超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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今回の内容を簡単に表すと

オール・ハイル・メガトロン!! に尽きます。

いつにも増して捏造だらけ。


閑話 暗闇の中で part2

 ディセプティコン下級兵リンダ、通称下っ端の一日は、その多くを洗車に費やされる。

 ただの洗車ではない。ビークルモードのディセプティコンたちを洗うのである。

 幸か不幸かリンダは洗車が上手かった。

 その他、おおよそ雑用と言える仕事は一通りこなす。

 夢見ていた悪の花道とはずいぶん違うが、特に文句はなかった。

 と言うか文句なぞ出ようはずもない。

 ドレッズに連れられてメガトロンに引き合わされた瞬間、リンダは破壊大帝に絶対の忠誠を誓った。

 命の危険を感じたというのもあるが、メガトロンがかつて遭遇したことのない強烈な存在感を放っていたからだ。

 彼こそは、リンダが憧れる大悪人そのものである。

 そんなわけで彼女は今日も一人前のディセプティコン目指して精進するのだった。

 

「ほ~ら、ハチェット! 気持ちいいか~?」

 

「ガウ! ガウガウ!」

 

「そうかそうか~、気持ちいいか~!」

 

 戦闘機姿のハチェットの背に乗り、ブラシで機体を擦ってやる。

 やはりと言うか、リンダがディセプティコンのなかでもっとも仲がいいのはドレッズの面々だ。

 彼らはリンダの洗車の腕を特に気に入っていた。

 ハチェットの身体を隅々まで洗ってやり、よしよしと頷く。

 そこに、巨大な戦車が部屋に入ってきた。

 俗に言う第三世代戦車で、緑色を基調とした迷彩柄であり、副砲やらミサイルポッドやらがゴテゴテととりつけられている。

 もちろん、このディセプティコン基地にいるからには、ただの戦車のはずがない。

 

「うっす、ブロウルさん! お疲れ様です!」

 

 リンダが戦車に向かって頭を下げると、戦車はギゴガゴと音を立ててロボットモードに変形する。

 背中に副砲、両腕にガトリング、肩にミサイルポッド、そして右腕に主砲。全身武器の塊とでも言うべきそのディセプティコン、ブロウルはリンダに向かって豪快に笑った。

 

「おう! 新入り! なかなか頑張ってるみたいじゃねぇか!」

 

 ディセプティコンとしては優しくリンダに声をかける。

 

「はい! 頑張らせていただいてます!」

 

 リンダが直角にお辞儀をすると、ブロウルは頷く。

 

「よしよし! 新兵たる者、礼儀が大事だ! クソみてえな頭でも、そこは分かってるらしいな!」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 このブロウルなるディセプティコン、かなり軍人的に暑苦しく口が悪いのだが、元々裏社会育ちのリンダからすれば、別にどうと言うことはない。

 

「よし! じゃあ俺の車体も洗ってもらおうか!」

 

「うっす! 洗わしてもらいます!」

 

 再び戦車の姿に戻ったブロウルに、リンダが水をかけようとした時である。

 

『あッあ~ッ! ディセプティコン総員集合せよ! 繰り返す、ディセプティコン総員集合せよ! 緊急事態である!』

 

 基地内放送で、こんな声が聞こえてきた。

 

「この声は……」

 

「スタースクリームの野郎だな」

 

 首を傾げるリンダの言葉を、ブロウルがロボットモードに変形して継ぐ。

 

「ガウガウ?」

 

 ハチェットもロボットモードである四足獣の姿になり首を傾げる。

 

「ああ、そうだなハチェット。……いったいなんなんでしょう、ブロウルさん」

 

「さあな。どうせ碌でもないことだろうよ」

 

 リンダとブロウル、そしてハチェットは疑問に思いつつも移動し始める。

 スタースクリームはあんなんでもナンバーツーであり、その命令に従うべき上官なのだ。

 

  *  *  *

 

 ディセプティコン基地内の集会室、かつて遺跡の主たちが健在だったころにも、同じように大人数が集まるために使われたのだろう広大な空間に、ディセプティコンが集結していた。

 大小合わせて21体もの金属の異形が居並ぶ光景は、圧巻としか言いようがない。

 そして集会室の奥の一段高くなっている場所に、航空参謀スタースクリームが陣取り軍団を睥睨していた。

 全ての兵士が集まったのを確認したスタースクリームは重々しく言葉を発する。

 

「諸君! 由々しき事態だ! 我らの指導者、破壊大帝メガトロン様が崩御されたのだ…… つまり死んだ!」

 

 その言葉に、ディセプティコンたちがざわつく。

 

「メガトロン様は、逃亡した有機生命体……名前はなんつったけか? まあ、どうでもいいか……とにかく! 逃亡者を自ら追われ、そしてそこで思わぬ事故に遭われたのだ!」

 

 スタースクリームは自分の言葉が兵士たちに浸透するのを見計らって言葉を続ける。

 

「せまく、脆い坑道に考えもなしにお進みになり、そこで突然起きた崩落に巻き込まれてペシャンコになったのだ…… だが諸君! 嘆くことはない! これからは、このスタースクリームが新たな指導者としてディセプティコンを率いて……」

 

「待て! スタースクリーム!」

 

 だんだんと自分の言葉に酔ってきたスタースクリームを遮る者がいた。

 

「なんだ! ブラックアウト!」

 

「貴様! 正気で言っているのか!」

 

 それはディセプティコン空挺軌道兵ブラックアウトだ。

 メガトロンの忠臣たるヘリ型ディセプティコンが、この事態に黙っているはずがない。

 

「本当にメガトロン様が事故に遭われたというのなら、すぐにお救いせねばなるまい! こんな所で油を売っている場合か!」

 

 ブラックアウトの言葉に、周囲のディセプティコンたちも同意を示す。

 だが、これもスタースクリームにとっては想定の内だ。

 

「あ~、テメエの言うことはもっともだ。だが、ここはまず専門家の意見を聞いてみようじゃねえか。……ミックスマスター!」

 

「おう!」

 

 スタースクリームの呼び出しに、ディセプティコンたちの中からコンストラクティコンのチームリーダーが進み出る。

 

「ああ~、メガトロン様が事故に遭われた坑道は非常に危険であり、いかなる手段をもってしても救出は不可能なものであ~る!」

 

 芝居がかった口調のミックスマスターに、ブラックアウトは逆上した。

 

「貴様! それでも栄えあるディセプティコンの一員か! 不可能でもなんでもメガトロン様を救い出すのだ!」

 

「兄者の言うとおりだ。メガトロン様の救出計画を練るべきだろう」

 

 ブラックアウトの隣に立っているグラインダーも、義兄の言葉に同調する。

 だが、スタースクリームは小馬鹿にしたように嗤う。

 

「残念だが、それは無理だ。なぜなら、俺が無理だと判断したんだからな」

 

「スタースクリーム、貴様……! 何の権限があって……!」

 

「権限ならあるんだよ! メガトロン『先』破壊大帝の不在の際には、全軍の指揮権はナンバートゥーである俺様にあるんだからな!!」

 

 スタースクリームの言葉に、ブラックアウトは両腕の武器を展開する。

 だが、黒いヘリ型ロボがプラズマキャノンを発射するより早く、一瞬にしてブラックアウトの懐へ接近したスタースクリームは丸鋸と化した右腕を振るう。

 

「ぐわぁあああッッ!!」

 

 胸の装甲を大きくえぐられ、ブラックアウトはのけ反る。

 

「兄者!!」

 

 グラインダーがローターブレードを起動するが、一瞬早くスタースクリームの放ったミサイルが銀のヘリ型ロボに襲い掛かる。

 

「がぁあああッッ!!」

 

 爆発とともに後ろに倒れるグラインダー。

 弟の危機にブラックアウトがスタースクリームに掴み掛ろうとするが、スタースクリームは背中のブースターを吹かし一瞬にして宙に舞いあがりそれをかわすと、回し蹴りを放って自分より大きなヘリ型ディセプティコンを転倒させ、その身体を踏みつける。

 その瞬間、背後からスコルポノックが飛びかかったが、スタースクリームは余裕で叩き落とした。

 

「他に、俺様の決定に逆らう奴はいるか?」

 

 もがくブラックアウトの背をグリグリと踏みつけ、スタースクリームは酷薄な笑みを浮かべる。

 腐っても航空参謀、ディセプティコンでも屈指の実力者なのだ。

 スタースクリームの問いに答える者はいなかった。

 一瞬、ほくそ笑むミックスマスターとオプティックが合い、互いにニヤリと笑う。

 お分かりのことと思うが、坑道を崩したのは他ならぬスタースクリームだ。

 メガトロンに不満を持っていたミックスマスターを抱き込み、共謀して破壊大帝を葬り去ろうと言うのである。

 兵士たちの沈黙を自分への文句がないと判断し、スタースクリームは高笑いする。

 ヘリ兄弟を片づけた今、他に文句を言いそうな情報参謀は空の上、科学参謀は行方不明。

 仮にメガトロンが生きていたとしても、あそこから生還するのは不可能だ。

 もはや自分に逆らう者はいはしないのだ!

 

「ひゃはは、ひゃは、ひゃ~っはっはっはっはっはっ!!」

 

 完全勝利に酔いしれるスタースクリームはこれから始まる栄光の日々を夢想し、それゆえに小柄なフレンジーと戦闘にしか興味がないはずのボーンクラッシャー、皮肉屋だが日和見的な部分のあるバリケード、有機生命体の下級兵などがいなくなっていることに気付かず、後で気付いても大したことではないと考えた。

 

  *  *  *

 

「う……ん」

 

 レイがゆっくり目を開けると、そこは暗闇の中だった。

 鉱石が光っていてある程度の明るさはあるが、それでも暗い。

 そう言えば、この光る鉱石が発する特殊な磁気がオートボットからの発見を阻むという話だったと思い出した。閑話休題。

 突然坑道が崩れ出したところまではおぼえている。

 あの時、何か有り得ないものを見た気がする。

 違和感を感じて顔に手をやると、眼鏡がなかった。伊達とはいえ気に入っていたのに……

 頭を振って意識をはっきりさせると、そこがある程度の広さのある空間だと分かった。だが出口はない。

 崩落で埋まってしまったのだ。ここは奇跡的に崩れずにすんだ空間に違いない。

 そして、レイの目に灰銀色の巨体、その背中が飛び込んできた。

 

「め……!」

 

 メガトロン!

 

 恐怖のあまり体が固まる。

 だがメガトロンは意にも介さず、土砂の壁に向かって何か作業を続ける。

 土をかき分け、石をどけ、鉱石を砕く。穴を掘っているのだ。

 

「…………気がついたか」

 

 メガトロンは振り返らずに声を発した。

 それが自分に向けられたものであることを理解するのに、少し時間がかかった。

 

「なぜ、逃げた?」

 

 レイが返事を絞り出すより早く、やはりこちらを見ずにメガトロンは疑問を口にした。

 

「逃げれば殺すと言ったはずだぞ」

 

 本気で分かっていないらしい破壊大帝に、レイは怒りがフツフツとわきあがるのを感じる。

 どうせもう助からないのだ。

 このまま、空気がつきて窒息するか、また崩落して潰れるか、メガトロンに殺されるか、それが自分の運命だ。

 

 ならば、死ぬ前に言いたいことぶちまけてから死んでやる!

 

 レイの中で、かつてないくらいの怒りが渦巻いていた。ヤケを起こしているとも言う。

 

「なんで逃げたかって? 逃げますよそりゃ!!」

 

 大声を出すレイに、メガトロンは一瞬動きを止めるが、すぐに穴掘りを再開する。

 こちらも構わず、レイは大声を出し続ける。

 

「私は市民運動家なんですよ! しーみーんーうーんーどーうーかー!! 分かってますか!? そりゃ大したことはしてなかったかもしれないけど、自分なりに頑張ってたのよ!!」

 

 途中から敬語がなくなっていることに気付かず、レイは腹の底から叫ぶ。

 

「なのに、アンタに捕まってからこっち、変なモノ口に突っ込まれるわ、廃墟ライフ送る破目になるわ、世界中引きずり回されるわ、犯罪の片棒担がされるわ、もうさんざん!!」

 

 目じりを限界まで吊り上げ、メガトロンを睨みつける。

 いつのまにかメガトロンはレイのほうに振り返り、興味深げにこちらを眺めていた。

 それが気に食わず、レイの怒りがさらに高まる。

 

「挙句の果てに、ムシケラ!? ペット!? ふざけんな!! 聞いてんのか、このスクラップ! ガラクタ! くず鉄ーーー!!」

 

 思えば、誰かに怒鳴り散らすなんて初めてだった。

 言いたいことを全て言って、レイは目を閉じる。

 ここまで言ったのだ。メガトロンは怒りをあらわにしてレイに襲い掛かり、彼女の身体を一瞬にして挽肉(ミンチ)に変えてしまうだろう。

 だが覚悟していた最後はいつまでたってもこなかった。

 訝しく思ったレイが目を開けると、メガトロンは楽しそうにニヤニヤと顔を歪めていた。

 

「それだけ喚く元気があれば、まだ当分は大丈夫そうだな」

 

 それだけ言うと、再び土砂を掘り始める。

 その姿がなんだかムカついて、レイはムッとしてしまう。

 

「……だいたい、あなた故郷を滅ぼしちゃったんでしょう? フレンジーさんから聞いたわよ」

 

 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、レイは侮蔑を込めて言う。

 世界を滅ぼすほど戦争を繰り広げ、挙句別世界に来てまで戦い続けるなんて馬鹿げてる。

 

「なのに、なんで戦い続けるわけ?」

 

 もはや恐怖から解放されたレイがたずねると、メガトロンは答えた。

 

「運命を変えるためだ」

 

「運命……?」

 

 レイには理解できなかった。

 

「変えられないから、運命でしょう?」

 

 当然とばかりに、レイは言った。

 例えば女神、彼女たちは国を統治することを決められている。

 それが女神の運命であり、どうあがいても逃れることはできない。

 たとえ本人に、その覚悟と資質がなかったとしても。

 だから昔も……

 

「ッ!?」

 

 そこまで思考したところで、強烈な頭痛がレイを襲った。

 地面に蹲り、頭を押さえる。

 

「どうした?」

 

 メガトロンが振り返らずに聞いてきた。

 

「な、なんでもない。それで、運命を変えることなんてできると思ってるの? そんなこと不可能だわ」

 

 頭痛の原因は自分でも分からなかったが、立ち上がり酷く冷めた調子で、レイは言った。

 

「変えて見せるとも。不可能など、超えてくれる。さしあったては、このまま地の底で死ぬなどという運命からだ」

 

 メガトロンの言葉には、ただ『するべきだからする』とでも言うような響きがあった。

 話にならない。レイは話題を変えることにした。話し続けていないと気が狂いそうだったから。

 

「ずいぶんと、穴掘りが上手いのね」

 

 メガトロンは黙々と穴を掘り続ける。かき分けられた土砂に埋もれないよう、レイはその背を追って移動する。

 破壊を専門とするはずのメガトロンの穴掘りは、妙に手慣れた感じだった。

 

「……昔」

 

 メガトロンは手を止めずに話し始めた。

 いかな破壊大帝と言えど、気を紛らわしたかったのかもしれない

 

「我々の基準から見ても、遠い遠い昔、俺は鉱山で労働していたのだ」

 

 一瞬、レイは耳を疑った。

 漠然と、この怪物は生まれた時から戦い続けているのだと思っていたからだ。

 

「だから穴掘りは得意だ」

 

 メガトロンは少しだけ得意そうだった。

 

「……なるほど、古き良き過去の思い出ってわけね」

 

 少しだけレイは羨ましかった。レイにはそんなものないから。

 しかし、メガトロンの纏う雰囲気が不機嫌な物に変わった。

 

「フン! 古き良き……だと? そんな良い物じゃなかったな」

 

 メガトロンは何か、激情を抑えるかのように体を振るわせた。

 

「毎日毎日、トランスフォーマーのセンサーでも見通せないような暗闇のなかで、硬い岩盤を掘り進むのだ。坑道のあちこちから前触れなく高熱のガスが噴き出して、俺たちの身体を容赦なく焼いた」

 

 その声には、激しい怒りと憎しみがこもっていた。

 

「採掘に使う器具は劣悪で、しょっちゅう暴走を起こしては死者を出していた。無理な採掘のせいで、いつもどこかで崩落が起こり誰かが潰されていた。……だが、器具の交換も救助活動もなかった。鉱山の持ち主たちにとっては、俺たちを死なせておいたほうが、最新の機器を導入したり救助に時間と人手を割くよりも安上がりだからだ」

 

 メガトロンの言葉に、レイは自分がその鉱山にいるような錯覚に襲われた。

 どれだけ苦労しても報われず、最後にはゴミのように死んでいく、希望など見いだせない地獄のような日々。

 

「エネルギーも碌に与えられず、エネルギー切れや負傷で動けなくなった奴は『リサイクル』された…… 分かるか? 俺の仲間たちは発電機だの、変圧器だのにされたんだ!」

 

 メガトロンの声にだんだんと熱がこもってくる。

 おそらく、彼にとって鉱山での日々は忘れたくても忘れられないものなのだ。

 

「仲間たちが集まって、暴動を起こしたこともあった。だがいつも失敗だった。暴動に参加した奴らは残らず殺され、代わりにあちこちのはみ出し者が送られてきた」

 

 この言葉を聞いた時、レイはメガトロンもその暴動に参加したのだろうと思った。

 屈強な鉱夫たちの先頭に立ち、暴れ回る若き日の破壊大帝の姿がありありと浮かんでくる。

 だがメガトロンが次に出した言葉はレイの想像を裏切る物だった。

 

「……しかし、俺は、俺は暴動に加わったことはなかった」

 

「……なんで?」

 

 レイは思わず口に出してしまった。

 そんなの全然、破壊大帝メガトロンらしくない。

 

「俺は、いつも思っていたのだ。これが、俺の運命だと」

 

「運命……」

 

 メガトロンの土砂を掘り進んでいく早さが早くなっていく。

 

「暗い地下で、誰に認められるでもなく穴を掘り続け、そして死んでいく。それは変えることができないのだと。定められた運命なのだと。そう自分に言い聞かせていたのだ」

 

 土をかき分け、

 

「ある時、またしても坑道が崩落した。それに巻き込まれたのは……俺だった」

 

 石をのけ、

 

「しかし、奇跡的に俺は生き延びた。僅かな隙間に入り込んでいたのだ」

 

 岩を砕く。

 

「それって……」

 

 レイは茫然と声を出した。

 

「まるで今のよう、だな。だが今と違い、僅かな光さえない完全な暗黒。いつもの如く救助はこないし、とても掘り抜けるような量と硬さの土砂ではない。俺はスパークが絶望に囚われるのを感じた、ここで死ぬのが俺の運命なのだとな」

 

 しかしメガトロンの表情はいつしか純粋な笑みになっていた。

 

「だが、俺の中の何かが、生存本能だかブレインサーキットのバグだか知らんが、何かが俺を突き動かしたのだ。俺は必死になって穴を掘った。何度も何度も諦めそうになった。だが諦めなかった!!」

 

 レイは自分が、いつの間にかメガトロンの物語に魅了されていることに気が付いた。

 

「そして、ついに! 俺は最後の岩盤を砕いて地上に出た!」

 

 メガトロンのオプティックが爛々と輝く。

 

「あの時見た星空の美しさは今でも記憶回路に保存してある。あの時、俺は知った!」

 

 今のメガトロンのオプティックは土砂でも暗闇でもなく、その星空を映している。

 なぜかレイにはそう思えた。

 

「空の高さを! 世界の広さを! そして運命とは、自分自身の力で切り開くものなのだということを!! 誰が、何と言おうと、俺にとってはそれこそが真実だ!!」

 

 心から、彼ら流に言うならスパークから誇らしそうにメガトロンは笑う。

 だが次の瞬間、メガトロンはしまったというような素振りを見せる。

 

「……フン、少し無駄話が過ぎてしまったわ! おい、貴様!」

 

 その言葉にレイの意識も、異星の星空からゲイムギョウ界の地中へと引き戻される。

 

「レイです」

 

「では、レイ! このことは誰にも言うなよ! 言ったら……」

 

「殺すんでしょう? はいはい」

 

 どこか軽いレイの言葉に、メガトロンはフンと排気して再び土砂と向き合う。

 先はまだ長そうだ。

 

  *  *  *

 

 ボーンクラッシャーはひたすらに穴を掘っていた。

 ディセプティコン基地の外へいったん出て、崩落した坑道の入り口から掘り進んでいく。

 基地側から掘れば、ニューリーダー気取りにとがめられかねない。

 だから一か八か出口側から掘っていく。

 なんでこんなことをしているのか、自分でも分からない。

 ただ、レイに死んでほしくなかった。

 その一念で穴を掘り続ける。

 彼は遠い昔は工事用のトランスフォーマーだったが、その有り余る破壊衝動を買われて戦闘用に改造されたのだ。

 採掘は、彼が工事用時代に得意としていた仕事だった。

 周りではバリケードとフレンジー、リンダ、さらにはレーザービークとラヴィッジが土砂を運び出している。

 

「しっかしあれだよな! おまえらそんなにメガトロン様が心配なわけ? 特にバリケード! おまえいつもなら、スタースクリームの肩を持つところだろ!」

 

 フレンジーの軽口に、バリケードは手を止めずに返す。

 

「フン! メガトロン様を敵に回すのはゴメンなんでね! それに……」

 

 バリケードは少し言いよどんだが、やがて皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。

 

「ペットに死なれちゃ、寝覚めが悪いからな!」

 

「へッ! 言ってろ!」

 

 いつもの調子のバリケードに、フレンジーもいつもの軽い調子で返す。

 二体は作業を続ける。

 

「おいおい、下っ端よう! 随分気張るじゃないか!」

 

 レーザービークが新入りの下級兵に話しかける。

 

「へッ! アタイはメガトロン様に惚れ込んでんだ! スタースクリームの野郎なんかにヘコヘコできっかよ!」

 

「そうかい」

 

 実力差を考えぬ、ある意味下っ端らしい物言いのリンダに、レーザービークは少し呆れる。

 同じ有機生命体でも、あの歌い手とはずいぶん違うと思っていた。

 サウンドウェーブも、すでにコチラに向かって来ているはずだ。

 スタースクリームの天下も終わりが近かい。

 ボーンクラッシャーは、周りのそんな会話を気にせず穴を掘り続ける。

 

  *  *  *

 

 しばらく黙って穴を掘り進めていた破壊大帝だが、ふとレイに声をかけた。

 

「そう言えば、貴様はなぜ女神を憎むのだ?」

 

 レイは首を傾げた。

 

「なぜって……」

 

「あの女が女神を嫌う理屈は分かる。奴は野心家だからな」

 

 メガトロンにとって、あの同盟者である黒衣の女性の女神に対する感情は手に取るように分かった。

 しかし、この見るからに気弱な……今はそうでもないが……女性がなぜ統治者を嫌うのかは測りかねた。

 

「そりゃあ、もちろん……」

 

 そこまで言って、レイは言葉に詰まった。

 なぜ、自分は脱女神を目指して活動を続けていたのか?

 いろいろ辛いこともあったのに、なぜ活動をやめる気にならなかったのか?

 

 分からなかった。

 

「え? え?」

 

 必死に記憶をたどる。

 大事なことなのだ。思い出さなくては。必ず理由はあるはずだ。

 

「あれ? え? 嘘……」

 

 ない、まったく思いせない。

 いや、そもそも脱女神運動を始める前、自分は何をしていた?

 自分はどこで生まれた?

 親はどんな人間だった?

 自分は『誰』だ?

 

 ……何も思い出せない。

 

 いや、今はいい! それよりも女神だ! 女神を嫌う理由だ!

 しかし、まったく出てこない。

 ただ、『女神』に対しての嫌悪……いや、憎しみだけがある。

 

 明らかに異常だった。

 

「なんなの、これ……」

 

 こんな、得体の知れないものに従って、動き続けてきたのか。

 レイは頭を押さえてその場に蹲る。

 

「じゃあ、私のしてきたことって、なんなの……?」

 

 太陽の照りつける熱い日も北風の吹き荒ぶ寒い日も、街頭に立ってビラを配り続けてきた。

 人から無視され、野次を飛ばされ、石をぶつけられたことさえある。

 友達も恋人もいない。

 それでも全ては、女神のいない世界が正しいと信じて。

 だが今のレイには、その全てが酷く空虚なものに思えた。

 ディセプティコンに囚われた時よりも、深く暗く、絶望がレイの心を浸食していく。

 

「よく分からんが……」

 

 メガトロンは顔だけレイのほうに向け静かに声を出した。

 

「理由が分からないということか?」

 

 レイは小さく頷く。

 

「……良かったではないか」

 

 その言葉の意味が、レイには分からなかった。

 反射的にメガトロンを見上げるレイに向け、メガトロンは当然のことのように言った。

 

「理由が分からないということを自覚したのなら、一歩前進だろう。理由など、分からないのなら探せばいい。ないのなら見つければいい。それだけの話だ」

 メガトロンにレイを慰める気など、もちろんないだろう。

 ただ、思ったことを口にしただけなのだろう。

 それでも、レイは励まされたような気分になった。

 

 我ながら単純だな。

 

 そう思いながらも、レイの目線はメガトロンに向けられていた。

 と、メガトロンが何かに気付く。

 

「どうやら……」

 

 そしてレイのほうを見て不敵な笑みを浮かべる。

 

「二人そろって地面の下で死ぬ、という運命は回避できたぞ。イチかバチか地上に向かって掘り進んで正解だったようだ」

 

 そう言うやいなや、目の前の岩盤に向かってパンチする。

 すると岩盤は崩れ、淡い光がレイの目に飛び込んできた。

 

「メガトロン様! ご無事ですか!?」

 

 最初に聞こえてきたのはレーザービークの甲高い声だ。

 

「レイちゃん! いるかい!?」

 

 続いてフレンジーの声も聞こえる。

 少し苦笑しながらメガトロンは言葉を発した。

 

「御苦労、俺は無事だ。……レイもな」

 

  *  *  *

 

 フレンジーに手を取られ穴の外に出ると、もう夜だった。

 坑道の出口は高台の上で、景色が良く見えた。

 南国の植物が生い茂るジャングルの上に、満点の星空が広がっている。

 レイにとって、これほど美しい光景を見たのは初めてかもしれなかった。

 かつてメガトロンが見た星空も、こんな感じだったのだろうか?

 

「うおおおん! うおおおん! レイが生きてたよぉぉ!! よがっだぁああ!!」

 

 ボーンクラッシャーはウォッシャー液をまき散らしながら泣いている。

 その横ではバリケードが呆れたように佇んでいた。

 

「いや、しかし生きてて良かったよ、レイちゃん」

 

 レイの横にやって来たフレンジーが陽気に言った。

 

「フフフ、ありがとうございます。フレンジーさん」

 

 柔らかく微笑みながら、レイは感謝を示した。

 その様子に、フレンジーはハテ? と首を傾げる。

 

「レイちゃん、雰囲気変わった?」

 

「う~ん、どうでしょう? 自分ではそんな気がしないんですが…… そうですね、自分が空っぽだったって、気づいたからかも知れません」

 

「空っぽ?」

 

「ええ、だから中身はこれから見つけます」

 

 そう言って悪戯っぽく笑うレイに、フレンジーはやっぱり変わったと、妙に落ち着かない気分になった。

 少し離れた所では、メガトロンがレーザービークから報告を受けていた。

 

「サウンドウェーブはもうじき合流できるはずです。スタースクリームは……」

 

「よい。だいたい分かった」

 

 メガトロンは腹心の部下、その分身の短い報告を聞かずとも事態を把握する。

 そしてレイのすぐ後ろまで歩いてきた。

 泣いていたボーンクラッシャーも、無言で立っていたバリケードもすぐさま道を開ける。

 その場から離れようとするフレンジーに手振りで必要ないと示し、自分を見上げるレイを見た。

 

「どうだ?」

 

 メガトロンは、口角を上げた。

 

「運命は、変わったぞ」

 

 レイは無言で微笑み返して答えとした

 

  *  *  *

 

 スタースクリームは集会室で、ディセプティコンの兵士たちに演説をしていた。

 金属の異形たちはすでに同じ内容が繰り返される演説にうんざりしていたが、新たな指導者はそのことをまったく気にしていなかった。

 

「今、俺様は宣言する! 今日から俺がディセプティコンのニューリーダーだ!!」

 

 その瞬間、集会室の扉が開き、そこから巨大な影が入って来た。

 

「貴様がリーダーだと? 笑わせるな!」

 

 その声が響いた瞬間、ディセプティコンたちを包む空気が変わる。

 畏怖と安堵へと。

 見よ!

 灰銀の攻撃的な威容!

 赤く輝くオプティック!

 悪鬼羅刹の如き顔に斜めに走る傷跡!

 

 ディセプティコン破壊大帝メガトロンの帰還である!!

 

 その後ろにはバリケードが、ボーンクラッシャーが、フレンジーが、レーザービークが、ラヴィッジが、いずれも土に塗れていながらも堂々とした態度で続く。

 最後に、誇らしげに胸を張るリンダと、異常なほど冷たい視線をスタースクリームに向けるキセイジョウ・レイが部屋に入って来た。

 

「お、おまえは、メガトロン! そんな、死んだはずじゃあ……」

 

 目に見えて狼狽するスタースクリーム。

 コンストラクティコンたちの中央にいたミックスマスターも同様で、ガタガタと震えている。

 

「な、何をしてる! 今の支配者は俺だ! さっさとメガトロンを倒せ!!」

 

 スタースクリームが喚くが、当然の如くディセプティコンたちは動かない。

 それどころか、メガトロンの怒りに巻き込まれないように退避していく。

 さながらとある世界の神話のように、ディセプティコンの群れが二つに割れ、破壊大帝とリーダーを僭称する者との間に道を作った。

 

「ニューリーダーの命令だぞ! メガトロンを殺してしまえ!!」

 

「まだ分からぬか、スタースクリーム。貴様は破壊大帝の器ではないのだ」

 

 スタースクリームは反射的に背中のブースターを噴射して飛びあがろうとするが、メガトロンはその巨体からは想像もできない速さで航空参謀に接近すると、チェーンメイスを振るってスタースクリームを叩き落とし、その頭を鷲掴みにする。

 

「ぎ、ぎゃぁあああッ!!」

 

 悲鳴を上げるスタースクリーム。

 メガトロンの手の中で、航空参謀の頭がミシミシと音を立てる。

 

「お、お許しを! お許しください! め、メガトロン様ぁあああ!!」

 

 スタースクリームは堪らず情けない声を上げて許しを請う。

 

「お、俺が大馬鹿でした! 二度としません、お許しをぉおお!!」

 

「ん~? 何を二度としないと言うのだ?」

 

「そりゃ、坑道を崩すような真似を…… あ」

 

 自分の言葉に、スタースクリームは固まる。

 いままで彼が坑道を崩したと言う証拠はなかったのだが、今ので自白してしまった。

 メガトロンはスタースクリームを床に叩き付けると、逃れるべくバタバタともがくその背を踏みつけ足裏からのジェット噴射で炙ってやる。

 

「ぎゃうおああああッッ!!」

 

「まったく、このスタースクリームめ!!」

 

 激痛に喚くスタースクリームをメガトロンは容赦なくいたぶる。

 その姿にディセプティコンたちは震え、あるいは嘲笑を浮かべた。

 

「今日のところはこれで勘弁してやる」

 

 ひとしきり痛めつけて満足したらしく、息も絶え絶えのスタースクリームを放り出すと、メガトロンはディセプティコン一同に向けて声を上げる。

 

「ディセプティコンよ! おまえたちの支配者は誰だ!」

 

『メガトロン! メガトロン!』

 

 真の支配者の声に、ディセプティコンは一斉にその名を呼ぶ。

 

「おまえたちに勝利をもたらす者は!」

 

『メガトロン! メガトロン!』

 

 熱狂が集会場を支配し、メガトロンはその中心で大きく腕を広げた。

 

「そうだ! さあ、叫べ!!」

 

『オール・ハイル・メガトロン!! オール・ハイル・メガトロン!!』

 

 メガトロンを称え、あがめる声が地下遺跡の集会室を満たす。

 ラヴィッジやハチェットら言葉を発することができない者も、鳴き声で支配者を称え、いつの間にかドレッズに合流したリンダも熱に浮かされるように大声を上げ、ミックスマスターはヤケクソになって、その言葉を繰り返し叫ぶ。

 いまやこの場所の絶対者は、遺跡を築き上げた古の大国の民が信仰していた女神ではなく、破壊大帝メガトロンだった。

 

「ドクター!! ハイタワー!!」

 

「はい!」

 

「ここに」

 

 轟く主の声に、昆虫のような姿の軍医と不恰好な衛生兵が素早く進み出る。

その姿を確認したメガトロンは、すぐに指示を飛ばした。

 

「この愚か者を修理してやれ! たっぷりと可愛がったうえでな……」

 

「了解。ヒッヒッヒッ! 楽しもうぜ、スタースクリーム!」

 

「ウフフ♡ 普段傲慢ちきな航空参謀がか弱く震えている…… タマンネ~♡」

 

 軍医と衛生兵は、それぞれ違った意味で背筋の凍る笑みを浮かべて動けない航空参謀ににじり寄っていく。

 それを見たスタースクリームは声にならない叫びを上げた。

 

「生かしておくんですか?」

 

 そう言ったのは、この部屋の中でスタースクリームを除けば唯一、メガトロンコールに参加していなかったレイだ。

 

「裏切り者なんか、始末しちゃえばいいのに」

 

 ハイタワーに引きずられていくニューリーダー(笑)を見るレイの目は、まさに汚い物を見る目だった。

 

「あれでも貴重な戦力だからな。大規模な作戦が近づいている今、奴を欠くわけにはいかん。奴にしかできん仕事も多いしな」

 

 メガトロンは、そこまで言ってニヤリと顔を歪めた。

 

「それに、この俺に面と向かって刃向うのも、もうアヤツぐらいだからな」

 

 レイは、メガトロンの言葉が理解できず肩をすくめる。

 それを見たメガトロンはフム、と首を傾げる。

 

「……それにしても貴様、随分と棘のある言葉を吐きよるな。裏切り者は嫌いか?」

 

「ええ。やっぱり、なんでかは分からないんですけどね」

 

 レイは裏切りという行為に、酷い嫌悪を感じていたが、その理由は思い当たらなかった。

 

「あの、メガトロン様!」

 

 と、フレンジーが主君たるメガトロンに奏上した。

 メガトロンはそちらを向いた。

 

「なんだ?」

 

「レイちゃんを、お借りしてよろしいでしょうか?」

 

 そう言うフレンジーに、メガトロンは手振りで好きにしろと示す。

 

「ありがとうございます! ……さッ! 行こうぜ、レイちゃん!」

 

 フレンジーは頭を下げると、レイに手を差し出す。

 その姿がなんだか可笑しくて、レイは微笑みながらその手を取る。

 メガトロンはフレンジーに手を引かれていくレイに向けて声をかけた。

 

「だが、後で話がある。レイよ、後で第一区画の『希望の間』まで来い」

 

「あ、はい!」

 

 メガトロンはレイとフレンジーが集会室から出て行くのを確認してから、ディセプティコン全員に聞こえるように声を出した。

 

「では、各自命令があるまで待機! ……ミックスマスターは司令部まで来るように」

 

 その言葉にコンストラクティコンのリーダーは、顔にいよいよ絶望を浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

 フレンジーに連れられて着いた先は、レイの部屋だった。

 

「ここが、どうかしたんですか?」

 

「へへッ! まあ、入ってみなって!」

 

 促されるままに、レイは扉を開けて部屋に入る。

 そこには、コンクリートと金属の壁がむき出しになった家具の一つもない部屋……

ではなく、壁はそのままだがベッドやタンス、テーブルと椅子が置かれた普通に生活することはできそうな部屋だった。

 レイは言葉を失った。

 

「これは……」

 

「へへへ、『上』で使われなくなった家具を取ってきたのさ! まったくもったいねえよな! まだ使えるのに捨てちまうなんてさ! 近い内に水回りとかも、コンストラクティコンの奴らになんとかさせるからさ!」

 

 フレンジーは得意げに笑う。

 いつのまにか部屋の外から、ボーンクラッシャーが覗き込んでいる。

 レイからは見えないが外の通路にはバリケードも立っていた。

 

「…………」

 

「レイちゃん?」

 

 自分の言葉にまったく反応しないレイに、フレンジーは訝しげにその顔を覗き込む。

 レイは涙を流していた。

 

「れ、レイちゃん!? ど、どうしたのさ!?」

 

 予想していなかった反応にフレンジーは慌てる。

 

「や、やっぱり捨ててあったじゃイヤなのか!?」

 

「俺が知るか……」

 

 ボーンクラッシャーもオロオロと巨体を揺らし、バリケードは大きく排気する。

 三者三様のディセプティコンたちに、レイは顔を上げて首を横に振る。

 

「違うんです…… 嫌じゃないんです。嫌じゃないけど、涙が出てくるんです。私、こんなに優しくしてもらったの初めてで……」

 

 恐ろしい目、酷い目にはいろいろと遭わされた。

 だが優しくしてもらうと、なぜだか涙がこぼれてくる。

 フレンジーたちは、レイの言葉の意味がよく分からず……彼らにとっても、人に優しくするというのは、ほとんどない経験なのだ……彼女が泣きやむまで狼狽え続けるのだった。

 

  *  *  *

 

 『希望の間』そこはディセプティコン基地の最深部に位置する、メガトロンを除けば僅かな者しか入れる者のいない部屋だ。

 そう、あの幾何学の球体が安置されている場所である。

 

「レイです。来ましたよ」

 

 フレンジーに案内されてやって来たレイが、遺跡に残されていたそれをそのまま利用した彫像だらけの巨大な扉……レイは何となく地獄の門みたいだな、と呑気に思った……の前で言うと、扉は音を立てて開いた。

 入れと言うことだろうとレイが判断して部屋の中に進むと、そこにはやはり球体が青く明滅し、その前にメガトロンがレイに背を向ける形で佇んでいた。

 その背に向かって、しっかりした歩みで進むレイと、おっかなびっくり続くフレンジー。

 

「来たか」

 

 メガトロンは振り返らずに言った。

 

「はい、それで何の御用ですか?」

 

 物怖じしない様子のレイの声に、メガトロンは少し笑うと顔だけそちらに向ける。

 

「なに、貴様に命令違反の罰を与えようと思ってな」

 

「ああ~、やっぱりですか」

 

 レイは苦笑する。

 その呑気な様子に慌てたのがフレンジーだ。

 

「なんでそんなに呑気なのさ! 命令違反の罰つったら……」

 

 言葉に詰まるフレンジーに、レイは優しく笑む。

 

「大丈夫ですよ、フレンジーさん。殺すつもりなら、さっき見せしめに殺してるはずですからね」

 

 命令違反者を粛清するなら、さっき裏切り者を折檻するついでに捻り潰せば、軍団の結束を高めることができたはず。

 それに殺すだけなら今までに何回もできたはずだ。

 坑道の崩落から守ってくれることもなかったはず。

 なぜ殺さないのかまでは分からなかったが、殺されることはないだろうとレイは考えていた。

 しかし、あるいは自分の想像を絶するような、死よりも恐ろしい罰が下るのでは? という考えも同時にあったが。

 メガトロンはそんなレイを見て、ニヤリと笑う。

 少なくともメソメソ泣いているよりは、こっちのほうが好感度は上らしい。

 

「フン! 無駄に度胸をつけおって。まあいい、まずはこれを見ろ」

 

 メガトロンが幾何学の球体の表面にある人間の目には見えないコンソールを操作すると、ギゴガゴと音を立てて球体が細かく分解していき、内部に隠されていた物が露わになる。

 そこには青く輝く球体がいくつも積み重なって球体状になっていた。

 球体は半透明になっており、内部には何か生物の胎児のような影がうっすらと見えている。

 その一つ一つがレイと同じくらいの大きさがあった。 

 

「これは…… 卵?」

 

 圧倒されていたレイがようやく声を出すと、メガトロンは大きく頷く。

 

「貴様らの言葉で言うなら、それが一番近いな」

 

「これが希望……」

 

「そうだ、我らの故郷サイバトロンから失われし命の源オールスパーク。それが産み落とした最後の子供たちだ」

 

 どこか優しかったメガトロンの顔が厳しいものになる。

 

「しかしコイツらは、このままではエネルギーが足りずに孵化できずに死にゆく運命にある。それだけはなんとしてもさけたい。だが孵化するためには、大量のエネルギーが必要だ。そのために我らはエネルギーを集めているのだ」

 

 メガトロンは厳しい調子で言葉を続ける。

 

「確かに、『俺たち』は長い戦いの果てに故郷を滅ぼした…… だからこそ、その責任のためにコイツらを生かしてやらなければならん」

 

 レイはようやく納得した。

 メガトロンの果てない野心や憎悪は本物だろうが、それだけではなかったのだ。

 しかし、レイの中で新たな疑問が生まれた。

 

「で、でも、雛を孵すのが目的なら、オートボットと協力すればいいじゃないですか! この子たちは、最後のトランスフォーマーかも知れないんでしょう!?」

 

 いくら敵対しているとは言え、子供を殺すような真似はしないはず。まして滅びゆく故郷が生み出した最後の命なのだ。

 ならば素直にオートボットに助けを求めたほうが良いのではないか?

 対するメガトロンは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「ここにあるのは、全てディセプティコンの卵だ。オートボットどもに見つかれば『駆除』されるのがオチよ」

 

「そんな……」

 

「それがオートボットだ。ずっとずっと昔から変わらず、な」

 

 メガトロンは今ではないいつかを見て断言した。

 そしてレイにゆっくりと向き直る。

 

「貴様への罰は、俺たちが作戦で留守にする間、コイツらを見ていることだ」

 

 こともなげに言ってのける破壊大帝に、レイはさすがに驚愕する。

 

「うぇ!? そ、そんなこと言っても私、トランスフォーマーの卵の世話なんてできませんよ!?」

 

「だいたいはコンピューターがやってくれる。それに孵化するのは、まだ先の話だ。貴様は何かあったら俺たちに連絡するだけでいい」

 

 さすがに、全ての仕事を丸投げしてくるようなことはなかった。

 それでもレイには自信がない。

 

「で、でも……」

 

「デモもストもあるか。命令に背いたことをこの程度で許してやろうと言うのだ。感謝するがいい!」

 

「そりゃあ、おっしゃるとおりですけどね……」

 

 嘆息するレイを放っておいて、メガトロンは事と次第を黙って見守っていたフレンジーのほうを向く。

 

「そしてフレンジー! 貴様にも罰を与える! 貴様は今度の作戦での出撃を禁ずる! レイが卵を見ているのを見ているのだ! よいな!」

 

「は、はい! かしこまりました!!」

 

 フレンジーはコクコクと頷く。

 サイバトロンにいたころの、気まぐれで冷酷非情なメガトロンを知っている彼からすれば、これは罰とさえ言えない。

 なんとなしに卵を見上げるレイとフレンジーを見ながら、メガトロンは心なし満足そうだった。

 

「メガトロン様、失礼スル」

 

 そこへ扉が開き、新たなディセプティコンが入室してきた。

 均整の取れた銀色のボディに、オプティックを覆うバイザー。機械音のような声。

 分身であるラヴィッジとレーザービークを引きつれた情報参謀サウンドウェーブだ。

 

「おお、サウンドウェーブ! 直接会うのは久しぶりだな!」

 

 メガトロンは上機嫌で腹心の部下に声をかける。

 サウンドウェーブは恭しくお辞儀をした。

 

「メガトロン様ノ危機二参上デキズ、痛恨ノ極ミ」

 

「よいわ! これからの作戦で結果を出してくれればな!」

 

 豪放に言うメガトロンに、サウンドウェーブは改めて頭を下げ報告を始める。

 

「衛星ニハ、細工ヲシテオイタ。鉱石ノ特性ト合ワセテ、コノ場所ガ発見サレル可能性ハ極メテ低イ」

 

「うむ! さすがだな!」

 

「光栄ノ至リ。ソレト、例ノ同盟者カラ連絡ガアッタ」

 

 サウンドウェーブの胸のあたりから、あの黒衣の女性の声が聞こえてきた。

 

『例の物の在り処が分かった。人員を貸せ』

 

 女性の声は傲然と言った。どうやら録音らしいが、メガトロン相手によくこんな態度ができるものだと、レイは少し感心する。

 

「相変わらず、生意気な女だ。まあよい、あの女の探している『例の物』は作戦の要だ。

協力してやるとしよう」

 

 メガトロンの笑みが残忍で好戦的なものに変わる。

 その姿に、レイはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 いよいよ近づいてきたのだ。……女神の最後が。

 

「さあ、ミーティングをするぞ。サウンドウェーブ! チームリーダーを集めろ!」

 

「了解」

 

 メガトロンは忠実な腹心を引きつれ、レイに背を向ける。

 

「この作戦で永かった戦いに終止符を打つのだ! フフフ、フハハハ、ハァーッハッハッハ!!」

 

 件の作戦が成功すれば、女神とオートボットは滅ぼされ、ディセプティコンはゲイムギョウ界に大規模な混乱と破壊をもたらすだろう。

 

 それでもレイはもう、メガトロンを恐ろしい怪物とは思わなかった。

 




そんなわけで、ディセプティコン尽くしの話でした。
幾何学の球体の正体は、予想されていたかたも多いんじゃないでしょうか。
メガトロンの過去は、プライムとアメコミ版トランスフォーマーの影響を受けた、作者の完全な妄想。
言わば、自分流メガトロン・オリジンでございます。

さて、次回からいよいよ第二部も終盤に向かって行きます。
オートボットと女神に降りかかる、かつてない危機!
そのとき、候補生たちは!? 残されたオートボットたちは!?
作者はこの物語をまとめることができるのか!?(おい)

しかしリアルのほうがバタバタしてきているので、不定期っぷりが酷いことになりそうです。のんびりお待ちください。

それでは、ご意見、ご感想、本当に本当にお待ちしています。

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