超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
それは遠い遠い記憶の底。
かつて『俺』は剣闘士だった。
何処で生まれたか、親がどんな人間だったのかは憶えていない。
物心ついた時には、闘技場で剣を振るっていた。
まだ少年と言っていい年齢でありながら、並み居る敵を、時にはモンスターを相手に戦い、すべて打ち倒してきた。
俺にとって世界とは、闘技場と下級剣闘士を入れておく石造りの建物で全てだった。
そのことに疑問は抱かない。
疑問を持つほど、俺は外の世界を知らなかった。
そんなある日、自分の入れられている檻の外に奇妙な人影が転がっているのに気が付いた。
ボロボロの衣服と言っていいのかも分からない汚れきった布で体を覆い、顔も深く被ったフードで見えない。
「ううう……お腹……空いた……」
だが、漏れる呻き声から女であるらしいことは分かった。
疲れ切り、しわがれた声からして老婆だろうか?
浮浪者が行き倒れているのだろうと思い、無視しようと思った剣闘士だったが、すすり泣く姿がうっとおしかったので、食事の林檎を窓から投げてやった。
女は林檎を拾い上げるが、食べない。
驚いている……と言うよりは怖がっているように見える。
仕方ないから食え、と言ってやるとやっと林檎に齧り付いた。
僅かに見える口元は、意外と若かった。
「………ありがとう。私、人に優しくしてもらったの初めてで嬉しい……」
蚊の鳴くような声だった。
……それからだ、この女と話をするようになったのは。
話と言っても、女の方からとりとめのない内容を言ってきて、こちらが適当に返すだけ。
どうも、自分に懐いてしまったらしい。
最初はやれやれと思っていたのに気が付けば、女と話す僅かな時間に安らぎを感じるようになっていた。
女は家も家族も富も無かったが、剣闘士が持っていない自由を持っていた。
外の世界の話を聞くのは楽しかった。
そんな日々がどれくらい続いただろうか?
……終わりは唐突に訪れた。
普段ならしないような怪我をしたうえに、その怪我が元で病気になってしまた。
正直、気が緩んでいたのかもしれない。
興行主は下級の剣闘士のために薬を買う気などさらさらなく、死は時間の問題かと思われた。
寝床に横たわり、高熱に浮かされ朦朧としていると窓の外にあの女がいた。
「……どうしたの?」
その時、俺はどんな顔をしていたのだろうか。
彼女はいつも深く被っているフードを外していた。
そこにあったのは、美しい女性の顔だった。
流れるような薄青の髪に、同色の瞳がキラキラと輝いていた。
ああ、そうか。彼女がいつも顔を隠していたのは、下種な男どもから身を守るためか……。
こんなに美しい女を、世の男が放ってはおくまい。俺だってほっとかない。
「ねえ、どうしたの……? 体が痛いの?」
彼女は不安げにたずねてきた。
見惚れていて、返事を忘れていた。
激痛の中、彼女に何とか事情を説明すると、彼女は何か考え込んでいるようだった。
「分かった。私が薬を持ってくる。だから、あなたはここで待っていて」
猛烈にイヤな予感がする。
ここで止めなければ、何か、何か取り返しのつかないことが起きる。
そんな気がした。
回らぬ舌で、彼女を呼び止めようとしたが、そこで気が付いた。
……俺は、あの女の名前さえ、知らないじゃあないか。
意識は、そこで途切れた……。
パッとメガトロンが目を覚ますと、そこは自室の寝台の上だった。
ふと横を見れば、寝台の脇に置かれ台の上、そこに設置されたカプセル状のベッドでレイが寝息を立てていた。これが、彼女の寝床である。
その横には、雛たちのための寝台も置かれ息子たちが丸まっていた。
「……いるな」
そう言うとメガトロンはフンと鼻息を鳴らしてからもう一度スリープモードに入った。
* * *
次に目を覚ましたのは三日後だった。
生死の境を彷徨ったが、運が良かったのか……あるいは悪かったのか、俺は生きていた。
病気はアッサリと治り、体力も戻った。
そんな時、壁の外で数人の男が話しているのが聞こえてきた。
一人の女が薬屋から高価な薬を盗もうとし、見つかって逃げ出し。
追い詰められて崖から身を投げたということだった。
俺はその日、生まれて初めて泣いた……。
永く続いたオートボットとディセプティコンの戦争が、和解という理想的な形で終わり、復興へと向かう惑星サイバトロン。
暫定政府はアイアコン跡に置かれ、そこにある比較的無事な建物を、そのままと仮本部して使っていた。
両軍のトップたるメガトロンとオプティマスは、多忙を極めていた。
それでも、メガトロンが必ず時間を作り訪れる場所がある。
突貫工事で官邸の隣に造られたこの施設は、卵と幼体の育成施設だ。
いくつかの廊下と扉を抜けると、広い部屋に出た。
清潔に保たれた柔らかい色調の部屋の中では、レイが幼体たちに勉強を教えていた。
「レイ」
「メガトロン様」
メガトロンの声にレイと雛たちは振り向き、パッと笑みを浮かべた。
「父上!」
「ちちうえー!」
「うえー!」
「えー!」
「ガルヴァ、サイクロナス、スカージ……ロディマス。元気なようだな」
駆け寄ってきた息子たちを、屈んで撫でる。
慈愛に満ちた笑みを浮かべるレイから何故だが少し視線を逸らしながら問うた。
「ここでの生活には慣れたか?」
「ええ、おかげ様で。……水も飲まず、食事もしない生活というのは、中々不思議な気分ですが」
そう言って、レイは丈の長いドレスの裾を摘まむ。
光沢のある銀色の地に発光する青いラインの入った不思議な服だ。
このドレスは人肌に悪影響のない特殊な金属繊維でできており、メガトロンが贈った物だった。
正確には、贈った物の一つだ。
「……ああ、その服。似合っているぞ。……前にやった王冠はどうした?」
「ありがとうございます。……あの王冠は、ちょっと私には重すぎます」
「そうか……」
前にメガトロンは種々の宝石で飾り付けた黄金の宝冠をレイに与えたのだが、それは彼女の趣味には合わなかったようだ。
自分でも無駄なもん作ったと思う。
「ああー、それでだ。その……」
「?」
「いやいい……」
それから子供やレイとたっぷりと戯れたメガトロンは仕事に戻るべく通路を歩いていた。
隣にはフレンジーが小走りで並んでいる。
「また、結婚の申し込みができなかったんで? なにやってんですか……」
「今は時期尚早というだけだ。……次にはちゃんと申し込む」
「その言葉、何度目です? それに、あの宝冠! あれホント、最悪ですよ! ゴテゴテしてて悪趣味で……でもドレスはまあまあで」
「あのドレスを選んだのは貴様だろう」
フレンジーの小言に、メガトロンはウンザリしたように首を振る。
「まったく天下の破壊大帝、堕落せし者を倒したメガトロン様が、女一人口説くのに手間取るとは……」
「そもそもだな、俺から申し込む必要があるのか? あれはだな、俺を愛していると言ったのだぞ」
「それ、駄目男の台詞ですぜ。……レイちゃんはですね、『愛してる』ことで満足しちゃってますからね。今のままで良いって思ってるんです。だから現状を変えたいならこっちから、ってワケです」
「ぐぬぬ……」
噛んで含むように言うフレンジーに、メガトロンは獅子のような唸り声を出す。
フレンジーはワザとらしく排気した。
「いいんですよ、黙って俺に付いて来い!みたいなノリで。そういうの好きでしょ?」
「…………」
「っていうかですね、やっぱりレイちゃんの立場、まだ色々危ないですよ。ディセプティコンにせよオートボットにせよ、女神って存在に慣れてませんからね」
「分かっている」
今現在、レイは女神としてトランスフォーマーたちのシェアを受け、それを星に還元する身だ。
しかし、いきなり現れた女神を、さあ崇めろと言われて納得できるほど、トランスフォーマーは能天気ではない。
反感を持った連中が、集まって動いているという情報もある。
そこを何とかするためにメガトロンの妻にする必要があった。そうすることで、少なくともディセプティコンからの嫌悪感は少なくなるはずだ。
そう、これはサイバトロン再興のために必要なことなのだ。
「分かってるなら、男らしく。……頼みますよ? レイちゃんだって、サイバトロンに一人で来て、心細いに決まってますからね」
「……分かっている」
* * *
あの日から、20年ほどたった。
その間、何か特別なことがあったワケでもない。
只々、闘技場で敵を屠っただけだ。
岩のような怪力の大男。
異国の奇妙な技を使う剣士。
様々な魔術を唱える魔術師。
古の暗殺術を身に着けた暗殺者。
剣のような牙と槍のような爪を持った獣。
猛毒を持ち、人を絞め殺す大蛇。
火を吹き、鋼鉄の鱗で身を固め、空を飛ぶ竜。
全て殺した。
殺して、殺して、殺しつくした。
強さを求めて。
もう二度と、あんな思いをしないで済む、強さを求めて。
いつしか俺は並ぶ者のいない王者として持て囃されるようになった。
そんな時、俺は大国『タリ』で開かれる大会に参加するため、彼の国に赴くことになった。
『女神』
そう呼ばれる存在により支配されるという彼の国は二十年ほど前に建国され、破竹の勢いで世界に覇を唱えていた。
圧倒的な兵力で支配地を広げ、過大な税を民衆から搾り取り、逆らう者を弾圧する。
お世辞にも評判がいいとは言えない国だが、それでも世界で最も栄えているのはタリだ。
タリの都は、大きな火山の麓に白と黒の建物が規則正しく並ぶ壮大な都市だった。
市には北の雪原で取れるキノコから南の島の果実まで遠方の品々が並び、女たちは美しく扇情的だった。
何より目を引くのは、空に浮かんだ神殿だった。
……一歩路地裏に入れは浮浪者が僅かな食料を求めて争い、あるいは暖を取るために寄り添っていた。
飯を食っている時、酒を飲んでいる時、町中を歩いている時、自然と耳にする女神の噂。
曰く、女神は神殿にこもって贅沢に耽っている。
曰く、女神は逆らう者の上に雷を落とす。
曰く、女神は民のことなんて、なんとも思っていない。
曰く、女神が地上に姿を現さなくなって久しい。
……俺には関係のない話だと聞き流していた。
やがて大会が開かれ、俺は順調に勝ち進んだ。
なるほど、世界一の国での大会とあって、参加者は強豪揃いだ。
しかし、俺の敵ではない。
浴びせられる喝采、尽きることのない賞賛。
あらゆる敵を屠り優勝した俺の前に、女神の名代だという神官が現れた。
スノート・アーゼム。
そう名乗った仮面とローブの男は優勝の褒美として一振りの剣を寄越した。
「これがお前の運命だ。運命に従え」
奴が去る時に言った、この言葉の意味を俺は深く考えなかった……。
その夜のことだ。
俺の宿に、女神に対するレジスタンスだと名乗る連中がやってきた。
彼らは女神がいかに非道であるか、女神のせいで多くの人々が苦しんでいるかを語り、女神を倒すために俺に力を貸してほしいと言ってきた。
俺は二つ返事で承諾した。
彼らの言葉に心を動かされたからではない。
剣が、そう命じたからだ。
「最近、夢を見るんだ」
「何だ、藪から棒に」
オプティマスとメガトロンは、政務の合間の休憩時間中にチェスに似たゲームをしていた。
これは駒が変形したり、地形が変化したりする複雑なルールのゲームだった。
交互に駒を動かしているが、互いにコンマ一秒で手を考え、一瞬にして局面が推移していく。
二人はこうして、時折このゲームで勝負していた。
「……チェックメイト。貴様の負けだ」
「ああ……これで5連敗か」
そして、このゲームはメガトロンの方が強かった。
オプティマスはその場での最善の戦術を模索するあまり、全体を俯瞰する戦略眼に欠けていた。
なのに、こいつは戦術で戦略をひっくり返すような無茶な真似を度々成し遂げる。
自分が長い時間を懸けて勝利への布石を打ったのに、土壇場の一手で台無しにしてくれる。
そんな豪運が、オプティマスにはあった。
呆れたように、深く椅子に座り直す。
「……で? 夢がどうした」
「ああ、最近スリープモードに入ると、夢を見るんだ。……全部が夢だった、という夢だ」
「なんだそれは?」
意味が分からず胡乱げな顔をするメガトロンだが、オプティマスは真面目だった。
「ゲイムギョウ界を訪れて、ネプテューヌと出会い、様々な出来事があり、そして戦争が終わる。……その全てが私の見ている都合のいい夢で、本当はまだお前とたちと戦い続けている、そんな夢だ」
「…………」
「正直に言おう。私は恐ろしい。……もし、ネプテューヌとの思い出が、彼女の存在が、唯の夢だったとしたら……そもそも、おかしいではないか。私に、あんな可愛らしい恋人が出来るだなんて……」
「はん。馬鹿なことを言え。いい加減夢と現実の区別くらいつけろ」
オプティマスの弱音……というよりはネガティブな妄想を、鼻で笑ってやる。
この宿敵はどうも、戦闘に関連しない事柄は兄弟弟子時代からあまり成長していないらしい。
すると、オプティマスの口元に淡く笑みが浮かぶ。
「……なんだ」
「いや、以前に見た夢で、まさにこんな感じでお前に悪夢にうなされたことを笑われたことを思い出してな」
「夢なぞ所詮はブレインサーキットのエラーが見せる幻。気にするほどの物でもないわ。……さて、そろそろ仕事に戻るぞ。悪夢より現実の政務の山の方がよっぽど恐ろしいわい」
豪放に言い放ち、立ち上がる。
そう、夢など恐れるに足らず。
あんな夢のことなど、忘れてしまうに限る。
* * *
……決行の日。
婚儀を行う時だけ、女神が地上に降りてくる。
俺は式場として使われている建物の、柱の影に隠れていた。
式場に、たった一人で女神は現れた。
すぐに俺と同じようにして隠れていたレジスタンスが飛び出し、女神を取り囲む。
一瞬で分かった。奴らに勝ち目はない。
実力が、文字通り神と人ほども差がある。
だからこそ、一瞬で終わらせなければならない。
油断し切った女神に一瞬にして接近し、その腹に剣を突き刺す。
呆気なく、あまりにも呆気なく、剣は超越者たるはずの女神と肌と肉、内蔵と骨を貫いた。
その時、女神と目があった。
「ど、う……して……?」
気泡の混じった血を吐きながら、女神……あの日、林檎を与えた薄青の髪の女が問うてきた。
「どう……して……?」
手が震える、目の焦点が合わない。
頭がグラグラして吐き気がする。
俺は、何をした?
ほとんど無意識に剣を引き抜くと、女神は腹から血が溢れさせ、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
床に倒れた彼女に、周りの人間たちが歓声を上げ、罵声を浴びせ、足蹴にする。
茫然と、ただ茫然と、俺はそれを眺めていることしか出来なかった……。
「ッ!!」
スリープモードから飛び起きたメガトロンは、急いで首を回し隣で眠っているはずの女神の姿を探す。
寝床の隣の机の上に置かれた、カプセルベッド。
その中に、女神の姿は……無かった。ただ、息子たちだけがそれぞれのベッドで寝ていた。
――正直に言おう。私は恐ろしい。……もし、ネプテューヌとの思い出が、彼女の存在が、唯の夢だったとしたら……。
不意にオプティマスの言ったことブレインに再生された。
メガトロンは寝台から降りると、レイの姿を求めて部屋を後にする。
通路を歩き、部屋を覗くが、女神の姿はない。
すれ違うディセプティコンたちが敬礼してくるが、適当に言って下がらせる。
やがて、何処からか聴覚回路に歌声が聞こえてきた。
それに導かれるようにして施設の屋上に至ると、月明かりに照らされて、レイが歌を唄っていた。
メガトロンは内心の不安を全く顔に出さずにレイに声をかけた。
「レイ……」
「……ッ! メガトロン様? どうしたんですか?」
「それはこちらの台詞だ。どうした、こんな時間に」
「ちょっと眼が覚めたもので……やっぱり月もゲイムギョウ界とは違いますね。二つあるし、形がはっきり見える」
空に輝く二つの金属の月を見上げるレイが、青白い月光に溶けて消えてしまいそうに見えた。
「やはり、ゲイムギョウ界が恋しいか」
「正直、少し。……ほんの、少し」
強調して少しというレイだが、やはりゲイムギョウ界を懐かしんでいるのは明らかだった。
メガトロンと子供たちへの愛と献身故に異星にまで来た彼女だが、しかし動物もおらず植物もない、金属の世界にはやはり慣れないのだろう。
「…………レイよ。これを受け取ってはくれまいか」
静かにそう言って、メガトロンは何かを胸の装甲の内側から取り出した。
小さな、指輪だ。
「これは?」
「必要なことだ。その、やはり子供たちには両親が必要だろう、それにお前を保護する意味合いもある。……ああ、つまりだ。俺の妻になれ」
視線を逸らしながら淡々と言うメガトロンに、レイは…………レイは、曖昧に笑んでいた。
何かを誤魔化そうという風に。
「申し訳ありません。……それは受け取れません」
「何故だ……俺の何が不満だ? お前が望むなら、何でもくれてやる。宇宙船はどうだ? 銀河の果てまででも飛べるような奴を用意してやる。それとも宮殿か? 歴史に残るような、空前絶後の大宮殿を建ててやろう。でなければ……」
「不満なんかありません。何も、いりません。……私は今のままで十分幸せです。これ以上を望んだら、罰が当たっちゃう」
それだけ言うと、レイはメガトロンの脇をすり抜けて建物の中へと戻っていく。
「おやすみなさい」
「…………」
後に残されたメガトロンは、黙って空を見上げる。
月が、忌々しいくらいに美しかった。
Q1:リージ・マキシモは?
A1:次回登場しますんで、お待ちを。
Q2:また前世ネタかい!
A2:これっきゃ引き出しがないんだよお……。
メガトロンがフラれた(ように見える)理由は……今回のタイトルを見れば何となくお分かり頂けるんじゃないかと。
しかしラストエピソード(暫定)がこの二人の話なあたり、自分は本当にこの二人に入れ込んじまってるなあ……。