超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
まさか公式でやるとは。
5pb.はホテルの一室で目を覚ました。
彼女の鋭敏な聴覚は、街のあちこちから爆発音や銃声がするのを捉えていた。
寝間着姿のまま廊下に出て、掃除をしていたホテルマンを捕まえる。
「あのすいません! 変な音が聞こえるんですけど、何が起こっているんですか!」
「ああ、お客様。エディン軍が反逆者を摘発しているんですよ。これでこの街も平和になります」
ホテルマンはニッコリと笑う。
「何でも、敵国の女神のグリーンハートも捕らえたとか。エディンの勝利です」
当然とばかりのホテルマンに5pb.はゾッとする。
洗脳下にある彼らに取って、エディンがレジスタンスと戦闘をすることも、女神ベールを捕まえることも『良いこと』なのだ。
明らかに異常だ。
一応、ホテルマンに礼を言ってから部屋に戻り、着替えてから手荷物を持つ。
サウンドウェーブに会うために。
ホテルを飛び出した5pb.は、雨が降る夜の街をディセプティコンの基地に向かって走った。
『エディン ノ、民ヨ』
だがその途中、電子音声のようなサウンドウェーブの声が頭上から降ってきた。
見上げれば、この街のランドマークでもある巨大モニターに、サウンドウェーブの姿が映っていた。
『リーンボックス ノ、女神グリーンハート ヲ捕縛シタ。エディン ノ完全勝利ハ目前デアル』
映像が移り変わり何処か暗い場所に、コードのような物で手足を縛りつけられているベールの姿が映る。
気を失っているのか、グッタリとしていた。
「ベール様!? そんな……!」
思わず目を見開き口元を押さえる5pb.だが、周囲の人々の反応は違った。
「やった! 悪い女神を倒したぞ!」
「これで平和になるな!」
「エディン万歳!」
立ち止まってモニターを見上げ歓声を上げる人々。
だが、鋭敏な聴覚を持つ5pb.は気付いていた。
彼らの声には『熱』が無い。
まるで他人事……とさえ言えないような、無味乾燥な声。
『ゲイムギョウ界ニ、黄金楽土ガ築カレル日ハ近イ。
『
サウンドウェーブの声に、男が、女が、老人が、子供が、声を合わせる。
映像が消えると、人々は何事もなかったかのように動き出した。
だが5pb.は雨の中、独り立ち尽くしていた。
「……こんなの、こんなの間違ってる」
サウンドウェーブがこんなことをするなんて信じられなかった。
いや心の何処かで、自分を助けてくれた、自分の歌を好きだと言ってくれた彼が、悪事を働いていることから目を逸らしていたのかもしれない。
あるいは、歌い手に過ぎない自分がそういた事に触れるのを忌避していたのか。
「だからこそ言わなくちゃ。こんなの間違ってるって……!」
ベールを捕まえたことも、この国の有様も。
サウンドウェーブのことを大切に思っているからこそ。
5pb.は、曇天を見上げるのだった。
* * *
ジャズは、強制スリープモードの中にいた。
サウンドウェーブの振動ブラスターに撃たれて川に落ち、ダメージで朦朧としつつも、必死に岸に辿りつき、そこで意識が途絶えた。
ブレインサーキットの中で電気信号が無茶苦茶に入り乱れ、意味の無い映像を夢として再生する。
それは、いつか星空の海岸で見たベールの笑顔だった。
――ああ、ベール、ベール。君を護ると誓ったのに……。
アンチクリスタルの結界に囚われ、闇に沈んでいくベール。
濁流の横で、涙を流すベール。
――俺は、君にまだ何もしてあげられていない!
無力さに、惨めさに、絶望するしかない。
薄らとオプティックを開けると、視界に金糸のような髪と青玉の瞳があった。
「ベール、済まない……。俺は情けない男だ……」
「本当ね。あなたなら、姉さんを守れると思ってたのに」
朦朧としつつ呟けば、辛辣な言葉が返ってきた。
視覚機能が回復してくると、目の前にいるのがベールではなく彼女によく似た少女であると分かった。
「…………アリス?」
「ええ。お久し振り」
アリスはジャズの体の上からヒョイと降りる。
その手には工具が握られていた。
ここで初めて、ジャズは自分が仰向けに横たわっていることに気が付いた。
「とりあえず出来る限りの修理はしといたけど、ありあわせのパーツだから、どこか不具合が出てるかも」
「修理してくれたのか……」
後頭部をさすりながら自己スキャンすれば、確かに修理の跡がある。
しかし、何故?
「……とりあえず君は味方、と考えても?」
「味方とは言い難いわね。敵ではないだけ」
その答えで、ジャズはとりあえずよしとしておく。
正直、アリスを完全に信用する気にはならないが……。
「それで、ここは何処だ? あれから何が……そうだ! ベールはどうなったんだ!?」
「落ち着いてちょうだい。ここは使われていない地下鉄の駅。ベール姉さんは……サウンドウェーブに捕まったわ」
「くそう! こうしちゃいられない!!」
ベールを救い出すべく立ち上がろうとするジャズだが、足に力が入らず倒れてしまう。
「ぐッ!」
「だから言ったでしょう? 不具合が出てるかもって」
腰に手を当て呆れたような調子のアリス。
ジャズが辺りを見回すと、確かに地下鉄の駅のホームだ。
薄暗がりの中に見知った顔がいくつか蹲っている。
レジスタンスの面々だ。その中にはツイーゲもいる。
あの騒ぎに乗じて逃れたのだろう。
ちなみに、アリスがスパイであったことは一般には伏せられている。
「…………敵ではないと言ったな?」
「ええ。ベール姉さんを助けるまでは協力する。……そこから先は知らない」
「どっちつかずだな。まるで蝙蝠だ」
「………………」
何時になく辛辣なジャズに、アリスは表情を少しだけ険しくする。
どうにも自分らしくなかったとジャズは手を挙げて詫びる。
「いやすまん。言い過ぎた」
「……いいわよ別に。それでこれからどうするかだけど」
「無論、ベールを助けにいく。どこにいるか分かるか?」
その問いに答えず、アリスは近くの柱の影に目をやる。
「ブレインズ、いい加減出てきなさい」
「へいへい、分かりやしたよ女王様」
柱の影から、左右非対称の目とコードの髪を持った小型トランスフォーマーがヒョコヒョコと現れた。
元はショックウェーブの配下だったディセプティコン、ブレインズだ。
「お前は……そうか、アリスといっしょにいたのか」
「まあね。金髪巨乳もいいけど金髪美乳もオツなもんで」
そう言いつつジャズの近くのテーブルによじ登ったブレインズは、ギゴガゴと音を立ててノートパソコンに変形する。
そのディスプレイに何処かに囚われているベールの姿が映った。
「さっきから、サウンドウェーブの奴がこの映像を流してんだ。多分、街のはずれにあるっつう収容所だろうな。とっ捕まったレジスタンスもここに放り込まれてるみたいだぜ」
「Dクラス収容所か……」
人々を救いだすはずが、そこに収容されてしまうとは。
「で、収容所の詳しい情報はっと……おい! ツイーゲちゃん! アンタの方が詳しいだろう!」
その声に、駅のホームに置かれたベンチに腰かけていたツイーゲがビクリと反応する。
確かに、レジスタンスは収容所を解放しようとしていたのだから、その詳しい情報を持っているはずだ。
しかし、ツイーゲは震えながら首を横に振る。
「ま、まだ戦うつもりビルか?」
「当たり前だろう。ベールを助け出なきゃな」
「……も、もういやビル!!」
地下鉄の廃駅に、ツイーゲの絶叫が響いた。
驚いて固まるジャズに構わず、ツイーゲは叫ぶ。
「ベール様も捕まったし、レジスタンスも残りはここにいるだけビル! もう勝ち目なんかないビル!!」
涙を漏らしながらの言葉に、周囲のレジスタンスの生き残りもグッタリと頷く。
完全に、戦意が折れていた。
彼らは元々が戦ったことなどない一般人。
この敗北に心が挫けてしまうのも無理はなかった。
こういう時、オプティマスなら気の利いたことでも言って皆を励ますのだろうが……。
何とか、自分なりにやってみようと口を開こうとしたジャズだが、その時誰かが駅の中に入ってきた。
やはりレジスタンスの残党だが、小さな少女の手を引いている。
だがそれは少女と手を繋いでいると言うよりは、無理やり引きずっているようだった。
「はなして! はなしてよ!!」
「黙れ、この裏切り者め!!」
身をよじって逃れようとする少女を男は怒鳴りつける。
その少女は、秘密警察109号……つまり、レジスタンスの情報をサウンドウェーブに流していた少女だった。
「あのガキ……!」
「裏切り者め、よくも……!」
「あいつのせいで!」
少女の姿と声に、レジスタンスの残党が集まってくる。
皆、殺気立ち目を憎しみでギラつかせている。
戦いに敗れた悔しさと怒りを少女にぶつけようとしていた。
タダならぬ空気に、少女が息を飲む。
ツイーゲは戸惑ってはいるが、止めようとはしない。
ジャズ自身は、理性では止めるべきだと理解しつつ、しかし当然の報いなのではという考えがどうしても拭うことが出来ず、それが行動を鈍らせていた。
「この……思い知れ!」
「やめなさい!!」
大人の一人が手を挙げるが、その時誰かがそれを制止した。
少女も、大人たちも、ツイーゲも、ジャズも声のした方を向く。
そこにはアリスが、険しい目つきをして立っていた。
「大の大人が揃いも揃って情けのない! 戦うのは嫌な癖に八つ当たりできる相手が現れたから、これ幸いとばかりに囲んで叩こうっての?」
「八つ当たりだと! こいつは……」
「確かにその子は、あんたたちを裏切ったんでしょうね。でも、それがアンタたちが今やるべきこと? 泣き言ばかり垂れて、それでも女神グリーンハートが守護するリーンボックスの男か!!」
アリスの気迫と怒声に男たちがたじろぐ。
たった一人の少女に、大人たちが圧倒されていた。
「いい? 今、グリーンハート様……ベール様は敵に捕まってる! なら、すべきことは彼女を救い出すことよ! それともあなたたちの信仰心……女神を愛する心は、この程度で折れる程度の物だったの! ……それとあなた!」
急にアリスに睨まれ、唖然としていたスパイの少女が肩を震わす。
アリスは少女に近づくと屈んで目線を合わせる。
「……どうだった? 女神を売った感想は? 楽しかった? それとも達成感でも感じたかしら?」
「な、何を……」
「いいから答えなさい。どう、思ったの」
真っ直ぐ見つめられて、少女の表情が歪んでゆく。
やがて、その目から大粒の涙があふれ出す。
「た……楽しかった……わけないじゃない……め、女神さまを裏切るなんて……」
堪え切れず、泣きだす少女。
当たり前だ。
幼いとはいえ、両親を人質に取られているとはいえ、信じる自国の女神を敵に売って、平気でいられるはずがない。
「わ、わたし……女神様に酷いことしちゃったよう……」
泣き崩れる少女の肩を、アリスはしっかりと掴む。
「あなたの罪を裁けるのは、ここにいる誰でもない、ベール様だけよ。……まあ笑って許しちゃいそうだけど。子供に甘いしね、あの人」
フッと優しく笑んだアリスだが、次の瞬間には顔を引き締め立ち上がり、腰に手を当て挑発的に人々を見回す。
「あの人……ベール様は、いつだってこの国と、ここに住む人々を愛してくれていた。今こそその愛に応える時だと思わない? それとも、ここにいるのは、施しを待つだけの恩知らずなのかしら?」
「そ、そんなことはない!」
「そうだ! 俺たちだってグリーンハート様を助けたい!!」
「なら、やることは一つでしょう? ……戦うのよ! 戦って、取り戻すの! 全てを!!」
『おおぉぉおおお!!』
アリス言葉に、人々は拳を突き上げる。
いつの間にか、負け犬の様相を呈していたレジスンタスは戦意を取り戻し、戦士の顔つきになっていた。
「…………すごいな」
その光景を見て、ジャズは素直に感心していた。
カリスマとでも言うのだろうか、人を動かすのが上手い。
さりげなく怒りの矛先をスパイ少女から反らしてもいる。
自分では、ああはいかない。
人を惹きつけ導く力とは、一朝一夕の努力で身に着く物ではなく、またどれほど徒労を重ねても得られない者もいる。
だが稀に、先天的にせよ後天的にせよ規格外のそれを備える者がいるのだ。
例えば、オプティマス・プライムのように。
例えば、メガトロンのように。
例えば、女神たちのように。
……
「やはり俺は、副官が性に合っているらしい」
先頭に、頂点に立つ器ではなく、故に彼ら彼女らを支える位置。
金属の体に活を入れ、快活な笑みを浮かべる。
「さてと、そうと決まれば何か策を考えないとな!」
「そうね。じゃあ……」
ジャズの意見にアリスも考える。
実際問題、サウンドウェーブが率いるエディン軍からベールを奪還するのは至難の業だ。
「おーい、ただいまー! ……ってアレ? 何か変な空気だな」
そこで呑気な声を上げて入ってきたのは、背中の昆虫の翅のようなパーツを持った黒いトランスフォーマー、サイドウェイズだった。
元ディセプティコンの斥候は、ジャズの姿を見とめて気安く手を振る。
「お、ジャズ、目が覚めたんだな!」
「お前はサイドウェイズ? お前もアリスといっしょにいたのか」
サイドウェイズとブレインズ、そしてアリス。ディセプティコンを脱走して行方を眩ませた連中が何の因果か集合していたワケだ。
さらにジャズは、サイドウェイズの足元にいる人影に気が付いた。
「5pb.?」
見知った顔が思わぬ場所にあることにジャズは訝しげな顔になり、アリスも眉をひそめる。
「おかえり。どうしたの、その子?」
「ああ、何でもサウンドウェーブに呼ばれて、この街に来たらしい。いやビークルモードなのに見つかっちゃってさ! ホントに耳がいいんだな!」
「…………」
あっけらかんとしたサイドウェイズの横で、5pb.はジャズやアリスが見たこともない、決意に満ちた顔をしていた。
* * *
自分がこの街にいる経緯を話した5pb.は、アリスに向き合う。
「ベール様を助けるんだよね? だったらボクも協力させてほしいんだ」
「5pb.、気持ちは嬉しいけど……」
「お願い! ベール様を助けたいんだ! それに……あの人を止めたい。恩のある人だからこそ、これ以上罪を犯してほしくないんだ」
5pb.の声は静かで、しかし決然としていた。
アリスは、その恩人と言うのがサウンドウェーブであることを知っていたが、この場では言わぬが花だろう。
しかし、恩が有るからこそ、彼の悪事を止めたいとは、アリスには無かった発想だった。
自分はどうだろうかと自問し……その答えはすでに出ていることに気が付いた。
「……そうね。あの子を見たら、私も彼を止めたくなったわ」
サウンドウェーブには感謝している。
それでも、あの少女のような間諜を量産しているのはいただけない。
だから、止めよう。
大恩ある情報参謀が、新しい『アリス』を作り出すことを。
アリスはサイドウェイズに向き合う。
そもそも彼は偵察に出ていたのだ。
「それで、上はどうなっていたの?」
「どうもこうも、おかしなことになってる。クローン兵は何処かに消えちまって、見かけるのは人造トランスフォーマーばっかりだ」
サイドウェイズの報告を聞いたアリスは、腕を組んで考え込む。
「何が起こってるのかは分からないけど、頭数が減ってるならチャンスと見るべきね。後はどうやって収容所に忍び込むかだけど……」
「あ、あの……!」
そこで、ツイーゲがオズオズと進み出て机の上にUSBメモリを置く。
「こ、これ! 収容所の情報ビル!」
「おお! ありがとうツイーゲ!」
「……アリスのおかげで少し勇気が湧いたビル」
ジャズが感謝すれば照れくさげに笑うツイーゲにアリスも笑い返す。
「よし! じゃあ指揮権はアリス、君が持つべきだな!」
しかし、ジャズが明るく放った言葉に、アリスが固まった。
「は、はあ!? 何言ってるの!」
「そうですね! よろしくお願いします!」
「アリス、頼むビル!」
「い、いやだから……」
「ま、ここまで焚き付けたんだから当然だわな」
「アリス頑張れよ! 俺も手伝うから!」
「えぇ……」
『アリス! アリス! アリス!』
「……あーもう! 分かった、分かりました! やったろうじゃないの!!」
熱烈なコールに根負けしたアリスは、机の上に登り仁王立ちして一同を見回す。
「ベール様を取り返し、サウンドウェーブを止めるわよ! えいえいおー!」
『えいえいおー!!』
アリスに合わせて鬨の声を上げるレジスタンス。
ここに、『リーンボックス』の反撃が始まった。
反撃を始めるだけで一話使っちまったよ……。