超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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本当に短いお話。
敗者にも残されていた希望。


閑話 命

 紫の女神候補生が初めて女神化を果たしたころ。

 メガトロンが師と呼ぶ何者かに呼び出されていたころ。

 

 ここはディセプティコンの秘密基地。希望の間と呼ばれる幼生の孵化室。

 ドーム状の空間の中央に鎮座するトランスフォーマーの卵の塊は、相も変わらず青く明滅を繰り返している。

 天井に描かれた壁画には、この遺跡、名をガトレットン遺跡の先住民が描いた物らしい女神の壁画が卵を見下ろしていた。大きな翼を背負い、頭からは二本の角が生えた恐ろしげな姿の女神だった。

 メガトロンに卵を見ているように言われたキセイジョウ・レイだが、本当に見ている以外にやることがない。

 だいたいのことはコンピューターがやってくれるし、何かあってもドクターとフレンジーが対処する手はずで、 レイはいるだけと言うのが正直なところだった。

 それでも、メガトロンの命令だからということもあって、真面目に卵を見守っている。

 

「あの、フレンジーさん」

 

 機械を操作しているフレンジーに、レイはふと思ったことを聞いてみた。

 

「メガトロン様が卵を孵そうとしてるのって……」

 

「そりゃ、軍団を強化するためだろ。こんだけの数がいれば、大きな戦力になるからな」

 

 フレンジーの答えはシビアなものだった。

 

「ああ、やっぱり……」

 

 だが、レイは理に適っていると納得したものの、それだけではないとも思った。

 でなければ、あの優しい表情の説明がつかない。

 

「あ~あ、それにしても俺も出撃したかったぜ。なんせこれだけの大作戦、なかなかあるもんじゃないや」

 

「あはは……」

 

 残念そうなフレンジーに苦笑しつつ、卵に視線を戻す。

 

「しかし、レイちゃんも真面目に卵見てるよな。飽きないの?」

 

「飽きませんね。結構楽しいですよ」

 

「ふ~ん」

 

 興味を失ったのか、フレンジーは機械に向き直る。

 

「まあ、コンピューターが管理してるし、何かあることなんてないだろ。のんびりやろうや」

 

 軽く言うフレンジーに頷いて答えとする。

 レイの見ている前で半透明の卵の中の幼体たちがモゾモゾと動いていた。

 見る者によっては嫌悪感をおぼえるかもしれない光景だが、レイはそんなことはまったくなかった。

 こうして見ると、ディセプティコンも幼い時代は可愛いものだ。

 と、レイは卵の塊の上のほうへ視線を移したとき、気が付いた。

 

 卵の一つにヒビが入っている。

 

「フレンジーさん! フレンジーさん!!」

 

「なんだよレイちゃん? 大声出して」

 

「あそこ! あの卵を見てください!」

 

 必死なレイの様子に、訝しげに卵の塊を見上げたフレンジーが固まった。

 

「げえッ! 卵が割れかけてる!」

 

 声を上げると、急いで機械を操作してさらに声を上げた。

 

「孵化しかけてる!」

 

「ええ!? で、でもまだ先のはずじゃあ!」

 

 レイは慌てる。

 メガトロンは確かに言っていたのだ。

 卵が孵るのはまだ当分先の話だと。

 しかし、卵のヒビはだんだんと広がっていく。今にも割れそうだ。

 まさかの事態にレイとフレンジーはオロオロとするしかない。

 こういうとき頼れそうな医療担当のドクターは別の部屋に待機している。

 

「と、とにかく俺、ドクターを呼んでくる! レイちゃんは卵を見ててくれ!」

 

「ちょ、ちょっとフレンジーさん!?」

 

 フレンジーはレイが止めるのも聞かず、走って部屋の外に出て行く。

 通信で呼べばいいということも失念しているらしい。

 

「一人にしないでくださいよぉ……」

 

 不安げな声を出すレイ。

 だが、そんなこととは関係なく卵は彼女の見ている前で、割れた。

 その中から金属製の未熟な胎児が、人間にとっての羊水にあたる液体エネルゴンを纏って現れる。

 トランスフォーマーの幼体は、初めて触れる外の世界に戸惑うように一つ鳴くと卵から這い出す。

 そして、重力に従い兄弟である他の卵の上を滑って下へと落ちていく。

 硬直しているレイの眼前へと。

 床に落ちた幼体はキュルキュルと声を出し、眩しげに小さなオプティックを瞬かせて、手足をパタパタと動かす。

 だが、どの動きも酷くぎこちない。

 体も、他の胎児たちがすでにレイと同じくらいの大きさなのに、この幼体はその半分ほどしかない。体色もくすんだような鈍色だ。

 明らかに未熟児だ。孵るのが早すぎたのだ。

 

「……ッ!」

 

 茫然としていたレイは思わず幼体に駆け寄り、その体をオズオズと撫でる。

 幼体の表面はヌルヌルとした液体エネルゴンに覆われ、その下にどこか金属でできた、だがどこか有機的で不思議に温かい肌があった。

 レイの見ている前で、幼体は苦しげにキィキィと鳴き、その身体から急速に熱が失われていく。

 未熟な状態で外界に出たことで、その命は儚く失われようとしていた。

 

「そんな!」

 

 声を上げるレイの脳裏に、メガトロンの言葉が蘇ってきた。

 

 ――これは…… 希望だ

 

 ――我らの故郷サイバトロンから失われし命の源オールスパーク。それが産み落とした最後の子供たちだ

 

 ――確かに、『俺たち』は長い戦いの果てに故郷を滅ぼした…… だからこそ、その責任のためにコイツらを生かしてやらなければならん

 

 破壊の権化として振る舞うメガトロンが、不器用ながらも優しさを垣間見せた。

 野望よりも、憎悪よりも、優先していた。

 その希望の一つが、ついえようとしている。

 無垢な命が消えてしまう。

 

 何か、何かないのか!? この子を救う方法は!

 

 考えても分からない。

 己の無力さに涙が流れてくる。

 

 何かあるはずだ。何か……!

 

 ズクリと、頭が痛んだ。

 どこか、体の内側に得体の知れない力が渦巻いているのをレイは感じた。

 

 あるじゃないか……

 

 この力を使えば、雛を助けることができるはず。

 そのとき、レイは奇妙な感覚に囚われた。

 自分の中にもう一人自分がいて、自分同士で言い合っている

 そのもう一人のレイは奇妙なことに、この部屋の壁画に描かれた角のある女神によく似ていた。

 

 『やめろ、その力を使うな! それは来る日のために温存しておいたんだぞ!』

 

 ――関係ないわ。この子を助けるほうが先よ!

 

 『そいつを? この、醜い、金属の塊を? 馬鹿馬鹿しい!』

 

 ――だって、そうしなければ死んでしまうもの!

 

 『関係ないね』

 

 ――この子は、希望なのよ!

 

 『メガトロンのな! こいつだって大きくなれば、メガトロンみたいな恐ろしい怪物になるんだ!』

 

 レイを見つめる幼体のオプティックが、ゆっくりと閉じていく。

 

 ――でも、今はまだ無力な子供なのよ!

 

 『だめだ! この力は復讐のために…… 私がどれだけ長い時間待ったと……』

 

 幼体は小さく排気して、冷たくなっていく。

 

 ――だめ! 死なないで!

 

 それだけが、頭の中を、胸の内を、魂を満たす。その瞬間もう一人のレイは消え去った。レイは自分の中に渦巻く力を幼体に押し込める。

 意識が真っ白になり、レイはパタリと倒れた。

 

  *  *  *

 

 女神候補生とオートボットの奇跡のような大反撃に打ち負かされたディセプティコンたちは、どうにか基地のある島まで辿り着くことに成功した。

 基地に続くトンネルの中を全員で歩く。

 コンストラクティコンたちは瀕死のミックスマスターとスカベンジャーを何とか運び、ダメージの少ないドレッズも意気消沈している。

 メガトロン直属部隊も体は動くものの、ダメージは大きい。

 道中は全員、終始無言だった。

 だがその全員が、スタースクリームに非難がましい視線を送っている。

 さすがのスタースクリームも喚く気にならないらしく、黙って歩き続ける。

 片腕を失ったメガトロンは、一団の先頭を歩きながら黙考を続けていた。

 

 今回、オートボットと女神を九分九里、追い詰めていたのだ。

 自分が指揮を離れたのもある。

 マジェコンヌが調子に乗ったのもある。

 スタースクリームが盛大にやらかしたのもある。

 それでも、女神候補生と残されたオートボットに勝ち目はなかったはずなのだ。

 だが、女神候補生たちはその潜在能力を発揮し、オートボットたちまでもが限界を超える力を見せた。

 そしてこの結果である。

 数の上では、ディセプティコンはオートボットに勝っている。総合的な戦力でもしかり。

 共鳴によってシェアエナジーをもたらす女神の存在だけが、あちらにあって、こちらにないものだ。

 

「やはり、必要ということか ……我々の女神が」

 

 誰にともなくメガトロンは呟く。

 元々、そのつもりだったのだ。

 マジェコンヌの計画に乗ったのも、オートボットを倒せるのならそれで良かったというだけの話。

 本来の策に立ち返るとしよう。

 まずは師がもたらすはずの『例の物』を手に入れなくては……

 

 今後の方針をとりあえず胸中にて決め、硬く閉ざされた鋼鉄の門扉を開けて、メガトロンは基地の中へと入った。

 

「めめめ、メガトロン様ぁあああ!!」

 

 すると奥からフレンジーが飛び出してきた。

 

「たたた、大変なんです!!」

 

「まあ、待て。こちらも大変なのだ。……ドクター!!」

 

 騒ぐフレンジーをなだめ、医療担当を呼びつける。

 

「ははは、はいぃいい!!」

 

 通路の奥からドクターが、カサカサと走ってきた。なぜか声がうわずっている。

 

「見てのとおり、怪我人だらけだ。重症者から優先的に直せ」

 

 そして、さすがに小さくなっているスタースクリームに視線をやる。

 

「そこの馬鹿は、一番最後にしろ!」

 

 怒りを滲ませるメガトロンに、航空参謀は身を縮こまらせる。

 

「はい、分かりました! ではまずメガトロン様から……」

 

「聞こえなかったのか? 重症者から直せと言ったぞ」

 

 メガトロンは自分の体によじ登ろうとするドクターにピシャリと言い放つ。

 一瞬、ドクターはビクリと体を震わせ、それからメガトロンの破壊された腕と不機嫌そうな顔を交互に見る。

 そしてミックスマスターとスカベンジャーのほうへ向かって行った。

 ステイシス・ロック状態の二人をチェックするドクターと、それを補佐するハイタワーを見ながら、メガトロンはもう一人か二人くらいトランスフォーマーを修理できる奴が欲しいなと考えていた。

 ドクターとハイタワーは、問題はあれど優秀だが、いかんせん二人だけだと今回のような事態に対応しきれていない。

 やはり、行方不明の科学参謀を探さねばならないか。

 あと、この際人間でもいいから優秀な奴を見繕おう。

 そこまで考えて、待っている間も落ち着きなく体を動かしてたフレンジーに向き直る。

 

「それで? 何が大変なのだ?」

 

「そそそ、そうなんです! レイちゃんが! レイちゃんが!」

 

「レイがどうかしたのか!?」

 

 そう声を上げたのはメガトロンではなくボーンクラッシャーだ。

 メガトロンはそれを視線で黙らせ、フレンジーに先を促す。

 

「レイちゃんが! って言うか卵が! 雛が!!」

 

 要領を得ない言葉からでも、何となく事態が察せた。

 孵化室に置かれた卵に、異変が起きたのだ。

 メガトロンは弾かれたように走り出した。

 それをフレンジーと消沈していたスタースクリーム、平時よりさらに無口だったサウンドウェーブ、とりあえず レイが心配なボーンクラッシャーとついでにバリケードが追う。

 

「なんで通信切ってたんですかぁあああ!?」

 

 走りながら泣き叫ぶフレンジー。

 そう言えば戦闘中は通信を切っていたと思いだし、メガトロンは己の迂闊さを呪う。

 あの女を卵に付けたのは、卵になんらかの影響を与えると考えたからだ。

 だが、こうも早く結果が出るとは……

 

 まったく、今日は厄日だ。

 

 そう思っていたところで、孵化室の前に到着し、その地獄門のような扉を蹴破るようにして開ける。

 そこには変わらず佇む卵の塊と、機械群。

 

「あはは、顔舐めないで! くすぐったい!」

 

 そして幼体と戯れるレイの姿があった。

 

 面食らったのも無理はない。

 

 揃って鳩が豆鉄砲喰らったような顔になるディセプティコン破壊大帝と部下たち。

 そんな一同に気が付いて、レイは顔をそちらに向ける。

 

「あ、お帰りなさいメガトロン様…… って、腕がないじゃないですか! 大丈夫なんですか!?」

 

「あ、ああ、問題ない。それよりこれは……」

 

「ああ、そうでした! 生まれましたよ、メガトロン様! 元気な子供です!」

 

 そう言ってレイは、かたわらの雛を示す。

 雛の体はレイの半分ほどしかなく、銀を中心に青と黒からなる美しい体色をしていて、頭には未発達ながら二本の角がある。円らなオプティックは鮮やかな赤だ。

 この時期に孵化したのなら未熟児のはず。生命活動さえままなるまい。

 なのに、実に元気そうである。

 大きさはともかく、肌の色つやは健康的だし動きも滑らかだ。

 自分が留守の間に、いったい何が起こったというのか。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 

「生まれたか……」

 

 破壊大帝メガトロンの口をついて出たのはそんな言葉だった。

 

「生まれたか……! そうか、そうか……! 頑張ったな……!」

 

 そのブレインサーキットが、よく分からない感情に満たされ、メガトロンは普段の傲慢不遜な彼を感じさせないオズオズとした手つきで、幼体に残った腕を伸ばす。

 しかし自分の指では、小さく脆い雛を傷つけてしまうのではないかと、触るべきかどうか迷ってしまった。

 そんな破壊大帝にレイはニッコリと笑うと、雛をメガトロンの傍に押す。

 首を傾げていた雛は、やがてメガトロンの伸ばされた指先を甘噛みしだした。

 メガトロンの顔が泣いているようにも笑っているようにも見える複雑な表情に歪む。

 居並ぶディセプティコンも、同じような表情をしていた。

 

「良かった、良かったなぁ……」

 

 自分本位で口の立つ航空参謀はそんな言葉しか出せなかった。

 

「…………」

 

 無口無感情な情報参謀は普段とは、まったく違う意味で言葉に詰まっていた。

 

「うおぉおおおん! うぉおおおおん!」

 

 戦場では暴れ者のボーンクラッシャーも、今は脇目も振らずに大泣きしている。

 

「いや、何と言うか…… その、うん……」

 

 バリケードは得意の皮肉を言うことができなくなっていた。

 

「ううう……」

 

 何も言えずにフレンジーはウォッシャー液を流していた。

 

 普段は戦闘と破壊を何よりの喜びとし、今は宿敵に敗北して心身が傷ついている異形の金属生命体たちは、ただただ新しい命の温もりに打ち震えていた。

 そんな欺瞞の民たちを、レイは何も言わず見守っている。

 その顔には、慈愛に満ちた笑みが広がっていた。

 

 しかし、ふと気付いたようにたずねる。

 

「それで、作戦はどうなったんですか?」

 

 微妙に空気の読めない問に、ディセプティコンたちはそろって微妙な顔になるのだった。

 

  *  *  *

 

 どこか雪深い高山。

 吹雪が吹き荒れ、気温は常に氷点下という厳しい環境の中に、一つ有り得ない物があった。

 巨大な人型の像だ。

 周りを呆れるほど巨大な蛇のような物に取り巻かれ、筋骨隆々とした男性を思わせるその像は、奇妙なことに単眼だった。

 その姿は禍々しくもあり、またある種の神々しさも備えていた。

 いったい、いかなる文明がこんなところにこんな壮大な像を造ったのか。

 

 否。

 

 これは決して、ただの像などではない。

 中枢までも凍りついてこそいるが、この像も周りの蛇もとてつもない力を秘めているのだ。

 金属の像は何も語らず、ただじっと目覚めの時を待ち続ける……

 




そんなわけで第二章、Robots in Gamindustri(ロボット イン ゲイムギョウ界)完結です。

次章は、トランスフォーマー的なエピソード集のような感じで思いついたネタを好きなようにやってく章になり、原作アニメの本筋はしばらく進みません。
トランスフォーマー側だけでなくネプテューヌ側からも新キャラとゲストキャラが出る予定となっています。

実はこの物語、全五章(場合によってはもっと)を予定しています。
まだまだ先は長いので、お付き合いいただければ幸いです。

ご意見、ご感想、お待ちしております。

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