傾いた神殿は歩きづらいなと思いつつも、神殿の中を捜索する。
(…歩きにく)
迷子になりつつも時間が経っていくうちに傾いていた神殿は元に戻り、探し回った末に氷まみれの場所へとたどり着いた。
(あれ…傾いてたのが元に戻った。
それと、グレイもある)
そこでグレイを見つけることができたが、もう一人の男が殴り合っている。二人にどんな事情があるのか知らない嶺には全く分からなかったが、何故か魔法も使わずに拳で挑んでいた。
*****
破壊の跡があったかのような穴を見つける。
そんな奇妙な穴を見ようとすると、二人が殴り合いになっていた。
「負けられねぇんだよ!」
「ウザいんだよ!」
嶺にとってはリオンが誰なのか分からないけれど、少なくとも敵であることは分かる。
このまま横から攻撃しても良かったが、何か叱られそうで眺めることしかできない。
(あれ、入っちゃマズイ感じ…?様子見とこ)
ヤッホーグレイと嶺は声をかけようとしたが、この部屋に空気を読まずに入るのは不味いかなと困っていた。
男と男の殴り合いに、余計な邪魔をしたら何か言われそうだと隠れながら見守っている。
「くっ…この俺が、グレイ如きに膝をつくなどあってはならんのだ…アイスメイク・雪龍‼︎」
殴り合いではグレイが優っているが、リオンは追い詰められると魔法を使用した。
雪龍を出現させ、グレイの腹部に噛み付く。
「テメェっ…約束破ったなっ⁉︎」
「そんなもん知るか!どう足掻いたところで、デリオラは間もなく復活する!
もう誰にも止められんぞ!」
「絶対止めてやるっ!」
「今まさに、ザルティが月の雫を行なっているというのにか?」
「ナツを舐めるなよ…へっ、あいつはお前なんざ足元にも及ばねぇ野郎だ」
神殿が振動し、誰かが儀式を行なっていた。
月の光によって氷が解き始め、悪魔の復活も大詰めとなってきている。
「…また、遺跡が震えてやがる」
「月の雫の儀式が始まったのだ。デリオラの氷が溶け始めている…どうやらここまでのようだな。
お前達は止められなかった。
俺はこの時はどれだけ待っていたことか…10年間仲間を、知識を集め、ようやくこの島のことを知った。
月の光を集める島、ガルナ…俺達はブラーゴからデリオラを運び出した。
それが三年前だ」
「テメェ…こんな下らないことを三年もやっていたのか!」
まだデリオラを倒すことを下らないと言ったことに、リオンは憤る。
「下らんだと‼︎この10年間、ギルドで道楽していた奴がよく言えた者だな‼︎」
「俺はウルの言葉を信じただけだ!
そこでたどり着いたのがフェアリーテイルだ…確かにすげぇ魔導師が沢山いた!
信じられなかったよ!」
グレイがギルドマスターであるマカノフに氷を溶かす方法も聞いたが、氷を溶かす方法が結果的にウルを殺すことになることを。月の雫がアイスドシェルを溶かす唯一の魔法を知ったことも。
「今思えばあの時爺さんが言おうとしてたのがムーンドリップだろうな。
まさかウルを殺すようなことを兄弟子がやっているなんてな…がっかりだ!」
リオンは生きている師匠ではなく、ただの氷としか見ていない。彼の手に氷を纏い、そのままグレイに殴りつける。
「何とでも言うがいい。
師匠がいなくなった今。残された弟子は何を成すかよく考えても見ろ‼︎
デリオラだ!師匠が唯一倒せなかったデリオラを葬ることで、俺は師匠を超えることができる!」
「その向上心は立派なものものだが、お前は途中で道を間違っていることに気がついてねぇ!
何も見えてねぇ奴がウルに勝つだと!
100年早ぇよ!出直して来い!」
グレイは氷の剣を作って反撃するが、リオン自体も氷の造形。
リオンは既に背後に回っている。
「アイスメイク・
「アイスメイク・
リオンの造形魔法で出現させたライオンが、それをグレイは檻を造形して閉じ込める。
背後を取られても、グレイは冷静に対処できた。
「これはお前の姿か?リオン」
「何っ⁉︎」
「世界を知らない…哀れな猛獣だ」
「下らん!貴様の造形魔法など、ぶっ壊して」
リオンは片手で造形した動物を動かそうとするが、檻を破壊することはできない。
「何だと…⁉︎」
「片手での造形はバランスが悪い。
だから肝心な時に力が出せない…
アイス・
片手で作り出した氷魔法を解除することはできない。守る術もなく、雪の砲弾がリオンに直撃する。
「ウルの教えだろっ…」
「グレ…イっ。グハッ⁉︎」
瀕死のリオンに誰かが追い打ちをかける。
透明人間になって隠れていた男がリオンの髪の毛を掴み、その姿を現した。金色の鎧に身まとった男が、不満そうな顔をする。
「⁉︎誰だ!」
(まぁ、そう簡単に終わるわけないよね)
嶺も部屋を観察すると薄々グレイとリオン以外にも誰かいることは既に察知していた。透明化し、この場をずっと観察して人物がいることも。
「この役立たずが。テメェも、その仲間も敵の一人や二人如き殺すことも出来ねぇのか」
「き、さまっ…!」
「周りからは霊帝様だのほざいていたが、結局お前と取り巻きは所詮羽虫程度に過ぎなかったか」
殺者の楽園の一人である大男が現れ、リオンを壁に投げつける。
「…テメェ何者だ!」
「名を名乗る前に、まずはこの邪魔者は消すとするか」
男は銃を展開し、全ての銃口をリオンに向ける。グレイは驚きはしたものの、リオンを守ろうと前に出る。
「な、何のつもりだグレイっ…」
「勘違いするなよ。デリオラのこともあるが、お前でも目の前で殺されるのを黙って見過ごす訳にもいかないからな…武器を捨てろ、その気がないならテメェを潰す」
「これ以上戦えねぇ奴に生きる資格はない。強い奴が生き残る。
敗者は大人しく散っていればいいんだよ!」
「っつ⁉︎アイスメイク・
クリークは一切の躊躇なく、二人に向けて一斉掃射する。造形魔法で氷の盾を出現させ、銃弾を防ぐが、
「そんな脆弱な盾で、止められると思っているのか!邪魔をするんじゃねぇ‼︎」
「たった数発でヒビがっ…⁉︎」
(貫通どころか、氷が溶けている⁉︎
くそっ、このまま防ぐのは無理か!)
氷の盾は徐々に溶け始め、すぐにでも砕かれそうになる程小さくなる。銃弾には火属性付加が込められ、氷魔法で作られた盾は徐々に溶けていく。
このまま維持すれば、いずれ突破されると。
(不味いっ…さっきのダメージが、先に固めておくべきだった)
魔法を解いてこの場から脱出しても、腹部にある怪我はまだ治療してない。
その場に跪いてしまい、氷の盾が崩れて散った。
「虫ケラが。
まぁ、二人仲良く死んで手間が省け」
二人とも怪我を負って、直ぐに避けることはできない。少なくとも銃弾は当たったはずだが、残っていたのは飛び散った氷の破片と削れた地面しかない。
撃たれた血痕すら地面についてなかった。
「…何?」
「ん、危なかったね」
「嶺…お前、無事だったのか?
てゆうか、今までどこに行ってたんだよ⁉︎」
嶺が助けに来てくれたことに驚いている。いつの間に神殿に嶺が入っていた。
「道に迷ってたよ。神殿が傾いてたから多分ナツが暴れているんだろうなと」
「それでここに来たってわけか…」
ナツなら計画を止めるために神殿の中で大暴れし、その爆音が聞こえても何らおかしくない。
「俺の部下を葬ったのは貴様か?」
「…は?部下?何のこと?」
「惚けるな!森にいたはずの兵士や増援部隊まで全滅するなど、お前以外誰がいる‼︎」
「んー、いやいやそんな覚えないよ」
クリークは嶺に質問するが、彼女も敵の部下を殲滅させたことを何も知らない。
彼女は話を聞きつつも思い出そうとするが、それでも首を傾げる。部下は何人か倒したが、全滅させるほどやった覚えはない。
「森?じゃあエルザとルーシィの二人がやったんだろうな」
「エルザ?ここに来ているの?」
「あぁ。この島にあいつもやって来ている。
今、森には霊帝の部下達を相手に戦っているが、大丈夫だろ。
もしかしたら、この男の部下も一緒に倒したんだろうな」
グレイやナツのように二人と知り合っているから、二人が倒したんじゃないのかということ言っているが、殺者の楽園は異質な能力を持つ敵もおり、人殺しも躊躇しない連中である。
仮に二人が彼らと対峙し、真面に戦えるとは到底思えなかった。
(んー、でもあいつらを相手にできるとは思えないけど…)
「あの森に大岩を仕込んだのは、テメェの仕業だったのか!」
「そうだ。だがあんな程度の罠で葬れるとは思っていない。精々足止め程度…いや、属性耐久の為に実験に過ぎないだけだ。
デリオラがじきに復活する以上、霊帝達を生かす価値もない。
この島にいる全員皆殺しだ‼︎」
楽園の目的は島に生きている人を殺す。怪物、正義側、霊帝達、フェアリーテイル、村の住民であろうが、老若男女問わず殺して経験値を手に入れること。
(只でさえ、デリオラのところに行って止めなきゃいけねげってのに…こんな奴まで野放しにしたら)
「ナツ達やこの島の住民達にも手をかけるつもりか⁉︎させるっ…かよ!」
嶺がグレイの前に出て、クリーク二世と対峙する。
「れ、嶺っ…⁉︎」
「ここは私がやっとくよ。
デリオラ…だっけ?グレイはやらないといけないことがあるんじゃないの?
それにその手負いじゃ、満足に戦えないし。
敵も火と氷が通用しない罠を仕込ませているってことは、装備にも両方の属性に耐性を持っているよ?
今ここにいるリオンとグレイにとっても相性最悪だし、ここは私に任せてくれないかな」
「…任せてもらっていいか?」
「勿論いいよー」
グレイは部屋から出て、地下にあるデリオラへと向かっていく。こんな手負いの状態で加勢しても、嶺の足手まといになる。
嶺が本当にその男を倒せるかどうかも、心配だったが、信用して任せるしかできない。
(あんな奴とまで手を組んでいたとはな…リオン)
クリーク二世の武装を見て、リオン以上に危険な人物であるか、額に冷や汗が流れていた。
「…嶺、絶対無事に戻ってこいよ。
リオンのことも任せた」
「ん、了解」
クリーク二世はグレイが走り去ろうとしているのを、止めない。目の前にいる正義側を葬ることもまた目的であり、弱い奴が逃げても後々始末できる自信があった。
「フン、まぁいい。
お前を殺すのも目的の一つだからな。
随分と余裕そうな顔をしているが、本当は俺に恐怖しているのだろう?」
そう聞かれても嶺は去っていくグレイの方にしか顔を向けていない。無反応な彼女にクリーク二世の顔に青筋を立てて、苛立っている。
「舐めやがって…!よそ見してんじゃねぇ!」
「…よそ見してないよ」
クリーク二世は鉄球を取り出して、それを投げつける。それを嶺は横に避け、三枚の呪符を取り出す。
最初に使用した札は水柱を吹き出すリウクルズを発動する。
「無駄だ!炎と氷、そして氷に伴う水もまた俺には効かな「なら、それ以外の属性なら何も問題ないよね?」」
残りの二枚は岩雪崩と閃光が放たれる。
頭上に岩が降り注がれ、閃光は鎧ごとクリークを貫いた。
「き、貴様っ…‼︎」
咄嗟の判断で身につけたマントで防ぐ。致命傷は逃れたものの、装備した鉄マントと鎧はボロボロになっている。
盾を展開して棘を射出しようとするが、放つ前に既に急接近し、切り裂く。
身に纏った黄金の鎧が砕かれ、クリークはよろめく。
「それで終わり?」
「こ、この女ぁっ…舐めるんじゃねぇ‼︎」
盾から槍状に、大戦争を両手に待ち構え、嶺に特攻を仕掛ける。彼がその槍を振り回すたびに、仕込んだ火薬が近くのものを破壊する。
(自分が爆発に巻き込まれないようにしてるなら、間合いを詰めたり防ぐのは不味いかな。
よし)
また嶺は懐に入り、今度は槍を解体する。
黄金の鎧が破壊されたことで身軽になっていたとしても、嶺の動きについていけなかった。
「勝負あったな!毒に飲まれて死ねぇ!」
盾の部分だけがまだ残っているのを目にすると、彼は勝利を確信した。
その盾には毒ガス兵器を仕込ませている。
ガスの影響で自分を巻き込みかねないため、一定の距離を離した上で放つ必要があった
が、このクリークの様子から毒ガスは通用しない。
「敗者は強者に喰われる。強ぇやつが生き残るんだよ!」
(…それじゃあやっぱり)
クリークは大楯に自動的に毒ガス爆弾を稼働するよう、大声を上げて叫ぼうとする。
「自動猛毒ガス弾、MH5。発ーー」
「死ぬのはそっちってことだよね?」
その前に、嶺はクリークを殺した。
毒ガスをばら撒く時にマスクを手に持っていない。身体に毒耐性か無力化を仕込み、直接吸っても問題ないようにしていたのだろう。
そうでなければ、毒ガスの自爆特攻(道連れ)に等しい行為なのだから。
(…マスクをしてないってことは、他に毒耐性でも持っていたのかな?
発射する前に抹殺して良かったけど。
武器は…まぁうん、迂闊に拾えそうにないなー)
この祭壇が毒ガスまみれになれば、ナツ達を巻き込みかねない。
不用意に触れて、その毒ガスが発射するわけにもいかず、嶺は遠くに移動して呪符を発動する。
「よし、飛んでけー」
アイスキャノンで吹き飛ばされた壁が残っており、外に飛ばす。
風で盾は吹き飛ばされ、バクドーンで破裂する。いくら属性による耐性があっても、武器自体の耐久は限度がある。
風の力で炎は増し、毒ガスは炎に飲まれて消えていく、
盾の破片だけが、無残に落ちていった。
針山の鉄マントも札の攻撃では役に立たず、身体中の皮膚は既に深く抉られ、血が滝のように溢れていく。クリーク二世は自分が切り刻まれて死んだことすら気づかないまま生き絶え、灰となって消えさられた。
(力任せといっても最初の敵が幾分強かったと思うかな。モヒカンだったけど)
力任せと言えばと嶺は少しだけ思い返していた。デンドロ戦では電撃で感電し、動けなかったのを覚えている。
あっちの方がまだ苦戦を強いられた方だったが、このクリーク二世は相手にあまりにも呆気なく終わってしまった。
敵が弱かったのか或いは自分が強くなり過ぎてしまったのか。
嶺が敵に行動させまいと、俊敏に動いてたせいでクリーク二世の本来の強さが分からなかった。
(あ、来た来た。報酬25万か)
殺者の楽園の討伐任務は完了し、そのメール連絡も来ている。報酬は楽園の殲滅と記載されているが、クリークはともかく、部下全員を倒した記憶が全くない。
いつの間に倒したんだろうかと。
(ナツ達がここに来る前に決着をつけて良かった、かな。あーでも…戦ってるうちにリオンを見失っちゃった)
デリオラの叫び声が島全体にこだまし、振動する。近くにいた嶺は耳がキンキンとし、咄嗟に耳栓を取り出して付ける。
「耳栓耳栓っと…!」
クリークとの戦闘を終えて耳が煩いと耳栓をつけようと嶺だったが、地下でデリオラは復活した。あの場から去ったリオンが地下に向かい、ナツとグレイの二人がその化け物と合間見えていた。