「私を殺す………?」
シノンは受け入れがたい事実に混乱しているのか口を半開きにさせて声を漏らした。
そして、混乱が解かれて頭がクリアになったらしく猫のような大きい瞳を更に大きく開き、口を震わせる。
俺は"しまった!"と自分を叱咤して、自らが何の考えもなくシノンに無責任なことを言ってしまったと後悔した。
「落ち着け!あくまで可能性の一部だ!!」
「そんな………私が………」
そう言って、俺はシノンの肩を掴んで少し強めに揺さぶる。
しかし、シノンは俺の手を払い除けて子供がイヤイヤをするように頭を両手で押さえながら首を振ってしまう。
「シノン様!!」
アイも必死に叫ぶがまるで声が届いていない。
現実味がありすぎたのだ。
死銃はシノンを撃とうとした時、一度わざわざ麻痺効果がある弾で狙撃した。
ゲームで殺すのだったら透明マントという魔法のような便利アイテムを使って至近距離から撃てば済む話なのにだ。
一度麻痺させて、ハンドガンで撃つのは特別な理由があるはず。
シノンの話だと死銃が使おうとしたハンドガンは
ソ連が使用していた中国製の軍用自動拳銃。
もしかしたら、あの銃が超能力的な力を持っているのかもしれないし、または黒星で撃つことが現実で人間を殺す為の合図なのかもしれない。
それに、シノンは撃たれそうになる直前に死銃の十字を切るような行動をしたとも言っていた。
なんにせよ、死銃がシノンに対して行った行動は不可解なことばかりなのだ。
ピコン!
「!?」
そんな時だった。
俺とアイが必死でシノンを落ち着かせようとしているとき、一通のメッセージが届いた。
俺はシノンにかけていた声を途切れさせて黙りこんでしまう。
当たり前だが本来、BoB本選中は誰ともメッセージの交換が出来ないようになっている。
映像を見ている仲間が外からスパイ活動のように情報を流さないようにするためだ。
それなのに俺の視界の右上には黄色い丸に白のメールマークが刻まれたアイコンが点滅している。
一瞬、運営側からの連絡かと考えたがアイは全くメッセージが届いた素振りを見せていない。
これは俺に向けた物なんだと分かるとメッセージの送り主を見て驚く。
カーディナルだったのだ。
バグやら罠やら数々の不穏な可能性を全て頭から抹消してメッセージを開く。
"死銃の正体は新川昌一。新川総合病院の院長の長男。SAOでは
「新川………昌一?」
何故カーディナルがそんなことを知っているのかはさておき、今は新川昌一という何処かに居そうな決して珍しくもない名前を呟いた。
しかし、カーディナルには悪いがそれが分かったところで今の現状が改善された訳ではない。
例え死銃の正体が分かっていても人殺しのトリックが分からない以上誰も手は出せないし死銃がザザで人殺しをしていた過去も今はその責任が全て茅場さんにある。
俺は顔をしかめるしかなかった。
すると、今まで呻き声を上げるだけだったシノンがちゃんとした言葉を口にする。
「新川………?」
体を丸めて相変わらずのイヤイヤの態勢で新川の名前を消えそうな声で言った。
「新川昌一って言った?」
今度は言葉ではなく明らかに俺に向けての疑問文だった。
急激なシノンの変容に戸惑いを感じながらも俺は縦に首を振った。
「その人………私の友達の兄なんだけど………何でキリトが?」
「………友達ってさっき言っていたGGOをプレイしている?」
俺が逆に質問で返すと今度はシノンが首を縦に振った。
と言うことは、新川総合病院の院長の次男がシノンの友達となる。
俺は思わずまた、シノンの肩を掴んだ。
「もしかして、シノンの友達は医療の勉強をしてるか!?あ、あと2人兄弟なのか?」
丸まっているシノンを無理矢理伸ばして至近距離から問い詰める。
俺は鼻先が触れそうになるのもお構い無しに必死になってシノンの返事を待った。
そしてシノンは思い出すようにして答えてくれた。
「た、たしか………病院を引き継ぐからって………。兄弟は2人だったと思う」
「そうか………!!!」
俺は突然の閃きの連続に喜びながら膝を伸ばして洞窟の天井目指して拳を突き上げた。
アイもシノンも突如両手の拳を突き上げた俺に対して疑問符を浮かべている。
そんな周りを無視して俺は一気に数々の謎が解消されたことによりある種の快感すら感じていた。
しかし、同時にシノンの危機が決定的になってしまったことに気が付いてしまう。
「あの………キリト様?そうかとは?」
「分かったんだよ。死銃事件のトリックが」
「「スキサメトニウム?」」
大分落ち着いたシノンとその隣に並んで座っているアイが2人揃って同じ方向に首を傾げた。
俺は人差し指を立ててくるくると回しながら説明する。
「筋弛緩剤の一種で筋肉の動きを弱める作用があるんだ。他の筋弛緩剤だとアメリカの死刑に使われるパンクロニウムがある。」
そこまで言うとアイがフムフムと理解したように頷いていた。
どうやらパンクロニウムは知っていたようだ。
アメリカのドキュメンタリー等にたまに出てくるから覚えていたのだろう。
しかし逆にシノンは未だに頭の上から疑問符が取れていない。
俺は少し考えてから出来るだけ簡潔に説明を続けた。
「まぁ、厳密には違うけど今は心臓を止めることの出来る薬だと思ってくれ。それでだ、この薬の特徴が主に2つある」
俺はピースの形を作って2人に見せる。
「1つは証拠が残りにくい」
「ああ、それに加えて死後数日が経っていたので原因が分からなかったのですね」
アイが生徒のように手を上げて答える。
俺は正解の印に頭を撫でてあげた。
艶々したうえにさらりと流れる美しい銀髪。
小動物の用に目をつぶって気持ち良さそうにするアイをもっとモフリたかったが、シノンの厳しい視線の前では止めておくのが得策だろう。
名残惜しいがもう1つの特徴を教える為にアイの頭から手を離す。
「そんで、もう1つが速効性で、投与から約40秒で効果が現れる」
「あら?薬が原因なら逆何じゃないの?」
今度はシノンが生徒のように手を上げた。
控えめに上げながら首をかしげている姿は冷静沈着な優等生って感じだ。
何だか先生になった気分。
「そこがポイント。逆なんだよ。奴
「………どういうこと?」
「つまり、死銃は複数いるんだ。ゲーム内で殺す役と現実で人を殺す役とで別れている。多分、大会エントリーの時にあった住所入力を盗み見たんだろうな」
俺は一番最初にエントリーの為に操作したATMのような機械を思い出す。
あの時にアイと共に感じた視線が予想通り死銃だったのだろう。
透明マントを使いながら鏡や望遠鏡を使って間接的にでも覗いたのだ。
「でも、何でシノン様のお友達が死銃の弟ってことでそこまで見透せたのですか?」
「そうよ、他にも可能性はあるはずよ」
シノンの言い分は尤もだ。
俺は素直に頷いた。
これはあくまで可能性の一部でしかない。
しかし、俺の頭で考え付く可能性の中でも一番はこれなのだ。
「死銃は………新川昌一は医療の勉強を恐らくしていない。いくら院長の長男だろうと学ばなければ身には付かないのは当然だ。アイツの興味の対象は医療じゃなく生と死だからな」
少しの勉強はしていたとしても深くは学んでいなかった。
父親に色々な現場を見せてもらった程度だろう。
その付け焼き刃な知識と経験が殺人を止められなくなる程の精神を作り上げてしまった。
SAOをやる理由も最初からPKが目的だったに違いない。
てか、SAOを手に入れられる時点で結構な時間を割いているのは確実、そんな奴が院長の後継者を目指してる訳がない。
医者はそんなに甘くないからな。
「そこでシノンの友達だ」
「私の?」
俺はシノンに指を指した。
シノンは呆けた様子で自分の顔を指差す。
「新川昌一は話したんだよ。SAOで自分の行った所業を。医療の知識が無い新川昌一が薬で殺人計画を立てるには医療知識のある協力者が必要だったんだ」
「そんな訳ない!!彼が殺人の協力なんて!!」
「シノン様!?」
俺が言うとシノンは獲物を狩るような鋭さで腕を伸ばして俺の胸ぐらを掴み取る。
俺とシノンの顔が近くなりお互いの視線が交差する。
少し前にも同じような距離になったのだが、雰囲気が全く違う。
シノンに目には怒気が確実に孕んでいた。
「これは根拠のない俺の勘なんだが………シノンの友達はGGOトッププレイヤーの一部をちょっと異常なまでに悪態つけていなかったか?」
「ッ!!それは………」
すると、シノンの力強く握り混んでいた手が急に緩んだ。
友達を疑われて怒気を孕んでいた目には困惑の色が窺える。
言葉に詰まるということが何よりの肯定となってしまっているのにシノンはそれでも反論しようとしていた。
そんなシノンの背中に俺は出来るだけ優しく腕を回した。
「何をしてるんですか!?」
「あ、あなたね!!」
アイは焦るようにシノンは怒るように叫んだ。
2人の叫び声は勢いよく洞窟内をこだました。
耳鳴りのようなキーンという音が耳に残る。
だが、俺はそんな2人とは真逆でシノンの耳元で冷たく言った。
「落ち着いて聞いてくれ………」
「な、なによ?」
「まず、シノンは1人暮らしか?」
男性に抱き締められながらこんなことを訊かれると誰もが如何わしい意味で捉えてしまいそうだ。
けれども、俺が冷たく言ったことによりシノンはそうではないと理解してくれた。
シノンはうんと小さく頷く。
「シノン………本当に落ち着いて聞いてくれ」
俺はもう1回同じことを言って念を押した。
「今、この時間に………現実にある君の体の近くには薬物を手に持った人物がいるかもしれない。………君の横で君を殺そうと注射器を持って待機してるかもしれないんだ」
「本当に良いのか?」
「当たり前よ。あそこで縮こまっていても現状は変わらない。私は変わりたいの」
「最終局面でワクワクしますね」
数分後………俺達は洞窟の入り口に並んでいた。
いやー、無理矢理なトリックの判明。
流石、チート性能ですね。
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