超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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ある若者の再起。


第24話 影を払う

「ユニ様ー! ロム様、ラム様ー!」

 

 教祖補佐アリスはアイエフを伴ってベールの部屋の扉を開け、中にいるはずの女神候補生たちを呼ぶ。

 

「お迎えのかたが……」

 

「きゃあああ!」

 

「「へ!?」」

 

 二人は突然聞こえてきた悲鳴と、目の前の光景に面食らう。

 そこでは部屋の奥に広がる一面の草原のなかで、ルウィーの女神候補生ラムが杖で植物型モンスターを殴り飛ばしていたのだ。

 モンスターは草原が途切れて部屋になっている所まで飛んでくると、人の姿に変わり尻餅を突く。

 

「むきゅ~、結構痛いですぅ……」

 

 それはコンパだった。

 すぐさまアイエフが駆け寄る。

 

「コンパ! 大丈夫?」

 

「大丈夫です! 訓練なのです!」

 

 笑顔のコンパに、アイエフとアリスは草原に立つ四人の女神候補生を見た。

 皆、自分の得物を持っている。

 

「これは、ベール様のゲームですか?」

 

 驚くアリスに、ネプギアが頷いた。

 

「戦闘の特訓をしようと思って!」

 

 その言葉をユニが継ぐ。

 

「ほら、このゲーム実戦モードもあるみたいだし」

 

「敵の役をわたしが引き受けたです。これでギアちゃんたちが変身できたら、わたしも嬉しいです!」

 

 笑顔でコンパが締めた。

 痛かったらしいのに、まったく苦にする様子はない。

 

「変身?」

 

 アイエフの問いに、まずユニが、次いでネプギアが答えた。

 

「アタシたち、みんなでお姉ちゃんたちを助けにいくことに決めたの!」

 

「だから、強くなりたいんです! オートボットのみなさんの足を引っ張らないくらいに!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 女神様たちやオプティマス様でさえ負けたんですよ!? なのに……」

 

 強い決意を感じさせる言葉に、反論したのはアリスだ。

 しかし、ネプギアはその目を真っ直ぐに見る。

 

「それでも、やらなくちゃいけないんです! 私たちも、女神の力を受け継いでるから!」

 

 その言葉と表情に、アリスは気圧されたのか押し黙る。

 一方、アイエフは一つ息を吐いた。

 

「こうなる気がしてたわ」

 

 そして、笑顔を作り親友コンパに顔を向ける。

 

「でも、コンパが敵の役なんてダメ。それは私がやるから!」

 

「あいちゃん……」

 

「アイエフ様!?」

 

 コンパとアリスが同時に声を上げた。

 片一方は感謝を込めて、もう一方は理解できないという風に。

 それに対し、アイエフはウインクで返す。

 

「いいのよ! さ、始めましょう!」

 

「ガラッ! ガラッ!! ガラッ!!! 見ぃつけた!」

 

 その瞬間、自分で効果音をつけながら、部屋の扉を勢いよく横に開ける者がいた。

 長い金髪にフリフリとしたピンクの衣装の小柄な少女だ。

 ちなみにこの部屋の扉は開き戸である。

 

「へ?」

 

 思わず素っ頓狂な声を出すネプギア。

 面食らったのも無理はない。

 少女はそんな一同を気にせずズカズカと部屋に上がり込む。

 

「ふ~ん、見たとこ妹たちだけで女神は四人ともいないっと。やっぱり何かあったのね!」

 

「ええと…… あなたは確か、アブネスさん……?」

 

 捲し立てる少女、アブネスのことをネプギアはおぼえていた。

 確かルウィーでの誘拐騒ぎのときに、いつのまにか教会に潜りこんでいた自称幼年幼女の味方だが、酷く一方的な物言いの上、オートボットたちのことを侮辱した人物だ。

 正直、あまり印象は良くない。

 

「ちょっと! アタシたちは忙しいの、邪魔しないで!!」

 

 ユニが苛立たしげに声を上げる。

 

「誰です?」

 

「ほら、ルウィーでネプ子たちを怒らせたっていう、幼女好きでオートボット嫌いの人よ」

 

 首を傾げたコンパがたずねれば、アイエフが身も蓋もない答えを返す。

 それでも、ネプギアはできる限り丁寧に応対する。

 

「あの、アブネスさん? 私たち、今それどころじゃ……」

 

「シャラーップ!!」

 

 それをさえぎり、アブネスは一方的に捲し立てる。

 

「中途半端に発達した非幼女なんて、不要女よ! ふん、女神のいない今こそ、ロムちゃんラムちゃんを普通の幼女に戻してあげるチャンスだわ! 我ながらナ~イスアイディア!! まるで草原の輝きね!」

 

 自分の考えを、全部自分で言ってしまったアブネスは対応に困る一同を気にせず、さらに続ける。

 

「さあ~、かわいい幼女たち~! いっしょにお手々つないで……」

 

『ユニ! 応答してくれユニ! こちらサイドスワイプ!』

 

 だが、アブネスが言葉を終えるよりはやく、部屋にサイドスワイプの声が響いてきた。

 部屋の隅に置かれていた通信装置が起動し、そこからサイドスワイプの顔が投影される。

 だがその映像は荒く、声もノイズ混じりだ。

 

「サイドスワイプ? どうしたの!?」

 

 パートナーの声に、すばやくユニが応じた。

 一同は、アブネスも含めて何事かと注目する。

 

『大変なんだ! オプティマスが……』

 

 その言葉に一同が驚愕に包まれる。

 

「なによ? あのデカブツがどうしたってのよ?」

 

 唯一、事情を知らないアブネスだけが、不機嫌そうに言った。

 それに構わず、サイドスワイプが放った言葉は一同をさらに困惑させるものだった。

 

『オプティマスが、バンブルビーを殺そうとしてるんだ!!』

 

  *  *  *

 

 時間は遡る。

 

 イオンブラスターのエネルギー弾を、バンブルビーはほとんど本能的に屈んでかわした。

 

 撃たれた?

 誰に?

 司令官に?

 なんで?

 

 そのブレインサーキットは混乱の極致にあり、意味のある思考を成しえない。

 

「……はずしたか」

 

 撃った張本人、オートボット総司令官オプティマス・プライムは残念そうに言う。

 そこに仲間を不意打ちした罪悪感は感じられない。

 

 なぜなんです、司令官!?

 

 通信でそう聞くとオプティマスは、バンブルビーがかつて見たことのない表情をした。

 侮蔑に満ちた明確な嘲笑。

 

「気付いたからだ、バンブルビー。私が、いやオートボットがいかに愚かであったかということをな」

 

 違う、聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。

 

「自由だの平和だののために、いつまでも勝ち目のない戦いを続けることが、どれだけ無駄であったことか。素直にメガトロンの支配を受け入れ、彼の奴隷となっていれば良かったのだ」

 

 聞きたくない聞きたくない聞きたくない!

 

「増して、下等生物のために戦うなど何の意味もない。それが分かったから、私はあの無価値な女神どもと、愚かな抵抗を続けることを選んだ、役立たずの手下どもをメガトロンに差出し、代わりに命を救ってもらったのだよ……」

 

 やめてやめてヤメテ……

 

「だからバンブルビー、いつだって愚図で足を引っ張ってばかりのかわいい部下よ…… 大人しく死んでおくれ、この私のために」

 

「―――――!!!!」

 

 オプティックをつぶり聴覚センサーを抑え、声にならない叫びを上げてその場に蹲る。

 そんなバンブルビーを見て、オプティマスはさらに大きな侮蔑を顔に浮かべ、ゆっくりと近づいていく。

 そしてイオンブラスターの銃口を、バンブルビーの頭に押し付ける。

 

「お別れだ、友よ」

 

 皮肉っぽく言って、イオンブラスターの引き金を引く……その瞬間!

 

「うおおおおッ!!」

 

 どこからか現れたサイドスワイプがオプティマスの腕に組みついた。

 その衝撃でイオンブラスターの銃口はバンブルビーの頭を逸れ、エネルギー弾は明後日の方向に飛んでいく。

 

「バンブルビー!」

 

「ダイジョブか!?」

 

 項垂れたバンブルビーに、スキッズとマッドフラップが駆け寄ってきた。

 オプティマスは凄まじい怪力で腕を振り回し、サイドスワイプを振りほどく。

 その勢いで吹き飛ばされたサイドスワイプは、綺麗に受け身をとってバンブルビーたちの横に着地した。

 

「おいおい、これはどうなってるんだ!?」

 

 サイドスワイプはバンブルビーにたずねるが、彼は力なく蹲ったまま動かない。

 

「なんで、オプティマスがバンブルビーを襲ってんだよ!?」

 

「なんか怒らせるようなことしたのか!?」

 

 緑とオレンジの双子が交互に言うが、バンブルビーに反応はない。

 代わりに、オプティマスが答えた。

 

「皆、ちょうど良かった。バンブルビーは我々を裏切ってディセプティコンと内通していた。それで処刑しようとしていたのだ。さあ、オートボットたちよ、バンブルビーを破壊してしまえい!!」

 

 その言葉に、バンブルビーを除くオートボットたちは聴覚センサーを疑う。

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「有り得ないぜ! バンブルビーに限って!!」

 

「本気で言ってんのか!?」

 

 サイドスワイプ、スキッズ、マッドフラップが口々に異論を唱えるが、オプティマスは冷徹な表情を変えない。

 

「これは命令だ! 私の命令に逆らう気か!!」

 

 威圧的な声に、オートボットたちは顔を見合わせる。

 

「し、しかし……」

 

「もういい! もうたくさんだ! バンブルビーを破壊する!!」

 

 なおも反論しようとしたサイドスワイプをヒステリックに喚いて黙らせ、オプティマスは左腕のエナジーブレードを展開すると、大きく振りかぶる。

 オートボットたちが止める間もなく、それをバンブルビー目がけて振り下ろすオプティマス。

 しかし、その腕にビーム弾が撃ち込まれ、痛みと衝撃にオプティマスは腕を引っ込めると、ビーム弾の飛来した方向を睨みつける。

 

「……あんた、何してんのよ」

 

 そこにいたのは長銃を構えたユニだった。

 怒りに満ちた視線でオプティマスを刺す。

 周りには、ネプギア、ロム、ラム、アリス、そしてなぜかアブネスもいる。

 それを見て、サイドスワイプが驚いた。

 

「ユニ! 危ないから来るなって言っただろう!」

 

「あんな通信受けて、こないわけないでしょうが!!」

 

 バンブルビーを撃とうとするオプティマスに突っ込む直前、サイドスワイプは危険だから近づくなとユニに連絡していたのだが、逆効果だったらしい。

 

「オプティマスさん! なんでこんなこと……!」

 

 ネプギアが困惑した表情で進み出る。

 その時、オプティマスは一同の予想を超える行動に出た。

 イオンブラスターを無造作にネプギアに向けると、あたりまえのように引き金を引いたのだ。

 突然のことで誰も反応できない。

 

 黄色い情報員を除いては。

 

 バンブルビーは弾かれたようにネプギアとオプティマスの間に飛び出し、エネルギー弾をその身で受け、その衝撃で真後ろに吹き飛びネプギアの眼前に倒れ込む。

 

「ビー!!」

 

 悲痛なネプギアの声に答えず、バンブルビーはゆっくりと立ち上がった。

 そのブレインサーキットに、過去の映像が再生される。

 

「おまえの友達を守るんだ!!」

 

「わたしは大丈夫、だから、ネプギアを、お願い」

 

 それは捕まったオプティマスとネプテューヌが、自分に向け言った言葉。

 

 そうだった。それがオプティマスの、ネプテューヌの、オイラとネプギアが、一番尊敬している人たちの願い。

 

 さらに、記憶は過去へ飛び、バンブルビーにとって大切な言葉を思い出させる。

 

「『自由とは、全ての生命の権利である』」

 

 それを、バンブルビーはみんなに聞こえるように翻訳して再生する。

 オプティマスの声だった。

 だが、ここにいるオプティマスはそれをせせら笑う。

 

「いい台詞だったな、感動的だ。だが、無意味……」

 

「『だから、我らオートボットはそれを脅かす者から、あらゆる生命を守るために戦うのだ』」

 

 嘲笑を無視して、かつてのオプティマスの声を再生し続ける。

 

「『それが、例え何百万年たっても変わらない我々の使命なんだ、バンブルビー』」

 

 それはかつて、戦う意義に悩んだバンブルビーに、オプティマスがかけた言葉だった。

 この言葉は、ずっとバンブルビーが保存してきた支えとなる指標だった。

 そして皆に聞こえるように、囚われたオートボットと女神の言葉を再生する。

 

「『おまえの友達を守るんだ!!』『わたしは大丈夫、だから、ネプギアを、お願い』」

 

 その声に、ネプギアが口を押える。

 

「『おまえの任務は留守を守ることだろうが! 任務放棄してんじゃねえ!!』『ユニを頼んだわよ』」

 

 サイドスワイプが意を決したようにブレードを展開し、ユニが流れ出た涙を拭う。

 

「『早く行け……! このままじゃ犬死だ!!』『ロムとラムを、守ってあげて……』」

 

 スキッズとマッドフラップがそれぞれのブラスターをオプティマスに向け、ロムとラムがお互いの手を握る。

 

「『皆と合流すれば、我々を助け出す作戦も立てられる! ここで死ねばそれもできなくなるんだぞ!!』『…………』」

 

 副官の声と緑の女神の薄い笑みを聞いて、アリスが困惑したような表情になった。

 バンブルビーは、かつてオプティマスに習った構えで、オプティマスに相対する。

 

 オイラの友達を傷つけるなら司令官、例えあなたでも!

 

「『倒してみせる!!』」

 

 ラジオ音声で力強く宣言し、ブラスターをオプティマスに向け撃ちだす。

 

「この屑鉄がぁああああ!!」

 

 怒声を上げ、オプティマスはイオンブラスターを乱射する。

 

 スキッズ、マッドフラップ! みんなを守るんだ!

 

「「了解!!」」

 

 エネルギー弾をよけながらのバンブルビーからの通信に威勢良く答え、スキッズとマッドフラップは女神候補生の前で彼女たちを守る。

 

「おまえら、ここは俺らに任せてくれ!」

 

「そうそう! オートボットの問題はオートボットでってな!」

 

 スキッズとマッドフラップの声に、女神候補生たちは頷く。

 

 サイドスワイプ、司令官の銃を無力化できるかい?

 

「まかせとけ!」

 

 同じく通信を受けたサイドスワイプは、ブレードを構えてオプティマスへと突っ込む。

 

「ガラクタめが!!」

 

 怒りに任せて左腕のエナジーブレードを振るうオプティマスだが、サイドスワイプは素早く動いてそれをかいくぐり、右腕のイオンブラスターをブレードで斬りつける。

 

「そらよっと!」

 

「ぐおお!?」

 

 硬質ブレードの威力の前に、イオンブラスターは中ほどから真っ二つになった。

 

「やったぜ! 銃さえなけりゃ、こっちのもんだ!」

 

「そういうこと! さあ、俺たちも行くぜ!」

 

 イオンブラスターが無力化されたのを見て、スキッズとマッドフラップもブラスターを撃ちこみながらオプティマスへ向かっていく。

 

「おのれぇええ! ならば直接切り刻んでくれる!!」

 

 両腕のエナジーブレードを展開し、オプティマスはオートボットに斬りかかってる。

 しかし、スキッズとマッドフラップは小柄な身体を生かした軽快な動きで、それをさけて見せ、ブラスターをオプティマスの巨体に叩き込む。

 

「ぐおおお!? クソめッ!」

 

 オプティマスはさらにエナジーブレードを振るうが、それがスキッズを捕らえる直前、バンブルビーに背中に組み付かれた。

 それを振り払おうとするオプティマスだが、バンブルビーはあらん限りの力で組み付いていて離れない。

 さらに、すかさず右腕をブラスターに変え、それをオプティマスの背中にゼロ距離で叩き込む。

 

「ぐわああああ!?」

 

 たまらず倒れるオプティマス。

 

「『司令官』『しばらく』『眠っていてください』『必ず治します』」

 

 ダメージで動けなくなったオプティマスに、バンブルビーはそう言った。

 きっとオプティマスは、敵に洗脳されているのだ。バンブルビーは、いやオートボットたちはそう考えた。

 これほど強力な洗脳だと、解くのに時間がかかるだろうが必ず解いて見せる。

 そう、バンブルビーが心の内で決心していると、近づいて来る人影に気付いた。

 

 アブネスだ。

 

 なにを思ったのか動けないオプティマスの顔に近づく。

 

「やっぱり、アンタたちは有害なロボットだったのね! このことを全世界に訴えてやるんだから、覚悟しなさい!!」

 

 そんなことを人差し指まで突き出してのたまうアブネス。

 どうしたもんかとバンブルビーが考えていると、突如オプティマスのオプティックがギラリと光った。

 一同が反応する間もなく、オプティマスの手がアブネスの身体を握る。

 

「きゃああああ!?」

 

「フハハハ! 形勢逆転だな! 誰だか知らんが助かったぞ! さあ、こいつを殺されたくなければ言うことを聞け!!」

 

 哄笑するオプティマス。

 アブネスはいろいろと問題のある人物だが、さすがに見捨てるわけにはいかない。

 

「くッ…… そこまで堕ちたのかよオプティマス!!」

 

 サイドスワイプが叫ぶが、オプティマスは勝ち誇って立ち上がる。

 

「フハハハ、勝てばよかろうなのだ!!」

 

 だが、バンブルビーは先ほどのオプティマスのセリフに何か違和感を感じていた。

 

「誰だか知らないのはおかしいです! オプティマスさんは、アブネスさんと会ったことがあるはずなのに!」

 

 同じく違和感を感じていたネプギアが声を上げる。

 そうなのだ。ルウィーでの誘拐事件の折、オプティマスとアブネスは顔を合わせている。

 

「な、なに……!? そ、そう……だったかな!?」

 

 何やら慌てた様子のオプティマス。

 その手の中のアブネスも騒ぎ出す。

 

「そうよ! あんたわたしに、『報道の自由は誰かを傷つける自由ではない』とか、偉そうに言ってたじゃないの!!」

 

「な!? い、いや忘れていただけだ! 下等生物のことなどいちいちおぼえて……」

 

 言い訳がましいオプティマス。

 ゲームだったら名前の後に?が付くところだ。

 一同の目が懐疑に染まる。

 

「ふむ、これはいったいどういうことかな?」

 

 後ずさるオプティマスの後ろから声がかけられた。

 振り向くとそこには、薄いグリーンの身体のオートボット、看護員ラチェットが立っていた。

 その隣にはアーシーもいる。

 さらに後ろに立つアイエフとコンパに呼ばれて空港から帰ってきたのだ。

 厳しい表情のラチェットに、オプティマスはすぐさま声をかけた。

 

「ら、ラチェットか、ちょうど良かった! こいつらは皆裏切り者だ! すぐに片付けてくれ!!」

 

「ふむ、そうだな」

 

 嘘と分かるオプティマスの言葉を、ラチェットはなぜか肯定して銃を構える。

 

「ラ…チェ…ット…!『そいつの言うことを聞いちゃだめだ!』」

 

「少し黙っていてくれ、バンブルビー」

 

 ピシャリとバンブルビーの言葉をさえぎり、ラチェットは銃を一同に向ける。

 後ろの面々もそれを止めようとしない。

 オプティマスはバンブルビーに向き直り勝ち誇る。

 

「フハハハ、さあ撃てラチェット!!」

 

「ああ、もちろんだとも」

 

 その瞬間、ラチェットはオプティマスの背中を撃った。

 

「ぼわぁあああ!?」

 

 悲鳴を上げて吹き飛ぶオプティマス。

 その衝撃でアブネスは空中に放り出された。

 

「へ? きゃあああ!!」

 

「おっと、あぶない!」

 

 それをすかさずアーシーが走って受け止める。

 

「危なかったわね、お嬢さん」

 

「な! わたしはお嬢さんじゃないわよ!」

 

「はいはい」

 

 それでも憎まれ口を叩くアブネスを、アーシーはなだめた。

 そんなやり取りを置いておいて、ラチェットは倒れ伏すオプティマスに近づいていく。

 

「な、なぜ……」

 

「医者を舐めるな。おまえがオプティマスじゃないことくらい、スパークの反応がない時点で分かるんだよ」

 

 問うオプティマス……の姿をした何かに底抜けに冷たい声でラチェットは答える。

 

「スパークが、ない?」

 

 茫然と、サイドスワイプが呟いた。

 トランスフォーマーなら、必ずスパークがあるはず。

 それがないのなら、コイツはいったいなんだ?

 

「あ~あ、もうグダグダじゃねえか」

 

 そのとき、どこからか声がした。

 一同が声のしたほうを見ると、そこにはいつの間にか三体のディセプティコンと、一人のネズミを模したパーカーを着た少女が立っていた。

 

「あー! あんた!」

 

「誘拐犯……!」

 

 少女を見てラムが大声を上げ、ロムが嫌悪感を顔に出す。

 

「テメエら……!」

 

「あの時の……!」

 

 スキッズとマッドフラップも憎々しげに声を出す。

 彼らにとっても、その三体のディセプティコン……クランクケース、クロウバー、ハチェットは忘れられない相手なのだ。

 

「しばらくだYO、オートボットども」

 

 相変わらず悪魔的な容姿に似合わない軽い調子でクランクケースが言った。

 

「誘拐犯か…… そんな時代もあったなあ」

 

 少女、リンダは懐かしげな顔をした後でニヤリと笑う。

 

「だが、今のアタイは違う! ディセプティコン軍団が誇るマジパねえ下級兵、リンダ様たぁ……」

 

「下級兵? ようするに下っ端ってことね」

 

 リンダの述べる口上を、ユニがバッサリと斬り捨てた。

 

「下っ端さんですね」

 

「下っ端ってことね!」

 

「下っ端……」

 

 ネプギア、ラム、ロムもそれに同調する。

 下っ端下っ端連呼され、リンダは青筋を浮かべた。

 

「テメエら、いい加減に……」

 

「それで? こいつはいったいなんなんだ?」

 

 そんなリンダの怒りを無視して、サイドスワイプがブレードを構えたまま問いかける。

 

「ん? ああ、そいつな。アンチクリスタルの力で作ったパチモンさ。トランスフォーマーの姿をしちゃいるが中身は機械系モンスターと変わらねえ。ブートレグ・プライムとかいう御大層な名前があるわりにゃ、情けのない奴だぜ」

 

海賊版(ブートレグ)…… なるほど、(スパーク)なき模造品というわけか」

 

 納得がいったという風に、ラチェットが頷く。

 

「た、助けてくれ……」

 

 オプティマス、いやブートレグ・プライムはドレッズとリンダのほうに力なく手を伸ばす。

 それに対し、クロウバーが嗤って答えた。

 

「ああ、いいぞ。今解放してやる!」

 

 そして目にも止まらぬ速さで拳銃を抜くと、正確にブートレグ・プライムの眉間を打ち抜いた。

 一同が驚いている前で、ブートレグ・プライムはモンスターの死に様のように粒子に分解されて消える。

 まるで、最初からいなかったかのように。

 

 いや、最初からいなかったんだ。

 

 バンブルビーはそう考えた。

 魂なき幻が自分たちを混乱させるべく口をきいていた。

 それがブートレグ・プライムだったのだ。

 

「味方じゃなかったの!?」

 

 それでもユニは、声を上げずにいられなかった。

 一応とはいえ、味方をこうもあっさりと……

 それに対し、ドレッズもリンダも酷薄な笑みを浮かべる。

 

「味方? いいや俺たちはいざってとき、そいつを始末するために来たのSA」

 

 それだけ言うと、クランクケースは球体のような物を地面に向かって投げた。

 すると、球体から煙が吹き出し、一同の視界を覆い尽くす。

 

「これは! ミックスマスターの煙幕か!」

 

 同じ物を受けたことのあるサイドスワイプが声を出す。

 これはトランスフォーマーのセンサーさえ無効化する物だ。

 

「ここでおまえらとやり合う気はないYO!」

 

「ズーネ地区で、待ってるぞ!」

 

「ガウガウガウ!」

 

「ハチェットも楽しみにしてるってよ!!」

 

 捨て台詞を吐くドレッズとリンダ。煙が晴れた時には、彼らの姿はなかった。

 バンブルビーは、さっきまでブートレグ・プライムが転がっていた地面を見る。

 このままでは、本物のオプティマスも同じ末路を迎えることになる。

 

 それに、最初からいなかったとしても、やっぱり哀れだ……

 

 おそらくはオートボットを倒すためだけに作られ、消えていった魂なき模造品。

 その態に憐みをおぼえるのは、きっと間違いではないはずだ。

 横にきたネプギアが、そっとバンブルビーの金属の脚に寄り添う。

 

 ひとまずの脅威は去った。だが、ここからが本番なのだ。

 

  *  *  *

 

「『臨時指揮官』!? 『オイラが』!?」

 

「そうだ」

 

 武装がアレ過ぎてなかなか空港を出れなかったレッカーズとそれをなだめるホイルジャックに合流したところで、ラチェットがバンブルビーに話を切り出した。

 その内容はバンブルビーの想像を大きく超えるもので、指揮権をバンブルビーに譲渡したいというものだった。

 

「すごいよ、ビー!」

 

 そばにいるネプギアが歓声を上げるが、当のバンブルビーは理解が追いついていない。

 

「『でもなんで?』」

 

「なに、私は元々医者で、指揮には向いていないんだよ。それで君に頼みたい」

 

 お使いでも頼むかのような気軽さで、ラチェットは笑って見せる。

 

「『いや、でも……』」

 

「俺はかまわないぜ」

 

 当然ながら戸惑うバンブルビーに、サイドスワイプが笑顔でいった。

 

「他の奴に任せるよりは、だいぶマシだしな」

 

 その言葉にバンブルビーはオロオロとする。

 スキッズとマッドフラップを見れば、ニヤニヤとしていた。

 

「そうそう、他よりマシさ」

 

「そうさ、少なくとも……」

 

 そこで二人は声を合わせ、片割れを指差す。

 

「「こいつよりはずっとマシ…… なんだと!?」」

 

 そして殴り合いの喧嘩を始めるが、サイドスワイプがその頭に拳固を落として止める。

 アーシーもヤレヤレと肩をすくめた後で、バンブルビーのほうを見た。

 

「ま、そうよね。少なくともレッカーズに任せるよりはいいわ」

 

 そう言って向こうでホイルジャックと揉めているレッカーズを見る。

 

「だからよ! 今からいってディセプティコンのクソどもをクソの山に変えちまえばいいんだろ!?」

 

「そうだぜ! なのにデストロイヤージャンボガンもジェノサイド熱線砲もなしなんてあんまりだぜ!!」

 

「いや、そういうわけには…… さすがにあれは周囲への被害と汚染が酷すぎるから……」

 

 口から泡を吐くロードバスターとレッドフットをホイルジャックがなだめていた。

 横ではトップスピンが黙々と武器やらなんやらを運んでいる。

 

「よーし! がんばれ臨時指揮官バンブルビー!」

 

「がんばれ~……!」

 

「がんばってね!」

 

 ラム、ロム、ユニも笑顔で応援してくる。

 横を見れば、パートナーであるネプギアが笑顔で見上げていた。

 

「がんばろう、バンブルビー! いっしょにお姉ちゃんたちを助けよう!!」

 

 その笑顔を見ていると、なんだかやる気がわいてくる。

 バンブルビーはラチェットに向き直り、その顔を真っ直ぐに見た。

 

「……『お引き受けします!』」

 

「ありがとう。何、そう難しく考えなくても、臨時指揮官なんてのは号令係みたいなもんさ!」

 

 ラチェットは笑顔を大きくした。

 ここに、オートボット臨時指揮官バンブルビーが誕生したのである。

 

 救出作戦に向け盛り上がる女神候補生とオートボットたちを見ながら、アリスはゆっくりと首を横に振った。

 

「理解不能だわ……」

 

 それは掛け値なしの本音だった。

 

 

  *  *  *

 

 ズーネ地区廃棄物処理場、女神とオートボットが囚われているフィールドを前にメガトロンは腕を腰に当てて立っていた。

 視線は、フィールドの中で変わらず倒れ伏しているオプティマスに向けられている。

 その後ろにはドレッズの三体とリンダが跪いていた。

 

「どうやら……」

 

 メガトロンは無感情な声を出す。

 

「貴様のブートレグ・『プライム』は碌な成果をだせないまま、消えたようだな」

 

 視線はそのままにプライムの部分をやや強調して、メガトロンは同盟者たるマジェコンヌに言った。

 

「くッ……」

 

 周りのディセプティコンたちからの侮蔑と嘲笑にマジェコンヌは屈辱に震える。

 本来なら、アンチクリスタルの力でコピートランスフォーマーを量産し、その力でメガトロンさえ打倒するのがマジェコンヌの計画だった。

 しかし、この体たらくでは数をそろえても使えるかどうか。

 そばのワレチューが不安げに見上げてくる。

 だが、まだ手はある。

 

「しかし、こうなったからには」

 

 そこでメガトロンは声を出した。

 

「奴らが乗り込んでくるのも時間の問題だ。その前に……」

 

 両腕を組み合わせてフュージョンカノンを組み上げると、オプティマス・プライムに狙いを定める。

 

「こやつだけは、確実に葬っておかねばならん!」

 

「お、おい! 約束が違うぞ!」

 

 大事な交渉カードであるオートボットのリーダーを殺されては大変と慌てるマジェコンヌだが、メガトロンは取り合わずフュージョンカノンにエネルギーを充填していく。

 

「ち、ちょっと! いきなりなんて余裕なさすぎでしょ!」

 

「待って! 待ちなさいったら!」

 

「テメエ! ちったあ余裕を見せやがれ!」

 

「おやめなさい、メガトロン!」

 

 女神たちも口々に止めようとするが、メガトロンは取り合わない。

 砲口に最大現のエネルギーが集まり、そして……

 

 その瞬間、メガトロンのブレインサーキットに特殊回線での通信が入った。

 何重にも秘匿され、メガトロン以外には決して、例え側近中の側近にして通信傍受のプロであるサウンドウェーブを持ってしても盗聴されることのないそれは、言うなればテレパシーで頭に直接話しかけているようなものだ。

 通信はメガトロンをある地点に誘っていた。そしてそれは、破壊大帝たるメガトロンを持ってしても抗うことのできないものだった。

 

「メガトロン様!!」

 

 突如、強烈な頭痛を抑えるように頭を抱えるメガトロンに、サウンドウェーブが心配そうに近づく。

 

「だ、大丈夫だ…… お、俺は少しこの場を離れる。この場はスタースクリームに任せるぞ!」

 

 そう言うやメガトロンはギゴガゴと音を立ててエイリアンジェットに変形すると飛び立っていく。

 ディセプティコンたちは唖然としてメガトロンの残した航跡を見ていた。

 その視線が、やがてスタースクリームに集中していく。

 言葉に出さずとも一様に「どうする?」と表情が聞いていた。

 

「ええと、ああ……」

 

 いきなりのことに仕切りたがりのスタースクリームも思考が追いついていない。

 

「ゴホン! では、まずは女神どもの不様な姿をネット上にアップするのだ! サウンドウェーブ! 妨害電波をいったん切れ!」

 

 一番先に立ち直ったのはマジェコンヌだった。

 得意な顔でサウンドウェーブに指示を出す。

 

「シカシ、妨害電波ヲ切ルト オートボット ガ通信スル可能性ガアル」

 

「少しくらい大丈夫だろう! さっさとやれ!」

 

 冷静に反論するサウンドウェーブだが、マジェコンヌは聞き入れない。

 サウンドウェーブはこの場の一応の指揮官であるスタースクリームに視線をやる。

 

「ああ~…… いいんじゃねえの? やってやれサウンドウェーブ」

 

 こういう場合、先に行ったもん勝ちという部分がある。

 スタースクリームはマジェコンヌの提案を受け入れることにした。

 航空参謀の言葉に情報参謀は無感情に、しかしかすかに憮然として少し離れた場所に建てた小振りな電波塔に歩いていく。

 これが妨害電波の発生源なのだ。

 妨害電波が出ている限り、外から中からも通信は一切できない。

 そのせいで、マジェコンヌが計画していた女神の不様な姿をインターネット上に晒し、シェアを削ぐということができなくなっていた。

 サウンドウェーブが腕から伸ばした機械触手で電波塔を操作すると、一時的にズーネ地区を覆っていた妨害電波が消える。

 

「ワレチュー、デジタルカメラヲ寄越セ」

 

「はいはいっちゅ!」

 

 ワレチューがデジタルカメラを持って駆け寄ると、サウンドウェーブは片手から機械触手を伸ばしてデジタルカメラからデータを吸い上げる。

 さらにそれを、大型掲示板、動画投稿サイト、有名ブログ、インターネット上のあらゆる場所にばらまいていく。

 彼からすれば子供のお使いより簡単な仕事だ。

 それが終わると速やかに妨害電波を発信させる。

 全てを終わらせるには、ほんのわずかな時間で十分だった。

 

 そしてそれは、オプティマスが司令官だけが使える秘匿回線でリーンボックスにいる仲間たちに連絡するのにも、十分な時間だった。

 

 すなわち「メガトロン離脱せり、好機到来。なんとしても女神を救出すべし」という短いメッセージを送るには。

 




操られたかと思った? 残念、偽物でした!

そんなわけで仕事を始める前の最後の投稿です。
今回登場&退場のアミバ……もといブートレグ・プライムは見た目とカタログスペックはオプティマスと同等だが、経験値とか精神性とかが伴ってないのでこのザマです。
本物が操られてたら、オートボットも全滅必至だったでしょう。

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