長谷川千雨の過負荷(マイナス)な日々   作:蛇遣い座

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14時間目『強さに絶対はなくとも』

生徒会選挙が終了してから一週間後。放課後の私達は生徒会室で黙々と仕事に励んでいた。間近に控えた学園祭の準備に関する書類に目を通している所である。生徒会長としての通常の業務。他のメンバーもそれぞれの書類仕事に精を出していた。いや、一人だけ例外がいるけれど……

 

「おい、茶々丸。のどが渇いた」

 

「はい。紅茶でよろしいですか、マスター?」

 

「……人が働いてるってのに、お前はずいぶんと優雅な身分だな」

 

生徒会室のソファに寝転んで携帯ゲームをやっているマクダウェルに向けて声を投げる。皆が仕事をしている中、一人だけお菓子を片手に遊んでいるとなるとさすがにこっちもテンションが下がるというもの。しかし、マクダウェルの方はしれっと言い返す。

 

「仕事は茶々丸がやっているだろうが。それに、私が生徒会に入る条件に、仕事をしなくてよいというのがあったはずだぞ」

 

だったら自分の家で遊んでろよ、と思ったが口には出さない。私達の使命はこんな書類仕事ではないというのには同意だからだ。

 

「貴様こそ、本命は進んでいるのだろうな?」

 

「……それを言われるとな。何とかするよ」

 

「あまり私を待たせるな。今の私には無駄にできる時間などないのだからな」

 

「千雨さんもどうぞ、コーヒーでよろしかったですか?」

 

戻ってきた絡繰は、私達全員分の飲み物を用意してくれたようだ。礼を言ってカップを手に取った。ズズ…と温かいコーヒーに口を付ける。たしかに、この現状は私の力不足としか言えない。一瞬だけ浮かんだ苦渋の表情を隠し、視線を離れた机でPCに向かっている男へと向けた。

 

「ん?どうかしたのかい?何か分からないところでもあった?」

 

「いえ、何でもありません。先生も冷めない内にどうですか?」

 

「おっと、そうだったね。絡繰さんも、わざわざありがとう」

 

この若い男は生徒会の顧問を務めている瀬流彦先生という。若輩ながら防衛・補助系統の魔法においては優れたものをもっているようだ。そして、厄介なのが私の過負荷(マイナス)を遮れるということ。麻帆良の認識阻害結界すら効かない私の認識を弄るというのは、実は簡単ではないそうだ。熟練の魔法使いであるアルビレオや学園長を含めて数名。瀬流彦という教師もその一人だった。

 

「先生、これが各クラスの学園祭の出し物の希望ネ。それと、こっちが火を使うクラスや部の一覧。問題はないカ?」

 

「ええと……うん。大丈夫だよ。これで各クラスに通達お願い。ちょっと待ってて、今サインするから」

 

そう言って瀬流彦先生は超の差し出した書類にサインをする。そう、問題はこれなのだ。中学生である私達は、学園に関する書類を好き勝手に作成できるわけではない。必ず顧問の先生の許可を得なければ提出することができないのだ。当然、例の球磨川さんの計画に関する書類など真っ先に握りつぶされてしまうだろう。どうにかして瀬流彦先生を調略しなければ計画は先に進められないのだ。

 

「ふぅ……ちょっと休憩にしようぜ」

 

「そうだね~。さすがにちょっと疲れたよ」

 

「私は先に抜けさせてもらうヨ。出し物の方でも学園祭の準備をしなければならなくてネ」

 

「そうか、お疲れ」

 

それにしても超も多忙だな。学園祭の出し物と生徒会の仕事に加え、本命のクーデターの準備もこなさなければならないのだから。はっきり言って呆れるレベルだ。しかし、それだけの量の仕事をこなせているのは麻帆良の最強頭脳の看板に偽り無しということなのだろう。

 

机の上には茶々丸の作ってきたクッキーなどのお菓子が並べられる。瀬流彦先生も加わって、しばしの談笑が始まった。実質的には弱味を探るための時間なのだが。とはいえ、毎日のように瀬流彦先生の言動から糸口を探っているが、過負荷(マイナス)を使えないために成果は芳しくない。

 

「ねえねえ、瀬流彦先生って休みの日は何やってんの?」

 

「部屋に篭って読書したりしてるよ。というか休みの日にまで出歩きたくないって感じかな」

 

「ええー!寂しい生活送ってますね~」

 

「はは、仕方ないだろ。新米教師は忙しいのさ」

 

「彼女とかいないんですか?イケメンだし、モテそうなのに……」

 

「全然だよ。出会いもないしね」

 

いつものテンションの高い朝倉の質問攻めに、先生は軽く苦笑しながら付き合っている。その間、私はさりげなくその表情を観察していた。しかし、その顔や仕草に不自然な部分は見当たらない。チッと内心で舌打ちする。瀬流彦先生とは授業も学年も違ったため、情報を持っていないのだ。弱みを探るにはこうやって直接相手の反応を観察するしかない。おそらくは大丈夫だとは思うが、魔法先生用のPCには電子精霊がいて侵入にはリスクが伴うしな。

 

「出会いならたくさんあるじゃないですか。ほら、今この場にだって四人の美少女が並んでるんですよ」

 

「おいおい、さすがに中学生は恋愛対象外だよ」

 

「あははっ!冗談ですよ。そんなことしたら大問題ですもんね」

 

ビクリと私の身体が反応した。朝倉の軽口に対する瀬流彦先生の言動が心に引っ掛かったのだ。目線が一瞬ブレ、わずかに返答の間が空き、最初の一音の音程が半オクターブほど高かった。私が経験的に理解している隠し事の兆候。何だ……何を隠してる?

 

相手の心を暴くことのできる私の過負荷(マイナス)――『事故申告(リップ・ザ・リップ)』。それによって鍛え上げられた第六感が働いたのだ。弱点を突かれたときの反応にはいくつかのタイプがある。知られたくないことに触れられたとき、どんな仕草をして言動はどうなるか。無数の実例をこれまで解答付きで見ているのだ。スキルが使えなくとも、私になら相手の心の隙を見抜くことは可能なはず。

 

……仕掛けてみるか。

 

「瀬流彦先生は、この中だったら誰が一番好みですか?」

 

「みんな魅力的すぎて選べないよ。ほら、この話はもうおしまい」

 

「へー、じゃあ私と付き合っちゃいます?」

 

「コラコラ、からかうのはやめてくれよ」

 

反応有り。この話題になってから顔がわずかに紅潮し始めている。恥ずかしさからではない。この反応は羞恥ではなく、困惑や焦燥に近い感情。視線をそらし、無意識に唇を舐めた。微細な反射行動を観察する。このサインが表す感情は……。そして、一瞬だけ確かにマクダウェルの方へと視線が向かうのが見えた。

 

「あれ?マクダウェルが好みなんですか?」

 

「な、何を言ってるんだ!そんなはずないだろう!」

 

ビクリと身体を震わせて大声を出す瀬流彦先生。過剰すぎる反応。ハッと気付いたように瀬流彦先生はいつもの柔和な笑顔へと表情を戻した。まさかマクダウェルに好意を持っているのか?いや、それはない。自身の思いつきを即座に脳内で否定する。普段のマクダウェルへの対応から隠し事の気配は無かった。だとすると、まさか……

 

「先生って幼児体型が好きなんですねー。意外でしたよ、へー」

 

「ち、違うって!冗談でも問題になっちゃうからよしてくれよ」

 

「はいはい。わかりました」

 

あまりの愉快さにニヤリと口元が歪むのを必死に押し隠す。呼吸の乱れと発汗、唇の震え。間違いなさそうだ。完全に図星を突かれた反応。いや、なるほど。確かに学校の先生を志望するなら可能性としてはあるよな。そして、それは誰にも知られてはならない秘密。バラされれば社会的に抹殺され、評判は地に落ちてしまうだろう。

 

――中学校の教師がロリコンだなんて

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、生徒会の顧問は操れそうです。罠に掛けて脅せば言いなりでしょう」

 

『ハニートラップねー。同じ男として同情せずにはいられないよ……。ま、とはいえ。よくやったね、千雨ちゃん』

 

ようやく計画遂行の目処がたった私は球磨川さんの元へと報告に訪れていた。待ち合わせ場所は超の経営する中華料理店『超包子』である。相変わらず学生の味とは思えない美味しさの料理に舌鼓を打つ。ちなみに球磨川さんは真っ赤なエビチリをぐちゅぐちゅとかき混ぜており、周囲から奇異の目で見られていた。

 

「球磨川さんの方は、生徒会長としての仕事は順調ですか?」

 

『うん。みんな優しい人たちだからさ。快く手伝ってくれているよ』

 

「そうですか。なら、計画は予定通りに進みそうですね」

 

球磨川さんの通う男子高等部は、すでにマイナスな様相を呈してきているそうだ。支持率0%で当選した脅威の生徒会長。校内の雰囲気は暗く、早くも麻帆良を崩壊へと導く台風の目となりつつあった。

 

「……ひとつ聞きたいんですが、球磨川さん。今回の計画、どの程度成功すると思いますか?」

 

『どういうこと?』

 

少し逡巡したのち、私は重苦しく口を開いた。

 

「いえ、私も数々の中学校を廃校にしてきましたけど……。この学園は異常です。強さという点において他を隔絶しています。スキルではない、魔法や気による純粋な強度の高さ。私達に勝ち目はあるんでしょうか。すみません。こんな時期に弱気なことを言ってしまって……」

 

私が負けるのは構わないが、そのせいで球磨川さんにまで迷惑を掛けてしまうのではないか。役に立てずに捨てられてしまうのではないか。魔法によって自身の過負荷(マイナス)を無効化されてしまうことも影響していただろう。私の心は、そんなマイナス思考に襲われていた。目を伏せ、ちらりと球磨川さんに視線を向ける。しかし、その顔にはいつもと変わらぬ無邪気な笑みが浮かんでいた。

 

『なーんだ。そんなこと気にしなくていいのに』

 

「え?」

 

『いいじゃん。そしたら別の学校に転校すればさ。千雨ちゃんも一緒に来てくれるでしょ?』

 

「……は、はい!もちろんです!」

 

何でもない風に口にしたその言葉で、私の心は晴れ渡ったような爽快な気分に変わっていく。自然と口元が綻ぶのが分かる。笑顔で球磨川さんに返事をする。そうだ、負けたっていい。勝っても負けても球磨川さんの側にいられるなら、せいぜい学園をかき乱してやろうじゃないか。結果なんて考えなくていいのだ。敗北を前提に物事を考えるのが私達のマイナス思考なのだから。

 

『それに強さなんて、僕達にとってはたいして致命的な要素じゃないんだよ。ねえ、千雨ちゃん。弱点を見抜くきみに質問だ。弱点の無い人間っていうのはどんな人間だと思う?』

 

「それは……最強の人間じゃないんですか?弱さの対義語は強さでしょう」

 

『いいや、違う。答えは「完全な人間」だよ』

 

「完全な人間……フラスコ計画ですか」

 

悪平等(ノットイコール)安心院なじみが目指しているのが「完全なる人間」の製作だと聞いたことがある。強度一点張りの専門家(スペシャリスト)ではなく、全てにおいて勝る万能家(ジェネラリスト)。

 

『無理な話だと思うけどね。だって、「完全」の条件には「最強」も含まれているはずなんだから』

 

「最強ですか。どんな人間なんでしょうね。英雄と呼ばれるナギ・スプリングフィールドが最も近い一人なんですかね」

 

しかし、私の言葉を否定するように、球磨川さんは首を左右に振った。

 

『そんなレベルじゃないと思うよ。ドラゴンボールだってそうだろ?強さなんてのは際限無くインフレするものなんだ。魔法で山を吹っ飛ばすとか、周囲を更地にするとかじゃ足りない。閾値を超えて針が振り切ってる。最強っていうのは、僕らの認識を遥かに超えた先にあるんだよ、きっと』

 

「そんなにですか」

 

『でも、強さなんてある程度を超えたら互角みたいなものだと思うけどね。拳銃も核ミサイルも、人を殺せるのには変わりない。温度みたいなものさ。高温に上限がないように』

 

「そうですか。でも、たしか低温には限度がありませんでしたか?」

 

『うん。絶対零度』

 

「……なるほど。そういうことですか」

 

その結論は私の心の中にストンと違和感無く落ち着いた。口元が歪み、自分の顔に気持ち悪い笑みが浮かび上がる。同時に、球磨川さんが両手を左右に広げ、楽しそうに笑った。

 

 

「強さに限度はなくとも、弱さに限度はある」

 

『強さに絶対はなくとも、弱さに絶対はある』

 

 

――そして、人間に完全はなくとも、負完全はある


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