超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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やーーーっと書けたよ。
そして、その割には短いです。


第59話 過ぎ去りし日に

 スペースブリッジを使い、惑星サイバトロンからゲイムギョウ界へと帰ろうとした女神たちとオートボット、そしてディセプティコン。

 だがネプテューヌとレイは謎の声に導かれ、まったく別の場所へと転送されてしまった……。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌとレイは奇妙な感覚の中にいた。

 どこか、途方もなく長い穴の中を真っ逆さまに落ちていくような気分だ。

 周囲では途方もないエネルギーと無限の情報が渦を巻いていて、しかしそれらはネプテューヌにまったく影響を及ぼさない。

 そこでは二人は体を動かすことも声を上げることもできない。

 只々、どこまでも落ちていく。

 途中、体が恒星よりも大きくなった気もするし、素粒子よりも小さくなった気もする。

 何もかもが矛盾に溢れているのに、それは当然の理だった。

 無限の時が流れ、あるいは刹那よりも短い間の後、ネプテューヌとレイは肉体と精神もろとも細かく砕かれ唐突に『外』に放り出された。

 

  *  *  *

 

 ふと気づくと、ネプテューヌは自分がどこか建物の廊下に立っていることに気が付いた。

 

「あれ~? どこだろここ?」

 

 さっきまでサバトロン星にいたはずなのに。

 辺りを見回してみても、全く見覚えがない場所だ。

 長い廊下は先が見えず、窓から光が差し込み、壁側には胸像が並んでいた。

 その胸像は、やはり見たことも人物、と言うよりもトランスフォーマーを模した物らしかった。

 

「ハッ! これはお約束の『帰れると思ったら別の場所に跳ばされたパターン!』」

 

 一人ボケて見るも、答える者はいない。

 

「………ううう、予想以上に間が持たない……。わたし、ひょっとして一人って苦手?」

 

 涙目になるネプテューヌ。

 と、廊下の向こうから誰かが歩いてきた。

 それは……。

 

「オプっち!?」

 

 赤と青のカラーリングのそのトランスフォーマーは、間違いなくオプティマスだ。

 だが微妙に姿が違い初めてあったころ、トラックをスキャンする前の姿に近い。

 さらに大きさもネプテューヌよりやや大きい程度だ。

 

「どうしたのさ、オプっち! イメチェン? ……って言うか小さくない?」

 

 思わず首を傾げて、声をかけるネプテューヌ。

 だがオプティマスはネプテューヌが見えていないかのように何の反応も示さず歩き続ける。

 

「ちょっと、オプっちらしきヒト?」

 

 無視されていい気分はせず、ネプテューヌはオプティマスの肩に触れようとする。

 しかし、その手はオプティマスの肩にめり込んだ。

 

「え、え? 何これ!?」

 

 慌てて手を引っ込めるが、オプティマスは意にも介さない。もちろんその体に穴など開いていない。

 恐る恐る、もう一度触れてみると、やはり手はオプティマスの体をすり抜けてしまった。

 

「え? え? あれかな、これは幽霊が生きてる相手に触れられない的な……ってことは、わたし死んじゃったの!? うわーん! まだ死にたくないよー!」

 

 泣き喚くネプテューヌだが、なぜだか唐突に『死んでない死んでない』という声が脳内に響いた。

 

「ほえ?」

 

 声は言う、『君は今、幽霊みたいな存在で、この世界のヒトに触ることはできない。元の世界に戻れば元に戻るから安心してくれ』と。

 

「うーん、それならいいかー」

 

 普通なら信用しかねる所だが、そこはお気楽さに定評のあるネプテューヌ。すぐにこの状況を受け入れた。

 改めてオプティマスを見ると、何と言うか雰囲気が若いというか、張りつめた感じがなく穏やかな顔をしていた。

 オプティマスが廊下の先まで歩いていくと、そこには銀色の巨体が立っていた。

 

「「メガトロン!」」

 

 ネプテューヌとオプティマスの声が重なる。

 片方は驚愕が、もう片方には信愛がこもっていた。

 窓の外を見ていたメガトロンは、その声に……正確にはオプティマスのみの声に反応して、こちらを向く。

 メガトロンはやはりネプテューヌの知るメガトロンと雰囲気がまるで違った。

 全身の攻撃的な意趣がなく、表情も穏やかで優しげだ。

 

「オプティマス! 戻ったのか!」

 

「ああ、ついさっき帰ってきたところだよ」

 

「遺跡の発掘は上手くいったらしいな。さすがだな」

 

 快活に笑うメガトロンにネプテューヌは違和感しか覚えない。

 一方のオプティマスは和やかに微笑む。

 

「メガトロンこそ、暴動を鎮圧したんだろう? 師もお喜びになっただろう」

 

「ん……、まあな」

 

 曖昧に微笑み、メガトロンは一瞬目を逸らした。

 

「……それよりも、師と言えば、報告がまだだろう。いっしょに行こうぜ、兄弟」

 

「ああ、そうだった! 行こう兄弟!」

 

 オプティマスとメガトロンは元気に歩いていった。幽霊状態のネプテューヌもそれを追いながら窓の外を見る。

 窓の外には、光り輝く金属とクリスタルで構成された遠未来的な都市が広がっている。

 遅まきながらネプテューヌは理解した。

 

「そうか……。ここは過去の世界なんだ」

 

 DVDのように再生されている記憶なのか、実際に過去にタイムスリップしたのかは分からない。

 だがここは、在りし日のサイバトロン。

 オプティマスとメガトロンが親友だった……兄弟と呼び合っていたころの、サイバトロンなのだ。

 

  *  *  *

 

「第三地区の暴動は酷かったらしいね」

 

「ああ、これで今月に入って三回目だ。ここのところ、貧困層を中心として評議会への不満がたまっている……」

 

「最近はエネルギーの配給が疎かになっているからね。医療費のカットも決定したらしいし」

 

「そのくせ、最高評議会の連中が利権を独占している。このままではサイバトロンは駄目になってしまう」

 

 二人は金属製の廊下を話しながら進む。その内容は、ネプテューヌにはほとんど理解できないことだった。

 メガトロンはどこか苛立たしげに続ける。

 

「師も評議会の横暴を止めようとされているようだが、いかんせん師は伝統にこだわり過ぎている」

 

「そう言わないでくれメガトロン。師も必死なんだよ」

 

「それは分かっているさ。俺が言いたいのは、もっと革新的な変化が必要だということだ」

 

「確かに変化は必要だ。だが早急な変化は混乱を呼びかねない。師はそこらへんを慮っているんだろう」

 

 真面目な顔で語り合うオプティマスとメガトロン。

 会話の内容こそ深刻な物だが、表情はどこか楽しげだ。

 やがて二人は重々しい扉の前で止まった。

 

「師よ、失礼します。メガトロン、オプティマス、入室いたします」

 

「入れ」

 

 メガトロンの声に部屋の中から男性の声が返した。

 二人が扉を開けて部屋に入るとそこは執務室だった。

 重厚な執務机の向こうに、一人の老トランスフォーマーが座っていた。

 赤いボディに髭のようなパーツが、どこかアルファトライオンを思い出させるが、細身の彼と違ってこちらは逞しい体つきをしている。それでいて表情からは深い叡智がうかがえた。

 彼こそが、オプティマスとメガトロンの『師』なのだろう。

 

「偉大なるセンチネル・プライム。メガトロン、ただいま戻りました」

 

「同じくオプティマス、ただいま戻りました」

 

「弟子たちよ、二人とも良く戻った」

 

 恭しく頭を下げる二人を、センチネル・プライムは穏やかな声で労った。

 

「此度の二人の活躍はすでに耳に入っておる。特にメガトロン、困難な任務御苦労だった」

 

「身に余る光栄です。しかし師よ、オプティマスの功績もお忘れめされるな」

 

「もちろんだとも、オプティマスもよくやった」

 

「ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに笑うオプティマス。

 つられてネプテューヌも薄く微笑む。

 

「では二人とも下がりなさい。明日も新しい仕事を頼むことになるからな」

 

「「はい!」」

 

 二人は師に一礼して部屋を退出しようとする。

 そこでセンチネル・プライムは相好を崩した。

 

「そうそう、エリータ・ワンもすでに帰ってきているから、会いに行ってあげなさい」

 

 それに一瞬驚いた顔をするオプティマスとメガトロンだが、こちらもそろって破顔する。

 

「「はい!」」

 

  *  *  *

 

 部屋を出た二人は廊下を歩き、エレベーターに乗って下の階を目指した。

 やがて二人は大きなホールに出た。円形の構造がどこか闘技場を思わせる。

 その中央で、一人のウーマンオートボットが球形のドローンを相手に戦っていた。

 薄紫色のメリハリの効いた体型のウーマンオートボットだ。

 宙に浮かんだ球形ドローンは、モノアイからビームを発射してウーマンオートボットを攻撃する。

 だがウーマンオートボットは腕を変形させた剣でビームを弾き返すとすかさずドローンを斬りつけ、真っ二つにした。

 

「ふう……、こんなものかしら」

 

「精が出るな、エリータ」

 

 軽い調子でメガトロンに声をかけられ、一息吐くウーマンオートボット……エリータ・ワンは振り返った。

 

「オプティマス! メガトロン!」

 

 エリータは嬉しそうに破顔すると、二人に駆け寄ってきた。

 

「おかえりなさい! 二人とも大活躍だったと聞いたわ」

 

「まあな」

 

「私はいつも通り、穴掘りをしていただけだよ」

 

 満更でもなさげに笑うメガトロンに対し、謙遜……と言うよりは本気でそう思っているらしい口ぶりで、オプティマスは笑いながら言った。

 エリータはヤレヤレと肩をすくめる。

 

「まったく、あなたは……。自分を過小評価し過ぎよ。もう少し自信を持ちなさいな」

 

「そうは言ってもな。私は客観的に自分を評価しているだけだよ」

 

「だからそれが過小評価だって言ってるのよ」

 

「いやいや……」

 

 言い合う二人だったが、ふとメガトロンがニヤニヤとこちらを見ていることに気が付いた。

 

「何よ、メガトロン」

 

「いやいや別に何でも? 俺のことは放っておいて、どうぞ存分にイチャついてくれ」

 

「い、イチャ!?」

 

 その言葉にエリータは動揺するが、オプティマスは首を傾げる。

 

「それはどういうことだい、メガトロン?」

 

「「…………」」

 

 何とも言えない表情で沈黙するメガトロンとエリータ。

 ネプテューヌも呆気に取られる。

 エリータはガッカリしているようにも安堵しているようにも見える顔で、声を出した。

 

「とりあえず、少し街を歩きましょう」

 

「ああ、そうしよう。歩きながら話したいことがたくさんあるんだ!」

 

 アッケラカンとした様子で歩いて行くオプティマス。

 それを追いながら、メガトロンは横を歩くエリータに耳打ちした。

 

「まったくオプティマスの鈍感さはタイタンクラスだな。……おまえももう少し積極的にいったほうがいいぞ」

 

「え!? あ! な!?」

 

 悪戯っぽく笑うメガトロンに、エリータはアワアワと困惑する。人間なら顔が真っ赤になっているところだろう。

 それを見ているネプテューヌの心に不思議と嫉妬はわかなかった。

 しかし彼女の目から見て、メガトロンはオプティマスとエリータの気のいい兄貴分といった風に見える。

 なぜ、オプティマスとメガトロンがあそこまで憎しみ合うに至ったのか、ネプテューヌには分からなかった。

 

  *  *  *

 

 輝ける都市、アイアコン。

 金属製の高層建築が立ち並ぶ美しい景色は、ほんの少しだが、プラネテューヌの町並みを思い起こさせた。

 

「そう言えば」

 

 歩きながら、エリータがふと漏らした。

 

「これは噂なのだけれど……、次期プライムの選出が近づいているらしいわね」

 

「たたの噂だろう? 師はまだまだご壮健じゃないか」

 

 とっておきの情報を告げたと言わんばかりのエリータだが、オプティマスの反応は芳しくない。

 

「でも、もし本当なら次期プライムに選ばれるのは、メガトロンだろうね」

 

「まあ、順当に行けばそうなるな」

 

 メガトロンはニヤリと不敵に笑う。

 

「そうなれば俺は、史上初のディセプティコン出身のプライムということになる。その意味は大きいぞ」

 

 そしてメガトロンは大きく腕を広げた。

 

「ディセプティコンからプライムが選出されれば、長く続いた差別を撤廃させることもできる! オートボットとディセプティコンが戦い合う運命を変えてやるぞ!」

 

 興奮した様子で、しかし純真に笑うメガトロン。

 つられてオプティマスとエリータも微笑む。

 

「ずっとそのために頑張ってきたんだものね。私たちも応援しているわ」

 

「私も君の夢に微力ながら、協力させてくれ」

 

「おう! 頼んだぞ、二人とも!」

 

 妹分と弟分の声援を受けてニカッと快活に笑うメガトロン。

 その姿から、後の破壊大帝の影を見出すことはできなかった。

 

  *  *  *

 

 その後もネプテューヌはオプティマスの生活を垣間見ることとなった。

 基本は遺跡の発掘や文献を読み漁ったり、仲間たちと鍛錬したりして日々を過ごしていた。

 たまにエリータに引っ張られて遊びに出かけたり、時にメガトロンと共に暴動を鎮圧したりもしていた。

 三人で危険な冒険に繰り出し、センチネルにこっぴどく怒られることもあった。

 時にアイアンハイドやジャズ、ラチェットといった面子と出会うこともあった。

 

 そして、その日はやってきたのだ……。

 

  *  *  *

 

 アイアコン議事堂の大講堂。

 居並ぶ評議会の議員たちの前に、オプティマスとメガトロンが立っている。 

 講堂の奥にある檀上に、センチネルが姿を現した。

 

「本日はよくご集まりいただいた。余計な前置きは無用であろう。……ついに次期プライムが選出されたのだ!」

 

 ざわつく評議員たち。

 構わずセンチネルは朗々たる声で話し続ける。

 

「この選択は儂にとっても非常に困難なものであった! 我が弟子たちはどちらも極めて優秀であり、どちらがプライムとなってもサイバトロンに栄光をもたらすことは明らかだからだ!」

 

 身振り手振りを交えて語るセンチネルに、メガトロンは期待に満ちたオプティックを向ける。

 

「では無駄話はこれくらいにして、発表に移ろう。選ばれし次期プライム。それは……」

 

 センチネルはオプティマスとメガトロンの前に歩いてくると、ゆっくりと自らの後継者の肩に手を置いた。

 

 オプティマスの肩に。

 

「オプティマス、おまえこそが次期プライムだ」

 

 メガトロンがオプティックを見開く。

 別室で事態を見守っていたエリータは、口元を抑えた。

 違う場所ではオプティマスの養父、アルファトライオンが難しい顔になった。

 しかし、その言葉に誰よりも驚いたのは他ならぬオプティマス自身だった。

 

「師よ、私は遺跡の発掘くらいしか能のない男です、それなのになぜ……」

 

「オプティマスよ。おまえには隠された宿命があるのだ。今こそその宿命と向き合う時なのだ」

 

 愕然とするオプティマス。

 どこからか歓声が聞こえてきた。

 周りの評議員や、講堂の外の一般市民からの歓声だ。

 しかしオプティマスの心に高揚はない。

 どこまでも戸惑うだけだ。

 助けを求めるように、親友であるメガトロンのほうを見た。しかし、そこにはもう灰銀のトランスフォーマーの姿はなかった。

 

  *  *  *

 

 場面は移り変わる。

 ここはオプティマスの私室。

 

 あの場から少し時間がたったが、オプティマスは未だに混乱の中にいた。

 

「……なぜ、私がプライムに……」

 

 そしてオプティマスは、頭を抱えた。

 

「嫌だ、嫌だ……! 私は……、プライムになんか成りたくない!」

 

 それは、決して表には出せない泣き言だった。

 ネプテューヌは変わらず幽霊のような状態で傍にいた。

 失望はなかった。

 こんなにも重い責任を前にして、親友を裏切る形になってまで、権力を求めるような男ではないのはよく知っていた。

 ただ、実体のないネプテューヌには何もできない。それが酷く辛かった。

 

「オプティマス? 入るわよ、オプティマス」

 

 と、エリータが控えめに入室してきた。

 

「エリータ……。私は、私はどうすればいい……」

 

 もう一人の親友にオプティマスは情けなく吐露した。

 

「プライムになどなって、私はどうすればいい!!」

 

「オプティマス……聞いてちょうだい」

 

 エリータは項垂れるオプティマスの顔に手をやると、言葉を発した。

 この時、ネプテューヌは奇妙なことを感じた。

 自分の口とエリータの口が同期して、同じ内容を口にした。

 

「あなたはきっと偉大なリーダーになれるわ。誰よりも誰よりも……」

 

「……そうだろうか? 私はメガトロンを裏切ってしまったというのに……」

 

「だからこそ、あなたはメガトロンの分まで立派なリーダーにならなければならない」

 

「ああ……、そうだな……」

 

 オプティマスはぎこちなく微笑んだ。

 ネプテューヌ=エリータは思う。多分、多分だけど、オプティマスはもうとっくに決意ができていたのだ。プライムになる前の最後の泣き言を言っていただけなのだ。

 

「オートボットとディセプティコンの争いを終わらせ、このサイバトロンに平和をもたらそう。どうせ誰かがやらなければならないのなら、私がやる。それがメガトロンに対する私のせめてのもの償いだ」

 

 エリータは予感する。今後、彼が行くであろう道の厳しさを。

 ネプテューヌは知っている。この後、彼に降りかかる苦悩と痛みを。

 ネプテューヌ=エリータは思う。

 ならば、ならば、このヒトの幸せは私『たち』が作ろう。

 長く続くだろう苦しみと悲しみを少しでも癒していこう。

 

 だから……。

 

 ――頼んだわよ『わたし』

 

 ――うん、任せて『私』

 

 次の瞬間、ネプテューヌは時空間に開いた渦に吸い込まれ帰っていった。

 

 ゲイムギョウ界へと。

 

 彼女にとっての現在へと。

 

  *  *  *

 

 さて、ここから先はネプテューヌと共にスペースブリッジへと消えたレイのお話だ。

 彼女もまた、ネプテューヌと同様に幽霊のような状態で、ネプテューヌと同じ時間軸のサイバトロンへと転送されていた。

 そしてネプテューヌがオプティマスを見ることを選んだように、彼女はメガトロンを見ていたのだ。

 

 そして……。

 

「師よ! お願いです! ワケを、ワケをお聞かせください!」

 

 次期プライム発表から少しして、メガトロンは師であるセンチネルの執務室に押しかけていた。

 衝動的に講堂を飛び出した後、混乱するブレインを何とか冷やし、師の真意を質すべくこうしてやってきたのだ。

 

「師よ! 教えてください! 私に何が足らなかったのですか!?」

 

 血を吐くような悲痛さでメガトロンは問う。

 レイは見ていた。

 メガトロンがプライムになるためにどれだけ努力してきたかを。

 ディセプティコン出身であるというだけで、オートボット至上主義の評議会から謂れなき中傷を受け、努力と才覚を中々評価されない日々。

 それでも、実績を積み重ねていればいつか認めてもらえると信じていた。

 

「メガトロン、我が弟子よ。おまえに足らない物などなかったとも」

 

 センチネル・プライムはメガトロンを安心させるような穏やかな笑みを浮かべた。

 

「並ぶ者のいない勇猛さ、卓越した頭脳、多くの者たちに慕われる人望、そして高潔な理想。おおよそプライムに求められる全てをおまえは備えておる」

 

「ならば何故……」

 

 力無く問うメガトロンにセンチネルは言い聞かせるように微笑む。

 

「しかし、ヒトには生まれ持った宿命というものがある。オプティマスはプライムとなる宿命の下に生まれてきたのだ」

 

「それは……」

 

 レイは思う。

 それならば、メガトロンの努力は無駄だったのか?

 全ては宿命だとでもいうのか?

 納得いかなげな弟子の肩に、師はゆっくりと手を置く。

 

「おまえがオートボットだったならば、あるいは別の運命があったのかもなあ……」

 

 センチネルとしては、その言葉は何気なく放ったものだったのだろう。

 失意の弟子を慰めるつもりで、他意など欠片もなかっただろう。

 だが、その一言は、メガトロンにとってはどんな罵詈雑言よりも残酷だった。

 そしてそれは、メガトロンにとって、実績を積み重ねていればいつか認めてもらえるという、青臭い幻想が破壊された瞬間だった。

 

  *  *  *

 

 その後、師の下を飛び出したメガトロンは、エイリアンジェットの姿で我武者羅に飛び回った。

 どこをどう飛んだのかは、レイにも分からない。

 だが最終的に、とある荒野のど真ん中に着陸した。

 レイは知り得ぬ話しだが、こここそはディセプティコン発祥の地と言われている場所だ。

 いつの間にか、雨が降り出していた。

 

「………………」

 

 地面の水たまりに、項垂れたメガトロンの顔が映った。

 赤いオプティックに、灰銀のボディ。まぎれもないディセプティコンの特徴を備えた姿……。

 

「! うわあああ! あああああ!!」

 

 絶叫したメガトロンは地面を殴りつける。

 何度も何度も何度も……。

 

「あああああ!! あああああ!!」

 

 そのオプティックから、雨に紛れて液体が止めどなく流れているのをレイは見ていた。

 何もできない自分の無力が酷く悲しかった。

 

「あああああ!! ああああああ!!」

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 やがてメガトロンはゆっくりと立ち上がった。

 

「…………宿命だと?」

 

 涙を流しながら、メガトロンは一人呟く。

 

「そんな物で、俺の未来が決められているとでも言うのか? 全ては運命だの宿命だのに操られて、粛々と進んでいくだけだというのか?」

 

 その問いに答える者はいない。

 

「……いいや、俺は認めん。認めてなるものか」

 

 雷鳴が鳴り響く中、メガトロンは天を睨みつける。

 

「運命だと? 宿命だと? 俺はそんなものは認めない! そんなものが存在して、俺を、俺たちを縛ると言うのなら、この俺が破壊してくれる!!」

 

 天に向かい咆哮するメガトロン。

 レイは理解した。メガトロンの変えたい『運命』とはこれなのだ。

 

『クククク、その声、聞き届けたぞ』

 

 その時、どこからか声が聞こえてきた。果てしない暗闇の彼方から響いてくるかのような悍ましさを孕んだ声だった。

 突如として空から光が差し込んできた。だが太陽光ではない。太陽光ではありえない。こんな紫の禍々しい光が太陽光であるはずがない。

 紫色の光は、やがて雨粒を巻き込んで渦を巻き、メガトロンの眼前に巨大な顔を作り上げる。

 

『おまえのような男を待っていたのだ。強靭な肉体と、不断の意思を備えた男をな』

 

 表情は底なしに狂気に歪み、輝くオプティックはどこまでも深い憎悪に彩られ、どこかディセプティコンのエンブレムを思わせる造形をしていた。

 あるいはエンブレムのほうがこの顔に似ているのか。

 

『さあ、メガトロン。我が弟子となってこの世の真実を知り、無敵の力と栄光を得るがいい』

 

 それは甘く悍ましく、メガトロンを誘惑する声だった。

 

 ――駄目だ、この声に従ってはいけない。

 

 なぜだかレイはそう思った。

 勘や感覚的な問題ではない。レイは『知っていた』のだ。

 この存在に従った先には恐ろしい破滅しかない。

 しかし、それをメガトロンに伝える術を、レイは持っていなかった。

 

『……そしてプライムの称号を』

 

 そして、メガトロンはその顔の前に跪いた。

 次の瞬間、顔から発せられた紫の電撃状のエネルギーがメガトロンの体を包み、その肉体を変貌させていく。より恐ろしく、より荒々しく、より攻撃的に。

 

『立つのだ、我が弟子よ。我が名を継ぎしメガトロンよ。そして新たな称号を名乗るがよい』

 

「……はい、師よ」

 

 顔の言葉に答え立ち上がった時、理想に燃えた若者は消滅し、代わりに現れたのは支配者にして破壊者。すなわち……。

 

「我は、破壊大帝メガトロン!! ディセプティコンの支配者だ!!」

 

 唐突にレイは理解した。

 理不尽に降りかかる運命を破壊する者。それこそが破壊大帝の称号に込められた、本当の意味なのだ。

 そして、ネプテューヌがそうだったように、レイもまた時空間に開いた渦に吸い込まれ、ゲイムギョウ界へと帰っていくのだった……。

 

  *  *  *

 

 そしてここからはネプテューヌもレイも知り得ることのできなかった話しだ。

 それでも語る意義を感じ、ここに記す。

 

「……どうしても、ダメか」

 

「駄目だ。いくら、あなたの頼みでも」

 

 センチネル・プライムの執務室。今ここを風変りな客が訪れていた。

 赤い細身のボディに長い髭と、手に持った長杖。オプティマスの養父アルファトライオンだ。

 

「センチネルよ。この選択はサイバトロンとトランスフォーマーの未来を左右しうる。どうかもう一度、考えなおしてはくれんか?」

 

「くどい! もはや評議会の決定を覆すことはできんのだ!」

 

 穏やかなアルファトライオンの言葉に、センチネルは厳しい声で返す。

 

「しかし、おまえはプライムではないか。おまえの言うことならば……」

 

「今はあなたの時代とは違う。王朝の威光は遠い過去の物となり、プライムは単なる役職に成り下がった……」

 

 どこか怒りと悲しみを堪えるように、センチネルは言葉を吐き出す。

 アルファトライオンは痛ましげな視線を向けた。

 

「だからこそ……」

 

「だからこそ! この選択は間違っていないはずだ!」

 

 机を叩いて勢いよく立ち上がるセンチネル。

 

「必要なのだ! サイバトロンの未来のために! 王朝の復古が……!」

 

「…………」

 

 悲痛なセンチネルの叫びに、アルファトライオンは言葉を失う。

 少し落ち着いたセンチネルは、椅子に座りなおした。

 

「そもそも、あなたはオプティマスの養父ではないか。我が子がプライムになることに、なんの躊躇いがあるのだ」

 

 その問いにアルファトライオンは間を置いて答えた。

 

「……我が子が苦痛と死に満ちた道を行こうというのに、悩まぬ親がどこにおる」

 

 老歴史学者の答えは現プライムを満足させるものではなかったらしく、微妙な顔をする。

 

「プライムとはその全存在をサイバトロンのために捧げ、そして死んでいく存在。それができるのはオプティマスのほうであることは、あなたも分かっているはずだ」

 

 センチネルの言葉にアルファトライオンは深く排気した。

 

「そう、その通りだ。……だが、その使命の、なんと孤独なことか」

 

「孤独には耐えねばならん。それがプライムに課せられた宿命なのだ。儂も、先代も、そのまた先代も、ずっとそうしてきたのだから」

 

 センチネルとアルファトライオンはしばらくの間、睨み合っていた。

 だがやがて老歴史学者は再度深く排気すると退室するべく踵を返すのだった。

 

「……この選択が間違いでないことを祈っておるよ」

 

 センチネルは答えない。

 その答えが出るのは、遥か未来の話しだ。

 




やっとゲイムギョウ界に帰れるよ。
しかしここのオプティマスは悩んでばっかで、いわゆるG1コンボイとかファイヤーコンボイが好きなヒトからしたら、『分かってない』ことこの上ないでしょうね。

今週のTFA。
ヘッドマスターズ……のような何かになったサイドスワイプと今週の敵ディセプティコン。
クリスタルシティ出身かあ……。なるほど、エリート(だった)んですな。
しかし、アニメイテッドといいAHMといい、米国だとヘッドマスターはあんまり肯定的に取られてないのかな?

今回のキャラ紹介。

センチネル・プライム。
オプティマスの前の代のオートボット総司令官。
オプティマスとメガトロンの師に当たり、公正明大かつ差別意識もなく、また科学者、戦士としても超一流という偉大な人物である。

……このころは、まだ。

では、ご意見、ご感想、お待ちしています。

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