長谷川千雨の過負荷(マイナス)な日々   作:蛇遣い座

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26時間目「光(プラス)でも闇(マイナス)でもない」

「てめーらの正義感(プラス)なんざ、私の過負荷(マイナス)で打ち消してやるよ」

 

学園祭期間中とは思えないほどに音も無く、人の姿も見えない校舎裏。そこには一人の女子生徒が、ネギを中心とした学園屈指の戦闘者集団に囲まれているという光景があった。学園の敵である私と、学園の希望たるネギ。対照的なこの二人は、やはり戦うことでしか決着をつけられない。私が言い放った挑発の言葉をきっかけにして、臨戦態勢の両者が激突する。と思ったのだが……。

 

「千雨さん。どうしてこんなことを……?」

 

ネギは哀れむような表情で私に問い掛けてきた。おいおい……ここにきて説得かよ、本気で興醒めさせてくれるぜ。

 

生徒の無実を信じようと、すがるように見つめるネギ。周りの連中も一縷の望みを信じているのか、瞳には迷いが浮かんでいる。そんなくだらない光景に内心で舌打ちした。昂揚した自身の心が次第に冷え切っていくのを感じる。完全にバトルパートに入った流れだったのに、こんな茶番に付き合わせやがって……

 

だが、と思い直す。茶番は茶番なりに役立つこともあるのだ。気を取り直してネギへと向き直り、表情を悲壮なものへと切り替える。

 

「先生、実は……。私、球磨川先輩に脅されて……逆らったら酷い目に合わせるって……」

 

「え?そ、そんな……千雨さん」

 

「千雨ちゃん……」

 

涙を流しながら地にひざまずく私の哀れな姿に、同情の視線が集まる。内心を押し隠しながら、目を伏せて笑いを堪えていた。こいつら、ちょろすぎだろ……。

 

このまま会話で味方につけることを考え始めるが、しかし、そこまで甘い展開など私にはありえない。

 

 

「――嘘です!」

 

 

咎めるような強い声。それを発したのは、普段は無口な宮崎のどかだった。分厚い装丁の本を開きながら、怒りを込めた瞳でこちらを見つめている。

 

「……どうしてそんなことを言うんだ?信じてくれよ、宮崎。クラスメイトだろう?」

 

哀願する私の言葉に、むしろ宮崎の表情はさらに固くなった。そして、それによって周囲の連中の顔には不信がありありと浮かび始める。……どうやら、私の言葉よりも宮崎の方に信頼を置いているようだ。

 

「千雨ちゃん……どういうことよ」

 

怒りを押し殺すような神楽坂の重い声。明らかに私が嘘を言っていることを見破っている。あまりにも高い宮崎の言葉への信頼性。それに対して私の心中に、わずかな疑惑が生じていた。

 

反応を見る限り、宮崎が虚言を看破するまでは、ネギ達は完全に私のことを信じていたはずだ。それを一瞬にして覆せるほどの信用とは……。

 

――アーティファクトの能力

 

即座にその理由に思い至る。宮崎の手に開かれている本。それが彼女のアーティファクトなのだろう。最近、取得したであろうそのアーティファクトの情報を、まだ私は持ち合わせていない。未知の効力だ。だが、ある程度は予測できる。なぜ、ネギ達が宮崎の言葉に全幅の信頼を置いているのか。

 

「言葉の真贋を見抜く能力、あるいは――」

 

宮崎の反応を見るために鎌を掛けてみるが、正解の反応ではなさそうだ。やはり、本というアーティファクトの形状を考えると、もう一つの可能性の方が高いか。宮崎の表情や仕草を仔細に観察しながら言葉を続ける。

 

「――他人の心を読み取る能力か」

 

ビクリと宮崎の表情が驚愕に引き攣った。あまりに分かりやすい反応に内心で苦笑する。この内心も彼女には読み取られているわけだが。それにしても――

 

――同系統の能力

 

「いや、意外とイラつくもんだな。いざ自分がやられてみると」

 

ま、どちらかと言うと、心の中を覗き込まれることよりも、自身の特権を奪われた感覚にイラついてるんだが。しかし、そんな平和そうな顔で私の内面を読み取られるというのは癪に障るのも確か。それに、私のような弱者にとって、戦略を読まれるというのは圧倒的なデメリットなのだ。すべての策を見透かされては勝ち目などあるはずもない。

 

「諦めてください。あなたの考えはすべて読めています」

 

「ずいぶんと自信満々だな。他人の心を読むのがそんなに愉しいか?」

 

「挑発には乗りませんよ。心に隙を作ろうとしても無駄です」

 

いつもの気弱な表情でなく、真剣な表情で言い放つ宮崎。だが、こいつは分かっていない。心を読むアーティファクト。それは確かに恐ろしい能力だが、その危険性にまだ気付いていない。この世には、――読むことすら憚られる内心が存在するということに。

 

「ひっ……!な、何なんですか、これは……!?」

 

短い悲鳴と共に宮崎の表情が恐怖に引き攣った。得体の知れないものを見るような怯えた瞳で、バタンと本を閉じる。

 

「どうしたんだ?好きなだけ私の内心を覗き見していいんだぜ?」

 

「……あ、あぁ……こんな…人間が…」

 

「どうしたのです!のどか!」

 

死人のように青ざめた表情で呻き声を漏らす宮崎と、慌ててそれを支える綾瀬。涙を流し、恐慌する彼女は、小刻みに震える全身を自身の両腕で抱き締めていた。

 

「……何をしたでござる」

 

「何も」

 

鋭い視線で詰問する長瀬の言葉に、そ知らぬ風に肩を竦めることで返事とする。

 

「プラスらしい勘違いだぜ。心を読むことを長所だと思ってやがるからだ。他人の心ってのは、他人の暗部ってのは、見るに耐えないものがほとんどだってのに。特にマイナスの内心なんてな」

 

宮崎はアーティファクトを手にしてからの経験が浅い上に、過負荷(マイナス)の心を読むなんて初めてのことだろう。それが災いした。ありとあらゆる負の要素をかき集めて凝縮した球磨川さんとは比較できないが、それでも私は過負荷(マイナス)の中でも特に強烈なマイナス性を秘めているのだ。それも負完全に近いほどに。一般人が耐えられる道理はない。

 

宮崎の敗因は他人の内心を善性のものと誤解していたこと。負の感情を知り尽くした私でなければ、そもそも心の奥底に隠した内心など見るべきではないのだ。

 

「自業自得だぜ。過負荷(マイナス)の心を正面から直視して、心が折れないはずないだろーが。だから――」

 

両手を大きく左右に広げる。

 

 

「私は悪くない」

 

 

そう、嘲るように白々しく口元を歪める。悪びれない私の言葉に、とうとうネギ達の我慢が限界を突破した。急激にこいつらから発せられる気配が敵意に傾く。同時に強烈な圧迫感が襲い来る。私ですら感じるほどの膨大な気の奔流。

 

「許さないわよ……!」

 

正面には怒りの表情を浮かべた神楽坂が。咸卦法によって、爆発的に上昇したエネルギーの影響で周囲の空間が歪んでいる。それほどの莫大なエネルギー。手にはアーティファクトである『ハマノツルギ』が握られている。

 

「悪いけど倒させてもらうアル」

 

「やはり千雨殿の悪行は見逃せぬでござるよ」

 

左側には古菲、右側には長瀬が、それぞれ私を囲むように瞬時に陣取った。古菲の方は中国拳法の構え、長瀬の方は自然体だが、どちらからも鳥肌が立つほどの威圧感が伝わってくる。

 

この三人に囲まれた今の状況は絶体絶命のピンチと言っていい。この内の全員が、一対一であろうと容易に勝ち目がないほどの強者である。それが三人。しかも、さらに駄目押しのように周囲を埋め尽くさんほどの軍勢が出現する。

 

「あんた……よくも、のどかに非道いことしてくれたわね」

 

――早乙女ハルナのアーティファクトである『落書帝国』

 

後に知ったことだが、こいつのアーティファクトの効果はスケッチブックに描いた絵をゴーレムとして生成し、操ること。私達の周囲には数十体の屈強な化物の群れが出現し、逃げ場を塞ぐように四方八方に散りばめられた。人外の化物が所狭しとひしめき合い、その全てが獰猛な瞳でこちらを睨みつけていた。

 

「これで終わりよ」

 

「お前ら、魔法も気も使えない一般人相手に大人気ないぜ」

 

あまりにも不利な状況に軽く溜息を吐く。

 

「だったら諦めて降参しなさいよ!」

 

勝ち誇った表情の神楽坂の言葉に、しかし私は小さく肩を竦めるのみ。一対一ならば、この場の連中に勝つことはできないだろう。しかし、この多対一の状況は別。有利な状況こそが勝利への最善策だと考えるプラスの思考では私は縛れない。

 

「ひとつだけ教えてやるよ。有利であるという事実こそが、てめーらの弱点だ」

 

直後、私を囲んだやつらは糸が切れたように地面に倒れ伏した。

 

 

「――隙だらけなんだよ」

 

 

口の中で小さくつぶやいた。本来ならば触れることもできないほどに実力差のある長瀬や古菲でさえ、隙を突けばこんなもの。なぜ、こうも容易く隙を突けたのかと言うと――

 

――多対一という数の利による慢心、相手が魔法も気も扱えない弱者であるという油断。

 

それらは私から見れば格好の弱点なのだ。一瞬にして大勢を打ち倒した私は、しかし溜息を漏らしながら背後へと振り向いた。

 

「千雨さん……」

 

「やっぱ、最後にはあんたが残るか……先生」

 

唯一この場に無傷で立っているのが、このネギ・スプリングフィールドだった。杖を構え、決意の炎を灯した瞳でこちらに視線を向けている。

 

「魔法障壁か……面倒だな」

 

魔法使いが常時展開している魔法障壁。本人の意思とは無関係に発動する障壁だけは、隙を突いても抜くことはできないのだ。障壁の弱点を突いて破壊する。その余分なワンアクションの遅れが、ネギに攻撃の回避を可能とさせていた。

 

「チッ……やっぱ最後に立ち塞がるのはアンタってことかよ。なるほど、英雄の息子ね……。英雄の資格があるとするならば、それはこんな風に運命を決する場面に遭遇できるということなんだろうな」

 

納得と共に見据えた先には、今度こそ迷いを振り切り、戦闘態勢に移行したネギの姿があった。もはや言葉では終わらない。互いの魔法と過負荷(マイナス)を交えることでしか止まることはないだろう。真剣な表情で杖を握る手に力を込めるのが見えた。

 

「これで終わりにしましょう、千雨さん。僕の生徒達のためにも、あなたの野望はここで止めます」

 

仲間がやられたことで甘さが消えたのか。その瞳には油断も慢心も窺えない。こういった場合は会話で隙を作るのが常套手段だが、あいにくそんな時間の余裕はなさそうだ。ネギの小さな体躯から発せられる圧迫感、魔力の渦は私にすら体感できるほどになっていた。

 

「上等だぜ。魔法の才能に溢れて、英雄の血統で、偉大な師匠の弟子で、強い仲間に恵まれる。確かにアンタは持つ者(プラス)の代名詞みたいな存在だ。だけど、そんなプラスな連中を倒すことこそが、私達マイナスの悲願なんだよ」

 

「プラスだとかマイナスだとか、そんなことは関係ありません。あなたは僕の生徒です。だから、こんなことを続けさせる訳にはいきません」

 

「そうかい。好きにすればいいさ。だが、そう簡単に改心させられると思うなよ」

 

嘲るように口元を歪め、両手を左右に広げる。不敵な笑みを浮かべる私を前にして、しかし意外にも悠然とした態度を崩さないネギ。怒りのままに仕掛けてくると思ったが、思ったよりも冷静だな……。アルビレオの指導のおかげだろうか。アイツも魔法使いにふさわしく、自身の精神を制御するのが得意そうだったからな……。同じ魔法使いでもマクダウェルなんかは感情のままに戦うタイプだが、ネギは逆に戦闘時にも平静を保つタイプの魔法使いのようだ。

 

むしろ、そういうタイプの方が厄介なんだよな……。特に私のような相手の隙を突くタイプには。感情の昂ぶりで普段以上の力を出すというのは、言い換えれば通常時に比べて意識や感情のバランスが崩れているということ。つまりは隙があるということだ。私にとっては今のネギのような平静な状態の方がよほど怖い。

 

「皮肉なもんだな。たび重なる過負荷(マイナス)との遭遇が、何事にも動じない心を作り上げたなんてさ。いや、それにしても異常なほどに落ち着いてるみたいだが」

 

「師匠から、あなたたち過負荷(マイナス)への対抗策として授けられた魔法。今になって、ようやく完成しました。これが精神を制御する自己操作魔法です」

 

「へえ……精神に耐性を作ったんじゃなく、自分の精神を操ってんのかよ。言うほど簡単なことじゃねーはずなんだがな。――私達のおぞましさを受け流すってのは」

 

普通の人間ならむしろ心が折れるってのに、見事というしかないぜ。この逆境(マイナス)を利用して、私達の過負荷(マイナス)に対応するとはな。だが、と私は内心で疑問を感じていた。熟練の魔法使いである学園長や、術式を教えたというアルビレオでさえ、球磨川さんから見れば弱点が見えていたはずだ。だというのに、このネギからはまるで隙が見えない。

 

「いや、元々あんたの強さの根源は、村を滅ぼされたという負の記憶だったな……。光も闇も経験しているアンタならば、魔法でとはいえマイナスの恐怖に対抗することも可能、か」

 

もちろん、前提として魔法に対する埒外なまでの天才性があってこその話だが。

 

「不思議ですね、千雨さん」

 

「何がだ?ネギ先生」

 

「あれほど恐ろしかったあなたが――今はまるで怖くない」

 

「はっ!言うようになったじゃねーか」

 

凍えるほどのマイナス性を前にしても、ネギは眉一つ動かさない。確かにこいつは過負荷(マイナス)を克服していた。内心の忌々しさを隠さずに自身の口元を醜く歪める。しかし、全開のマイナス性でさえ、目の前の少年の心を揺らすことはできなかった。

 

「もう諦めてください。今の僕にはわかります。過負荷(マイナス)のおぞましさから目を背けずに、正面から見据えれば一目瞭然。千雨さん――あなたは弱すぎる」

 

「油断は禁物だぜ。それが原因でやられた奴らが、そこに無様に転がってるだろ?それとも、こんな足手纏いなんざ天才少年には不要だったかな?」

 

「事実を言っただけですよ。それに、油断があるかどうかは、あなた自身が一番よくわかっているでしょう?」

 

憎らしいほど冷静に言葉を返してくるネギ。挑発気味の発言にもまるで心の隙が生まれない。こいつの精神を崩すのは正攻法じゃ無理そうだ。仕方ないか……。私は両手を軽く上に上げると、やれやれと諦めるように首を振った。

 

「わかった。私の負けだ。降参するよ」

 

「……本当ですか?」

 

「もちろんだ。勝てない勝負を挑むほど私は無謀じゃねーよ。それとも、自分の生徒の言葉を信じてくれないのか?」

 

「いえ。わかりました。信じます」

 

諦めた風に溜息を吐く私の姿を訝しげに見つめるネギだったが、すぐにその敗北宣言を受け入れた。やはり甘い……。

 

「助かるぜ。情けない限りだが、アンタのようなガキにすら、虫けらのように潰されちまう弱さなんでな」

 

両手を上げた無防備な姿勢のまま、目の前の少年へと哀願する。頷くネギ。学園の敵である私にまで寛大な処置を約束してくれるとは、まさに教育者の鏡だな。

 

「ありがとう、先生。あんたの生徒でよかったと心から思って――」

 

 

――パリンと何かが割れる音が響いた。

 

 

一瞬の内に私はネギの背後へと回り込んでいた。奇襲による不意打ち。障壁を破壊する初太刀に続き、無防備な身体に打ちだされるニ撃目。しかし、隙を突いたはずの攻撃は――

 

「見えてますよ」

 

――こちらへ首すらも向けずに、あっさりと巨大な杖によって防がれていた。

 

「チッ……生徒のことを信じてくれたんじゃなかったのかよ」

 

「信じていましたよ。ですが、それと油断することとは無関係でしょう?」

 

「ずいぶんと可愛げのねーガキになりやがって」

 

鍵と杖での鍔迫り合い。ギリギリと至近距離で押し合う私達。だが、いくらインドア派の女子中学生の私といえども、9歳の子供に腕力で負けることはない。この手ごたえなら押し切れる!

 

無理矢理にでも押し込んで追撃を掛けようとする私だったが、そのタイミングでネギは小さくつぶやいた。

 

「戦いの歌(カントゥス・ベラークス)」

 

直後、杖越しにネギから伝わる力が増大する。

 

――自己強化魔法か!

 

「んおっ!」

 

まるで爆発したかのような圧倒的な力を前に、私の身体はあっさりと弾き飛ばされてしまった。完全な力負けである。自身への魔力供給によってネギの身体能力が飛躍的に増大しており、もはや純粋な腕力ではまるで勝負にならなかった。忌々しく呪詛を込めて吐き捨てる。

 

「こりゃ、近接戦闘は無理だな」

 

弾き飛ばされたのを利用して、さらに背後へと一足だけ跳びのく。と見せかけて、むしろ一切の躊躇無しで全力で相手の懐へと跳び込んだ。正攻法で勝てる相手ではない。最大限に鋭敏にした自身の感覚をネギに集中させ、生じたわずかな隙に賭けたのだ。

 

「もらった!」

 

下段からネギの無防備な脇腹めがけて鍵を振り上げる。しかしインパクトの直前、私は反射的に身体を捻っていた。攻撃意志をかなぐり捨てて、転がるように地面へと倒れこむ。それと同時に、先ほどまでいた空間を数条の光線が貫いた。制服の胸の辺りをわずかに光線がかすっており、黒ずんだ部分が焦げた臭いを漂わせる。

 

「失敗、ですか」

 

命からがら回避に成功し、そのまま逃げるように距離を取った私だったが、その顔は驚愕に引き攣っていた。この数秒にも満たない攻防における異常性に、戦慄を覚えずにはいられない。最大限の警戒によって、私の感覚器官は研ぎ澄まされていたはず。だというのに全く攻撃の気配を読めなかったのだ。他人の感情を読むという私の特性が通じない。あまりにも恐ろしい事態を前に、私は呆然自失の表情で立ち尽くしていた。

 

「……攻撃に感情がまったく乗ってないだと!?」

 

「いえ、攻撃の瞬間だけ少し感情が出てしまいました。そのせいで寸前に察知されてしまいましたね」

 

淡々とした調子で話すネギ。その顔には、次は修正できるという確信が表れていた。消えかかっている意志の希薄を感じながら、私は球磨川さんが以前話してくれた言葉を思い出していた。

 

――『完全なる人間』

 

つまりは弱点や欠点の存在しない人間のことだ。特に私のような人間にとっての天敵。心の底から漏れ出てくる絶望を内心で笑いながら、小さく溜息を吐いた。これが運命なのだろうか。奇しくもこの時期だったはずだ。球磨川さんが『完全』を体現する黒神めだかに敗北したのは――

 

「精神面を『完全』な状態に制御する魔法――」

 

目の前の少年から、ありとあらゆる感情が消えていく。

 

「これが、光(プラス)でも闇(マイナス)でもない無(ゼロ)――『無の魔法』です」

 

あ、これは負けたかも……。

 


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