長谷川千雨の過負荷(マイナス)な日々   作:蛇遣い座

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22時間目「私達のマニフェストを」

「皆様、はじめまして。長谷川千雨です。私は麻帆良学園本校中等部、生徒会長を務めています。これより麻帆良総選挙の所信表明を行いたいと思います」

 

これは、麻帆良全域において放送されている映像である。本日は麻帆良総選挙の本番当日。学園の命運を掛けた決戦の始まりだった。しかし、そんなことは露も知らず、生徒達はお祭りの一つといった風な気楽な表情でこの放送を眺めていた。麻帆良のあらゆるテレビやPCの画面上に映される中、私は淡々と言葉を紡いでいく。

 

「本来でしたら、今日の昼過ぎに演説をさせていただく予定だったのですけどね。このように強制的に麻帆良中のディスプレイをジャックすることにしました。なぜかと言うと、演説会場へ行けば私達を嫌う先生方によって止められてしまうことが予想されるからです。ひどい話ですね。旧体制に固執する悪しき大人たちは、改革に燃える善良なる生徒を捕まえようとしているのですから」

 

両腕を左右に広げ、首を竦めて見せた。顔色ひとつ変えずに続ける。

 

「それでは、私達のマニフェストを発表します」

 

そして、一拍置いて声を発した。公約の発表。しかし、それはあまりにも醜悪で理解不能のものである。ただし、それを知らない生徒達の表情は楽しげだ。十数秒後の光景を想像して内心でほくそ笑む。

 

「授業及び部活動の廃止」

 

「直立二足歩行の禁止」

 

「生徒間における会話の防止」

 

「衣服着用の厳罰化」

 

「手及び食器等を用いる飲食の取り締まり」

 

「不順異性交遊の努力義務化」

 

「奉仕活動の無理強い」

 

「永久留年制度の試験的導入」

 

 

「以上八点の実現をここに宣言します。みなさん、ご協力お願いします」

 

あまりにもマイナス。私が改めて視線を周囲に動かすと、会場中が凍り付いていた。得体の知れない生き物に出会ってしまったかのように、彼女らの全身を戦慄が襲っていた。気持ちの悪い笑みを浮かべる私を呆然と立ち尽くしたまま、怯えた表情で顔を引き攣らせている。しかし、私はそれを眺めながらカメラへと視線を向ける。ハッキングによって麻帆良のすべての画面に映し出されたこれらの映像は流れている。お祭り気分で眺めていた生徒達の心が絶望と危機感に塗れるのを感じていた。

 

「こちらのホームページをご覧ください。麻帆良に在籍する全校生徒の名簿です。そうですね……まず、適当に誰かの名前をクリックしてみましょう」

 

背後にある講堂の壁にPC画面が映し出される。放映される映像にも、指定のアドレスと私の操作しているディスプレイの画面が同様に示されていた。そこには生徒の学校名と学年、名前の羅列されたリスト。そこから、無作為に一人の生徒をクリックした。すると、生徒手帳に張られるような写真と共に短い文章が示される。

 

「へえ、真面目そうな顔して悪い女だね。万引き経験があるのか」

 

さらにクリックすると、防犯カメラらしき映像が流れ出した。女子中学生の万引きする決定的な瞬間。黒い目線が入れられているが、この映像が本人のものであることは自明である。これがネットに流れれば終わりだ。当事者である少女は自殺するほどの絶望を覚えたことだろう。

 

「じゃあ、もう一人だけ見てみますね」

 

次に名前をクリックすると、彼氏らしき男と裸で抱き合っている女子高生の盗撮画像が現れた。同じく目元と局部は隠されていたが、名前を示された当人であることは明らか。先ほどの得体の知れない恐怖とは別物。この脅迫は具体的な戦慄を生徒全員に与えていた。

 

ちなみに、今の映像や画像は全て合成写真である。昔の防犯カメラの映像なんて残っていないし、裸の写真なんて盗撮されていない。しかし、それでも本人が気付くことはない。なぜなら、これは彼女達自身の弱味の記憶を映像化したものであり、事実との齟齬は脳内で勝手に修正してくれるからだ。バレたら終わるという恐怖の前では理性的な判断などできはしない。ここで私は口調を普段通りに戻し、挑むように周囲を睨みつけた。

 

「私達に投票しろ。そうすれば、てめーらの秘密は公表しないでやるよ。麻帆良本校女子中等部、本校男子高等部、ウルスラ女学院。この三つの投票所で私達に投票した奴らだけを助けてやる。それ以外は敵だ。私達に敵対するというのなら、全世界にこれらの映像を流すことになるからな」

 

そう言って私は言葉を終えた。学園中が重く暗い沈黙に押し潰される。もはや悪意を隠すことのなくなった目の前の少女に対して、怯えを堪えた瞳のまま硬直する。強烈なマイナス性を受け、極寒の地に裸で放り出されたかのような震えが襲っていた。しかし、その沈黙は突如現れた乱入者によって破られる。

 

「そんなことはさせないっ!」

 

群衆が一斉に振り向いた。その声の主を探し当てると、途端にざわざわと声が零れ出す。演説を見守る聴衆の上。空中に発生した魔法陣の上に人影があった。そこにいるのは瀬流彦である。手に持った杖をこちらへ向け、大声で宣言する。

 

「君達の悪行はここまでだ!僕達、魔法使いがそんな計画は止めてやる!」

 

「やってみろよ、瀬流彦先生」

 

「言われなくとも!」

 

魔法陣の上に立ったまま、その場で十条ほどの光線が私に向けて放たれた。魔法の射手だ。しかし、それを横に跳ぶことで回避する。外れるのを確認した瀬流彦は再び詠唱を始めた。当然と言うべきか、私が対応することの出来る地上に降りることは無さそうだ。

 

「君に近付くことの危険性は、僕が一番知っている!」

 

空中に留まり、強力な魔法を放とうとする瀬流彦。一方的に空中から攻め滅ぼすつもりか。だが、その目論見は呆気なく破られた。彼の横を純白の閃光が通り抜けた直後、瀬流彦の身体は肩口から腰に掛けて斬られていた。胴体から鮮血が勢いよく噴き出す。

 

「がはっ!?」

 

「忘れたのか?空は誰のフィールドなのかをさ」

 

瀬流彦のすぐ背後には――刀を振りぬいた姿勢の桜咲の姿があった。

 

その背中には純白の翼が輝いている。しかし、その神々しい翼とは対照的に、桜咲の表情は鋭く、憎々しげに歪んでいた。吐き捨てるようにつぶやく。

 

「千雨さんに手を出すなど。殺されなかっただけありがたいと思ってください」

 

足場の魔法陣が消失したことで、瀬流彦は空中から血飛沫を撒き散らしながら落下する。ドサリと鈍い音を立てて地面へと墜落した。血飛沫が飛び、押し殺したような悲鳴が周囲に木霊する。そこへ返り血に塗れた桜咲が静かに降り立った。動かない瀬流彦の襟元を掴み上げると、私の足元へと放り投げる。ゴミのように投げつけられたそれを見下ろすと、かろうじて息はあるようだった。視線だけをこちらへ向けながら、途切れ途切れに小さく口を動かす。

 

「あ…ありが…とうござい…ます」

 

「ご苦労」

 

これで瀬流彦はマイナス側ではないと万人に示せたことだろう。元々この教師はマイナスではないからな。弱味を握ることで協力させてきたが、さすがに魔法界や学園の存亡を掛けた戦いの立役者にはなりたくないそうだ。そのために考案されたのが、この茶番である。学園側に寝返られるくらいならば、こうして無力化することで中立にした方がいい。本人としても汚名を被るよりは全然マシらしい。

 

「さて、私達に逆らった者の末路は彼がわかりやすく示せたと思う。それじゃあ、これにて演説を終わらせてもらう。私達に投票しなかった奴はどうなるかは分かってくれただろうからな。賢明な判断を期待するぜ」

 

そう言うと、私は踵を返してカメラの前から姿を消した。その場に残ったのは、恐怖と不安に震える生徒達だけであった。一切の声も漏れない、押し潰されるような重苦しい沈黙に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

麻帆良女子中の校内へと這入った私の耳に、パチパチと乾いた拍手の音が届く。振り向くと、そこには超が物陰に隠れるようにして立っていた。

 

「お疲れ様アル。面白い演説だったヨ」

 

「……超か」

 

「見事な演出だったネ。醜悪すぎる演説に卑怯な脅迫、凄惨な暴力。不安感を煽ってから、最後に救いの手を差し伸べている点も良いネ。自分達に投票すれば助けるト。考えたものネ。これで麻帆良の全生徒はマイナスを心の中に叩き込まれたはずヨ。なるほど、確かにアナタは球磨川禊の後継者のようネ」

 

感心した風に頷く超だが、それは買いかぶりすぎだ。

 

「いいや、球磨川さんにはこんな演出は必要ない。そんな小細工をしなくとも、言葉と雰囲気だけで観客全員にマイナスを伝えられたはずだぜ。存在そのものが『負完全』な球磨川さんは、正対しただけでそのマイナス性を強制的に納得させられたはずなんだから」

 

一目見ただけで寒気を覚えるほどの負の塊。おそらく演説をしただけで恐怖と絶望を覚えたことだろう。なぜ球磨川さんではなく、私が演説を行ったかと言うと、今回の戦いは麻帆良女子中生徒会が中心となるからだ。この戦いには球磨川さんが参戦していない。結局、この選挙は私達の生徒会が統括することになっていた。その事実に私は内心では不安を感じていた。やはり私はリーダーという柄ではない。生徒会長になったのは、あくまで球磨川さんの力になるためだ。球磨川さんの野望の懸かった総選挙をリーダーとして率いることのできる器ではない。

 

そんなマイナス思考を振り払って超の方へと視線を戻す。

 

「それにしても、私のところに来る余裕なんてあるのか?学園側からマークされてるだろーに」

 

「おかげさまでネ。こちらの計画をバラすとは、やってくれたヨ」

 

責めるような口調に私は肩を竦めて見せることで答えた。それを見て超も笑みを浮かべる。やれやれと呆れたように息を吐いた。

 

「ま、予想はしていたヨ。過負荷(マイナス)と組めばこうなるということくらいはネ。これで千雨サンとは関係が切れたと思えば安いものヨ」

 

「こっからはお互い別勢力だ。学園を打倒できるよう頑張ろうぜ」

 

 

 

「――そうはさせない。超鈴音、長谷川千雨」

 

その声に振り向いた私と超。視界に映ったのは銃をこちらへ向けているスーツ姿の黒人の男だった。銃口から銃弾が放たれる。いや、銃弾の代わりに撃ち出されたのは水球だった。魔法による攻撃。それを直感した瞬間には、すでに超にその水球が直撃し、爆音と共に破裂していた。

 

「超っ!」

 

爆発によって生じた水飛沫で視界が塞がれる。高威力の攻撃魔法。まともに喰らえば超といえどただでは済まないだろう。しかし、まともに喰らっていないことも分かっていた。だが、あえて切羽詰った風を装って、超のいた方向へ向かって大声で叫ぶ。

 

「悪いが手段を選んでいられる状況ではないのでね。あとは君だけだ。長谷川千雨さん」

 

「……ガンドルフィーニ先生」

 

不意打ちを仕掛けてきたのは、魔法先生の一人であるガンドルフィーニ先生だった。今の魔法攻撃を見ても分かるように、戦闘用の魔法使いである。敵意の込められた瞳でこちらを睨みつけていた。片手に拳銃、もう片手に日本刀を携えており、そのまま私の方へと足を進める。再びこちらへ銃口を向け、引き金を引こうとした瞬間――

 

「ずいぶんと強力な魔法ネ。だけど、――時を越えるほどじゃないヨ」

 

「なっ!?」

 

すぐ隣に出現していた超から発せられた声に、驚愕の表情を浮かべるガンドルフィーニ。手甲に覆われた拳が、彼の脇腹へと突き刺さっていた。中国拳法による突き。苦悶の声を上げて殴り飛ばされる男。それを眺めながら、超は軽く嘆息した。

 

「いやはや、さすがは戦闘用の魔法使いネ。思いのほか硬い魔法障壁みたいヨ」

 

「ぐっ…超鈴音……い、今のは何だ!?」

 

「さてね、転移魔法なんて安い技術じゃないことは確かヨ」

 

「君を相手にするには、こちらも全力を尽くさなければならないようだね」

 

苦々しげな表情を浮かべるガンドルフィーニに対し、超の方はニヤニヤと不敵な笑みを崩さない。未知の技術に対して最大限の警戒を行いながら、銃と剣を攻撃的に構える。

 

「一つ聞きたい。君達が魔法の存在を世界にバラそうとしているというのは、事実かい?」

 

「それは嘘だ、と答えたら手を引いてくれるのカナ?」

 

「少なくとも学園祭最終日の今日は身柄を拘束させてもらう」

 

「それなら正直に話しても同じカ。そうネ、私達は世界樹の大発光に合わせて、全世界に強制認識魔法を掛けるつもりヨ」

 

その言葉にガンドルフィーニの顔が苦々しく歪んだ。ギリッと唇を噛み締めると、武器を握っている腕に力を込めた。

 

「やはり君は野放しにしておけない。ここで拘束させてもらう」

 

「フフッ……使命感に燃えるのは結構だけどネ。ひとつ、忠告させてもらうヨ」

 

小さく笑みを浮かべる超を前に、わずかにガンドルフィーニの顔から困惑の感情が漏れる。

 

「先生との面談は楽しかったけどネ。私に集中しすぎヨ。何が言いたいかというと――」

 

超はおかしそうに笑った。

 

 

「――隙だらけネ」

 

 

――ガラスの割れるような音が響いた。

 

「なっ!?」

 

一瞬遅れて振り向いたガンドルフィーニの視界に映ったのは、巨大な鍵を振り下ろした私の姿だった。

 

「魔法障壁の弱点を突かせてもらったぜ」

 

「長谷川……千雨!」

 

魔法使いの命綱ともいえる魔法障壁。その障壁を破壊された今の彼は無防備だった。しかし、それでも戦闘力においては私よりも上位者であることは間違いない。さすがは歴戦の魔法使い。恐るべき速度で、反射的にこちらへと銃口を向ける。しかし、それが発砲されることはなかった。

 

「隙を見せちゃダメと忠告したはずネ」

 

コマ送りでもしたかのように、一瞬にして空間を移動してきた超の拳が男に突き刺さっていた。

 

――馬蹄崩拳

 

魔法障壁の消えた無防備な胴体への強烈な一撃。それは正確に内臓の急所を捉えた。気で強化された拳を生身の魔法使いが耐えられる道理はない。追加効果として、手甲に装備されたスタンガンの高圧電流が全身を駆け巡る。今度こそ完全にガンドルフィーニは沈黙せざるを得なかった。

 

マイナスの基本戦術は奇襲である。マイナス同士の連携とは、つまり相手の虚を突くことなのだ。

 

「じゃあ私は選挙会場に戻るから」

 

「そうネ。こっちも計画に戻るとするカナ」

 

高圧電流を浴び、肉の焦げた臭いのする人体。それを軽く蹴っ飛ばしながら、私達は別れの挨拶を交わした。ここからは別行動だが、互いに魔法使いからの防衛戦に移行するはずだ。私達は指定した選挙会場を、超は儀式に必要な世界樹周辺を――

 

 

 

演説で私は麻帆良女子中、麻帆良男子高、聖ウルスラで投票した生徒を見逃すと発言している。しかし、もしも指定の投票所で投票ができなければ、誰も救済をすることができなくなってしまう。救済されるという希望がなければ、飴と鞭が機能しなくなる。鞭だけの恐怖政治で選挙に勝つのは私には不可能だ。だからこそ、指定した選挙会場だけは守りぬかなければならない。それこそが、私達の選挙での勝利に結びつくはずだ。

 

ここからが本当の戦い。長い一日が始まる。

 


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