真剣で川神弟に恋しなさい!   作:ナマクラ

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第七話 「――だったら俺という男をお前に認めさせてやる!」

 箱根旅行2日目。今日は朝から爽やかな晴天、見事なまでのアウトドア日和であった。

 

 女子たちの着替えの間、俺達男衆は釣りの手続きをした後、ロビーでパズルをして遊んでいた。

 

「よっし出来た! 大和よりは遅かったがパズル完成だ!」

「出来てないのはあと三人か」

 

 大和は早い段階からパズルを完成させており、続いてキャップがその勘とか閃きなどを生かしてパズルを完成させた。

 完成できていないのはこれで三人。ガクトとモロ、そして俺であった。

 

「いいんだよパズルができなくても俺様にはこのパワーがあるからな」

「えーっと……これをこうして……あれ、違う? うーんやっぱり僕パズルとかダメみたいだ」

 

 まだ出来ていない二人がすでに諦めムードである。情けない。これくらいのパズルで諦めるなんて。俺? 俺はもうすぐ出来るからいいんだよ。

 

「十夜はどうだ?」

「もうすぐ出来そうだ。ここをこうして……こうで……こう!」

 

 ……違った。くそ、もう一回!なら今度は……!

 

「男衆お待たせー! さあ行きまっしょい!」

 

 と、着替えの終わった女衆がやってきたようだ。

 

「釣竿のレンタルとか釣りの手続きは済ませてあるから」

「皆で釣りなんて……素敵です!」

「日本は免許なくても釣りが出来るのが素晴らしい」

「じゃ、そろそろ行くか。……ちなみに釣るのって魚? 女?」

「言うまでもなく魚だよ」

「何でそこで女性を釣るって発想にいくのやら……」

「俺様としては釣るのは女でもいいんだぜ?」

「ククク、女釣りだったらガクトはボウズ確定」

「そろそろ行くぞお前ら!」

「おー! ……って十夜何してるの?」

 

 皆がぞろぞろと出て行く中、俺が動こうとしないのを見てワン子が寄ってきた。そんなワン子に気付いた姉貴まで寄ってきた。

 

「あと少しで完成なんだ……ここをこうすれば……」

「パズルなんかやってないでもう行くぞ」

「早く行こうよ~」

「待て! もうすぐ! もうすぐ出来るんだ!だからあと一分だけ!」

「何を意地になってるんだコイツは……行くぞ十夜」

「そうよ! 川原がアタシ達を待ってるのよ!」

 

 こうして姉貴とワン子に引っ張られてパズルが完成することなく俺は宿を出る羽目になった。

 ああ……あと少しだったのに……いや嘘じゃなくてもう少しで出来たはずなんだ多分きっとメイビー!

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 そんなわけで俺達は川原で釣りをしていた。

 ワン子と京は釣りをする前に修行の一環として組み手をするようで、姉貴を伴って森の中へいってしまった。

 俺はというと、クリスとまゆっちと一緒に釣りをしていた。理由としては釣り針に餌である虫をクリスもまゆっちも付けられなかったからだ。まゆっちは頑張れば出来そうだったけど、無理してる感が凄かったのでやってあげた。

 

「すまない。感謝する」

「ありがとうございます」

「まあこれくらいなら」

「こういうさりげない事を当たり前のようにやる男はポイント高ぇぞ、トーやん」

 

 松風の茶々に適当に返事をしながらそうして川に釣り糸を垂らす。

 

「……」

「……」

「……釣れないぞ」

「そりゃ釣りはそうすぐに釣れるもんじゃないだろ」

「だがキャップはすぐに釣れていたじゃないか」

「あれは経験とか運だよ」

 

 確かにキャップの場合すぐさま釣り上げていたが、あんなすぐに釣り上げられるのも珍しいのだ。いや、別に釣り詳しいわけじゃないけど。

 

「むぅ……自分もあんな風に颯爽と釣り上げたいなぁ」

「私もその気持ちはわかりますが……」

 

 うーむ、どうすればクリスを落ち着かせられるだろうか?まあ大和の言いそうな事を適当に言ってみるか。

 

「クリス、釣りは古来より精神統一の修行の一環として武人にも好まれてきた」

「ん?まあそれは自分も聞いた事があるが、それがどうしたんだ?」

「かつての武人は釣りによってその強さに磨きをかけていたわけだ。そして長い間好まれてきたという事は、釣りとは一朝一夕で極められるものではないってことだな」

 

 我ながらなかなかいい感じで言えてないか?この調子でいけば……

 

「そんな奥の深い釣りがすぐに上達することはないわけだし、気長に――」

「あ、釣れた!」

 

 …………見事なヤマメだった。

 

「何だって~? 気長に? 気長にの後にはなんて続くんだよ~?」

「こら松風、十夜さんを追い詰めてはいけませんよ」

 

 まゆっちと松風が言葉の暴力を振るってくる。俺のライフはもうゼロだ。

 このままでは俺に勝ち目はない。なので……

 

 

 全力で一時撤退することにした。

 

 

「あっ!? 十夜!?」

「どこに行くんですか!?」

 

 知らん! テキトーに走ってるだけだ! ……最近逃げてばっかな気がするな、俺……

 

 

 川原からそこそこ離れた辺りで足を止め、溜め息を吐く。とりあえず落ち着こう。

 

 ……というか逃げたせいで戻るに戻れねぇ。どのタイミングで戻ればいいんだろ?

 

「……ま、しばらくは森林浴でもしとくか」

 

 そうして歩こうと思った時、木の陰から誰かが出てきた。

 

「……え?」

 

 そこにいたのは紅い髪の眼帯をした外国人の女軍人だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 美人な人だな、と思いながらもその目には明らかな敵意が込められているのに軽くビビっていると、その人はある言葉を投げ掛けてきた。

 

 

 

「貴様、お嬢様とはどういう関係だ?」

 

 

 

「……え? え?」

 

 お嬢様? 一体誰の事なんだ? 何でこんなに敵意むき出しなんだ? というか何でこんなトコに軍人が?

 

 頭の中がゴチャゴチャだ。というか状況がわからない。簡単に状況を纏めてみよう。

 

 この軍人さんがいうには『お嬢様』という人がこの近くにいて、俺が何らかの勘違いを受けているという状況だけど、自覚している限りでは俺に非は全くないはずだ。

 と、とりあえず日本語は通じるみたいだし、どういう事なのか確認しないと……!

 

「えっと、その、お、お嬢様って誰の……!?」

 

 何かを感じて咄嗟に上体を後ろにそらした。すると先ほどまで俺の頭があった場所に鋭いアッパーカットが通過した。

 

「ほう……手加減していたとはいえ、私の攻撃をかわすとは……鍛えているようには見えなかったが……」

 

 昔の経験がなかったら間違いなく喰らってた。というか今の喰らってたら確実に意識を飛ばされてただろう。

 

「な、あ、アンタ何、を……!?」

 

 ビビって後退りしながら震える声で尋ねる。その答えは端的に返ってきた。

 

「お嬢様に付き纏う虫は駆除せねばならない。故に貴様を排除する」

 

 やばい……! この人、真剣だ!真剣で俺を排除しようとしてる!

 理由はわからないが、俺は今日死ぬかもしれない。いやマジで。

 というか勝てるわけがない。この人は武道から遠のいた俺じゃどうやっても勝てない相手だ。

 さっきの一撃だって本気でやられてたら反応するまでもなくやられていた。避けられたのも武道で慣らした身体が反応したからだ。……まあすでに錆び付いているんだけど。要はさっきのは運がよかっただけだ。

 

 

 じゃあ俺はどうするのが一番いい?

 

 

 戦う? ……どう考えても勝てるわけがない。自殺行為だ。カウンター入れられて終わる。

 

 逃げる? ……逃げ切れるとは思えない。時間稼ぎになれば良い方だ。

 

 話し合う? ……相手が既に臨戦態勢に入ってる。話し合える状況じゃない。時間稼ぎにもならない。

 

 何もしない? ……論外だ。何もしないで状況が好転するなら皆そうして世界は平和になってる。

 

 

 結論、現状では逃げるのがベストだ。ベストと言ってもどれもマイナスからのスタートだからベストどころかベターとも言えない選択ではあるが。

 というわけで逃げ出す。全力で逃げるには背を向ける必要があるが、今の距離で背中を向けたら間違いなく一瞬でやられる。なのでまずは相手を見たままい思いっきりバックステップで距離を取って、すぐさま方向転換、全力で離脱する。

 これで何とか逃げきれられたらいいのだが、そこまでうまくいくとは思っていない。何とか川原まで戻れれば姉貴が――――

 

 

「――逃げ切れると思うな、野ウサギ。私は『猟犬』、狩りは得意だ」

 

 

 ――背中に悪寒が走った。

 

「……ッ!!」

 

 走りながらも頭を屈める。その瞬間、頭上に何かが通り過ぎ、俺の前には先ほどの軍人の後姿が。

 パッと見た感じ、手の形から後ろから俺の頭を掴んで捕まえるつもりだった事が窺える。その体勢のまま、相手はこちらを見据えてきて足を――

 

「ヤバッ!!」

 

 咄嗟に両腕を顔の前に持ってくる。その瞬間、衝撃が腕を貫いた。

 

「――――ッ!!」

 

 衝撃は俺の身体を後方へと押しやる。足の踏ん張りなんてものはちっとも効かず、そのまま吹き飛ばされて地面に倒れこみそうになるが、倒れこんだらマウントとられて終わりだ。それだけは避けないといけない。

 その思いから今ので完全に痺れてしまった両腕で何とか受身を取り、跳ね上がりながらもすぐさま体勢を整え立ち上がる。

 

「……今の蹴りを受けてすぐ立ち上がるか。私の想像以上に貴様は場慣れしているようだな」

 

 ……どうやら今日はものすごく運がいいようだ。悪運的な意味で。

 

 しかし腕は完全に痺れている。これ以上身体を酷使するともう走りたくないとストを起こしかねない。というか何より全身が痛い。これはもうどうしようもない。

 

「だがもう終わりのようですね。これでチェック――」

 

 そう言って、一気に俺の前まで来た軍人さんは、

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 自身の顔目掛けて飛来した石ころをその腕で弾いた。

 

 

 その僅かな隙を突いてその頭上目掛けて、踵が落とされた。

 

 落下エネルギーを伴ったその踵落としを後方に跳ぶことで避けた軍人さんは、体勢を整えて乱入者の姿を見据える。

 

「何者だ……!?」

 

 その問いに、蹴りの主はポニーテールを棚引かせながら声高らかに名乗りをあげた。

 

 

 

 

 

「川神院、川神一子、参上!」

 

 

 

 

 

 その後姿はまさしく、風間ファミリーの戦うマスコット、ワン子のものであった。

 

 た、助かった……。そう思って安堵の息が漏れた。……しかし女の子に護られるというのは改めて考えると情けない。え?姉貴に頼るのはどうなんだって?それはまた別の話だ。

 

「十夜、大丈夫?というかどういう状況?」

 

 先程の石ころを投げたであろう京がこちらの様子を見ながら尋ねてきた。

 京の疑問もまあ当然だろう。少し別行動を取っている間に何故か仲間の一人が女軍人に追い回されていたんだ。俺が京の立場でもどういうことかわからなかっただろう。

 

「いや、何故かあの軍人さんに追いかけられて……」

「何かしたの?」

「いや、何も……」

 

 疑惑の視線が向いているが、実際に心当たりが全くないのだから仕方ないだろ。

 これでひとまず危機を乗り越えた。問題は……

 

「今度はサムライガール達が相手ですか。精々私を楽しませなさい」

「何という上から目線……」

「よーし、いっくわよー!」

 

 ワン子と京の二人でこの軍人さんに勝てるかどうかという事だ。

 この軍人さんの実力がどれほどのものかは知らないけど、さっきまでのが全力なんてことはないだろう。

 実際にワン子と京の二人がかりでも拮抗している状態なのだ。

 

「くっ! 一撃一撃が重い……! ガードの上から削られる!」

「でも!」

 

 それでも二人は絶妙なコンビネーションで押し返していく。

 

「……成程、嘗めてかかればこちらも危ういか……。ならば私も真剣にやりましょう」

 

 一度距離を置いた軍人さんが本気出す宣言をした。俺みたいな引き篭もりの発言なら一笑して捨てておけるが、あの人はマジで出すだろう。

 

「そんな暇は与えない!」

「これで終わらせるわ!」

 

 ワン子と京は彼女が何かをする前に挟撃をかけ、二人同時に蹴りを放つ。が……

 

「な……!?」

「この感触は……木!?」

 

 いつの間にか軍人さんの腕に握られていたトの字のような形状の武具によって二人の蹴りは防がれていた。その二本一対の武具の名は……

 

「トンファー!?」

 

 さらにトンファーを装備した軍人さんの雰囲気が変化していた。一言で言い表すならば、『獰猛さ』が明らかに増していた。

 

「……Hasen……Jagd!!」

「あぅッ!?」

 

 トンファーを装備した軍人さんはまず回転させたトンファーによる一撃で京をガードごと吹き飛ばし、標的をワン子に絞った。

 トンファーによる乱打がワン子を襲う。ワン子はそれを防ぐことに集中しているようだが、俺はあの軍人さんの攻撃がトンファーだけでないと体験から予測できた。このままではワン子は間違いなく不意討ちの一撃を食らうことになる。そう考えるとつい口から声が出た。

 

「くぅ……! トンファーの乱撃、捌き切れ……!」

「ワン子!一旦距離を取れ!蹴りが……!」

「――ッ!」

「――トンファーキック!」

 

 俺の声に反応して咄嗟に後ろに下がったことで、ワン子は放たれた強烈な蹴りの射程範囲から何とか逃れる事が出来た。

 

「あっぶな……っ! 助かったわ十夜!」

「お、おう!」

 

 何故蹴りが来る事に気付いたかというと、先ほどまでの俺との追いかけっこや先ほどまでの2対1での戦闘の際に、あの軍人さんの主な攻撃手段が拳ではなく蹴りであったからだ。おそらく手数で相手を封じてから蹴りで一気に仕留める、もしくは削るというのが主戦法なんだろう。

 そしてトンファーを装備して戦い方が変わったからその強力な武器を使わない、という効率の悪い選択を軍人がするとは思えなかった。

 まあそれでも俺が声をかけた瞬間に蹴りがくるとは思わなかったんだが…………軍人さんからすれば俺の言葉に反応したワン子がこちらに意識を向けたのが隙だと思ったのかもしれない。

 何にせよワン子が避けられたのは幸いだったが、だからといって状況が好転するわけではない。蹴りがくるとわかっていてもそれを対処する方法がないんだからどうしようもない。

 

 蹴りに集中してたらトンファーでタコ殴り、トンファーに集中してたら蹴りでホームラン。

 

 手詰まりである。せめて武器があれば間合いのアドバンテージが得られるんだろうが……

 

「ああいう手合いは遠距離から射るに限るんだけど……」

 

 ない物ねだりをしてもどうしようもない。さて、この窮地どうするべきか……守られてるばかりってのもカッコ悪いし、何か考えないと……

 

「ハハハッ! Hasen――」

 

 そして再び軍人さんの猛攻が始まろうとした時、

 

 

 

 

 

「――楽しそうな事してるじゃないか。私も混ぜろよ」

 

 

 

 

 

 声が聞こえた。音源は、軍人さんの背後。

 

「なッ!? こうも簡単に私の背後を!?」

 

 軍人さんが咄嗟にその場から飛び退き振り向く。そこにいたのは姉貴であった。

 

「うわ、こっちにも軍人が……」

 

 木々の間から遅れて大和もやってきた。

 

「大和、モモ先輩!」

 

 とりあえず姉貴が来たってことはまあ安全が保障されたんだな、うん。この分だとここに風間ファミリー集合しそうだな。

 

「モモ……成程、お前が最強と名高いあの川神百代か」

「手合わせか? 襲われてるのか?後者なら私に譲れ」

 

 殺気がこの空間に満ち満ちていく。姉貴は攻撃的な笑みを浮かべてるし、軍人さんも臨戦態勢だし。襲われた俺としては出来れば穏便にすませたい所なんだが……

 そう考えていると続々とファミリーの面々が集まってくる。キャップにガクト、モロにまゆっち、そしてクリス。

 

「騒がしいがどうかしたのか? ……って、マルさん!?」

「クリスお嬢様」

 

 …………クリス、お嬢様?

 

「どうやらややこしいことになっているようだな」

 

 そんなセリフとともに今度は結構な齢をとった軍服姿の男性が現れた。見ただけで軍の上層部の人間だということがわかる。そんなオーラを纏っているように感じた。

 

「父様!」

「おお、愛しいクリス。今日もお前は美しいな」

 

 …………父、様?

 

「紹介しよう。私の部下であるマルギッテ少尉だ」

「マルギッテ・エーベルバッハです。覚えなさい」

 …………成程。ようやく理解した。

 つまりクリスはこの軍のお偉いさんの娘で、軍人さんことマルギッテさんはクリスパパさんの部下で、マルギッテさんの言ってたお嬢様っていうのはクリスのことで、俺はクリスに何か粗相をしたとマルギッテさんに勘違いされて絡まれたわけか。

 

「少尉は優秀な軍人だが少々好戦的な所があってね。強い相手を見ると闘いたくなる性質を持っているのだ。若さゆえの衝動だが、私はその辺りも気に入っている」

「襲われたこっちとしては迷惑極まりない。というか仲間を襲われて穏便に済ませたくないというのが本音」

「というか最初に俺が襲われた理由は一体……?」

 

 京が俺の方を見ながらクリスパパさんに文句を言う。今の理由だけでは俺が襲われた理由としては成り立たないのだから納得のしようがない。

 

「ふむ……何となくではあるが、そこのサムライガールが納得できない事情は把握した。それに関してはこちらも謝罪するしかないな。ではせめてその理由だけでも聞いてはくれないか」

 

 クリスパパさんがそう言うと、マルギッテさんに報告を求める。

 

「マルギッテ、何故彼を襲った?」

「はっ! 釣りをなさっているお嬢様の隣で何やら楽しげに話している男、彼の姿を見ましたので事実確認のために話を聞こうとした所、恍けてはぐらかそうとしたので警告と罰の意味を込めて仕掛けました」

「疑わしきは罰するの精神!?」

 

 つか、はぐらかす以前に恍ける暇もなかったんだけど!? 何この人やっぱり怖い!

 

「……では改めて聞こうか。君とクリスはどのような関係だ?」

「え、な、仲間、です」

 

 クリスパパさんからの不意の質問に特に考えもしないで俺の口から回答が零れた。その答えに対してクリスパパさんは、ふむ、と息を漏らすとおもむろに拳銃を取り出して簡単な整備を始めた。

 

 え? 何でこのタイミングで銃出した? まさか撃たれる? 何で? どうして?

 

 疑問と不安が頭をよぎる中、クリスパパさんはさらに質問してきた。

 

「君がクリスの入った仲間グループの一員だという事は私も知ってはいる。が、まさかそこに『手を出そう』などという邪な考えが混じっている、なんてことはないだろうね?」

「ま、まあそれは、ない、です……はい」

「…………」

「…………」

 

 沈黙が流れる。今の答えは合ってるのか?それとも間違ってるのか? それによって俺の生死が決まるかもしれない。

 

「……そうか。それを聞いて安心したよ」

 

 ……こっちも安心した。手にしていた銃をしまってくれて。

 

「こちらにも非があったようだが、これで理由としては正当な物であったとわかってもらえたと思う」

「いや正当だとは思えないけど……もういいや、めんどい」

「わかってもらえたようで何よりだよ」

 

 クリスパパさんの中ではあれもわかったの内に入るのか……

 

「ああ、そうだ。彼女には君たちの学園に転入してもらうことになっている」

「え?」

「本当に!? マルさんも自分と同じ学び舎で過ごすのか!嬉しいな!」

「私も同じ気持ちです、お嬢様」

 

 え、マジで!? 襲ってきた相手が同じ学校に来るとか……………………アリだな。美人だし。

 

「もちろんクリスと同じクラスではない。その隣の2‐Sに所属することになる」

「あ、同じクラスじゃないんだ」

 

 つまりただでさえ学年の違う俺とは関わらない、と。うーむ、残念なようなよかったような……

 

「娘が可愛いとはいえ、私とてそこまで親バカではないよ。今回とて娘が友達と旅行に行くと聞いて心配になり部下を30名程度連れて視察しにきた程度だ」

 

 それ十分親バカじゃね? てか30人も軍人がこの山の中にいんの?

 

「あ、森にいた軍人10人ぐらい軽く撫でてやったから回収しとけよ」

「何だと? マルギッテ」

「……通信、繋がりません」

「何と……我が軍の精鋭がこうも容易く制圧されるとは……」

「どうする? 仇でも討つか?」

 

 ……あからさまに挑発すんなよ姉貴。

 

「……いや、やめておこう。少尉が君たちを襲ったのとチャラにしてもらえればありがたい」

「チッ、乗ってこなかったか」

 

 当たり前だ。

 

「マル! アタシはまだ負けてないわ! だからさっきの勝負の続きよ!」

「そろそろ次の任務の時間だ。勝負をするほどの時間はない」

「えー!」

「ワン子、さっきマルギッテ、さんも川神学園に通うって言ってただろ。そん時にでも決闘すればいいだろ」

「あっ! なるほど! ナイスアイディア!」

「では私たちはこれで失礼するよ。娘の事を頼んだよ……頼んだよ」

 

 大事な事なので二回言われた。一回目は優しく、二回目は怖かった。

 

 

 こうしてクリスパパさん率いる軍隊は去っていった。

 

「……というかクリスがドイツ軍の中将の娘って初耳だったんだけど?」

「あれ?言ってなかったっけ? 金曜集会の時に」

「聞いてねぇよ!」

 

 …………あれ? そういえば何かそんな事言ってた記憶も…………いや、まああれだ。正式には聞いてなかったんだから俺のこの怒りは正当な物だ、うん。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 仕切りなおして釣りを再開したものの、俺は身体的な面でも精神的な面でも疲れたので最早ただ川に釣り糸を垂らしてるだけになってる。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「あー、まあ何とか」

 

 心配してくれるまゆっちの心遣いが身に染みるわ……

 

「それにしてもマルさんに追いかけられてよく捕まらなかったな」

「まあマルギッテさん? あの人も追いかけるのを楽しんでる節があったからな」

 

 追いかけるというか狩り? 今思い出しても少し震えてしまう。というかあの人、絶対狩りになれてる。「人狩り(ヒトカリ)行こうぜ」みたいな。捕まらなかったのは本当に運がよかった。何か明日くらいにその反動がきそうな気もするんだが、まあいいや。

 

「でも美人だったなー」

「ふふん、そうだろう? マルさんは綺麗でカッコイイんだ」

「なんでそこでクリ吉が威張るんだYO?」

「それだけクリスさんがマルギッテさんの事を自慢に思っているという事ですね」

 

 おお、何かいい感じで和気藹々と話せてる。クリスともまゆっちとも互いに慣れたってことかな。

 

 そう思っていると釣竿を持って大和がやってきた。

 

「おい、俺も混ぜろよ」

「何で上から目線なんだ?」

「いやなんとなく。隣いいか?」

「自分は構わない」

「あ、どうぞどうぞ」

「えー? 大和空気読めよー」

「お前が読め」

 

 ちょっと冗談を混ぜつつも三人の釣りスペースに大和も加わる。

 ……あーあ、せっかくの擬似ハーレムが……

 

「あからさまに残念そうな顔するなよ」

「顔に出てるぜトーやん」

「……あーあ、せっかくの擬似ハーレムが……」

「口からも出てますよ!?」

「擬似ハーレムって……」

 

 俺の失言はさておき、クリスの横で釣りを始めた大和の口からいろいろとクリスをおだてる言葉が出てくる。要約すると「軍人って凄い」「中将にまでなってるクリス父は凄い」という物だ。が、自分の父親を褒められて嬉しいのかクリスはどんどん上機嫌になっていく。

 

「大和さん凄いですね。見る見る内にクリスさんの機嫌がよくなっていきますよ、松風」

「あれはパネェよ。ああやっておだてて友達を増やしていくわけだなー」

「なるほど……私達も見習わなければいけませんね、松風」

 

 ……俺もいるのに松風との会話で収めるまゆっち。これはどういうことだ?隣に人間の話し相手がいるというのに何故松風と話している。別に松風と話すなとは言わないが、せめてその会話に俺も入れてくれてもいいんじゃないか?

 

 俺から会話に入ることも考えたが、そうすると負けた気分になる気がしたのでやめた。

 

 しかし二人の会話を聞いていると、楽しげに進んでいた会話の雲行きが何やら悪くなってきていた。

 

「何でだよ。軍人だって策は使う。それと俺、どう違うんだよ?」

「お前が言うと、何だか身体が受け入れようとしない」

「何でやねん」

 

 何で関西弁?

 

「言葉に重みがないというか……口だけと言うべきか」

「……!」

「お前が仲間思いなのはわかる。お前の策が有効である時もあるのも、まあ認めよう。だからといって姑息な手段だけ(・・)を好んで使うお前が素晴らしい人間とは自分には思えない」

「……つまり、お前から見た俺は、口先と小手先だけの男ってわけか」

「そこまでとは言わないが、否定はしない」

 

 これまたズバッと言い切ったな。まあ確かに長い付き合いである俺達はまだしも、知り合ってからまだ日の浅いクリスからしたら、大和が身体張ってる所とか見てねぇわけだし仕方ないといえば仕方ないか。

 

「……わかった」

 

 ……でも――

 

 

 

「――だったら俺という男をお前に認めさせてやる!」

 

 

 

 ――こういう時の大和って熱くなるんだよな。

 

 

「……なに?」

 

「決闘だ! クリス!」

 

「……! 成程、確かに力が伴えば先ほどの言葉にも説得力が宿るな。いいだろう。その申し出、受けさせてもらう!」

 

 

 大和の申し出をクリスが受け入れ、二人の誇りをかけた戦いが始まることが決定した。

 

「あれ!? 温和な雰囲気が一気に殺伐としたものに!?」

「まあ俺はこうなる気はしてたけどな」

 

 二人の間で火花が散る。そんな様子を見て他のメンバーも集まってきた。

 

「何だ? 面白いことになってるじゃないか」

「おーい! 下流の方でヤマメとバーベキューの具材交換してもらったぜー! って俺のいない間に何か面白い展開になってるじゃねーか! ずるいぞぉ! 俺も話に混ぜろー!」

 

 とりあえずこの場を離れていて状況を全く把握できていないキャップに事情説明する。

 

「いいんじゃねーの? 面白そうだし、仲良くなるための。でもやるのは明日な。今日は釣りしようぜ」

「そうだな。二人の決闘は私が川神院の名において執り行う。決闘内容も明日までに決めておく」

 

 ということで明日の午前、大和とクリスの決闘が決まった。

 

 その後、二人の間で対抗心むき出しにしながらもそれ以外では特に問題もなく釣りを満喫した。

 

 

 こうして箱根旅行2日目が終わったのだった。

 

 

 

 

 

…………え? 夜の覗きイベントはどうしたって? 身体中が痛くてそれ所じゃなかったんだよ、俺は。まさか昼の反動が今日の内にくるとは……

 

 


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