超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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あるいは、アルファトライオンかく語りき。

……知人に息抜きにFateの二次やってみたいって言ったら、「そっちのほうを連載したら?」と言われました。


第54話 サイバトロンを往く

 時は流れて、オプティマス一行の出立の時刻。

 アイアコン地下基地の出口は、彼らを見送る者たちでごった返していた。

 

「それでは皆、達者でな」

 

「オプティマス、本当に行ってしまうのですか?」

 

 オートボットの一人が別れを告げるオプティマスに名残惜しげに問う。他の者たちも口には出さないが似たような顔だった。

 

「ああ、私の使命を果たさなければ」

 

 しかしオプティマスは決断的に言った。

 渋々ながら、オートボットたちは頷く。

 彼らを安心させるように、オプティマスは薄く微笑んだ。

 

「大丈夫だ。我々は必ずオールスパークを見つけて戻ってくる。それまでは皆、この星を護っていてくれ」

 

 横でその言葉を聞いたネプテューヌは一瞬だけ複雑な表情になったが、すぐに元の顔に戻った。

 一方、アイアンハイドとクロミア、ノワールも別れを惜しんでいた。

 

「それじゃあ元気でね、ノワール。今度はそのユニって娘も連れていらっしゃい」

 

「うん。あなたも元気でね、クロミア」

 

 笑い合うクロミアとノワール。黒の女神の横に立つアイアンハイドは、ニヤリと笑ってみせた。

 

「おいおい、俺の心配はなしかよ」

 

「アンタの心配なんかしてもしょうがないでしょ。……まあ武運なら祈っといてあげるわ」

 

「ありがとよ」

 

 気の置けない会話を楽しむ恋人たちを見て、ノワールは嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。

 

「ジャズ……、行っちゃうの……」

 

「そんな~、私のことを愛してるって言ってくれたじゃな~い」

 

「悪いなみんな! ゲイムギョウ界にも俺を好きだっていう女の子がいてね!」

 

 ジャズはファイヤースターとムーンレーサーを中心としたウーマンオートボットに囲まれていた。

 オートボットの副官は基本的に女性と遊ぶのが大好きである。

 彼女たちがくれる声援は、ジャズを戦場のストレスから救い上げてくれる。

 しかしジャズは本気で女性たちを愛しているわけではなく、女性たちのほうも本気でジャズに惚れているわけではない。

 これは言ってしまえばゲームなのだ。

 ストレス解消のための、面白くてスリルのあるゲーム。

 デメリットは女誑しと言う、甚だ身に覚えのない呼び名で呼ばれるくらいだろうか。

 しかしそれを気にするジャズではない。

 他者のやっかみや僻みでさえも、ユーモアの種にするのがジャズ流だ。

 

 しかし、ある意味に置いてジャズは恋愛の恐ろしさを知らなかったと言える。

 

 特に、嫉妬に燃える女の恐ろしさを。

 

 ヒュンと何かが空気を切り裂いて、ジャズの鼻先をかすめて飛んでいった。

 視線だけでそれが飛んで行った先を見ると、壁に何か長い物が刺さっていた。

 

 槍だ。

 

 ジャズも周りの女性たちも凍りついた。

 笑顔を張り付けたまま、ギギギと比喩でなく首を軋ませながら槍が刺さっている壁と反対側、つまり槍が飛んで来た方向を見るジャズ。

 そこには案の定、槍の持ち主であるベールが立っていた。

 笑顔である。

 満面の笑みである。

 しかし、瞳に光がない。

 所謂レ○プ目である。

 ジャズは全身のエネルゴンと潤滑油が冷えていくのを感じた。

 

「べ、ベール……。どうしたんだい?」

 

 それでもにこやかにたずねるジャズ。

 ベールは素晴らしい笑顔を浮かべたまま答える。

 

「ジャズ。わたくし、あなたが女性を口説く趣味には、今まで目をつむってまいりました」

 

 言葉を紡ぎながら、ベールは手の中に槍を再構成する。

 

「でも、今回は、今回ばかりは許せそうにありません」

 

 人間相手なら笑って見ていられたが、同じトランスフォーマーの女性と仲良くしているのを見ると、ベールの中に得体の知れない感情が湧きあがってきた。

 

「わたくし、驚いていましてよ。……自分の嫉妬深さに」

 

 笑顔のまま槍を手にジャズに向かってゆっくり歩いてくるベール。

 その迫力にウーマンオートボットたちは蜘蛛の子を散らすように退いていく。

 ジャズは分子凍結ガスを浴びたかのように動くことができない。

 

「べ、ベール! 落ち着くんだ! 話し合おう!」

 

「うふふふ」

 

「え!? あ、ちょっ……うわああああ!!」

 

 何が起こっているのかは、あえてお見せすることはできない。

 確かなのはこれ以降、ジャズが女性を口説くことが減ったということだけだ。

 

「……理解しがたい」

 

 副官の惨状をドリフトが白いオプティックで眺めていた。

 

「…………」

 

「……ミラージュ、あなたは誰かとお別れの挨拶をしなくていいの?」

 

「必要ない」

 

 ブランの問いに、仲間たちの輪から少し離れて一人立つミラージュはそっけなく答えた。

 すると脇からクロスヘアーズが顔を出した。

 

「まったく、おまえは一人が好きだからな。ええおい?」

 

 小馬鹿にするような声色のクロスヘアーズだが、ミラージュは何も答えない。

 しかし、ブランは違った。

 

「……そう言うあなたも、別れを惜しむヒトはいないみたいね」

 

 グッと言葉に詰まるクロスヘアーズ。

 別に彼がボッチなわけではなく、今はオプティマスとの別れを優先しているだけなのだが、そう言われると傷つくのがロボ情である。

 クロスヘアーズからは見えないが、ミラージュは少しだけ笑みを浮かべていた。

 

「さて皆の者、別れを惜しむのはそれぐらいにして出かけるとしよう。先は長いのだから」

 

 一同を見守っていたアルファトライオンが声を発する。

 オプティマスは一つ頷き、一同に号令をかけた。

 

「では、オートボット出発だ! 目指すはクリスタルシティだ!」

 

  *  *  *

 

 かくして、アイアコンを出発したオプティマス一行。

 しかし地上を行くとディセプティコンの偵察部隊に発見される可能性が高いため、地下を進むことになった。

 暗い地下道をオートボットたちに搭載された証明を頼りに進んでいく。

 

「しかし、コソコソ隠れて進むなんて性に合わないわね」

 

「まあそう言うな。無駄な戦いをさけるのも戦いの内さ」

 

 ノワールが思わず愚痴を言い、アイアンハイドがそれを諌める。

 最近のラステイションでは比較的よく見る光景だ。

 

「おいおいアイアンハイド。こんなお嬢ちゃんが本当に頼りになるのか?」

 

 茶化すような調子で、アイアンハイドの隣を歩くハウンドが質問した。

 彼からしてみれば、この小さな有機生命体にディセプティコンと戦えるだけの力はあるようには思えない。

 

「ハウンド。こんなお嬢ちゃんはだな、ブラックアウトに一泡吹かせ、ミックスマスターをぶっ飛ばしたりしてんだよ。頼りにするにゃ、十分な戦績だと思うぜ」

 

「……マジか?」

 

「大マジだ」

 

 アイアンハイドの口から出た戦果に、ハウンドがオプティックを丸くする。

 対してノワールは照れくさそうな顔になった。

 

「アイアンハイドが助けてくれたからだけどね。それに今は変身できないから、あんまり頼りにならないと思うし……」

 

「その分は俺とコイツで戦うさ」

 

 力強く笑うアイアンハイド。

 そんな二人を見てハウンドは、弟子どもに対するのとはずいぶんと態度が違うな、などと考えていた。

 

「それで、わたくしたちはどこに向かっていますの?」

 

 ベールが隣を歩く若干傷だらけのジャズに問う。

 するとジャズは快活に笑って見せた。

 

「水路さ。このサイバトロン中を有機生命体で言う所の血管のように走っている液体の流れる管。その中を通っていけば、かなりの距離を短時間で移動できる」

 

「泳いで、ですか?」

 

「まさか! 定期検査用の潜水艇があるから、それに乗るのさ!」

 

 先頭のオプティマスの隣を歩くアルファトライオンも頷く。

 

「うむ、いざという時はこの経路を通って地下基地の非戦闘員を逃す手はずになっておるのだ」

 

「危険には、備えてなんぼ、留意せよ」

 

 その言葉を受けて、近くにいたドリフトが謎の言葉を吐いた。

 意味が分からず、ベールが怪訝そうな顔をする。

 

「それは?」

 

「ハイクだ」

 

 ドリフトの答えに目を丸くするベール。

 そうこうしている内に開けた場所に出た。

 広大な四角い空間で中央には大きな穴があり液体で満たされていた。液体は不思議と淡く発光している。

 そしてそこには流線型の乗り物らしき物体が浮いていた。

 オプティマスが一同に聞こえるように説明する。

 

「あれが潜水艇だ。ここと同じような場所はいくつかあって、そこにも潜水艇が停泊している」

 

「へえー。ネプギアがいたら喜んだろうなー……」

 

 ここにはいない妹を想い、少しだけシンミリした様子になるネプテューヌ。

 それを見たオプティマスは、彼女たちをゲイムギョウ界に送り返す決意を固めるのだった。

 

  *  *  *

 

「わー! すごーい! きれーい!」

 

 潜水艇の窓から外を見てネプテューヌははしゃぐ。

 一同を乗せた潜水艇は自動操縦で水路の中を進んでいた。

 水路は巨大なパイプになっていて、淡く発光する不思議な液体が流れていた。

 驚くべきは液体の中を泳ぐ影がいることだ。それらは魚介類によく似た金属生命体だ。

 死にゆく星の中で、ここはまだ『生きて』いた。

 

「この水路を流れる液体には微量ながらエネルゴンが含まれておる。そのおかげでここの生態系は未だ破壊されずにいるのだ」

 

 奥の席に腰かけたアルファトライオンが女神たちに説明する。

 

「この星にも地下深くにはまだエネルゴンが残されており、ゆえにあらゆる生命は地下深くに潜っておる。生きようとするために活路を見出す。生命の本質じゃな」

 

 含蓄のある言葉に、女神たちは頷く。

 ベールの近くにいるジャズもしたり顔で頷く。

 

「ああ、神秘的だな。ついで二人きりならいいデートコースになると思わないかいベール?」

 

「そうですわねジャズ。でもそれは次の機会に……」

 

「下らん!」

 

 二人の会話をさえぎって、ドリフトが苛立たしげな声を上げた。

 

「貴様、前々から思っていたが、センセイの副官でありながらその軽薄な態度! 正直鼻につく!」

 

「そうかい。生憎と俺はおまえに好かれたいわけじゃないんでね」

 

 顔を歪めるドリフトに、余裕綽々といった態度のジャズ。

 

「貴様には軍人としての自覚が足りん」

 

「前にも言ったっけ? 固い奴ばかりじゃ上手くいかないのさ」

 

「ふん! やはり有機生命体なんぞとつるむようなのは駄目だな」

 

「おうおう差別的だねえ。やっぱり生まれ持った価値観は変えられないかな?」

 

「……貴様。言ってはならないことを言ってしまったな」

 

 ゆっくりと、背中の刀に手を伸ばすドリフト。

 ジャズは薄く笑いながらもバイザーの下のオプティックを鋭く細め、腕をテレスコーピングソードに変形させる。

 彼は彼で、遠回しに女神たちを馬鹿にされて怒りを感じているらしい。

 

 さて、そんな二人を見たベールはと言うと……。

 

「オプティマスを取り合う二人の男。オプ×ジャズ、オプ×ドリの三角関係……いえいっそジャズ×ドリで。その場合きっとジャズが攻めですわね」

 

 何か、眩しい笑顔でよく分からないことを言っていた。

 雰囲気ブレイカーってレベルじゃない。

 ドリフトとジャズは何とも言えない顔になった。

 

「…………この女人はいったい、何を言っているのだ?」

 

「聞かないほうがいいぜ。世の中には知らないほうがいいこともある」

 

 何だか毒気を抜かれてしまったジャズは、剣を収めた。

 

「まあ、今回は助かったかな? こんなとこでドンパチやらかすのもどうかと思うし」

 

「……貴様はなぜ、このような女人を傍に置くのだ?」

 

 怪訝そうな顔で、ドリフトはジャズにたずねた。

 見た感じジャズに輪をかけていい加減と言うか何と言うか……。

 対するジャズは快活に笑った。

 

「そりゃあ、ベールは良い女だからな。欠点もあるが、そこがいい。それと俺が彼女を傍に置いてるんじゃない。俺が好きで彼女の傍にいるのさ」

 

 ドリフトはそんなジャズを見て、吐き捨てるように言った。

 

「理解できん」

 

  *  *  *

 

 潜水艇の航行すること半日。

 その間、シャークティコンなるサメのような金属生命体に襲われたりもしたけれど、とりあえず目的地に着いた。

 

 出発した時と同じような場所に浮上した潜水艇から降りたネプテューヌは、オプティマスにたずねる。

 

「ここがクリスタルシティ?」

 

「いや、まだ中間地点だ」

 

「ええ~」

 

 その答えにネプテューヌは少しガッカリしてしまう。

 そんな彼女に、オプティマスは優しく語りかける。

 

「少しだけ歩こう。そうしたら、少し楽になるはずだ」

 

「うん! オプっちが言うなら頑張るよ!」

 

 明るく返事をするネプテューヌを見て、オプティマスも相好を崩す。

 

「ではオートボット、改めて出発だ!」

 

 オプティマスの号令に一同は動き出す。

 アイアコンを出発したころとあまり変わり映えしない光景をしばらく進むと、広い通路に出た。

 

「これはカプセルトレインの線路だ」

 

「カプセルトレイン?」

 

「ああ。カプセルトレインというのは、その名の通りカプセル状の列車に乗ってサイバトロン中に張り巡らされたトンネルの中を旅する、サイバトロンではポピュラーな移動手段だ」

 

「おおー! 列車に乗れるんだ! これで楽できるねー!」

 

 喜びの声を上げるネプテューヌ。

 楽できると思った途端これである。

 しかし、そう楽にはいかないのが世の常だ。

 

「いや、残念ながらカプセルトレインは運転を停止している」

 

「ええー!?」

 

 首を横に振るオプティマスに、ネプテューヌは残念そうな声を上げる。

 

「例え動いていたとしても、カプセルトレインは音速を超えて走る。ネプテューヌたちには体の負担が大き過ぎるな」

 

 オプティマスの説明に女神たちは渋い顔になった。

 彼女たちの肉体は頑丈だが、変身していない状態で音速を超えるのは確かにキツイ。

 しかし、そうなるとなぜここに来たのか?

 その疑問に答えたのは、オプティマスの隣に立つアルファトライオンだった。

 

「しかし、その線路網を通って行けばクリスタルシティに辿り着ける。それにこの広さなら……」

 

 そこまで老歴史学者が言ったところで、オプティマスがビークルモードに変形する。

 

「ビークルモードで走ることができる、という訳だ」

 

「おおー! なるほどー!」

 

  *  *  *

 

 かつてはカプセル状の車両を連ねた列車の走っていたトンネルを、今は計七台の自動車が走っていた。

 先頭を行くのは、やはり赤と青のファイヤーパターンが特徴的なトレーラートラックだ。

 だがその荷台部分には、痩身の老トランスフォーマーが乗っかっていた。

 煙突マフラーを両手で掴み、器用にバランスを取っている。

 

「すまんな、オプティマス。儂は変形能力を持っておらんでな」

 

「気にしないでください。たまの親孝行です」

 

 オプティマスの答えに、アルファトライオンは微笑む。

 

「わたし、トランスフォーマーってみんな変形できるんだと思ってたよ」

 

「儂は随分と古い型でな。動いているのが不思議なくらいじゃよ」

 

 運転席に座るネプテューヌの疑問に、アルファトライオンは丁寧に答える。

 

「時にお嬢さん。オプティマスが何か迷惑をかけていないかな? この子は昔からズレた所があってな」

 

「アルファトライオン!」

 

「本当のことじゃろう? 幼いころ、『妖精さんと約束した!』と言い出して剣を習いたがって儂を困らせたこと、忘れたとは言わせんぞ」

 

「あ、あれは……、お、幼いころにはよくあることでしょう!」

 

 親子らしい気の置けない会話を繰り広げるオートボットの総司令官と老歴史学者。

 それを聞いて笑顔を浮かべるネプテューヌだが、同時に胸の内にこんな考えが浮かんでいた。

 

 ――ああ、わたしオプっちのこと、何にも知らないんだ……。

 

 と。

 

「他にもだな。この子はプレダコンという古代生物が大好きでな。いつか背中に乗せてもらいたいと……」

 

「アルファトライオン。もう勘弁してください……」

 

 赤裸々に語られる己の過去に、オプティマスは恥ずかしげだ。

 

「まだまだ他にも……、むッ!」

 

 と、アルファトライオンが何かに気付いた。

 オプティマスをはじめとする一団も急停止する。

 

「どうしたの?」

 

「道が塞がっている。どうやら落盤があったようだな」

 

 何事かとネプテューヌが聞くと、難しい声でオプティマスが答えた。

 その言葉の通り、トンネルの天井が落ちていて先に進めそうにない。

 

「しかし、これぐらいは予想通り。少し迂回すれば問題ない」

 

「なんだろー。変なフラグがたったような……」

 

 自信満々のオプティマスに、妙な予感を感じるネプテューヌ。

 そしてそれは彼の義父も同じだったらしい。

 

「おまえは自信満々な時ほどポカをやらかすというジンクスがあるのだから、慎重にいけよ」

 

「大丈夫ですよ、アルファトライオン。さすがに今回はそういうことは……」

 

 次の瞬間。

 ビークルモードのオートボットたちの乗った床が抜けた。

 

「ほわああああ!?」

 

「ああやっぱりぃいい! っていうかフラグ回収はやぁあああ!!」

 

「ああ……、お主は昔からよく高い所から落ちる子じゃったの……」

 

 一同は割と呑気に、暗闇に落ちていくのだった。

 

  *  *  *

 

「う、ううん……」

 

 次にネプテューヌが目を覚ますと、そこはずいぶんと暗い所だった。

 

「ネプテューヌ! 大丈夫か!」

 

 目の前にはオプティマスの顔があった。

 金属のパーツで構成されているのに、とても表情豊かな顔。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 返事をすると、その顔が安心したように緩む。

 

「良かった……。他の皆も無事か!」

 

 オプティマスは立ち上がって皆に声をかけて回る。

 

「こっちは大丈夫よ……。毎回のことながら唐突ね……」

 

「イテテ……。少しバランサーの調子がおかしいが、まあ問題はねえな」

 

 ノワールとアイアンハイドの声が聞こえた。

 

「……こっちも大丈夫」

 

「問題ない」

 

 短くブランとミラージュが返事をした。

 

「とりあえず無事、ですわ」

 

「同じく。しかし随分な構造上の欠陥だな」

 

 どうやらベールとジャズも無事なようだ。

 

「俺らも無事だぜ!」

 

「大事ありませぬ」

 

「まったくツイてねえ! ツイてねえ!!」

 

 ハウンドたちの声も聞こえてきた。

 

「アルファトライオン! ご無事ですか!? アルファトライオン!!」

 

「無事じゃ。そう騒ぐでない」

 

 冷静な声を出す老歴史学者。

 オプティマスがホッと息を吐くのが暗闇でも分かった。

 

「さて、我々はどこに落ちたか……、それが問題じゃな」

 

 アルファトライオンは平静に言うと、近くの瓦礫の欠片を拾い上げる。

 

「この構造物の構成、そして壁のレリーフの様式から見て、ここは第3期の層じゃな。このサイバトロンは上へ上と増築を繰り返し、地盤が積み重なって層状になっておるのじゃ」

 

 後半は女神たちへの説明も兼ねていることにネプテューヌが気付くのに、少しかかった。

 

「ここからは儂が先に立って案内しよう。この時代の儂は今より若く頑強で、星の上を歩き回っておった」

 

 そう言うとアルファトライオンはどこからか長杖を取り出し、それを突いて歩き出した。

 迷うことなくオプティマスがそれを追い、女神とオートボットは顔を見合わせて歩き出すのだった。

 

  *  *  *

 

 第3期なる時代の光景は、上層とはだいぶ異なっていた。

 巨大なブロックを積み重ねた建物が立ち並び、あちこちにトランスフォーマーの顔を模した飾りが施されている。

 高層建築はそのまま巨大な柱となって上層を支えていた。

 その光景に誰よりも心惹かれているのは、他ならぬオプティマス・プライムであることは明らかだった。彼は興味深げに遺跡群を眺めている。

 

「このあたりは、往時には大きな市であったのだ。ここで取引されておったのはこの星より生み出された物だけではない。数々の異星よりもたらされた物も売り買いされておったのじゃよ」

 

「なるほど、その時代といえば俗に『大航宙時代』と呼ばれていましたね」

 

 年齢を感じさせないしっかりとした歩みで進みながら説明するアルファトライオンと、興奮した様子でしきりに頷いているオプティマス。

 歴史家二人の会話に、他のメンバーはついていけてない。

 

 ――こういうオプっちって、見るの初めてだな……。

 

 そしてネプテューヌは、オプティマスの見せる色々な一面に驚いていた。

 当然ではある。彼と組むようになってそれなりに経つが彼の過ごしてきた時間から見れば、瞬く間だ。

 

 ――もっと知りたい。彼のことが……。

 

 あのよく分からない感情と共に、そんな考えが頭をよぎった。

 

 ――ああ、まただ……。

 

 余計な事なんか考えなくてもいいのに。

 いらない感情なんか忘れたいのに。

 

「さて諸君」

 

 と、建物の間の広場に出たところで、先頭を行くアルファトライオンが振り返った。

 

「まだまだ先は長いが、今日はここらで休むとしよう」

 

「どうしてだよ? 俺らはまだまだ動けるぜ」

 

 クロスヘアーズが文句を言い、ドリフトも頷く。

 

「たわけ。儂らはよくとも女神様がたが疲れておる。少しは周りのことも考えい」

 

 アルファトライオンの一喝に、クロスヘアーズとドリフトは渋々従う。

 老歴史学者はオプティマスに視線をやる。

 それを受けて、オプティマスは一同に指示を出し始めた。

 

「よし。ではアイアンハイドとミラージュは近くを偵察。それからジャズは私について来てくれ。残りは、ここで女神たちの護衛だ」

 

「はあーッ!?」

 

 その指示にクロスヘアーズはあからさまに不満そうな声を出す。

 

「これは命令だ、クロスヘアーズ」

 

「グッ……、分かったよ……」

 

 厳しい顔と声のオプティマスに、クロスヘアーズも渋々ながら従う。

 

「さて、お嬢さんがたをただ待たせるのもナンじゃな。ここは一つ、儂が何か話しをするとしよう。何か聞きたいことはあるかな?」

 

 オプティマスを見送ると手頃な瓦礫に腰かけ笑顔で女神たちを見回すアルファトライオン。

 女神たちはどうしようか考える。

 彼には悪いが、この手の老人の話しは長い上に難しいと相場が決まっている。

 

「えっと……、それじゃあわたし、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 そこでネプテューヌがオズオズと手を挙げた。

 

「ネプテューヌ?」

 

 その彼女らしくない仕草に、ノワールが首を傾げる。

 どうもアイアコンを出発する前から様子がおかしい気がする。

 一方、アルファトライオンはベテランの教師のような笑みで先を促した。

 

「何かな?」

 

「あのさ、エリータ・ワンってヒトのことを聞きたいんだけど……」

 

 その瞬間、アルファトライオンの表情が厳しいものに変わった。

 

「……どこでその名を?」

 

「ちょっと、いろいろ……」

 

 これまた、らしくもなく言葉を濁すネプテューヌ。

 一瞬、アルファトライオンはドリフトたちのほうを睨むが、すぐにネプテューヌを見下ろした。

 

「……最初に言っておく。聞くと、辛くなるぞ」

 

 厳しい顔のまま、アルファトライオンは警告する。

 

「俺たちは席を外すぞ」

 

「ああ……」

 

「……ケッ!」

 

 ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズは場を離れていった。

 彼らなりに気を使ったらしい。

 

「私たちもいきましょう」

 

「そうね。このことはネプテューヌが聞くべきだわ」

 

「ええ」

 

 ノワール、ブラン、ベールもそれに続く。

 後にはネプテューヌとアラファトライオンだけが残された。

 再度、老歴史学者は問う。

 

「それでも聞くかね?」

 

 ネプテューヌは彼女らしくない真剣な表情で頷いた。

 

「……ならば話そう」

 

  *  *  *

 

 エリータ・ワンは先代プライムの弟子の一人だった。

 次期プライム候補という訳ではなかったが、よう可愛がられておった。先代プライムにも、兄弟子のメガトロンにもな。

 

 ……驚いたかね? 今は見る影もないがメガトロンもかつては理想に燃える青年であり、先代プライムの弟子だったのだ。

 

 彼女のことを語るなら、奴のことを外すわけにはいかんのだ。

 ある時のこと、先代プライムにもう一人弟子ができることになった。

 その者はまったく自分の意思に関係なく、遺伝情報にまつわる因縁と様々な偶然によって次期プライム候補に祭り上げられたのだ。

 

 そう、オプティマスのことじゃよ。

 

 しかし、儂は未だに思う、はたしてプライムの従者になったことが、あの子にとって幸せだったのか……。

 

 あの子は本来、繊細で心優しい穏やかな気質なのじゃ。多くの者はそのことに気付かず、あるいは目を逸らすがの。

 

 そのことに一番先に気付いたのが、メガトロンの奴であったのが今となっては皮肉でしかない。

 だからだろうな。オプティマスはメガトロンを兄のように慕っておった。

 

 間を置かずしてエリータはオプティマスと親友になった。

 

 彼女もまた賢く聡明な才女であり、オプティマスの内面に気付いたのじゃよ。

 それからじゃ、あの三人はよくいっしょにいるようになったのは。

 オプティマスは他の二人に引きずられていたと言うか、振り回されていたと言うか……。

 他の二人に比べると目立たない子だったな。

 とにかく、三人で共に学び、遊び、将来のことを語り合った。

 オプティマスはこの間に、他の仲間たちとも出会ったのじゃよ。

 

 ジャズ、アイアンハイド、ラチェット。かけがえのない仲間たちとな。

 

 思えばこの時こそがオプティマスにとっても、またサイバトロンにとっても最も輝かしい時代であった。

 だが、やがてその時が訪れた。

 

 先代プライムの後継者、すなわち次のプライムが選出されたのだ。

 

 選出は先代プライムと最高評議会の合議によって決定された。

 ヒトビトはメガトロンこそが次期プライムであろうと噂していた。

 彼はプライムに求められる資質を全て備えていたからだ。

 勇気、知恵、人望、そして素晴らしい実績、その全てをな。

 しかし、選ばれたのは知っての通りオプティマスじゃった。

 

 そしてメガトロンは姿を消した。

 

 彼が何を考えていたのかは分からん。

 だがオプティマスはそのことを随分苦にしてな。

 よく、自分がプライムに選ばれたのは間違いだったのではないかと吐露しておったよ。

 そんなあの子を支えたのがエリータじゃった。

 彼女の思いが友情から愛情に代わるのに、時間はいらんかった。

 

 問題は、オプティマスがそれに気付かなかったことじゃ……。

 

  *  *  *

 

「どうして? エリータはオプっちのこと、好きだったんでしょう?」

 

 思わず、ネプテューヌは口に出していた。

 アルファトライオンはどこか嘆息するように排気した。

 

「オプティマス、あの子はな、愛情と言う物を理解できていないのじゃ」

 

  *  *  *

 

 オプティマスはな。

 

 孤児なのじゃよ。

 

 それがあの子に孤独を強いておる。

 儂は儂なりにあの子に愛情を注いできたつもりじゃが、やはりあの子は孤独を感じていたようだ。

 時々、『妖精』と呼ぶ想像の友達と話したりしてな。

 じゃから、誰かを愛するということを真の意味では理解しとらん。

 

 ……話しを戻そう。

 

 やがて、その時がやって来た。

 

 メガトロンの反乱だ。

 

 後は話さずとも知っておろう。

 プライムに就任したオプティマスに率いられたオートボットと、メガトロンに従うディセプティコンとの戦争が始まった。

 その間もエリータはオプティマスを支えて戦い続けた。

 彼女の力の源は、オプティマスへの愛だった。何よりも強い真の愛じゃ。

 

 ……しかし、ある時のことだ。

 

 ある都市がディセプティコンに襲われ、エリータはその都市の防衛隊長だった。

 

 彼女は果敢に戦ったが力及ばず……。

 

  *  *  *

 

「そんな……」

 

 ネプテューヌは絶句した。絶句する他になかった。

 

「オプっちは、オプっちはエリータのことを、どう思っていたのかな?」

 

 何とか絞り出したのは、そんな言葉だった。

 最低だと、自分でも思っていた。

 

「あの子がエリータをどう思っていたのかは、あの子にしか分からん。だが、愛していたのではないかと思う。自分では気付かなかったのだろうがな」

 

 悲しげにアルファトライオンは話しを続ける。

 

「……儂が、『今』語るべきことはこれで全てじゃ。今度は儂から質問させておくれ」

 

 そう言ってアルファトライオンは厳しい顔でネプテューヌを見た。

 その鋭い視線は、探っているようにも試しているようにも見えた。

 

「君はオプティマスのことを、どう思っているのかね?」

 

「わたしは……」

 

 言葉に詰まるネプテューヌ。

 いったい自分はオプティマスのことをどう思っているのか?

 

「…………」

 

「すぐには答えを出さずとも、よい。しかし、いずれは答えを出さねばならない。……あの子の傍にいるには、覚悟が必要だから」

 

 諭すようにアルファトライオンは締めくくった。

 この星に来てからネプテューヌは痛感していた。オプティマスの背負う物はあまりにも重い。

 サイバトロンの未来、オートボットの命運、多くの兵士の命。

 そんな彼を献身的に支えたエリータ・ワンに対し、自分は彼の足を引っ張ってばかりで……。

 

 ――ああ、まただ。また胸が痛い……。

 

 痛みだけではなく、ドロリとした奇妙な感情も湧きあがってくる。

 苦しそうに顔を伏せるネプテューヌを見て、アルファトライオンは髭を撫でながら難しい顔をしていた。

 

「……それにしても、皆遅いな。偵察にしても、そろそろ戻ってくるころじゃが」

 

 ふと、呟くアルファトライオン。

 オプティマスたちが偵察に出てから、結構な時間がたつ。

 さっき席を外したハウンドたちやノワールたちも帰ってこない。

 

「何かあったのかな?」

 

 ネプテューヌも顔を上げる。

 今は話題がそれたことが少しだけ嬉しかった。

 

 そしてそれが答えを出すことからの逃げであることも、理解していた。

 

  *  *  *

 

 暗い暗い地下の底に、広い空間があった。

 ドーム状のそこには蝙蝠の鳴き声のような異様な音が響いている。

 生理的嫌悪感を呼び起こすその音は、絶えることなく鳴り続けていた。

 音の発生源は、天井に逆さ吊りになった一体のトランスフォーマーだった。

 肩から翼が生え、赤いバイザーでオプティックを覆った黒いトランスフォーマーで、この場に女神たちがいたなら蝙蝠に例えるであろう姿をしている。

 

「コウモリアマモリオリタタンデワイプ……、掘れ掘れ、掘り続けろ。このマインドワイプのために」

 

 不気味な呪文を唱えながら薄く嗤う、マインドワイプなるトランスフォーマー。

 ドームの床に当たる部分では、何人ものトランスフォーマーたちが何かを掘り返していた。

 その誰もが虚ろな目をしている。

 

 無表情で何かを掘り続けるオプティマス、アイアンハイド、ジャズ、ミラージュも含めて……。

 




今週のQTF。まさかキスぷれに触れるとは……。
後半はもう何も言うまい。
18歳未満で意味分かんない人は、もうしばらくそのままのあなたでいてください。

今回の小ネタ解説。

水路
元ネタなし(おい)
元はシャークティコンが襲ってくるシーンを入れる予定だったけど、間延びするのでボツに。

カプセルトレイン
初代他、各種作品で登場。
名が体を表しきっている。

層状構造のサイバトロン
ビーストウォーズリターンズより。
現文明に埋もれた旧文明をイボンコたちが目撃している。
この他、初代でも地下に昔の施設が埋まって(埋め込まれて)いる描写がある。

マインドワイプ
初出はヘッドマスター。
リベンジ期にリメイクされた。
詳しくは次回で。

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