超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION 作:投稿参謀
『繰り返し申し上げます。エディンの攻撃部隊がプラネテューヌに侵攻。すでに国境沿いのいくつかの町が……』
プラネテューヌ国境沿いのとある町。
薄暗い路地裏に捨て置かれた携帯ラジオからニュースが流れてくるが聞く者はいない。
当然だ。今、まさにこの町がエディン軍に襲撃されているのだから。
「ここなら大丈夫だ! 隙を見て町から逃げよう!」
「大丈夫だからね。お父さんとお母さんが守ってあげるから」
「うん……」
路地裏に一組の家族が駆け込んできた。
父は子を背負い母の手を引いて走り出そうとするがその前に黒地に濃い黄色のラインの入った装甲服の一団が現れた。
「な!?」
装甲服の一団……エディンの兵士たちは家族連れに銃を向ける。
「やめろぉぉぉ!!」
父が叫び、母が子供を庇うがエディン兵たちは無情にも銃を撃つ。
銃声と共に無数の銃弾が、容赦なく親子に降り注いだ……。
「わっぷ! 何だコレ? ペンキ……?」
だが銃弾はペンキで出来ており、親子連れは黄色いペンキ塗れになるだけで済んだ。
「え? 何でこんな……あ、あれ?」
戸惑う一家だったが、キョロキョロと辺りを見回す。
「あれ? 何で僕たち逃げてたんだっけ?」
「そうよね。私たちエディンの国民なのに」
「まあ気になさらず。よくあることです」
顔を見合わせる夫婦に、エディン兵の一人が優しげな声をかける。
「ほら、荷物を持ちましょう。家までお送りします」
「ああ、どうもありがとう」
「いえいえ、これも兵士の務めです!」
兵士たちは親切な態度で一家を家まで送ってやるのだった。
* * *
「フハハハ! また我がエディンの領土が増えたわい!」
旧R-18アイランド、現エディン本土。
そびえ立つダークマウントの内部、司令部においてメガトロンは満足げだった。
投射される映像には、各地に侵攻している部隊の戦果と、各地の部隊を率いるディセプティコンたちの顔が映し出されていた。
開戦よりすでに一か月。
エディンは順調に支配地を増やしていた。
その中核となる戦略は、『洗脳』
かつてマジェコンヌが作った粒子をさらに改良しペンキ状に加工することで、より強力な洗脳を施せるようになったのだ。
例え本人にペンキが付いていなくても、街中に塗りたくられたペンキの近くにいるだけで洗脳効果が発揮される手の込みよう。
この戦略は絶大な効果を発揮しているものの、内部に不満が無いワケではない。
事実、ブラックアウトが不機嫌そうな顔で言った。
『しかし、洗脳と言うのはいささか生ぬるいのではないか?』
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
答えたのはもちろんメガトロンではなく、その傍らにいるレイである。
「洗脳は解ける物ですからね」
『そこが手ぬるいと言っている! どうせならもっと徹底的にやればいいだろう!』
「いいえ。洗脳が解ける……元に戻ると言うことが重要なんです」
レイはニッと感情の読めない笑みを浮かべる。
「絶対に元に戻らないのなら、断腸の思いで彼らを殺すと言う選択肢が生まれます。でもそうでないのなら、女神たちは彼らを傷つけることは出来ない。そんなことをすれば、国民を護るという女神の大義に関わる。……つまり、彼らは『盾』です」
「加えて、洗脳すりゃあ自然と女神の力の源であるシェアを削ることが出来る、と。……恐ろしい女だな、お前」
レイとメガトロンを挟んで反対側に立つスタースクリームが、こちらも感情を感じさせない声色で補足した。
良くも悪くも悪くも悪くも、感情豊かな彼らしくない。
それを無視して、レイは続ける。
「こうして洗脳している間に『支配者交代のお知らせ』を人々の意識に浸透させるのです。加えて子供たちにエディンこそが正当な支配者であると教育を施せば、2、3回世代交代をするころには、誰も女神のことなんか憶えていませんよ」
『気の長え話だな……。それにそう上手くいくもんか? 人間どもの信仰心ってのは、結構なモンだと思うんだが?』
当然の疑問を呈するのは、ミックスマスターだ。
これにもレイは笑顔で返す。
「上手くいきますよ。人間と言う生き物は、時に忘れっぽく、恩知らずで、酷く移り気ですからね……。いったいどれだけの女神や国が、そうして忘れ去られていったか……」
この時、レイの顔に浮かんだのはそれまでの仮面のような笑みではなく、嘲笑と侮蔑と怒りと悲哀と失望と諦観が複雑に混じり合った何とも言い難い表情だった。
あのネプテューヌをして恐怖させた、粘性の液体のような冷たく重い感情が込められた顔。
その顔こそが、百戦錬磨のディセプティコンたちを心胆寒からしめる。
傲慢なスタースクリームも、無感情なサウンドウェーブやショックウェーブも、勇猛果敢なブラックアウトも、大なり小なり『恐怖』を感じずにはいられない。
戦慄する金属生命体たちを余所にレイは頃合いを見計らって話題を変えた。
「それとメガトロン様。新設した部隊は無事機能しております」
「ああ、お前に任せた軍規の引き締めと治安維持のための部隊か。」
「はい。『武装親衛隊』です」
その言葉に、またしてもスタースクリームが反応する。
「解せないな。何故、内部にまで目を向ける必要がある?」
「我がエディン軍は、まだまだ寄せ集めの域を出ませんからね。……勝利の美酒に酔って、不埒なことをしないとは限りません。メガトロン様の品格と威光を汚してはいけません。……皆さんの部隊も、不必要な破壊や略奪、特に殺戮は絶対に避けてくださいね」
「……テメエが命令するのか?」
「命令ではなく提案です」
お互いに感情のない声で言い合うレイとスタースクリーム。
「ククク、まあ良いではないか。当面はレイの提唱する洗脳による占領をメインとし、各国の軍やオートボットを相手にする時だけ、実弾を使うのだ」
機嫌良さげなメガトロンが締めて会議はお開きとなるのだった。
* * *
「……エディンの攻撃は日に日に激しくなっている。GDCもメンバーがそれぞれの祖国を守るために帰国し、事実上解散状態……」
オプティマスは難しい顔……と言うのも生ぬるい厳しい顔をしていた。
目の前の画面には、アイアンハイド、ミラージュ、ジャズが映っているが、いずれも総司令官と同じような顔だった。
『ラステイションでは、コンストラクティコンの奴らが鉱山地帯に要塞都市を建造してやがる。攻略に手間取ってるのが現状だ』
『ルウィーはエディン本土との距離もあって表面上は碌な攻撃がないが……どうにもキナ臭い』
『リーンボックスは……言う間でもないな。都市をいくつも奪われた』
「プラネテューヌでも、色々動き回っているようだ。……こんな時こそ、女神たちを支えねばならん。一同、分かっているな」
芳しくない報告を聞きながらも部下たちの気を引き締めようとするオプティマス。
アイアンハイドは厳しい顔ながらも頷き、ミラージュは無言を持って答えとする。
だが、ジャズは少し考える素振りを見せた後、彼らしくない厳しい口調で話を切り出した。
『オプティマス、それに皆の怒りを買うことを覚悟の上で提言する。……オートボットをプラネテューヌに召集し、戦力を集中するべきだ』
『! ジャズ、そりゃあつまり!?』
『……他の国を見捨てろ、と言うことか?』
驚愕するアイアンハイドとミラージュの声に、ジャズはやはり重々しく頷いた。
『ああそうだ。恐らく敵の狙いは我々の戦力を分散させることだ。そうして皆の注意が周りに逸れた所で、一気に本丸を落とすつもりだろう。……つまり、オプティマスのいるプラネテューヌを』
『ふざけてるのか!? この状況でノワールたちをほっとけってのか!!』
激昂するアイアンハイドに、ジャズは努めて冷静に返す。
『ふざけてこんなことが言えるか。……オプティマス、どうか一考してみてくれ』
「ジャズ、君はそれでいいのか?」
『……オートボットのことを考えるなら、仕方のないことだ』
冷静に冷酷に、そう言いつつも声が僅かに震えていることにオプティマスは気付いていた。
「皆はどう思う?」
『俺は反対だ。……が、アンタの命令なら従う』
『俺は命令に従うだけだ』
問えば、アイアンハイドとミラージュはそう答える。
『酷だと言うことは分かっているが、決断するのはあなただ。オプティマス・プライム。勝利のためには、時に冷酷な判断も必要だ』
「…………」
真剣なジャズの声に、オプティマスは腕を組んで考え込む。
こういう時、即断即決を下すのが優れたリーダーであるのは分かっているが……。
「少し考えさせてくれ。……ほんの少しでいい」
『……分かった。だが、出来るだけ早くしてくれ。今、時間は黄金より貴重だ』
「ああ。決めたら連絡する。……一端解散」
通信を切ってから、オプティマスは額に手を当て、深く深く排気する。
ジャズの言うことは正しい。
オートボット全体のことを考えるなら、戦力を集中して決戦に備えるべきだろう。
個人的にもネプテューヌを守るためにはその方が都合が……。
「ッ! 何を考えているのだ私は!」
平和と自由の守護者たるプライムとして、あまりにも不謹慎な思考。
猛省しなければ……。
「いや、今はジャズの提案を受け入れるか、だ。……どうにも思考が纏まらない」
再度排気するオプティマス。
「仕方がない。少し気分を入れ替えるか……」
* * *
ある晴れた昼下がり、とあるナス畑。
一組の親子……のように見える女性と少女が畑仕事に精を出していた。
「マジェコンヌさん! お昼の水撒き、終わりました!」
「うむ、御苦労マジック。お前は良く働くな」
女性……麦藁帽のマジェコンヌは、やはり麦藁帽に簡素なワンピースのマジックを撫でてやる。
くすぐったそうにするマジックだが、ふと何かに気が付いた。
「マジェコンヌさん……」
「ん? ……おやおや」
マジックの視線を追えば、そこにはネプテューヌが立っていた。
「これはこれは、変わった客だ。マジック、お前は家に入っていろ。冷蔵庫にプリンがあるから食っていいぞ」
* * *
プラネテューヌ首都の道をロボットモードで歩くオプティマス。
道行く人々が彼に声をかける。
「オプティマス司令官! いつも御苦労さまです!」
「ああ、そちらも御苦労さま」
街をパトロールする警備兵。
「わーい、しれいかーん!」
「今日はネプテューヌ様はいっしょじゃないのー?」
「今日は少しね」
皆で遊んでいる子供たち。
「オプティマス! 次のネプ子FCの会合は数日後だが、出席するのか?」
「いや、今回は……」
「そうか……。あまり根を詰めるなよ」
「ああ、肝に……と言うのも変だが……命じておくよ」
ネプ子様FCの会長。
その一人一人に丁寧に返事をしながら、オプティマスは歩いていく。
思えば、随分とこの国に馴染んでしまったものだ。
出来れば、彼らを守りたい。
* * *
「ま、飲め。粗茶だが」
「ありがと」
ネプテューヌとマジェコンヌは、ナス農家の外に置かれた大き目の日傘の下、簡素なテーブルを挟んで座っていた。
沈んだ調子のネプテューヌに、マジェコンヌは鼻を鳴らす。
「いやに真面目な顔だな。らしくもない。私に捕まってもメガトロンと相対しても、ボケ倒してた貴様はどこへいった」
「…………」
「あの、ピーシェとか言うガキのことか」
ビクリと、ネプテューヌの身体が震える。
「図星か。やはり、あのイエローハートとか言う女神は、あのガキだったか」
「……何でもいい、知っていることを教えて。あなたはディセプティコンと組んでいるんでしょ?」
「奴らとはすでに袂を分かった。私が知っていることなんて、とっくにお前らが掴んでいる程度のことだけだ。……だから、見逃されているんだろうな。私が今更何をしたとて、大局は動かんと」
「ッ! そう、なんだ……」
溜め息を吐いてから、マジェコンヌは残念そうな顔のネプテューヌを睨みつける。
「ふん! しょぼくれた顔をしおって。……そんなに辛いなら、お友達や恋人に慰めてもらったらどうだ?」
「…………」
「迷惑かけたくない、って面だな。……情けの無い」
呆れたような口調で、マジェコンヌは続ける。
「お前のご自慢の友達と言うのは、お前が弱音を吐いたくらいで見捨てるような、薄情者ばかりなのか」
「ッ! 違う!!」
テーブルを叩き、ネプテューヌは立ち上がる。
だがマジェコンヌは動じない。
「ならば、私ではなく、そいつらを頼れ。……一人で戦えるなどと、思い上がるな。頼ってもらえない周りの方が、辛いこともある」
その言葉には、酷く重みがあった。
ネプテューヌはしばらく黙って自分で淹れた茶を啜るマジェコンヌを見つめていたが、やがて一言断って去ろうとする。
「お茶ありがとう。それじゃあ……」
「……M粒子と言う物がある」
「へ?」
何を急にとマジェコンヌを見れば、ネプテューヌに視線を合わせずに言葉を続けた。
「人の精神に干渉する粒子だ。……私が発明した。国民を洗脳しているインクは、あれをショックウェーブあたりが改造した物だろう」
「……それって?」
「まあ、黙って聞け。粒子は単体では単純な洗脳しかできないから、何処かに洗脳電波を発する装置があるはずだ。それを破壊すればあるいは……」
「ッ! 本当!?」
一転、顔を輝かせるネプテューヌだがマジェコンヌはあくまでもそっぽを向いたまま続ける。
「イエローハートまでは保障せんがな。メガトロンのことだ、何か保険を懸けていてもおかしくない」
「ありがとう、教えてくれて! でも何で? 女神が嫌いなんでしょ?」
「今更だな……私も、ああいうやり口が気に食わんだけだ。これは貸しだ、高くつくぞ」
「出世払いで!」
「もう出世のしようがないだろう、女神なんだから」
ペコリと頭を下げてからネプテューヌは女神化して飛び去った。
マジェコンヌは、もう一度茶を飲んでから、一人ごちる。
「まったく、どうしてプラネテューヌの女神と言う奴は底抜けに能天気な癖に、いざと言う時、一人で抱え込もうとするのだ? ……思わず、お節介の一つも焼きたくなるじゃあないか」
* * *
オプティマスは一人、プラネテューヌ首都を見下ろすことが出来る丘を訪れていた。
ビークルモードからロボットモードに戻って、適当な岩に腰かける。
日の光は暖かく、そよ風は金属の肌を撫でるが、オプティマスの心を癒してはくれなかった。
「どうすればいい……どうすればいい……」
呟くオプティマス。
教えてくれる相手などいない。
自分はプライムなのだから。
「オプっち!」
一人懊悩に沈んでいたオプティマスだが、その時自分を呼ぶ声に気が付いた。
間違えようもない、ネプテューヌの声だ。
女神の姿で地上に舞い降りた彼女は、人間の姿へと戻る。
「オプっち! こんなトコで何してんの?」
「ネプテューヌ……」
一瞬、彼女に相談しようかと言う思いが過るが、思い止まる。
すでにピーシェが敵にまわって、相当に堪えているはずなのだ。
「いや、少し気分転換にな。ネプテューヌこそ、どうしたんだ?」
「わたしも少し気分転換! 隣、座ってもいい?」
「ああ、どうぞ」
ネプテューヌはオプティマスの横に腰かけると、一緒にプラネテューヌの町並みを眺める。
「……ここだったっけ、ぴーこと初めて会ったの」
「ネプテューヌ……」
「ねえ、オプっち。……弱音、吐いてもいいかな?」
ポツリと、ネプテューヌは呟いた。
沈黙を肯定と受け取り、ネプテューヌは女神態になって飛び上がると、オプティマスの胸に縋りつく。
「不安でしょうがないの。ぴーこが元に戻らなかったら、ぴーこや他の皆が傷ついたらって思うと、怖くてたまらない!」
ネプテューヌは、涙を流し嗚咽を漏らす。
今回はそれくらい追い詰められているのだ。
一方で、オプティマスは……この場においては不謹慎であることは承知の上で……心を震わせていた。
ネプテューヌは、この状況に陥っても、他者を思いやっている。
それが一国の女神として相応しい思考なのかはオプティマスには分からないし、おそらく是非を断じる資格もないだろう。
だが、理解した。
ネプテューヌが笑顔でいるためには、『何一つ』欠けてはいけないのだ。
「ごめんオプっち、情けないわよね」
「いや、そんなことないさ」
心は決まった。
* * *
『戦力を集中しない?』
「ああ、そう決めた。皆、各国の女神と民を全力で守ってくれ」
オプティマスはそう言い切った。
「この戦い、我々の目標はディセプティコンを倒すことではない。ゲイムギョウ界を守ることだ」
通信越しに顔を見合わせる部下たちを見回せば、アイアンハイドは不敵にニヤリとし、ミラージュは無言で頷く。
「オートボットの基本に立ち返ろう。すなわち、
『しかしな、勝機はあるのか?』
最もな疑問を呈するジャズに、オプティマスは自身あり気な顔になる。
「ある筋から情報があった。国民を洗脳しているインクだが、効果を発揮するためには、特殊な電波を発生させる装置が必要らしい。おそらく国ごとに置かれているはずだ。それを破壊すれば国民を解放出来る」
『ある筋、とは?』
「詳しくは言えないが、信用出来る相手だとだけは言っておこう」
ミラージュが問えば、オプティマスは曖昧な答えを返す。
それ以上はミラージュも追及しなかった。
『よっしゃあ! やろうぜオプティマス!』
『ああ』
アイアンハイドが拳で反対の掌を叩き、ミラージュは両腕のブレードを回転させた。
「ジャズも、それでいいな?」
『…………そう言うことなら』
「すまんな。……汚れ役を押し付ける形になって」
『言いっこナシさ! ……さて、じゃあ都市奪還の手を考えるぜ!』
一転、明るい表情になったジャズは快活に笑う。
頼もしい部下たちに、オプティマスの表情が和らぐが、すぐに引き締める。
……そうとも、ここからが勝負だ。
この世界を必ず守ってみせる!
副官ゆえに汚れ役を買って出るジャズ。
そんなワケで、次回以降各国での戦いになります。
……その前に、エディンの内情の話をするかも。
では。