Fate/Next   作:真澄 十

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Act.7 乱入

 そこに居合わせた人物は皆驚いていた。

 

 八海山澪は本当に召喚が成功したことに。傍に居るだけで大気を震わすほどの存在。この破格を自分が召喚したことが信じられない。色々なことが一度に起こったせいで頭は混乱しているが、今この瞬間だけは純粋な驚きでいっぱいだ。

 

 衛宮士郎は、八海山澪が剣の騎士(セイバー)を召喚したことに。彼の記憶にあるセイバー(アルトリア)とも勝るとも劣らない霊格だ。やや見劣りするようにも思えるが、それでも最良のサーヴァントの名に恥じぬ力であるのは間違いない。

 

 アーチャー(トリスタン)は事態の急変に。サーヴァントが相手になろうとは完全に予想の範疇を超えていた。前回の聖杯戦争の関係者が居たとはいえ、よもや英霊が出てこようとは。両者が魔術師であることは理解していたが、まさかこの場でサーヴァントの召喚をしてしまうとは。しかもよりによってセイバーとは。既にこの距離はセイバーの殺傷圏内だ。加えて先ほどの一閃は、一瞬なれども熾烈。セイバーはこちらに背を向けているとはいえ、迂闊な行動を取れる訳がない。

 

 セイバーはマスターの様子に。女であったことは問題ではない。だが、自ら召喚しておきながらこの狼狽。驚きというよりは戸惑いだ。召喚は問題なく行われ、魔力も問題なく流れ込んでいる。間違いなくマスターであると思われるのだが、こうも驚かれると問わずにはいられない。

 

「尋ねたい。貴方が我が(マスター)で相違ないか?」

 

「え、あ、はい。私があなたのマスター…です。」

 

「了解した。これより私はマスターの剣となり、盾となる。命令をくれ、マスター。」

 

「え、えっと…」

 

「…では最初の『お願い』から遂行しようか。」

 

 そう言うと、セイバーはアーチャーに向き直る。優しげな雰囲気は消え、一気に剣呑な空気を纏う。

 

「そこのサーヴァント、退いてはくれないか。見たところアーチャーだと思うが、この至近だ。貴方もここは仕切りなおしをしたい場面では?」

 

「……断る。倒すべき敵を前にして、背を向けるなど私の矜持に傷をつける。」

 

「やはりそうか。では、貴方にはここで倒れてもらおう。」

 

 そう言うと、セイバーは盾を前に突き出し、剣を構える。眼光は刃のような切れ味だ。重厚な甲冑に身を包んだセイバーのその構えには、およそ油断の類は見出せない。

 

 それを受けてアーチャーも剣弓を構える。矢は番えない。引き絞る間の隙に切り伏せられるであろうことは明白だからだ。勝機は、遠距離からの一方的な狙撃にしかない。

 

 ランサーを白兵戦で翻弄できたのは、偏に長得物が防御に不向きであるという弱点を突いたからに過ぎない。だが、このサーヴァントは防御に秀でるようだ。盾をもち、甲冑で身を包んだその装備は、いかな切れ味を誇る剣弓といえども断ち切れまい。

 

 確かに剣弓の切れ味は凄まじいが、それは魔的な要因を孕んではいない。単に刃物として切れ味が良いだけにすぎず、重厚な鎧を断ち切ることは困難だ。

 

 そして、あの剣が相当の業物であることは間違いない。相手はセイバーのサーヴァントである。その得物が鈍らであるなどという期待は抱かないほうがいい。

 

 だからアーチャーが狙うのは、撤退ではなく退避。セイバーと距離をおき、セイバーの殺傷圏内から離れつつ必殺の間合いの維持。相手が押せば引き、相手が引けば押す戦略。これが取れる位置関係につかなければいけない。

 

 両者は睨み合う。大気は両者の殺気に当てられて悲鳴を上げる。

 

「ハァッ!!」

 

 最初に踏み込んだのはセイバーだ。右手の片手剣による薙ぐ一閃。単純にして熾烈な一撃。

 

 それをアーチャーは刃で弾く。距離を取ろうと大きく後方に飛びのく。

 

 しかしセイバーはそれに食らい付いて突進する。距離を取らせまいと、盾の守りに物を言わせた体当たり。その重い一撃は受け止めることができず、突進の勢いをそのままに盾で強く殴られる。

 

「ガッ!」

 

 肺の中の空気が押し出される。強烈な物理エネルギーを受けて、弧を描いて弾き飛ばされる。

 

 セイバーの追撃。剣で両断せんと更なる接近。

 

 だがアーチャーは、弾き飛ばされる瞬間に螺旋矢を手中に召喚し、空中に投げ出されながらもセイバーの眉間を狙っていた。

 

 セイバーは肝を冷やす。あの一瞬で反撃の機会を掴み取るとは。

 

 矢を放つ。不安定な姿勢からでも、矢の軌道は正確だ。ミリ単位の正確さで脳漿を抉ろうと牙を剥く。

 

「破ァッ!」

 

 しかしセイバーは怯まない。その片手剣を正確無比のタイミングで振るう。

 

 セイバーが振るうその剣戟は、速くて重い。片手剣ゆえの扱いやすさから生じる初動の素早さ。そしてセイバーの膂力による重さ。この両方を兼ね備えた剣が、アーチャーの螺旋矢を捕らえる。

 

 鉄同士が衝突する轟音。しかし軍配はセイバーにあがる。螺旋矢はセイバーの頭蓋を貫くことは叶わず、剣に弾かれ地に落とされる。

 

 決してセイバーがランサーのような反応速度を誇るわけではない。アーチャーの矢の切っ先から軌道を読み、放たれる瞬間に合わせて剣を振るったに過ぎない。もしもセイバーが視認できない遠方から放たれていれば、おそらく射殺されていた。

 

 加えて言うならば、盾で防ごうとしなかったのも優れた判断だった。セイバーは矢の構造から、おそらく自身の盾では防げないだろうと一瞬で予測した。事実それは正しく、特別な宝具でもないセイバーの盾は、螺旋矢の貫通力の前では紙くず同然だった。

 

 セイバーは再びアーチャーに肉薄する。裂帛の闘志を込めた打ち下ろし。

 

 しかしそれは剣弓で弾かれる。

 

 すぐさま剣を返しての薙ぎ払い。再び防がれるが、盾による体当たり。剣は弾かれやすいが、盾はその質量と面積ゆえに弾くことが困難である。

 

 しかしアーチャーはそれを予期していたのか、大きく横に回避する。アーチャーは素早く体勢を整え、横合いから矢を放つ。剣を持たない左手の方向からだ。

 

 だがセイバーは体を捻りながらそれを打ち落とす。セイバーの剣は大雑把に見えて、その実精密な挙動を繰り返す。

 

 アーチャーは下がりながら。セイバーは追いすがりながら。剣と矢の激しい応酬。アーチャーは隙を見て矢を放つが、セイバーはそれを悉く打ち落とす。

 

 剣と矢が触れている時間は刹那。しかしそれらが空気を裂く時間よりも長い。目にも留まらぬ速度で飛翔する矢と、その速度ゆえ不可視の領域にまで踏み込む剣。

 

 両者が戦うだけで、刃を合わせるだけで、街は蹂躙される。彼らは疾風を纏い、否、疾風そのものとなり、街を駆ける。矢は容赦なく夜の街を穿ち、剣は安普請の建築物を容赦なく断つ。

 

 何合打ち合ったか、両者はすでに覚えてはいない。否、そんなことを考える余裕すらもない。

 

 アーチャーはセイバーを近付かせまいと。セイバーはアーチャーに近付こうと。追う側と逃げる側だが、それは両者共にぎりぎりの剣戟だった。先に根を上げたほうが死ぬ。これはそういう戦いだ。

 

「すごい…」

 

 八海山澪はその剣戟に心を奪われていた。剣と弓。前時代的だと嘲笑されかねない戦い。しかしその猛威は、人類が扱う小火器の類を完全に凌駕する。

 

 彼らが刃を合わせれば、大気は悲鳴をあげ、地は震える。もはや彼女には、戦いの全貌を把握することができない。ただ、両者が未だ存命していることを、大気の絶叫を通じて理解しているのみだ。

 

「………。」

 

 衛宮士郎は無言でそれを見守る。どうやら肋骨が折られたらしい。肺を傷つけた可能性もある。脂汗は滝のように湧き出て、身を動かせば刺すような痛みに襲われる。だから力なく座り込み、それを見守っている。

 

 セイバー…彼の知るセイバー(アルトリア)ではなかった。そしてアーチャーもまた、彼の知るアーチャー(エミヤシロウ)ではない。ここに来て実感する。これは、第五次聖杯戦争(ぜんかい)とは全く違う聖杯戦争。

 

 起こってはならなかった、次なる運命が留まる夜なのだ。

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 その二人は夜の街を馬で闊歩していた。目的地は冬木教会。聖杯戦争に参加する意図を伝えるべく、二人は馬を歩ませていた。アインツベルンの城から新都までは相当な距離があるのだが、雌雄の馬にも、馬上の二人にも疲れの色は見えない。

 

 男はようやくその気になったらしく、今回は鎧を着込んでいる。中華の意匠――漢の時代のものであることは間違いない。主になめし皮を用いたそれは機動性に富み、しかし随所に仕込まれた鋼鉄の重厚さは武将を守るに十分なものだ。傷だらけのその鎧は、彼にとっては最高の武勲だろう。

 

 女の表情は硬い。ここは既に戦場だ。いつアサシンの襲撃があるか知れたものではない。いつでも馬具に括りつけたハルバードを抜けるように、神経を尖らせている。

 

「そこまで気を張らんでもよかろう。アサシンとて、いきなり襲撃をかけるような真似はすまいて。」

 

「それは分かっていますが…何やら白兎(はくと)が怯えているようです。」

 

 サーシャスフィールが乗っているのは、チャーター機で送った雌雄の片割れ、白兎であった。雪で染めたような白い毛並みをもつ雌馬だ。黒兎に劣らず、彼女もまた優秀な駿馬である。しかし、些か嫌戦的であるきらいがある。実力で言えば両者は横並びなのだが、黒兎のほうが好戦的であるため、戦闘の際には彼に軍配が上がる。

 

「ふむ…。確かに、風に乗って戦の匂いがするようにも思えるな。」

 

 ライダーの探知能力も決して高くはない。むしろ低い部類に入る。しかし、彼は何かを感じ取ったらしい。空気の張り詰め方。大気に含まれるマナの濃度。それらから、離れた場所で行われている戦闘を感じたのかも知れない。

 

「それは確かですか?」

 

「保障しかねる。が…まぁ行ってみる価値はあろう。」

 

 そういうと、ライダーは黒兎の手綱を操り、おもむろに左折する。冬木の教会からの最短ルートから外れた道だ。その先は、新都センタービル方面。オフィスビルが立ち並ぶ区画だ。

 

「沙沙。恐らくこちらだ。…おお、黒兎も滾っておるようだな。こういう気配には、人間よりも獣のほうが敏感なものだ。血の匂いを嗅ぎつけたか。」

 

 見ればなるほど、黒兎も普段と様子が違う。鷹揚な雰囲気を纏う黒兎であるが、今宵は何やら落ち着きがない。どうやら興奮しているようだ。

 

 ライダーは首筋を撫でてやり、黒兎を落ち着ける。

 

 サーシャスフィールもまた手綱を操り、黒兎に続く。半年の間に、サーシャスフィールの騎乗も様になっていた。自身の肉体を魔力によって強化することで、宝具馬をまるで手足の延長のように扱う。ライダーには劣るが、彼女もまた抜きん出た騎手と成長していた。

 

「…可能ならば、戦闘は姉妹兵が到着してからにしたいですね。貴方の実力を侮るわけではありませんが、やはり万全を期したいものです。」

 

「姉妹兵が到着するのに、あと2日はかかるのだろう?待てる道理がなかろう。戦況とは常に変動するものだ。期を見出したなら、即座に動くべきだ。」

 

「道理ですね。…確かに、冬木に到着してすぐに他の陣営を下せたならば、幸先良いことこの上ないでしょう。」

 

 そう言うサーシャスフィールの顔には微笑み。これより、戦地にその身を置こうかという人物にはおよそ似つかわしくない、とても澄んだ笑み。

 

 彼女は、表面にそれを出すことは殆どないが、その内面には熱く燃え滾るものがあるのだろう。その笑みは、まさしく誉れの戦場へ赴く百戦錬磨の(つわもの)のそれだ。虫も殺せぬ顔をして、その実は獅子の如き猛勇。

 

 きっと、聖遺物などなくとも、彼女はライダーを引き寄せていたに違いないだろう。二人は、同じものを内面に内包している。

 

 すなわち、戦場に恋焦がれる心情。すなわち、その果てに、自らの主を天に導くという心胆。サーシャスフィールはアハト翁を、ライダーはかつての主を。

 

 決して狂戦士(バーサーカー)ではない。しかし、その有様はまさしく一本槍。それしか己を表現できる処方を知らぬ二人。

 

 ライダーはその手に刃を持つ。それは、全体を見れば薙刀に似ている。しかしそれには竜の装飾が施されている。西洋の竜ではなく、蛇に似た東洋の竜。竜は得物の長い柄より生まれ、柄の終端に竜の顎と牙。その先には幅広の刃。丁度、竜の顎より刃が生える形だ。

 

 これは青龍偃月刀と呼ばれる類の武器であった。このおよそ18キログラムにも及ぶ得物を、ライダーは軽々しく携帯する。左手は手綱を握ったまま、右手のみでその質量を支える。

 

 サーシャスフィールもまた、自身の得物を抜いていた。それはハルバード。馬上でも扱いやすいように改良されたそれは、しかしそれでもなお華奢な彼女には不釣合いだ。しかし彼女は重さを感じさせぬ挙動でそれを扱う。魔術回路だけでなく、肉体にも大幅な改良を施された彼女にはこの程度ならばどうということもない。

 

「さぁ、まだ見ぬ敵兵よ。このライダーが行くぞ。この俺が来たぞ!」

 

 ライダーは黒兎を走らせる。まだ見ぬ敵を求めて。

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 戦場は移動し、今は狭苦しい空き地へと移動していた。資材が散乱しているのは、業者がいいかげんな仕事をしたせいではないだろう。

 

 言わずもがな、セイバーとアーチャーによる戦禍である。マスターと離れてしまったが、それよりも今はアーチャーを踏破することにセイバーは全神経を注いでいる。

 

「敵ながら見事!だが、我が剣の錆となれ!」

 

 その初動の速さゆえに、もはや稲妻となった刺突。正確に喉元を狙ったそれは、しかしアーチャーの剣弓によって軌道を逸らされる。

 

 続けざまに心臓を狙った突き。だが踏み込みが浅い。これならば、身を捩るだけで事足りる。胸当てが浅い角度から入ったその刃を防ぐだろう。銀の胸当ての防御を頼りに、反撃の機会を見出す。

 

 だが、アーチャーの思惑は外れる。

 

 その刃は、まるで硬い胸当てなど無いがごとく、アーチャーの胸を裂いた。鉄が断たれる鈍い音と共に、皮一枚だけであるがアーチャーを傷つける。

 

“―――なんと凄まじい切れ味か!我が剣弓よりもなお鋭いだと!?”

 

 決して鈍らだと侮ったわけでない。しかし、あの角度からならば、どんな鋭利な刃も通るわけがない。アーチャーの経験はそう告げている。つまり、アーチャーが未だ見たことがないほどの切れ味を誇るのだ。

 

 アーチャーは再度大きく飛びのく。その際に螺旋弓を番え、引き絞り、放つ。しかしセイバーは何の苦もなくそれを弾く。

 

 ここにきて両者の攻防は千日手の様相を呈してきた。退きながら戦うアーチャーに対して、セイバーは決定打を与えられない。アーチャーはセイバーの猛攻に、致命の一撃を放てない。

 

 今しがた軽症を負わせはしたが、皮一枚にすぎない。戦闘に支障はないだろう。そしてセイバーの剣の切れ味を知ったいま、守りを当てにした戦法をとりはしまい。

 

 アーチャーは出来ることならフェイルノートを放ちたい。マスターからの供給が十分ならば、迷わず開放していただろう。

 

 アリシアが足手まといであるなどと考えたことはない。しかし、一日に二度の開放は躊躇われる。決して膨大な消費量を要求する宝具ではないが、アリシアに負担をかけるであろうことは明白だ。宝具の開放は、一日に一度までに抑える必要がある。

 

 肉薄したセイバーを切り伏せようと、アーチャーが剣弓を振るう。それをセイバーは左手の盾で受け止める。その隙を見逃すまいと、片手剣を振るう。しかし、もう片側の刃でそれを防がれる。

 

 鍔迫り合う刃からは火花が散る。だが、アーチャーは徐々にセイバーに押され始める。堪らず転がるように離れる。アーチャーはすぐさま立ち上がるが、セイバーに動く様子はない。いままでならすぐさま追撃していたセイバーだが、何故かその場に立ち尽くしている。

 

「…生前はさぞ高名な騎士だったのだろうな。これほどの騎士と手合わせできたこと、我が誉れとなろう。」

 

「…貴方こそ、その磨き上げられた剣戟、見事としか言えません。」

 

 アーチャーにとっては、今日だけで二回目の賞賛だ。しかしアーチャーは恐縮せず、本心から賞賛を送り返した。

 

 それを受けて、セイバーはにやりと笑う。邪気のない、無邪気な笑みだ。

 

「ならば、我が宝具を受けてみろ!私に倒されたことを誉れとし、眠るがいい!」

 

 言うや否や、セイバーは腰に帯びている鞘に剣を納める。

 

 アーチャーは動けない。戦いの最中に剣を納めるとは何事か。いや、宝具を使用するというのに、剣を納めてどうする?

 

 思案する。もしや抜剣術の類か。とあればうかつに踏み込めない。こちらの攻撃に対して反応するカウンターの宝具かも知れない。ならば矢も放てない。

 

 アーチャーは油断なく構えながらセイバーの一挙一足を凝視する。

 

 セイバーは空いた右手を天に掲げる。そしてその手に何かが現界しようとしている。凄まじい魔力を纏った何かだ。それがだんだんと姿を現し始めて―――。

 

「この(ライダー)が来たぞ!」

「「なッ!?」」

 

 セイバーとアーチャーは声の方向を向く。セイバーは宝具の開放を中断し、剣の柄を握り、抜く。

 

 馬の嘶きとともに突如巨漢が現れた。それはトタン材の塀を飛び越え、月光を背中に浴びながら名乗りをあげる。己はライダーであると。青龍偃月刀は月光を受け、妖しく、凶暴に光る。

 

「おおおぉぉ!」

 

 ライダーが吼える。セイバーに向かった突進。馬の右側をすれ違う形。すれ違いざまに青龍偃月刀による重い一撃を放つ。

 

「ぐっ!」

 

 馬の突進の勢いと、ライダーの並外れた膂力による一撃は、凄まじく重い。セイバーはその片手剣で受け止めたが、勢いを殺しきれず地面に轍を残す。

 

 旋回するように、次はアーチャーに向かった突進。すれ違う形ではなく、馬の蹄で轢殺せんとしている。

 

 嘶きと共に馬が足を振り上げる。足を振り上げた形の馬は、人の身長をゆうに越える。その圧倒的な身長差から振り下ろされる蹄の一撃。

 

「ちぃッ!」

 

 馬の左側面へ向かった回避。振り下ろされた蹄は地に罅を入れる。蜃気楼を纏うほどの炎熱を付与されたそれは、食らっていれば全身の骨を砕かれていたに違いない。

 

 そしてセイバーもアーチャーも自身の異変に気付く。傍から見れば両者に変化は無い。しかし当人たちには歴然とした変化であった。

 

「これは…?!」

「なんだと…?」

 

 体が重い。全身に枷をつけているかのような感覚。水の中で走っているようなもどかしさ。

 

 この場にマスターが居合わせていたならば気付いていただろう。セイバーもアーチャーも、ライダーと対峙した瞬間に全体的なランクが低下している。

 

 ステータスで言えば、全体的にマイナス補正から1ランクの低下がみられた。戦闘の続行は十分可能だが、無視できない足枷だ。言わば、サーヴァントそのもののランクが1つ落ちたようなものだ。

 

「ほう…思ったよりも動けるではないか。両者とも、さぞ名高い武人なのだろうなぁ。」

 

 ゆっくりと馬を反転させながら呟く。その顔は嬉しそうに笑っている。

 

「……一騎打ちを邪魔だてするとは、一体どういう了見か?」

 

 問うたのはアーチャーだ。その視線は怒りをも孕んでいる。

 

「いや、それは済まなかった。しかし邪魔をしたつもりなど無い。俺はどちらの首に肩入れするつもりも無いし、既に名乗りも上げた。ならばこれは一騎打ちではなく、純然たる乱戦となったのだ。異論はあるか?」

 

 セイバーもアーチャーも押し黙るほかなかった。

 そもそも聖杯戦争は決闘の類ではなく、まさしく戦争なのだ。横やりや乱入は当たり前の話。加え、ライダーは不意打ちを行なわずに名乗りを上げたのだ。少なくとも誹りを受けるほどの非礼や卑怯を行なってはいない。

 ライダーは二人から反論が無いことを認めると、両者をつぶさに観察した。そして一度頷き、名乗りを上げた。

 

「…貴様はアーチャー、そちらの奴はセイバーかな。俺はライダーのサーヴァントである。首級をあげるべく、参上した。」

 

 三者は睨み合う。全員が全員、各々から距離をとって警戒する。

 

「…これは貴方の宝具の力か?」

 

 次はセイバーが問う。

 

「然り。我が前に立ちふさがるならば、その剣、十全に振るえぬものと知れ。」

 

 髭を蓄えた顎を撫でる。ライダーは一見隙だらけだが、その実一瞬の隙もない。

 

 サーヴァント達の戦いは、ここにきて三つ巴の乱戦となってしまった。

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 衛宮士郎と八海山澪はその場から離れようとしていた。セイバーとアーチャーの戦いは自分達から遠ざかる形だが、ここにいても出来ることは無い。衛宮士郎は負傷し、八海山澪は戦闘などできない。

 

 八海山澪は衛宮士郎に肩を貸す形で歩く。原動で逃走することも考えたが、セイバーがアーチャーと交戦中だ。身を隠しながら、どこかでセイバーを見守れる場所で休む方がいい。

 

「ぐ…すまない。」

 

 謝る士郎は相変わらず苦しげだ。

 

「いいからしっかり歩いて。…どこかに身を隠さなきゃ。」

 

「その必要はありませんよ。」

 

 背後から話しかけられる。驚き振り返る。

 

 路地裏の突き当たり。そこには、白い装束に身を纏った女性。白い馬上で、その衣装が妖しく映える。手には凶悪性を曝け出したハルバード。とてつもない重量だろうに、片手でそれを支えている。

 

「私はライダーのマスター。サーシャスフィール・フォン・アインツベルン。答えなさい。貴方達はマスターですか?」

 

 がちゃり、と音をたて、ハルバードの切っ先を向ける。

 

 至近でライダーと他のサーヴァントが戦闘を行っているのだ。この二人が無関係と断じることが出来ないのは当然だろう。

 

「ア…アインツベルン!?…するとアンタが、今回の聖杯なのか…?」

 

 衛宮士郎は狼狽を隠せない。イリヤの例でいけば、この女が今回の聖杯ということになる。サーシャスフィールは顔をしかめる。

 

「私の問いに答えなさい。…とはいっても、聖杯戦争を良く知っているという時点で答えになっていますね。何のサーヴァントのマスターか知りませんが、このまま見逃すことはできません。」

 

「へ…やってみろってんだ…!」

 

 士郎は澪の手を振りほどき、その手に干将と莫耶を投影する。満身創痍だが、戦闘は避けられない。どうにか死中に活路を見出すほか無い。

 

「威勢は良いですね。嫌いではありませんよ。」

 

「待って…!マスターっていうのが何なのか良く分からないけど、その人は違うわ!マスターっていうのは私のことよ。その人は関係ないわ!」

 

「バカ…!」

 

 澪からすれば、士郎を助けるつもりだったのだろう。しかし、士郎からすれば、サーシャスフィールが勘違いをしているのなら、そのまま勘違いさせておきたかった。自分一人が交戦している間に、澪には逃げてもらうつもりだったのだ。

 

「…関係ありません。関係者であることは間違いなく…私に立ちはだかるというのであれば、このハルバードで蹴散らすまで。まずは貴方です、赤毛。…そこのお嬢さん(フロイライン)は、どうやら素人のようですね。後でお相手しますゆえ、しばしお待ちを。」

 

 どうやら士郎を敵と判断したらしい。ハルバードを地面に向け、手綱を握りなおす。同時に、澪を脅威とならないと判断したらしい。彼女には一瞥をくれただけだ。それは正しい。澪は聖杯戦争が何か理解していない素人で、攻撃用の魔術など知らないのだ。

 

 士郎だけを目標に定めた彼女の判断は正しい。死に体とはいえ、衛宮士郎(まじゅつし)を侮れば、死あるのみだ。

 

「覚悟!」

 

 サーシャスフィールは手綱を操る。白兎は嘶きをあげ、アスファルトを、炎熱を伴った蹄で砕きながら突進する。

 

 澪は身を隠す。攻撃する術を持たない彼女だが、せめて士郎の邪魔になるまいと、彼から離れる。

 

Stark(強く)Schnell(速く)Wir sind Stahl Nogotokunari(我は鋼の如く)!」

 

 サーシャスフィールは全身を魔術で強化する。彼女の四肢は、強靭性、俊敏性その全てにおいて驚異的なレベルに達する。

 

 士郎は馬を狙わず、直接騎手を狙う。馬に一太刀入れようと、騎手が存命では自らが切り伏せられる。将を討たんと欲するなら先ず馬を射よとは言うが、それは十分な距離を置いているときの話だ。

 

 すれ違いざまの、突進の勢いに任せた一閃。それを士郎は双剣で受け止める。しかし、魔術的に強化されたハルバードの一撃は、満身創痍の士郎には重すぎる。

 

 双剣は粉砕され、士郎は側面の塀に叩きつけられる。

 

「がっ!」

 

 肺の中身を全て排出し、堪らずその場に倒れこむ。

 

「その程度ですか!」

 

 すぐさま反転し、倒れこむ衛宮士郎を斬殺せんと白兎を駆る。あの刃に切り裂かれ蹄に轢かれれば、まず助からない。

 

 士郎は相手の実力を見誤った。普段の士郎であれば、互角以上の戦いができただろう。しかし、今の士郎にはそんな力はない。四の五の言わず、澪に令呪を使わせてセイバーを呼ぶべきだったのだ。

 

 士郎は立ち上がる。限界は既に近い。折られた肋骨は、肺を抉っている。

 

「―――『害なす焔の杖(レーヴァテイン)』!」

 

 先ほどの投影とは程遠い。それは苦し紛れに近い。だが、その幻想は実体を帯び、神聖の炎を湛える。剣で太刀打ちできずとも、相手を火だるまにすることは出来る。まだ士郎は完全に死に体ではない。

 

 ハルバードの一撃に合わせた一閃を放つ。火炎の飛沫を撒き散らす一撃。

 

「白兎!」

 

 サーシャスフィールは振りかぶったハルバードを止める。士郎が持つ得物を、宝具級の何かだと瞬間的に察知したからだ。変わりに蹄での一撃に切り替える。宝具には宝具でなければ対抗できない。宝具化された白兎の蹄は、人間には耐え切れない―――!

 

 刃と蹄がぶつかる。

 

“―――想像しろ。イメージするのは、常に最強の自分!”

 

 例え満身創痍でも、自らに負ける訳にはいかない。それは投影に綻びを生じさせ、即ち死へと至る。

 

 士郎が剣を振りぬく。虚しくも、その剣の刃は中ほどで叩き折られてしまった。しかし、士郎は立っている。地に伏せたのは、サーシャスフィールの白兎。

 

 足を切られている。傷は炎に焼かれているため、出血はない。だが、馬というものは足を怪我すると立ち上がれなくなる。無様にも前足の片方を傷つけられ、その身を起こすことができないでいる。

 

 白兎の下敷きを免れたサーシャスフィールが立ち上がる。衣服の埃を叩き落とす。その姿は、白兎と違い無傷。その眼は、悲しげに自身の愛馬を見据える。

 

「…痛かったでしょう。少し経てば、その傷は癒えます。それまで辛抱してください。」

 

 見れば、徐々にその傷は癒えている。火傷は消え、広がった傷口も閉じる。サーシャスフィールに治癒魔術を行使した様子はなかった。しかし、『騎兵の軍こそ我が同胞』で宝具化された宝具馬には微弱ながら自動治癒が付与される。ライダーが十全の馬を駆るための能力だ。

 

「…私の白兎を傷つけた罪。贖罪してもらいましょう。」

 

 重々しい音をたててサーシャスフィールがハルバードを構える。どうやら馬上のみでの武芸ではないらしい。その構えには一分の隙もない。

 

 サーシャスフィールが動く。強く踏み込み、上段から振り下ろす一撃。ハルバードは槍と斧を組み合わせた大質量の武器だ。その振り下ろしは、重力の恩恵を受けてさらに凶悪性を増す。

 

 士郎は後ろに跳び下がる。さっきまで彼が居た場所をハルバードが通過し、アスファルトを粉々に粉砕する。

 

 澪はその様子を隠れながら見ていた。そしてその状況に焦りを感じていた。

 

“あの女の子―――降りたほうが強い!?”

 

 澪の見立ては正しかった。この狭い路地では、騎馬の最大の利点である一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)が満足に行えない。それよりも、いっそ馬上の有利を捨て去ったほうが機敏に動ける点で優れる。

 

 振り下ろしたハルバードを、力技で旋回させる。竜巻のような一撃。両側面の塀を抉りながら士郎に襲い掛かる。

 

投影開始(トレース・オン)!」

 

 再び干将と莫耶を投影する。刃を交差させる構えでハルバードを受け止める。鉄と鉄が衝突する音。しかし今度は砕かれない。馬の突進に乗せた一撃よりも幾分か軽い一撃。干将と莫耶はどうにか耐え切る。

 

 士郎は相手の懐へと飛び込む。長柄の武器は、懐に侵入を許したが最後。特にハルバードは、その重量ゆえに薙いで迎撃することも難しい。

 

 干将を振り上げる。いきなり命をとる必要はない。気絶させ、その間に無力化すればいい。サーヴァントが駆けつけても、マスターを人質にとれば迂闊に手出しはできない。刃を反転させて刀背をサーシャスフィールに向ける。そのまま振り下ろして頭部を強打すれば、数時間は昏倒する筈である。

 

 勝利の確信を込め、干将の刀背でサーシャスフィールを打とうとした刹那―――

 

 背後から猛烈な力に押されて地に叩きつけられた。頭をアスファルトに打ちつけてしまう。

 士郎には何が何だか分からなかっただろう。しかし澪は見た。ハルバードの懐に入り込んだ士郎に対し、サーシャスフィールはハルバードを引き戻していた。その際、ハルバードの鉤爪(フルーケ)にかけられ、士郎は押し倒されていた。

 

 サーシャスフィールの足元に倒れこむ。即座に彼女は士郎の手を蹴り上げ、その手から双剣を引き剥がす。

 

 ぐるりとハルバードを反転させ、士郎の背中にぴたりとその切っ先を突きつける。背中越しに心臓に切っ先を合わせる。

 

「終わりです。…貴方のその怪我がなければ、死んでいたのは私かも知れませんね。」

 

 しかし士郎は諦めなかった。新たに得物を投影しようと意識を集中した。

 しかしそれを察したサーシャスフィールは容赦なく士郎を踏みつける。折れた肋骨がさらに深く肺に突き刺さる。

 

「余計な真似をしないように。答えなさい。貴方は第五次聖杯戦争(ぜんかい)のマスターですか?」

 

 聖杯戦争のことを深く知る士郎のことを、前回のマスターであると判断したのだろう。今回のマスターかと聞かないのは、澪の言葉からの推測と、士郎の手に令呪が見当たらないためだ。

 

「……そうだ」

 

「ならば尚のこと生かしておけません。貴方はここで死ぬ。」

 

 サーシャスフィールがハルバードを高く掲げる。このまま心臓を一突きするつもりだ。その切っ先が心臓目掛けて唸りをあげて―――

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

「おおおぉぉ!」

 

 ライダーは空き地を縦横無尽に駆ける。その空き地は決して広くはないが、それを意に介さないような手綱捌きだ。

 

 セイバーとアーチャーはライダーに翻弄されている。ステータスの低下は、単純な戦力の低下だけでなく、両者の精神を焦りで焦がす。

 

「螺旋矢を受けよ!」

 

 アーチャーはライダーの移動を見越して偏差射撃を仕掛ける。だがライダーは手の青龍堰月刀でそれを叩き落す。もう何度も矢を放っているのに、一向にライダーを穿つことができないでいた。

 

 ランサーのそれは純粋な技能と反射速度の賜物。セイバーのそれは経験と直感の賜物。しかしライダーのそれはどうだろうか。螺旋矢をまともに見もせずにそれを叩き落す。何らかの加護、あるいは強いスキルを持っているのは明白だ。

 

 アーチャーの矢は間違いなく驚異的な宝具なのだが、こうも立て続けに防がれると自信を喪失しそうだ。並みの人間ならばプライドを引き裂かれているのは間違いないだろう。

 

 アーチャーの矢を防いだライダーはセイバーに突進する。その刀による突き。それを回避しようとしたが、足が思うように動かない。ぎりぎりで避けきるはずだったが、ライダーの刀はセイバーの肩を浅く裂く。

 

「ちぃっ―――!」

 

 セイバーは宝具を使って両者ともに一掃したいのだが…それをライダーの猛攻が許さない。セイバーの宝具は未だ実体化されていない。召喚時にもう一つの宝具が実体化されないまま戦闘に移ってしまった。主を守るためとはいえ、臍を噛む気持ちである。

 

「素晴らしい益荒男どもだ!これほど動ける兵を俺は数える程しか知らん!ああ、天下は広いな!」

 

 顔に歓喜の色を湛え、ライダーは駆ける。次の標的はアーチャーだ。正面から突貫するライダー。しかしアーチャーの弓はライダーを狙っていない。

 

 その僅かに下方。ライダーの宝具馬、黒兎を狙う。

 

 遠距離攻撃が可能なアーチャーにとっては、将を討たんと欲するならば馬を射る作戦は有効だ。黒兎の眉間を狙って弓を引き絞る。

 

 アーチャーが弓を放つ。だが、指が弦から離れる刹那、その一瞬を先取り、黒兎はその四肢を巧みに使い、大きく跳躍していた。アーチャーを乗馬の障害物のように飛び越えんとする。

 

“何!?”

 

 アーチャーの螺旋矢はそのまま放たれ、黒兎を捕らえることはできなかった。しかし鎌鼬は黒兎の後ろ足を傷つける。だが黒兎は、白兎のようには怯まない。好戦的な黒兎は、軽症ならばその裂帛の気合で戦闘を続ける。

 

「呆けている場合か!」

 

 黒兎がアーチャーを飛び越える刹那、ライダーは刀を振り下ろす。頭上からの容赦ない一撃。アーチャーは剣弓で受け止める。地面にアーチャーの足を起点として、蜘蛛の巣状に罅を入れる。

 

「色男は馬に蹴られて死ぬがよい!」

 

 黒兎は着地するや否や、背中に送ったばかりのアーチャーに対して後ろ足で蹴りを放つ。頭上からの一撃で、地に足を付けてしまったアーチャーは体の反応が一瞬遅れる。

 

アーチャーは必死に回避しようとした。大きく後ろに飛びのいて回避しようとした。横に飛びのいたら、ライダーの刀の一閃がくる。追撃ができない走り去りながらの一撃ではなく、馬がその場に留まっているのだ。追撃してくるのは間違いない。

 

しかし、敏捷値もまた低下している。回避しきれず、その強靭な四肢から放たれた炎熱を付きの蹴りを右膝に受けてしまう。

 

「ガッ!」

 

 サーヴァントでなければ回避すら許されず、即死だっただろう。だがサーヴァントとはいえ、無傷で済む一撃ではない。

 

 アーチャーの膝は砕かれ、もはや立ち上がることすらもままならない。

 

 そして、その隙を見逃すほどライダーは甘くない。

 

「覚悟!」

 

 すぐさま黒兎を反転させ、その刃で首を刎ねようとしたその刹那―――

 

「■■■■―――!!!!」

 

 突如現れた黒い靄に襲われた。空を滑空するように大きく跳躍して、それはライダーの頭を叩き割らんと刃を振り下ろす。

 

「なに!!?」

 

 刃を咄嗟に返し、その刃を受け止める。

 

“何だ、こやつは!?”

 

 ライダーは強襲を仕掛けた下手人を観察しようとして、目を剥く。この至近にあっても、その風貌は一切窺えない。

 

 体中が黒い靄で覆われている。霞んで見えるなどという次元ではない。もはや霧そのものだ。黒い霧が、おぼろげに人型を留めているようにしか見えない。正直なところ、ライダーは自身が受け止めたものが、刃なのかどうか、それすらも分からない。ただ、自慢の青龍堰月刀から伝わる硬質な手ごたえを感じるのみだ。

 

「貴様、何者だ!」

「■■■■―――!!!」

 

 だがその咆哮は霧の中より発せられている。決して只の霧ではない。霧を纏った何かがそこに居るのだ。

 

 黒い霧はその手にもつ剣らしきものを振り下ろす。馬上と徒歩の伸長差を物ともせず、高く跳躍してライダーの首を狙う。ライダーは霧のせいで剣筋が正確に読めない。狼狽しながらどうにか一撃を防ぐ。

 

「こやつ…バーサーカーか!?」

「■■■■―――!!!」

 

 もはやライダーしか見えていない。その言葉にもなっていない咆哮。意思の疎通が全く図れない。バーサーカーのサーヴァントであることは間違いない。

 

 アーチャーはこれ幸いにと霊体化して逃げる。だれもそれを追おうとはしない。それよりも、この得体の知れないバーサーカーのほうが問題だ。

 

 セイバーもライダーとバーサーカーの殺陣を見守ることしか出来ない。セイバーとて、あのバーサーカーを相手にはしたくない。

 

「■■■■―――!!!」

 

 バーサーカーの攻撃が、まさしく暴風だ。ライダーにぴたりと食いつき、その俊足を殺しきる。

 

 その剣戟は、ライダーの宝具の効果が無いようにも見える。セイバーはそれには気付かないが、ライダーには自身の宝具がこのバーサーカーには通用していないことが理解できた。

 

“―――なんと厄介な相手か!!”

 

 新たなる乱入者の挙動により、乱戦はここにきて一騎打ちとなった。ただしその決闘の組み合わせは全くの別物だが。

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 澪は駆け出していた。あの女に自分が適わないことは百も承知だ。だがここで動かなければあの男が殺される。だが間に合わない。今すぐ反転して逃げ出すべきなのかもしれない。しかしここで逃げても殺されるだろう。ならば、あの男を助けるべく動かなければならない―――!

 

「―――Fixierung(狙え),EileSalve(一斉射撃)!」

「え?」

 

 戸惑いの声を発した後、澪は声の主を見た。路地裏の奥から現れた一人の女性。赤い服を着て、人差し指を向ける女性。捲くった袖から見える腕には、魔術刻印が輝く。

 

 人差し指から弾丸が放たれる。軽機関銃のごとき連射。それは、質量をもった呪い(ガンド)の塊。

 

「!?」

 

 サーシャスフィールは被弾する。背中を見せていたために反応が遅れた。乱射されたガンドのうち数発を身に浴び、堪らず転倒してしまう。だが致命傷にはならない。全身を強化した彼女には、ただのガンドでは戦闘不能までに追い込めなかった。全身を打撲しているのか、苦労しいしい立ち上がるが、その瞳には未だ闘志が宿っている。

 

「…何者?」

 

 サーシャスフィールは問う。ハルバードを油断なく構える。新たなる脅威を排除するために。

 

 その赤い服の女は一歩前に出る。腰に手を当て、さっきとは反対の手でサーシャスフィールを指差す。

 

「遠坂凛!アンタ、私の恋人(パートナー)に手を出すなんて、いい度胸ね!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

【クラス】ライダー

【マスター】サーシャスフィール・フォン・アインツベルン

【真名】???

【性別】男性

【身長・体重】190cm 100kg

【属性】混沌・善

【筋力】 A+ 【魔力】 E

【耐久】 B  【幸運】 C

【敏捷】 A  【宝具】 B

 

【クラス別能力】

 

対魔力:B

発動における詠唱が三節以下の魔術を無効化する。大魔術・儀礼呪法を用いても傷つけることは難しい。

 

 

騎乗:A

騎乗の才能。かつて慣れ親しんだ獣に似た姿であれば、魔獣・精霊種でも乗りこなすことができる。

彼の場合は、馬に似た姿であればどんな生物であろうと操れる。天馬や一角獣であろうと乗りこなすだろう。

 

 

 

【保有スキル】

 

矢避けの武芸:B

矢が飛び交う戦場で培った技術。加護ではなく、修練により培った経験。

投擲物による攻撃に対して、高確率で迎撃および回避を成功させる。ただし、超遠距離もしくは広範囲の攻撃には効果を発揮できない。

 

 

仕切り直し:C

戦闘から離脱する能力。

一撃離脱の戦法には重宝する。

 

 

軍略:B

多人数戦闘における戦術的直感能力。自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。

 

 

【宝具】

騎兵の軍こそ我が同胞:ランクB

ライダーが、聖杯戦争でも騎兵を用いて戦うために得たスキル。

ライダーが名を与えた馬は宝具のカテゴリに昇格される。ランクは平均してC相当。馬の能力や性格によって個体差が生まれる。

また、微弱ながら宝具馬に対して自動治癒も持つ。平均的な魔術師の治癒魔術よりも劣るが、自然治癒とは比べ物にならない。

 

 

 

???:ランク?

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黒兎:ランクC+

ライダーの愛馬となった馬。好戦的で、多少の負傷ならば物ともしない。黒い毛並みが特徴的。

 

白兎:ランクC+( C )

サーシャスフィールの愛馬。戦いを好まず、大人しい性格をしている。そのため、本来は黒兎と並ぶ実力をもつのだが、その実力を発揮できていない。白い毛並みが特徴。

 

 

 

 

 

 

 

 

【クラス】セイバー

【マスター】八海山 澪

【真名】???

【性別】男性

【身長・体重】178cm 70kg

【属性】秩序・善

【筋力】 A  【魔力】 B

【耐久】 C+  【幸運】 A

【敏捷】 B  【宝具】 A

 

【クラス別能力】

 

対魔力:A

A以下の魔術は無効化。事実上、現代の魔術で彼を傷つけることは不可能。

 

騎乗:B

大抵の動物を乗りこなしてしまう技能。幻想種(魔獣・聖獣)を乗りこなすことはできない。

 

 

【保有スキル】

 

 

直感:B+

戦闘時、高い確率で先の顛末を察知するスキル。

未来予知の領域には一歩届かない。

 

 

カリスマ:C

軍団を高い士気と統率力で用いるスキル。武将としては十分。

一国の王になるにはもう少し高いランクが必要になる。

 

 

 

【宝具】

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