超次元ゲイム ネプテューヌ THE TRANSFORMATION   作:投稿参謀

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盛り上がんないなあ……。


第86話 女神の子守歌

 ハイドラの地下都市レルネー。

 

 その一角に、賞金稼ぎロックダウンとその一味がアジトとして使っている区画があった。

 

 配下の傭兵を二人従えたロックダウンは不意打ちで捕らえたオプティマスを、獲物を閉じ込めておく牢獄まで引きずって来るや、鳥籠のような形の牢屋に逆さ吊りにする形で押し込める。

 

「こうなると、惨めなもんだな」

 

 もはや自らの戦利品となったオプティマスを、ロックダウンは嘲笑う。

 

「女神に足を引っ張られ、人間に捕らえられ……気分はどうだ? ええ、お偉いプライム様よ?」

「…………」

 

 ロックダウンの皮肉に、オプティマスは何も答えない。

 それが気に食わず、ロックダウンは顔を仏頂面に戻す。

 

「まあいい。しばらくそこにいろ」

「オプっち!!」

 

 乱暴に檻を閉め、踵を返そうとするロックダウンだったが部屋の外からネプテューヌが駆け込んで来た。

 その後ろには、マジェコンヌとレイが歩いて来る。

 

「オプっち! 大丈夫!?」

「ネプテューヌ、無事で良かった……」

 

 心配そうな顔をしているものの、怪我はなさそうなネプテューヌに、オプティマスはホッと排気する。

 当然ながら、ロックダウンは渋い顔をマジェコンヌに向ける。

 

「何で、ここに連れてきた?」

「別によかろう? 恋人の惨めな姿を見せてやろうと思ってな」

 

 ツンと澄ましたマジェコンヌに、ロックダウンは苛立たしげに排気する。

 

「はん! それで、どうだい女神様よ。自分のせいで恋人が捕まってるのは?」

「ロックダウン、ネプテューヌを侮辱するのは許さんぞ……!」

 

 侮蔑的な声を出すロックダウンに低い声で答えたのは、逆さ吊りのオプティマスだ。

 

「本当のことだろうが。全く女神だか何だか知らんが、やはり碌でもない口先だけだな」

「何さそれー!」

「事実だろう? 友好条約だか何だか知らんが、決まり事を作らなけりゃ維持できない平和なんざ、たかが知れてる」

「むー……!」

「ましてや、人間なんて下らん生き物を守ろうって輩はな。ここの連中を見れば、人間がどうしようもないってのは分かる」

「それは、ここの人たちが酷いってだけで、人間全部じゃないでしょう!」

 

 さすがに黙っていられず反論するネプテューヌを、ロックダウンは冷笑する。

 

「こういう連中がいる、ってだけで十分なんだよ。銀河を旅したが、どの種族にも連中みたいなのがいた。この世界は糞山、生き物なんてのは糞山に集る糞虫だ。糞虫は糞虫らしく生きてりゃいいのに、上っ面だけ誤魔化してるのが気に食わん。オートボット、ディセプティコン、女神、人間、どいつも変わらん。皆、糞山の虫だ。」

 

 睨みつけるネプテューヌ。

 だがロックダウンは、特に堪えた様子はない。

 オプティマスは両眼を鋭く細めた。

 

「ならば貴様は何だ! 勢力の間を飛び回って、戦争で流れた血を吸う寄生虫か?」

「そうさ。俺は自分がクソ下らん生き物であることを誤魔化さん。理想だの夢だので現実から目を逸らしている貴様らと違ってな!」

 

 オプティマスの言葉に、皮肉げに返すロックダウン。

 あんまりな物言いに、オプティマスのみならず、レイとマジェコンヌまでもが顔をしかめる。

 

 だが、ネプテューヌはパチパチと目を瞬かせていた。

 

「何て言うか……あなたは随分とロマンチストなんだね」

「…………何?」

 

 何を言われたのか理解できず、ロックダウンはネプテューヌを見下ろす。

 

「俺のどこがロマンチストだって言うんだ!?」

「だって、どんな種族にだって、色んなヒトがいるのは当たり前だよ。なのに、それが受け入れられないんでしょう? それってつまり、理想が高すぎてのに現実と折り合いつけられないってことじゃないのかな。……ロマンチストというか、潔癖症?」

 

 ネプテューヌの言葉を横で聞きながら、レイは自分の中で疑問を感じていた。

 

 ――そうだとも、人間にもディセプティコンにも様々な者がいる。ならば女神には? オートボットには? どんな人物がいる?

 

 ネプテューヌはさらに続ける。

 

「なんかさ、ロックダウンって、ボッチぽいよね」

 

 瞬間、ロックダウンが固まった。

 

「………………何でそうなる?」

「だって性格悪いしー! 『他の奴らと違って分かってる俺KAKKEEEE!!』みたいな感じ全開じゃん!」

 

 いつもの調子を取り戻したネプテューヌに、ロックダウンはすぐに無表情を作る。

 

「全く、くだらない……」

「何を! ロックダウンのオヤビンはボッチじゃないぞ!! 仕事ない時は武器コレクションを眺めるか、スチールジョーと戯れるくらいしかやることないけど!!」

「そうだそうだ! 飲み会すると、一人端の方で飲んでて、いつの間にか帰っちゃうけどボッチじゃねえ! 馬鹿にすんな!」

 

 意外! それはロックダウンの背後の傭兵!

 

「うわあ……これガチボッチだ。割りとネタなノワールと違って、マジモンだ」

 

 予想以上のボッチエピソードに、ネプテューヌは言いだしっぺであるにも関わらず、痛ましげな視線をロックダウンに向ける。

 

「おい、そんな可哀そうな物を見る目で見るな!」

「うん、まあ何だ……っぷ! ボッチでもいいことあるさ。く、くふふ」

「笑ってんじゃねえか!!」

 

 なんか慰めの言葉をかけつつも笑いを隠せないマジェコンヌに、ロックダウンは声を荒げる。

 

「ダメですよ、皆さん。ボッチな人はボッチなことを意外と気にしてるんですから、ボッチな方にボッチボッチ連呼しちゃ可哀そうですよ」

「お前が連呼するな!!」

 

 気は使ってるが空気は読めないレイに、ロックダウンはツッコミを入れる。

 

「ロックダウン、友がいないとは悲しいことだぞ。友がいれば喜びは倍に、悲しみは半分になるものだ」

「したり顔で説教すんじゃねえ!!」

 

 逆さ吊りのまま至極真面目な顔のオプティマスに、ロックダウンは檻を蹴る。

 

「ええい、どいつもこいつも! と言うか貴様らが反応するから変なことになっただろうが!!」

 

 傭兵二人の頭を叩くロックダウン。

 

「もう、怒りっぽいなー」

「いや怒りますよ、そりゃ」

 

 完全勝利(?)に、ニコニコ笑顔のネプテューヌに、レイは力なくツッコミを入れる。

 

「あなたたちも、よくロックダウンに付いてくねー?」

 

 ネプテューヌは頭をさすっている傭兵二人に話しかける。

 

「オヤビンを馬鹿にすんな! オヤビンは居場所のなかった俺たちの面倒を見てくれてんだ!」

「そうだそうだ! 怒りっぽいし給料安めだけど、充実してんだぞ!」

 

 どうも意外と部下からは慕われているらしい。

 

「へえー、意外といいこともあるんだね」

「……別に、善意からじゃない。オートボットからもディセプティコンからもあぶれてたコイツらなら、安く雇えるってだけだ」

「はいはい、ツンデレ乙」

 

 完全にペースを握られ、ロックダウンは深く深く排気する。

 

 さっきまでシリアスな空気だったのに、どうしてこうなった?

 

「だぁー、もう! お前らとっとと帰れ!!」

「はーい! でもその前に……」

 

 ロックダウンに怒鳴られて、ネプテューヌは最後にオプティマスの入っている檻に近づく。

 その顔は一転して真剣なものになっていた。

 

「オプっち……わたし、さっきの戦い、見てたよ。……もっと自分を大切にして。自分の幸せを考えて、……お願い」

 

 恋人の願いに、しかしオプティマスは答えない。

 

「ねえ……」

「ネプテューヌ、私のことはいい。自分の身を守るんだ。……君が無事でいてくれることが、私の幸福なんだ」

「……ずるい、そんな言い方」

 

 誤魔化されたことは分かっているが、それでも、ネプテューヌは頷く。

 

「分かったよ。……オプっちも、どうか無事で」

 

 檻から離れ、ネプテューヌはレイやマジェコンヌと共に部屋を出て行く。

 

「『君が無事でいてくれることが、私の幸福』ねえ。ご立派で涙が出るね」

「……………」

 

 ロックダウンの小馬鹿にしたような言葉に、オプティマスは答えなかった。

 

  *  *  *

 

「ねぷてぬー!!」

 

 子供たちの部屋に戻る途中、ピーシェがこちらに向かって走って来た。

 タックルする要領で、ネプテューヌの腹に抱きつく。

 

「ねぷおぅッ!? ぴ、ぴーこ、どうしたの?」

 

 普段なら文句の一つも言う所だが、ピーシェが泣いているとあってはそうもいかない。

 ピーシェはぐずりながら舌っ足らずに答える。

 

「ねぷてぬ、みんなが、みんながね、まじくーも……」

「マジックがどうかしたのか?」

 

 自分に懐いている子供の名が出てきて、マジェコンヌも会話に加わる。

 

「あのね、おっきなおとこのひとたちがきて、みんなをいじめてるの」

 

 要領を得ない説明だが、ただ事でないのは分かった。

 

  *  *  *

 

 急いで部屋に入ると、兵士たちが子供たちから折り紙を取り上げていた。

 

「ちょっと、あなたたち!!」

「何やってるんですか!!」

 

 ネプテューヌとレイが怒声を上げると、兵士たち……ほとんどが顔出し、つまりクローンではない兵士だ……はこちらを向いた。

 マジェコンヌが剣呑な表情で二人の前に進み出た。

 

「貴様ら、誰に断ってこんなことをしている。餓鬼どものことは、私に任せてもらう約束だが?」

「それはあの出来損ない……ああ、ハイドラヘッドとの約束でしょう?」

 

 兵士たちの間から、赤い髪の女が姿を見せた。

 その右手でマジックを無理やり引っ張っている。

 

「折り紙なんてくだらないことをする感情がまだあったなんてね。これからは、もっと厳しくしないと」

 

 マジックの手から、彼女が作った紙飛行機を奪い取って床に落とすと、ワザとらしく踏み潰す。

 無表情だったマジックの顔が曇り、マジェコンヌの額に青筋を立つ。

 

「マルヴァ、貴様……!」

「あなたも、人造トランスフォーマーの情報を得た今、本来なら用済みの所を特別な温情でいさせてやってるんだから、感謝しなさい」

 

 醜く顔を歪めたマルヴァは、特に理由もなくマジックを蹴り飛ばす。

 

「ッ!?」

「邪魔よ」

 

 さらに地面に転がりゲホゲホと咳き込むマジックの背をグリグリと踏みつける。

 

「いい加減にしなよ!」

「あなたは……!」

「マジック、大丈夫か!?」

「まじくー!」

 

 たまらずネプテューヌがマルヴァを突き飛ばし、レイとマジェコンヌ、ピーシェがマジックを助け起こす。

 

「子供を蹴るなんてサイテーだよ! 子供は国の御宝だよ!」

「知らないねえ。私が一番嫌いなのは、『子供の泣き声』で、次が『子供の笑い声』なのさ。にしても、相変わらず甘っちょろいね、女神様!」

 

 次の言葉が出るより早く、マルヴァはネプテューヌの頬を張る。

 

「ッ!」

「何さその目は? こっちに人質がいることを忘れるんじゃないわよ!」

 

 睨みつけてくるネプテューヌを蔑みながらマルヴァは醜く嗤う。

 

「女神ってのは女神ってだけでチヤホヤされて、いつまでも若くて美人で? たったくホントムカつくわ」

 

 さらにネプテューヌを打とうとするマルヴァだが、誰かがその手を掴んで止めた。

 顔を出していない……つまりクローン兵の一人だ。

 

「あ、あの、この方々は大切な人質ですし、何もそこまで……」

「ああ!? クローン風情が私に逆らうとか、何様!?」

 

 言うや、マルヴァはそのクローン兵の腹を蹴る。

 

「グッ!」

「一山幾らの量産品がよお!! この私に立てつくんじゃねえ!! テメエらは養豚場の豚といっしょなんだよ!! ……お前らもこいつを痛めつけろ!!」

 

 マルヴァの指示に兵士たちは、クローン兵はもちろん他の兵も戸惑っている。

 

「やれっつってんだよ! クローンども! 『上位コードに基づく指令』だ! やれ!」

 

 その瞬間、他のクローン兵が、倒れた兵士を銃床で殴った。

 他のクローン兵も殴る蹴るの暴行に及ぶ。

 

「君たち! 何してんの! そんな奴の言うことなんか、聞くことないよ!!」

 

 ネプテューヌが叫ぶが、クローンたちは止まらない。

 マルヴァはいよいよ勝ち誇った顔になる。

 

「無駄よ! こいつらクローンには、命令に逆らえないよう、因子にコードが仕込まれてるの。命令違反はもちろん、自殺もできないようにね。だからあの馬鹿はガラクタに殺されたがったんでしょうねえ」

 

 あの馬鹿とはハイドラヘッドのことで、ガラクタとはオプティマスのことだろう。

 

「どうせ死ぬなら強い奴に殺されたいって? 馬鹿よねぇ! たかが、他より自我と能力が高い、型落ち品みたいな奴の癖にさあ!」

 

 ゲラゲラと腹を抱えるマルヴァに、普段はクローン兵への扱いが乱暴な非クローン兵もドン引きしている。

 その間にもクローン兵は自分の同型への殴る蹴るをやめない。

 

「やめなさい! 私にはクローンとか、よく分からないけど、その人はあなたたちの兄弟でしょう! なら、そんなことしちゃダメ!」

 

 しかし、誰かが強い口調で制止すると、クローンたちはピタリと動きを止めた。

 

 ネプテューヌとマジェコンヌは息を飲み、マルヴァや兵士は目を剥き、当のクローンたちも自分の手を怪訝そうに見ている。

 自然と声のした方向に視線が集まる。

 

 そこには、レイがいた。

 

「な、何をやってる! 私の言うことが聞けないのか!?」

 

 マルヴァの怒りに、しかしクローンたちは動かない。

 唖然とするマルヴァに向けてレイは怒りを通り越して呆れ果てた声を出す。

 

「安い人ね」

「ああん!?」

 

 レイは、ピーシェとマジックを庇いながら、冷たい視線をマルヴァに向ける。

 

「安いって言ったんです。力のない子供や逆らえない部下を苛めて大喜び。とても一軍の将の器とは思えませんね」

「このアマ……たかが料理人風情が、この私に偉そうな口を! ……そう言えば、あんたはタダの一般人、生かしておく旨みもないわねえ」

 

 ネットリとした嗜虐心に満ちた笑みを浮かべるマルヴァ。

 

「面白いことを思いついたわ。……まあ、準備をしとくから今晩はぐっすり寝ときなさい。皆、行くわよ! マジェコンヌ、あなたも来なさい!」

 

 それだけ言ってマルヴァは兵士たちを率いて部屋を出て行く。

 暴行を受けた兵士も、仲間に支えられて退室した。

 

「マジック、すまないな。……大丈夫か?」

「…………はい」

「良い子だ」

 

 涙を堪えるマジックを撫でてから、マジェコンヌはネプテューヌとレイに頭を一つ下げ、兵士たちの後に付いて行った。

 

 後に残されたのは、泣く子供たちと、ネプテューヌ、そしてレイ。

 

「……みんなー! ほら元気出してー!」

「でも折り紙が……」

「折り紙は、また作れるよ。まずは、みんな、片付けよ」

 

 踏み荒らされた折り紙をかき集めるネプテューヌ。

 子供たちも、ポツポツと片付け始める。

 レイも一つ息を吐いてから、潰された折鶴を拾う。

 

 と、兵士の一人が残って手伝ってくれていることに気が付いた。

 

「あなたは……?」

「識別番号T‐0151です。……さっき助けていただいた」

 

 兵士が覆面を取ると、顔に殴られた痣が残っている。

 

「ああ! あの時の……」

「先ほどはありがとうございました。……あなたたちに助けてもらったのは、これで二度目です」

「いえ……あなたたちも、あんなことされたら怒っていいんですよ?」

「我々には上位コードに基づく指令に逆らえませんので」

 

 何てことないように言う兵士に、レイは顔を曇らせる。

 クローン兵たちにとって、理不尽な上位コードは、生まれた時からある当然の物なのだ。

 

「その……上位コードを無効化することができないのでしょうか? 例えばハッキングとか?」

「無理です。コードは因子に組み込まれていますので。……可能性の話として、因子の元々の持ち主なら干渉できるかもしれません。……つまり、大昔に亡くなった女神なら」

 

 無理な話だ。

 このタリは、女神が殺された国なのだから。

 

「そもそも、タリの女神の因子を使っているのも、現役の女神の因子を使うと、無意識に女神を信奉しかねないからなのです」

 

 手の込んだことだ。

 レイの内にさらなる怒りが込み上げてくる。

 

 やがて片付けが終わったが、子供たちの表情は暗く、何人かは涙を流したままだ。

 

「ねぷてぬー、みんな、げんきない……」

「うーん、ちょっと困ったなあ……」

 

 いくら規格外のバイタリティが売りのネプテューヌと言えど、限界はある。

 彼女自身、この状況に少しまいっていた。

 

 どうしようかと考えていると、歌が聞こえた。

 

 レイが歌っているのだ。

 

 ゲイムギョウ界で広く知られる子守歌だ。

 

 あなたは一人ではない、父が、母が、兄弟たちがいるから。

 

 そんな内容の歌だ。

 突出して上手いとは言えないが、人を安心させる何かがあった。

 

 子供たちはいつしか泣くのをやめて、歌に聞き入っていた。

 

 やがて、釣られるようにネプテューヌも同じ歌を口ずさみだした。

 かつては某ガキ大将級だった彼女だが、以前のアイドル騒ぎでの特訓で、中々の物になっていた。

 

 次にピーシェが舌っ足らずながらも歌いだし、子供たちも次々と歌に加わった。

 

 それを見守っていたクローン兵士、識別番号T‐0151は自身の通信装置を使って、その歌を基地のあちこちに流す。

 何故かは分からない。そうしなければいけない気がしたのだ。

 

  *  *  *

 

 基地の各所に、子守歌が流れる。

 

「何だ、この歌?」

「ガキどもか? ……しかし、なんつうか……」

「ああ、悪くねえよなあ……」

 

 兵士たちは、突然聞こえてきた歌に何とも言えない感覚に陥る。

 

 それ以上に奇妙なのはクローン兵たちで、彼らは、仕事さえ忘れて子守歌に聞き入っていた。

 

  *  *  *

 

 基地の牢獄区画。

 その独房の一つの中、アブネスは何とか外に出れない物かと思案していた。

 

 ――報道関係者として、また幼年幼女の味方として、ここで行われている悪事を世界に伝えなくては!

 

 燃え上がる使命感とは裏腹に、独房の堅く分厚い扉は幼年幼女以下の腕力しかないアブネスではどうしようもない。

 その上、一つきりしかない小さな窓には格子がハマっている。

 最初は大騒ぎしたアブネスだが、そろそろ疲れてきた。

 

「まったく、このアブネスちゃんに対して、この仕打ち! これは厳重に……」

 

 答える者がなくとも一人ヒートアップしてゆくアブネスだが、どこからか歌が聞こえてくることに気が付いた。

 ゲイムギョウ界で広く知られる、アブネスも子供の頃に……今も見た目は子供だけど……母に歌ってもらった曲だ。

 

「これは……幼年幼女の声! 幼年幼女が助けを求めている!」

 

 何人もの声が重なった歌の中から、的確に子供の声を聞き分けるアブネス。

 愛する幼年幼女の声を聴いて、アブネスの心の中に元気が蘇る。

 

「よーし! 今日は良く寝て、明日こそ幼年幼女を助けるわよー!」

 

 そうと決まれば、アブネスは英気を養うべく簡易ベッドに潜り込む。

 幼年幼女の歌声と、……それに混じって聞こえてくる大人二人の優しい声に、アブネスは安らかに眠りについた。

 

 アブネスの入っている房の隣の独房には、アノネデスが入れられていた。

 

 兵士たちがどうやってもメカスーツを脱がすことができず、仕方なくそのままだ。

 

 アノネデスは、全く動かず、声も発せず、ベッドに座り続ける……。

 

  *  *  *

 

 ダクトの中で、フレンジーは獲物に襲い掛かる直前の凶悪な昆虫のように息を潜めていた。

 実際、彼はこの基地のクソッタレな兵士どもを八つ裂きにするつもりだった。

 

 ……いずれ、時間が来れば。あるいはレイの身に危険が迫れば、今すぐにでも。

 

 すでにレイの場所は把握した。

 女神がいっしょにいるのは予想外だったが、考えてみればメガトロンへの良い土産になる。

 

 ダクト内に響く守るべき女の声に、彼女が未だ無事なことに安堵しつつ、ジッと待ち焦がれる。

 

 愚か者どもに、自らのしでかしたことを思い知らせる、その時を。

 

  *  *  *

 

 マジェコンヌは、与えられた部屋でノートパソコンを前に何か作業をしていた。

 

 デスクトップの壁紙は、らしくもなくリーンボックスのトップアイドルの写真だった。

 

 このノートパソコンは、マジェコンヌが持ち込んだ彼女の私物だ。

 やがてノートパソコンの電源を落とし、ベッドに横になる。

 

 子守歌は彼女の耳朶を心地よく叩く。

 

 今夜は、久々にグッスリ眠れそうだ。

 

  *  *  *

 

 ネプテューヌは知らない話だが、彼女が檻の中にいるオプティマスに近づいた時、彼は恋人に小さな発信機を付けた。

 口の中に含んでいた盗聴器も兼ねるそれを、声を出す時に発射してネプテューヌのパーカーにくっ付けたのだ。

 故に、ネプテューヌたちの歌はオプティマスの耳にも届いていた。

 

 

 そして、それに感付いたロックダウンにもまた。

 ロックダウンは、ムッツリと黙り込んだまま、無線を傍受することでネプテューヌたちの歌を聞いているのだった。

 

  *  *  *

 

 基地内のどこか。

 アブネスらが囚われている場所よりも厳重に警備された場所に閉じ込められている、ハイドラヘッド……いや、突然変異的に強い自我を獲得した、あるクローン兵は、どこからか聞こえてくる歌声に感じたことのない安らぎを得ていた。

 

  *  *  *

 

 かつての上官から奪った椅子に腰かけたマルヴァは、どこからか聞こえてくる耳障りな歌を消そうと悪戦苦闘していたが、基地内にいる兵の半分が仕事を放棄している現在、それは無理な話だった。

 

 自らの思う通りにならない現状を、マルヴァは腹立たしく思うのだった。

 

  *  *  *

 

 食事と風呂、歯磨きを終えたネプテューヌとレイは、子供たちを寝かし付けてから、中央の部屋で休んでいた。

 

 食事は栄養こそ完璧だが味は無いも同然の酷い物、風呂は囚人用が如き粗末さで、ベッドルームは子供の寝室とは思えないほど簡素だったことが、レイの怒りを強くする。

 

 そう、怒りだ。

 

 自分の身に危険が迫っている恐怖でも、メガトロンに見捨てられる不安でもない。

 

 この場所に来てから、自分は妙に心が安定している。

 その癖、強気になっているのも自覚している。

 

 まるで、我が家に帰ったかのような、奇妙な感覚だった。

 

「……そう言えば、オプティマスって、どんなヒトなんです?」

 

 ふと、レイはネプテューヌに問う。

 するとネプテューヌは首を傾げた。

 

「ええと、急に何?」

「いえ、ふと。私は『人づてに』しかオプティマスというヒトを知りませんので」

 

 思わせぶりなレイに、ネプテューヌはさして気にせずに答える。

 

「オプっちはね、なんて言うか不器用なヒトだよ」

「不器用?」

「ああ、手先とかじゃなくて、生き方が。……わたし思うんだけど、オプっちはさ、ホントは総司令官(プライム)なんてガラじゃないんだよ」

 

 ――それは、あんまりじゃないだろうか?

 

 淀みなく言い切るネプテューヌに、レイは三白眼になる。

 それに気付いているのかいないのか、ネプテューヌは続ける。

 

「オプっちはさ、『オプティマス・プライム』を演じてるんだよ。」

「……演じてる?」

「そ。オプっちは考古学とかが好きな、穏やかで繊細なヒトなんだけど、プライム……戦士の大親分で、オートボットの規範がそれじゃダメみたい。だから、冷静沈着で勇猛果敢、時に敵に容赦しない冷酷さも持ってる、オートボット総司令官オプティマス・プライムっていうキャラクターを作って、その仮面を被ってるんだよ」

 

 そこまで聞いても、レイは釈然としない。

 

 確かに、かつて見た過去のオプティマスは、穏やかな気質だった。

 

 だが、ヒトは長い年月の中で変わるものだ。

 

「多分さ、周りもオプっち本人も、仮面を被ってるってことを忘れかけてるんじゃないかな? あんまりにも長く被り過ぎて……。だから、誰かが思い出させてあげないと。オプティマスは歴史と平和が好きな、優しいヒトです、ってさ」

 

 静かに語るネプテューヌの顔は、これまでレイが見た中で最も優しげな……それこそ女神のような顔だった。

 

 正直、ネプテューヌの言うように、オプティマスが優しいかどうかはレイには分からない。

 それでも、分かることが一つあった。

 

「そうですね。自分でも自分の心から目を逸らしてしまう、と言うのは何となく分かります」

 

 メガトロンもそうだから。

 破壊と戦闘を尊ぶ欺瞞の民、その価値観に誰よりも囚われているのは、あの破壊大帝であることに、レイは何となく気付いていた。

 その一点に置いて、レイはネプテューヌの言葉に共感できた。

 

「男のヒトって、なんて言うか不器用と言うか……」

「自分で思ってるよりも、お馬鹿と言うか……」

 

 顔を見合わせ、何となく苦笑し合うレイとネプテューヌ。

 

 どうやら、この女神とは厄介な男に惚れてしまったと言う点に置いて、似た者同士らしい。

 

「……ねえ、レイさん。レイさんは、前に私に教えてって言ったよね」

「……ええ」

 

 何を、とは言わない。

 

 かつては好戦的だったネプテューヌが、女神同士の争いを止めた理由。

 オートボットとディセプティコンが戦い合うことに難色を示す理由。

 

 ……彼女が、雛たちを傷つけない理由。

 

 それをレイは知りたかった。

 

 いつぞやの戦場では、ネプテューヌの理想を薄っぺらいと扱き下ろした。

 

 それが違うと言うのなら、見せてみよ。

 

「だから、話すよ。わたしが……平和を目指す、ワケを」

 

 汝の中身を。

 




次回、ネプテューヌの過去語り。
当然、盗聴してるオプティマスと、それをさらに盗聴しているロックダウンも聞くことに。

今回の解説。

ロックダウン
書いてて、なんか現実主義と言うよりは悲観主義みたいになってしまいました。
実際、現実主義というのは、『理想を叶えるために現実的な手段を取る』ことなので、理想に唾吐くロックダウンは現実主義とすら言えなかったりします。
全ては作者の無知が故です。

因子
現在の女神の因子を使うと、クローンが女神を信奉したり、女神が因子に仕込まれたコードを無効かしたりするので、もう確実に死んでる女神の因子を使用。
何て周到なんでしょう(棒)。

総司令官オプティマス・プライムという仮面
ノベライズ版を読む限り、あながち的外れでもないと思っています。
もちろん、素のオプティマスにもカリスマ性はあるんですけど、それだけじゃ足りない(と本人は思ってる)から下駄履いてるワケです。
その上で素のままでアレなG1コンボイの偉大なこと。

では。

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