超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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第157話 老歴史学者の嘆き

 惑星サイバトロン。

 トランスフォーマーの故郷。

 永く続いた戦争で死にゆく星。

 

 その首都アイアコン跡近くの荒野には、一切の生命の影が無く、寒々しい風に錆の粒子が吹き上げられるばかりだった。

 

 しかし、急に空中にスパークが走ったかと思うと、何も無かった空間に二つの影が吐き出された。

 

 一方は大きく翼のある黒い影……元ディセプティコン、今オートボットのジェットファイア、もう一方は少女の姿をした影……我らがネプテューヌである。

 

「あいたたた……転送されるのも慣れたかと思ったけど、今回は特に心地が良くなかったね」

「文句言うな。他の星に跳ばされなかっただけ、ありがたいと思え」

 

 ネプテューヌは気分悪げに肩や首をグルグルと回していたが、ジェットファイアの言葉に苦笑せざるを得ない。

 

「あはは、まあ『いしのなかにいる』にならなかっただけマシかな? ……それで、ここは何処だろう?」

「ふむ、惑星サイバトロンの何処かには違いない……と、思う」

 

 ジェットファイアは髭を撫でながら、何処か自身なさげだった。

 

「俺の記憶にあるサイバトロンは、もっと美しい場所だったんだが……」

 

 一万年振りに帰郷した老兵が、この荒れ果てた故郷に戸惑っているのは明らかだった。

 だから、ネプテューヌは空気を換えるべく提案する。

 

「とりあえず、アイアコンを目指そうよ。そこにアルファトライオンがいるはずだから」

「そうだな、さしあたっては……む、何だ? くすぐったいぞ!」

 

 急に身をよじってジェットファイアが体を掻きだした。

 

「何かが俺の体を這い回ってる! 虫か!? そうなら落ちろ!」

「ととと……って!」

 

 体を揺らすジェットファイアの足踏みを避けるネプテューヌの前に、老兵の背中当たりから何かが落ちてきた。

 それは、赤とオレンジの体色も鮮やかな、トランスフォーマーの雛、すなわちロディマスだった。

 

「ロディマス! 着いてきちゃったの!?」

 

 ネプテューヌの声に、ロディマスは顔を上げて嬉しそうにキュイと鳴く。

 ジェットファイアはロディマスが張り付いていた当たりを杖で掻きながら、不愉快そうな顔をした。

 

「まったく悪餓鬼め! 親の顔が見てみたいわ!!」

「もう見てるでしょ。親はメガトロンとレイさん。……ロディマス、これからわたしたちは大事な物を探しにいくんだ。遊びに行くんじゃないんだよ」

 

 無邪気なロディマスを言い含めようとするネプテューヌだが、ロディマスは変わらずキュイキュイと鳴くだけだ。

 

「もう! 分かってるの、ロディ!? ……って怒鳴ったところでどうなるでもなし。ここに置いてくワケにもいかないし、連れてくしかないか」

「やれやれ、こんな子供が同行者とは、前途多難だな。……さ、掴まれ。飛ぶぞ」

 

 差し出した手にネプテューヌとロディマスが乗ると、ジェットファイアは背中のスラスターからジェット噴射して飛び上がる。

 

「おー、速ーい! オプっちの掌の方が乗り心地はいいけど! ……ところで、アイアコンの場所は分かるの?」

「任せとけ。俺の若いころはな。ナビシステムなんかなくても、星の位置から場所を割り出したもんだ」

 

 カカカと笑うジェットファイアと、無邪気にはしゃぐロディマスに、ネプテューヌはらしくもなく不安を感じずにはいられないのだった。

 

  *  *  *

 

 かつてはオートボットの首都だったアイアコン。

 今は崩れかけの建物が並ぶ廃墟だ。

 

「怒りも、恐れも、憎しみも、ない……」

 

 その一角にある広場で青い鎧武者のような姿のオートボット、ドリフトが胡坐をかいて瞑想していた。

 

「怒りも、恐れも、憎しみも、ない……」

「おいそれ止めろや! 辛気臭くて敵わねえ!」

 

 ブツブツと呟きながら瞑想を続けるドリフトに、広場の瓦礫に座っていたコートを着ているかのような姿と飛行 ゴーグルが特徴的な緑のオートボット、クロスヘアーズが文句を付ける。

 

「これは意識を透明に保つために必要なのだ。このような時こそ精神を研ぎ澄まし、オートボットの使命を果たすため……」

「もう、オートボットも何も関係ねえだろ! オプティマスは死んじまったんだぞ!!」

「ッ! 口を慎め! このスクラップが!!」

「やるか!」

 

 クロスヘアーズの言葉に激昂したドリフトが彼に刀を向ければ、クロスヘアーズもコートの下から短機関銃を抜く。

 

「止めろ、二人とも!」

 

 一触即発の二人だが、そこへ深緑の肥満体の男性を思わせる姿に全身に銃火器を装備し、軍用ヘルメットを被って葉巻のように実包を咥えたオートボット、ハウンドが仲裁に入った。

 両手に持った機関銃を両者の頭に突き付けるという、いささか暴力的な手段でだが。

 

「無駄口を叩く暇があるなら、持ち場に戻れ! ドリフトもだ。俺らの仕事は敵がこないか見張ることだろうが!」

「ケッ!」

「ふん……!」

 

 怒鳴られた二人は渋々ながら持ち場に戻る。

 そんな二人に、ハウンドは排気した。

 

 サイバトロンに残ったオートボットたちの実質的な指導者であるアルファトライオンが発したオプティマスの死という言葉は、あっという間に全軍に噂として広まった。

 以来、事実と根拠のない噂が飛び交い、混乱を呼んでいる。

 それが絶望に代わる日も、そう遠くはないだろう。

 

「やれやれ、どうしたもんかね……む!」

 

 首を捻るハウンドだったが、センサーが遥か遠くから飛来する物体を捕らえた。

 

「四時の方向に飛行物体! 何かは分からん!」

「んなもんディセプティコンに決まってらあ! やっと着やがったか、待ちくたびれたぜ!」

「不本意だが、同感だ」

 

 それぞれ好戦的な表情を取った三人は、地下の基地に報告してから物陰にいったん隠れる。

 今のオートボットには、対空装備さえないのだ。

 しばらく息を潜めていると、遥か空の彼方に黒い点が現れ、あっという間に大きくなったかと思うと地上に着地する。

 

 それは大きな黒いディセプティコンだった。

 背中に翼とスラスター、曲がった背中と逆関節の脚部、顔の周りの髭のようなパーツ、そして赤く輝くオプティック。

 

 そのディセプティコンはキョロキョロと周りを見回している。

 すっかり油断しているようだ。

 

「ハウンド、早いトコやっちまおうぜ!」

「まあ待て。もう少し様子を見よう」

 

 逸るクロスヘアーズを諌めるハウンド。

 ディセプティコンは掌に乗せていた小さな影を地面に降ろす。

 

「あれはきっと、何らかの兵器に違いない! 先手必勝! 使う前に倒す!!」

「待てドリフト、様子が……」

「いざ、お命頂戴!! イヤー!」

 

 それを見たドリフトはハウンドを制止を振り切って物陰を飛び出しディセプティコンに斬りかかった。

 

「なあ、お前ディセプティコンだろう! ディセプティコンだろう! 首置いてけ!」

「残念だが、やれんな!」

 

 完全な不意打ちだったドリフトの一撃を、ディセプティコンは手に持った杖で軽々防いだばかりか、杖を持つのとは反対の手でドリフトを掴み、地面に叩き付ける。

 

「若造が! そんな不意打ちに倒れるジェットファイア様だと思ったのか!?」

「じ、ジェットファイア? お前が、あの伝説のシーカーだと言うのか?」

 

 杖を斧に変形させてドリフトの首筋に突き付けるディセプティコン。

 その名に、ドリフトは目を見開く。

 

「ドリフトから離れな、ディセプティコン」

「別に離れなくてもいいぜ。どっちみちぶっ殺しゃ済む話だ」

 

 だが、物陰から出て来たハウンドとクロスヘアーズが各々の得物をディセプティコンの背に向ける。

 しかしそれで大人しく刃を収めるディセプティコンでもない。

 一触即発の空気が場を支配する中、ハウンドとクロスヘアーズの前に誰かが飛び出してきた。

 ディセプティコンが地上に降ろした影だ。

 

「待って待って! わたしたちだよ!」

 

 さっきは分からなかったが、それは短く切った紫の髪が元気さを証明するようにあちこちに飛び跳ねている、ワンピースを着た少女だった。

 新たに現れた影の正体に、ハウンドは目を丸くする。

 

「おめえはネプテューヌ、だったか?」

「そうです、わたしがネプテューヌです! ジェットファイアは敵じゃないから、ほら銃を下ろして。ジェットファイアもドリフトを放してあげて!」

 

 ネプテューヌの一喝にハウンドは三連ガトリングを下ろし、ジェットファイアもドリフトから手を放すが、クロスヘアーズだけは銃を構えたままだった。

 ドリフトは、何とも不思議な顔付きでジェットファイアを見上げていた。

 

「貴方がジェットファイア? あの、堕落せし者の暴虐に立ち向かった? 天空の騎士の綽名を持つ?」

「……その、天空のナンチャラは止めてくれ。むず痒い」

 

 ジェットファイアは忌々しげな顔をするが、ドリフトは逆に敬服した様子で、右掌で左拳を包み一礼する。

 

「失礼いたした! 私はドリフト、故あってディセプティコンを離れ、オートボットに加わった者です!」

「なるほど、ご同類か……」

 

 頷くジェットファイア。

 一方でクロスヘアーズは、まだ銃を構えていた。

 それをハウンドが強い口調で制する。

 

「クロスヘアーズ、銃を下ろせ。味方だ」

「ケッ! まだ分かんねえだろ。もしかしたら、裏切ってるって可能性も……あ痛!!」

 

 グチャグチャと文句を言うクロスヘアーズだが、急な痛みに飛び退く。

 何と、緑のオートボットの足に小さなロディマスが噛みついているのである。

 

「何じゃコリャア!! は、外してくれ!!」

 

 銃を落とし地面に倒れ足を振るクロスヘアーズだが、ロディマスは離さない。

 最後まで戦闘態勢を解かなかったクロスヘアーズを敵だと思ったのだろうか?

 

「こら、ロディマス! そのヒトは敵じゃないよ! 捻くれてて乱暴なだけだから!」

 

 慌てて駆け寄ったネプテューヌのフォローになってないフォローに、ロディマスはやっと足を放してネプテューヌのもとに駆け寄る。

 

「イテテ……何だ! そのスクラップレットの出来損ないは!!」

「トランスフォーマーの……雛だ」

 

 噛まれた箇所を摩りながら怒鳴るクロスヘアーズだが、ハウンドは信じられない物を見たという顔で目を瞬かせる。

 ドリフトも酷く驚いた様子でネプテューヌの腕に抱かれるロディマスの顔を覗きこむ。

 

「おお、正に! 何ということだ。我らの星に子が生まれなくなって久しいというに! ネプテューヌ殿、この子はいったい……?」

「うーん、それを話すと長くなるから、また今度ね」

 

 実はメガトロンの子であることを打ち明けると、色々とややこしくなりそうなので、適当に誤魔化しておく。

 

「それより、皆と会えてよかったよ! 着陸した先でいきなり知り合いと遭遇できるなんて、これぞ主人公的ご都合主義! 聞きたいことがあるんだ!」

「……ああーそうか。その前に俺らも聞きたいことがある」

 

 相変わらずのネプテューヌのテンションに気圧されるハウンドだが、しかし彼らにも知らなければならないことがあった。

 

「噂が流れてる。オプティマスが、死んだって噂だ。……それは本当か?」

 

 真剣なハウンドの声に、ネプテューヌも表情を真面目な物にする。

 

「……本当だよ。オプっちは……ザ・フォールンに殺された」

「何だと!?」

「センセイが……そんな……それにザ・フォールンだと」

「クソッ! マジだってのか!!」

 

 オートボットたちは一様に激しいショックを受ける。

 当たり前だ。

 オプティマス・プライムの存在は、自覚無自覚はあれオートボットにとって精神的な支柱となっていたのだ。

 

「なんたること……」

「…………」

 

 絶望のあまりガックリと座り込むドリフトに、ヘルメットを取って瞑目するハウンド。

 しかしクロスヘアーズはチッと大きく舌打ちした。

 

「これまでやってきたこと、全部無駄になったってワケだ! まったく、だから俺は言ったんだ! ゲイムギョウ界だかシジョウ界だか知らんが、んな縁も所縁もないトコの連中なんざほっとけってな! まったくオプティマスも馬鹿なことしたもんだ……いってえ!!」

 

 グチグチと言うクロスヘアーズだったが、またしても急な痛みに悲鳴を上げる。

 いつの間にかネプテューヌの腕の中から出ていたロディマスが、さっきと同じ個所に噛みついていた。

 噛むと同時に唸り声を上げて怒りを表現している雛を見て、ネプテューヌは苦笑した。

 

「あー……ロディはオプっちに懐いてたからね。気を悪くしたのかも」

「だーもう! 分かった! 分かったから! 別にオプティマスを馬鹿にしたつもりは無かったんだよ!!」

 

 涙目のクロスヘアーズが慌てて謝ると、ロディマスはゆっくりと顎から力を抜く。

 

「クソッ! 何て餓鬼だ……!」

「ヒュウ! 中々、見どころのある餓鬼だぜ」

 

 懲りずに悪態を吐くクロスヘアーズに、茶化すように口笛を吹くハウンドだが、すぐに表情に不安が浮かぶ。

 

「……しかしマジでオプティマスが死んじまったなら、これからどうすりゃ……」

「もはやこれまで……潔く腹を切るとしよう」

 

 絶望感からかドリフトは地べたに胡坐をかいて刀で切腹しようとしだす。

 

「止めんか、鬱陶しい!」

「ぬおッ!?」

 

 しかし、自分の腹に刀を突き刺そうとしたドリフトは、ジェットファイアに殴り倒された。

 ドリフトは起き上がると、ジェットファイアを睨む。

 

「止めてくれるな! 我らの希望は潰えた!」

「もう! 男の人って本当に馬鹿なんだから! 潔いのと諦めが早いのは違うよ!!」

 

 その叫びに咆哮で答えたのは、ネプテューヌだ。

 仁王立ちするネプテューヌに、ドリフトは我知らず気圧される。

 

「し、しかし……」

「最後まで話を聞きなよ! ……わたしたちは、オプっちを生き返らせるためにここまで来たんだよ!!」

「生き返る……? そんなことが出来るのか?」

 

 ネプテューヌの言葉にも、ドリフトは懐疑的なようだ。

 ハウンドもクロスヘアーズも……クロスヘアーズはいつもとあまり変わらないが……疑わしげな表情をしている。

 グッと拳を握り締め、ネプテューヌは強い口調で続ける。

 

「そのために、わたしたちはリーダーのマトリクスを探してるんだ」

「マトリクス? そんなのタダの錆のついた伝説じゃ……」

「いや、ここに伝説の戦士がいる以上、まったくないことではないかもしれない」

 

 まだ訝しげなハウンドだが、ドリフトは納得がいった様子だ。

 クロスヘアーズは相変わらず小馬鹿にしたような目付きだった。

 

「へっ! そんなもん、どうやって探すってんだ!! リーダーのマトリクスってのはな、今まで代々のオートボット・リーダーが探したが、遂に見つけられなかったんだぞ!」

「それをひょっとしたら、アルファトライオンが知ってるかもしれないんだ! アルファトライオンは何処にいるの!」

 

 ネプテューヌの声に、オートボットたちは顔を見合わせる。

 そして、ハウンドが代表して声を出した。

 

「アルファトライオンなら、最近は……」

 

  *  *  *

 

 アイアコンから西に少し離れた荒野に、一つの塔が立っていた。

 屋根の尖った塔で、かつては輝いていたのだろう壁は色褪せていた。

 どれくらい昔から、ここに立っているのか知る者はいない。

 その前庭には魔法陣のような紋章が金属のフレームで描かれていた。

 巨大な円の中央に正方形の模様があり、その周りを13個の星が囲んでいる……。

 

 その塔の内部を、一体のトランスフォーマーが練り歩いていた。

 

 痩身を赤い金属繊維のマントで包み、頭は普通のトランスフォーマーより縦に長く、まるで魔法使いの被るトンガリ帽子のようだ。

 長い髭状パーツを備えた顔は、深い叡智と共に同じぐらい深い苦悩が刻まれていた。

 

 アルファトライオンだ。

 

 彼はオプティマスの死を感じ取って以降、オートボットたちにいくつかの指示を出してこの塔に籠っていた。

 ここは、アルファトライオンと幼き日のオプティマスが暮らしていた場所なのだ。

 

 老歴史学者は塔の中を歩き回り、やがて一つの部屋の前で停まった。

 惑星サイバトロンとしては珍しい開き戸の扉を開けると、部屋の中には四面に本棚が並び。、使い込まれた勉強机が埃を被っていた。

 

 その勉強机を、アルファトライオンは懐かしげに撫でる。

 

『お父さん!』

 

 不意に聞こえた声に、老歴史学者が振り向くと、彼の腰ほどまでの背丈しかないトランスフォーマーがこちらを見上げていた。

 赤と青の配色で、オプティックは美しい青だ。

 

「オプティマス……」

『お父さん……剣を教えてくれませんか? 妖精さんと約束したんです。強くなるって』

 

 それは幻影だった。

 かつてこの場にいた、幼少期のオプティマスの幻を、アルファトライオンは見ていた。

 

『お父さん、歴史について教えてくれませんか?』

 

『お父さん……どうしてボクは、皆と違うんでしょう……?』

 

『父上! 公文書館に就職が決まりました!』

 

『父上、私がプライムの弟子になると……』

 

『父上! メガトロンが私のことを兄弟と呼んでくれたんです!』

 

『父上……私にプライムなど務まるのでしょうか……』

 

 幻は徐々に歳を重ねて立派な青年に成長し、やがてその顔には苦悩が刻まれていくようになった。

 

「オプティマス……息子よ……」

 

 震える手で幻に手を伸ばすと、青年にまで育っていたオプティマスは、再び幼い子供に戻っていた。

 

『あの……お父さん、って呼んでもいいですか?』

「もちろんだとも……いいに決まっているじゃないか……」

 

 涙を堪えながらも震える声を出すアルファトライオンだが、その聴覚センサーがこちらに向かってくる足音を捉えた。

 それが誰であるかも、アルファトライオンには分かっていた。

 

「来たか……」

「アルファトライオン!!」

 

 部屋に駆け込んできたのは、ネプテューヌだった。息も荒く、肩を上下させている。

 その目には、アルファトライオンの姿と共に希望と期待とが映っていた。

 塔の外に、オートボットたちを待たせて、ここまでやってきたのだ。

 老歴史学者は柔らかく、しかし悲しそうに微笑んだ。

 

「久し振りだのう、ネプテューヌ」

「うん、久し振り! それで……」

 

 話を急ごうとするネプテューヌをアルファトライオンはやんわりと制した。

 

「まずは落ち着きなさい。それから、適当な所に座って、ゆっくり順を追って話してごらん」

「う、うん」

 

 それから、ネプテューヌは床に落ちていた金属製の本……背表紙だけでもネプテューヌの背丈ほどの大きさがあった……に腰かけ、これまでにあったことを話した。

 

 センチネル・プライムの覚醒。

 

 ダイナマイトデカい感謝祭。

 

 突然のセンチネルの裏切り。

 

 タリの空中神殿の浮上。

 

 ザ・フォールンの降臨。

 

 レクイエムブラスター。

 

 そして、オプティマスの死……。

 

 息子の最後を聞いて、アルファトライオンは深く深く目を瞑る。

 その顔に浮かんでいたのは悲しみと、後悔と、怒りと、諦観が複雑に混じり合った感情だった。

 

「それでジェットファイアに『リーダーのマトリクス』があればオプっちを生き返らせることができるかもしれないって……彼が言うには、マトリクスは最初の十三人の一人が持って姿を消したって」

「盗んだ、のだな」

「ううん。ジェットファイアによると、ザ・フォールンから隠すために逃げたんだって……」

「どちらでも同じことだ。兄弟を見捨てて逃げたことに違いはない」

 

 マトリクスの件になると、アルファトライオンの口調が硬く厳しい物になった。

 そのことを訝しく思いつつも、ネプテューヌの中に悲しみと言い知れぬ不安が押し寄せてくる。

 本当に、マトリクスを見つければオプティマスを救えるのだろうか?

 そもそも、目の前の老歴史学者がマトリクスの在り処、ないしマトリクスを持ち去ったプライムの居場所を知っているのだろうか。

 

「それで、アルファトライオン……あなたは、マトリクスのある場所を知っているの?」

「…………知っている。持ち去った盗人の居場所も、誰よりも」

 

 ややあって、老歴史学者は時間をかけて頷いた。

 

「! そ、それじゃあ、その場所を教えて! マトリクスがあれば、オプっちを生き返らせることが出来るかも!」

「…………生き返らせる、か」

 

 前のめりになるネプテューヌだが、アルファトライオンはおもむろに立ち上がると、部屋の本棚に収められている本を撫でた。

 

「マトリクスの力ならそれも可能だろう。……だが果たしてそれは、あの子のためになるだろうか?」

「え? な、なに言ってるの?」

 

 重々しい老歴史学者の言葉に、ネプテューヌは面食らう。

 オプティマスを甦らせることは、彼のためになるに決まっているではないか。

 そう目で語るネプテューヌに、アルファトライオンは深い溜め息と共に首を横に振った。

 

「前にも話したはず。あの子は……孤児だった。全ての命がオールスパークから生み出されるサイバトロンにおいて、これは何を意味すると思うかね?」

 

 その問いに対して、ネプテューヌは少し考えて、答えを出した。

 

「オプっちは……サイバトロンで生まれたんじゃ、ない?」

「左様……。オプティマスはある日、カプセルに入れられて空から落ちてきたのだ。それを儂が拾い上げた……昨日のことのように憶えている」

 

 何処かここではない遠く、遥かな過去を見て、アルファトライオンは目を細める。

 

「異星から来た存在であるということが、あの子にどれだけの孤独を強いたか……この部屋はな、あの子の部屋だった。ここの本と空想上の妖精だけが、あの子の友達だったのだ」

 

 部屋の床に落ちていた本を一冊拾い、アルファトライオンはその本を本棚に戻す。

 

「それでも歪むことなく真っ直ぐに育ってくれたあの子が、儂と同じ職に就いた時、どれだけ嬉しかったことか…………だのに!」

 

 そこまで言ってアルファトライオンは、強く拳を握った。

 

「プライムの子孫であることが分かりオプティマスが得たのは、潰れそうな重責と果てしない戦い。親しい者たちの死、そして裏切りだ! しかし、あの子には泣くことも許されなかった!! プライムとして弱みを周りに見せることが出来なかった! ……何がプライムの責務だ! 何が、指揮官としての有るべき姿だ!! そんな物は、クソ喰らえだ!!」

 

 やり場のない怒りと絶望がない混ぜになった叫びを、アルファトライオンは上げていた。

 それはネプテューヌが……そして彼を知る誰もが見たこともない、彼の胸の内に秘めていた激情だった。

 圧倒されたネプテューヌを置いて、アルファトライオンに足早にその場を去ろうとする。

 

 だが、ネプテューヌもここまで来て引き下がることは出来ない。

 

 本から降りてアルファトライオンの前に回り込む。

 

「ちょっと待ってよ! オプっちを見捨てる気!?」

「あの子の生は、辛いこと、苦しいことばかりだった。……生き返ったところで待ち受けるのは、さらなる戦い。さらなる地獄だ。もうたくさんだ。あの子を静かに眠らせてやってくれ……」

 

 先ほどとは違う、投げやりなほど虚無的な声で言うと、アルファトライオンはネプテューヌの横を通り過ぎる。

 確かに、それは親心なのだろう。

 アルファトライオンなりの愛なのだろう。

 それでも、それを認めるワケにはいかなかった。その愛がオプティマスの思いとイコールではないことを、ネプテューヌは知っていた。

 だから、顔を上げて自分の両頬を掌で叩いて気合を入れ、老歴史学者の背中に向かって声を上げる。

 

「アルファトライオン、聞いて! わたし、わたしね……オプっちに、告白されたんだよ!!」

 

 ピタリ、とアルファトライオンの歩みが止まった。

 

「それでOKした! わたしたち、恋人になったんだよ!! 一回だけだけど、オプっちが泣いてる姿も見た! それに……それに!!」

 

 ネプテューヌは吼える。

 腹の底から、必死に。

 

「殺される寸前に、オプっちは言ったんだ! 幸せになりたい。生きたいって!! 確かにこれまでのオプっちの人生は不幸だったかもしれない! でも、これからなんだ! これから、オプっちは幸せになるんだ!! わたしと、一緒に!!」

 

 一息に言い切り、ネプテューヌは荒く息を吐く。

 アルファトライオンは沈黙していたが、やがてその背が揺れだした。

 

「オプティマスが、幸せになりたいと……あの子が、生きたいと……! そうか、そうか……」

 

 そして振り返った時、老歴史学者の目からは涙が溢れていた。

 

「それに恋か……はは、オプティマスもやっと恋が出来たか……」

 

 父親として、オプティマスをずっと見てきたのだろうアルファトライオンにとって、ずっと利他的に生きてきた息子がやっと自分の幸福を願えたことは、何にも増して嬉しいことなのだろう。

 

 涙を拭い、アルファトライオンはネプテューヌに頭を下げた。

 

「すまない。どうも儂も自棄になっておったようだ。……オプティマスが生きたいと言うなら、助けてやらねばな。 マトリクスのある場所まで、案内しよう……なに、遠くはない。この塔の地下じゃ」

「ほ、本当に遠くないね! って言うかむしろ近いね! もっとこう、オプっちそっくりな人形を用意した上で時空を超えて死の山とか登んなきゃいけないのかと思ったよ」

「そんな時間はないからの」

 

 俄然、乗り気になった歴史学者に、ネプテューヌはフッと笑みを浮かべずにはいられなかった。

 しかし、そこでアルファトライオンは厳しい顔になった。

 

「しかし、マトリクスはプライムの至宝。……手に入れるには、相応の試練を受けなければならないだろう」

「試練? 怪物をやっつけるとか、迷宮を突破するとか、そんな感じ? わたし今なら、それぐらいドーンとやっちゃうよ!」

 

 やる気十分のネプテューヌだが、アルファトライオンは厳しい顔を崩さない。

 

「いいや。そのような物理的な試練ではなく、君自身の内なる真実を知る試練……すなわち、過去を巡る旅だ」

「んー? ……とにかく、やってみるよ!」

 

 老歴史学者の話を完全には飲み込めないながらも、ネプテューヌは力強く頷き、アルファトライオンも相好を崩す。

 

「今はそれでいい。……地下に降りるためには、いったん塔の外に出なければならない。行くとしよう」

 

 二人は下の階に向けて、歩き出すのだった。

 

 

 

 

 愛する者(オプティマス)を取り戻すために。

 




そんなワケで、ネプテューヌのマトリクス探索編の始まりです。

距離は近いけど、長くなる予定(白目)

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