超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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第164話 終わりの始まり

 プラネテューヌ首都近くの森。

 

 空に『穴』が開き、そこからジェットファイアが飛び出してきた。

 ジェットファイアは何度か旋回すると、高台の上に降り立つ。

 そこからは、首都が遠くに見えた。

 

「帰ってきたね」

 

 ネプテューヌはジェットファイアの手から降りると、自分の国の惨状を見た。

 未来的なビル群の多くが破壊され、遠目にもディセプティコンたちが蠢いているのが分かる。

 

 そして、以前よりも明敏になった視覚は、プラネタワーのあった場所に十字架が立てられているのを捉えた。

 

 はっきりとは見えないが、あそこにオプティマスが物言わぬ骸として磔にされているはずだ。

 

 首から鎖で下げたマトリクスを握り、ネプテューヌは苦い顔をする。

 対し、ジェットファイアは体にしがみ付いていたロディマスを撫でていたが、冷静な声を出した。

 

「送ってくれたのはいいが、こりゃちと敵陣に近すぎだな。さっさと離れよう」

「そうだね……ハネダシティに向かおう。まだそこにいるかは分からないけど」

 

  *  *  *

 

 ラステイションでの戦いを終えた女神たちは、一度ハネダシティに戻ってきていた。

 仮本部となった市庁舎の中庭で、ノワール、ブラン、ベールの三女神に加え、ネプギアと、ジャズ、アイアンハイド、ミラージュ、バンブルビーらオートボットと、イストワール以外は映像での参加となる各国教祖たちが話し合っていた。

 

「シェアエナジーは、もう底を尽きかけている。……もう待てないわ」

「決戦、しかないってことね……」

 

 ノワールの硬い声に、ブランが頷く。

 

「まずはシェアハーヴェスターの破壊が第一目標になりますわね。……あなた方には申し訳ありませんけれど、オプティマスさんの蘇生はその次になりますわ」

「かまわないさ。オプティマスだって、それを望むだろう」

 

 真剣な表情で目的を定めるベールを、ジャズも肯定する。

 

『しかし、シェア減少によって発生している異常気象や災害に対処するために人員を裂いている以上、作戦に参加できる戦力は限られるだろう』

『仕方ないですわ。お姉さまたちのお留守を預かる以上、一人でも多くの国民を守るのがアタクシたちの役目ですもの』

『それでも、スペースブリッジが使えずレールガンで対空防御をしている以上、そう易々と援軍を呼ぶことは出来ないはず。今がチャンスです』

 

 ケイとチカ、ミナは、現実的な意見を言う。

 ラステイション防衛戦の影響は両軍に出ている。

 それが吉と出るか凶と出るかは、まだ分からない。

 

「…………お姉ちゃん」

 

 ネプギアも苦しげに呟く。

 本当は姉の帰還を待ちたかったが、そうも言っていられない。

 もはや、一刻の猶予もないのだ。

 

「では、2時間後に作戦を開始します……」

「イストワール様! ネプギア! 大変です!!」

 

 イストワールが話を締めようとしたところで、アイエフが血相を変えて中庭に飛び込んできた。

 

「アイエフさん? どうしましたか?」

「ネプ子が! ネプ子が帰ってきたんです!!」

 

  *  *  *

 

 ハネダシティの基地にジェットファイアと共に降り立ったネプテューヌはネプ子様FCの面々を始めとした自国の兵士たちに囲まれて満面の笑みを浮かべていた。

 

「ネプテューヌ様! お帰りなさい!!」

「よくぞお帰りくださいました!!」

「レッツ、ねぷねぷ!」

「やーみんなー、出迎え御苦労!」

 

 背中にはロディマスがしがみ付き、よく分かっていないながらも周囲に手を振る。

 そこへ、黒のストライプが入った黄色いスポーツカーがやってきて急停止する。

 

「お姉ちゃーん!」

 

 ビークルモードのバンブルビーの運転席から降りたネプギアは、人混みをかき分けて姉に駆け寄る。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃーん!! おかえりなさーい!!」

「おおー、ネプギアー! ただいまー!! 無事にマトリクスをゲットして帰ってきたよ!」

 

 FC会長と握手していたネプテューヌは、走ってきた妹を抱き留める。

 互いに抱擁を交わし合う姉妹を、変形したバンブルビーや後からおっとりとやってきたアイエフとコンパが微笑ましげに見守っていた。

 

「ネプテューヌさん、お帰りなさい。……それにしても、やっぱりロディマスさんはネプテューヌさんについていっていたんですね?」

「まあね。……いーすん、怒らないであげて。ロディのおかげで帰ってこれたんだから」

「それとこれとは別です。……でも今は後にしましょう」

 

 笑顔が怖いイストワールに背中のロディマスが震えあがるのを感じ、ネプテューヌは苦笑する。

 

「どうやら、間に合ったようね」

「……まったく、あなたはいつもギリギリなんだから」

「なあ、それがネプテューヌらしさ、ですけれど」

 

 聞こえた声に、ネプテューヌが顔を向けると、そこにはノワール、ブラン、ベールの三女神が苦笑と安堵が混じった笑みを浮かべて並んでいた。

 

「みんな……ネプギア、ちょっとごめん。ロディマスを預かってて」

「え? うん」

 

 妹にロディマスを渡したネプテューヌは、三女神のもとまで歩いていく。

 

「なによ? まーた、『主役は遅れてくる者だよ!』とでも言う気?」

「んー……今回はちょっと違うかな? 三人とも、もうちょっと近くに来てくれない?」

 

 いつものように素直でないことを言うノワールだが、ネプテューヌは曖昧な顔で三人を招きよせた。

 

「……何かしら? いったい」

「どうしましたの、ネプテュー……きゃ!」

 

 そして、ノワール、ブラン、ベール……永い永い時を超えて再会した姉妹たちをまとめて抱きしめた。

 三人揃ってとなると、小柄なネプテューヌではさすがに手を回し切れないが、それでも形にはなった。

 

「わたし……わたし、みんなにまた会えて、良かったよ……!」

「のわ!? ね、ネプテューヌ?」

 

 感極まった様子のネプテューヌに呆気に取られ、ノワールはじめ三女神は目を白黒させる。

 

「……ど、どうしたの、いったい?」

「そ、そんなに寂しかったんですの?」

「うん、凄く……そうだ!」

 

 ネプテューヌはしばらくそうしていた後で、不意に三人から離れると、背負っていた布に包まれた棒状の物を地面に広げた。

 布に包まれていたのは、四本の長さの違う金属の棒だった。

 

「何これ?」

「ノワールたちに、お土産だよ! 見てて!」

 

 それが何なのか分からず首を傾げるノワールたちに、ネプテューヌは短い棒を手に取って振るう。

 

 すると、棒はギゴガゴと音を立てて刀に変形した。

 アメシストのような美しい紫の刀身で、鍔の部分が花の花弁を模した、優美な刀だ。

 

「この刀は銘を『オトメギキョウ』。……さあ、みんなも手に取ってみて」

 

 促されて、三女神は自然にそれぞれに棒を取る。

 ノワールが握った棒は、鍔が黒い鳥の翼を象った、黒曜石のように輝く黒い大剣に。

 

「これは……何故かしら、この武器、妙に手に馴染むわ。まるで私たちのために作られたみたいに」

「ある意味、その通りかな……その剣は『ワタリガラス』って言うんだ!」

 

 ブランの物は、新雪のようにまっ白く、刃の部分に満月を思わせる真円が刻まれた両刃の斧に。

 

「……手に持っただけでも、ある種の『凄み』を感じるわ」

「その斧の名前は『ユキヅキ』。二つとない物だから、大切にしてね!」

 

 そしてベールの棒は、エメラルドのような緑で、穂先が緑の木の葉を模した形をしている長槍に変形した。

 

「それに、何て美しい……。業物の武器は見ているだけで吸い込まれそうになると言いますけれど、これは正にそれですわ」

「でしょう! 『コノハカゼ』は、他の槍とはちょいと違うよ!」

 

 三者三様に手に持った武器の迫力に飲まれる三女神に、ネプテューヌは満足げに胸を張る。

 

「もちろん、性能も折り紙つきだよ!! 何たって、サイバトロンの伝説の名工、ソラス・プライムの遺作だもん!」

「ソラス・プライム!? あの伝説の最初の13人の一人か?」

 

 紫の女神の口から出た思わぬ名前に、ジャズがバイザーの下で目を剥く。

 

 これらの武器はソラス・プライムと娘たちの墓所に納められていた物だ。

 かつてソラスが四人の娘のために鍛え上げながら、娘たちの意思により母と共に葬られた武器たち。

 それを、アルファトライオンが今こそ振るわれるべき時が来たと、ネプテューヌに渡したのだ。

 もちろん本来はトランスフォーマーサイズなのだが、持ち主の大きさに合わせて自らをサイズダウンしたようだ。

 

 他方、ノワールら三女神はソラスの名前に言い知れぬ感傷を覚えていた。

 

「ソラス・プライム……何故かしら、その名前、凄く懐かしく感じるわ」

「そうね。何か……何か、とても愛おしくて……でも悲しい……」

「何なのでしょう、この感覚は……」

 

 無意識に手に持った武器を強く握り締めると、何故か暖かい。

 まるで、武器が……あるいは武器の製作者が大丈夫だと言っているかのように女神たちには感じられた。

 

 女神たちの様子から何かを感じ取ったらしいアイアンハイドは、勝気に笑んで見せる。

 

「さ~てとだ、これで準備は整ったな! いっちょ派手に暴れてやろうや」

「おおー、相変わらず頼もしいねアイアンハイド! ……って、ちょっと雰囲気変わった? ジャズもカラーリングがレトロな感じになってるし!」

「ま、色々とあってね。それも含めて、いったん情報交換といこう」

 

 オートボットたちの姿が変わっていることに驚くネプテューヌに、ジャズは気さくに笑みながらも、冷静だった。

 

「OK。こっちも色々あったから……ね」

 

 頷くネプテューヌの表情に、彼女らしくない影が走る。

 彼女に言う『色々』とは、マトリクスを手に入れたことはもちろん、老歴史学者アルファトライオン……ソロマス・プライムのことも含まれている。

 それでも、あの前世での記憶を語る気は、ネプテューヌにはない。

 

 上手く説明できるとは思えないし、前世や因縁に関係なく、自分たちのことは、自分たちで解決しなければならない。

 これ以上、前世からの憎しみの連鎖に振り回されることは避けたかった。

 

 ロディマスを抱きながらも姉の様子に気が付いたネプギアは、何となく不安に思った。

 

「お姉ちゃん……何だろう? 上手く言えないけど、前と何かが変わった気がする……」

「大丈夫ですよ、ぎあちゃん。ねぷねぷは、何があってもねぷねぷです」

 

 浮かない顔のネプギアに、コンパが明るい声をかける。アイエフも、強気な笑顔で同意する。

 

「そうね。ネプ子がそう簡単に変わるわけないわ。そうじゃなかったら、イストワール様があんなに苦労するワケないじゃない」

「コンパさん、アイエフさん……ええ、そうですね!」

 

 励ましてくれる友人二人に、ネプギアは笑顔を返すのだった。

 

「……思い出すな。あの頃を」

 

 仲睦まじいオートボットや女神を眺め、ジェットファイアは感慨深げだった。

 かつてのプライム戦争の折にも、オートボットと女神であるセターン姉妹……彼女たちは女神であることに無自覚だったが……が協力してディセプティコンに立ち向かった。

 

 しかし、あの時と違うこともある。

 

「さて、ネプ子! 銃はまだ貸しとくからね!」

「ねぷねぷ、旅の間に怪我はなかったですか?」

 

 今回の戦いには、人間たちがいる。

 プライム戦争では、人間は巻き込まれ、逃げ惑うばかりだった。

 だが今は違う。彼らは、信じる女神のため、友であるオートボットのために戦おうとしている。

 一人一人では精神も肉体も脆弱でも、力を合せようとしている。

 

 人間は変わった。

 そして、ディセプティコンもまた。

 

「なあ、相棒(スタースクリーム)。お前は今、どうしている?」

 

 空に向かい、その空を誰よりも上手く飛ぶ男のことを思い、ジェットファイアは呟くのだった。

 

  *  *  *

 

『……こちらスタースクリーム。メガトロン様、聞こえますか?』

 

 どこまでも続く暗黒。

 どこまでも続く無音。

 そして眼下に広がる青い惑星。

 

 サウンドウェーブは衛星軌道上に人工衛星の姿で浮かび、通信を中継していた。

 

『こちら、メガトロン。聞こえている……報告を聞こう』

『こっちは当初の予定通りに動いてますが……正直、もう少し時間がかかりそうですね』

『急げよ。パープルハートがサイバトロンから戻ってきた。オートボットと女神どもは、こちらに決戦を仕掛けるつもりだ』

 

 無論、この通信回線は重々に秘匿されている。

 周囲にはザ・フォールンやセンチネルが差し向けたディセプティコンが監視役として浮かんでいるが、彼らはサウンドウェーブが用意した偽の通信に気を取られていた。

 

『思ってたより早かったですね……しかし、了解。何とか間に合わせます。……それと、コンストラクティコンどもですが、声をかけときました。来るかは分かりませんが』

『そうか』

 

 サウンドウェーブは観察し、監視し、そして待つ。

 メガトロンの……彼が唯一忠誠を尽くす主君の号令を。

 

『それはそうと……そっちは、焦らないでくださいよ? ……通信越しでも、あの女の悲鳴が聞こえます』

『…………分かっておる』

 

  *  *  *

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 今やディセプティコンの本拠地となった空中神殿。

 シェアアブソーバーの一部と化したレイは、悲痛な叫びを上げていた。

 その目からは血涙が流れ落ちている。

 

 今、彼女は苦痛ではなく、己の因子を持つ眷属……クローン兵たちの死を感じ取って、泣き叫んでいるのだった。

 

「奴らが来る。……あの、オールスパークの意に反するイレギュラーどもが」

 

 その前に立つザ・フォールンが、後ろに並ぶセンチネル、メガトロン、ブラジオンに向けて怨嗟に満ちた声を発する。

 

「殺せ……! 奴らを殺すのだ……! サイバトロンからも援軍を呼び寄せろ!」

 

 その顔と声には激烈な憤怒と狂気が滲んでいた。

 進み出たメガトロンが奏上する。

 

「しかし師よ。スペースブリッジが動かぬ今、艦隊を呼び寄せるとなると、それ相応の時間が必要になります」

「チィッ! センチネル! スペースブリッジはまだ直らんのか!!」

 

 舌打ちしたザ・フォールンは、鋭い視線でセンチネルを射抜く。

 センチネルは優雅に一礼し、答えた。

 

「申し訳ありません。何分、複雑な作業ですので……」

「ショックウェーブに手伝わせると言っておろう?」

「いや、儂だけでやる。貴様の部下の手は借りん」

 

 メガトロンが軽い調子で手助けを提案するが、センチネルは目線を合せずにそれを断った。

 理由は簡単。センチネルがメガトロンとその部下たちを一切、信用していないからだ。

 かつての師の答えに、メガトロンは鼻を鳴らす。

 

「ふん! ……それはそうと師よ。そろそろレイ……その女神の体が限界に近いようです。少し休ませてやってもよろしいのでは?」

「メガトロン……貴様、誰に物を言っている?」

 

 それを堕落せし者への無礼と取ったブラジオンは、呼び捨てで破壊大帝を咎める。

 しかしメガトロンは構わず続ける。

 

「その女神は、シェアエナジーを集めるために必要不可欠な存在。他の女神が手元にない現状、少しでも長持ちさせるほうが得策かと……」

「メガトロン……貴様、まだこの女神に未練があったか」

 

 弟子の言葉の裏を察し、ザ・フォールンは地獄の炉のような目を鋭く細める。

 その細く鋭い指が、叫び続けるレイの胸に触れると、ピクリとメガトロンの眉が動いた。

 

「なるほど、これは有機物にしては美しい姿をしているがな。所詮中身は下劣で愚鈍な女よ」

 

 ニイィと笑んだザ・フォールンが杖を一振りすると、床の一部が開き何かがせり上がってきた。

台に乗せられた剣だ。

 トランスフォーマーの物としても大振りで、先端部分が両側に突き出ていて、まるで船の錨のように見える。

 

「それは?」

「この剣はな、この女がタリ建国の折に己の権勢の象徴として造らせた物よ。極めて貴重な金属二種を混ぜたアダマンハルコン合金で出来ておる。最初は人間が使える大きさだったが、戦いに勝利し領土が増えるたびに合金を打ち合わせ、さらには有機物どもが神と呼んでいた獣たちの牙やら角やらを鋳融かす内に、この大きさになったのだ」

 

 説明しつつザ・フォールンは小馬鹿にした笑みを浮かべる。

 同時に、何処かメガトロンに対し勝ち誇ったような見下した視線を向けた。

 

「愚かよな。野坊主に巨大化した剣は、今やサイバトロニアンでさえ易々とは持てぬほど。この女の分不相応に肥大した欲望と傲慢さその物よ」

「……さようで」

 

 表面上、興味無さげなメガトロンだが、実際には奥歯を痛いほどに噛みしめていた。

 ザ・フォールンは表情を引き締めて部下たちに言葉を投げる。

 

「かようにして、女神などは神を騙る愚物に過ぎぬ! ……決戦の時はきた。全員であのイレギュラーどもを打ち倒すのだ!!」

『ハッ!』

 

 ザ・フォールンの号令に、ディセプティコンたちは最後の戦いへの意欲を高めるのだった……。

 

  *  *  *

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 レイの悲痛な叫びは、神殿中に聞こえていた。

 

「レイ……」

 

 センチネルに与えられた部屋の、天井から吊るされた鳥籠様の檻の中で、アブネスは苦しげに耳を塞いでいた。

 仮にも知り合いの悲鳴を聞いて平気でいられるようなメンタルを、彼女は持ち合わせていない。

 

 そこへ、センチネルが戻ってきた。

 

「ああ、帰ってきたの。ねえ、あんた。これどうにかならないの? こっちがおかしくなりそうなんだけど!」

「…………」

 

 センチネルはアブネスの言葉に答えず、無言で檻を開けて彼女に手を伸ばす。

 逃げる間もなく、アブネスは巨人の手に握られた。

 

「きゃあ! ち、ちょっと何すんのよ!!」

「君を逃がす」

「はあ!?」

「もうじき、大きな戦いが起こる。ここも安全とは限らん」

 

 アブネスの疑問に、センチネルはいつも通りの平坦な調子で返す。

 

「何よそれ! 説明しなさいよ!!」

「…………」

「またダンマリ! って言うか、今更、あたし一人を助けるくらいなら、最初からこんなことするんじゃないわよ!!」

「…………」

 

 自分を潰さないように握る老雄に、アブネスは苛立たしげな声を出したが、無視されて眉を吊り上げる。

 しかし、ふと思い出したようにたずねた。

 

「……ねえあなた、あなたって、今幸せ?」

「何だ、藪から棒に」

 

 刺々しい声を返されるが、アブネスは構わず続ける。

 

「だってあなた、いっつもしかめっ面で全然楽しそうじゃないんだもの!」

「儂個人の幸福など、そんな物はプライムになった時に捨てた。……大多数の幸福は、少数の幸福に勝る。……ならば、儂という最少単位の幸福を始めに切り捨てるのが筋だ」

 

 全く淀みなく返された、その答えにアブネスは悲しそうな顔をして、らしくもない沈痛な声を出した。

 

「そんな生き方、辛いじゃない」

「辛くとも、やらねばならい。……儂はプライムだからな」

「またそれ?」

 

 声の調子を変えないセンチネルに、アブネスは憐みに満ちた視線を送った。

 

「可哀そうな奴ね。あなたって」

 

 一瞬、アブネスを握る手に力が籠った。

 それからしばらくは、二人揃って痛々しいなまでに沈黙していたが、やがてセンチネルはアブネスを小さなコンテナに入れた。

 

「ち、ちょっと何よこれ!」

「このコンテナを、スペースブリッジの修理中に発生した汚染物質ということにして、ハネダシティの近くに廃棄させる。……防音性だが念の為、けして声を出すな。騒ぐな。死にたくなければ」

 

 厳しい声で言ったセンチネルは、コンテナの蓋を締めた。

 

「可哀そう、か……そんな風に言われたのは、初めてだよ……」

 

 蓋が完全に閉まる寸前に聞こえた悲嘆と諦念が入り混じった呟きに、アブネスは何も返すことができなかった。

 最後に見えたセンチネルの顔は疲れ切っていて、今までよりもずっと歳を取って見えた。

 

 それから、センチネルに命じられたらしいディセプティコン……スカイワープと言うらしいのが聞こえる愚痴から分かった……に運ばれている間、アブネスは声を殺して泣いていた。

 

 何で泣いているのか、自分でも分からなかった。

 




今回の解説

オトメギキョウ、ワタリガラス、ユキヅキ、コノハカゼ
名工ソラス・プライムの遺作。
所謂最終決戦装備にして、一万年越しの母から娘たちへの力添え。

タリの剣
誰にも持てない剣(フラグ)
この剣を指して、ゲイムギョウ界では行き過ぎた虚栄や無駄な浪費を指す故事として扱われていたり。

今回から、最終決戦編スタート。
泣いても笑っても、これが最後の戦いです。

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