだよ。自由をくれるならな」

 

 部屋を見回し、ブレインズは笑う。

 

「ディセプティコンじゃ自由にやれねえんで、オートボットに来たが、どうもここの連中も俺を完全には信用してないらしくてね。この部屋にもいろいろと仕掛けてあんのさ。……全部無力化してやったけどな!」

 

 ジャズは普段こそ軽いノリだが、その実、かなりの現実派だ。

 ディセプティコンからの脱走者をそう簡単には信用しないだろう。

 穏やかなベールにだって、一国の長たるだけの警戒心はある。

 それが、ブレインズは気に食わないらしい。

 

「だから、おまえさんがどんな情報を流そうと、俺には教えてやる義理はないわけよ」

 

「……なら、いいわ」

 

 正直、この裏切り者を叩き潰してやりたかったが、今は聞くべきことがある。

 

「女神メモリーによる人間の女神化……。当然、裏があるのよね?」

 

 意地悪く笑うブレインズに、アリスは内心の嫌悪を押さえて問う。

 

「ああ、普通なら『人間』が女神になるのは100%不可能だな。言っただろう? 猿に人間の血を輸血して、人間にしようとするようなもんだって」

 

「なら……」

 

「『人間』ならな。だけど、おまえは『人間』じゃないだろう?」

 

 意味深に、ブレインズはほくそ笑む。

 

「それは、どういうこと?」

 

「分かってんだろ」

 

「………トランスフォーマーだから、だっていうの?」

 

「さ~てね」

 

 はぐらかすようなブレインズに、アリスは顔をしかめる。

 問い詰めようとした所で、ブレインズは手を上げた。

 

「おっと! そろそろ見回りが来るころだから、帰ったほうがいいぜ! それと仲間と連絡するつもりなら、ジャズがおまえのアパートの周りに張ってるはずだから気をつけな!」

 

  *  *  *

 

 翌日、アパートの自室に戻ったものの、ジャズの盗聴を恐れてディセプティコンと連絡を取れず、そのままベッドに横になって眠っていたアリスは、自分の携帯端末……ディセプティコンとの連絡に使う物ではなく、教祖補佐としての仕事に使う物だ……のアラーム音で目を覚ました。

 時間を見れば、もう昼を回っていた。

 

「ん……?」

 

 教会の仕事は、休みでいいと昨日言われた。

 だからこそ、こんな時間まで寝ていられたのだが……。

 

「ネプギア?」

 

 ならば誰がと思ってみれば、紫の女神候補生だった。

 教会越しではなく直接連絡してくるとは何事だろうと、ノロノロと通話ボタンを押す。

 

『あ、もしもしアリスさんですか? ネプギアです。お休みのところ失礼しますね』

 

「……いいえ、大丈夫ですよ、ネプギアさん。それで、何かご用ですか?」

 

 何とか笑顔を作り、携帯端末の向こうのネプギアに問う。

 正直、頭の中がゴチャゴチャして、まともに応答できるか心配だが、ここで無理に通話を切るのも不自然だ。

 

『いえ、実は用事でリーンボックスに来たんですけど、思ったより早く用事が済んだので、アリスさんさえよかったら、いっしょにお茶でも、と思いまして。教会で聞いてみたら、今日はお休みと聞いたものですから』

 

 アリスは考える。果たしてこの誘いに乗っていいものかと。

 しばらく黙考して出た答えは、イエス。

 ネプギアに腹芸はできないだろうし、自分にも気分転換は必要だ。

 

「……いいですよ。じゃあ、待ち合わせ場所は……」

 

  *  *  *

 

 リーンボックス首都、教会にほど近いオープンカフェにて。

 

「ん……、ここのお茶、美味しいですね!」

 

「そうですね。ここは私も贔屓にしている店なんです。……ケーキも美味しいですよ」

 

 ネプギアといっしょに紅茶を飲みながら、ケーキを進める。

 ここのケーキは非常に美味しい。

 ……ベールやチカといっしょに食べたのだ。

 

「あの、アリスさん。なんだか元気がありませんけど、何かあったんですか?」

 

 ネプギアが心配そうな顔で問うてくる。

 そうだった。この娘は、見た目よりもずっと勘が鋭いのだ。

 

「いえ、ちょっと、悩み事がありまして……」

 

「やっぱり……。良かったら、私に話してくれませんか? 誰かに話すと、それだけで少し楽になるって言いますし」

 

 これは、誘導尋問だろうか?

 ベールやジャズに言われて、自分のことを探りにきたのだろうかとアリスは考える。

 そして、次の瞬間にはその考えを一笑に伏した。

 ネプギアはそんなことができるような、強かな少女ではない。

 嘘を吐こうとすれば顔や態度に出るような、後ろ暗いことがあれば表情を曇らせてしまうような、素直な女の子なのだ。

 国の指導者を目指す者としてはどうかと思うが、人間的には好ましく、そして少し羨ましい。

 彼女はきっと周囲から愛情を注がれて育ったのだろうから。

 だから、嫉妬混じりに少し意地悪な質問をぶつけたくなった。

 

「それなら、ネプギアさん。一つ、聞きたいことがあるのですが……」

 

「なんでしょうか?」

 

「……もしも、もしもですよ? このリーンボックスに女神候補生が、つまりベール様の妹が生まれたら、どう思いますか?」

 

「リーンボックスに、女神候補生ですか? う~ん……」

 

 答えなんか決まっている。

 シェアを奪い合うライバルが増えるのは、面白くないだろう。

 果たして、正直にそう言うか、あるいは誤魔化そうとするか……。

 だが、ネプギアの答えは、そのどちらでもなかった。

 

「そうですね。きっと、嬉しいと思います!」

 

 曇りのない笑顔で、偽りなど一点もない表情で、そう言い切った。

 その答えに、アリスは面食らう。

 

「……嬉しい?」

 

「はい! だってベールさん、ずっと妹がいなくて寂しそうだったし、それに……」

 

 照れくさげに、ネプギアは続けた。

 

「私にも、友達が増えるじゃないですか!」

 

 アリスには理解できなかった。

 ディセプティコンにとって、他者とは蹴落とす相手に過ぎないのだから。

 

「分かりません。私には、分かりません……」

 

 半ば唖然と呟いて、アリスはお茶を飲もうとカップに口をつける。

 そこで、有り得ない物が視界の隅に入った。

 それは、黒いスポーツカーだった。

 

「ぶぅーッ!」

 

「きゃッ!」

 

 思わず口に含んでいた紅茶を噴き出してしまった。

 

「ガハッ! ゲホゲホッ!」

 

「アリスさん!? アリスさん大丈夫ですか!?」

 

 むせて咳き込むアリスの背中を、ネプギアがさする。

 もちろん、ここまでアリスが慌てふためくのにはワケがある。

 あの黒いスポーツカーは、ただのスポーツカーではない。反応が良く見知った相手の物だったのだ。最後にあった時と姿が違うが、間違えない。

 

「すいません、ネプギアさん! ちょっと急用を思い出したので、これで失礼します! お会計はしておきますので、ネプギアさんはゆっくりどうぞ!」

 

「え、ちょっとアリスさん!?」

 

「また今度、お茶しましょう!!」

 

 驚くネプギアを置いて、さっさと会計(カード払い)を済ませて路地裏へと入る。

 案の定、あの黒いスポーツカーが着いてきた。

 人目と、ジャズの気配がないのを確認してから、アリスは怒りに任せて声を張り上げる。

 

「サイドウェイズ!! 何でここにいるのよ!!」

 

「よ! 久し振りだな、アリス!」

 

  *  *  *

 

 斥候サイドウェイズ。

 ゲイムギョウ界に跳ばされたディセプティコンの中で、唯一所在が不明な男。

 と言うのも、彼はディセプティコン本隊との合流を拒否し行方を眩ませたのだ。

 

「この裏切り者! どの面下げて私の前に現れた!!」

 

「久し振りの再会なんだし、もう少し柔らかい態度を取ってくれてもいいんじゃないか?まあ、裏切り者なのは否定しないけどさ……。」

 

 がなり立てるアリスに、サイドウェイズはビークルモードのまま嘆息する。

 しかしその声はどこか呑気なもので、アリスをイラつかせた。

 

「アンタは、まったく……。昔から、ちっとも変わらないんだから」

 

 ハアッと深く息を吐くアリス。

 サイドウェイズとアリスとは新兵時代からの顔馴染だ。

 斥候としては優秀な癖に、どこかディセプティコンとしては抜けているサイドウェイズのことを、アリスがよくフォローしていた。

 お互いに一人前になってからも、それは変わることがなかった。

 それでも、他の者と違いアリスのことを意味もなく見下したりしないことだけは、評価に値した。

 

「アンタのことは上に報告するわ。今戻るなら、私が口を聞いてやってもいいけど?」

 

「お生憎様。最近分かったんだが、どうも俺には旅暮らしが性に合ってるらしい」

 

「……後悔するわよ」

 

 この場で攻撃するようなことはしない。

 昔馴染みゆえの、最後の情けだった。

 

「その時は、その時さ。それよりも、あの娘を置いてきて良かったのか? 友達なんだろう?」

 

「ネプギアのこと? ……別に、あの娘とは友達じゃないわ」

 

「ふ~ん……」

 

 どこか、訝しげにサイドウェイズは唸る。

 その様子に、アリスは眉を吊り上げた。

 

「何よ?」

 

「いや、友達じゃないって言ったときのアリスが、すごく寂しそうだったからさ」

 

「ッ!?」

 

 言葉を失っているアリスにサイドウェイズは少しだけ微笑むような気配を見せた。

 

「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

 

「……そう。なら、せいぜい、メガトロン様から逃げ回りなさい」

 

 何とか調子を取戻し、アリスは答える。

 これ以上の情けはかけない。上にはキッチリ報告する。サイドウェイズがどうなろうと自業自得だ。

 しかし、コイツは昔から、逃げるのだけは上手かったから、何だかんだ捕まらないのだろうとも思っていた。

 

「じゃあ、またな! ……会えて良かったよ」

 

「……そうね」

 

 それだけは、確かにサイドウェイズの言う通りだった。

 

  *  *  *

 

 サイドウェイズと別れた後は、今日の残った時間をどうしようかと考える。

 連絡がなければ、そのうちレーザービーク辺りがやってくるだろう。そしたら報告すればいい。

 何もしていないと、どうしても女神化するか否かという問題に行きあたる。

 果たして時間があるのは、幸か不幸か……。

 

 ――いや、何を考えている。今は時間を稼いで、メガトロン様の判断を仰がねば……。

 

 黙考する内に、アリスはいつの間にかリーンボックス教会の前に来ていた。

 気が付けばここに通うのがルーチンワークになっていたのだろう。

 

「はあッ……」

 

 教会を見上げ、深く息を吐く。

 どうやら、自分は混乱していたようだ。

 

 ――そうだ。よく考えたら、自分が女神になる必要なんかまったくないじゃないか……。

 

 断ろう。そして、改めて女神メモリーについての情報を集めればいい。

 それこそもう一回ブレインズを問い詰めるなりすれば、容易に情報は手に入る。

 

 ――らしくもない。こんなことで悩むだなんて。これじゃあまるで、女神候補生になりたがっているみたいじゃないか。

 

「アリスちゃん?」

 

 と、声がかけられた。

 

「ベール様?」

 

 それはベールだった。

 どうしたと言うのだろう? 彼女はまだ仕事中のはずだ。

 その疑問が表情に出ていたらしく、こちらが何か言う前にベールは微笑みつつ答えた。

 

「ネプギアちゃんから、アリスちゃんが悩んでいるって聞ききましたので、会いに行こうとしていた所なんですのよ」

 

「あの、お仕事は……」

 

「それはほら、チカたちが頑張ってくれてますから」

 

「あなたって人は……」

 

 仕事を押し付けられたのだろうチカ以下教会職員のことを思うと、溜め息の一つも出てくる。

 そんなアリスに、ベールはマイペースに話しかける。

 

「どうやら、わたくしのかけた問いは、あなたを悩ませてしまっているようですわね」

 

「ええ、まあ、はい……」

 

 曖昧に答えるアリス。

 

 ――大変残念ですが、今回の件はお断りさせていただきます。私如きに、女神候補生が務まるとは思いません。

 

 そう言いさえすれば、取りあえず問題は片付くのに、何故か中々喉から出てこない。

 

「わたくしも、ことを急ぎ過ぎたようです。……正直、妹ができるかもしれないと思うと、嬉しくって」

 

 申し訳なさそうなベールに、アリスは少しだけ心のどこかが痛むのを感じた。

 

「あ、あの、ベール様……」

 

 意を決して口にしようとするが、それより早くベールが口を開いた。

 

「ですから、まずはお試し期間を設けましょう。ほら、ゲームも体験版があるものですし」

 

 その言葉の意味が分からず、アリスは首を傾げる。

 

「お試し期間、ですか?」

 

「そうですわ。つまり、女神候補生の仕事をちょっと体験してみると言うことです。もちろん、いきなりモンスターやディセプティコンと戦わせるようなことはしませんわ。つまり……」

 

 そこでベールは、照れくさそうに笑った。

 

「少しの間、わたくしと『姉妹ゴッコ』をしてみましょう、と言うことです」

 

 馬鹿馬鹿しい、と思った。

 そんなことをして何になるのかと。

 しかし、同時にこうも思っていたのだ。

 

 ――それなら、少しの間だけなら、いいかもしれない。

 

 その間に、より多くの情報を集められるはずだし、ディセプティコンに対する裏切りには値しない。

 少しの間、ディセプティコンに連絡しなくても、あのサウンドウェーブのことだ、すでにこっちの状況を把握しているかもしれない。

 思考が言い訳がましくなっているのを自覚しつつ、それを無視して、アリスは答えを言った。

 

「はい。それなら……、やってみましょう」

 

「! 本当ですの?」

 

「ええ。でも、私がお試し期間中にやっぱり無理だと判断しても、恨まないでくださいね」

 

「もちろんですわ! それじゃあさっそく、わたくしのことをベールお姉ちゃん、と呼んでみてくださいな!」

 

 青い瞳を期待でキラキラと輝かるベールに気圧され、少し戸惑いながらも口に出す。

 

「ええと、それじゃあ……」

 

 顔が紅潮しているのが、自分でも分かった。

 

「ベ、ベール……姉さん」

 

 これが限界だった。

 恥ずかしさで、すでに死にそうだ。今すぐ、「タンマ! 今のナシ!」と喚いて地面をゴロゴロ転がりたい衝動に駆られる。

 この上、『お姉ちゃん』なんてとても呼べない。

 

 そしてベールの反応は、またしてもアリスの想像の斜め上だった。

 

「ちにゃッ!」

 

 よく分からない悲鳴と共に、地面に倒れた。

 見れば鼻から諾々と血を流している。

 

「べ、ベール姉さん!? ベール姉さん、大丈夫ですか!? しっかりしてくださーい!!」

 

「ほ、他の妹たちがお姉ちゃんで通しているところの、あえての姉さん……。このギャップがまた……、タマリマセンワー」

 

 慌てて抱き起して見れば、そんなことをほざいていた。

 

「わ、我が生涯に一片の悔いなし……ですわ」

 

「ち、ちょっと、天に還るのはまだ早いですよ! ベール姉さーん!!」

 

 かくして、ベールとアリスの『姉妹ゴッコ』は始まった。

 だが天下の往来で恍惚した表情を浮かべて鼻血を流す『姉』に、アリスは失敗したかな?と思わずにはいられなかったのだった。

 




しかたないね。女神候補生は、どうあがいてもお姉ちゃんとネプギアが大好きになる定めなので。

今週っていうか先週のTAV

明かされた真実。
「マイクロンは回路がだんだん劣化していく」
「フィクシットは管理人と看守を兼ねてる」
「看守モードのフィクシットは、他のオートボットが束になっても勝てないほど強い」
どういうことなの……。

今回の解説

スクラップレット
金属を食べる小動物のような金属生命体。
日本語版プライムでは、ミニコンと訳されてた。

スウォーム
インセクティコンの出来そこない。宇宙ゴキブリとも。
AHWのあれはトラウマ。

女神の死生観
オリジナルの設定。
原作では、よく分かっていません。
普通なら、ギョウカイ墓場にいくんだろうけど……。

因子
オリジナルの設定……に見せかけて、実は、ネプテューヌVⅡに因子の設定が出てくる!
かなり設定盛ってるけど。

猜疑心の強いジャズ
既存のジャズのイメージではないでしょうが、副官なので。
副官までお人よしや脳筋だったら、総司令官のプロセッサーがストレスでマッハになってしまうのです。

次回は、アリスの話の完結編か、それは一旦置いといてユニとサイドスワイプのラブコメ回か、コンストラクティコン主役回の予定(つまり決めてない)

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