超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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時間がかかったわりには話が進んでない。
そんな52話。


第52話 アイアコンにて

「ところでオプティマス。そろそろ、おまえの新しい友人たちを紹介してくれんかの」

 

 しばらく抱擁していたオプティマスとアルファトライオンだったが、やがて老オートボットは優しく微笑みながら言った。

 オプティマスはそれで気付いて、掌で女神たちのほうを示した。

 

「はい、アルファトライオン。彼女たちは、ネプテューヌ、ノワール、ブラン、ベール。彼女たちは異世界ゲイムギョウ界を統治する女神と呼ばれる存在で……女神のことを説明するのは、非常に難しいのですが……」

 

「ふふふ、ならば、女神の説明を受けるのは後にしよう。今は、おまえの友人たちに挨拶をさせておくれ」

 

「はい」

 

 素直に頷いたオプティマスは、一歩脇によける。

 アルファトライオンは女神たちの近くまで歩いてくると深々と頭を下げた。

 

「初めまして、異星の方々。儂の名はアルファトライオン。しがない歴史学者ですじゃ」

 

「初めましてー! わたし、ネプテューヌ! オプっちの友達だよー!」

 

 異星人相手でも礼儀正しい老オートボットに、ネプテューヌはいつもの調子を取り戻して挨拶する。

 

「こら! 失礼でしょ。……初めまして、私はノワール。ゲイムギョウ界のラステイションという国の女神です」

 

 ネプテューヌに注意し、こちらは礼儀正しくお辞儀するノワール。

 

「同じく、ルウィーの女神ブラン」

 

 短く簡潔に挨拶するブラン。

 

「わたくしはベール。リーンボックスの女神をしております。以後お見知りおきを」

 

 そしてたおやかに礼をするベール。

 

「ようこそ、女神様方。何もない所じゃが、ゆっくりしていくといい」

 

 アルファトライオンはニッコリと微笑んで女神たちを歓迎する。

 一方、居並ぶオートボットたちの中には、あからさまに顔をしかめる者たちがいた。

 その中でも一際不機嫌そうなのがドリフトだ。彼は仲間の輪を離れてネプテューヌの近くまで歩いてくる。

 

「……オプっちだと? よもやそれは、オプティマス殿のことではあるまいな?」

 

「うん、そうだよー! いやほらオプティマス・プライムじゃ長いし、あだ名を付けるのがわたし的恒例行事で……」

 

「ふざけるな!」

 

 当然の如く笑顔で説明するネプテューヌだったが、ドリフトは突然激昂したかと思うと、背中から刀を抜いてネプテューヌに突きつける。

 

「貴様! メガミだか何だか知らんが、オートボットのリーダーをそのような無礼な呼び名で……」

 

「ちょ、ちょっと危ないじゃない! って言うかこの展開、前回もあったよね!?」

 

 よく分からないことを言い出すネプテューヌに、ドリフトはより殺気立つ。

 

「ドリフト、刀を下ろせ。彼女は私の友人だ」

 

 そして、今回もオプティマスがそれを制する。

 

「しかし!」

 

「ドリフト」

 

 不満げなドリフトに、オプティマスの声色が低くなる。ようやくドリフトは刀をしまった。

 オプティマスはすまなそうにネプテューヌのほうを向く。

 

「すまない、ネプテューヌ」

 

「ああ、うん! 大丈夫だよ、少し驚いただけ!」

 

 大して気にした様子のないネプテューヌに、オプティマスは相好を崩す。

 屈託なく笑い合う二人を、青い侍は苦々しげに見ていた。

 

「しかし、これで俺たちの大勝利だな!」

 

 そこで大声を上げたのは、クロスヘアーズだ。

 何事かとその場にいた者たちの視線が緑のオートボットに集まる。

 

「だってそうだろ? メガトロンの野郎は消えたままで、オプティマスは戻ってきた! つまり、俺たちの勝ちだ! 勝ちだ!!」

 

 嬉しそうに叫ぶクロスヘアーズ。

 そうだそうだと再びオートボットたちから歓声が上がる。

 しかし、オプティマスは何ともバツの悪そうな顔になる。

 

「いや、皆聞いてくれ。我々はもう一度ゲイムギョウ界に戻らねばならない」

 

 その言葉にオートボットたちに動揺が走る。

 特に驚いたのがドリフトだ。

 

「な、何故です!? ワケをお聞かせください!」

 

「メガトロンは死んではいない。それにまだゲイムギョウ界にはディセプティコンが残っている。奴らを野放しにはできない」

 

「そんなものは放っておけばよいではありませぬか!!」

 

 『そんなもの』ドリフトは確かにそう言った。

 さすがにネプテューヌをはじめとした女神たちも顔をしかめる。

 さらにクロスヘアーズも声を上げる。

 

「そうだぜ! メガトロンの野郎が他の世界に逃げるってんなら、行かせときゃいいんだ! んで、今の内にこの星に残ったクソディセプティコンどもを皆殺しにすりゃいい!」

 

 物騒なことを言い出すクロスヘアーズに、何人かのオートボットが同調する。

 

「そう言うわけにはいかない」

 

 オプティマスは冷厳に言い放った。

 それにドリフトもクロスヘアーズも不満そうな顔をする。

 

「せめて理由を聞かせてくれ。……俺たちの納得のいく理由を」

 

 そこで、事と次第を見守っていたハウンドが溜め息とともにそう言った。

 少し悩むような素振りを見せたオプティマスだが、アルファトライオンから試すような視線を感じ、やがて決意したように口を開く。

 

「……分かった」

 

 そして、少し間を置いてからその場にいる全員に伝わるように声を出す。

 

「私は、このサイバトロンから失われし命の源、オールスパーク。それがゲイムギョウ界にあるのではないかと、そう考えているのだ!」

 

 瞬間、ざわついていたオートボットたちが静まり返る。

 

「オールスパーク……」

 

 彼女にしては珍しく黙っていたネプテューヌはふと過去を思い出す。

 オールスパーク。それは金属生命体を生み出す奇跡の存在。惑星サイバトロンの生命の根源。

 

「……なるほどな。なら仕方ねえ」

 

 静かに、ハウンドは声を絞り出した。ドリフトとクロスヘアーズら他のオートボットたちも一応は納得したらしい。

 死にゆくサイバトロンを再建するためには、何としてもオールスパークを取り戻す必要があるからだ。

 

「では皆の者、オプティマスたちは長旅で疲れておる。積もる話は後にして、いったん解散としよう」

 

 良く響くアルファトライオンの言葉に、オートボットたちはオプティマスたちに声をかけ、それぞれの持ち場に戻っていく。

 その場にいるオートボットたちが数を減らしたのを見計らって、オプティマスはアルファトライオンに話しかけた。

 

「アルファトライオン。実はお話が……」

 

「分かっておる。場所を変えよう、着いてきなさい」

 

 そう言って、アルファトライオンは踵を返して歩き出す。

 オプティマスたちと女神たちは、顔を見合わせながらもそれに続こうとする。

 しかし、彼らに向かってアルファトライオンは振り返った。

 

「すまぬが、オプティマスと二人きりで話をさせておくれ。基地の中は自由に歩いてよい。地上もしばらくは安全じゃろう」

 

 それだけ言うと老歴史学者はオプティマスを伴って奥へと歩いていった。

 

  *  *  *

 

 オプティマスが通されたのは、アルファトライオンの執務室だった。

 四方の棚にはあらゆる記録媒体が並べられていて、なんと鋼板に文字を刻み込んだ物まである。

 その他には執務机とそれを挟んで椅子があるだけだ。

 

「さて、オプティマス。話を聞こう」

 

 アルファトライオンは、棚からオイルの入った瓶とグラスを二つ取り出しながら少しだけ声を低くする。

 頷いたオプティマスは、話を切り出した。

 

「アルファトライオン。私たちはゲイムギョウ界に戻らねばならないのです。どうか、良い知恵をお貸しください」

 

「戻る、か……」

 

 どこか含むような調子で言いながら、執務机の上にグラスを置きオイルを注ぐアルファトライオン。

 

「まずはオプティマス。その剣を見せてはくれないか?」

 

 オプティマスはその言葉の意味が理解できなかったが素直に背中のテメノスソードを抜き、恭しく差し出した。

 剣を受け取ったアルファトライオンは、その腹を撫でながらマジマジと刀身を覗き込む。

 

「これはテメノスソード。伝説に語られる『最初の十三人』の一人、偉大なる勇者プライマが振るった剣だ。これをどこで?」

 

「ゲイムギョウ界のセターンという王国です。そこを守護するダイノボットと呼ばれる騎士たちから譲り受けました」

 

「そうか……」

 

 セターン、そしてダイノボットの名を聞いた瞬間、アルファトライオンのオプティックに懐かしげな光が浮かぶが、オプティマスはそれに気付かなかった。

 

「それでアルファトライオン。我々はどうすれば……」

 

「まあ待て。物事には時間をかけた方が良いこともある。特に連れが疲れている時はな」

 

 そう言ってオプティマスに座るよう促すアルファトライオン。

 オプティマスは不満げながらも素直に座る。

 

「ではオプティマス。おまえの物語を聞かせておくれ。ゲイムギョウ界を訪れてから、こちらに戻ってくるまでの物語を」

 

  *  *  *

 

 一方、取り残された女神とオートボットたちはと言うと。

 しばらくは全員でいっしょにいたのだが、元々好奇心旺盛なネプテューヌがいつの間にかいなくなっていた。

 基地の中ならまあ問題ないだろうと言うことで、残りのメンバーもいったん解散したのだった。

 

 アイアンハイドはクロミアと改めて話をしていた。

 やはり積もる話と言う物がある。

 向かい合うに二人のオートボットの少し横では、ノワールが所在なさげに立っていた。

 

「それで話って何? そっちの娘と関係あるのかしら?」

 

 腰に手を当て、少し不機嫌そうなクロミア。

 一方のアイアンハイドは彼女から目を逸らしている。

 

「まあ、あれだ。こいつのことを紹介したくてな……」

 

「その娘を? まさか、アンタの新しい恋人とか言い出すんじゃないでしょうね?」

 

「そういうんじゃねえよ! ……その、なんつうか、コイツは俺にとって娘みたいなもんなんだ」

 

「……………娘?」

 

 呆気に取られるクロミア。

 金属生命体の中でも特に頭が固いアイアンハイドに、有機生命体の娘?

 

「ああ、色々とあってな。じゃあ挨拶しな、ノワール」

 

「あ、あの初めまして。私、ノワールって言います。アイアンハイドさんにはいつもお世話になっていて……」

 

 オズオズと自己紹介するノワール。

 強気な彼女らしくはないが、仕方がない。

 金属生命体にとって、有機生命体を家族扱いするのは非常に稀な例であるということが分からないノワールではない。

 自分が受け入れてもらえるか、とても不安だった。

 アイアンハイドの恋人だというから、できれば仲良くしたいが……。

 そんなノワールの思考とは別に、クロミアは黒の女神を上から下まで眺め回す。

 そして突然言った。

 

「エ……」

 

「え?」

 

「エクセレント! 何、この可愛い娘!」

 

 目を丸くするノワールとアイアンハイド。

 そんな二人を無視してクロミアはヒートアップする。

 

「こうなったら結婚しかないわ! アイアンハイド、結婚しましょう! それで私がお母さんよ!」

 

「落ち着け! こういうのはまずよく話し合ってからだな!」

 

「そうですよ! 私だっていきなりそんな……」

 

 何とか恋人をなだめようとするアイアンハイドと、極めて常識的に戸惑うノワール。

 それを見て、さすがにブレインサーキットを冷やすクロミア。

 

「そ、そうね……、ごめんなさい。私、昔から娘が欲しくてつい興奮しちゃったわ」

 

 落ち着いたらしいクロミアを見てホッとするノワールとアインハイド。

 まさか、こんなことになるとは思わなかった……。

 

「まあ、それじゃあゆっくり話ましょう。ここには何もないけど、時間だけはあるわ」

 

「それも限られてるけどな。まあ俺たちの話をする時間くらいはあるさ」

 

「うん。それじゃあ、まずは……」

 

 この三人が本当の家族になれるかは分からない。

 それはお互いによく知りよく話し合い、幸運にも全員生き残ってからの話だろう。

 

「私にはユニっていう妹がいるんだけど……」

 

「まさかの二人目!? やっぱり結婚しかないわね!」

 

「だから落ち着けって……」

 

  *  *  *

 

 ジャズとベールは、基地を出て元は繁華街だった場所を訪れていた。

 店だった場所の一つ、往時には特に華やかだったのだろう店の中に入る。

 内部はかなり広く、天井も高い。

 端にはトランスフォーマーサイズのカウンターバーがあり、その向こうの棚には、空の瓶が並べられていた。

 

「ここは?」

 

「ダンシトロン! サイバトロン一番いかした店さ! ……昔の話だけど」

 

 ベールの問いにジャズは陽気ながら、どこかシンミリと答えた。

 

「昔はここでよく踊ったもんさ。懐かしいなあ」

 

 ステージ跡と思しい場所で、ジャズはクルリと体を回す。

 それを見て、ベールは少し寂しげに微笑むのだった。

 

  *  *  *

 

 公園跡をミラージュとブランが歩いていた。

 サイズの巨大な遊具とみられる物が散見している。

 

「ここは公園ね。……あなたたちにも子供のころがあったのね」

 

「当たり前だ」

 

 ブランの問いにぶっきらぼうに答えるミラージュ。

 

「あなたも、ここで遊んだの?」

 

「……さあな。物心ついたころには戦闘訓練をしていたし、そういう性格でもなかった気がする」

 

 変わらず無愛想にミラージュは言う。

 しかし、声色に僅かに悲しそうな響きがあることにブランは気付いていた。

 だからそれ以上何も言わず、遊具によりかかるのだった。

 

  *  *  *

 

「……と言うわけで、我々はサイバトロンに戻ってきたのです」

 

 アルファトライオンに説明を終えたオプティマスは、今一度この数か月のことを反芻する。

 思えば僅かに数か月。永遠にも等しい寿命を持つトランスフォーマーからすれば瞬きする間だ。

 だが、何と濃密な時間だったろうか。女神と共にあった日々は只々戦い続けた何百年に匹敵する価値があった。

 

「色々と得る物があったようだな、オプティマス」

 

 穏やかに微笑むアルファトライオン。

 オプティマスは頷く。

 

「はい。ゲイムギョウ界での生活は、私に平和と自由の素晴らしさを再確認させてくれました」

 

 その言葉に満足げな様子の老歴史学者は、しかし急に厳しい顔になった。

 

「さて、これからどうするかだな」

 

「はい。ネプテューヌたちはゲイムギョウ界に帰らねばなりません。……でなければ生命にかかわる」

 

 オプティマスも深刻な顔で頷く。

 女神たちにはシェアが必要だ。

 せめて女神たちだけでも元の世界に帰さなければならない。

 

「アルファトライオン、なにとぞお知恵をお貸しください」

 

「その答えは、すでにお主の中にあるはずじゃ」

 

 老歴史学者の言葉に、オプティマスは渋い顔になる。

 

「……クリスタルシティ、ですか」

 

「左様」

 

 かつて、オートボットの軍医ラチェットが賞金稼ぎロックダウンに遭遇した時、こんな話を聞かされた。

 クリスタルシティの地下を掘り返し、そこでスペースブリッジの試作品を発見。それを誤って起動させてしまいゲイムギョウ界に転送されてしまったと。

 ならば、上手くいけばその試作品を自分たちも利用できるのではないか?

 

「お主にとっては、辛い思い出の地であろう。しかしスペースブリッジが残されているだろう場所は、もはやそこしかない」

 

「……はい」

 

 暗い表情の二人。

 クリスタルシティ、かつての科学と文化の聖地。

 ディセプティコンの攻撃により、今はもう滅んだ都市。

 

 そして、エリータ・ワンが死んだ土地。

 

 アイアコンからクリスタルシティまでの道のりは長く、サイバトロンはかつてのように安全な場所ではない。

 それでも、行くしかない。

 

 新たに得た、大切な者たちのために。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌは基地の中を探索していた。

 

 普段グータラである彼女だが好奇心は人一倍あり、異邦の地でもまったく物怖じも遠慮もせずに歩き回っていた。

 

「う~ん、この基地広いなー。……わたし、ひょっとして迷子?」

 

 当然の如く、彼女は道に迷っていた。

 しかし、それでめげるネプテューヌではない。さっそく道を聞くべく、中にヒトのいそうな部屋に入ろうとする。

 調度いいことにその扉は僅かに……ネプテューヌが入れそうなくらいに……開いていた。

 

 すると、中から話し声が聞こえてきた。

 

「なあおい、オプティマスたちが連れてきた、あの連中、おまえらどう思う?」

 

 それはあの大柄な髭のオートボット、ハウンドの声だった。

 

「……正直、気に食わねえ」

 

 次に聞こえた声は、緑コートのクロスヘアーズのものだ。

 

「オプティマス殿のことだ。何か考えがあるのだろう」

 

 もう一つ、青い侍のドリフトの声もする。

 ドリフトの声は、言葉とは裏腹に渋いものだった。

 普通なら、聞かなかったことにしてその場を去るだろう。あるいは、さらに聞き耳を立てるか。

 

 しかしそこはネプテューヌである。

 

「陰口は良くないなー! 聞き捨てならないよ!」

 

 彼女はあろうことか、部屋の中に突入したのである。

 突然現れた女神に、三人のオートボットは面食らう。

 どうやら皆して武器の手入れをしていたらしい。

 

「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなよ!」

 

 腰に手を当てプンスカと怒るネプテューヌ。

 

「……ハッキリ言えだあ? じゃあハッキリ言ってやる、言ってやるよ。おまえらは気に食わねえ」

 

 最初こそ戸惑っていたクロスヘアーズだが、やがて顔をしかめて言い放つ。

 それを受けて、さすがのネプテューヌも不機嫌に問う。

 

「何でさ! わたしたちが有機生命体だから!?」

 

「それもある。だがそれ以上におまえらからは戦争の臭いがしやがらねえ! 平和がいいって、そう言う顔をしてやがる! それが何より気に食わん!」

 

 ギラリとネプテューヌを睨みつけるクロスヘアーズ。

 一瞬、ネプテューヌは何を言われているのか分からなかった。

 

「な、何さそれ! 平和の何が悪いのさ! オプっちだって、平和のために戦ってるんだよ! あなたたちだってそうでしょ!」

 

「ケッ! 俺は平和のためになんか戦ってねえよ!」

 

「じゃあ何で戦うのさ! ディセプティコンが憎いから!?」

 

「ああ憎いね! 俺は連中に思い知らせるために戦ってんだ! それ以外は知ったことか!」

 

 それは血を吐くような声だった。

 ネプテューヌには、クロスヘアーズの過去に何があったのかは分からない。

 それでも、尋常ならざる怒りと憎しみを感じた。

 

「……悪いな嬢ちゃん」

 

 クロスヘアーズと睨み合うネプテューヌに静かに声をかけたのは、ハウンドだった。

 

「こいつは何人もの戦友を失っててな。だが正直、こいつはマシなほうさ。オプティマスの言うことすら聞かず、無抵抗の敵兵を惨殺する奴なんざザラだ。非戦闘員だろうがお構いなしでディセプティコンを殺すことしか頭にない奴もいる」

 

 理解できないという顔で、ネプテューヌはハウンドを見た。

 すまなそうにハウンドは首を振る。

 

「こいつは戦争なんだよ。どっちかが絶滅するしかないって類のな」

 

「そんな……」

 

 絶句するネプテューヌを見て、鼻を鳴らすような音を出すのは刀を研ぐドリフトだ。

 

「この程度のことで臆するか。それでセンセイの友達などと、よく名乗れたものだ。……センセイは、相応しくない者を周りに置き過ぎる」

 

「む、むー! 何さそれ!」

 

 自分のことばかりか、暗にジャズたちのことまで馬鹿にされたことに気付き、ネプテューヌの怒りが再燃する。

 しかしドリフトは動じない。

 

「本当のことだ。オプティマス殿は並ぶ者なき英雄だ。優しさと勇猛さが同居する二人といない傑物だ。……ゆえに、傍に立てる者は稀なのだ」

 

 少しだけ、ドリフトは寂しげだった。

 

「私では駄目だ、私はあの方をどうしても特別視してしまう。他のオートボットたちも似たようなものだ。センセイと並べるのはただお一人。……エリータ・ワンだけだ」

 

「エリータ・ワン?」

 

 聞きなれない名前に、首を傾げるネプテューヌ。

 対するドリフトはオプティックを瞑る。

 

「あの方こそオプティマス殿の傍にあって、彼を支えるにふさわしい方だった。強く賢く美しいヒトだった」

 

 どこか懐かしむようにドリフトは続ける。

 しかし、声に悲しさが滲んでいることにネプテューヌは気付いた。

 

「そして誰よりも、オプティマス殿のことを愛している方だった。オプティマス殿もエリータのことを愛していたはずだ」

 

 ズキリと。

 その言葉を聞いた瞬間、ネプテューヌのどこか奥深い所がズキリと痛んだ。

 

 ――おかしい。こんなの全然、わたしらしくない。

 

 オプティマスに愛するヒトがいた。それはすごく喜ばしいことだ。

 彼は、ネプテューヌにとってかけがえのない友人なのだから。

 

 ――なのに、なんでこんなに苦しいの?

 

 苦しそうなネプテューヌに構わず、ドリフトは話し続ける。

 

「しかし、あのヒトはもういない」

 

「……いない?」

 

「逝ってしまわれた。ディセプティコンの手にかかって……。オプティマスの隣に立てる者は、もういない」

 

 深く瞑目して故人を悼むドリフト。

 ハウンドも、クロスヘアーズもそれに倣う。

 一方のネプテューヌは酷く動揺していた。

 

 エリータ・ワンがもういないと知った時、心のどこかで安堵している自分に気付いたから。

 

「ッ!」

 

 弾かれたように、ネプテューヌは踵を返して足早に部屋を出ていった。

 それを見てクロスヘアーズは無駄な時間を使ったとばかりに不機嫌そうに銃の整備を再開し、ドリフトは刀を研ぎはじめ、ハウンドはヤレヤレとばかりに排気するのだった。

 

  *  *  *

 

 走る、走る、基地の中をネプテューヌは走る。

 胸の内を訳の分からない感情が渦巻いている。

 

 ――いやだ! こんなの全然楽しくない!

 

 楽しいこと、嬉しいことが大好きなネプテューヌにとって、うずくような痛みをもたらすその感情は完全に未知のものだった。

 しばらく走った所で止まったネプテューヌは、荒くなった呼吸を整えようとする。

 

 ――苦しい、苦しいよ……。

 

 頭の中がグチャグチャして意味のある思考をなさず、激しい動機が治まらない。

 戦争に対するクロスヘアーズたちの考え方も衝撃的だったが、それ以上に他人の死を喜ぶなんて、自分はそんなに悪辣な女神だったのだろうか?

 

「ネプテューヌ!」

 

 荒く呼吸するネプテューヌに、声をかける者がいた。

 

「こんな所にいたのね。まったくあなたは目を離すとすぐにいなくなっちゃうんだから」

 

 それはノワールだった。

 ネプテューヌは、力無くそちらを向く。

 

「ノワール?」

 

「オプティマスが、ちょっと話があるから集まってって……ちょっと、大丈夫? 酷い顔してるわよ」

 

「へ?」

 

 ノワールに心配そうな声で言われて、ネプテューヌは手近な柱を覗き込む。

 金属製の柱は鏡のように自分の顔を映し出してくれた。

 確かに酷い顔だ。

 とても不安そうでオドオドしている。

 こんなのは、自分らしくない。

 得体の知れない感情に振り回されて、あげくに他人の死を喜ぶなんて。

 

 ――そんな醜い感情、いらない。

 

「ん、ごめん! わたしらしくなかった!」

 

 だから、こんな感情(もの)は無視してしまえばいい。忘れてしまえばいい。それで、何もかも元通りだ。

 

 これからも、みんなと、オプティマスと笑い合うために。

 

「じゃあ、行こっか! オプっちが待ってるんでしょ!」

 

「……ネプテューヌ、あなた、本当に大丈夫?」

 

 ノワールがなおも心配そうに顔を覗き込んでくるが、ネプテューヌは満面の笑みを浮かべる。

 

「え、何が?」

 

「…………」

 

「もう、ノワールったら馬鹿なこと言ってないで行くよ!」

 

 ニコニコと、いつもの調子でネプテューヌは笑い、歩いていってしまった。

 

「…………」

 

 ノワールはそんなネプテューヌを渋い顔で追うのだった。

 

 何せ、ネプテューヌは道を知らないのだから。

 

  *  *  *

 

 基地内の会議などに使われる広間。

 そこにオプティマスを始めとしたオートボットたちが集まっていた。

 アイアンハイド、ジャズ、ミラージュら女神のパートナーたち。

 ハウンド、ドリフト、クロスヘアーズの三人組。

 クロミアを始めとしたウーマンオートボット。

 そして、アルファトライオン。

 この基地の主だったオートボットが全員集まっていた。

 女神も全員揃っている。

 それを確認してから一歩進み出たオプティマスは、朗々たる声を発した。

 

「一同、良く聞いてほしい。私とジャズ、アイアンハイド、ミラージュは女神たちとともにクリスタルシティを目指す! そこにならスペースブリッジがあるはずだ!」

 

 ザワザワとオートボットたちが騒がしくなる。

 やがてハウンドが声を張り上げた。

 

「しかしオプティマス! 地上はディセプティコンの偵察部隊が巡回してる。とてもクリスタルシティまではたどり着けないぜ!」

 

 当然の疑問を呈するハウンド。

 ドリフトとクロスヘアーズも、それに同意するように頷く。

 しかし、オプティマスはそれに対する答えも用意していた。

 

「その通りだハウンド。だから、我々は地下を通って行く。カプセルトレインの廃線と、水路を利用すれば早くに着けるはずだ」

 

 総司令官の言葉に、ハウンドは首を捻る。

 その隣に立つドリフトも不満げな声を上げる。

 

「サイバトロンの地下は迷路のように入り組んでいます。その上、最近は胡乱な者どもがうろついているという話も聞きます」

 

「それでも、行かねばならないのだ。分かってくれ」

 

「ならば! 私も共に連れて行ってください! クリスタルシティまでの護衛と相成りまする!」

 

 これは説得するのは無理と悟ったドリフトは、同行を進言した。

 

「俺も行くぜ。頭数は多いほうがいいだろう」

 

「それなら俺もだ。俺も行く」

 

 さらに、ハウンドとクロスヘアーズも進み出る。

 それを見てオプティマスは一つ頷いた。

 

「いいだろう。他に同行したい者は?」

 

 総司令官の問いに、オートボットたちは無言を持って答えとする。

 しかし、居並ぶオートボットたちの中から一人が進み出た。

 

「儂も行こう」

 

「アルファトライオン!?」

 

 それは老歴史学者アルファトライオンだった。

 父の思わぬ言葉にオプティマスは驚く。

 

「危険ですアルファトライオン! あなたは残ったオートボットの中心なのですから……」

 

「馬鹿者。スペースブリッジを動かせる者がいなければ、クリスタルシティに辿り着いても無駄足じゃろう。幸い儂は、スペースブリッジを動かすことができる」

 

 そこでアルファトライオンは、ハウンドたちのほうを見る。

 

「それにここまでの猛者が同行するのだ。心配はいらんじゃろう」

 

「はあ……」

 

 そう言われてしまっては、オプティマスも同意せざるを得ない。

 一方、アイアンハイドは恋人であるクロミアに話しかけた。

 

「おまえらはこないのか?」

 

「私たちまでいなくなったら、誰がここを守るのよ」

 

「そりゃそうだ」

 

 もっともな弁に、アイアンハイドは同意する。

 留守を守るのも立派な任務なのだ。

 オプティマスは気を取り直して締めの言葉を発する。

 

「では、明日の朝に出発だ。それまで一同、体を休めてくれ」

 

 総司令官の号令に、オートボットたちは解散していく。

 仲間たちの数が減ったところで、オプティマスは女神たちに近づいていく。

 気になることがあったからだ。

 

「ネプテューヌ、皆も体に大事はないか?」

 

 サイバトロン(こちら)に来てからすでに丸一日たつ。

 その間水や食料を口にしていない。

 体に限界が来てもおかしくはない。

 オプティマスの言葉に答えたのはノワールだった。

 

「心配はいらないわ。こっちに来てからなぜだか空腹も喉の渇きも感じない」

 

「……明らかにおかしいけど、助かってはいるわね」

 

 ブランが言葉を引き継ぎつつ嘆息する。

 それを受けて考え込むオプティマス。

 空腹や喉の渇きだけではない。

 例えば空気。サイバトロンの大気は有機生命体には有害なはずだが彼女たちは普通に息をしている。

 あるいは言語。ゲイムギョウ界とサイバトロンでは使用している言語が違う。オプティマスたちと残留オートボットたちはサイバトロンの標準言語で話している。にもかかわらず女神たちはオートボット同士の会話を理解している。

 これはいったいどういうことなのだろうか?

 

「何はともあれ、今は帰るほうが先決ですわね」

 

 ベールも意見を出す。

 それに女神たちは頷く。

 確かにこの現象は不思議だが、じっくり検証している暇はない。

 例え空腹がなく呼吸ができても、シェアが供給されなければいずれ女神の命は尽きる。

 そして女神が不在では国は荒れる。

 特にリーンボックスには女神候補生がいない。ベールの焦燥感は推して知るべしだ。

 と、オプティマスはネプテューヌがここまでまったく発言していないことに気付いた。

 

「ネプテューヌ、大丈夫か?」

 

 彼女に声をかけるがネプテューヌは上の空だ。

 

「え?」

 

「ネプテューヌ?」

 

 心配そうに声をかけるオプティマス。

 ネプテューヌはポケッとオプティマスの顔を見返したが、やがて慌てたように笑顔を作った。

 

「え、あ、ああ! うん、大丈夫だよ! ちょっとプリンを食べてないから禁断症状が出てさ!!」

 

「そうなのか? だが安心してくれネプテューヌ。君たちは私が必ずゲイムギョウ界に送り返す」

 

 ――そしたら、あなたはどうするの? ここに残るの? わたしたちより、この星を選ぶの?

 

「うん! 頼りにしてるよ! いや~。オプっちは優しいなー!」

 

 ――エリータ・ワンってヒトにも、優しかったの?

 

 いけない、思考が変な方向に行っている。

 無視しなければ、忘れなければ。

 自分が自分らしくあるために。

 でなければオプティマスの隣にいられない。

 

 笑い合う総司令官と紫の女神。

 

 しかし、オプティマスはネプテューヌの様子がおかしいことには気付いていた。

 気付いていて、言及するのを躊躇ってしまった。

 それに触れたら、何かが変わってしまいそうだということを、半ば直観的に感じたから。

 

 二人から少し離れた所で残る女神たちとアルファトライオンが厳しい顔で二人を見ていた。

 




今週のQTF。
うん、今回のツッコミは当然だよ、ロックダウン。

今回のネプテューヌの言動ですが、彼女はこういう負の感情を『自分が』感じるのは慣れてないんじゃないかなーと思いまして。

次回はディセプティコン側のお話の予定。

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