超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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あるいは、地獄軍医ラチェット。


第36話 狩人

 昔のことだ。

 私は、女神が嫌いだった。

 周りの人間は口々に「女神様のために!」と叫んでいた。

 でも私は、なぜ会ったこともない奴のために命をかけなきゃならないんだろうって思っていた。

 私の育った孤児院が借金で潰れそうになっても、私が諜報員として死にそうになっても助けてもくれない女神様なんかのために。

 諜報員として働いていたのも、あくまでもお金のためで、国や女神様のためなんかじゃなかった。

 そうして、何もかも嫌いだったころ、私はあの娘と出会った。

 

 昔のことです。

 わたしは、女神様のことをよく知りませんでした。

 戦争も女神様も、遠い遠い世界の話で、自分とは一生縁がないと考えていたからです。

 看護師を目指していましたが、おじいちゃんとお父さんはお医者様で、お母さんは看護師だったので、わたしも看護師になるんだろう、くらいの考えで、わたし自身はその意味をよく分かっていませんでした。

 そうして、何も知ろうとしなかったころ、わたしはあの娘と出会いました。

 

 私の、わたしたちの、大切な親友(めがみさま)に。

 

  *  *  *

 

「せい! ……これで最後ね」

 

 プラネテューヌ近郊の工場跡にて。

 アイエフは最後のモンスターを斬り倒し、ホッと一息ついた。

 

「お疲れ様です! あいちゃん!」

 

「どうやら、そっちも終わったみたいね」

 

 コンパとアーシーもモンスターを倒し、こちらに向かってくる。

 彼女たちはモンスター討伐のクエストで、ここを訪れたのだ。

 ちなみに、ネプテューヌはたまっていた書類仕事を消化すべく、オプティマスとイストワールの監視の中デスマーチ状態であり、ネプギアはバンブルビーといっしょにラステイションに遊びに行っている。

 

「ふむ、どうやら片付いたようだね」

 

 同様にモンスターを討伐したラチェットもやってきた。

 しかし、手に古びた段ボールの箱を持っている。

 

「あらラチェット、それは?」

 

「ああ、そこで拾ったんだ。興味深いから持って帰ろうと思ってね」

 

 アーシーがたずねると、ラチェットは嬉しそうに箱を床に置き、開けてみせる。

 何なのかと箱の中を覗き込んだ三人は、一様に硬直した。

 

「こ、これは!?」

 

「は、破廉恥ですぅ!」

 

「ラチェット、あなた……」

 

 声を上げるアイエフとコンパ、呆れた様子のアーシー。

 箱の中には、18歳以上にならないと買えない本が満載されていた。

 おそらく、中学生あたりがここなら見つからないと思って隠したのだろう。

 

「いや、前から有機生命体の交尾には興味があってね。ぜひ資料にさせてもらおうと……」

 

「「「置いてきなさい!!」」」

 

 女性陣に怒鳴られ、ラチェットは不思議そうな顔をするのだった。

 

  *  *  *

 

「ああ、まったく……。いつもこうなんだから……」

 

「これさえなければ、理想のお医者様なんですけど……」

 

 廃工場の外で、アイエフは頭を抱え、コンパは嘆息していた。

 オートボットの軍医ラチェットは、優秀な医療従事者であり、二人だって頼りにしている。

 だが、どうにもデリカシーに欠ける部分があるのだ。それも故意ではなく天然で。

 うら若い少女に対して、なんでエロ本をドヤ顔で見せることができるのか。

 下手すればセクハラで訴えられるところである。

 

「ごめんなさいね。彼も悪気があるわけじゃないのよ」

 

 オプティマスと通信している本人にかわり、アーシーが二人に詫びる。

 

「まあ、それは分かってるんだけどね」

 

「ラチェットさんは天然さんですぅ」

 

 苦笑するアイエフとコンパに、アーシーは本当にすまなそうな顔をしていた。

 

「……あれでも、いざと言う時はすごく頼りになるんだけどね」

 

 ハアッと排気しながら言うアーシーに、ドンマイとその足を軽く叩くアイエフ。

 と、通信を終えたラチェットがこちらに歩いてきた。

 

「やあ、待たせたね。それじゃあ、基地に帰ろう……ッ!」

 

 突如、和やかだったラチェットが厳しい顔になったかと思うと、アーシーを突き飛ばした。

 

「な……」

 

 何をするのかとアイエフが声を出すより早く、どこからか飛来した砲弾がラチェットの脇腹に命中する。

 そのままラチェットの体を貫通した弾は、さっきまでアーシーが立っていた場所を通り過ぎていった。

 

「ぐわぁあああ!!」

 

「「ラチェット!」」

 

「ラチェットさん!」

 

 たまらず倒れ込むラチェットに、駆け寄る三人。

 一方のラチェットは、脇腹を押さえながらも、砲弾の飛んで来た方向を睨む。

 そちらからは一体の金属の人型がこちらに向けて歩いて来るところだった。

 色は黒く、均整のとれた細身だ。

 顔面からニョッキリと伸びた砲塔を収納すると、顔はマスクに覆われていた。

 その人型を睨み、ラチェットは憎々しげにその名を呼んだ。

 

「ロックダウン……!」

 

「久し振りだな、ラチェット」

 

 マスクを展開して髑髏を思わせる素顔を見せ、そのトランスフォーマー……ロックダウンは無感情にラチェットとそれを守ろうと武器を構える女性たちを睥睨した。

 

「何者なの、あんた! ディセプティコンの仲間!?」

 

「ディセプティコン? あんなロクデナシどもといっしょにするな」

 

 警戒するアイエフの言葉を無感情に否定するロックダウン。

 訝しげな顔になるアイエフ。

 

「じゃあ、いったい……」

 

「そいつはロックダウン。報酬しだいで誰にでも付く賞金稼ぎだ」

 

 アイエフの疑問に答えたのは、アーシーに支えられて立ち上がったラチェットだった。

 

「なぜ貴様がここに……」

 

「……いっしょに来てもらうぞ、ラチェット。そっちの小娘どももな。逆らえばどうなるか、分かってるな?」

 

 ラチェットの疑問に答えず指をパチリと鳴らすロックダウン。すると四人の周りをロックダウンに良く似た姿の金属の人型が取り囲んだ。

 

「……みんな、ここは言うことを聞くんだ」

 

「……くそ!」

 

 ラチェットの言葉に、アイエフは悔しげに武器を捨て、コンパとアーシーもそれに倣う。

 

「行くぞ。引き上げだ」

 

 無感情に言い放ち、ロックダウンは踵を返す。

 その歩く先には、サイバトロンの降下船が降りてきていた。

 

  *  *  *

 

 降下船に乗せられ、オートボットとアイエフ、コンパはロックダウンの手下の傭兵たちに取り囲まれていた。

 降下船はどこかに向かって飛行している。

 

「あんた、賞金稼ぎらしいわね。それってつまり、私たちに賞金がかかってるってこと?」

 

 アイエフの声に、ロックダウンはゆらりと振り返ってそちらを見た。

 

「そうだ。オートボット、その協力者、そして女神に莫大な懸賞金をかけた奴らがいてな。そいつらは生け捕りを望んでいる。感謝するんだな」

 

「……ディセプティコンね」

 

 当然の解を出すアーシーだが、ロックダウンはそんな彼女をせせら笑った。

 

「違うな。奴らにも懸賞金がかかってる。オートボットどもをあらかた捕らえたら次は奴らだ。……この意味が分かるな?」

 

「そんな……、それじゃあゲイムギョウ界の住人が、私たちに賞金をかけたって言うの?」

 

 ショックを受けるアーシー。

 ゲイムギョウ界に来てから、それなりの日にちが立ち、受け入れられたと思っていたのに……。

 ロックダウンは無感情ながら嘲笑らしき表情を浮かべる。

 

「馬鹿な奴らだ……。オートボットも、ディセプティコンも、まるで餓鬼のように争っては世界を滅茶苦茶にしている。そんな厄介者を受け入れる馬鹿がどこにいる?」

 

 周りのロックダウンの部下たちは忍び笑いを漏らす。

 愕然とするアーシーだが、アイエフとコンパは不機嫌に声を出した。

 

「ここにいるわ!」

 

「オートボットさんたちは仲間です!」

 

 だがロックダウンには小さな有機生命体の怒りなどどこ吹く風だ。

 

「今に後悔するぞ。……まあ、当然の結果か。女神なんて輩に頼り切りで、そのくせ文句ばかり言う下らん生き物には」

 

「……なんですって?」

 

 声を低くするアイエフだが、ロックダウンは嘲笑を大きくする。

 

「どこが違う? この世界の住人ときたら、自分では何もしない癖に、いざ女神が何かすれば不満ばかり……」

 

 そこで、ロックダウンはフンと鼻を鳴らすような音を出した。

 

「しかも、その女神も碌でもない奴ばかりだ……。特にこの国の女神は最悪だな」

 

「なんですって!」

 

「ねぷねぷを酷く言うと許さないです!」

 

 瞬間、アイエフとコンパは怒鳴り声を上げた。

 だが、ロックダウンは取り合わずに淡々と言葉を続ける。

 

「銀河を旅して様々な生き物を見てきたが皆同じだ。自分たちが宇宙の中心だと思っている。……何にも知らない癖にな。女神どもも同じだ。ここの女神は自分を主人公などと言いながら自分は遊んでばかり。上に立つ覚悟も誇りもないクズのような奴だな」

 

「少し、黙りなさいよあんた……!」

 

 かつてない怒りを滲ませ、アイエフはロックダウンを睨みつける。

 コンパもまなじりに涙をためながらも、ロックダウンを怒りに満ちた視線で見ていた。

 だが、ロックダウンには少女たちの怒りを一笑に伏し、ラチェットと向き合った。

 

「貴様には今までさんざん仕事を邪魔されたが、それもここまでだ。依頼主に引き渡すまで、せいぜい残りの時間を楽しめ」

 

「……さんざん、偉そうなことを言っておいて、ようするに人間の使い走りか。賞金稼ぎが聞いて呆れるな」

 

 シニカルに笑って見せるラチェットに、ロックダウンは一瞬ピクリと眉根を動かした。

 

「こっちは手下どもを養わなきゃいけないんでな。道楽で戦う貴様らオートボットとは違うんだよ」

 

「……道楽、だと?」

 

「あらゆる生き物は生きるために戦う。生きるためだけにな。それから外れて戦い続けるオートボットとディセプティコン。これを道楽と言わず何と言う。……さしずめ、オプティマスは道化の王と言ったところか」

 

 その瞬間、ラチェットはゾッとするような笑みを浮かべた。

 そばにいるアーシー、アイエフ、コンパが怒りを忘れて寒気をおぼえるほどの笑みだ。

 

「前々から思っていたがロックダウン。君とは心底話が合わないようだな」

 

 ロックダウンはその笑みにも恐怖を感じた様子はない。

 だが、おもむろにラチェットの右腕に装着されたEMPブラスターを無理やりもぎ取る。

 

「ぐッ……!」

 

「形見がわりにこれは貰っておくぞ」

 

 言うやいなや、自分の右腕にEMPブラスターを装着するロックダウン。

 

「いい武器だな」

 

「……ああ、特に医療用に使えるところがいいんだ。君には無用の長物だよ」

 

 それでも口を閉じないラチェットに、ロックダウンは不機嫌そうにオプティックを鋭くする。

 

「オヤビン、アジトについたッス!」

 

 手下の一人が、そう報告してきた。

 

「そうか、御苦労。……だが、オヤビンはやめろといつも言っているだろうが!」

 

「すいやせん、オヤビン!」

 

 ロックダウンは報告してきた部下の頭を叩くのだった。

 

  *  *  *

 

 四人が連れてこられたのは、プラネテューヌの山奥にある遺跡だった。

 昔のプラネテューヌの女神を称えて建てられたものだが、いつの間にか忘れられてしまったのだ。

 ロックダウンと手下たちはここを臨時基地として使っているのだった。

 ピラミッド状の遺跡の頂上に着陸した降下船から降ろされ、遺跡の中の女神像が安置された広間を抜ける。

 

「……罰当たりだな」

 

 基地増設に邪魔らしく巨大な女神像を退かそうとしている傭兵たちを横目で見ながら、銃を突きつけられて歩くラチェットは呟いた。

 

「神にヒトを罰する力などないからな」

 

 先頭を歩くロックダウンは無感情に言うと、さらに歩いていく。

 どうやら、ゲイムギョウ界の宗教観には興味がないらしい。

 

「そして死者にも、かね? ……貴様、クリスタルシティを荒らしたな」

 

「よく分かったな」

 

 厳しい顔のラチェットに、ロックダウンはシレッと答える。

 その答えに、ラチェットはオプティックを危険に光らせた。

 

「なに、簡単だよ。サイバトロンのある宇宙から、このゲイムギョウ界に来るにはスペースブリッジを使うしかない。だとするとそれが有りそうなのは、クリスタルシティだけだ」

 

「その通りだ。とある筋からスペースブリッジが欲しいと依頼されてな。探してクリスタルシティの地下を掘り返したら、スペースブリッジの試作品が出てきた。……しかし誤って起動してしまい、この世界にまで飛ばされたというわけだ」

 

「そんな!」

 

 淡々とした言葉に声を上げたのはアーシーだ。

 

「あの都市には、たくさんの戦死者が眠っているのよ! それを……」

 

「無駄だよアーシー。……こいつは何も信じちゃいないんだ」

 

 冷めた声でアーシーを諌めるラチェットだが、そのオプティックは怒りに満ちていた。

 しかし、ロックダウンは仏頂面を崩さない。

 

「人聞きの悪いことを言うな。俺は形のある物は信じてる。武器に契約書、自分自身。形のない物を信じないだけだ。オートボットの理想とか、死者の怨念とか、それからシェアエナジーとかな」

 

 言外にオートボットと女神たちを馬鹿にしているロックダウンに、一同は顔をしかめる。

 だが、まったく気にしていないロックダウンは遺跡内の一室の前に立つと、電子的に強化された扉を開く。

 

「ここは、オートボットの中でも特に危険な奴のための特別な監獄だ。……つまりおまえのような奴だ、ラチェット。」

 

 ロックダウンが身振りで指示すると、傭兵たちはラチェットを部屋の中に連れ込み、中にある十字架のような物に繋ぐ。

 さらに、ビームでできた檻がラチェットを包んだ。

 

「残りは檻に放り込んでおけ!」

 

 自分は特に危険ではないのかと心外そうなアーシーと、ラチェットを心配そうに見るアイエフとコンパを歩かせ、傭兵たちは出ていった。

 ロックダウンは動けないラチェットの顔を覗き込む。

 

「そのダメージに、この拘束。おまえとは長い付き合いだったが、それもお終いだ」

 

 少しだけ楽しそうにニヤリと笑うロックダウンだが、ラチェットはニヤリと笑い返して見せた。

 

「……どうかな?」

 

 不敵なラチェットに、しかしロックダウンは嘲笑する。

 

「おい、こいつをちゃんと見張っておけ! 決して目を離すんじゃないぞ!」

 

 一人その場に残った傭兵に指示を出し、ロックダウンは部屋の外に出て行く。

 

「へい、オヤビン!」

 

「…………」

 

 ついでに呼び方を直さない部下を叩くのも忘れずに。

 残された傭兵は叩かれた頭をさすりながらラチェットに近づいてきた。

 

「へへへ、オヤビンの宿敵も、こうなっちまったら形無しだな。有機生命体なんぞに肩入れするからだ!」

 

 侮蔑を隠さない傭兵に、ラチェットは不敵な態度を崩さない。

 

「……君、すまないがこの拘束を解いてくれないかね」

 

「はあ? テメエ、ヒューズがぶっ飛んでんのか?」

 

「いや何、私はこの通りの傷だ。正直、体力が持ちそうにないんだよ。……私が死んだら、ロックダウンが怒るんじゃないかね?」

 

 確かに、と傭兵は思考する。

 だが拘束を解くわけにはいかない。

 

「な~に、檻はそのままでいい。拘束さえ解いてくれれば、自分で治療するよ」

 

 その言葉に、傭兵はならいいかと納得する。

 この檻は触れれば金属生命体を麻痺させる、マグネチックディスファンクションビームで構成されている。これさえ解かなければ大丈夫だろう。

 

「……分かった。拘束を解いてやるからちょっと待ってな」

 

 すると傭兵は手元のリモコンのような機械を操作してラチェットの拘束を解いた。

 次の瞬間、ラチェットはビームの間に手を入れ、傭兵の体を掴むと自分に向かって引き寄せた。

 

「な……!?」

 

 抵抗する間もなく、傭兵はビームに降れてしまい機能が麻痺して動けなくなった。

 

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 

 丁寧にお礼を言いながら、傭兵の手からリモコンを奪い取りビーム檻を解除する。

 意識のない傭兵から武器一式を剥ぎ取り、さらに監獄の中にあった道具を手早く身に着け、自分の体の応急処置も済ませるラチェット。

 嘘を吐いたわけではない。

 本当にこのまま傷を放っておけば命にかかわっただろう。

 だが、今すぐというわけではなかっただけのことだ。

 

「さて、みんなを迎えにいくとするかね」

 

 その意識は、すでに仲間の救出に向いていた。

 

  *  *  *

 

 アイエフとコンパ、アーシーは遺跡の一室にある檻に武器を奪われた上でまとめて放り込まれていた。

 動物でも入れるような箱型の檻は、しかし頑丈な作りで壊せそうにない。

 

「ふん……! だめね、私の力じゃどうしようもないわ」

 

 アーシーが力を込めて檻をこじ開けようとするが、ビクともしなかった。

 

「こうなると、ネプ子たちが気付いてくれるのが希望か……」

 

 檻の中を調べて、打つ手なしと判断したアイエフが少し悔しげに言う。

 対するコンパは明るく声を出す。

 

「大丈夫です! ねぷねぷたちなら、きっと気付いてくれるです!」

 

「コンパ……、ええ、なんだかんだでこういう時は頼りになるからね」

 

 アイエフも少しだけ笑顔になる。

 それを見て、アーシーは柔らかく微笑んだ。

 

「ネプテューヌのこと、信頼してるのね」

 

「わたしとあいちゃんとねぷねぷは、昔からの親友だから当然です!」

 

「まあ、手はかかるけどね」

 

 元気なコンパと、苦笑気味のアイエフ。

 二人からはネプテューヌに対する強い信頼が感じられた。

 ふと、アーシーは前々からの疑問を口にした。

 

「少し気になってたんだけど、二人はどうやってネプテューヌと知り合ったの?」

 

 底抜けにフレンドリーだが、ネプテューヌは仮にも国の頂点。

 そう簡単に友達になれるものだろうか?

 その問に、アイエフとコンパは顔を見合わせて笑い合った。まるで、楽しいことを想い出したというように。

 そしてアイエフは口を開いた。

 

「そうね。何もしないのもなんだし、いい機会だから話してあげる。私とコンパと、それからネプ子の出会いをね……」

 

  *  *  *

 

 昔、まだ女神同士が争い合っていた頃のことよ。

 あの頃は国同士も仲が悪くて、お互いに小競り合いや工作を繰り返していてね。全面戦争も時間の問題だったわ。

 ……驚いたみたいね。私だって、国同士がこんなに仲良くなれるなんて思ってなかったわ。

 ともかく、その頃の私はすでに諜報員として働いていたの。

 ……もっとも、あの頃の私は国にも女神にも忠誠なんか誓ってなかった。育った孤児院が経営難で潰れかけてて、それでお金を稼ぐのに必死だった。自分の能力と当時の世相から、一番稼げるのが諜報員だっただけ。

 逆に女神のことは……正直、嫌いだった。

 何で、女神様は私が苦しんでるのに、助けてくれないんだろうって思ってた。今にすると、子供だったのね。

 それに、諜報員なんかしてると、見たくもないものを見ることになったりして、私はどんどん荒んでいったわ。

 そんなころ、国内の不穏分子を探る任務の最中……、出会ったの。コンパとネプ子にね。

 

 わたしからもちょっと説明するですね。

 その頃のわたしは、看護師見習いとして勉強してたです。

 あいちゃんに比べると、すごく平和に生きていたんです。

 ある夜、空を見るとお星さまが近くの森に落ちてくるのが見えたんです。

 気になってその森に行ってみると、そこには一人の女の子が倒れていたです。

 その女の子は自分の名前以外の全ての記憶を失くしていました。

 それがねぷねぷでした!

 だからわたしは、ねぷねぷの記憶を探すために、いっしょに旅に出ることにしたんです!

 ……え? 何でって……、人が困ってたら助けるのは当然じゃないですか!

 とにかく、旅に出たわたしたちは、旅費を稼ぐためにクエストをするようになったです。そんなクエストの最中、わたしたちはあいちゃんと出会いました。

 あいちゃんと会った時、とっても嬉しかったです!

 実は、わたしとあいちゃんはご近所に住んでいて、子供の頃はいっしょによく遊んだお友達だったのです!

 ……でも、再会したあいちゃんは、別人のように荒んだ性格になっていました。

 わたしはどうしていいか分からなくて、とっても悲しかったです。

 そんな時、ねぷねぷがこう言ったんです。

 

「じゃあ、あいちゃんもいっしょに行こう! きっと楽しいよ!」

 

 ……というわけで。

 かなり強引に、私は二人の旅に巻き込まれたわ。

 最初はちょっと嫌だったのよ。私、一応公務員だし。

 なぜか教会からは何も言ってこなかったけどね。……これにも理由があったんだけど、それは後で話すわ。

 それからは、あの娘に引きずり回されて世界中旅した。

 ラステイションでは、街中の機械にネプ子が大騒ぎしたり、ルウィーでは雪景色にネプ子が大騒ぎしたり、リーンボックスへの船旅でネプ子が大騒ぎしたりね。

 ……大騒ぎしてばかりだったわね、あの娘。

 でも、どこ行っても戦争の影がチラついてた。

 ネプ子は、戦争を止めたい、みんなが悲しむのは嫌だっていつも言ってた。

 私は正直、現実の見えてないたわごとだって思ってた。

 でも、あの娘は本気だった。

 いつだって自然体で人助けができる、他人の幸せを願える娘だった。

 そんなあの娘が、いつのまにか私は大切になっていた。

 あの娘の作る未来が見てみたくなったの。

 そして、久し振りにプラネテューヌに帰って来た時、私たちを出迎えたのはイストワール様とネプギアたちだった。

 驚いたわ、ネプ子が女神様だって言うんだから! 一番驚いてたのは、ネプ子だったけど。

 イストワール様が私たちの動向を知っていながら、放置しておいたのはネプ娘に世界を知ってもらうためだった。

 ネプ子が記憶を失ったのは、女神同士の直接対決で他の三人にフルボッコにされたのが原因なんですって。…… 今では想像もつかないけど、あの頃は本当に仲が悪かったのよ、あの四人。

 それからの展開は早かったわ。

 イストワール様がちょちょいのちょいとネプ子の記憶を戻しちゃったんですもの。

 記憶を取り戻したネプ子は、私たちに謝ってきたわ。

 ……自分のせいでみんなを苦しめてごめんなさい。自分には二人の友達でいる資格なんかないってね。

 

 ふざけんな!って言ってやったわ。

 

 ねぷねぷがどう言おうと、わたしたちはねぷねぷの親友です!

 わたしは、ねぷねぷがプラネテューヌの女神様で良かったです!

 明るくて、元気で、誰かを助けるために頑張れるねぷねぷがわたしは大好きです!

 

 私は、見たこともない女神様を信じる気には、最後までなれなかったけど……。

 ネプ子は私にとって知らない女神様なんかじゃない。

 大切な親友よ。

 あの娘のためになら、命くらい懸けてもいいわ。本人は怒るでしょうけどね。

 ……その後も大変だったわ。戦争を回避するために大忙し。

 後にも先にも、ネプ子があんなに頑張ったのはあの時くらいでしょうね。

 各国の女神様を説得するのも大変だったし、どの国にも根強い主戦派がいたりしてね。

 長くなったけど、後はアーシーも知っての通り、四ヵ国は友好条約を結び今に至る……、というわけ。

 

  *  *  *

 

「なるほどね……」

 

 アイエフとコンパの話を聞いてアーシーは納得が言ったという風に頷いた。

 やはり、この二人とネプテューヌの友情は確かな物だ。

 なればこそ、ロックダウンの態度が許せないのだろう。

 

「さて、昔話はこれくらいにして、そろそろここを脱出する方法を考えないとね」

 

 気分を切り替えるようにアイエフが明るい声を出す。

 

「そうですね! でも、どうするですか? 檻はやっぱり開けられませんし……」

 

「色仕掛けでもしてみる? 美人が三人もいるんだし、きっと効果があるわよ」

 

「ふえぇ!?」

 

 首を傾げるコンパに、アーシーがからかうように言うとコンパは顔を赤くする。

 

「こらアーシー! コンパは初心なんだから、からかわないの!」

 

 それを見てケラケラと笑うアーシーだったが、アイエフが少し怒った声を出す。その顔はちょっと赤かった。

 

「はいはい……、まあ色仕掛は冗談としても、多分何とかなるわよ。……ラチェットがいるからね」

 

 アーシーは一転して穏やかな顔と声になった。

 女性オートボットのその言葉に、顔を見合わせるアイエフとコンパ。

 

「ラチェットがいるから?」

 

「確かに、ラチェットさんは頼りになるですが、今は捕まってるですよ?」

 

 ラチェットは自分たちよりも厳重に拘束されている。

 だからこそ、ここを脱出して助けに行かなければならないのに。

 

「まあ、何とかしちゃうのよ。あのヒト」

 

 悪戯っぽく笑うアーシー。

 と、外が騒がしくなる。

 

「な、何だ貴様は……ガッ!」

 

 見張りの声が聞こえたと思うとバタバタと音がし、やがて聞こえなくなった。

 そして、部屋の扉が開くと入ってくる者がいた。

 

「ふむ、遅くなったね三人とも。何せ数が多くてね」

 

 淡いグリーンのボディに、穏やかそうな顔。

 オートボットの軍医、ラチェットだ。

 

「ほらね」

 

 驚くアイエフとコンパに、アーシーはニッと笑って見せるのだった。

 

  *  *  *

 

 ロックダウンは、遺跡の一室で機械の前に立っていた。

 

「……ああ、獲物を捕らえた。オートボットが二人と、その協力者の人間が二匹だ」

 

 どうやら誰かと通信しているらしい。

 

「では、そちらで引き渡すから報酬を……」

 

『オヤビン! オヤビン! 大変です!』

 

 と、部下から別回線で通信が入ってきた。ロックダウンは通信相手に一言断ってから部下からの通信に出る。

 

「何だ!」

 

『へ、へえラチェットの奴が脱走しました!』

 

「何だと!?」

 

 部下からの報告に、ロックダウンは大声を上げる。

 

『交代の時間なんで監獄に行ったら、見張りが倒れてて……』

 

「……もういい! すぐに警報を鳴らせ!」

 

 どうやってあの拘束を抜け出したのか、そんなことはどうでもいい。

 逃げ出したのなら、再度捕まえるだけだ。

 

  *  *  *

 

 ラチェットが取り戻していた武器を身に着け部屋を出ると、そこには見張りが床に転がされていた。

 

「し、死んでる、ですか?」

 

「いや、首のパイプとケーブルを締めて、強制的にスリープモードにしてやっただけさ。いわゆる『落とした』と言うやつだな」

 

 怖がるコンパに、シレッと言ってのけるラチェット。

 

「……驚いた。意外と器用なのね、あなた」

 

「まあ、医者だからね。……トランスフォーマーの体の壊し方はよく知っているのさ。あまり自慢できることではないがね」

 

 アイエフの言葉に、ラチェットはどこか自嘲気味に答えた。そして厳しい顔をする。

 

「さて、後はこの施設からの脱出だな。あの降下船を奪うか」

 

 物騒なことを言い出すラチェットだが、誰も反対はしない。

 その時、けたたましく警報が鳴り響いた。

 気付かれたらしい。

 

「こうなったら強硬手段しかないな。君たち、走れるかい?」

 

 その言葉に武器を構えて答えとする一同。

 うむと頷いたラチェットは、傭兵から奪った武器を構えて走り出し、残る三人もそれに続いて駆け出した。

 

  *  *  *

 

 次々と現れる傭兵を打ち倒し、四人は走る。

 目指すは遺跡の頂上、降下船が停泊している場所だ。

 そして、ついに遺跡の中を抜け、女神像のある広間まで来たのだが……。

 

「待っていたぞ……、オートボットども!」

 

 広場を抜けるための出入り口の前に、ロックダウンが仁王立ちしていた。

 

「ロックダウン……!」

 

「俺の手下どもを、よくもかわいがってくれたなラチェット!」

 

 言うやいなや、ロックダウンは右腕のEMPブラスターでラチェットに攻撃しながら殺到する。

 だがラチェットは素早く動いてそれをかわそうとするが。

 

「ぐうッ……!」

 

 狙撃された脇腹が痛んで、かわしきることができない。

 さらに素早く突っ込んできたロックダウンは、右腕をフックに変形させてラチェットの脇腹の傷にひっかけ、そのままその体を振り回して壁に叩き付ける。

 

「ぐおお……!」

 

「今度こそここまでだ! 死ね!」

 

 止めを刺そうと左腕をブレードに変形させるロックダウンだが、その背後からアーシーがエナジーボウを浴びせながら飛びかかる。

 しかし、ロックダウンはすかさず回し蹴りを放ち、的確にアーシーの腹を打ち据える。

 

「ガッ……!」

 

「小娘が! 俺の邪魔をするんじゃない!」

 

 すぐさま体勢を立て直しロックダウンに向けてエナジーボウを放とうとするアーシーだが、ロックダウンはそれより早く、小柄なアーシーの首を掴んで持ち上げる。

 そしてそのまま、立ち上がろうとするラチェットの腹を思い切り踏みつけた。

 

「どこまでも手こずらせやがって……!」

 

「ぐうう……! な、何せ友人たちを守るためだからね!」

 

「友人、だと?」

 

 その状態でも減らず口を叩くラチェットの腹をグリグリと踏みながら、ロックダウンはせせら嗤う。

 

「その友人たちは、おまえたちを置いて逃げ出したぞ! 大した友情だな!」

 

 その言葉の通り、いつのまにかアイエフとコンパの姿が見えなくなっていた。

 しかし、ラチェットは不敵に笑って見せる。

 

「……どうかな!」

 

 ラチェットの言葉に、一瞬怪訝な表情を浮かべるロックダウンだが、次の瞬間どこからか左腕を狙撃されてアーシーを取り落としてしまう。

 さらにその一瞬の隙を突いて、ラチェットはロックダウンの足を掴み、思い切り投げ飛ばす。

 

「余計なお世話だったかしら、アーシー?」

 

「いえ、ナイスタイミングよ! アイエフ!」

 

 ラチェットとアーシー、そして狙撃したアイエフは並んでロックダウンと相対する。

 立ち上がったロックダウンは、ギラリとオプティックを光らせた。

 

「貴様ら……! 生きて帰れると思うなよ……!」

 

「生きて帰るわよ。ほっとけない女神様が待ってるからね。……ところであんた、さっき神にヒトを罰する力なんかないって言ってたわよね?」

 

 ニヤリと笑うアイエフに、ロックダウンは怪訝そうな顔になる。

 そして、アイエフは言葉を続けた。

 

「あんたたちの故郷じゃどうだか知らないけど、ここの女神様は、おいたをする奴にはきちんと罰を当ててくれるのよ。……今みたいにね!」

 

 その瞬間、ロックダウンの背後で爆音が起こり、そこに立っていた女神像がロックダウン目がけて倒れ込んできた。

 

「ぐおおおおお!?」

 

 よける間もなく、ロックダウンは女神像の下敷きになる。

 

「上手くいったです!」

 

 女神像が立っていた場所で、コンパがガッツポーズを取っていた。

 彼女が注射器型ビームガンを爆発させて女神像を倒したのだ。

 アイエフが即興で立てた作戦だったが上手くいった。

 

「き、貴様らぁ……!」

 

「人間を舐めんじゃないわよ。女神様におんぶにだっこな奴ばっかりじゃなんだからね」

 

 身動きが取れず唸るロックダウンに、アイエフが勝気に笑って見せる。

 

「さて、ロックダウン。これは返してもらうよ」

 

 ラチェットは動けないロックダウンの前で屈むと、その右腕のEMPブラスターに手を伸ばす。

 

「残念だったな。そいつはしっかり接合してある。そう簡単には取れんぞ」

 

「……そのようだな。これは腕ごと切断しなければ」

 

 自分から奪った武器が腕に固定されているのを確認して、ラチェットは一つ排気すると右腕を回転カッターに変形させる。

 

「すまないが痛くなるぞ。何せ麻酔に使うEMPは誰かが盗んでしまってね」

 

 さしものロックダウンもこの言葉には顔を引きつらせる。

 

「ま、待て!」

 

「いいや、待たない。……まあ、ヒトの友人を危険な目に合わせたり、道化だのクズだのと言った罰だと思うんだな」

 

 冷たい声音で吐き捨てると、ラチェットはロックダウンの前腕に回転カッターを押し当てる。

 

「ぐ、ぐおおおおおおお!!」

 

「ひい……!」

 

 響く金属音とロックダウンの悲鳴に、コンパが耳を塞ぐ。アイエフも顔を引きつらせていた。

 

「手術終了。確かに返してもらったよ」

 

「この借りは高く付くぞ……! ラチェットぉ!」

 

 怨嗟の声を出すロックダウンを、ラチェットはEMPブラスターを装着しながら鼻で笑った。

 

「せめてもの情けだ。眠ってろ」

 

 EMPブラスターを麻酔モードにして、ロックダウンに発射するラチェット。

 電子系を強制的に麻痺させられたロックダウンは、ガックリとして動かなくなった。

 

「……過激ね」

 

「意外な一面ですぅ」

 

 半ば茫然とするアイエフとコンパに、ラチェットは平時と変わらぬ穏やかな顔をして見せる

 

「では、逃げるとしようか」

 

  *  *  *

 

 その後は大した抵抗もなく降下船を奪うことに成功した一同は、一路プラネテューヌを目指していた。

 

「何と言うか、今回はラチェットがいいとこ全部持っていったわね」

 

 適当な箱に腰かけたアイエフが呟く。

 

「本当、このヒトったら、普段は昼行燈気取ってるくせに、美味しい所は持ってくんだから、たまらないわ」

 

 アーシーもロックダウンに蹴られた腹部をさすりながらぼやく。だが、その顔は笑顔だった。

 

「はっはっは! たまにはいい所を見せないとね!」

 

 降下船を操縦しながら豪快に笑うラチェット。

 と、降下船の通信装置に連絡が入った。

 

『こちらに接近中の降下船、応答せよ! 繰り返す、応答せよ! こちらはオートボット総司令官オプティマス・プライムだ!』

 

「やあ、オプティマス。こちらラチェット」

 

『ラチェット? 行方が分からなくて心配していたぞ! 他の皆もいっしょなのか? それにその降下船は?』

 

「うん、まあ、長くなるから基地についてからゆっくり話すよ。アーシー、コンパ、アイエフ、みんな無事だ」

 

『そうか……、無事で良かった。ネプテューヌも心配していたんだ』

 

 その総司令官の言葉に呼応するように、通信機の向こうからプラネテューヌの女神の声が聞こえてきた。

 

『あいちゃーん! こんぱー! もう、探したんだよー!』

 

 いつも通りの緊張感に欠ける声に、一同は自然と笑顔になる。

 

「ねぷねぷ、心配かけてごめんです! 帰ったらプリンを作ってあげるですね!」

 

『わーい! わたしこんぱの作ってくれるプリン大好き!』

 

「まったく、変わらないわね。ネプ子は」

 

 無邪気に喜んでるネプテューヌに、アイエフは苦笑した。

 だが、こんな彼女だからこそ自分たちは親友になれたのだとも思う。

 

『二人とも帰ってきたら、お話聞かせてねー!』

 

「はいはい」

 

 慣れた調子で相槌を打つアイエフ。

 さて、どこから話してやろうかと考えながら、ふとアイエフは思った。

 

 結局、ロックダウンに依頼した人間は誰なのだろうと……。

 




Q:ラチェット強過ぎね?

A:だってこの軍医、「メガトロン(全盛期)と真っ向勝負ができる」だの「オプティマスやアイアンハイドを引きずってって治療を受けさせる」だのって公式設定があるんですもの……

ロックダウンは今回いいとこがなかったけど、出番はまだあるので勘弁してください。
アウトローを格好よく書くのは難しい。

アイエフとコンパの過去は、例によって捏造全開。
アニメではこの二人の出自はよく分からないんですよね。

次回は、リーンボックスに潜入してるあの娘が主役の外伝的な話になります。
……なんかディセプティコン側の話はポンポン出てくる。

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