超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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今回は過去最長となっております。
正直、難産でした。



第16話 黒の家族 part2

 ラステイション都市部の端にある廃工場地帯、建ち並ぶ廃墟の一つ、特に大きな廃工場の窓から光が漏れている。

 

「「「「「カンパーイ!!」」」」」

 

 そこでは異形のロボットたちが宴を繰り広げていた。

 見事女神を倒し、意気揚揚とアジトに戻ってきたコンストラクティコンたちである。

 そう、この廃工場こそが彼らの根城なのだ。

 一際巨大なスカベンジャーまでもがギリギリ入れる広大な室内で、輪になって座り、杯代わりのドラム缶に奪ってきたオイルを一杯まで注ぎ、一気に呷る。

 酒盛りならぬオイル盛りと言ったところか。

 

「だ~っはっはっはっはっ!! 女神も倒したし、これでこの国のオイルは俺たちのもんだ! 野郎ども! 飲めや! 歌えやあ~!」

 

「「「「おお~ッ!」」」」

 

 ミックスマスターの音頭に一同上機嫌で答える。

 

「ウフッ♡ 少し飲み過ぎたでしょうか、おかしな気分になってきました♡」

 

「ぬおおお!! コンストラクティコンの力は宇宙一ィィイイィッ!!」

 

 ハイタワーが隣のオーバーロードに身を寄せ、それに気づかずオーバーロードが無意味に叫ぶ。

 

「グスッ、オラはスカベンジャーなんだべ! 初代のころからの伝統ある名前なんだべ。なのになんでデモリッシャーばっかり有名に……」

 

「どいつもこいつも地味地味言いやがって! 僕は映画にもちゃんと出てるんだぞ! 誰だ『ああ、あのバラバラにされた奴?』とか言ってるのは! そりゃスクラップメタルだっつうの! 畜生、玩具さえ発売されてれば……」

 

 スカベンジャーとスクラッパーがオイルを呷り、誰にともなく愚痴る。

 まさにカオス。

 酔っ払い以外の何者でもない。

 

「いや、やっぱり一仕事終えた後のオイルは最高だな!」

 

 そんな部下たちの惨状を見回しミックスマスターは上機嫌に言った。そして自分の後ろに並ぶ影に声をかける。

 

「あんたらもどうだい?」

 

「いえ、私たちは……」

 

 そのなかの一人、キセイジョウ・レイはやんわりとお断りする。そもそも人間である彼女はオイルを飲めない。

 残りの影……フレンジーとバリケードは冷たい視線を送るばかりで、ミックスマスターの声に答えようともしない。

 

「なんだよ! 付き合い悪いな~」

 

 ミックスマスターはそう言ってオイルをあおる。

 そこに隣で愚痴っていったスクラッパーが話しかけてきた。

 

「しかし、ミックスマスター」

 

「バカやろ! 女神を倒した今、俺はこの国の支配者も同然だぞ! ミックスマスター大王陛下と呼べい! だ~っはっはっはっ!」

 

 高笑いとともに、さらにオイルをあおるミックスマスター。

 その姿に、スクラッパーは多少酔いが冷めたのか、不安げに話かける。

 

「これからどうするんです? この人たち、メガトロン様の使いらしいですし……」

 

「バカやろ! メガトロンがなんぼのもんでい! 俺たちはこのコンストラクティコン王国の大王と、その部下たちだぞ!」

 

 上機嫌にオイルをもう一杯呷るミキサー車ロボ。

 

「こ、こんすとらくてぃこんおうこく?」

 

 後ろで困った顔をしていたレイが、驚愕と困惑と、少しの呆れを滲ませてすっとんきょうな声を出す。

 

「だ~めだコリャ、完全に正気を失ってやがる」

 

 フレンジーがある意味彼らしくない、深い深い排気を吐いて、腕を組んでいるバリケードを見上げる。

 

「コイツらときたら、もう何時間もぶっ続けでオイル飲んでんだぜ」

 

「まったく、どうしようもないな」

 

 バリケードも呆れ果てたように首を横に振る。

 

 彼ら一人と二体は、各地に散ったディセプティコンの情報を求めて、このラステイションを訪れていた。

 そこでエネルゴンの反応と、レイが聞き込みで得た情報を基にここまでやってきたのである。

 しかし、コンストラクティコンたちはレイたちが到着した時にはすでに酔っぱらっており、まともに話が通じない。正直、困っていた。

 

「あ、あの、それで女神を倒したって言うのは、本当ですか!?」

 

 レイは目の前で飲んだくれるミックスマスターを見上げ、気になっていることを聞いた。

 

「お? おうよ! 俺様の砲で撃ち落としてやったぜ!」

 

 ミックスマスターが自慢気に胸を張り、オイルをさらに呷る。

 横でスクラッパーが、「僕を囮にしてですけどね……」とブツブツ言うが、無視する。

 

「そ、そうですか……」

 

 レイは複雑な気分だった。

 女神のことは嫌いだが死んで欲しいと思うほどではなかった。

 

「ふ~ん…… レイちゃんって、そういう顔も出来るんだ」

 

 いつの間にか隣に来ていたフレンジーが、レイの顔を見上げて言った。

 少し不愉快だった。

 

「そ、そりゃあ、私だって人が死ねば悲しく……」

 

「なんだ、気付いてないのか」

 

 表情など変わりようもない顔に確かに笑みを浮かべて、フレンジーは続ける。

 

「レイちゃん、笑ってるぜ?」

 

「!?」

 

 その言葉にハッとして顔を抑える。

 

「わ、私、笑ってなんか……」

 

「ん~? 嫌いな相手が死んだんだろ? なら喜ぶのは当然だと思うけどな~」

 

 フレンジーは首を傾げた。

 

「ち、違います! そんな酷いこと……」

 

「おい」

 

 レイは必死になって否定しようとするが、そこに後ろからバリケードが話かけてくる。

 

「このままじゃ埒が明かん。一旦引き揚げるぞ」

 

「ん~…… 確かに、酔っ払いの相手をしててもなあ……」

 

「あ、あのフレンジーさん? 話を聞いて…… はあっ…… もういいです……」

 

 フレンジーがバリケードの言葉に頷き、レイも反対はしない。

 

「「「「「カンパ~イ!!」」」」」

 

「……こりゃ、『助っ人』がいるな」

 

 いまだカオスな酒宴(?)を続ける重機軍団を見て、フレンジーが呟く。

 二体のディセプティコンと一人の女性は、その場を退出した。

 

「よ~し! それじゃあ、俺様の十八番! 『ミックスマスター音頭』! 歌いま~す!」

 

 コンストラクティコンたちは気にせずオイルを飲み続ける。

 

  *  *  *

 

「……まあ、そんな感じだ」

 

『そうか、そんなことが……』

 

ラステイションにおけるオートボットの拠点である、赤レンガ倉庫。

アイアンハイドはそこで、プラネテューヌの本部にいるオプティマス・プライムと話していた。

ミックスマスターの砲弾に倒れたノワールは、あの後教会に運び込まれた。教祖である神宮寺ケイの話だと命に別状はないらしいが、少なくとも今は安静が必要だ。

 

『分かった。我々もそちらに向かおう』

 

オプティマスが力強く言った。この事件には協力することが必要だ。

しかし、アイアンハイドは首を横に振る。

 

「そのことだが…… 今回のことは『俺たち』に任せてくれないか?」

 

『何か、考えがあるのか?』

 

「考えってほどのもんじゃない。けど、頼む」

 

アイアンハイドは深々と頭を下げた。

その態度にオプティマスは何かを察したらしかった。

 

『……分かった、だが無理はするなよ』

 

「ああ、それじゃあな」

 

通信を切り、アイアンハイドは、先ほどのことを反芻する。

 

  *  *  *

 

「オプティマスに協力を頼むなだあ!?」

 

 ラステイションの教会の裏手で、アイアンハイドが大声を上げる。

 目の前の小柄な少年のような容姿の少女、ラステイションの教祖、神宮寺ケイは大きく頷いた。

 

「そう、今回の件はなんとしてもラステイションで…… ノワールの力で解決しなくちゃいけない」

 

「ふざけるなッ!!」

 

 ケイの言葉に、アイアンハイドは思わず怒鳴り声を上げる。

 

「いいか! 敵の力は思っていたよりも強かった! だったら味方に応援を頼むのがあたりまえだろうが!」

 

「いや、それは違う」

 

 自分の何倍もある黒いオートボットの怒りに、ケイはまったく動じずに言葉を返す。

 

「『ラステイション』としては、これ以上『プラネテューヌ』に借りを作るわけにはいかない。君たち、『オートボット』にもだ」

 

「ああッ!? そりゃどう言う意味だ!」

 

「それなら、はっきり言おう。ここのところ、ラステイションのシェアが落ちているんだ」

 

 その言葉に、アイアンハイドは訝しげな表情になる。

 

「シェアってのは、国民の信仰が基になってるんだろ? だったらなんで減るんだ?」

 

「そうだね…… 君から見て、ノワールの『女神としての』魅力って何だと思う?」

 

「さあな……」

 

 アイアンハイドは質問の意味を測りかねた。もともと問答は得意ではない。

 ケイはアイアンハイドが答えに困っているのを見て、ポーカーフェイスを崩さずに言葉を出す。

 

「それはね、『完璧であること』さ」

 

「……なんだよそりゃあ」

 

 アイアンハイドはケイの言葉が理解出来なかった。

 構わずケイは続ける。

 

「言った通りの意味だよ。美しく賢く、勤勉で努力を惜しまず、そして何者にも負けない。それが、国民が求める『ブラックハート』だよ」

 

 その言葉に、アイアンハイドはやっと理解が行き届き、同時に怒りに顔を歪めた。

 

「だから、メガトロンに負けて『完璧』じゃなくなったお嬢ちゃんは、魅力半減ってことか。そして、その魅力を取り戻すには、ディセプティコンを倒して『完璧な女神』になるしかないと。……だからお嬢ちゃんは無理してたのか」

 

「そう言うことだよ」

 

「それこそ、ふざけんなって話だ」

 

 アイアンハイドは怒鳴り声ではない、限りなく低い声を発生回路から絞り出す。

 その声に、ケイは初めて一歩後ずさった。

 

「必死こいて戦ってる奴に、完璧じゃないから魅力がないだ? ふざけんなよ、おい」

 

 両腕の砲を回転させ、アイアンハイドはケイに近づく。

 

「それで、おまえさんはお嬢ちゃんが無理するのを、黙って見てたわけか」

 

「一応、進言はしたけど、聞かなくてね。……それ以上は契約にないよ」

 

 その言葉に、アイアンハイドの砲口が危険に光った。黒いオートボットと教祖の間に、緊迫した空気が流れる。

 

「言っておくけど」

 

 ケイは少し表情を硬くする。

 

「国民にそう見てほしいと願ったのも、僕に『こう』あれと願ったのもノワール自身だ。その責任は自分で負わなくてはいけない。『僕たち』にはそれをどうこう言うことは出来ない」

 

「……なるほどな。なんとなくだが、おまえさんの言いたいことが分かってきたぜ」

 

 アイアンハイドはしかめっ面のまま、ケイに背を向ける。

 

「……素直じゃないのは、お嬢ちゃんだけじゃなかったみたいだな」

 

 その言葉にケイは困ったような笑みを浮かべるのだった。

 

  *  *  *

 

「ん……」

 

 窓から差し込む朝日の眩しさに、ノワールは目を覚ました。

 そこはラステイションの教会、自室のベッドだった。

 なぜここで寝ているのか…… たしか武器を手から落としてそれを追いかけ、そして……

 思い出した。

 ディセプティコンに撃ち落とされたのだ。

 

「また…… 負けちゃったか」

 

 起き上がろうとすると、体のあちこちが痛む。

 砲撃されたのだ、これくらいで済んで幸運と見るべきか。女神の身体の頑丈さに感謝である。

 それでも上体を起こし、ふと横を見ると妹であるユニがベッドに突っ伏し寝息を立てていた。

 枕元に置いてあった通信端末で確認したら、あれから三日たっていた。

 ノワールは薄く微笑み、ユニの頭を撫でてやる。

 おそらく付きっきりで看病してくれたのだろう、深く寝入っていた。

 彼女を起こさないように、ひっそりとベッドから立ち上がり、部屋を出る。

 

「ごめんね、ユニ ……弱いお姉ちゃんで」

 

  *  *  *

 

 ノワールが廊下を歩いていると反対側から教会の職員が二人、歩いてくるのが見えた。

 思わず柱の影に身を隠す。

 

「おい、聞いたか? この前のオイルスタンドが襲われたときの話」

 

「ああ、ブラックハート様が負けたっていう……」

 

 職員たちの会話の内容に、ノワールは我知らず体を震わせる。

 

「なんでも、そのせいでシェアも下降してるらしいぞ。国民からの問い合わせもひっきりなしだし……」

 

「まあ、二回も負けちゃあな……」

 

 ノワールは、職員たちが通り過ぎるのを待ってから足早に廊下を駆けていった。

 だから、その後の二人の職員の会話も耳に入らなかった。

 

「だからこそ、俺たちがしっかりブラックハート様を支えないとな」

 

「ああ! こういう時こそ、我々の信仰心の見せどころだ!」

 

  *  *  *

 

 ノワールは教会の裏口から、人目をさけてそっと外へ出る。

 そこには、無骨な黒いピックアップトラックが停車していた。

 

「あなた……」

 

 ノワールが声を出すと、黒いピックアップトラックは無言でドアを開ける。

 乗れ、ということだろうか。

 ノワールは、こちらも無言で乗り込んだ。

 なぜか、そんな気分だったのだ。

 

  *  *  *

 

 サイドスワイプはロボットモードで教会の裏手に腰かけていた。

 その顔は思いつめたように険しい。

 そこへ、裏口から飛び出してくる者がいた。

 ユニだ。

 その顔は青ざめ、肩で息をしている。

 

「サイドスワイプ! お姉ちゃんが…… お姉ちゃんがいないの!」

 

「……ああ」

 

 ユニの必死の言葉に、サイドスワイプは小さく返す。

 

「ああって…… お願い! いっしょに探して! ケイに聞いてもほっとけって……」

 

「ユニ」

 

 サイドスワイプはユニの言葉を遮り、絞り出すように声を出す。

 

「頼む! ここはアイアンハイドに任せてくれないか!」

 

 そう言って、サイドスワイプはユニに向き直る。

 

「なに言ってるの!? ふざけてないで乗せてちょうだい!」

 

「ふざけてなんかいない! アイアンハイドには何か考えがあるんだ! ……だからどうか、お願いだ。このとおり!」

 

 地面にこすり合わせんばかりに頭を下げ、サイドスワイプは言葉を続ける。

 

「ユニの姉さんを守れなかった俺に、こんなこと言う資格がないのは分かってる! でもアイアンハイドは違う! きっと大丈夫だ!」

 

「…………わかったわ」

 

 ユニは、涙を拭いながらサイドスワイプを真っ直ぐ見つめる。

 

「アイアンハイドさんに免じて、信じてあげる」

 

「すまん」

 

 銀のオートボットは深々と頭を垂れるのだった。

 

  *  *  *

 

 ピックアップトラックが走り出してしばらくは、お互いに無言だったが、やがてノワールがポツポツと口を開いた。

 

「私のこと、馬鹿だと思ってるでしょ?」

 

 その言葉には、どうしようもない自嘲が込められていた。

 

「んなこと、思ってねえよ」

 

 アイアンハイドは、ぶっきらぼうに言った。

 

「嘘! 結局、あなたの言うとおり、無理をして、結果がこの不様な敗北……」

 

「事情は、ケイのお嬢ちゃんから聞いた。最近、シェアが落ちてんだって?」

 

 その言葉に、ノワールは複雑そうな顔になる。

 

「そうよ…… 原因は……」

 

「メガトロンに負けたから、か」

 

 ノワールは小さく頷く。

 

「当然よね、女神は国民を護る者、だから敗北すれば信用を失いシェアも下降する」

 

「つくづく、ふざけた話だ」

 

 アイアンハイドは不機嫌そうな声を出した。

 

「色々な仕事をしてシェアを回復させようとしたけど、どうしても元には戻らなかった。だから、今回の件はなにがなんでも私の力で解決したかったの。シェアを、国民の信頼を取り戻すためにね。……でも、結果はこれ」

 

 ノワールは自嘲を込めて笑顔を作る。今にも泣きだしそうな笑みだった。

 しかし泣かない。それが、ノワールに残された最後のプライドだった。

 

「もうお終いね。こんな愚かで弱い女神、だれも信仰なんてしてくれないわ」

 

「……今、俺が何を言ったところで、気休めにしかならん。だから言わない」

 

「あら、厳しいのね」

 

 その態度がなんだかおかしくして、ノワールの笑みが少しだけ柔らかいものになる。

 

「オプティマスなら、気の利いたことの一つでも言えるんだろうが、俺はそういうのは得意じゃなくてな。……着いたぜ」

 

 その言葉とともに、ピックアップトラックは停車した。

 

「? 着いたってどこに……」

 

 ノワールが車窓から外を見るとそこは、

 

「幼稚園?」

 

 以前、ノワールが訪れた幼稚園だった。

 

「なんで、こんなところに?」

 

「まあ、いいから降りな」

 

 アイアンハイドに促され、ノワールは車を降りる。

 幼稚園のなかに入ると、園児たちと数人の教師がみんなで歌を歌っているところだった。

 園児たちの真ん中で歌を歌っているのは、穏やかそうな老婦人、園長先生だ。

 ノワールは、それを遠巻きに見つめる。

 声をかけることなんて出来ない。自分にはもうその資格はないとノワールは考えていた。

 

「あ! めがみさまだ!」

 

 しかし、園児の一人が目ざとくノワールを見つける。

 

「ほんとだ!」

 

「あそびにきたのかな?」

 

 他の園児たちも気づき、歌そっちのけでノワールの下へ駆けてくる。

 

「めがみさまー? きょうはどうしたのー?」

 

「またおはなししにきたの?」

 

 園児たちの声に、ノワールは困惑する。園児たちの情報は、ノワールが前回話をしたときから更新されていないのだ。

 

「え、えっと、私は……」

 

「はい、はい、女神さまが困ってらっしゃいますよ。みんなは先生たちとお歌を続けてください。女神さまとは園長先生がお話しますからね~」

 

 園長が柔らかい調子で言うと、園児たちは「は~い!」と返事をする。いくらか、「えんちょうせんせいばっかりずるい!」とか「わたしもおはなしした~い!」とか聞こえて来たのはご愛嬌だ。

 

  *  *  *

 

 応接間に通されたノワールは、以前と同じようにお茶を出された。

 

「前回来ていただいたときは、子供たちの親御さんからも好評だったんですよ。そうそう、機会が有れば、これをお見せしたかったんです」

 

 園長は穏やかに微笑みにながら、ノワールに何か紙の束を渡す。

 受け取ると、それは画用紙にクレヨンで描かれた絵だった。園児たちが書いた物だろう。

 どの絵にも、女神化したノワールと思しい人物が描かれている。空を飛びまわる物、モンスターと戦う物、子供と手をつなぐ物、様々だ。

 

「みんな、ブラックハート様にもう一度お会いしたいって、もう大変で……」

 

「私は!」

 

 ノワールは園長の言葉を遮り、強い声を出す。

 

「私は、そんなすごい女神じゃないんです! 子供たちが思い描いているような、完璧な女神じゃ……」

 

 顔を伏せ、ギュッとスカートを握りしめ、絞るように言葉を出す。

 普段なら喜ばしい言葉も、期待も、今のノワールにとっては苦痛だった。

 

「……ブラックハートさま、いえ、ノワールさま。よく聞いてください」

 

 園長は膝をついてノワールに目線を合わせると、言葉を続ける。

 

「私が信仰しているのは、完璧な女神のブラックハートなんかじゃありません」

 

 その言葉にノワールはゆっくりと顔を上げる。

 

「私が信じているのは、悩んでも、苦しんでも、それでも私たちのことを考えてくれる頑張り屋さんの素敵な女神さま」

 

 そこで園長は、園児たちの描いた絵を見る。

 

「それに、子供たちが好きなのは、自分たちと笑いあった女神さま、……あなたです」

 

 園長は真っ直ぐにノワールの瞳を見つめた。

 

「だからどうか、そんなに自分を卑下しないでください。あなたを、みんな信じているんですから」

 

 その言葉に、ノワールは言い知れない気持ちになった。

 シェアを回復するため? 完璧な女神でいるため?

 違う、自分が女神として戦い、生きていくのは……

 自分を信じてくれる人たちのためだ。そのために、戦うのだ。

 ノワールの心が熱を取り戻す。

 落ち込んでいる暇などなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 ノワールは力強い笑みを浮かべ、園長に礼を言う。

 園長は少し悪戯っぽく微笑んだ。

 

「お礼なら、アイアンハイドさんという方に言ってあげてください」

 

「へ?」

 

 その言葉にノワールは驚く。

 

「その方が私に連絡をくれたんですよ。『お嬢さんが悩んでるだろうから、力になってやってほしい』って」

 

「アイアンハイドが……」

 

 だから自分をここに連れて来たのかと、納得する。

 

「あいつ、余計なことしてくれちゃって」

 

 言葉とは裏腹に、ノワールの顔は満面の笑みだった。

 

  *  *  *

 

 園長と先生、園児たちに挨拶を済ませ、園の門に戻ると、来た時と変わらず無骨な黒いピックアップトラックが停車していた。

 

「おう、話は済んだかい」

 

 ピックアップトラックから聞こえてきた声は、やはりぶっきらぼうだった。

 ノワールは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ええ、有意義な時間だったわ」

 

「……その調子だと、もう大丈夫みたいだな」

 

 そう言って、アイアンハイドはドアを開ける。

 当然とばかりにノワールはそれに乗り込んだ。

 

  *  *  *

 

 走り出してしばらくは、お互いに無言だった。

 

「お嬢ちゃん」

 

 アイアンハイドが突然言った。

 

「俺はこう見えて防音性だ、それに口も堅い。だからよ、我慢しなくて、いいんだぜ?」

 

「う、う…… うわああああんッッ」

 

 ノワールは小さく嗚咽を漏らす。それはだんだん大きくなり、ついには大声で泣き出した。

 悲しくてではない。自分を信じてくれる人がいると言うのが、ただただ嬉しくて涙が溢れてくるのだ。

 アイアンハイドは黙ってノワールの気の済むまで。泣かせてやるのだった。

 そして、自分のなかで答えを見つける。

 なぜ、こうまで自分はこの少女に構うのか。

 似ているからだ。姿かたちがではない、人格でもない、本当は人一倍繊細なくせに何もかも自分一人で背負い込もうとする、その姿勢が、

 

 ……総司令官オプティマス・プライムに。

 

 まったく、どいつもこいつも一人で抱え込みやがって、少しは支えさせろってんだ。

 

「なあ、お嬢ちゃん。余計のことだってのは分かってるんだが……」

 

 アイアンハイドが声を出した。その声には、不器用な優しさがあった。

 

「あんたはもう少し、周りを頼ったほうがいい。教会の職員たちは、こんな時こそお嬢ちゃんを支えようと張り切ってるそうだ。ケイのお嬢ちゃんも、だいぶ遠回しにだが、あんたのことを心配してた。もちろん妹さんもな」

 

 ノワールは黙って嗚咽を漏らしながら、それを聞いている。

 

「なあ、こんなに味方がいるんだ。全部一人で背負い込もうとするなよ」

 

 そして、最後に一言付け加えた。

 

「俺だって、あんたの味方のつもりだ」

 

  *  *  *

 

「グスッ…… ねえ、あなた……」

 

 ノワールはしばらく泣いていたが、やがて涙を拭って言葉を発した。

 

「一つ分からないんだけど、どうして園長先生のこと知ってたの?」

 

「あ~…… それはだな……」

 

 なんだかバツの悪そうな声で、アイアンハイドは答えた。

 

「……聞いてたからだよ、お嬢ちゃんの仕事を」

 

 その言葉にノワールは一瞬、虚を突かれたような顔になる。

 

「はい? はいぃッ!? 聞いてたってどういうこと!?」

 

「ああ~、あれだ、俺はトランスフォーマーだからな、センサーの感度を上げれば、あの幼稚園の外からでも、おまえさんの演説を聞き取れるんだよ」

 

 アイアンハイドの答えは、ノワールを驚愕させるには十分だった。

 

「な、な、な! なんで!?」

 

「なんでって、お嬢ちゃんがどんな仕事をしてるのか、気になってな」

 

 黒いピックアップトラックは、なんでもないように言う。

 

「しっかしお嬢ちゃん、話がつまらなくていけねえぜ。ガキども何人か退屈してたぞ。その後のアクションは好評だったみたいだけどな」

 

「うう……」

 

 そうなのだ、実はあの講演のとき、自分の話があんまり園児たちの興味を引いていないことを悟ったノワールは、戦法を切り替え、外に出て空中を飛び回って見せたり、大剣を振るって見せたりしたのだ。

 つまり、女神のことを正確に伝えたとは言いづらかったりする。

 

「う、うるさいうるさいうるさい! なによ! せっかく少し見直したのに、そんなストーカーじみたことして!」

 

 ノワールは顔を真っ赤にして、ピックアップトラックのダッシュボードをポカポカと殴った。

 

「なんだよ! ストーカーって! 俺はただ女神のことを理解しようとしてだな……」

 

「うるさいわよ! この~!」

 

「お、おい危ねえって!」

 

 無骨な黒いピックアップトラックは、フラフラとしながら走っていった。

 

  *  *  *

 

「やあ、お帰り それで? 家出はもう終わりかい?」

 

 ラステイションの教会に着くと、ケイが出迎えた。

 

「……ただいま。ええ、心配かけたわね」

 

 ピックアップトラックから降りたノワールは、少し照れたような表情で言う。

 

「心配? ああ、そうだね、契約主がいなくちゃ契約が不履行になるところだったよ。それだけが心配だったよ」

 

「はいはい」

 

 ケイの言葉にノワールは苦笑する。

 

「まったく、素直じゃない奴ばっかりだぜ」

 

 アイアンハイドが呆れたような声を出した。

 と、教会の中から誰か駆け出て来る。

 

「お姉ちゃーん!!」

 

 それはユニだった。

 全力で走って来てノワールに抱きつく。

 

「お姉ちゃん! 心配したのよ! 急にいなくなるんだもの!」

 

「うん、ごめんなさいねユニ。 もう大丈夫よ、まだ体は痛いけどね」

 

 ノワールは優しく笑い、妹の頭を撫でてやる。

 

「どうやら、うまくいったみたいだな」

 

 停車しているアイアンハイドの横に、ビークルモードのサイドスワイプが停車する。

 

「ああ、とりあえずな。おまえこそどうだったんだ?」

 

「……まあ大変だったよ」

 

 サイドスワイプは静かな声を出した。

 

「ま、がんばんな」

 

 アイアンハイドは、あえて何も聞かずに言った。

 

「ああ、そのつもりさ」

 

 サイドスワイプの声には、静かだが確かな決意が宿っていた。

 

  *  *  *

 

 深夜、ラステイション沿岸部にあるオイルコンビナート。

 ゲイムギョウ界でも屈指の規模を誇り、工場とオイルタンクが立ち並ぶここは、ラステイション中にオイルを供給する大切な場所である。

 もう夜遅いにも関わらず、ここでは多くの職員が働き、機械群が稼働していた。

 そんなコンビナートの運河に隣接した入口に、突然五台の重機が乗り込んで来た。

 黄色いホイールローダー、赤いダンプトラック、首長竜の如きクレーン車、巨大なパワーショベル、そして黒いミキサー車。

 その威圧的な姿に職員たちは何事かと首を傾げる。

 

「野郎ども! トランスフォームだ!」

 

 先頭のミキサー車から声が聞こえたかと思うと、ギゴガゴと音を立てて、五台の重機が変形していく。

 そして現れる異形のロボット軍団は、言うまでもなくコンストラクティコンだ。

 コンストラクティコンたちは、武器を作業員たちに向ける。

 

「だ~っはっはっはっ!! ここを抑えれば、すなわちラステイションの大半のエネルギーは俺たちの物、つまり、この国は俺たちの物だ!!」

 

 ミックスマスターは高笑いとともに宣言する。

 もはやディセプティコンの暴挙を止める者はいないのか?

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 

 そこに凛とした声が響いて来た。

 

「なにぃッ!? ……あれ? この展開前にも……」

 

 ミックスマスターを始めとしたコンストラクティコンたちが声のした方…… 上空を見上げる。

 そこには、黒いレオタード、美しく長い白の髪、手には大剣、背には光の翼。

 ラステイションの女神、ブラックハートことノワールが不敵な笑顔を浮かべて、そこにいた。

 

「き、貴様! 生きてたのか!?」

 

 ミックスマスターが驚愕していると、ノワールは心の底から馬鹿にしたように笑う。

 

「ええ、詰めが甘かったわね。……エネルギーを抑えれば国の支配者だなんて、ずいぶん馬鹿なこと言ってくれるじゃない?」

 

 その言葉にミックスマスターが激昂する。

 

「なにをう! 生きてたのなら、今度こそ殺して、この国をコンストラクティコン王国にしてくれるわ!」

 

「ふ~ん、そう」

 

 ミキサー車ロボの宣言に、黒の女神は小馬鹿にしたようにハアッと息を吐く。

 

「それで? その国の支配者って誰なのかしら? まさか、あなたじゃないわよねえ?」

 

「俺に決まってるだろうがッ! 俺様はミックスマスター大王様だぞ!!」

 

「あなたが? 国のなんたるかも分かってない、こそこそオイルを盗むくらいしか能のない、あげく、いい気になってすることがオイル独り占めとか言うケチ臭いあなたが?」

 

 黒い女神は、オイル泥棒の誇大妄想をバッサリと斬り捨てる。

 

「ふざけるのも大概にしなさい! あなたなんかが、国の支配者の器なわけないでしょう! あんたみたいな小悪党、倒す価値もないから、とっとと尻尾を巻いて逃げるといいわ!!」

 

 コンストラクティコンたちは、黒い女神の啖呵に圧倒され、思わず一歩後ろに下がった。

 唯一、首魁ミックスマスターだけが、ワナワナと体を震わせ、上空の女神を睨みつける。

 

「カーッペッ! いくら吠えたところで、貴様一人で何ができる!」

 

「一人じゃないぜ」

 

 突然聞こえてきた第三者の声に、コンストラクティコンたちは驚いてそちらを見る。

 当然ながら、そこにはアイアンハイドとサイドスワイプが立っていた。

 

「よう、お客さん」

 

 アイアンハイドがニヒルに笑う。

 

「お、オートボット、なんでここを襲うって分かったんだ……」

 

 スクラッパーが、さらに一歩後ずさる。

 サイドスワイプが笑って見せた。

 

「簡単さ、おまえら目立つんだよ、いい加減。怪しい重機の群れが、コンビナートに向かってるって情報が入ったから来てみたら案の定だ」

 

 コンストラクティコンたちがざわつく。

 ミックスマスターは部下の情けない姿に怒鳴り声を出す。

 

「うろたえんじゃねえ! この前と同じ状況じゃねえか、今度も俺たちの勝ちだ!」

 

「同じじゃないわ!」

 

 そう言って、ノワールはアイアンハイドの横に降り、力強い笑みを浮かべた。

 

「今度は、……一人じゃない」

 

 アイアンハイドは力強く頷く。

 ノワールは全身のシェアエナジーが活性化するのを感じていた。

 自分たちは共に戦う限り無敵だ!

 

「ええいッ! わけの分からんことを! 野郎ども! たたんじまえ!」

 

 ミックスマスターの号令とともに、異形のロボットたちが動きだす。

 

「あなたたちは早く非難して!」

 

 ノワールは作業員に指示を出すと大剣を正眼に構える。

 

「行くわよ! アイアンハイド! サイドスワイプ!」

 

「「おうッ!!」」

 

 黒の女神の掛け声の下、オートボットたちは一丸となって走り出す。

 

「喰らうだ!」

 

 先陣を切ったスカベンジャーが、巨大な両腕をオートボット目がけて振り下ろす。

 アイアンハイドとサイドスワイプは左右に飛んでそれを避けつつ、十字砲火を浴びせてやる。さらにその顔面に、ノワールが鋭い剣技を叩き込んだ。

 

「いぎゃあああッ!」

 

 悲鳴を上げるスカベンジャーにさらに砲弾を撃ち込もうとするアイアンハイド。

 

「味わいなさい、私のタマをおおおッ!!」

 

 そこへハイタワーが鉄球を振り回して突っ込んでくる。

 しかし、鉄球が黒いオートボット目掛けて振るわれた瞬間、突然現れたノワールの剣閃が、鉄球とハイタワーの腕を繋ぐワイヤーを切断する。

 

「ぎいゃあああッ! 私のタマがあああッ!!」

 

 切断された鉄球は明後日の方向へ飛んで行き…… サイドスワイプと再戦していたオーバーロードに命中する。

 

「うっだばああッ!」

 

 鐘の音のような轟音が鳴り響き、オーバーロードは痛みに悲鳴を上げる。

 それを無視して、サイドスワイプは振り向きざまノワールに近づこうとしていたスクラッパーに銃撃を浴びせた。

 

「があああッ!」

 

 悲鳴を上げるスクラッパーに構わず、ノワールはエネルギーを纏った大剣で痛みにうめくスカベンジャーに斬りかかる。

 

「トルネードソード!」

 

「ぐっはあああッ!」

 

 またしても顔面に炸裂。

 巨大パワーショベルロボは悲鳴とともに後ろに倒れ込む。

 

「おわあああッ!」

 

「え? ちょっ!?」

 

 その際、鉄球に潰されたオーバーロードと、気になったのは仲間か鉄球か、そばにいたハイタワーを巻き込んだ。

 

「く、くそうッ!」

 

 アイアンハイドが絶えず砲弾を浴びせてくるおかげで、盾を構えたまま動けないミックスマスターは思わず声を出す。

 その瞬間、ノワールがミックスマスター目掛けて突っ込んできた。

 

「馬鹿め! 俺の盾を突破できるものかッ!」

 

 アイアンハイドの砲撃でもビクともしない盾だ。小娘の剣で切り裂けるわけがない。

 そして、剣を弾いた瞬間に女神を捕まえ人質にすれば、まだ勝ち目はある!

 

「トルネードチェイン!!」

 

 ノワールの剣技が、ミックスマスターの盾に炸裂し、四枚の盾は残らず叩き斬られた。

 

「ば、ばかなあああッッ!? 俺の盾があああッッ!!」

 

「あんな馬鹿みたいに砲弾受けてれば、脆くもなるでしょ!」

 

 そして最後に、黒の女神の蹴りがミックスマスターの腹に叩き込まれ、その身体を宙に浮かせる。

 

「こいつはオマケだ! たんと味わいな!!」

 

 そこにアイアンハイドが砲撃を浴びせる。

 

「ぐおわあああああッッ!!」

 

 もはや身を守る盾もなく砲弾を喰らったミックスマスターは悲鳴とともに吹っ飛び、地面に墜落した。

 

「くッ、こ、こんな馬鹿な…… お、俺の盾が……」

 

 それでも致命には至らずヨロヨロと立ち上がる。

 まさか自分の盾が砕かれるとは。

 黒の女神の攻撃だけでなく、アイアンハイドの砲撃の威力も明らかに上がっていた。

 

「み、ミックスマスター! 撤退しましょう!」

 

 サイドスワイプと戦っていたスクラッパーが、声を上げる。

 銃弾を受けた上にチェーンメイスしか武器のないスクラッパーは明らかに劣勢だ。

 他のメンバーも少なからぬダメージを受けている。

 

「ち、ち、ち、ちくしょおおおおうッッ!!」

 

 ミックスマスターが大声を上げて大きくジャンプする。

 ノワールたちが面食らった一瞬を突いて、地面に向け何かを投げる。

 それはカプセルだった。

 カプセルが地面に当たった瞬間、前にも増して大量の煙が立ち込め、オートボットとノワールの視界を完全に隠した。

 ご丁寧にトランスフォーマーのセンサーを誤魔化す成分も含まれているらしく、二体のオートボットの各種センサーも敵の姿を捉えることができなかった。

 煙が晴れると当然と言うべきか、コンストラクティコンたちの姿はない。

 

「逃げたか」

 

 アイアンハイドが冷静に言う。

 

「まだ遠くには行ってないはずだ! 追いかけよう!」

 

「深追いはやめとけ。それよりも」

 

 血気盛んなサイドスワイプを諌め、黒いオートボットは同色の女神に向き直る。

 

「大丈夫か? お嬢ちゃん」

 

「……そうね、正直疲れたわ。まだ体も痛いし」

 

 アイアンハイドの言葉に、ノワールは軽く笑う。その身体がフラリと揺れた。

 

「おっと!」

 

 アイアンハイドは素早く手を差し出し、その女神の身体を受け止めた。

 

「おいおい、ほんとに大丈夫かよ?」

 

「うん、ちょっと頑張りすぎたわ。少し…… 眠るから、後よろしく」

 

 それだけ言ってノワールは意識を手放し、アイアンハイドの手の中で寝息を立てはじめる。

 無理もない、元々の過労に加え、前回のダメージを引きずったまま今回の大立ち回りだ。

 

「やれやれ、まったく大したじゃじゃ馬だぜ」

 

 サイドスワイプが苦笑しながら言う。

 

「ああ、だが最高のじゃじゃ馬だ。今は寝かせてやろう」

 

 アイアンハイドは優しくノワールの身体を持ち上げる。

 後のことは警備兵に任せれば十分だろう。

 

「よくがんばったな。……ノワール」

 

 アイアンハイドは優しく微笑みながら、確かにそう言ったのだった。

 

  *  *  *

 

 なんとかオートボットから逃れたコンストラクティコンたちは、アジトにしている廃工場の近くまで、なんとか帰りついていた。

 全員ダメージだらけの身体を引きずり、首魁ミックスマスターに至っては変形することさえままならない。

 

「カーッペッ! 畜生!」

 

 ミックスマスターは痰のような粘液を吐き捨て毒づく。

 

「あと少し、あと少しで、俺はこの国の支配者になれたんだ! それなのに……」

 

「まあ、命あっての物種ですって。また頑張りましょう。アジトには今までに奪ったオイルがまだ有りますし」

 

 体を震わせるミックスマスターに、スクラッパーが努めて元気に声をかける。

 

「……そうだな」

 

 ミックスマスターは深く深く排気し、背後の部下たちのほうに振り返く。

 

「野郎ども! これで終わりじゃねえぞ! 俺たちは、必ずこの国を乗っ取るのだ! そしてメガトロンの野郎を超える支配者として……」

 

「ほう? 俺を超える支配者として…… なんだ?」

 

 部下たちを鼓舞するミックスマスターの背後から、地獄から響いてくるかのような、低い低い声が聞こえてきた。

 コンストラクティコンたちの表情が固まる。

 ミックスマスターは比喩でなくギギギ……と音を立てて、ゆっくりと首を後ろに向けた。

 

「め、メガトロン、様」

 

 そこに立っていたのは灰銀の巨体、不機嫌そうな悪鬼羅刹の如き顔には斜めに傷が走り、より凄味を増していた。

 ディセプティコン破壊大帝メガトロン、そのヒトである。

 その後ろにはレイ、フレンジー、バリケードが並んでいる。レイは困ったような顔だが、残りの二体はニヤニヤと笑っている。

 彼らが『助っ人』としてメガトロンを呼んだのだ。

 

「しばらくだな、ミックスマスター、いや……」

 

 メガトロンは赤いオプティックを鋭く細め、ミックスマスターを睨む。

 

「コンストラクティコン王国のミックスマスター大王陛下と呼ぶべきかな?」

 

 その言葉にミックスマスターの顔からエネルゴンが引いていく。

 

「お、終わった…… 僕の命……」

 

「連帯責任ですよね、やっぱり……」

 

「ははは、笑うしかねえ……」

 

「オラ、オールスパークに還ってもみんなのこと忘れないだ……」

 

 コンストラクティコンたちは絶望のあまり死を覚悟する。

 メガトロンが命令無視を許すなど有り得ない。

 

「さて、貴様らの処遇だが」

 

 メガトロンはミックスマスターを見下ろし、宣告する。

 

「今回は不問とする」

 

「……へ?」

 

 メガトロンのその言葉に、ミックスマスターは呆気に取られる。

 冷酷非情な破壊大帝が命令違反を許すとは、どう言うことだろうか?

 

「貴様らには、やってもらうことがある」

 

 そう言うと、そこらの廃倉庫の外壁に顔を向け、目から映像を投射する。

 廃倉庫の外壁に浮かび上がったのは、どこか海の上の島だ。

 

「この島は火山島で、今は使われていない海底トンネルによって大陸と連絡されている。ここの地下に基地を造れるか?」

 

「へえ…… スクラッパー、ちょっと来い」

 

 メガトロンの言葉に、ミックスマスターは副官である設計担当を呼ぶ。

 映像は緑豊かな島の外観から3Dを使った内部の透視映像になった。

 

「島の地下には、すでに構造物が造られていますね、原始的ですが利用出来そうです。うまくいけば短期間で建設できますよ」

 

 スクラッパーの言葉にメガトロンは満足げに頷き、さらに質問する。

 

「トンネルはどうだ? 広げられるか?」

 

「問題ないだ。島と周辺の地形と地質デエタを見る限り、オラの掘削技術なら十分トンネルを拡張できるべ。」

 

 掘削担当のスカベンジャーの答えは、破壊大帝を満足させるものだった。

 

「では、火山からエネルギーを得ることはできるか?」

 

「おそらくは可能です。エネルギー変換機といくつかの機材があれば……」

 

 メガトロンのさらなる質問にミックスマスターが答える。

 

「問題ない。では、おまえたちは傷を癒し次第、ランページとロングハウルに合流して島へのトンネル工事にかかれ」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 コンストラクティコンたちは一斉に声を出す。

 内心ではとりあえずホッとしていた。

 自分たちの命もそうだが、ため込んだオイルを奪われずに済んだことに。

 だが、そううまくはいかなかった。

 

「それと貴様らのアジトにため込んであったオイルは接収するぞ」

 

「ええッ!?」

 

 ミックスマスターは大口を開けた。

 

「何か文句でも?」

 

「いえ、ありません!」

 

 メガトロンが凄んで見せると、ミックスマスターは慌てて答える。

 そしてミックスマスターをはじめとしたコンストラクティコンたちは、低いテンションでノロノロと動き出した。

 

「……これで取りあえず本拠地の目途はたった」

 

 メガトロンは誰にともなく呟き、後ろに並ぶレイたちに声をかける。

 

「貴様らも御苦労だったな。大義である」

 

 レイ、フレンジー、バリケードの一人と二体は直立不動の姿勢でそれぞれ声を出す。

 

「は、はい!」

 

「当然ですって!」

 

「光栄の極み」

 

 そしてメガトロンは手振りで休んでよしと示した瞬間、メガトロンの通信装置に通信が入った。

 

「……俺だ」

 

『もしも~し、メガトロン様? ア、タ、シ♡』

 

「貴様か、何の用だ」

 

 通信を入れて来たのは、メガトロンの協力者だった。

 『おもしろそうだから』という理由で、自分からディセプティコンに接触してきた変わり種で、使えそうだから雇うことにしたのだ。

 えり好みできる状況ではないし、もし裏切ったら消せばいい。

 

『あ~ん、もう! そう言うときは、なんだい、愛しのハニー? でしょ?』

 

「すぐ要件を言え、さもなくば解約だ」

 

『んもう、冷たいんだから。……実は面白い情報を手に入れたの』

 

「ほう」

 

 ふざけた男だが、情報屋としての腕は確かであるし、分も弁えている。

 優秀な手駒だった。

 

『最近、ある人物が女神ちゃんたちを倒す計画を立てているみたいなのよね~。それもかなり具体的なのを。どう? おもしろそうでしょ?』

 

 その言葉にメガトロンはブレインサーキットをすばやく回転させる。

 この協力者は人どころかトランスフォーマーをも煙に巻く男だが……主な被害者は某航空参謀……裏の取れない情報を言うタイプではない。

 取りあえず、その女神打倒を目指しているという輩と接触してみるとしよう。使えそうになければ消せばいいだけだ。

 

「では、接触してみるか」

 

『そうこなくちゃ!』

 

 智謀を巡らす破壊大帝を見つめ、レイはボ~っとしていた。

 

「レイちゃん? どうしたのさ?」

 

 フレンジーが訝しげにたずねると、レイは茫然としたまま言った。

 

「私、誰かに褒められたの、生まれて初めてかもしれません……」

 

「そ、そうかい……」

 

 さすがにドン引きするフレンジーだった。

 

  *  *  *

 

「みなさん、今日は女神様が来てくださいましたよ」

 

 園長先生が、言うと園児たちは「おおーッ!」と声を出す。

 何人かは「またか」とか「めがみさまってひまなのかな?」とか言っているのはご愛嬌だ。

 今日の講演はなぜか園庭で行われている。

 

「ハーイ、みんな! ブラックハートよ! 今日は私の仲間を紹介するわ!」

 

 その言葉とともに、園庭に無骨な黒いピックアップトラックと、銀色の未来的なスポーツカーが入って来た。

 何事かと見ている園児たちの前で、二台の車はギゴガゴと音を立てて変形し、人型のロボットへと姿を変える。

 

「紹介するわ! オートボットのアイアンハイドとサイドスワイプよ!」

 

 子供たち、特に男の子は目を輝かせて歓声を上げる。

 

「俺はオートボットのアイアンハイドだ! みんなよろしくな!」

 

「サイドスワイプだ! よろしく!」

 

 二人は勇ましいポーズをとり、足元に駆けよってくる子供たちに挨拶する。

 

「私たちは、力を合わせて、このラステイションを護っているの!」

 

 ノワールはアイアンハイドの横に飛んできて、園児たちに声をかける。

 

「だからみんな、応援してね!」

 

 園児たちは「はーい!」と元気よく答えた。

 園長はそんな様子を見てニコニコと微笑む。

 

「ふふふ、元気になられたようで、良かったですね」

 

「ええ、本当に」

 

 園長の隣に立ち、その言葉に答えたのは女神候補生ユニだ。

 姉の仕事の見学のため、ついて来たのである。

 かく言う彼女も、だいぶ上機嫌だ。

 ノワールがオートボットたちとの訓練を許してくれたからである。

 どういう心変わりかはユニには計りかねるが、ノワールはノワールでオートボットたちと仲良くなったようで良かった。

 女神姿で、子供たちと戯れるノワールは心からの笑みを浮かべていた。

 

  *  *  *

 

 女神に親はいない。

 だがどうやら、女神が一人であると言うことはなかったらしい。

 信じてくれる人たちが、支えてくれる人たちがいる。

 だから、女神は国をより良くしていくために、頑張ることができる。

 どうやら私は、そう言う人々に恵まれた幸運な女神のようだ。

 そしてアイアンハイド。

 彼は、ぶっきらぼうで厳しく、そのくせお節介だが、優しくて心強い味方だ。

 これからも頼りにさせてもらうとしよう。

 

 

 もし、『お父さん』と言うのが私にいたら、彼のような感じなのかもしれない。

 

 




ええー、今回の展開に対する解説と言うか、言い訳を少々。
正直、ノワールに必要なのは恋人ポジションの人間ではなく、厳しくも優しい保護者ポジションの存在ではないかという思いで、今回の話を書きました。
そのわりにノワールを立ち直らせたのは脇キャラの園長ですが、これはノワールが立ち直るのに必要なのは国民の声だろうと思いまして、それをアイアンハイドも察したわけです。

さて次回は、ようやっと原作に合流。
がんばれば、年内に投稿できるかな?
信じられるか? この小説まだ原作の開始3分の所なんだぜ?

ご意見、ご感想、お待ちしています。

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