超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
自己管理ちゃんとしないとな……。
再びコルキュラー
ディセプティコンの本拠地ケイオン。
数えきれないほどの兵士たちがいつかくる決戦に備えて爪牙を研ぎ続ける場所。
高層建築の間をディセプティコンたちが蠢くのをコルキュラーのテラスから見下ろしながら、メガトロンは苛立たしげな声を出した。
「……いつになったら、出撃の準備が整うのだ!」
誰もが恐れる破壊大帝の怒気にも、後ろに立つ侍のようなディセプティコン、ブラジオンは慇懃な調子で返す。
「申し訳ございません、偉大なる君。何分急なことゆえ、今しばしの時間を頂ければと……」
恭しくお辞儀するブラジオンに、剣呑な視線を向けながらもメガトロンは何も言わない。
だが膨れ上がりゆく怒りのオーラが、ブラジオンの金属の肌をジリジリと焼いてゆく。
「……早急に準備いたします」
さすがに身の危険を感じたブラジオンはそう付け加えた。
「……それはそうと、メガトロン様。あのご婦人はお元気ですか?」
「レイなら、平穏無事に過ごしておる。……何故貴様が、あの女のことを気にする?」
表情を変えぬまま問うメガトロンに、ブラジオンは答えない。
「まあよいわ。それより出撃準備を急げよ」
「御意」
メガトロンとブラジオン。
表面上はあくまで主従であるが、ブラジオンが実態的には『彼の存在』の使徒であることもあり、その関係性は微妙だ。
少なくとも信頼し合っているとは言い難く、しかしディセプティコンの大幹部が残らずゲイムギョウ界にいる今、ブラジオンはサイバトロンに残った軍団をまとめられる貴重な人材であるのも事実である。
* * *
レイはコルキュラーの内の廊下を気分転換に歩いていた。
メガトロンからは、司令室のあるフロアなら自由に歩くことを許されている。逆に言えば、そこ以外に行くことは許されていないのだが。
「…………」
居心地悪げにレイは身じろぎした。
どうにも視線を感じるのだ。
ワレチューあたりなら「自意識過剰乙っちゅ」とでも言うのだろうが、気のせいではない。
通路の先から、柱の影から、ディセプティコンたちがこちらを窺っている。
彼女に手を出すようなことはしないものの、メガトロンが庇護する有機生命体というのは兵士たちの好奇心を刺激したらしい。
「あ、あの……」
意を決して兵士たちに声をかけてみるが、そのたびに蜘蛛の子を散らすように、去っていく。
溜め息を吐いたレイは、そのまま司令室に入る。
「ただ今戻りました」
「お! レイちゃん、おかえり~」
司令室ではフレンジーがレイを出迎えた。
異郷のこの地では、数少ない気心の知れた相手だ。
司令室の中を見回したレイは、メガトロンの姿が見えないことに気が付いた。
「メガトロン様は?」
「多分、ブラジオンのとこじゃない。そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだったし」
呑気に体を揺らすフレンジー。
確かに、メガトロンは日に日に機嫌が悪くなっている。限界も近いだろう。
「それよりレイちゃん! せっかく起きたんなら、ケイオンを探検しない? 俺、案内するからさ!」
「え? でもいいんですか?」
先にも述べた通り、メガトロンからは司令室のあるフロアにいるようにと命令されている。
「ダイジョブ、ダイジョブ! 許可は取ったからさ!」
「そうですか……。それなら」
せっかくのお誘いだからと、レイはフレンジーの申し出を受けたのだった。
* * *
最初に訪れたのはコルキュラーの前にある大きな広場だ。
「ここはメガトロナス広場! ケイオンで一番広い広場で、色んなイベントが開かれるんだぜ!」
「へえ~。どんなイベントが開かれるんですか?」
胸を張って説明するフレンジーに問うレイ。
するとフレンジーは当然とばかりに答えた。
「ああ、メガトロン様が演説をするのが一番良くあるイベントだな! 後、捕虜のオートボットや反逆者を公開処刑したりしてるぜ!」
「そ、そうですか……」
思った以上に物騒だった。
多分、ディセプティコン的にはそれでいいのだろう。
「ところで気になったんですけど、『あれ』は?」
そう言ってレイが示したのは、広場の中央でこれでもかとばかりに存在感を放つ彫像だった。
それはどう見てもメガトロンを模した物だ。
だが貴金属で作られているのか、ギンギラギンに輝いているのはどうしたことか。
「ああいうのって、メガトロン様はあんまり好きじゃありませんよね」
いかにも独裁者と言った風情の破壊大帝ではあるが、彼は時間と資源の無駄な浪費を嫌う。
ああいうどう見ても無駄でしかない物は、メガトロンの最も忌避する所だろう。
どっかのニューリーダー(笑)とかなら別だろうが。
「ああ~、あれね~……」
フレンジーは嘆息気味に答える。
「何か、ブラックアウトとかそこらへんの特にメガトロン様を崇めてる奴らが、『メガトロン様の偉大さを称えるためだ!』とか言って勝手に作ったんだよ。作った後で壊すのもなんだからってことで、そのままにしてあんのさ」
「なるほど~」
多分だが、メガトロンとしても嫌な気分ではなかったんだろうな、とレイは思った。
「じゃあレイちゃん、他にどっか見てみたい所はあるかい?」
「そうですね。じゃあ……」
* * *
次にレイの希望で訪れたのは、闘技場だった。
メガトロンの伝説が始まった場所だ。
円形のそれは金属で構成されていることを除けば、ゲイムギョウ界における屋根付きのドーム球場などと何ら変わりない。
その資料室に当たる場所で、レイはフレンジーから説明を受けていた。
「ここが闘技場さ! 昔のケイオンは剣闘が盛んだったんだぜ! 今は戦時中だから何もやってないけどな!」
「剣闘、ですか……」
「そう! それで、ここで全戦全勝を誇った無敵の
「へえ~」
分かり辛いがニコニコと笑みながら説明を続けるフレンジーは、子供が憧れのヒーローのことを語っているようで、我知らず笑みを浮かべるレイ。
「ほら見なよ! メガトロン様が剣闘大会に連続10回優勝した記念に作られた杯さ!」
見れば資料室の一番奥に、ガラスケースに収めされた立派な杯があった。
金で作られたそれの後ろには巨大な写真が飾られている。
まさにメガトロンが片手に剣を持ち、もう片手で杯を掲げて満面の笑みを浮かべている写真だった。
今の破壊大帝からは想像もできない、何かを成し遂げた笑みだ。
「俺も見てたんだけど、すごかったぜえ! 何て言うか、言葉にできないよ!」
その日のことを思い出しているのか、うっとりとした声のフレンジー。
隣に立ってメガトロンの栄光の証を見上げるレイ。
これほどの名誉を手に入れたメガトロンが、なぜこんな長く辛い戦いを巻き起こしたのか、レイには分からなかった。
* * *
その後も様々な場所を回ったレイとフレンジーだったが、やはりどこに行ってもディセプティコンたちが興味深げに、あるいは嘲笑的にこちらを見ている。
当然と言えば当然だが、それでも少し悲しい。
ほんの数日留守にしただけなのに、もうあの基地が懐かしくてたまらない。
ガルヴァとサイクロナスは元気だろうか?
リンダやマジェコンヌはちゃんと食事を取っているだろうか?
バリケードやボーンクラッシャーは無事だろうか?
そんなことばかりが脳裏をよぎる。
気付けば、随分とあの基地に長居している。
金属生命体に囲まれた濃密な日々のせいで、かつての市民運動家としての自分を忘れそうだ。
しかし、それも悪いこととは思えない。女神への憎しみの理由が分からない以上、反女神運動には確たる理屈が存在しないことになる。
この前、直接女神と対面した時は憎しみに飲まれてしまったが、終わってみれば胸に残るのは寂寥感ばかり。
果たして自分の『中身』はいずこにあるのか……。
やがて日もかげってきたのでコルキュラーに帰ることにしたレイとフレンジー。
その帰り道のとあるビルとビルの間の路地を通り抜けようとした時のこと。
「おっと、待ちな!」
何体かのディセプティコンが行くてを塞いだ。
どれも見たことのない個体だ。
フレンジーはレイを後ろに庇いながら問う。
「何だよ、おまえら」
「ちょっとそっちのムシケラに用があってな。大人しく渡してもらおうか」
下卑た嘲笑を浮かべながらジリジリと迫るディセプティコンたちを見て、フレンジーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「おいおい、レイちゃんに手を出すつもりか? メガトロン様に殺されてもしらないぜぇ~?」
そう、レイはディセプティコンの支配者メガトロンの『所有物』なのだ。
みだりに手を出すことは破滅を意味する。
それを見越して、フレンジーは名もなきディセプティコンたちのことを嗤う。
だが、一般兵たちは嫌らしい笑みを返した。
「メガトロンだあ? 有機生命体を囲ってるような軟弱者なんざ、もう怖くねえぜ!!」
「そうさ! 俺たちには、もっと強いバックが付いてるんだ!!」
メガトロンを恐れぬ物言いに、驚いて顔をしかめたのはフレンジーではなくレイだ。
一方のフレンジーは平気のヘイさと言わんばかりである。
「ああ~、おまえら、そういうクチか。メガトロン様を倒して自分たちが成り変わろうっていう。馬鹿だねえ~」
侮蔑を隠そうともしないフレンジーに、一般兵たちは怒りに顔を歪ませ小柄な兵士に掴みかかろうとする。
「このチビが! テメエにようはねえんだよ!!」
「ふ、フレンジーさん!」
思わず声を上げるレイ。
人間の子供ほどしかないフレンジーでは、巨大な兵士たちに太刀打ちできるはずがない!
だが、レイは知らなかった。
フレンジーもまた、メガトロンにその能力を見込まれた直属部隊の一員なのである。
「ケッ! 舐めんじゃねえやい!」
一般兵の突進を余裕でかわしたフレンジーは、逆にその体に取りつくと首筋までよじ登っていく。
「これでも食らえってんだ、この三下が!」
そして何とかフレンジーを振り落とそうともがく名もなき一般兵の首筋に爪を突き立て、そのケーブルやらパイプやらを引き千切った。
「ギャアア!!」
「へへん、どんなもんだい!」
人間でいうなら頸動脈や脊髄に当たる部分を破壊され、断末魔の悲鳴を上げ倒れる一般兵の体から、別の一般兵の頭部へと素早く跳び移ったフレンジーは、さらにそのオプティックを抉り出す。
「目が、目がぁあああ!!」
視力を失い泣き叫ぶ一般兵からヒラリと飛び降りたフレンジーは、狼狽える別の兵士の体に取りつく。
いまやフレンジーは、さらなる獲物を求める小さな死神と化していた。
だが、快進撃もここまでだった。
「そこまでだ、チビ助! このムシケラがどうなってもいいのか?」
いつの間にか新たなディセプティコンが、茫然とフレンジーの戦いを見ていたレイの傍に立ち、彼女に銃を突き付けていたのだ。
「ふ、フレンジーさん……」
「な!? テメエ! レイちゃんから離れやがれ!」
すぐさま駆け寄ろうとするフレンジーだが、レイに向けられた銃口がギラリと光るのを見て動きを止めた。
「へへへ、それでいい。動くんじゃねえぞ!」
そうしてそのディセプティコンはおもむろに銃口をフレンジーに向け、引き金を引いた。
「ぐおお!?」
放たれた光弾は狙い違わずフレンジーに命中し、その体をバラバラに吹き飛ばす。
「フレンジーさん!? いやぁあああ!!」
悲鳴を上げるレイを無理やり抱え上げ、名もなきディセプティコンたちはその場を後にするのだった。
後に残されたのは残骸と化したフレンジーだけだった。
しばらくして。
路地裏に動く物があった。
それは破壊されたはずのフレンジー、その頭部だ。
フレンジーの生首は何と首から下を切り離すと、口に当たる部分から伸びた爪を昆虫の節足のように動かして歩き出したではないか。
「いてて、この姿で動くのも久し振りだな……」
フレンジーはカニのように横歩きで移動しながら、一人ごちる。
あの場で抵抗すればレイに危害が加わると判断した彼は、わざとやられて死んだふりをすることで暴漢たちをやり過ごしたのである。
「あいつらの物言いからして、レイちゃんが殺されることはないと思うけど……。早いとこメガトロン様に知らせないと」
素早く通信を飛ばすフレンジー。
「メガトロン様! メガトロン様! 失礼します!」
『フレンジーか。何用だ』
幸いにしてメガトロンはすぐに応答した。
「大変なんです! レイちゃんが浚われちまったんです!!」
『……詳しく話せ』
内心の焦りを押さえて簡潔に報告するフレンジーに、メガトロンは先を促す。
「下手人は跳ねっ返りの兵士が数人。他にもいるかもしれません。口ぶりからして主犯格がいるみたいですね」
『…………なるほどな』
なぜか、メガトロンは納得したような声を出したが、フレンジーは気付かずに続ける。
「こんなこともあろうかと、レイちゃんの服には発信機を仕込んであります。すでに追跡してますんで、位置情報を送信します!」
『分かった。俺が直接向かうから、おまえはコルキュラーに戻っておれ』
「いえ、俺も行きます! レイちゃんを酷い目に合す奴は許しちゃおけません!!」
『……好きにしろ』
メガトロンはそれだけ言うと通信を切った。
ほんの一瞬だが通信の向こうの破壊大帝が笑んだような気配を見せたことには、フレンジーは気付かなかった。
通信が切れたのを確認してから、フレンジーは一人考える。
「さてとだ。ああは言ったものの、この体で長距離移動はできないしな……」
首だけの姿では戦闘もままならないが、このまま逃げ帰るのは男がすたる。
考えながら路地を出ると、その前に突然大きな影が舞い降りてきた。
「よう、フレンジー! 相変わらずチビだなあ!」
それはスタースクリームと同型のディセプティコンだった。黒と紫のカラーリングをしている。
その姿を見てフレンジーが声を上げる。
「げえッ、スカイワープ!? 何でおまえがここに!?」
「げえッ、とは何だよ! メガトロン様の命令で、おまえを迎えに行けってさ!」
「そういうことか。……しっかし、よりによっておまえとはな……」
「俺だって嫌だぜ! まったく近くを飛んでたばっかりに、メガトロン様に『早く行け!』って怒鳴られるしよぉ……」
言い合うフレンジーとスカイワープなるジェッティコン。
実の所、このスカイワープには空を飛べない者、体の小さい者を見下す傾向があり、そのせいでフレンジーとは喧嘩が絶えない仲なのだ。
ギャアギャアと怒鳴り合う二体だったが、新たに降り立ったディセプティコンが彼らを止めた。
「やめないか、こんな時に!」
それは水色のジェッティコン、サンダークラッカーだ。
彼もまた、メガトロンの命令でフレンジーを迎えに来たのである。
同型に言われてスカイワープは渋々ながら応じる。
「分かったよ……、ほら、さっさと乗れ!」
ギゴガゴと素早く戦闘機に変形したスカイワープは、フレンジーに自分の操縦席に乗るよう促した。
「チッ! これもレイちゃんのためだ。我慢してやらぁ!」
「途中で落とすぞ、この野郎!」
「いい加減にしろよ、おまえら……」
どこまでも仲の悪いフレンジーとスカイワープ、そして呆れるサンダークラッカー。
三体はドタバタとその場を飛び立つのだった。
* * *
ディセプティコンの一般兵に連れ去られたレイは、ある場所に連れてこられていた。
そこはあの闘技場のリングだった。
一般兵は乱暴にレイを投げ落とす。
「あうッ!」
痛みにうめくレイ。
レイは顔を上げると自分を落とした一般兵をギラリと睨みつけるが、一般兵たちは意にも介さず、声を出した。
「連れてきました。これがメガトロンが囲ってる有機生命体です」
「うむ、御苦労」
するとリングの奥に立つ影が答えた。
それは、赤と白のカラーリングで頭頂部が光っているのが何となくハゲた男性を思わせる、……ディセプティコン?だ。
「ふふふ、お嬢さん、怖がることはないんじゃよ。君にはメガトロンをおびき寄せる囮になってもらうだけじゃから」
丁寧な口調だが、いやらしさを感じさせる猫なで声を出す、ハゲロボット。
レイは沈黙しながら、そのハゲのロボットを睨む。
「…………」
「おっとこれは失礼した。儂の名はサイキル。レネゲイドのリーダーじゃ!」
「……レネゲイド?」
聞きなれない単語に、レイは目つきを鋭くしたまま首を傾げる。
サイキルなるロボットは中年男性を思わせる顔に大きな笑みを浮かべた。
「レネゲイドとは! メガトロンを倒すために集まった有志たちだのことじゃ!! もはや奴にディセプティコンを支配する力はない! メガトロンに代わって我々が支配者になるのだ!」
大きく腕を広げて宣言するサイキルを、レイは冷ややかな目で見ていた。
それに気付かず、サイキルは大袈裟な動作を交えながら話しを続ける。
「そもそもこのサイキルは、かつてメガトロンと並ぶ剣闘士だったのだ! メガトロンに出来て儂にできぬはずがない! メガトロの栄光は儂の物だったはずなのだ! いや儂の物だ!!」
――ようするに嫉妬か……。
かつてないほど心が冷え切っているをレイは感じていた。
にも関わらず、フレンジーを殺したこいつらに対して、魂のどこか深い所から憎しみが沸きあがってくる。
それは得体の知れない女神に対する憎しみよりもハッキリとした物だった。
「つまり、この儂こそがディセプティコンの頂点に立つ……」
「くだんねえなあ……」
サイキルの妄言をさえぎり、レイは吐き捨てた。
いきなりのことに、サイキルは虚を突かれたような顔になる。
「何だと?」
「くだんねえっつたんだよ。てめえの言ってることは単なる逆恨みじゃねえか」
普段の気弱な彼女からは想像もつかないドスの効いた声を出すレイ。
サイキルはそんな彼女の異様な様子に気押されたように後ずさる。
「ハッ! 女一人にビビッてんじゃないよ! そんなんでよくメガトロンを倒すとか言えたもんだね!」
心底馬鹿にしたような表情と声のレイ。
サイキルは激昂して声を荒げた。
「き、貴様! 有機生命体の分際でこのサイキル様に! ええい、貴様はメガトロンを誘い出す囮に使うつもりだったが気が変わったわ! この場で殺してくれる!!」
言うや否やサイキルは武装を展開しレイに向ける。
だがレイは泣き叫ぶことも命乞いもせずにサイキルを睨みつける。
「やれるもんならやってみな! このハゲ野郎が!」
「こ、この下等生物が!」
もはや余裕もなく、サイキルはレイを銃を発射しようとする。
その時である!
闘技場のドーム天井を突き破って、何かが落下してきた。
その何かは地響きを立ててリングの中央に着地すると、ゆっくりと首を巡らす。
攻撃的な灰銀の巨体。
斜めに傷の走る悪鬼羅刹の如き顔。
そして真っ赤なオプティック。
そう、ディセプティコン破壊大帝メガトロン、そのヒトである!
メガトロンはゆっくりと当たりを見回し、そしてレイに銃を向けたまま固まっているサイキルに視線をやった。
「……前にも言ったはずだがな。その女は俺の所有物だと」
地獄の底から響くようなメガトロンの重低音の声は、限りなく不機嫌そうだった。
「にも関わらず、その女を害そうとするとは愚かな奴がいたものよ……」
突然の乱入者に、それも破壊大帝の登場にレネゲイドの面々は完全に硬直していた。
だが正気をいち早く取戻したサイキルは余裕の笑みを浮かべる。
「ククク、来たのならばちょうどいい。ここを貴様の墓場にしてやるわい! 者どもかかれい!!」
サイキルの号令に、周囲のレネゲイドたちが飛びかかっていく。
「まったく……」
メガトロンはハアッと排気した。
「この愚か者どもめが。俺が一人で来ているわけなかろう。ディセプティコン!
言葉とともにメガトロンが手をかざすと、ドーム天井に開いた穴から二機の戦闘機が飛び込んできた。二機は素早く変形して着地する。
スカイワープとサンダークラッカーである。
「おいおい、ここはニューリーダー病患者の隔離病棟かナンかか?」
「馬鹿言ってないで、さっさと戦え!」
スカイワープが自身の特殊能力である短距離ワープを駆使して敵の集団の中を引っ掻き回し、サンダークラッカーがソニックブームを発生させて敵を薙ぎ払う。
僅か二人ではあるが、彼らはディセプティコンでも屈指の戦士。有象無象など物の数ではない。
そしてメガトロンは自分に刃向う愚者どもの首魁、サイキルと対峙する。
「……メガトロン様」
レイは近くにやってきた破壊大帝に対して、静かな声を出した。
いつもと違うレイに、しかしメガトロンは一瞥をくれただけだった。
「あいつら、フレンジーさんを殺したんです……。殺したんです!!」
滾々と沸きあがる憎悪に突き動かされるまま、レイは叫ぶ。
「殺してください! あいつらを! 殺せ!!」
その肉体から黒いオーラのような物が吹きあがり、長い髪がたなびく。
メガトロンは何かを確かめるように両の拳を握り開きしていたが、やがて満足したように凶暴に笑うとサイキルと向き合った。
「おい、そこの女! こっちへ来い!」
レイの傍にワープしたスカイワープは彼女を掴み上げると、メガトロンとサイキルから離れる。
サイキルはディセプティコンの誰もが恐れる破壊大帝と対峙しながらも、笑みを浮かべた。
「ククク、儂はこの時をずっと待っていたのだ。儂のことをおぼえておろう? そう! 貴様が剣闘士としてデビューした時に初めて戦ったサイキル様じゃ! あの時は僅かな油断で貴様に敗北したが、今回はそうはいかん! あの時の運命は今日逆転するのじゃ!!」
興奮した様子で捲し立てるサイキル。
かつてメガトロンがこの闘技場で打ち破った多くの剣闘士たちの最初の一人、それこそがサイキルだった。
当時すでにベテランの剣闘士として鳴らしていたサイキルだが、突如現れた新人剣闘士メガトロンに敗れていらい、幸運に見はなされた運命をたどって来た。
対してメガトロンは栄光の中にあり、周囲から賞賛され、ついにディセプティコンの支配者にまで上り詰めた。
あの時、勝ってさえいればその地位にいたのはサイキルかもしれなかったのだ。
少なくとも、サイキルの頭の中では。
そしてついに、自分の正当な運命を手にする日がきたのだとサイキルは考えていた。
だが、
「……貴様は誰だ?」
メガトロンはまるで初対面の相手に対するように、そう聞いてきた。
愕然とするサイキル。
「な!? 貴様、儂をおぼえていないというのか!? この儂を! かつてこの闘技場で戦ったのだぞ!!」
「フン! 打ち負かした相手のことなどイチイチおぼえておらんわ。さあ、御託はそれくらいにして、さっさとかかってこい!」
挑戦者を待つ
それを聞いてサイキルは激昂した。
「ふざけるな!! ならば望み通り死ぬがいい!! いくぞぉおおお!! メガトロォォン!!」
剣を展開し、メガトロンに大上段に斬りかかっていくサイキル。
そのブレインサーキットの中では、メガトロンを倒し全てのトランスフォーマーの頂点に立つ自分の姿がありありと浮かんでいた。
対するメガトロンは、心底つまらなそうに軽く身を引いた。
それだけでサイキルの攻撃はメガトロンの体をはずれ、地面にめり込む。
「な!?」
すぐさま次の攻撃に移ろうとするサイキルだが、メガトロンはそれより早く右腕を突き出しサイキルの腹にデスロックピンサーを突き刺す。
「がはッ!? が、が、が!?」
「この程度か。『新しい力』のテストにもならんな」
串刺しになったサイキルをそのまま吊り上げて、メガトロンは冷酷に言い放つ。
「せめて、
「わ、儂は、儂は……」
その状態でも何かを言おうとするサイキルだが、メガトロンはそのままフュージョンカノンを発射する。
エネルギーの塊をサイキルはその分不相応な野望もろとも粉々に吹き飛んだのだった。
それを見るや生き残っていたレネゲイドを名乗る反逆者集団は戦いを放棄して逃げ出していく。
しかし、メガトロンはそれをいちいち追ったりはしない。
それは外に待機させた部下たちの仕事だ。
「「メガトロン様、お見事です!」」
スカイワープとサンダークラッカーは異口同音に主君を称え、その前にかしずいた。
「御苦労。楽にせい」
二体のジェット機型ディセプティコンを短く労うと、どこか虚空を見つめるレイの傍へと歩いていった。
「どうした?」
「メガトロン様……、フレンジーさんが、フレンジーさんが……」
もういない小ディセプティコンの名を呼びながらレイはその場に泣き崩れた。
それを見て、メガトロンは少しだけバツの悪そうな顔になり、一つ排気するとスカイワープのほうを向いた。
「……おい、フレンジー。そろそろ出てきてやれ」
「へ~い!」
するとスカイワープの体の一部が開き、そこから頭だけのディセプティコンが出て来た。
フレンジーだ!
「あれれ~? レイちゃん泣いてんの?」
からかうように言いながら、レイへとカニ歩きで近づくフレンジー。
「フ、レンジー……さん?」
涙を拭くのも忘れて、レイは声を絞り出した。
「おう! 俺だぜ! いや、ほらあの時は死んだふりして、メガトロン様に助けてもらったんだよ! 騙してゴメンね!」
いつも通りの軽い口調でヘラヘラと語るフレンジー。
次の瞬間、レイはそんなフレンジーを力いっぱい抱きしめた。
「ちょ!? レイちゃん!?」
「良かった……、無事で……、本当に……!」
涙を流しながら、レイはフレンジーを抱きしめ続ける。
首だけの状態では、そんな彼女を抱き返すこともできずフレンジーはオズオズと声を出す。
「ごめんよ……、心配かけて……」
メガトロンはフレンジーを抱きしめるレイを見て、フンと排気するとジェッティコン二体
の横を通り過ぎて歩いていった。
信じられないものを見たという顔で、サンダークラッカーは相方にたずねた。
「なあ、気のせいか? 今、メガトロン様、笑ってなかったか?」
「馬鹿言えよ。ヒューズがぶっ飛んだって、そんなこと有り得ねえ」
* * *
ケイオンのとある路地裏。
ヒト目のないこの場所を一体のディセプティコンが周囲を警戒しながら歩いていた。
それはサイキルの下でレネゲイドを名乗っていた一般兵たちの内の一体だった。
よくよく見れば、フレンジーを撃った個体である。今のところ上手く追手から逃れているようだ。
と、その前に別の影が現れた。
だが一般兵は慌てず、むしろ安心した様子を見せる。
「アンタか……」
「首尾よくいったようだな」
「ああ、しかしサイキルの野郎、口ほどにもない」
呆れたように排気する一般兵。
「しかし、ことごとくアンタの思惑通りか。サイキルの馬鹿をたきつけて騒ぎを起こさせる。んでもってメガトロンに始末させる……。俺には何でそんな回りくどいことをするのか分からんが、とにかく上手くいった」
口ぶりからすると、サイキルを反逆するよう仕向けたのは、この一般兵らしい。
影は一つ頷く。
「そうだな。……そしてこれで計画完了だ」
「へ? それはどう言う……」
意味か。と言い終わるより早く、一般兵の首は胴体から離れて地面にゴロリと転がった。
首と命を失って倒れる一般兵を後目に、影……ブラジオンは刀を収めた。
「あのメガトロンが自ら助けに行くとは、やはりあの女……」
聞く者はいなくとも一人口に出すブラジオン。
「これはいよいよ、師に報告せねばな……」
* * *
その夜。
今夜は珍しく分厚い雲の切れ間から覗いた月がケイオンを照らしていた。
そしてコルキュラーは玉座の間。
司令室とは別に用意されたそこで、メガトロンは一人、天窓から覗く月を眺めていた。
「メガトロン様、こちらでしたか……」
と、扉が開きレイが玉座の間に入室してきた。
そちらを見ずに、メガトロンは言った。
「レイか、何用だ?」
「用、と言うほどの物ではありません。今日のお礼と……この前の話しの続きです。……メガトロン様、教えてください。あなたは何のために戦っているんですか?」
真面目な声で放たれた問に、メガトロンは答えない。
ただ、月を見上げるだけだ。
「……答えてください。あなたはあのサイキルたちと、何が違うんですか?」
巨大な戦争を起こし、サイバトロンを荒廃させたメガトロン。
自分勝手な野心のために、他者を傷つけることに躊躇いのなかったサイキル。
二者の何が違うと言うのか、それがレイは知りたかった。
何も答えないメガトロン。それを見つめるレイ。
しばらく膠着状態が続き、またしても駄目かとレイが諦めかけた、その時だ。
「……よかろう。興が乗った。教えてやろう」
メガトロンは変わらず月を見上げたまま、ついに口を開いた。
「俺が望むもの。……それは、平和だ」
「……………平和?」
その答えに、レイは呆気に取られる。
あまりにも、メガトロンには似つかわしくない言葉だ。
平和を望むなら、なぜ戦い続ける?
その疑問に答えるが如く、メガトロンは続ける。
「平和とは、決して自由な世界には生まれないものだ。自由とは無秩序と同じ意味であり、圧倒的な支配によってもたらされる秩序こそが、平和への唯一の道だ。少なくとも、俺はそう信じている」
「……そんなこと」
「理解する必要はない。理解してほしいとも思わん」
あらゆる共感を突き放して、メガトロンは語る。
レイは半ば直観的に、この話しはメガトロンの目的の全てではないことを悟った。
しかし、同時にこれが嘘偽りのないメガトロンの目的であることも理解できた。
だからこそ、レイは次の言葉を絞り出した。
「そうやって、周りを巻き込むんですか? ……ガルヴァちゃんたちのことも」
「いずれ、時が来ればな」
冷厳に、メガトロンは言い放つ。
どれだけ可愛がろうと、幼体たちは来るべき日の戦力に過ぎないと、そうメガトロンは言っているのだ。
「……分かりません、私には、分かりません」
「言っただろう。分かる必要などない」
レイはここに来て、メガトロンとの距離を感じていた。
当たり前だ。
どうして、有機生命体が異星の金属生命体の考えを理解できる?
改めてレイは考える。
共感も理解も、所詮は自分の一人よがりな妄想だったのかもしれない。
それでも、だからこそ、この金属生命体の破壊者のことを知りたいという欲求が、レイの中に芽生えていた。
なんとなしに上を見上げると、金属の月が天窓の向こうに見えた。
「……意外ですね。月を見る趣味があるなんて」
「俺とて、月や星を愛でたくなる時もある。久方ぶりの帰郷なれば、なおさらな」
ハアッと息を吐いたレイは、ふと歌を口ずさんだ。
あの基地で、ガルヴァとサイクロナスに聞かせている子守唄だ。
なぜと聞かれても困る。そういう気分だったのだ。
あなたは一人ではない。母や父や仲間たちがいるのだからと言う、そういう内容の歌だった。
メガトロンは黙ってそれを聞いていた。
レイの歌にいかなる感想を持ったのか、それは彼自身にしか分からない。
月下の中で、二人は金属の月を見上げていた。
「……俺は一人だ。これまでも、これからも」
メガトロンは、小さくそう呟いた。
それはひょっとしたら、本人がまったく自覚せず思わず口を吐いて出た言葉だったのかお知れない。
そしてその呟きは、メガトロンの意思に反して、レイの耳に届いていた。
だが、それがメガトロンにとって決して触れられたくない部分であろうことも、何となく分かったので追及はしなかった。
いよいよ出撃の準備が整いケイオンを出立したのは翌日のことだった。
今週と先週のQTF
和製ビーストはどこ行ったんですか?
マイクロン三部作は失敗やないとです(断言)
アーシーとクリフについては、もう何も言うまい。
あとがきに代えて、ゲストキャラ解説。
サイキル
元々はゴーボッツという別のロボットアニメ&玩具の登場キャラで、悪の軍団レネゲイドのボス。
ゴーボッツは展開していた会社がハズプロ傘下になったので、彼もTFとして扱われることもある。
色々あってTFファンからはハゲバイクの愛称で親しまれる。
スカイワープ
ご存じ初代ジェットロンの一員。
実写バースだと、科学者だったりG1準拠だったりキャラが一定しない。
ここではG1準拠のキャラ付けに。
次回で一区切り……できるといいなあ(フラグ)。