Fate/Next   作:真澄 十

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Act.23 乱闘 -Side Mio-

 ――ライダーは確かに見た。

 

 人気の失せた冬木大橋。尋常なる者の姿はなく、ここには尋常ならざる者の姿しかない。それを分かっていた筈なのに、彼女を軽視したことをライダーは悔やんだ。

 尋常ならざる者は、尋常ならざる力を以ってして神秘を行うからこそ、尋常なる者と一線を画すのである。なればこそ、いかに貧弱なものであっても軽視することはあってはならない。

 地を這う虫けらでも、人を殺しめる毒を持つことがあるのだ。

 

 ――ライダーは確かに見た。澪の目に竜が宿るのを。

 

 その目はかつてライダーが何度も目にしたものだ。

それは絶対の意思。剣をその手に持ち、鎧を身に纏い、そればかりか心までも鋼鉄で武装した者が宿すことのできる炎。身を焦がしてもなお、何かを成し遂げようとするものが持つ炎。

 この場に居るものの多くはそれを持っている。セイバーとてそれを目に宿している。

 だが彼女には、ほんの数秒前までそれが無かったはずなのだ。

 だがこれはどういうことか。これではまるで、――“別人に成った”かのようではないか。

 

「――――その手を」

 

 澪が口を開く。その声は先ほどまでと変わらないものであるにも関わらず、別人のような響きを持っていた。

 手に持っていた黄金の剣に力が宿る。先ほどまでの滅茶苦茶なものではなく、まるでそれに精通しているかのような隙の無い構え。

 いや――ライダーは認めざるを得なかった。あれはまさしく、この世で最も高みに位置するであろう剣客である――!

 

「離せ下郎――――!」

 

 澪が剣を振り上げ疾走する。

 決して速くはない。だが両手が塞がっているライダーには黒兎を駆って回避することも難しく、黒兎もまた彼女の逃げ道を塞ぐような足運びの前に足を動かすこと叶わない。

 一気に肉薄する。ライダーは青龍刀を無理な姿勢で振るう。威力と速度はやや落ちるが、それでも十二分に必殺の威力である。女史、まして剣を握ったことが無いような者にこれを受けられる道理などなし。

 

 だが――――

 

「甘いッ!」

 

 澪はそれを受け止める。肉体を魔術で強化しているとはいっても、並みのものならばその剣を弾かれるほどの衝撃であったはずだ。

 だが澪はまるで長年剣と共にあったかのような身のこなしを以って衝撃を最小限に殺しきった。

 するりとライダーの刃をすり抜けて、士郎の首を絞める右手に狙いを定める。上段に振りかぶった剣はライダーの腕を切り落とす所存だ。いくら手甲に覆われているといえど、『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』の前には紙切れも同然である。

 

「ちぃッ―――」

 

 ライダーは咄嗟に手を離し、その刃から逃れようとする。だが刹那の差で間に合わず、その腕に傷を負う。

 その傷は深い。カリバーンはライダーの右手の腱を断ち切ったのだ。動かない右手のせいでライダーは咄嗟に反撃することが出来なかった。

 その隙に澪は士郎を抱えて距離を取る。その間にも目線はライダーから動こうとはしなかった。

 

 激しく咽こんで息をする士郎。ひゅうひゅうと空気が抜けるような音すら立てて空気を吸い込む。その背中を優しく澪はさすってやった。

 どうにか会話が出来る程度に回復した士郎は、真っ先に疑問を発した。

 

「澪……いや、もしかして――セイバー……?」

 

 ブリテンの騎士王。過去の王にして未来の王。アーサー・ペンドラゴン。

 全ての騎士の頂点にして、最高の剣の英雄。

 姿こそ違えど……その凛とした様は、まさしく士郎の知るそれであった。

 

「おや、私をお忘れですか、シロウ? 私は八海山澪であり、しかし今この時は――貴方の知る剣の英雄(セイバー)です。いや、セイバーというのは相応しくないでしょう。今はアルトリアと。

 ……さて、積もる話は後にしましょう、シロウ。今はあの下郎に然るべき報いを受けてもらわねば」

 

 (アルトリア)はあっさりとそれを認め、鋭く眼前の敵を睨む。

 まだ立ち上がれない士郎を守るように前に進み出る様は、まさしく彼の知る最高の英雄のそれであった。

 背丈こそ同程度とはいえ、髪、声色、眼球の色さえ違う。七年前のかつてのような鎧姿ではなく、白い七部袖シャツにチェック柄のクロップドパンツ。後頭部で髪を上品な飾りのついたゴムで止めるという出で立ちであるが、それら全てをかの騎士王と同じものに幻視させるなにかがそこにはあった。

 カリバーンもまた、幾分か輝きを増しているような錯覚すら覚える。それはきっと今の彼女の内面は、それを担うに相応しいものに変貌しているせいであろう。

 中腰に剣を構える。既にライダーの右手は、サーシャスフィールからの治癒魔術によって癒されていた。ライダーもまた、青龍刀を構える。

 

「――覚悟せよ下郎。我がマスターに手を出したこと、存分に後悔させてやろう」

 

「……貴様は何者か」

 

 ライダーは問う。問わねばならなかった。

 今の澪は、まさしく別人であった。肉体をそのままに、自らの内に死者を再現している。

 だから問わねばならない。今、何者が澪の内に存在するのかを。

 そしてその問いに、(アルトリア)は剣を掲げて答えた。

 

「もはや私はサーヴァントでは無い故に、名乗りを邪魔する制約もない。問いに答えよう、ライダー。

 ――私は第六次聖杯戦争のセイバーのマスター、八海山澪であると同時に――――第五次聖杯戦争のサーヴァント! ブリテンにて冠を抱く我が名はアーサー・ペンドラゴン、またの名をアルトリア!」

 

 ――士郎の魔術が投影魔術であるとすれば。

 ――――そう、これは同一化魔術と言うのが相応しい。

 投影、あるいは投射とは心理学で用いられる用語である。

 その意味は、「自己を他者に重ねる」というものである。自らが嫌悪するべき事柄、自分の好ましくない部分を相手に押し付けることで、「自分はそうではない」と精神を守るための働き。

 士郎のそれも自己のイメージを具現化し、外に押し出すことからこの名前は相応しいだろう。

 同じ心理学の用語で説明するならば。澪のそれは同一化魔術である。

 投影と逆の働きで、「他者を自己に重ねる」というものだ。他者の好ましい点を自己に重ねることで、自分の価値を押し上げようとする作用である。

 誰しも経験があるだろう。子供のころ、遊びの一貫としてテレビアニメのキャラクターになりきることが。人によっては衣装も持っていたかも知れない。

 そうでなくとも、自分の好きなテレビスターのグッズを身につけ、あたかもその人物に近付いたかのような感覚を覚える。この作用が同一化だ。

 

 澪の魔術は、まさにそれである。

 仮称「アカシャの写本世界」から対象に対する情報を持ってくる。その情報を基にして、澪は自身の中に他者を生み出しているのだ。一種の多重人格と言ってもいい。憑依とも、降霊とも違う。正真正銘、「なりきり」である。

 だがこの魔術が心理学のそれで言われるものと違うことは、もはや本人そのものであるということだ。「なりきり」というよりも複製と表現したほうが適切かもしれない。

 自らに持ってくる他者の情報は、その人物が有する全ての記憶である。それを全て正確に自身の中で活用し、それどころか高度理念、精神、魂までも観測してオリジナルに近づく。魂、精神まで模倣されるとすれば……それはもはや、「なりきり」ではなく模倣、複製と表現すべきだ。

 

「かのアーサー王……! なるほど、その手に持つ剣の担い手ということか。これは面白い、貴様は怪傑である! いかなる妖術か、自身に他者を呼ぶとは……!

 いや、そんなことは良いのだ。さあ、剣を交えようぞ騎士王。我が武を試すために、高めるために!」

 

「剣は民のために執るべきだ、ライダー。決して自らのためではない」

 

 両者の目線はもはや質量を伴って互いを射抜く。それは冷たい針となって体を苛むが、極限まで集中を高めた両者にそれを斟酌することなど出来ない。

 今はただ――眼前の敵を討つだけである。

 

「我来々、我来々ッ!」

 

 ライダーの疾走。すれ違いざまに振りかぶる一撃。

 姿勢を低く構える(アルトリア)。中心線を隠すかのように半身を前に投げ出し、剣を構えてライダーを待つ。

 

 互いが狙うは一撃での必殺。

 ライダーは、かの騎士王相手に長時間にわたる戦闘は危険であると判断した故に。仮に肉体が宿主の貧相な身体能力しか発揮できないとしても、その技量と戦術眼は長時間に戦闘になれば脅威となる。

 故に、技量も戦術眼も発揮させないために一撃で葬る。

 (アルトリア)は、ライダーが察したように身体能力が十分では無い故に。澪の同一化魔術は心技体のうち、心と技しか模倣できない。だからこそ、何度も打ち合うことは難しいと判断した。故に一撃必殺。衛宮士郎が投影した聖剣があれば、決して不可能ではない。

 

「――――『勝利すべき(カリ)

 

 ライダーの咆哮。

 両者は次の刹那、一瞬の瞬きすら許さぬ速度を以って交差するだろう。身体能力はライダーに優位があり。技には(アルトリア)に優位がある。

 なればこそ、両者の行く末は誰にも予想できまい。

 

 しかし覚悟せよ騎乗兵。

 貴様が挑むのは聖剣。王を選定する伝説の剣。その威光、銘すら分からぬ貴様の刀には及びもつかない。

 しかと目に焼きつけよ騎乗兵。

 その黄金の輝きを。この世で最も尊い聖なる剣が放つ輝きを。

 しかしして畏れるな騎乗兵。

 貴様が挑むのはかの騎士王。畏れては、恐れては、決して道は開かれない。恐怖を踏破してこそ道がそこにある。澪はそのようにしてこの神秘を手にしたのだから。

 

黄金の剣(バーン)』――――ッ!!」

 

 視界を覆う黄金の閃光。

 両者が交差する瞬間に放たれる斬撃。

 鉄と鉄がぶつかる音。それは剣と剣が触れ合う音か、それとも鎧が剣によって裂かれる音か。

 黄金の視界の中に散る紅い飛沫。果たしてこれはどちらの血潮か。

 

「――――この程度か騎士王ッ!」

 

 |澪(アルトリア)の一撃は確かにライダーに届いた。

 しかしその一撃はライダーの脇腹を抉ったに過ぎない。どくどくと血を流しているものの、未だライダーは意思軒昂。

対する(アルトリア)も無傷では済まなかった。浅いが肩口を裂かれている。いや、これでも賞賛に値するべきなのだ。心と技が騎士王のそれであっても、肉体は間違いなく澪のそれなのだ。サーヴァントに手傷を負わせ、五分と五分の傷で済ませたことが驚異的である。加えて、ライダーのステータス低下の状況下でだ。これがもし、(アルトリア)が十全に戦える状況であったならなばきっと。ライダーは地に倒れ伏していただろう。

 

馬首を翻し、(アルトリア)を討ち取ろうとするライダー。青龍刀を振り上げ、黒兎の嘶きとともに咆哮する。

ライダーへ再び剣を構える(アルトリア)。非常にまずいことに、澪の持つ魔力既に底が見えている。それゆえにカリバーンも本来の力を出し切ることが叶わなかったことも、(アルトリア)が打ち損ねた理由の一つだ。

ゆえに、次の一撃は圧倒的にライダー有利。

――だが彼は一つ忘れていた。

――そして彼女らは忘れなかった。

 

「首級頂戴するッ!」

「その首は一つか、ライダー? 忘れているようだが――――私は一人ではない」

「――――I am the born of my sword(我が骨子は捻れ狂う)

 

 その言葉を受け、弾かれたようにそれを見やるライダー。

 その視線の先は言うまでもなく、衛宮士郎である。

 黒い弓を構え、剣をそこに番えている。

 番える剣は捻れている。螺旋を描くようなそれは、トリスタン(アーチャー)のそれを連想させるが、矢そのものの質量と込められた魔力量は桁外れである。

 それが大気を凍てつかせるほどの殺意を以ってライダーを捉えていた。

 

「――『偽・螺旋剣(カラドボルグ)』!」

 

 そしてそれは放たれる。

 空間を歪ませ、否、捻じ切りながら飛翔する。

 紫電を放ちながら、一直線にライダーの心の臓腑を目掛けて牙を剥く。

 その剣は迷うことなく。

 ライダーを切り裂き。

 勝利を謳うように空の彼方へと飛び去っていった。

 

 後に残されたのは、ボロ雑巾のようになったライダーと、その愛馬だけである。

 直撃を咄嗟に回避したその反応は素晴らしかったが、その矢の速度の前に敗れた。

 硬い地面に叩きつけられた彼は全身から血を流し、もはや自立することも難しい様子である。それは彼の愛馬黒兎も同じ状況のようだ。

 もはや、完全に雌雄は決されたのである。

 

「ぐ……、これは迂闊だった。本当に迂闊、申し開きもできん。神秘の担い手は、騎士王を再現する女だけではないと知っておったのに……」

 

「申し訳ありません、ライダー。私の力不足ゆえ、人の手を借りざるを得なかった。一騎討ちを望んでいたのでしたら、このうえ無い侮辱と心得ています」

 

「良いのだ、騎士王。何も武とは一人で高めるものではない。かつての我が主も、人材を集めることで己の武の一部としたのだからな」

 

「そう言ってもらえるならば助かります。では……」

 

 (アルトリア)は刃を振り上げる。ライダーに止めを刺す所存だ。

 黄金の剣もまた、勝利を宣言するように高く掲げられる。勝利すべき剣は、またもその担い手に勝利をもたらしたのだ。

 せめて最後は痛みも苦しみもなく。慈悲に満ちた剣を振り下ろそうとしたその時――――

 

「■■ァ■■ァァァァッ!!」

「何ッ!?」

 

 バーサーカーが(アルトリア)に飛び掛り、その刃を向けた。


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