Fate/Next   作:真澄 十

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(重要事項1)公̣式には第六次聖杯戦争は起こらないのですが、起こってしまう、というIFの物語です
(重要事項2)本作品は現在「小説家になろう」にも投稿しています。小説家になろうへの投稿は現在休止中です。

凛ルートからの派生です。ある程度の予備知識がある方が読むことを前提で執筆しております。
また、一部作者の勝手な設定が入ります。
さらに、作者はアホなので、原作とは違う設定が入る可能性も高いです。やんわりと指摘してい頂けると有難いです


序章 聖杯戦争

 この世には聖杯というものがある。それは神の血を受けた杯のことである。それは持ち主の願いを何でも叶えると言われる聖遺物だ。

 冬木市に決まった周期で降りるそれも、聖杯と呼ばれていた。しかしそれが贋作であることは証明済みである。それが願望機としての機能を備えていたためにそう称されただけだ。

 かつて冬木に降りた聖杯。それを英霊の力をもって破壊した。聖杯の器の少女を犠牲にしてしまったが、その心臓を抉り出した元凶を切り伏せ、心臓に降りた泥を破壊した。

 

 その戦いの末に。

 一人の男は、己の在り方に気付き、未来の自分とは違う道を歩むと決意する。

 一人の女は、そんな彼を見守ってやれ、と自らの従者に告げられる。

 一人の英霊は、答えは得たと笑顔で逝く。

 

 そんな彼らが、冬木に降り注がんとしていた災厄を退けた。血で血を雪ぎながら、それでもなお剣を振るい、命を燃焼させてそれを成した。

 聖杯はもはや災いしかもたらさない呪いの杯と化していたからだ。彼らは彼らの正義を信じ、それを貫いた。

 

 その偉業は誰も知りえないが、彼らはまさしく英雄で、

 ――どうしようもなく片手落ちだった。

 

 冬木の町には、聖杯が二つある。小聖杯と大聖杯と呼ばれるモノだ。

 小聖杯は、魔術師たちが血眼になって求める願望機。いかなる願いも成就する奇跡の器。そして、大聖杯が聖杯戦争の要。

 そも、小聖杯は英霊の魂の受け皿にすぎない。そしてそれ以上の能力は持ち得ない。

脱落した英霊の魂を一時的に受け入れ、それを開放することで願望機として機能する部品。

 

 それが英霊7体分の魂を許容する器ならば、杯だろうが生物だろうが構わないのだ。

 

 では、英霊の召還やマスターの選定は何が行うのか。その答えが大聖杯である。

 

 冬木の霊脈を枯らさぬように、長い時間をかけてマナを吸引し、英霊の召還に必要な魔力を蓄える。そして然る後に、聖杯の意思によりマスターを選出し、英霊を与える。これが大聖杯である。

 

 ――つまりは、小聖杯を破壊しても、大聖杯が無事なら何度でも聖杯戦争は行われるのだ。

 彼が、本当にこんな馬鹿げた争いを終わりにしたいと願うなら。――破壊すべきは大聖杯。

 

 しかし、それは為されなかった。

 平行世界の異なる世界であれば、聖杯戦争は協会の手によって解体されていた。―――だが、ここの彼らにそんな救いはなかった。

 聖杯は災厄をもたらすが、それでも根源に至るには有効な手段だ。もちろん、魔術協会の中には聖杯戦争の解体を快く思わないものが居た。

 魔術協会は決して一枚岩ではない。さまざまな考えが入り乱れる。

 その結果、聖杯戦争を解体せんと動いていた一人の名物教授は、そんな彼らの凶行にて殺されることになった。

 

 ――だから、こんな愚かな争いが、再び起こってしまった。

 

 聖杯の中に溜まった、未使用の魔力のせいで此度のサイクルは前回よりなお早い。

 たったの7年。7年で再び聖杯を奪い合う殺し合いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 ドイツの森の中に、時代錯誤も甚だしい古城がある。そこは常冬の森だ。

 白い雪の中に覆われた、厳粛な礼拝堂。今そこで音を立てるのは、しんしんと降る雪のみだ。その静けさがその厳粛な空気をより深く演出する。

 重々しい音をたて、その神聖なる場所への扉が開く。油の足りない蝶番は軋みをあげ、その静寂を打ち破った。石畳を叩く足音は二人分。だが、片方はヒトではない。

 ホムンクルス。人造人間であるそれは、ヒトに似て非なる存在。魂の宿らぬ、ただ生きているだけのモノ。感情など持たない、生きているだけの人形。

 だが、本当に稀有な例だが――彼女には人格があった。他の姉妹達には無い、人らしい感情。何故か彼女にはそれがあったのだ。多分、彼女が前回と前々回の聖杯戦争で用いられたホムンクルスを真似て造ったものだからだろう。それが人の真似事であったとしても、ホムンクルスとして過不足ない性能を発揮するのならば問題はないとホムンクルスの製造者は判断していた。

 

 ホムンクルスの名は、サーシャスフィール・フォン・アインツベルン。此度の聖杯戦争に備え、アインツベルンが急造したホムンクルスである。

 

 前回までの失敗を踏まえ、彼女には魔術師としての能力はもちろん、身体能力が大幅に鍛えられていた。アイリスフィールのように、代行者なんぞに遅れをとってはアインツベルンの名折れだ。

 戦闘能力が高いにこしたことはない。ここにきて、アインツベルンもいよいよ本気なのだ。

 

 もう一人は、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。第三魔法の成就という妄執に囚われた翁。彼が傍らのホムンクルスの生みの親でもある。

 しわがれた皮膚に白い頭髪。どう見てもひ弱な老人であるが、その窪んだ眼窩の奥の光だけは、並々ならぬ執念の炎を宿していた。

 

 2人は、無言で礼拝堂を歩く。翁が先を行き、ホムンクルスが後に続く。翁が立ち止まった先は、祭壇であった。

 

「サーシャスフィールよ、あろうことか冬木に聖杯が降りたそうだ」

 

 ややあって、老人はホムンクルスに背を向けたまま口を開く。後に続くホムンクルスは、無言で続きを促した。

 

「だが……ふん。愚鈍なるは聖堂教会と魔術協会よな。戦いは半年後だそうだ。大方、監督役の派遣に手間取っておるのだろうよ。半年も聖杯を待たせおって、如何な異変が起きても知らぬぞ。

 ……しかし、彼奴らの見立てでは、此度も10年はかかるという話であったろうに。……尤も、我らもここまで早く降りるとは思わなかった。よほど未使用の魔力が溜まっておるのだろうな」

 

 この翁がここまで饒舌なのは珍しい。どうやら相当に苛立っているようだ。しかしそれも無理はない。

 

 今回の聖杯はフライングじみた降臨だった。誰も彼も、それが降りる時期を見誤った。

 何せ、聖痕は誰にも発現しなかった。以前ならば、御三家ならば数年前から令呪を宿すこともままある。しかし今回はそうでは無いのだ。

 

 この変調の原因はいくつか考えられるが、危惧される事態がある。第三次、第四次、第五次と三度の小聖杯の破壊を経て、聖杯のシステムに異変が生じた場合だ。

 

 もしかすると、大聖杯そのものにも異常があるのかも知れない。それはあってはならないが――可能性として考える必要があるだろう。

 

「ですが、そのおかげで早めにサーヴァントを召喚できます。より練った作戦もとれるかと」

 

 老人が振り返り、ホムンクルスの顔をまじまじと見る。なるほど、ここに呼び出された意図は分かっているようだ。

 

「然り。……おそらく、召喚の準備が整っている者は殆どおるまい。結局どうやっても本格的に動き出すのは半年後よ」

 

 再び振り返り、ホムンクルスに背を向ける。老人は顎で、壇上の物体に傾注するよう促す。

 

 ホムンクルスは祭壇の前に歩み出て、それを見た。

 

 本来なら、神像などを捧げるべきであろう祭壇には、紅い布に包まれた物体がある。幾重にも巻かれたそれは、何を包んでいるのか俄には判別できない。

 サーヴァントの召還は触媒を用いることで、意図した個体を呼び寄せることが可能となる。何も用いなければ召喚者の精神とより近いものが選ばれるが、万全を期すならば英霊の遺物を用いるべきだ。

 アインツベルンはどのような英霊が呼び出されるか分からないという博打を打つつもりは毛頭ない。呼ぶならば最強の英霊だ。 

 

「お爺様。これが?」

 

 ホムンクルスが尋ねる。その声は澄んでいて、僅かながら緊張の色が混ざっている。

 

「うむ。かねてより探させていたものが見つかった。サーシャスフィール。確実にコレを呼び寄せ、聖杯を今度こそ我らの物にせよ。

 今度こそ、必ずや聖杯を手中に収め、第三魔法の成就を」

「御意に」

 

 彼女は深々と頭を下げる。それを横目に見ながら、アハト翁は礼拝堂を後にした。ホムンクルス相手に激励を贈るような神経は持ち合わせてはいないようだった。

 翁が礼拝堂を立ち去るまで下げられたままだったが、再び重々しい音と共に扉が閉ざされると同時に頭を上げた。

 

「……アジアの有名な英霊と仰っておられたけど……一体どんなサーヴァントかしら」

 

 サーシャスフィールはこの期に及んでも何も聞かされていない。ただ、今回はアジアで名を轟かせた英霊を選んだとだけ聞かされただけだ。

 英霊はその土地での有名さの具合で強さが上下する。有名であればあるほど神格化され崇拝の対象となり、精霊に近い存在である彼らはそれによって力を増す。

 アーサー王やヘラクレスも十分に有名であるが、欧州に比べると崇拝の段まで至ってはいない。ならばアジアで崇拝される英霊のほうが冬木で力を発揮できるのではないか――という判断に基づくものであった。

 

 興味津々といった様子で祭壇に置かれた遺物を観察する。布の上から見る限りでは、何やら平板のようだ。無論、布が英霊の遺物というワケではあるまい。問題なのは中身である。

 サーシャスフィールは慎重にその覆いを剥ぐ。中の物体が何であれ、百年はゆうに経過している物体なのは間違いない。だいぶ風化も進んでいるだろう。雑に扱って壊したら刎頚では済まない。

 

 中より出てきたのは、錆びた鉄板だった。いや、よく見れば片側には研がれた形跡がある。これは恐らくは刃だ。きっと柄もあったのだろうが、失われている。

 よくよく見ると、柄があったと思われる場所の付近には、なにやら蛇のような意匠が施されてあった。サーシャスフィールは知らなかったが、アジアにおける龍の姿である。

 

 だが、彼女の中にはこんな幅広な刃は知らない。刃だけでも、一抱えはある。彼女の知る剣や槍の刃とは、もっと細いものだ。

 そも、本当にこれは英雄の遺物なのだろうか。あちこちは錆び、もはや鉄屑だ。聞く話では、17年前にここでアーサー王を召還した際の拠り代の鞘は、錆どころか疵一つなく、光り輝く遺物だったというではないか。

 

 これにそれほどの威光があるのか、甚だ疑問である。が、そんなことで翁に意見するなど許されはしない。翁の命は絶対だ。逆らうことはおろか、疑問を持つことさえ許されはしない。

 これを用いて召喚しろと言われたのであればする。ただそれだけの事だ。

 彼女はコレを用いてサーヴァントを呼ぶ。何の英霊か、何のクラスかも聞いていない。ただ、ニホンは勿論、アジアでも有名な英霊だとしか聞かされていない。

 

 だが、それが何だというのか。

 

 彼女にとって、それは瑣末に過ぎない。彼女の命はただ、聖杯の完成の為にある。幾たびも阻まれたが、今度こそは第三魔法を成就させるのだ。

 

 ふと祭壇の奥に目をやると、そこには輝く杯が仰々しく保管されている。いや、飾られているというべきか。

 華美な意匠はまさしく聖杯と呼ぶに相応しい一品だ。それを見ているだけで、魂が吸い込まれそうになる感覚さえ覚える。

 

 今回の聖杯は生物ではなく、再び無機物の杯に戻してあった。

 外来のマスターは既に信用できず、かといってマスターの能力が終盤で鈍るのは些か宜しくない。破壊の危険は伴うが、それは生物でも同じこと。いっそ杯のほうが運用しやすいというものだ。

 

 煌びやかに光を反射するそれは、すでに聖杯として機能している。この調子なら、冬木においてもつつがなく機能するであろう。

 

 暫くそれを眺めていたが、おもむろに視線をそらす。

 

 ”……今は雑念を取り払わなくては”

 

 彼女は黙々と召喚の準備を整える。とは言え、陣は既に床に刻まれている。殆ど準備は済んでいるも同然だ。

 その陣が間違いなくサーヴァント召喚のものであることを確かめ、その溝に自らの血を混ぜた液体を流し込み、頭の中で召喚の呪文を再度詠唱し間違いなく暗記していることを確かめる。

 最後にその魔方陣に解れが無いことを確認し、準備は全て整った。

 

「……これでいいでしょう。さあ、英霊の座から降りてきてもらいましょうか」

 

 体中に魔力を漲らせる。魔方陣は赤く輝き、その言葉を待ち受ける。

 体の節々が悲鳴をあげるが、それは魔術師には一生ついて回るもの。その一切合財を無視し、精神を透明に澄ませる。

 

 ――これより彼女は、神秘を行う部品となる。

 

 

「告げる―――」

 

 足元の陣が、さらに閃光を放つ。もはや目を開けていられない。いや、閉じていてもその光は瞼を貫通して目を焼く。

 彼女は確かな感触を得ていた。サーヴァントを間違いなく呼べる。まだ召喚の儀式は始まったばかりだというのに、その桁外れの霊格を肌で感じていた。

 

「汝の身は我が剣に、我が命運は汝の剣に。――」

 

 魔法陣から、凄まじい風。それは渦を巻いて吹き荒れ、彼女の髪をかき乱す。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 ちょうどその頃、ドイツから遠い地でも一人の男がサーヴァントを呼び寄せていた。その男は地下の工房で、自らに相応しい英霊を呼び出さんとする。

 

 彼もまた、聖杯に願いを求める愚者の一人だ。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ――」

 

 髭を蓄えたその男の目は、狂気じみた色を持っている。口には歓喜の笑み。歪んだ口元からは涎が滴る。

 

 奇しくも、彼の召喚はアインツベルンとほぼ同刻。聖杯戦争の知らせを受け、すぐに準備を整えることの出来た幸運な二組だ。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 彼女は予想以上の旋風に驚かされる。もはや、まともに直立することすら難しい。だが詠唱は決して止めない。彼女もまた、アイリスフィールの祈願の成就を切に願うが故に。

 四肢に力を込め、己の最大出力の魔力を以って召喚を続行した。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 より強い閃光と風。サーシャスフィールは腕で光を遮る。そしてその顔は確信の笑み。

 そう、彼女は召喚した。

 

 ――光と風が収まると、そこには一人の益荒男。筋骨隆々、全身は鎧で包まれている。見るだけでも他を圧倒する存在。その男から放たれる魔力は、間違いなく規格外の存在だと訴える。

 

 彼は膝を折り、跪いたまま、顔を上げずに眼前のホムンクルスに問うた。

 

「問う。(なれ)が俺の主か?」


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