超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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第150話 運命

 空中神殿の中枢に位置する司令部。

 祭壇の上には、シェアの塊である光球に照らされて散々と痛めつけられたレイがグッタリと項垂れて荒く息を吐いていた。

 ザ・フォールンの姿はなく、その間だけはレイも休息できるのだった。

 

 と、壁の換気口の一つを塞いでいる金網がゴソゴソと揺れ、ついに外れて下に落ちる。

 そして換気口の中から顔を出したのは、銀に青と黒の配色に頭に一対の角があるトランスフォーマーの雛……ガルヴァだ。

 

 ガルヴァが周りを警戒しながら床に降りると、続いて紫色で頭に二本の角のあるサイクロナスと、背中に翼があるスカーと分身たちジも換気口から出てくる。

 

「みんな、しずかにするんだぞ……」

 

 先頭を行くガルヴァは、後に続く弟たちに向かってシーッと人差し指を唇に当てる。

 サイクロナスは頷いたが、スカージたちは首を傾げていた。

 祭壇の階段をエッチラオッチラ登った雛たちは、虚ろな顔の母を見上げた。

 

「ははうえ、いまたすけます……!」

 

 いったい、何をしようと言うのか?

 

  *  *  *

 

 時間は遡る。

 

 ダイナマイトデカい感謝祭が開催されていたのと同じころ。

 メガトロンはスノート・アーゼムによって、ガルヴァ諸共プラネタワーの地下監獄から転送させられた。

 

「むう……ここは?」

 

 ポータルから放り出されたメガトロンが当たりを見回すと、そこは暗く広大な空間だった。

 何やら、天井が高く湿っぽい洞穴のようだ。

 

「ッ! そうだ、ガルヴァ! レイ!」

 

 慌てて共にポータルに飲み込まれた女神と雛の姿を探す。

 ガルヴァはすぐ近くに倒れていた。

 抱き上げてスキャンすれば、意識を失っているだけだった。

 

「破壊大帝メガトロンともあろう者が、随分とこやつらに拘るな」

 

 ホッと息を吐いた時、この洞穴の闇より昏い声が聞こえた。

 声のする方を向けば、そこには信じられないほど古い石造りの祭壇が置かれ、その上に女神化したレイが立っていた。

 しかし顔からは一切の表情が消えていた。

 

 ふと、メガトロンは思う。

 

 一万年の長きを生きるレイだが、男性と交際した経験は全くなく、本人は自嘲気味に自分に魅力が無いからだと抜かす。

 少なくとも、ゲイムギョウ界の男にとってレイはあまり美しくは見えないらしい。

 

 ……馬鹿な話だ。きっと太陽の下でしかレイを見たことがないのだろう。

 

 月や星の光をレイの薄青の髪や瞳が反射し淡く輝く……その姿が、メガトロンには例えようもなく美しく見えた。

 そうでなくともゲイムギョウ界の男どもは、レイが服の下に隠している肌の白さも、着痩せすることも、笑顔の魅力も、子守歌の響きも、何も知らないに違いない。知っていたら、手放すものか。

 

「ここはプラネテューヌ地下深く、タリの空中神殿だ」

 

 そんな思考はなおも続く昏い声に遮られた。

 レイの後ろに、闇に溶け込むようにして黒衣と仮面の男……スノート・アーゼムが立っていた。

 

「くくく、もう俺の正体には気付いておろう?」

「ええ。……お久しぶりです。師よ」

 

 メガトロンは軽く頭を下げた。

 

 Sunort(スノート)Agem(アーゼム)……反対から読めばMegatronus(メガトロナス)

 

 簡単なアナグラムだ。

 そしてメガトロナスとは、メガトロンの師であるザ・フォールンの、かつての名だ。

 

「師よ、レイに何をしたのです?」

「これの精神には、俺が細工を施しておいたのだ。俺の言葉に従うようにな」

 

 異様な様子のレイが気にかかりメガトロンが質問すれば、アーゼムことザ・フォールンは静かに予想していた通りの答えを返してきた。

 レイが一万年の間に繰り返してきたという記憶のリセット。

 それはザ・フォールンが何らかの方法で定期的に記憶を失うように細工していたに違いない。

 余計な知恵を着けないようにか、あるいは……。

 

「そも、この俺が飢えていたこの女を見出したのだ。すなわち、この貧相な女が分不相応な権勢を誇れたのも、この俺のおかげだ」

「そしてゲハバーンによって討たれたのも、ですかな?」

 

 古の大国タリは、レイがゲハバーンを振るう剣闘士に討たれたために滅んだ。

 だがゲハバーンが女神の力を保管しておくためにザ・フォールンが用意した物なら、かのタリショックも堕落せし者が仕組んだ自作自演(マッチポンプ)だったことになる。

 

「その通り。あの国のことを兄弟たちが嗅ぎつけたでな。……というのは表向きの理由。真の理由は、『決まっていた』からだ」

「決まっていた……?」

 

 師の言っている意味が分からず思わず聞き返すメガトロン。

 タリが滅んだのは、ザ・フォールン……当時のメガトロナス・プライムがレイに隠れて資源を搾取していたことが他のプライムたちに知られ、その証拠隠滅だと思っていた。

 しかし、そうではなかったということか。

 

「俺は真実を知った。未来を知ったのだよ、我が弟子」

「…………」

 

 そろそろ、ザ・フォールンの言っていることが単なる妄言ではないのかとメガトロンは思い始めていた。

 

「まあ待て。話を続ける前に、まずはもう一人を迎えに行かねばな……」

「もう一人? ……むッ!?」

 

 ザ・フォールンが軽く手を挙げると洞穴全体が揺れ出した。床全体が上昇しているのだ。振動からして、メガトロンたちが乗っている物体は相当に巨大だった。

 天井にぶつかりそうになるが、一同のいる場所は半球状のバリアによって守られる。

 そのまま天井を……そして大量の土砂を押し退けて上昇していき、やがて地上に達した。

 

 そこはプラネテューヌの首都だった。

 ビル群を破壊しながら昇っていく。

 

 やはり、メガトロンたちがいたのは途方もなく大きい構造物の上だった。

 と、メガトロンと祭壇の間に空間の穴が開く。レイの力を使ったポータルだ。

 

「ッ! 貴様は……!!」

 

 ポータルの中から現れたのは、老人めいた顔とそれに似合わぬ逞しい体格を持った赤いトランスフォーマー。

 メガトロンにとっては忘れ難い、オプティマスとは違う意味で因縁の敵であるセンチネル・プライムだった。

 

「センチネル、貴様何故……!」

「止めよメガトロン。こやつは味方だ」

「味方……ですと!?」

 

 仇敵の姿に構えるメガトロンだが、ザ・フォールンが制止する。

 意味が分からず目を見開くメガトロンに対し、センチネルは無言だった。

 一方でザ・フォールンは低い笑い声を漏らした。

 

「真実を見せてやったからだ。こやつも、それを知って我が軍門に降ることを決意したのだ」

 

――あのセンチネルが、ディセプティコンの配下になることを選ぶだと?

 

 内心の動揺をさとられないように表情を消すメガトロンだが、ザ・フォールンにはお見通しのようだ。

 

「そして、お前にも見せてやろう」

 

 言うや、メガトロンの周囲の風景が変わっていく。

 立体映像による仮想空間だ。

 

 宇宙を飛んで行くエネルゴンキューブ。

 過去へ遡り、後のゲイムギョウ界に墜落するキューブ。

 砕け散り、ゲイムギョウ界その物を憑代とするオールスパーク。

 そして女神の誕生……。

 

 しかし、それらはメガトロンを驚かせるには至らなかった。どれも推測していた通りのことだ。

 

「ふふふ、予想していたという面だな。……では、これはどうかな?」

 

 映像が変わる。

 どことも付かぬ惑星の荒野で、二つの勢力が争っていた。

 

 片方はオートボット、もう片方はディセプティコン。

 

 これもメガトロンにとっては見慣れた光景だ。

 しかし、それぞれの陣営の先頭に立つのはオプティマスとメガトロンではなく、赤とオレンジの機体と、紫色の機体だった。

 

「ひよっこロディマスめが! 今日こそ叩き潰してくれる!!」

「ガルバトロン! オプティマスに代わってお前を討つ!!」

 

 ……それは、メガトロンの息子たちと同じ名を持ち、その面影を感じさせるトランスフォーマーだった。

 

「何だコレは!? どういうことだ!!」

 

 思わず口に出す。

 何故、息子たちが戦っているのか?

 メガトロンの疑問に答えることなく、戦いは続く。

 

 頭と体がそれぞれ別のロボットになっているトランスフォーマーたち。

 ゴリラや恐竜などの獣の姿を持った者たち。

 小さなトランスフォーマーと合体して力を引き出す者たち。

 

 誰かが倒れても、別に誰かにその役目が引き継がれる。

 終わることなく、気の遠くなるような未来までも。

 

 メガトロンは察した。この映像が、何なのかを。

 そしてそれはメガトロンにとって到底容認できる物ではなかった。

 

「これが……これが、トランスフォーマーの未来だと言うのか!!」

「そうだ。我らは永遠に戦い続ける宿命なのだ」

「ッ! 誰がそんなことを決めた! 貴方か、センチネルか、古代のプライムか!?」

「違う」

 

 納得いかずに吼えるメガトロンに、何処からか聞こえるザ・フォールンの声が答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我らの運命。それを決めたのは……………オールスパークだ」

「…………は?」

 

 言われたことが理解できずに、思わずメガトロンの目が丸くなる。

 しかしすぐに目つきに鋭さが戻った。

 

「何を馬鹿なことを!」

「馬鹿なことではない。……遥かな昔日に我らは皆、オールスパークからこの予言を啓示として受けたのだ」

 

 ザ・フォールンの言う『我ら』とは、最初の13人のことで間違いないだろう。

 

「遥かな未来までの記憶……それを受け取った時、俺は理解した。これこそがオールスパークの望むこと。我らは戦い続けるために生まれたのだと」

「……なるほど、それで貴方は、その予言を上手く利用することにしたと」

 

 この言葉が真実ならばザ・フォールンは早い段階から未来を知っていたことになる。

 プライム同士での殺し合いも、星が滅びかけるほどの戦争も、回避することが出来たはずだ。

 そうした様子が無いということは、おそらくはディセプティコンにとって有益になるよう利用することにしたのだろう。

 納得は出来ないが、理解は出来る思考だとメガトロンは思う。

 

 だが。

 

「……利用? 馬鹿を言うな。俺は、オールスパークの意思に沿って歴史が流れるように動いてきたのだ」

「なッ!?」

「子は親のために尽くす物だ。……ならば、我らがオールスパークの願う通りにするのは当然のことではないか。それこそがプライムに課せられた真の使命なのだ」

 

 師の言葉に、ついにメガトロンは絶句する。

 堕落せし者が自身の言葉の通りに暗躍してきたのならつまり……。

 

「この女神を利用し、兄弟たちを殺した。ノヴァ・プライムの宇宙船に細工して宇宙の彼方に追放し、ガーディアン・プライムを暗殺してディセプティコンが差別されるように仕向けて憎しみを煽り、ゼータ・プライムの仲間に奴を殺すよう諭した……そしてセンチネルを過去に送り込み、スペースブリッジを手に入れたのだ」

 

 つまり、永きに渡るディセプティコンへの迫害、故郷を焼き尽くした戦争は堕ちたプライムの掌の上だったということだ。

 

「貴方は……貴方は! 自らの眷属が艱難辛苦にあることを何とも思わなかったのか! 故郷が焼き尽くされ破壊されていく姿を見て、何も感じなかったのか!!」

「もちろん、それは悲しいことだった……しかし、オールスパークの意思に勝る物はない。この俺自身を含めてな。この世界の全てはオールスパークの庭なのだから」

 

 ついに辛抱できなくなったメガトロンは、幻の光景に向けてフュージョンカノンを発射する。

 

「センチネル! 貴様もか! 貴様もこの未来を受け入れたのか!? 永遠に続く戦いを! 永遠に続く苦しみを!!」

「そうだ。トランスフォーマーが永遠に戦い続けるのならば……それは滅ぶことなく、永遠に種が存続していけるということだ」

 

 何処からか聞こえるセンチネルの声は、感情を感じさせない平坦な物だった。

 

「不確かな未来より、確実に生存できる未来を……儂は取捨選択したのだ」

「きっさまらぁああああッッ!!」

 

 フュージョンカノンを乱射しながら、メガトロンは怒りに満ちた咆哮を上げる。

 

「ザ・フォールン!! もはや貴様を師とは思わん!! 俺は、俺は貴様たちとは違う!! 俺は自分の意思で生きてきた! 自分の力で運命を切り開いてきたんだ!! 例えオールスパークの意思であろうと、俺の前に立ちはだかるなら、破壊してくれる!!」

「フッ……自分の意思、自分の力、か」

 

 だが応えたザ・フォールンの声には嘲るような調子が含まれていた。

 再び周囲の景色が変わっていく。

 洞窟のような場所、暗い暗い闇の中。トランスフォーマーですら見通せない真正の闇。

 

「こ、ここは……!」

 

 そしてメガトロンにとっては絶対に忘れられない場所。

 惑星サイバトロンの鉱山。

 

「分かっているはずだぞ、メガトロン。俺が未来を知っていたのなら……お前のことも知っていたと」

 

 メガトロンの目の前で、もう一人のメガトロンが土砂を掘り進めていた。

 諦めることなく、ひたすらに、ひた向きに。

 鉱夫だったころに、落盤事故に巻き込まれて闇の中に一人取り残されたメガトロンは土砂を掘り抜いて脱出したのだ。

 

「い、今更こんな物を見せてどうしようと言うのだ!!」

「ああ、気付いていたはずだ。しかし、その可能性からお前は目を逸らしている。あの落盤事故は…………俺が仕組んだのだ」

「ッ!」

 

 メガトロンの顔が知りたくなかった、気付きたくなかったという風に歪む。

 暗闇の中からの脱出は、メガトロンを支える核のような思い出なのだ。

 

「し、しかし……俺は自分の力であの土砂を掘り抜いた! 俺の、俺だけの力で!!」

「いいやメガトロン。お前は何故、途中で諦めなかった? 何故、途中で死を受け入れなかった? 生存本能か? 希望が故か? ……いいや違う。俺が思念波を送って導いたからだ」

「う、嘘だ、嘘だ!!」

 

 目の前の幻を打ち払おうとフュージョンカノンを撃ち続けるメガトロンだが、仮想空間は消えない。

 また別の光景が映し出される。

 

 メガトロンが、プライムの後継者として選ばれず雨の中で涙していた。

 

「この時もそうだ。俺はお前を呼び寄せたのだ。……未来の歴史を知った時、そこには当然、お前もいたのだ。メガトロン、ディセプティコンを纏め上げた英雄がな」

「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!!」

「だから、俺はずっとお前を観察していた。そしてお前の生涯を……演出した」

「嘘だぁあああああッッ!! 有り得ない、こんな、ことは……」

 

 ガックリと膝を突き、メガトロンは首を垂れる。

 今までずっと、メガトロンはどんな偉業も、どんな大罪も、自分の意思と力で成してきたと思っていた。

 だから背負うことが出来たのだ。

 

「お前がお前の意思で成したと思っていること」

「お前が自分の力で得たと思っている物」

 

 左右から、ザ・フォールンとセンチネルの声がメガトロンの聴覚センサーを叩く。

 

「しかし、その全てが……」

「やはり、その全てが……」

 

 仮想空間から映像と音が消えて全てが闇に包まれた。

 

『まやかしに、過ぎなかったのだ』

 

 取り残されたメガトロンの前に、一条の光が現れた。

 薄青の長い髪に、一対の角飾り。大きな翼。

 

「レイ……!」

 

 メガトロンは泣きそうな顔でレイに手を伸ばす。

 そうだ、例え今までのこと全てが偽りだとしても彼女は、彼女だけは……。

 だが、メガトロンが触れる寸前、レイは霧散するようにして消えてしまう。

 

「ああ……」

「そして、あの女との出会いもな。……彼女はお前との間に信頼を結んだのだろう。あるいは、愛を囁いたのかな? それらは全て、あらかじめ俺が『そう』なるように意識に細工してからに過ぎない」

「ああああ……」

「あの女の中には記憶をリセットした後にスムーズに動けるよう、偽の人格を植え付けてあったのだ。『キセイジョウ・レイ』と名乗るな。お前を愛していたのは、単なる仮面に過ぎなかったというワケだ。まあ、この女の記憶は全てリセットしたがな。もう、お前のことなど憶えておるまいよ」

「あああああ……!」

 

 絶望で、メガトロンのスパークが塗り潰されていく。

 彼をメガトロン足らしめていた、その全てが肉体から流れ出てしまったかのようだった。

 そうして抜け殻となったメガトロンの前に、ザ・フォールンが姿を現した。

 かつて、夢破れた日のように。

 

「これで分かっただろう。お前の人生は、俺の物だったのだ。お前の栄光、お前の偉業、全ては俺が用意してやったのだ」

 

 堕落せし者は、ゆったりと弟子に手を差し伸べた。

 その声はゾッとするほどに優しかった。だとしても欺瞞に満ちた優しさだ。

 

「だから、これからも俺の役に立っておくれ。我が弟子よ」

「…………はい、師よ。仰せの通りに」

 

 もはや絶望に心折れ、生きながらにして死んでいるも同然のようなメガトロンは、力無く差し出された手を取るのだった。

 

  *  *  *

 

 そして、時間は現在に戻る。

 

「………………」

 

 メガトロンは神殿内の与えられた自室で動かずにいた。相変わらず生気がなく、ありていに言って腑抜けた状態だ。

 もはやここにいるのはメガトロンの抜け殻だった。

 

「メガトロン様、失礼する」

「……入れ」

 

 そこへ、側近たるサウンドウェーブがやってきた。

 バイザーの無いオプティックは珍しく心配げな色をしていた。

 

「何の用だ?」

「報告する。ラステイションを攻撃する準備が完了した。サポートとしてスタースクリームが付いていくことになった」

「そうか……」

 

 気の無い返事を返すメガトロンに、サウンドウェーブは珍しくあからさまにムッとする。

 

「メガトロン様、何があった? 今の貴方は、あまりにらしくない。具体的には、いつまでレイを放置しておくのか、回答を求める」

「…………」

 

 答えず黙っている主君に、サウンドウェーブは我知らず溜め排気を吐く。

 しばらくお互いに沈黙していた主従だが、やがてサウンドウェーブが言葉を吐き出した。

 

「メガトロン様、貴方に何があったのかは分からない。しかし、情報から予想することは出来る。ザ・フォールンはその言葉から察するに、膨大な情報を持っているのだろう。それこそ、余人から見れば全知と見えるほどの。……だが、その情報は恐らく、不完全」

「…………不完全?」

 

 ようやく、反応したメガトロンにサウンドウェーブは頷く。

 

「ザ・フォールンはゲイムギョウ界に女神は『八匹』いると言った」

「ああ……言っていたな」

 

 少し前のことを記憶から引っ張り出すメガトロンの前で、サウンドウェーブは続ける。

 

「思い出してほしい。女神はプラネテューヌに二人、ラステイションに二人、ルウィーに三人、ここまでで七人。そしてリーンボックスに……二人」

「ッ! 『九人』!!」

「そうだ。おそらく、ザ・フォールンにとってもリーンボックスの女神候補生は、想定外」

 

 リーンボックスの女神候補生、アリス。

 ディセプティコンのスパイから転身を果たした、異色の女神。

 その存在はメガトロンやサウンドウェーブのみならず、堕落せし者にとってもイレギュラーだったようだ。

 

「ザ・フォールンの知識は完璧ではない。付け入る隙はあるはずだ」

 

 そう言って、サウンドウェーブは踵を返す。

 去り際に、振り返らずにサウンドウェーブは言う。

 

「何があったとしても、俺は貴方に付いてきたことを後悔しない。……それだけは憶えておいてくれ」

「…………俺は」

 

 メガトロンがずっと共にいた参謀に、言葉をかけようと口を開いた時、急にサウンドウェーブが声を出した。

 

「……司令部に異常あり。レイに何かあった模様」

「行くぞ!」

 

 一瞬でいつもの情報参謀の顔に戻ったサウンドウェーブの言葉に、メガトロンは弾かれたように走り出した。

 

「レイのこととなると、必死だな」

 

 一瞬だがメガトロンの目に力が戻ったことを見落とさなかったサウンドウェーブは、その背を見ながらヤレヤレと微笑むのだった。

 

 

「はなせ、はなせー!!」

「この餓鬼!!」

 

 司令部では、ガルヴァら雛たちがスウィンドル、ドレッドウイング、ペイロードの単眼三人組に捕らえられていた。

 母たるレイを救うべく乗り込んできたはいいものの、失敗に終わったようだ。

 

「みてろ! ちちうえが、おまえたちなんか、やっつけてくれるぞ!!」

「ハッ! もうメガトロンなんざ怖くもなんとも……」

「何事だ!」

 

 喚くガルヴァを嘲笑するスウィンドルだが、そこへ当のメガトロンがサウンドウェーブを伴って現れた。

 ギラリと、破壊大帝の目が光る。

 

「俺の子に何かしたか?」

「……ッ! が、餓鬼どもが、この女を解放しようと……そ、その、機械を齧ろうとして……と、とにかくちゃんと躾けておけよ!」

 

 その視線に込められた怒気を感じ、震えるスウィンドルだがガルヴァを床に落とすとドレッドウイング、ペイロード共々、逃げるように去っていく。

 腑抜けているとしても、別にスウィンドルたちより弱くなったワケではない。

 

 メガトロンは屈んで雛たちと目線を合わせる。

 

「ガルヴァよ、どうしたのだ」

「…………」

 

 サイクロナスとスカージはすぐに父たるメガトロンに抱きつくが、ガルヴァだけは顔を背ける。

 

「ガルヴァ」

「ちちうえ。ははうえをたすけてください!!」

 

 ああ、やはりかとメガトロンは思う。

 聞くまでもなく、ここまでやってきたのは母を救うためだろう。

 しかし、それは出来ない。

 もはやあそこにいるレイは、ガルヴァたちの母親だった時のことなど忘れ去った抜け殻だ。自分と同じ。

 

「ははうえをたすけて! たすけてください! ちちうえ!!」

「…………」

「どうしてだまってるんです! どうしてたすけてくれないんです? ちちうえの、……ちちうえの、ばかーー! ばかぁああ!! うええええええんッ!!」

 

 何も言わない父に、ついにガルヴァは大声で泣き出した。

 つられて、サイクロナスとスカージも泣き出す。

 

「うええええん! うええええんッ!!」

「…………」

 

 メガトロンは只々、子供たちが泣くに任せていた。

 今の自分には、何も言う資格は無い。

 

 その時だ。

 

「……泣かな……いで……」

 

 雛たちの泣き声に小さな別の声が混じっていた。

 それは段々と大きくなっていく。

 

「泣かないで、あなたは一人じゃないの……」

 

 それは歌だった。

 レイが、いつも子供たちに聞かせている子守歌……。

 

「お母さんの温もりを憶えているでしょう? お父さんの大きな手を憶えているでしょう?」

 

 その声のする方をメガトロンは自然と見ていた。

 祭壇の上、機械に取り込まれたレイの、口元が動いている。

 

「私は憶えているわ、あなたの産声、あなたの温もりを」

 

 虚ろだったレイの表情が、僅かに優しげな笑みを浮かべる。

 

「兄弟の笑い声を知っているでしょう? 兄弟の笑う顔を知っているでしょう? ……私は知っているわ、あなたの笑い声、あなたの微笑みを」

 

 それは、条件反射だったのだろうか?

 子供の泣く声に反応して、消された記憶の残滓を再生しているのだろうか?

 ……メガトロンは、そうは思わなかった。

 

『生まれましたよ、メガトロン様! 元気な子供です!』

 

『そうやって、周りを巻き込むんですか? ……ガルヴァちゃんたちのことも』

 

『それはメガトロン様の考えでしょう! 子供たちに、ディセプティコンの価値観を押し付けないでください!』

 

『どうしても憎しみが捨てられないのなら、私が最後まで付き合います。だから……この子たちに平和な未来を』

 

 レイと言う女は、いつだって子供たちのために怒り、泣き、笑っていたのだから。

 

――ああ、そうか。お前はまだ、そこにいるのだな……。

 

 気付けば、破壊大帝の目から涙が流れていた。

 

「ははうえ……! ははうえー!」

 

 ガルヴァ、サイクロナス、スカージは母のもとへと駆けだした。

 祭壇の一部と化した母に縋りつき、涙を流す。

 

「泣くのではない、息子たちよ」

 

 力強い声に雛たちが振り向けば、メガトロンが涙を拭って立ち上がるところだった。

 金属の身体には活力が漲り、表情は精悍さを取り戻している。

 そして目は、爛々と赤く燃えていた。

 

 レイがそこにいるのなら、レイが戦っているのなら、腑抜けている場合ではない。

 

「母は、この俺が必ず助ける。しかし、そのためには準備が必要だ。今少し辛抱してくれ」

「! お、おとこはしんぼうがかんじん、ですね!!」

「その通りだ」

 

 大好きな父が戻ってきたことを理解した聡い息子に、メガトロンは笑み自身の胸を叩く。

 そして腹心の方に振り向いた。

 

「サウンドウェーブ、秘密の命令を頼みたい。……やってくれるか?」

「貴方のご命令なら、なんなりと」

「フッ……」

 

 恭しく頭を下げるサウンドウェーブに、メガトロンは相好を崩す。

 そして、機械に取り込まれているレイを見上げた。

 

「レイよ。必ず、お前を取り戻す。……待っていてくれ」

 

 それを最後にメガトロンは踵を返し、サウンドウェーブと雛たちを伴って振り返ることなく部屋を出ていった。

 

 祭壇の上のレイの口元は、僅かに笑みを浮かべていた。

 

 

 今ここに、メガトロンは本当の意味で運命を破壊すべく、動き出した。

 




また長くなりました。
本当はメガトロンが折れたトコで切る予定だったけど、それじゃあんまりにも鬱展開が続き過ぎってことで、ここまで明かしました。

次回はプラネテューヌに話が戻るけど、今週はリアルが忙しいので、更新が遅れるかもしれません。ごめんなさい。

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