超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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今、試練の時(前回のあとがきと同じフレーズ)


第23話 朝日が昇るまで

 ディセプティコンと謎の黒衣の女性の罠にはまり、捕らえられた女神とオートボット。

 その態を満足そうに眺める女性に、ネプテューヌは疑問をぶつける。

 

「あなた、いったい何者!? どうしてメガトロンとなんか手を組んだの!」

 

「私の名はマジェコンヌ、四人の小娘が支配する世界に、混沌という福音をもたらす者さ! その目的のため利害の一致から同盟を結んだのだ!」

 

 黒衣の女性、マジェコンヌの言葉に、ネプテューヌは耳を疑う。

 

「あなた、正気!?」

 

「正気だとも! 実際のところ、やっかいなオートボットどもも片付けることができたしな! フフフ、ハーッハ……」

 

「そして、オイラはワレチュー! ネズミ界ナンバースリーのマスコットっちゅ!」

 

 マジェコンヌの大時代な高笑いをさえぎって、ネズミが自己紹介した。

 

「ネズミ…… いいところで、邪魔をするな!」

 

「何を言うっちゅか! ラステーションの洞窟と、リーンボックスの海底からアンチクリスタルを掘り出したのはオイラっちゅよ!」

 

「フン! 私がプラネテューヌの森で一つ目を見つけたときに全ては始まったのだ! ルウィーの教会から盗むという大仕事をやったのも私ではないか!」

 

 言い合うマジェコンヌとワレチュー。

 その内容から、ベールは気になる部分を見つけた。

 

「教会……? ブラン、アンチクリスタルのことを……」

 

「……ああ、知ってた厳重に保管してたが、誘拐騒ぎのあと、行方不明になってた」

 

 苦々しげにブランは質問に答える。

 ベールはこちらも苦しげな笑みを浮かべた。

 

「教えてくださっていれば……」

 

「しょうがねえだろ! こんな何個もあるなんて知らなかったんだよ!」

 

 悔しげな顔のブラン。

 そしてノワールもまた、ワレチューの言葉に思い当たることがあった。

 

「洞窟って……」

 

 以前、オプティマスとともにモンスター退治に出向いた、あのトゥルーネ洞窟。

 あそこで突然力が抜け変身が解けたのは、もしや……

 

「ノワール、なに!? ……!?」

 

 そこまで言ったところで、ネプテューヌの身体が光に包まれ、人間の姿に戻ってしまった。

 

「変身が……」

 

 茫然とするネプテューヌ。

 他の女神たちも次々と光に包まれ、変身が解けていく。

 それを見て、マジェコンヌは得意げにほくそ笑む。

 

「フフフ、言ったはずだぞ。結界の中にいる限り、おまえたちは力を失っていくと」

 

 そこで、マジェコンヌの横に立つメガトロンがオプティマスとネプテューヌに声をかけた。

 

「ククク、オプティマス、そしてパープルハートよ。貴様らもここの廃棄物となるがいい」

 

  *  *  *

 

「お姉ちゃん……」

 

 ネプギアは茫然自失として、目の前の光景を見ていた。

 最愛の姉が、成す術なく恐ろしいディセプティコンに囚われ、オートボットたちが力無く地に伏している。

 まるで悪夢のような眺めだった。

 普段は冷静なアイエフも、ロボットモードのアーシーとバンブルビーも、ただただ立ち尽くしていた。

 

「お姉ちゃぁあああん!!」

 

 もはや何も考えられず、地面に座り込んでネプギアは叫んだ。

 

「ネプギア!?」

 

 妹の声にネプテューヌが気付いた。

 だが気付いたのは彼女だけではない。

 窪地を取り囲むディセプティコンたちも、一斉にネプギアたちのほうを向く。

 

「オートボットだ! 叩き潰せ!!」

 

 主の後ろに控えたスタースクリームが命令すると、ディセプティコンたちはネプギアたちのいる山の上に向けて我先にと武器を発射し、ボーンクラッシャーやバリケード、コンストラクティコンの何体かといった火器を持たない者たちは、敵を直接捻り潰すべく移動を始めた。

 

「ッ! ネプギア! 撤退するわよ!」

 

 真っ先に我に返ったアイエフが、ネプギアの手を引いて立たせようとする。

 

「でも、お姉ちゃんが……」

 

「ネプギア!!」

 

 このままでは、自分たちも危ない。どう考えても、あの数を相手にするのは無理だ。ここで倒れたらネプテューヌたちを助けることもできなくなる。

 撤退するしかないのだ。

 アイエフはネプギアを無理やり立たせる。

 

「アーシー、急いで!」

 

「ええ!」

 

「バンブルビーも早く! ……バンブルビー?」

 

 オートボットたちにも指示を出すが、バンブルビーの様子がおかしい。

 金属の体が小刻みに震えている。

 やがて、その発声回路から叫びが発せられた。

 

「―――――――!!!!」

 

 それは電子音とノイズのような彼の肉声の混じった、怒りと悲しみに満ちたものだった。

 

「!? ビー!」

 

 その異常な様子にネプギアが静止するが、バンブルビーは聞かず弾かれたようにオートボットと女神が囚われているフィールドへ向かって飛び出し、山の斜面を駆けおりていく。

 その前にここまで到達したバリケードが立ちふさがりバンブルビーに殴りかかる。

 

「おまえも廃棄物になりな!」

 

 だがバンブルビーはそれを大きく跳んでかわし、さらにバリケード、その後ろに続くボーンクラッシャーとスクラッパーにブラスターの連射を浴びせる。

 悲鳴を上げるディセプティコンたちは、大きなダメージを受けた様子はないものの、体勢を崩し後続のハチェットとハイタワー、オーバーロードを巻き込んで斜面を転げ落ちていく。

 それに構わず、バンブルビーは山のふもとに着地すると、フィールド目指してひた走る。

 

「ネプギア、逃げるわよ!」

 

 それを唖然として見ていたネプギアの手をアイエフが引っ張る。

 

「で、でもビーは!?」

 

「……全滅だけは、さけなきゃいけないの」

 

 悲鳴に近いネプギアの言葉に、感情を押し殺すように静かにアーシーが答えた。

 

「そんな! お姉ちゃん! ビー!!」

 

 叫び続けるネプギアをアーシーが抱き上げ、走って逃げていく。

 

「いやああああッ!!」

 

 ネプギアの叫びを聴覚センサーに捕らえながらも、それを振り切るようにバンブルビーは走り続ける。

 

 今お助けします! 司令官!!

 

 決意を込めてラジオ音声ではなくオープンチャンネルの通信でオプティマスに呼びかける。

 だがオプティマスは、残された力を振り絞って叫んだ。

 

「ダメだ!! 来るな、バンブルビー!!」

 

 その言葉に、バンブルビーは一瞬固まる。

 

「逃げるんだ!! 今すぐに!!」

 

 バンブルビーの周囲に、この哀れな情報員をバラバラにすべくディセプティコンたちが集まってきた。

 山を転がり落ちた者たちも、立ち上がってこちらに向かってくる。

 

 オプティマスを、ネプテューヌを、仲間たちを置いて逃げる?

 できるはずがない!!

 

 後ろから襲い掛かってきたクロウバーに裏拳を叩き込み、こちらを狙撃しようとしていたランページにブラスターをお見舞いする。

 

「皆と合流すれば、我々を助け出す作戦も立てられる! ここで死ねばそれもできなくなるんだぞ!!」

 

 格闘技の師たる副官が、いつもの軽い調子をまったく感じさせず声を上げる

 

「おまえの任務は留守を守ることだろうが! 任務放棄してんじゃねえ!!」

 

 火器の扱いを教えてくれた古参兵が、いつも以上に厳しい怒号を飛ばす。

 

「早く行け……! このままじゃ犬死だ!!」

 

 いつもはスカした戦友が、必死に逃げるように言ってくる。

 

 周りから浴びせかけられる弾が、振るわれる凶器が、よけていても装甲を削り、抉り、融かしていく。

 

「おまえの友達を守るんだ!!」

 

 心から尊敬する司令官が、弱っていても決然と言葉を発した。

 

「ビー!!」

 

 パートナーが最も愛している姉の声がした。

 オプティックを最大感度で彼女に向ける。

 彼女は、笑っていた。

 

「わたしは大丈夫、だから、ネプギアを、お願い」

 

 一言一言、言い聞かせるように、紫の女神は確かにそう言葉にした。

 

「ユニを頼んだわよ」

 

 平時は素直ではない黒い女神は素直にそう言った。

 

「ロムとラムを、守ってあげて……」

 

 白い女神は彼女の特性たる怒りとは無縁の声だった。

 

「……………」

 

 優雅に優しく微笑む緑の女神は、何も言わなかった。

 

「―――――――!!!!」

 

 敵の砲火に晒されるバンブルビーは、スパークの底から咆哮する。

 そして黄色いスポーツカーに変ずると、車体の限界を超えたスピードでその場を離脱した。

 群がるディセプティコンの合間をすり抜け、フルパワーで山の斜面を登る。

 

「逃げるか! 臆病者め!!」

 

「我が身かわいさに仲間を見捨てやがったな! 腰抜けが!!」

 

 ブラックアウトが逃げゆくスポーツカーにプラズマ弾を撃ち、スタースクリームが自分のことを棚に上げ唾のような粘液とともに罵倒を吐く。

 ディセプティコンたちは、すぐさま臆病者を背中から引き裂きついでにさっき逃げ出した奴らも殺してしまうべく、ビークルモードへ変形しようとする。

 

「待て!」

 

 だが、それをマジェコンヌが止めた。

 ディセプティコンたちは一斉に、『一応』破壊大帝と同格『ということになっている』黒衣の女性のほうを向く。

 その表情は一様に不満タラタラだ。

 だがマジェコンヌは一切恐怖を見せず嘲笑を浮かべながら言い放った。

 

「まだ変身さえできない女神の妹と、頭を失った不様な敗残兵など、追わずともよかろう」

 

 余裕の表情のマジェコンヌに、大半のディセプティコンはそれもそうかと納得する。

 だが、そうでない者もいた。

 

「甘いな」

 

 ここまで黙って、興味なさげにバンブルビーの奮戦を見ていた破壊大帝メガトロンである。

 

「あれらは必ず、仲間を取戻しに来るぞ。できる限りの戦力を集め、死にもの狂いでな。そういう手合いは死ぬにしても大暴れしてから死ぬ。こちらに少なからぬ損害をよこして、な」

 

 淡々と事実を、彼が永い永い戦いの中で学習した事実を述べるメガトロン。

 そこで彼は、ディセプティコン全軍に聞こえるように声を上げる。

 

「ゆえに、残ったオートボットどもを始末するぞ! スタースクリーム、追撃部隊を組織してリーンボックスを襲撃しろ!!」

 

「了解です、メガトロン様!」

 

 調子よく答えるスタースクリームは、追撃に参加しようと俺が俺がと押しかける兵士たちのほうを向く。

 

「待て!」

 

 だが、またしてもマジェコンヌがそれを止めた。

 

「……今度は何だ。貴様には、すでに最大限譲渡しているはずだ」

 

 いい加減不機嫌そうなメガトロンの声には、不穏な響きが滲み始めていた。

 マジェコンヌの進言により、捕らえたオートボットを殺すのを先送りしているのだ。

 それは、断じてマジェコンヌの慈悲などではなく、ジワジワと死にゆくオートボットどもを見たいと言う建前であり、いざというとき『女神とオートボットを解放する』と言う交渉カードを得るためである。

 それが分からぬメガトロンではないが、それでも建前でも同盟を組んだのだ。その案を飲んでやった。だからこそ、これ以上の邪魔立ては許しがたい。

 それでも、マジェコンヌはアンチクリスタルの専門家だ。忍耐強く意見を聞いてやる。

 対するマジェコンヌは不敵に笑んで見せた。

 

「残ったオートボットどもの始末は、私の部下にまかせてもらいたい」

 

「部下だと? さすがに、ネズミとモンスターどもにオートボットをどうにかできるとは思えんが?」

 

「まあ、見ていろ」

 

 怪訝そうなメガトロンに、自信満々に答えるマジェコンヌ。

 彼女はいったい何をしようというのか?

 

  *  *  *

 

 モンスターの追撃をかわし、アイエフとネプギアは紫のバイクに跨って、すでに海に沈み始めている道を疾走していた。

 ネプギアが後ろ髪を引かれる思いで島のほうを見ると、黄色いスポーツカーが全速でこちらに向かってきた。

 やがてスポーツカーはバイクに追いつき並走する。

 

「ビー……」

 

 ネプギアが声をかけても、いつものラジオ音声も電子音も返ってこなかった。

 紫のバイク、ビークルモードのアーシーは冷たい声を出した。

 

「バンブルビー、帰ったらおしおきよ。……理由は、分かってるわね?」

 

 黄色いスポーツカーは、やはりラジオ音声でも電子音でもなく、エンジンを吹かして肯定の意を示した。

 

  *  *  *

 

『いったい、どういうことなんですか? アイエフさん』

 

 立体映像のイストワールは心配そうにたずねる。

 ここはリーンボックス教会、ベールの部屋。

 帰還したアイエフとネプギア、女神候補生たちとコンパは変わらずこの部屋で待機していた。

 アイエフはイストワールの問いに冷静に答える。

 

「よくは分からないんですが、アンチクリスタルがどうとか。多分、それがネプ子たちとオプティマスたちの力を奪っているんだと思います」

 

『アンチクリスタル?』

 

「イストワール様、調べていただけますか?」

 

 かつての女神が創り出した人工生命体であり、膨大な情報を持つ教祖は部下の言葉にしっかりと頷いた。

 

『もちろんです。でも、みっかかかりますよ?』

 

 いつも調べものに『みっか』かかってしまう上司の言葉に、アイエフは苦笑する。

 

「こころもち、巻きでお願いします」

 

『やってみます。ではネプギアさんたちはプラネテューヌに戻ってきてください。ユニさんたちも、後のことはオートボットのみなさんに任せてお国にお帰りになったほうがいいと思います。それでは』

 

 それは女神候補生たちを気遣っての言葉だったが、それで納得できるほど彼女たちは成熟していなかった。

 

「そう言うわけだから……」

 

「待って!」

 

 一同に指示を出そうとしたアイエフに、ユニが言い募る。

 

「帰れって言われて、おとなしく帰れるわけないでしょう! もっとちゃんと説明して!」

 

 それにラムとロムも続く。

 

「お姉ちゃんなら、悪者なんて一発なのに! ミラージュだっていっしょだったんでしょ!」

 

「お姉ちゃんたち、死んじゃうの……?」

 

 不安そうな双子を安心させようと、少し無理をして笑顔を作ったコンパが声を出す。

 

「き、きっと大丈夫です! 女神様がそう簡単にやられるはずないです」

 

 しかし、ユニはなおも不安そうだ。

 

「でも! 力が奪われたってさっき……」

 

「ごめんなさい」

 

 唐突にユニの言葉をさえぎって、そう言ったのはずっと無言で顔を伏せていたネプギアだった。

 一同の視線がそちらに集中する。

 

「ぎあちゃんが悪いわけじゃあ……」

 

 コンパがそう言うが、ネプギアは首を横に振った。

 

「ううん」

 

 ネプギアは昨日の昼を思い出していた。

 

「買い物の時拾った石…… あれがきっと、アンチクリスタルだったんです」

 

「やめましょう、そんなこと今考えたって……」

 

 自分を傷つけるようなネプギアの言葉を、アイエフがさえぎる。

 

「どうして」

 

 だが、自責の念に囚われたネプギアは止まらない。

 

「どうしてあの時めまいがしたのか、ちゃんと考えてれば、お姉ちゃんたちに知らせてれば……」

 

「ネプギアの馬鹿!」

 

 突然、ユニが声を上げた。

 

「お姉ちゃんは…… アタシのお姉ちゃんは、すごく強いのに…… アイアンハイドさんだっていっしょにいたのに…… アンタのせいで……」

 

 ユニの目から涙がこぼれ落ちる。

 

「ネプギアが変わりに捕まっちゃえば良かったのよ!!」

 

 それだけ言うと、ユニは走って部屋を出て行った。

 ネプギアは何も言えず、嗚咽を漏らす。

 誰も、何も言えなかった。

 

  *  *  *

 

 ジャズの使っているガレージの周りに集結したオートボットたちは重い空気に包まれていた。

 普段はふざけている双子でさえ、軽口一つ叩かない。

 振るわれた拳がバンブルビーを殴り飛ばした。

 

「なんで殴られたかは、分かってるな?」

 

 殴った本人、ラチェットがそう言うと、バンブルビーは弱々しい電子音で答えた。

 

「そうだ、おまえは暴走して仲間を危険にさらした。もう少しでネプギアやアイエフまでもやられるところだったそうだな」

 

 いつもの穏やかな声とは違う厳しい言葉に、バンブルビーは恥じ入るように顔を伏せる。

 

「……反省しているようだな」

 

 看護員の言葉に、バンブルビーはラジオ音声ではなく通信で答える。是、と。

 

「なら、お仕置きはここまでだ。……つらかったな、バンブルビー」

 

 ラチェットは縮こまった年若い情報員の身体を優しく抱きしめてやる。

 これ以上、彼を追い詰めることはない。

 

「う…あ…あ…あああああ」

 

 ノイズのような肉声で、バンブルビーは思いきり泣いた。

 年若いオートボットが泣きやむのを待って、アーシーが言葉を発する。

 

「それで、これからどうするの?」

 

 総司令官オプティマス・プライムも、副官ジャズも、それに次ぐ地位のアイアンハイドも囚われた今、古参の兵士ラチェットこそが最も階級が高いのだ。

 

「言うまでもないだろう。オプティマスたちを救出するんだ」

 

「このメンツで?」

 

 アーシーの言葉はもっともだった。

 こちらはたったの6人、連絡を受けてこちらに向かっているレッカーズとホイルジャックを入れても10人。

 対してディセプティコンは、確認できた限り18体。加えてモンスターで軍勢を水増ししている。

 とてもじゃないが勝ち目が見えない。

 

「では、君は仲間たちを見捨てろと?」

 

「そんなわけないでしょう」

 

 厳しいラチェットの言葉にアーシーは排気混じりに答えた。

 不安がないと言えばウソになるが、彼女とて仲間たちを見捨てる気などサラサラない。

 増して、オプティマス・プライムは全オートボットの精神的な支えなのだ。

 厳しい戦いになるだろうが、やるしかない。

 一方、バンブルビーはラチェットから離れて、ことを見守っていたサイドスワイプに近づいていった。

 

「ご…め…ん…な…さ…い」

 

 肉声でそう言い、頭を下げる。

 

「なんで謝るんだよ?」

 

 どこか憮然とした調子で、サイドスワイプは問う。

 通信でバンブルビーは答えた。

 

 アイアンハイドを助けられなくて、ごめんなさい。

 

 その答えに、サイドスワイプは顔をしかめる。

 

「おまえが謝ることじゃないだろう。言いたいことがないわけじゃないが、おまえに当たってどうこうなることじゃないしな」

 

 内心では複雑なものを感じながらも、理性でそれを封じる。

 ショボンとしたバンブルビーと、イライラしているサイドスワイプ。

 そんな二人を見かねたのか、あるいはまったく気にしていないのか、スキッズとマッドフラップが陽気に声をかけた。

 

「まあ、怒られたくらい気にすんなって! バンブルビー!」

 

「そうそう、俺らなんか訓練のたびにミラージュに怒られてんだぜ!」

 

 そういうことじゃないと言おうとするサイドスワイプだが、やめたと銀色の未来的なスポーツカーに変形して走り出す。

 

「お、おい! どこ行くんだよ!」

 

「すまん、少し一人にしてくれ!」

 

 後ろから聞こえてくるスキッズの声を無視して、サイドスワイプは走り去った。

 

  *  *  *

 

 一方こちらは、女神とオートボットが囚われているズーネ地区。

 

「あーもう、退屈ー! ゲームやりたーい!」

 

 ネプテューヌが喚いていた。

 その内容は囚われの身とは思えない呑気なものだ。

 バンブルビーへの言葉はなんだったのか。

 

「ネプテューヌ、あなたねえ……」

 

「わたしたち、捕まっているのよ……」

 

 ノワールとブランも呆れている。

 

「でも、せめて四女神オンラインのチャットだけでも…… ギルドの人たちと待ち合わせしていますのに……」

 

 そんなことを呟くベールだが、呑気なのは何も女神たちだけではない。

 

「そうだな、ゲームはともかく音楽の一つもないのはさみしいとこだ。おーい、サウンドウェーブのだんなー! 何か一つ、ゴキゲンな音楽でもかけてくれよ!」

 

 地に伏したジャズが、陽気な声を出す。

 

「なら俺は、渋いのを頼む。演歌とかないのか?」

 

「……クラシック」

 

「ふむ、私は特に好みはないが……」

 

 アイアンハイド、ミラージュ、さらにはオプティマスまでもがそれに乗ってくる。

 

「じゃかわしい! テメエら自分たちの立場分かってんのか!?」

 

 不遜な態度のオートボットと女神たちに、スタースクリームが怒声を上げた。

 そこで横のサウンドウェーブが言う。

 

「5pb.ちゃんオールソング特集デヨケレバ」

 

「おまえも乗ってんじゃねえよ! なんでおまえら、そんな呑気なの!? なんなの!? 馬鹿なの!?」

 

 すかさずツッコミをいれるスタースクリーム。

 周りのディセプティコンたちも、やることがないのでだらけ気味だ。

 なおも呑気にネプテューヌは大声を出す

 

「それじゃあ、思い切って主催者に要求してみようー! おーい! マザコングー!」

 

「誰がマザコングか!」

 

 名前は酷い感じに間違えられて、マザ……マジェコンヌは不機嫌そうだ。

 

「えっと、マジック・ザ・ハードだっけ?」

 

「マジしか合ってない!」

 

「じゃあ、マジエモン! 暇つぶししたいから、なんか出してよー。退屈で死んじゃうー!」

 

 どこまでも人を食った態度のネプテューヌを、マジエ……マジェコンヌは無視することにして嘲笑する。

 

「フン! どの道、おまえたちの命はすでに終焉に向かっている」

 

 それに対し、ネプテューヌはノワールのほうを向いて首を傾げた。

 

「あれ、否定しなかったよー? あの人の名前、マジエモンでいいのかな?」

 

「知らないわよ……」

 

 その態度に、マジェコンヌの我慢の限界を超えた。

 

「おい、こらあッ! 聞いてるのか! 人がせっかく死刑宣告してやったのに!」

 

 そんな緊張感のないやり取りをしている女神とマジェコンヌに興味を示さず、メガトロンは倒れている宿敵に話しかける。

 

「ずいぶんと余裕そうだな、オプティマス」

 

「まだまだ余力たっぷりだとも、メガトロン」

 

 地に伏してなお不敵なオプティマス。

 現在の彼はとてつもなく危険な状態だ。

 だが、ディセプティコンを喜ばせるような態度、泣き喚いたり、命乞いをしたりということは決してしない。

 そんな宿敵を見て、メガトロンは一つ排気音を鳴らした。

 彼にしてみれば、長年の宿願を前にしてお預けを食らわされていることになる。

 その不機嫌さを顔に滲ませて、ネプテューヌたちのペースに巻き込まれて青筋を浮かべるマジェコンヌのほうに顔を向けた。

 

「いつになったら、部下とやらをリーンボックスに差し向けるのだ?」

 

「……そろそろだ。女神どもの足元を見るがいい」

 

 その言葉に、メガトロンや周りのディセプティコンだけでなく、当の女神たちも自分の足元、結界の下部を見やる。

 そこには、ドス黒い液体のような物がたまっていた。

 それはネプテューヌたちの身体から少しずつ染み出て、雫になって足元へと落ちていた。

 

「あれはやがて、奴らを苦しめ、死に至らしめるだろう」

 

 マジェコンヌのその言葉を聞いて、メガトロンはあれが事前に説明された物なのだろうと理解する。

 

「そして、あれにはこういう使い方もある」

 

 そう言ったマジェコンヌは手に杖を出現させ、何度か振るう。

 すると結界の底にたまっていた黒い液体が渦を巻き、いくらかが空中に浮かび上がると霧状に変化する。

 黒い霧は結界をすり抜け一塊になって飛んで行く。

 地に倒れるオプティマス・プライムのもとへと。

 

「ぐ、ぐわぁあああッ!?」

 

「オプっち!!」

 

 渦巻く黒い霧はオプティマスの身体を包み、その内部へと浸食していく。

 苦しげなオプティマスを見て、ネプテューヌが声を上げた。

 

「オプっちに何をするの!?」

 

「ククク、私の力とアンチクリスタルの力を合わせれば、このとおり……」

 

 ネプテューヌの言葉を無視してマジェコンヌは背筋の凍るような笑みを浮かべた。

 やがて一つの影が立ち上がる。

 目の前に繰り広げられる光景に、女神たちが、オートボットたちが、ディセプティコンたちまでもが言葉を失う。

 

「……なるほどな」

 

 やがてメガトロンが納得したように呟いた。

 

「確かにこれは、最高の刺客だ」

 

 そして、ディセプティコンのなかのある一団を呼ぶ。

 

「クランクケース! クロウバー! ハチェット! あと下っ端!」

 

 その呼び声に、ドレッズの面々とついでに誰も気にしてなかったが実はいたリンダが進み出て、主君の前に跪く。

 メガトロンは視線で『それ』を指しながら命令を下す。

 

「『コイツ』を手伝ってやれ!」

 

「「ははッ!」」

 

「がう」

 

「はい! メガトロン様!」

 

 ドレッズとリンダはそれぞれ了解を示した。

 

  *  *  *

 

 オートボットたちのもとを飛び出したサイドスワイプは、いつしかリーンボックス教会近くのとある公園に来ていた。

 大きな池とそこに張り出した東屋、どこかラステイション教会の近くにある公園と似ている。

 その東屋で池を眺めている影に、サイドスワイプは見覚えがあった。

 

「ユニ……?」

 

 ロボットモードに戻ったサイドスワイプに気付いたユニは、ゆっくりとそちらを向いた。

 その目には涙が光っていた。

 

「サイドスワイプ?」

 

  *  *  *

 

 東屋の横に腰かけたサイドスワイプの脚に背中を預け、ユニはポツポツと語り出した。

 

「アタシ、酷いこと言っちゃった…… ネプギアが悪くないって分かってるのに、友達なのに」

 

 そんなユニに、サイドスワイプは何も言葉をかけることができない。

 

「アタシ、どうしたらいいの……?」

 

 自分を見上げる少女の問いに、自分は答えを持たない。

 師と慕う者を助けられず、助けを求める少女を前に何もできない。

 何と言う無力。

 

「ユニ……」

 

 それでも、発声回路から言葉を絞り出す。

 

「すまない、俺は……」

 

「ああー! いたー!」

 

 大きな声が夜の公園に響き渡った。

 

「ユニちゃん、探したんだよー!」

 

「よかった……」

 

 それはラムとロムだった。傍らにはスキッズとマッドフラップもいる。

 

「ロムにラム? どうしてこんな所に……」

 

「それはこっちのセリフだよ! ユニちゃんったら急に飛び出してっちゃうんだもん」

 

「心配した……」

 

 戸惑うユニに、ラムとロムは手を差し出す。

 

「さッ! 帰ろう!」

 

「ネプギアちゃんも心配してる」

 

「で、でもアタシ、ネプギアに酷いこと……」

 

 ユニは目を伏せて躊躇う。

 だがラムとロムはその手を少し強引に握った。

 

「だったら謝ればいいのよ! わたしたちもお姉ちゃんとケンカしたら、ちゃんと謝るもん!」

 

「仲直りしよう」

 

「……うん」

 

 ユニは少しだけ微笑んだ。胸のつかえがとれたような笑みだった。

 

  *  *  *

 

 再びリーンボックス教会、ネプギアはテラスから星空を眺めていた。

 その顔には、不安と悲しさが浮かんでいる。

 

「ネプギアちゃん!」

 

 その声に振り向くと、そこにはロムが笑顔で立っていた。さらに後ろ、テラスの出入り口からはラムがユニの手を引いて出てくるところだった。

 

「ほら、早く!」

 

「わ、分かってるわよ……」

 

「ユニちゃん……」

 

 驚くネプギアの前にロムが歩いて来て、手を差し出す。

 

「仲直り、しよ?」

 

 ネプギアにそれを拒む理由はなかった。

 ロムの手を取ったネプギアの手に、ユニとラムの手が重ねられる。

 

「言い過ぎ……ちゃった」

 

 涙混じりに、ユニは言う。

 

「……ごめんね」

 

 心からの悔恨とともに、ネプギアを真っ直ぐ見て謝る。

 

「ううん」

 

 そんな親友の姿に、ネプギアは優しい笑みで応えた。

 

「分かってる…… 分かってるの」

 

 涙を流しながら、ユニは心の内を語る。

 

「ネプギアのせいじゃないって…… 分かってるのに!」

 

 ネプギアに当たってしまった。酷いことを言ってしまった。

 嗚咽を漏らすユニの手を胸に抱き、ネプギアは柔らかく微笑んだ。

 

「うん、気持ち、分かるから」

 

 誰よりも愛する姉の危機に、何もできない焦燥感と無力感。悔恨と自責。

 やっと訪れた朝日の中で、親友二人は抱き合った。

 

  *  *  *

 

 四人の女神候補生は昇りゆく太陽が大地を照らしてゆくのを並んで見ていた。

 やがて、ユニが静かに口を開いた。

 

「お姉ちゃんより強い人なんて、いないと思ってた。ディセプティコンが現れてからも、アイアンハイドさんと力を合わせれば、どんな敵にも負けないって思ってた」

 

「おんなじだよ」

 

 ユニの胸の内に、ネプギアも同意する。

 

「私だって、お姉ちゃんがいないとなんにもできない。今だって、どうしたらいいのか全然分からなくて……」

 

「そんなの、簡単じゃない!」

 

 不安げなネプギアに、ラムが元気よく言った。

 

「わたしたちが助ければいいのよ!」

 

「わたしも……」

 

 双子の妹の言葉をロムが継ぐ。

 

「お姉ちゃんたち、助けたい……!」

 

 無邪気だが、確かな決意を感じさせる幼い双子。

 それでも、ネプギアは簡単にうんとは言えない。

 

「でも、私たち変身できないし……」

 

 女神たちを助けるための戦いは、これまでにない激しいものになるだろう。

 変身できなければ、オートボットの足を引っ張るだけだ。

 

「できるようになればいいのよ!」

 

「やりかた、おぼえる」

 

 何を当然のことを、と言わんばかりにラムとロムが声を出した。

 

「そんなこと…… できるのかな?」

 

 女神候補生にとって女神の姿への変身は、いつかは得なければならない力だ。

 しかし、その具体的な方法は分からない。

 ネプギアの姉などは、いつか自然にできるようになると言っていた。

 

「……お姉ちゃんが言ってた」

 

 静かな調子でユニが語る。

 

「アタシが変身できないのは、自分の心にリミッターをかけてるからだって……」

 

「心の、リミッター……」

 

「例えば、何かを怖がってるとか、そういうことよ……」

 

 その言葉に、ロムも反応した。

 

「わたし、ディセプティコン、怖い……」

 

「うん、私も……」

 

 バンブルビーとともにスコルポノックやランページと戦ったとはいえ、やはりディセプティコンは恐ろしい敵だ。

 不安げなネプギアとロムの言葉を受けて、ラムが元気に声を出す。

 

「じゃあ、みんなで特訓してディセプティコンが怖くなくなればいいのよ!」

 

 その言葉にユニとネプギアも笑顔になって頷く。

 

「……そうかも!」

 

「うん!」

 

 かくして、女神候補生たちは動き出した。

 最愛の姉を助けるために、かけがえのない友達とともに。

 

  *  *  *

 

「いや、まいったぜ! ラムとロムがユニを探しに行くって聞かなくてさ!」

 

「でも、夜中に女の子だけってのは危ないからな! 俺たちも着いてくことにしたのさ!」

 

 基地に帰る途中、スキッズとマッドフラップは絶えずサイドスワイプに話ていた。

 普段はうっとおしいと思うこともある双子だが、こんな時は助かる。

 

「……なあ、おまえたち」

 

 サイドスワイプはふと、言葉を出した。

 

「ユニたちは、きっと姉さんたちを助けに行くぞ。ディセプティコンが、わんさか待ち構えてる中にな。ロムとラムもだ。そのとき、おまえらはどうする?」

 

 双子は質問の意味が理解できないといった様子で、顔を見合わせる。

 聞いても無駄だったかとサイドスワイプが頭を振ると、スキッズがとぼけた声を出した。

 

「そりゃ、行かせてやるさ」

 

 一瞬、サイドスワイプは聴覚センサーを疑った。

 

「正気か? 死なせるようなもんだ」

 

「確かに、ディセプティコンはおっかねえ。それにラムとロムはまだちっこい」

 

「だから、俺らがいっしょに行って、守ってやればいいのさ!」

 

 スキッズとマッドフラップは、普段はふざけてばかりの双子は、胸を張ってそう答える。

 

「だって俺ら……」

 

「なんたって俺ら……」

 

 そこまで言って、双子は戦士の顔で声を合わせた。

 

「「オートボットだからな!」」

 

 サイドスワイプは虚を突かれたような顔になり、それから笑顔を浮かべる。

 

「そうか…… そうだよな。俺たちが守ればいいんだよな!」

 

 それから、大きく笑う。

 泣きごとばかりなんて、性にあわない。

 危機が訪れたのなら、戦うのみ。大切なものを守るために。

 それがオートボットなのだ。

 

「なあスキッズ、なんでサイドスワイプは笑ってんだ?」

 

「まあ、あれだ。いろいろ難しい年頃なのさ」

 

 素朴な疑問を浮かべるマッドフラップに、スキッズはしたり顔で答えたのだった。

 

  *  *  *

 

 朝日の中、バンブルビーはオートボットリーンボックス基地の前で、一人佇んでいた。

 ラチェットとアーシーは空港にレッカーズとホイルジャックを迎えに行き、サイドスワイプはまだ戻ってこない。スキッズとマッドフラップはロムとラムに呼ばれて行ってしまった。

 だが、ちょうどいい。一人になりたかったのだ。

 ネプギアに会いに行く気にはなれなかった。どの面下げて会えというのだ。

 バンブルビーには、もうどうしたらいいのか、分からない。

 道はいつだって、オプティマス・プライムが示してくれたのだ。

 

 司令官、オイラはどうすればいいんですか? 教えてください司令官……

 

 声なき声に答える者はいない。

 と、何か物音がした。

 そちらを振り向くと、そこに信じられない人物がいた。

 

 オートボット総司令官オプティマス・プライムが、そこに立っていた。

 

 トラックのパーツが組み込まれた大柄で逞しい体も、赤と青のファイアーパターンも、青く輝くオプティックも、変わらずに。

 

「オ…プ…ティ…マ…ス…?」

 

 バンブルビーのブレインサーキットであらゆる疑問がグチャグチャと入り乱れる。

 どうやって逃げてきたのか?

 怪我はないのか?

 ネプテューヌや他の仲間たちはどうしたのか?

 だが、今はどうでもよかった。

 オプティマスが、無事だったのだから。

 

「オ…プ…ティ…マ…ス…!」

 

 溢れるウォッシャー液を拭い、総司令官に駆け寄ろうとする。

 その瞬間、オプティマスは見慣れた笑顔を浮かべ、

 

 イオンブラスターを背中から抜き、バンブルビーに向けて撃った。

 

 




次回は、原作にないオリジナルの展開になります。
オプティマスはいったいどうしてしまったのか?
バンブルビーは立ち直ることができるのか?

それはそうと、実は作者、就職しました。
来週の月曜から出勤です。
仕事に慣れるまでは、今度こそマジで投稿が遅れるかもしれません。
執筆をやめるということはないので、無理せず書いていこうと思っています。

ご意見、ご感想、変わらずお待ちしています。

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