超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
思えばネプテューヌも、大きなシリーズになったもんです。
女神に親はいない。
シェアが一つの所に集まって生まれてくる女神に、親と呼べる存在は、いはしない。
まれに次代の女神となる候補生が生まれてくることもあるが、彼女たちはあくまで妹、自分たちが庇護すべき存在だ。
プラネテューヌの教祖のような親代わりと言える存在がいることさえ望外の幸運であり、多くの女神は頼るべき先達もなく、たった一人で四苦八苦しながら国を運営していく。
だからこそ、女神は誰にも弱みを見せず、生きていく。
少なくとも自分はそうして、いままで生きてきたのだ。
それでも時々、考えることがある。
親がいるとは、無条件に頼れる年長者がいるとは、いったいどんな気分なんだろうか?
* * *
工業大国ラステイション、その夜は遅い。
だが、機械のようにカッチリと決まった時間に眠りにつく。明日の仕事に備えるために。
そして今は深夜、多くの人々が夢の中にいる時刻だ。
しかし、そうでない者もいる。
例えば、深夜営業のオイルスタンドの店員のように。
しかし、この時間だと客はほとんどいない。バイトである店員は欠伸をかみ殺しながらも真面目に仕事をしていた。
と、地鳴りのような音が聞こえてきた。
何事かと音のする方を見れば、数台の車がオイルスタンドに入って来るではないか。
それもただの車ではない。先頭は黒いミキサー車、その後ろは黄色のホイールローダー、さらに、首長竜の如きクレーン車と、赤いダンプトラックが続く。止めとばかりに最後尾はとてつもなく巨大なパワーショベルだ。
次々と現れる建設車両に、圧倒される店員。だが何はともあれ客は客、営業スマイルで出迎える。
「いらっしゃいませ! どうなさいますか?」
すると、先頭のミキサー車から声が聞こえてきた。
「そうだな…… このスタンドのオイル、全部もらおうか」
「は?」
それはどう言う意味かと店員が問う前に、ミキサー車はギゴガゴと音を立てて歪な人型に変形する。
細長い手足に、腕に備えた四枚の盾、そして赤いオプティック。
「アイエエエ! ロボット、ロボットナンデ!?」
急性トランスフォーマー・リアリティ・ショックを起こす店員を無視して、ミキサー車ロボは背後の重機たちに声をかける。
「野郎ども! やっちまえ! まずはスカベンジャー! 地下のオイルタンクを掘り出せ!」
「おう! 穴掘りならオラに任せるべ!」
最後尾にいた巨大パワーショベルが前に進みでて、その巨大なバケットを地面に突きたてる。それは簡単にアスファルトの地面を突き破り、土とコンクリートを掻きだし、見る間に大穴を開けていく。
瓦礫と土はホイールローダーが退けた。
そして、地下のタンクが完全に露出する。
「よし! 次はハイタワー! タンクを持ち上げろ! 慎重にな!」
「はいはい。任せてください」
クレーン車が、ワイヤーを垂らす。
「こう、私の
「しねえよ! ちゃっちゃかやれ!」
クレーン車が妙な事を言うと、ミキサー車ロボが怒鳴りつける。
いつの間にかホイールローダーがロボットに変形して、タンクにワイヤーを固定していた。
ワイヤーに引っ張られ、かなりの重量があるはずのタンクは簡単に持ち上がる。
「いいぞ! そいつをオーバーロードに乗せな! オーバーロード! 出番だ!」
「おう! 運ぶのだーい好き! オーバーロードだ!」
クレーン車がタンクをダンプトラックの荷台に降ろす。ホイールローダーロボが、それをしっかりと固定した。
「そして、スクラップメタル! ……地味な仕事、地味にやってくれて、いつもあんがとね。いや助かってるよ、地味に」
「地味地味いうな! そして僕の名前はスクラッパーです!」
ミキサー車ロボの言葉に、ホイールローダーロボが突っ込みを入れる。そのロボットモードはあんまり特徴のない人型だ。はっきり言って地味である。
「おいいい! 地の文まで地味言うんじゃねえええ!」
「まあ、スクラッパーが地味なのはいつものことだからいいとして…… 野郎ども! 撤収だ!」
ミキサー車ロボの号令に、重機たちは動き出す。
「仕上げだ! ミックスマスター様の特製ブレンド! たんと味わいな!」
そう言うとミキサー車ロボ、ミックスマスターはどこからか、カプセルを取り出し、それを地面に投げつける。
すると、そこから凄まじい勢いで煙が広がり、いまだショックから立ち直れない店員の視界から重機軍団を完全に隠す。
しばらくして煙が晴れたとき、そこには地面に大穴の開いたオイルスタンドと、茫然としたまま失禁しているバイトの店員だけが残された。
このような事件が、すでに何件も続いていた。
* * *
「ん……」
パソコンからのコール音でノワールが目を覚ますと、執務机に突っ伏していた。どうやら仕事中に寝てしまったらしい。
ここ最近のトランスフォーマー関連の仕事の処理で疲れていたのだろうか。
目をこすり、パソコンを操作して通信に出る。
「やあ、起きたかい? ノワール」
パソコンのディスプレイに映ったのは、銀色の髪をベリーショートにした小柄な少年……のような見た目の少女だ。
「ええ、ケイ。今は何時?」
ケイと呼ばれた少女はクスリと笑い、答える。
「もう朝の9時さ。すぐに身支度を整えたほうが良い、それから朝食もね」
彼女の名は神宮寺ケイ、ラステイションの教祖でありノワールの補佐だ。
「それと例の彼が、話があるそうだ。予定の前に寄ってくれ」
「……そう、分かったわ」
「ノワール、最近少し、疲れてないかい?」
画面の向こうのケイが、言う。
「大丈夫よ、問題なし」
ノワールは気だるげに答えると、シャワーを浴びるべく椅子から立ち上がった。
* * *
ラステイションの教会からほど近い場所にある、赤レンガで造られた倉庫。ここが、ラステイションにおけるオートボットの拠点であり、すなわちこの国の担当であるアイアンハイドとサイドスワイプの住まいだ。
「邪魔するわよ!」
開かれたシャッターの前に立つノワールはそう言うと、住人の了承を得ずに建物の中に入る。
倉庫の中には無数の武器とそれを整備するための器具と思しいものが壁一面に飾られ、さながら武器展示室の様相を成していた。奥にはプラネテューヌの本部と連絡するための機材が置かれている。
「おう、お嬢ちゃん!」
そこの真ん中に立っていたアイアンハイドが、ぶっきらぼうに挨拶した。
「その呼び方、やめてって言ってるでしょう」
半眼で黒いオートボットを睨むノワール。だが当の本人はどこ吹く風だ。
「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんだからな…… それで、例のオイル強盗の件だけどよ」
「なに? 協力してディセプティコンを倒すってことで、話はついたでしょう」
いきなり本題に入るアイアンハイドに、子供扱いされたことも含めて不機嫌そうにノワールは答える。
それに対する黒いオートボットの言葉はノワールの予想外のものだった。
「お嬢ちゃん、ディセプティコンのことは俺たちに任せて、お嬢ちゃんは出てくるな」
その言葉にノワールは顔をしかめる。
「はあ? 馬鹿言わないで! 私が出ないでどうするって言うのよ!」
それだけ言うと目を吊り上げアイアンハイドに詰め寄ろうとする。
が、
「……あれ?」
ノワールの身体がふらりと体が揺れ、足がもつれる。そのまま倒れ込む。
アイアンハイドがとっさに手を差し出し、その身体を受け止めた。
「おい、大丈夫か?」
「……!?」
アイアンハイドが心配そうな声を出すが、ノワールはすぐさま、その大きな手のひらから離れる。
「あ、ありがとう、心配はいらないわ」
「……オーバーワークか」
アイアンハイドが難しい顔をする。ノワールは手をヒラヒラと振った。
「問題ないわ。体調管理ぐらい、自分で出来るもの」
「ガキはみんなそう言うんだ。そして無理をして潰れる」
厳しい声を出すアイアンハイド。その言葉にノワールはムッとする。
「子ども扱いしないでちょうだい。私はずっと、自分の面倒は自分でみてきた。これからもよ」
ノワールはそのまま足早に倉庫を出て行こうとするが、その背に黒いオートボットが声をかける。
「待ちな!」
「……今度はなに!」
振り返りキッとアイアンハイドを睨むノワール。
アイアンハイドは深く排気した。
「行くなら、おまえさんの妹を連れて帰りな」
* * *
ユニは焦っていた。命中率に自信があった自分の銃撃は、対峙している相手には全て躱され、あるいは防がれた。
「おいおい、どうしたんだ? そんな攻撃じゃ俺を捉えることはできないぜ?」
どこか小馬鹿にした様子で、目の前の銀色の人型が言う。
頭にきたので戦法を切り替え、ビーム弾をばらまく方法に移る。
「はっはー! ハズレー!」
だが、相手はタイヤになっている足で軽快に動き回り、飛来する弾を躱して見せる。
「おいおい、アイアンハイドにも言われただろ? もっと集中しろって。そんなんじゃディセプティコンどころか、案山子にだって当たらないぜ!」
「うるさーいッ!!」
ユニの大声が演習場にしているレンガ倉庫裏の空き地に響き渡る。
「もう、なによ、サイドスワイプったら! 集中したいんだから、黙っててよ!」
プクッと頬を膨らませるユニに、相手……サイドスワイプは頬をカリカリと掻く。
「そんなこと言ってもな、このくらいの軽口で集中を乱すようじゃ、実戦ではキツイぜ」
「そりゃ、そうだけど……」
ユニは愛用の長銃をいったん粒子に分解する。
「でも、ふざけすぎよ! アイアンハイドさんにだって、そう言われてたじゃない!」
「そりゃそうだが…… ん?」
向かい合ったユニに痛いところを突かれて腕を組んでいたサイドスワイプは、そのアイアンハイドが近づいてくるのを見つけた。
その足元を歩いてくる人物も。
「ユニ……?」
その人物の言葉にユニはビクッと肩を震わせ、恐る恐る振り返る。
「お、お姉ちゃん……」
そこにはノワールが驚いた顔をして立っていた。
* * *
ユニの話によると、姉の役に立ちたい一心で自分を鍛えようと思い立ったのだが、忙しい姉の邪魔はしたくない、そこで時折こうしてオートボットたちとの訓練に参加していたのだと言う。
「ユニ、その気持ちは嬉しいわ」
ノワールは言葉と裏腹の少し厳しい表情で言った。
「でもね、あなたは女神候補生なのよ。コイツらに教えてもらうことなんかないわ」
「で、でも、アイアンハイドさん、教え方上手だし……」
オズオズと言葉を出すユニ。それに対するノワールの言葉は有無を言わさぬ響きがあった。
「いいから、今は教会に帰りなさい。後で話をしましょう」
「はい……」
ユニはしょんぼりと頷き、トボトボと演習場を後にした。
それを見届けたノワールは、黙って姉妹の会話を聞いていたオートボットたちを睨む。
「余計なことしないで!」
アイアンハイドはオプティックを丸くする。
「余計なこと? 強くなりたいって言う妹さんに、戦い方を教えてやることがか? まあ、黙ってたとは思ってなかったがな」
「そうよ! 誰の許しを得て……」
「まあ、聞け」
がなり立てるノワールをアイアンハイドは手と言葉で制し、話を続ける。
「お嬢ちゃんの妹さんは、俺の見立てじゃ未熟も良いとこだが、銃の才能がある。ピカイチの才能がな。だけど使命感つうのか? そう言うのが重すぎる」
そう言って、今度は後ろに立つサイドスワイプに視線を送る。
「コイツは接近戦についちゃなかなかだが、まだ『軽い』 体重の話じゃねえぞ、覚悟の話だ」
「おい!」
その言葉にサイドスワイプは不満そうな声を出す。だがアイアンハイドは気にせず続ける。
「事実だろうが。とにかく、まだまだ未熟な二人だが、組ませればお互いの欠点を補える、いいコンビになると思うんだがな」
「……それが余計だって言ってるのよ」
ノワールは静かに低い声を出した。
「女神にコンビは必要ないわ。一人で戦えるくらいでないといけないの」
「もちろん、一人で戦えるなら、それもいいだろう。だが、それじゃいつか潰れちまう」
アイアンハイドの言葉に、ノワールは首を横に振って身をひるがえす。
「平行線ね…… 一つ言っておくわ」
黒の女神の声は冷たかった。
「私はネプテューヌほど無邪気に、あなたたちのことを信用できない」
それだけ言うと、ノワールは女神に変身し、オートボットたちが声をかける間もなく飛び去っていった。
* * *
「……なんなんだよ! あの態度!」
ノワールが飛び去ったあと、サイドスワイプは怒りで顔を歪めた。
「そう言ってやんな。国を預かる者としちゃ、当然のことさ」
穏やかに言うアイアンハイドに、サイドスワイプは驚いた顔をする。
「正気か? てっきり『もう我慢できん! 引きずり降ろして細切れにしてやる!』くらい言うかと思ったのに」
「おまえは俺をなんだと思ってるんだ」
アイアンハイドが呆れた顔でサイドスワイプの頭を叩く。
「いてッ! しかし、アイアンハイド。いつになく優しいじゃないか。どうしたって言うんだ?」
叩かれた頭をさする銀色の戦士の言葉に、アイアンハイドは顎に手を当てて考え込む。
「……どうしてだろうな?」
自分でもよく分かってないらしく、ウンウンと唸りながら首を捻る。
「それで? これからどうする?」
サイドスワイプの声に、アイアンハイドは考えるのをやめ、それに答えた。
「今日はもう休みだ。好きにしな」
その言葉に銀のオートボットは顔を輝かせる。
「やりぃ! じゃあ俺、ちょっと出かけてくるぜ!」
そう言うやいなやサイドスワイプはギゴガゴと音を立てて変形する。現れたのは四連マフラーが特徴的で、未来的なフォルムをした銀色のスポーツカーだ
これこそ、サイドスワイプのビークルモードである。
「いってきまーす!」
「晩飯までには帰ってこいよ。……その後出かけるぞ」
その言葉に答えず、未来的なスポーツカーはエンジン音を響かせ走り去った。
* * *
ユニはトボトボとラステーションの街を歩いていた。
ハアッ……と溜め息を吐き、教会へと向かう道を行く。
「へい! そこの美人のお嬢さん!」
そこに軽い調子で声がかけられた。
振り返るとそこには未来的な銀色のスポーツカーが停車していた。ビークルモードのサイドスワイプだ。
「サイドスワイプ?」
「おう!」
思わず声を出すユニに、サイドスワイプは威勢よく答えた。
* * *
「お姉ちゃんはね、一人でなんでもできるの」
ラステイションの教会の敷地内にある自然公園。
そこの池に張り出した東屋のベンチにユニは腰かけていた。ここは彼女にとってお気に入りの場所であり、落ち込んだりするとここに来るのである。
「女神としての仕事も、戦いも、なんでも……」
サイドスワイプは東屋のそばにビークルモードで停車し、ユニの話を黙って聞いていた。
「アタシはお姉ちゃんみたいになりたくて、それでアイアンハイドさんに戦い方を教えてもらおうと思ったんだけど……」
ユニは顔を伏せる。
「でもアイアンハイドさんは、あんたと組まないと、教えてくれないって……」
「俺と組むの、嫌か?」
サイドスワイプは優しく聞いた。
「ううん! あんたといっしょに訓練するの、すごく楽しかった! ……でも」
ユニは辛そうな声を出した。
「それじゃあ、お姉ちゃんみたいにはなれないの。お姉ちゃんみたいに、なんでも一人で出来るようには……」
「いいんじゃねえの? 別に姉さんそっくりにならなくても」
サイドスワイプの言葉に、ユニは顔を上げる。
「俺にとってさ、アイアンハイドは師匠みたいなもんでさ。だから俺も、アイアンハイドみたいになりたいって思ってたんだ」
「サイドスワイプも……」
サイドスワイプは頷いた。
「それで、アイアンハイドの戦い方を真似たりしてさ。だけど、あるとき言われたんだ。『オートボットに俺は二人もいらねえ、おまえはおまえのやり方を見つけな』ってさ。……だから!」
銀のオートボットはロボットモードに変形すると、右腕に硬質ブレードを展開し、左手で背中から拳銃を抜く。
「俺はこの剣と銃で、いつかアイアンハイドに認めてもらう! 戦士サイドスワイプ、ここにありってな!」
「ふふっ」
その姿を見て、ユニは思わず笑ってしまった。
「なんだよ! 真面目に話してるんだぜ!」
「だって…… なんだか子供っぽくて! あはは!」
コロコロと笑うユ二を見て、サイドスワイプは後頭部を掻きながら言葉を続ける。
「あー、だからさ、そんなに思い詰めんなって話だ。ユニにはユニの、やり方が有るんだからよ」
「……うん、ありがとう。少し楽になった」
笑いのあまり出た涙を拭いながら、ユニは礼を言った。その顔は花のような明るい笑顔だ。
サイドスワイプはそれを、まじまじと見る。
「ん? なに?」
ユニが聞くと、サイドスワイプは慌てて顔をそらした。
「な、なんでもない!」
「? 変なサイドスワイプ!」
ユニはそれ以上追及しなかった。
笑顔でこちらを見上げてくるユニを見て、サイドスワイプは、彼女には笑顔のほうが似合うな、などと考えていた。
* * *
女神の仕事は多岐にわたる。ノワールが基本であると考える書類仕事、新しい娯楽を国民に提供すること、国民の生命と財産を脅かす存在と戦うこと。
そして、これもその一つ。
「みなさん、今日は女神さまがいらっしゃってくれましたよ」
穏やかな老婦人である園長がそう言うと、園児たちは「はーい!」と元気よく答えた。
そう、ここは幼稚園の講堂である。
「ハーイ、みんな! 私がこの国の女神、ブラックハートよ!」
ノワールが女神の姿で段下の園児たちに微笑みかけると、園児たちは「おおーッ!」と声を上げた。
園児たちは知識としては女神のことを知っていても実際に見るのは初めてなのだ。
とりあえず掴みはオッケーと、ノワールは内心でガッツポーズをとった。
* * *
「今日は、ありがとうございました」
「いいんです。これも女神としての仕事ですから」
幼稚園の応接間で園長先生の入れるお茶を飲み、ノワールは言った。すでに変身は解いている。
「みんな、とても喜んでいましたよ。女神様を見るのは初めてだって」
「ふふふ、私にとっても、楽しい時間でした」
園長の言葉に、ノワールは照れたように微笑んだ。
ノワールを招いたのは、この園長だ。信心深い彼女は、一度自分が信仰する女神に子供たちを会わせたいと考えていた。
そして、ついにその機会を得たのである。
とりあえず、お互い満足のいく結果だったようである。
「えんちょうせんせい!」
と、あどけない声が窓の外から聞こえてきた。
ノワールと園長が窓の外を見ると数人の園児がこちらを見上げていた。
「さようなら!」
「はい、さようなら」
園長が穏やかに微笑むと、園児たちは手を振り門のほうへ走っていく。そこには、園児たちの親が待っていた。
親たちは我が子を抱き上げ、あるいは頭を撫でて今日はどうだったかと聞いている。微笑ましい光景だった。
「……やっぱり、子供たちには親が一番なんですね」
しかしノワールはそれを、どこか寂しげな笑みを浮かべて見ていた。
「そうですわね、親と言うのは子供たちにとって、言うなれば女神様のようなものなんです」
園長はそれに気づかずに穏やかに笑いながら言った。
「だれよりも頼りになって、なんでも知っていて」
「なるほど」
「でもですね」
園長は悪戯っぽく笑んでノワールを見た。
「親だって本当は人間なんですよ。悩んで苦しんで、でもそれでも子供のことを一番に考えてるんです。……ね? 女神様みたいでしょう?」
「……そうかも知れませんね」
ノワールはなにか、見透かされているような気分になり、曖昧に微笑むのだった。
* * *
その日の深夜、昨日、ディセプティコンに襲われたのとは別のオイルスタンド。
そこに数台の重機が地響きを立てて乗り込んで来た。
「野郎ども! 今日も一仕事だ!」
先頭を行くミキサー車から声が響く。
「おい、店員! この店のオイル、全部もらおうか!」
しかし、その声に答えたのは店員ではなかった。
「残念だが、閉店だぜ。お客さん」
その言葉とともに物陰から現れたのは無骨な黒いピックアップトラックと、銀色の未来的なスポーツカーだ。
二台の車は、ギゴガゴと音を立ててロボットに変形する。言うまでもなく、アイアンハイドとサイドスワイプだ。
「貴様! アイアンハイド!」
先頭の黒いミキサー車が、細長い腕に四枚の盾を備えた歪な人型へと変形する。
「しばらくだな、ミックスマスター!」
黒いオートボットとディセプティコンは睨み合う。先に口を開いたのはミックスマスターの方だった。
「なぜ貴様がここに……」
「なに、今は害獣駆除の真似事をしてるのさ。最近オイルを盗むでっかい害獣がいるって聞いてな、退治してやろうと先回りさせてもらったぜ」
「な!? どうして、僕たちが来るって分かったんだ!? 毎回10km離れたところを襲っていたのに!」
ホイールローダーから人型に変形したスクラッパーが驚愕の声を上げる。
サイドスワイプが小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「おまえら、毎回ほとんどピッタリ、10km離れたところを襲ってたからな。そして前回襲われた所から10km離れているオイルスタンドはここだけだ。これなら馬鹿でも分かるぜ」
「なにぃ!?」
その言葉にミックスマスターは驚愕した。
「くそう! 俺の考えた完璧な襲撃計画に、そんな落とし穴があったとは! まったく気づかなかった!」
「いや、気付きましょうよ! そりゃバレますって!」
大袈裟に驚くミックスマスターに、スクラッパーが突っ込みを入れる。
「なにをぉッ! おまえだって気付かなかっただろうが! この地味キャラがあッ!」
「おいいい! 地味は今関係ないだろおおッ!!」
ミックスマスターの暴言にスクラッパーは全力で怒鳴る。
「……つまらない漫才はそれくらいにしな」
アイアンハイドが低い声を出した。
「テメエらディセプティコンには、オイルじゃなくて俺のキャノンを味あわせてやるぜ!」
「カーッペッ! やれるもんならやって味噌漬け!」
痰のような粘液を吐き、ミックスマスターが吼える。
「野郎ども! トランスフォームだ!」
「「「アラホラサッサー!」」」
ミックスマスターの妙な掛け声とともに、ダンプトラック、クレーン車、巨大パワーショベルがギゴガゴと音を立てて変形する。
「運ぶのだーい好き! だけど壊すのもだーい好き! オーバーロードだ!」
ダンプトラックは、多脚多腕、オプティックは三つ、そして背中にサソリの尾の如き鉤爪を備えた甲殻類を思わせるロボットへ、
「ふふふ、この私、ハイタワーの美しい戦いを魅せてあげましょう!」
クレーン車は、その車体から手足と頭が直接生えたような不恰好な姿へ、
「オラ、デモリッシャーじゃないべ! スカベンジャーだべ! そこんとこヨロシク!」
巨大パワーショベルはキャタピラが変形した巨大なタイヤが上下に、ショベルアームが変形した腕が両脇に配置され、その真ん中に頭があるという、異形の巨体へと姿を変えた。
「はッ! 面白れぇ! まとめてスクラップにしてやる!」
キャノン砲を構えるアイアンハイド。その横でサイドスワイプも硬質ブレードを展開する。
二人のオートボットと五体のディセプティコンが睨み合う。
そのときである。
「あら? 私抜きで始める気?」
どこからか凛とした声が聞こえてきた。
その場にいた全員が、思わず声のした方……上空を見上げる。
そこにいたのは黒いレオタード姿に長く美しい白の髪、背には光の翼。
そう、女神姿のノワールだ。
大剣を手に、厳しい表情で両軍を見下ろしている。
「なんだ!? あのセクシーな恰好の姉ちゃんは!? コスプレか? コスプレなのか!?」
「ミックスマスター! あれ女神ですよ!」
驚くミックスマスターにスクラッパーが告げる。
そんな二体を無視して、ノワールは二体のオートボットの間に降りてくる。
「お嬢ちゃん、なんでここに……」
アイアンハイドは驚いた顔だ。
「あなたたちと同じよ。こいつらの動きくらい私だって読めるわ」
そう言って、ノワールは薄く笑った。
「なんのつもりか知らないけど、私を出し抜こうたってそうはいかないんだから」
「別に出し抜くつもりはねえよ。……なあ、お嬢ちゃん」
アイアンハイドは厳しい顔でノワールを見て、言葉を続ける。
「無理はするなよ」
「無理なんかしてないわよ」
ノワールはアイアンハイドと視線を合わせず、ディセプティコンを見据えている。
「……そうか」
黒いオートボットはそれ以上追及せず、武器を構え直す。
「お話は終わったか?」
ミックスマスターは、今までとは違う低い声を出した。
「女神はこの国の最強戦力! つまり、奴を倒せばこの国に俺たちに逆らう奴はいなくなる! オイル奪い放題だ!」
「「「「おお~ッ!!」」」」
首魁であるミキサー車ロボの言葉に、重機軍団が盛り上がる。
「そう簡単にいくわけないでしょう! スクラップにしてあげるから、かかってきなさい!」
「カーッぺッ! やれるもんならやって味噌漬け! ……これさっきも言ったな」
黒い女神の高らかな言葉に、ミックスマスターが吼え返す。
「コンストラクティコン! 攻撃しろい!」
その号令とともに、重機型ディセプティコンたちが突っ込んでくる。
「いくわよ! あなたたち援護して!」」
ノワールが叫び、異形のロボットの群れへと飛び込んでいく。なかでも巨大なスカベンジャーに狙いを定めた。
アイアンハイドが、それを援護すべく両腕のキャノンをパワーショベルロボの顔面に向け撃つ。
スカベンジャーは両腕を上げてそれを防ぎ、続けて目の前を飛ぶノワールに向けその巨大な腕を振るう。
「当たらないわ!」
しかしノワールは華麗な動きでそれを避け、顔面に向け、剣技を叩き込む。
スカベンジャーは巨体からは想像もつかない速さで後ろに下がってそれをかわす。
続けてスカベンジャーに斬りかかっていくノワールを援護するべくキャノンを撃とうとするが、何かに気づきその場を飛び退く。
その瞬間、轟音を立ててチェーンメイスがアイアンハイドの立っていた場所に振り下ろされた。
スクラッパーだ。
「ちッ、かわされたか!」
「狙いが甘いんだよ」
悔しそうなホイールローダーロボに、アイアンハイドは冷めた言葉を返し、ついでに砲弾もお見舞いしてやる。
「甘いのは貴様だ!」
その瞬間、ミックスマスターがスクラッパーの前に飛び出し、四枚の盾で砲撃を防ぐ。
「わははは! どーだ、俺の盾は! 貴様なんぞの攻撃は全く効かんわ!」
勝ち誇るミキサー車ロボの脇からスクラッパーが走り抜けてきて横薙ぎにチェーンメイスを振るう。
アイアンハイドは後ろに飛んでそれを躱しつつ砲撃するが、すばやく進み出たミックスマスターの盾にまたも弾かれる。
「チッ! 相変わらず硬えな!」
二体のディセプティコンの連携に苦しめられつつもダメージは避け、アイアンハイドは砲撃を続ける。
* * *
「アイアンハイド!」
二体のディセプティコンを相手にしていたサイドスワイプが相方の危機に気付き助けに行こうとする。
だが、
「おまえの相手は俺だろうが! 青二才が!」
四本の腕と背中の鉤爪を振りかざし、オーバーロードが銀の戦士に迫る。
突き出される鋏を備えた腕を、サイドスワイプは両腕のブレードで防いだ。
オーバーロードはすかさず残りの腕と背中の鉤爪、さらにスパイクになっている前足を振り回し攻撃してくる。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ!!」
サイドスワイプはそれを後ろに宙返りしてかわし、さらに背中に背負った四連キャノンを撃つ。
「うっだわあああ!」
狙い違わず四連キャノンはオーバーロードに命中し、ダンプトラックロボは悲鳴を上げて後ずさる。
「へッ! どんなもんだ! ……おっと!」
勝ち誇ってポーズをつけるサイドスワイプが一瞬にして飛び退くと、轟音とともに巨大な鉄球がアスファルトにめり込んだ。
「あらら、よけちゃいましたか」
ワイヤーを巻いて鉄球を引き寄せるのはハイタワーだ。
「あなたのようなイケメンには、ぜひ私のタマを味わってもらいたいのに」
「わけの分からないことを!」
いやらしく笑うハイタワーに、サイドスワイプは横一線に剣を振るう。
「ふふふ、あたりませんよ」
それを足のキャタピラを回転させバックしてかわし、クレーン車ロボはもう一度左腕の先についた鉄球をフレイルのように振りまわす。
「さあ、味わいなさい! 私のタマを! 鋼鉄のタマを! 金属のタマをおおおッ!」
「味わうか、そんなもん!」
銀色のオートボットに向け何度も鉄球を叩きつけようとするハイタワーだが、サイドスワイプは足のタイヤを回してローラースケートのように動き回ってそれを避け続ける。
「うおおおッ! 俺を忘れんじゃねえええッ!」
そのときいつのまにか後ろに回り込んでいたオーバーロードがサイドスワイプに飛びかかる。
しかし、銀の戦士は大きく跳躍し、オーバーロードはその下を素通りし、そしてそのままハイタワーに激突した。
「ノオオオッ」
「あうんッ♡」
絡み合いながら倒れる、オーバーロードとハイタワー。
サイドスワイプは空中で背中から二丁拳銃を抜き、立ち上がろうともがくディセプティコン二体に向け撃つ。
狙い違わず命中。
「ぐおおおッ!」
「アーーーッ!」
二体は激痛にうめく。
サイドスワイプは着地とともに銃をさらに撃った。
* * *
「この、ちょこまかと逃げるんじゃないべ!」
スカベンジャーは飛びまわるノワールを叩き落とそうと腕を振り回し、さらに上のタイヤを振り下ろす。
しかし、あまりに巨大なパワーショベルロボは、その大きさが災いして小さな黒の女神を捉えることができない。
一方、ノワールはノワールで焦っていた。見上げるほど巨大なこのディセプティコンは、その巨体に見合うだけの破壊力を持ち合わせている。
スカベンジャーが腕を振るうたび、周りの建物に被害が出るのだ。
早く倒さねばならない。
そのために巨体を何度か斬りつけているが、破壊力だけでなく耐久力も体格相応であるらしく、なかなか倒れない。
「早く倒れなさいよ、このデカブツ! トリコロールオーダー!」
鋭い剣技が、スカベンジャーの巨体に降りかかる。
「ふんッ! そんなの痛くもかゆくもないだべ! いい加減落ちるだ、カトンボ!」
「まだよ! トルネードソード!」
大してダメージを受けずにいたディセプティコンに、さらにエネルギーを纏った大剣が襲いかかった。
「だから効かないべ…… ぐおッ!?」
スカベンジャーが痛みにうめく。見ればノワールに攻撃された箇所に大きな亀裂が入っている。
「バカな! オラのボデエに傷をつけるなんて!」
「いくら頑丈な体でも、一点を攻撃され続けたら効いたでしょ!」
そう、ノワールはさっきから一か所を狙って攻撃していたのだ。その作戦は功を奏したらしく、スカベンジャーは痛みに苦しんでいる。
いける! そうノワールは確信する。
だが……
「……え?」
一瞬、体の力が抜け、その手から大剣が滑り落ちる。
「ッ! しまった!」
この局面で武器を失うことは致命的だ。ノワールはすぐさま地面に向かって落ちていく大剣を追いかけた。
* * *
ほんの少し時間を遡る。
アイアンハイド、ミックスマスター、スクラッパー、三者は膠着状態に落ち込んでいた。
アイアンハイドの砲撃はミックスマスターの盾に尽く防がれているが、二体のディセプティコンの攻撃もアイアンハイドには当たっていなかった。
なにせミックスマスターは防御に専念していている上に、スクラッパーにはチェーンメイスしか攻撃手段がない。
あきらかな火力不足。
むしろ二対一にも関わらず、軽快に動き回るアイアンハイドのほうが余裕すら感じさせる。
「まずいな……」
ミックスマスターは焦りを漏らす。
このままではジリ貧だ。もし仮にオートボットの増援でも現れたらどうしようもない。
撤退したいところだが、相手がそれを許してくれない。なんとか状況を打開しなくては。
盾で砲弾を防ぎながら、ブレインサーキットを回転させ辺りをうかがう。
オーバーロードとハイタワーは、あの若いオートボット相手に苦戦している。
スカベンジャーに至っては、自分よりはるかに小さな女神に翻弄されていた。
と、なにが起こったのか女神が武器を落とし、それを拾おうとしている。
「チャ~ンス! スクラッパー! ほんの少し時間をかせいでちょ!」
「え!? ちょっと、ミックスマスター!?」
そう言うと、ミックスマスターは敵に背を向ける。後ろではスクラッパーが半ばヤケになって突撃していったが地味に吹っ飛ばされただけなので別にいい。
「シャチホコモード!」
ミックスマスターはエビ反りのような姿勢でロボットモード、ビークルモードに続く第三の形態、
この姿になったミックスマスターは強力な砲撃を放つことができるのだ。
「死んどけや! 女神!」
* * *
ノワールは空中で武器を掴み、体勢を立て直そうとする。
だがその瞬間、ミックスマスターの放った砲撃が、その身体に命中する。
「きゃああああッッ!!」
黒の女神は爆発に吹き飛ばされ、やがて重力に引かれて地面に向かって落ちて行った。
* * *
「お嬢ちゃん!!」
アイアンハイドは撃墜されたノワールを見た瞬間、ピックアップトラックに変形して走り出す。
全速力でミックスマスターとスクラッパーの間を走り抜け、愕然とするサイドスワイプの脇を過ぎ去り、振り降ろされるスカベンジャーの腕を躱し、その勢いでロボットモードに変形して、落下してきたノワールの身体を受け止める。
「お嬢ちゃん! 大丈夫か! お嬢ちゃん!」
アイアンハイドの手の中でノワールは気を失っていた。人間の姿に戻っている。
身体にスキャンをかけて見たが、危険な状態だ。
「今だ! 野郎ども、撤退だ!」
ミックスマスターは、その号令とともに、どこからか取り出したカプセルを地面に投げつける。カプセルが割れた瞬間、煙が広がり辺りを包んだ。
「だ~はっはっはっ! ラステイションの女神は、このミックスマスターが討ち取った! これでこの国のオイルはぜ~んぶ! 俺たちのもんだ!」
オートボットたちに、その言葉に反応する余裕はなかった。
サイドスワイプはハッとしてアイアンハイドのもとへ駆け寄る。
「アイアンハイド! ノワールは大丈夫なのか!?」
「わからん! とにかく、急いで教会に戻るぞ!」
ノワールの身体をビークルモードのアイアンハイドの座席に乗せ、二人のオートボットは走り出した。
念願の調整平均がついたぞ!
……って、高過ぎません!?
思わずパソコンの前で固まりました。
評価してくださった皆さん、ありがとうございます!
しかし、今回はノワールファン、ユニファン、サイドスワイプファン、コンストラクティコンファンの皆さんに土下座せねばなりませんね……
言い訳がましいですが、作者はノワールに対してアンチ・ヘイトする気は全くありません。
あくまでも、ノワールというキャラクターを自分なりに解釈した結果なんです。
あと、サイドスワイプとユニがこういう感じに仲良くなるのは構想段階から決まっていたことです。
ご意見、ご感想、お待ちしています。