超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
――午後15時。そろそろだ。
スタースクリームは、臨時指揮所で雑務をこなしながら、そう思った。
ここはプラネテューヌの人里離れた山中にある廃村で、ディセプティコンがゲイムギョウ界にやってきた最初の頃に臨時基地にしていた場所だ。
敗走したエディン残党……もとい、ディセプティコンはここを当座の潜伏場所としていた。
プラネテューヌで敗走した本隊、ダークマウントを防衛していた部隊、各地に侵攻していた部隊が集結したので、結構な大所帯である。
その分、やることも多い。
怪我人の修理と治療、寝床の設営、エネルギーと食糧の分配、オートボットや各国の動きを探る……のはサウンドウェーブの仕事だが……それに、雛と卵の世話。
それらを適当な部下に割り振り、全体を監督するのが、今のスタースクリームの仕事であった。
あれだけの反逆を起こしたスタースクリームに皆が従っているのは、メガトロンとの見事な戦いを魅せたこともあるが、それ以上にメガトロンからの最後の通信のおかげだった。
「俺は少し休む。後のことはスタースクリームに任せる」
おそらくプラネテューヌに捕縛される寸前に送ってきたこの通信によって、指揮権はスムーズに移行された。
と、重い足音が近づいてくるのを、スタースクリームのセンサーが捉えた。
何者かは分かっている。
「スタースクリーム! メガトロン様の救出作戦はどうなっている!!」
――やはり15時ピッタリだな。律儀な奴。
毎日、この時間にやってきては同じことを言うブラックアウトにはウンザリする。
「今の俺たちにそんな余裕はないんだよ! 何度言や分かるんだ!!」
「何を! もとはと言えば貴様が裏切ったからだろう!!」
「ああそうだな! だからこそ、俺にはお前らの面倒見る義務があるんだよ! 死にに行くような真似はさせられねえんだ!!」
怒鳴るブラックアウトに怒鳴り返し、スタースクリームは溜め息を吐く。
本当に何度目のやり取りだろうか。
「俺に従ってもらうぞ! 他ならぬメガトロン様が、そうしろって言ったんだからな!!」
「クッ……!」
主君の名が出ると、ブラックアウトは悔しげに呻く。
結局のところ、ディセプティコンは『メガトロンが』指揮権を渡したからスタースクリームに従うのだ。
それは腹立たしくて仕方がないが、同時に納得もしていた。
今の自分では、メガトロンには遠く及ばない。
それを認められる程度には、今のスタースクリームには余裕があった。
義兄の後ろに立つグラインダーが申し訳なさそうに頭を下げる。
「兄者……行こう」
「ッ……くそ!」
義弟に促されてブラックアウトはアッサリと退く。
彼も、今の戦力でメガトロンを取り返すなど夢のまた夢だと分かっているのだ。しかし、やりきれない物があってああいう態度を取る。
割り切って仕事に戻ろうとするスタースクリームのブレインに、今度はミックスマスターからの通信が入った。
『スタースクリーム! おい、ちょっと来てくれ!!』
「何だ? 今、忙しいんだが?」
『いいから、緊急事態なんでえ!!』
* * *
指揮所を出たスタースクリームは、ゆったりと村を歩いていく。
村のあちこちに人造トランスフォーマーやクローン兵の姿が見える。
仕事なり何なりで動き回っている者もいるが、多くがグッタリとしていた。やはり、エネルギーと食糧が足りない。
あちこちからかき集めたエネルギーでやりくりしているが、長くは持たないだろう。
やがて廃村の一角にある倉庫の前に着くと、扉の前にミックスマスターが待っていた。
「で?」
「おう、スタースクリーム! 何とかしてくれよぉ、このままじゃ俺らのオイル全部飲まれちまう!」
短く問うと、ミックスマスターが心底ウンザリした様子で言った。
スタースクリームは頷くと倉庫の扉を開けようとするが、ふと振り返った。
「お前らのオイルじゃねえ。皆の、オイルだ」
「は? ……ああ、いやほら言葉の綾だよ」
「ああそうかよ。じゃあ、さっさと仕事に戻れ。ソーラータワーを造るのがお前らの仕事だろ」
コンストラクティコンには、エネルギー確保のために小型のソーラータワーを造らせている。資材不足で上手くいっていないようだが……。
誤魔化すように苦笑いするミキサー車ロボットに釘を刺しながら扉を開ける。
その中で一体のディセプティコンが座り込んでオイルを飲んでいた。それも一杯や二杯ではない、全部だ!と言わんばかりの飲んだくれっぷりである。
……コンストラクティコンたちではない。
紫のボディに、赤い単眼。水牛のような角。……科学参謀ショックウェーブだ。
しかしその姿にかつての覇気はなく、抜け殻のようにオイルを飲み続ける。
あのダークマウントでの戦いで、ショックウェーブはメガトロンからの命に背いて私情を優先した。
後で冷静になってみれば、そのことに対する自己嫌悪ばかりが湧いてくるようで、こうして飲んだくれているのだ。
「……酷え姿だな、おい」
「…………」
スタースクリームに声をかけられても、ショックウェーブは反応しない。
「コンストラクティコンどもが、このままじゃオイル全部飲まれちまう!って泣いてたぜ」
「…………」
「おい、いつもの論理的に、ってやつはどうした?」
「…………もう、論理も科学も無いんだよ」
掠れた声でようやく返してきたのは、そんな言葉だった。
どうもアイデンティティが砕けてしまったようだ。
正直、関わり合いになりたくないが、ショックウェーブの頭脳がなければ立ちいかない。
「お前に仕事してもらわないと、こっちは迷惑なんだよ。……ほら、メガトロンとトゥーヘッドのためにも、軍団を維持しとかねえとな」
「その二人にこそ、顔向けできない……放っておいてくれ」
発破をかけようとするスタースクリームだが、しかしショックウェーブは立ち上がる様子を見せない。
業を煮やしたスタースクリームは、近づいて無理矢理ショックウェーブを立たせた。
「いい加減にシャキッとしろ! 確かにテメエはトンデモねえ失敗をしたがな! それが何だってんだ!」
「……私が私情を優先したばかりに敗北した。……きっと、メガトロン様はお許しにならないだろう」
「俺を見ろ! 俺なんか何度となく失敗してるし裏切り常習犯だが生かされてるだろうが! たった一回の失態で何だ! これから取り返しゃいいんだよ!!」
発破をかけようとするスタースクリームに、ショックウェーブは弱々しく視線を逸らす。
スタースクリームは諦めて、ショックウェーブを乱暴に放す。
いつまでも酔っ払いに関わっていられるほど暇ではない。
「ああ分かったよ、いつまでも負け犬でいたきゃそうしな。けど、オイルは無しだ。テメエが飲み過ぎると、その分誰かがエネルギー不足になんだよ。……論理的だろ?」
「…………」
皮肉には応じなかったが、ショックウェーブはオイルの缶を下ろした。
「……メガトロンは、地面に伏せ続ける者にこそ厳しい。が、逆に根性のある奴が好きなんだ」
自分でもらしくないと思いながらも、スタースクリームはそう付け加える。
そのまま倉庫の外に出ると、仕事に戻ったのだろう、ミックスマスターはおらず、代わりにサウンドウェーブが壁にもたれかかっていた。
「テメエか、何の用だ」
「オートボットの動きを報告。さしあたって動きは無い。各国教会も同様。こちらを探してはいるが、そこまで躍起になってはいない」
「……ああ、ご苦労さん。まあ、メガトロンが捕まった今、こっちは有象無象扱いなんだろうな。気には食わんが、都合がいい。……それはそうと、お前バイザーと声はどうしたんだよ?」
「ただのイメチェンだ」
トレードマークのバイザーと機械的に変声された声の無い情報参謀の思わぬ言葉に、怪訝そうな顔になるスタースクリームだが、サウンドウェーブは気にせずにさらに報告する。
「それと、プラネテューヌに潜入したドレッズから報告がある。センチネル・プライムが現れた」
「…………どういうことだ?」
その報告に、スタースクリームは首を傾げる。この場で何故、オートボットの先代総司令官の名が出てくるのか理解できないという顔だ。
それもそのはず、センチネル・プライムが乗った宇宙船に追いすがり、撃墜したのは他ならぬスタースクリームなのだから。
「言葉通りの意味だ。センチネルがオートボットに合流した」
サウンドウェーブの胸から立体映像が投射される。
それは、連れ立ってプラネタワーを出るオプティマスとセンチネルの姿だった。
老オートボットの全身をまじまじと見て、スタースクリームは認める。
「確かにセンチネルだ」
どうやってかは分からないが、あの老人は生き残ったらしい。
ならば、今考えるべきは『どうしてセンチネルが生きているか』でも、『どうして今頃になって現れたか』でもなく、センチネルが生きていることで状況がどう動くかだ。
「……さしあたってドレッズにそのまま監視させとけ。何かあったらすぐに報告させろ。無理はさせるなよ」
「了解」
情報参謀は、航空参謀の指示に粛々と従う。
命令は絶対厳守。メガトロンが従えと言うから、私情を殺してスタースクリームに従う。
それがサウンドウェーブというディセプティコンであるのは、周知の事実だった。
しかし、ならばこそ気になることが、スタースクリームにはある。
「……話しは変わるが、お前がメガトロンの指示なく要塞を捨てるとはな」
正直、それはスタースクリームにとっても想定外だった。
ピーシェを解放するために動いていたスタースクリームではあるが、あくまでエディンを見限ったのであって、ディセプティコンを見限ったワケではない。
詭弁とも取れるが、スタースクリームの中でエディンとディセプティコンは明確に別物であった。
故に、本拠地を捨てさせようとは思っていなかった。
閑話休題。
とにかく、どうもサウンドウェーブはリーンボックスを奪還されたあたりから、要塞を引き払う準備を進めていたような節がある。
「……あのままでは、敵艦隊が艦砲射撃を始める可能性が高かった。ガルヴァが捕縛された時点で、残りの幼体と卵の安全を最優先すべきと判断した」
「そういう理屈じゃなくて、メガトロンは要塞の絶対死守を命令した。その命令に反するのがらしくねえって言ってんだよ」
目を隠すバイザーが無く、変声していなくても感情の読めない情報参謀だが、こう言われると僅かに自嘲のような表情を浮かべた。
「最近、ある人に言われた。誰かを本気で大切に思っているのなら、時にその誰かに逆らうことも必要だと」
これだけで十分だとばかりに、サウンドウェーブはそれきり口をつぐんだ。
スタースクリームにその言葉の意味は理解出来なかったが、自分がピーシェと出会ったように、サウンドウェーブもまたその有り方を変える誰かと出会ったのだと理解した。
ふと、スタースクリームはピーシェのことを思い出した。
おバカで能天気で無邪気で……自分を真っ直ぐに見上げるキラキラした目のことを。
あの目に恥じないくらいの男にはなりたい。
スタースクリームは、そう思わずにはいられなかった。
故に、サウンドウェーブにそれ以上は聞かずに仕事に戻る。
やることは、いくらでもあるのだ。
* * *
「…………」
ショックウェーブは何をするでもなく、地べたに座り込んでいた。
明晰なはずのブレインは真っ白で、数式の一つも浮かんでこない。
自身の存在意義としたはずのメガトロンの期待と信頼に応えられなかったばかりか、本拠地までも失う大失態。
何かショックウェーブの中の柱のような物がボッキリと折れてしまっていた。
――トゥーヘッド……すまない。……もう、このままブレインの電源を落として、ずっと眠ってしまおうか……。
そうして、オプティックの光度を下げていくと、真っ白だったブレインに浮かんでくる物があった。
パジャマみたいな服に薄紫のクシャクシャとした髪。足に履いているのは非論理的なことにスリッパで、ヘニャリとした気の抜ける顔。
こうなったそもそもの原因である異界の女神、プルルートが嗜虐心に満ちた目でこちらを見ている気がした。
『あはは~、ショッ君たら~、情けないんだ~』
そう言っている気がした。
すると、心の中にムカムカとした気分が湧き上がってくる。
――あの女に、舐められることは我慢ならない!
彼女は論理を超えていく者であると認めているが、メガトロンのように崇拝する気にはならない。
怒りはあっても憎しみや嫌悪ではない、その感情を……かつては忌避していた感情を……ショックウェーブは当座とところは受け入れることにした。
――そうともプルルート。認めよう、私には感情という奴があったらしい。
自分はメガトロンに裁かれるだろう。
ならばこそ、その日までは生き延びなければならない。
そのためには活力が必要で、感情は時にその源足りえる。故に、この場で感情に身をゆだねるのは実に論理的な選択だった。
ようは、感情と衝動に飲まれなければいい。この前と同じ轍は踏まない。
失態に責任を取るために、あるいはプルルートを打倒することを望み、ついでに渦巻く感情の正体を論理的に探りつつ、ショックウェーブは立ち上がるのだった。
*
廃村の真ん中にある廃墟になった大聖堂は、前と同じくトランスフォーマーの卵が置かれ、同時に雛たちの育成室になっていて、フレンジーを中心にボーンクラッシャー、バリケード、リンダ、ワレチューが交代しながら雛の面倒を見ていた。
今はリンダが当番だ。
ダークマウントでの戦いの後遺症はないようである。
フレンジーはサイクロナスの、リンダはスカージの体を洗っていた。
スポンジとタワシで、金属製の雛の体をゴシゴシと擦る。
「しかし、あれだな。お前も、レイちゃんやメガトロン様を助けにいくって騒ぐかと思ってたぜ」
「アタイだって、本当ならそうしたいよ……」
サイクロナスの翼を開かせて洗うフレンジーがどこか呑気に言うと、元マルヴァのヒヨコ虫のトサカを齧るスカージを洗うリンダは顔を曇らせる。
「でもよ、こいつらを守らないとな……」
「ん、その心意気は買うぜ」
それだけ言うと、フレンジーはサイクロナスの体から水をかけて洗剤を落とす。
フレンジーだって、レイたちを助けに行きたいのはやまやまだが、この雛たちや卵の面倒を見なければならない。
雛たちの安全が、あの二人が望むことだろう。
レイとメガトロンの無事を祈りながら、そう考えるしかないのだった。
* * *
そのころ、当のレイはと言えば……。
「……このお茶は、このブレンドと淹れ方が一番美味しいんですよ。世間ではすでに失伝して久しいですが、憶ええておいてよかった」
プラネテューヌの応接室で、お茶を淹れていた。
対面に座る二人にお茶を差し出すレイだが、当の二人……アブネスとアノネデスは憮然とした表情だ……アノネデスの方は例によってメカスーツに身を包んでいるので表情は窺えないが。
「それにしても、お二人が面会に来てくれるなんて、ビックリです」
「まあ、一度は話したかったのよ。前は別れの挨拶をする暇もなかったし」
「そうよ! レイ、あなた本当にディセプティコンの仲間だったワケ!?」
レイが笑むとアノネデスは静かに返し、アブネスはキャンキャンと叫ぶ。
すると、レイは静かに笑んだ。
「ええ。私はディセプティコンですよ。少なくとも、私はそう思っています」
「何でよ! 何であんな奴らに……!」
怒りのままに吼えるアブネス。
「……別に珍しい話ではありませんよ。ある一人の孤独で無能な女が、一人の荒々しい男性と出会って誘拐紛いの方法で彼の軍団に引き込まれた。女は軍団では思いのほか上手くやれて、彼も魅力的なものだから、ついついゲイムギョウ界を裏切ってしまった。……それだけです」
自分のことを語っているとは思えないほどに冷え冷えとした声に、アブネスの顔は厳しくなる一方だ。
他方、アノネデスは少し納得した様子だった。
「その魅力的な男ってのがメガトロンなワケね。前に言ってたあなたが惚れている男も」
「はい、そうですよ」
「正直に言うわ、レイちゃん。……その思いは偽りよ」
「………………どういう意味ですか?」
アノネデスの言葉に、レイの瞳が小さく窄まり、そうなると表情は変わらないのに狂気に染まっているように見え、アノネデスは少し言ったことを後悔する。
それでも、言いたいことは言う主義なので、さらに続ける。
「あのね。誘拐とか監禁とか、そう言うことをされると……被害者が犯人に共感してると錯覚しちゃうの。この人はきっと、良い人だ。この人にも何か事情があるんだって思っちゃうのね。で、最後にはそれを恋愛感情だと誤解しちゃうのよ。……心理学的に証明されている症候群よ。レイちゃんは今まさにそれだと思うワケ」
アノネデスやアブネスから見て……それが多少、故意的、悪意的な見方であることは彼らも自覚しているが……レイは、拉致監禁されたあげく、四人も子供を産まされた被害者だ。
性的な暴行は受けなかったのだろうが、それでも酷いことをされるうちに自己防衛のためにメガトロンに偽りの愛を抱いていたとしても仕方がない。
ならば荒療治になったとしても、その幻を払う必要がある。
そう考えていたのだが……。
「なるほど。……なるほど」
レイは深く息をしてから、再び笑みを作った。
瞳は元の大きさに戻っていた。
「だとしても、それでもいいんです。……結局の所、私はあのヒトのために生きると決めたんです。……生まれて初めて、他者のために生きると決意したんです」
「あのオッサンが、あなたのこと愛してくれると思う?」
「どうでしょうね? ……でもあのヒトが愛してくれなくても、私は、あのヒトを愛していますから」
美しい笑顔で言い切るレイを見て、アノネデスは思う。
おそらく、レイはメガトロンの深い部分まで知ってしまった。
さっさと逃げ出した自分が見れなかった部分を。
果たして何を見たのか感じたのかは分からない。
それでも、きっと彼女はもう戻れない。それを理解してしまった。理解できてしまった。
何処かで腑に落ちてしまったアノネデスに対し、アブネスはまったくもって不満なようだった。
「何でよ! そんなの可笑しいでしょ!! 愛してもくれない奴に尽くすなんて!! あなたが何て呼ばれてるか、知ってるの!?」
「『裏切り者の売女』もしくは『メガトロンの情婦』あたりですかね。……そんなに間違ってはいません」
口の悪い者たちが言う自らへの侮辱的なあだ名を口にしながらも、怒りが見えないレイに、アブネスは一瞬言葉を失う。
しかし、すぐに持前の負けん気を出した。
「あなた、それでいいワケ……」
「アブネスさん、私が今までどれくらい生きてきたか分かりますか?」
そのまま叫ぼうとするアブネスを、レイが制する。
静かな声なのに、アブネスを黙らせるほどの迫力があった。
「そ、そんなの知るわけ……」
「一万年、それが私の過ごしてきた時間です」
一万年、おそらくは女神にとっても想像も付かないほどの長い時。
それを生きるということがどういうことか、アブネスにもアノネデスにも理解は出来ない。
「その間、私のしたことと言えば、自分では理由も分からない脱女神運動。それだけです」
レイの語り口は淡々としていて、自分のことだと言うのに何処か他人事のようだった。
「正直、その一万年の間のことは、ほとんど憶えていない……と言うよりも実感が無いんです。なんて言うか、生きていたという感じがしないんですよ」
長い時を生きてきたが、その間の出来事はまるで走っている列車の窓から見る景色のように、手の届かない所で流れていくだけだった。
いや、手を伸ばせば届いたはずなのに、そうしなかった。
「でも、あのヒトと出会って……あの子たちが生まれて、それからは毎日が楽しくて。……まあ他の星に跳ばされたり、自分が女神だと思い出したりして、大変だったけど。人に迷惑もかけちゃいましたし……それでも、私は生きていると実感できた。あの人に出会ってから、私の本当の人生は始まったんです。だから、この思いが幻だとしても、私には命を懸けるに足るんです」
最後まで語り切ったレイの顔は穏やかで幸福そうだった。
ああ、やっぱりだとアノネデスは思った。
こんな顔をする女性を止めることは出来ない。
恋を超えて、愛を知ってしまった女を止められるはずがない。
同時に、レイの止まっていた時間を動かしたのが、あの金属の怪物であることが、何故だか妙に悔しかった。
一方でアブネスは少しだけ涙を流してしゃくり上げていた。
自分でも上手く表現できない無力感のような物が、彼女の中で渦巻いていた。
その姿を見て面食らったレイは心配そうにオロオロする。
「あ、アブネスさん!? どうして泣いてるんですか!」
「ヒック……別にいいでしょぉ……ヒック、メガトロンの奴! 女にここまで言わせて、酷いことしたら許さないんだから……!」
「まあね。そこはアタシも同じ気持ちだわ。女一人幸せに出来ない大帝様なんざ、ヘソで茶が湧くってもんよ」
ここにいない破壊大帝に、アブネスは文句を付け、アノネデスも同意する。
「レェェイ! あなた、何か辛いことがあったら相談しなさいよ! 親の精神は子供にも影響するんだから!」
「育児ストレスって言うの? そういうのもあるしねえ。話くらいは聞いてあげるわ」
こんな時でも幼年幼女のことを忘れないアブネスに半ば感心しながらも、アノネデスも女性的な仕草で頬に手を当てて同意する。
レイにだって、金属製でない友人がいてもいいだろう。
「ふふふ、ありがとうございます」
素直に、レイは好意を受け取っておくことにする。
彼女としても、何だかんだ自由に生きるアノネデスの姿勢や、言いたいことをハッキリ言って自分の信じた道を真っ直ぐ突き進むアブネスのことは好意的に見ていた。
自身が女神であることを自覚してからは、特に。
こうして、レイとアブネス、アノネデスの面会は和やかにお開きとなった。
……ちなみにこの面会の様子は監視カメラを通じてメガトロンの下に中継されており、件の破壊大帝に、それはもう難しい顔をさせることになるのだった。
そんなワケで、D軍の現状でした。
タイトルの元ネタは『我思う、故に我在り』という哲学の言葉。
(自分の心で)思うではなく、(他者を)想うなのはミソ(分かり辛い)
作中でアノネデスが言ってる被害者が犯人に共感しちゃう症候群は、『ストックホルム症候群』という実在する症例です。
どこかでこれだとツッコまれると思ってたのに、まったくツッコまれないのでセルフツッコミしてみました。
次回こそ、オプティマスとセンチネルと時々ネプテューヌの話。