ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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44.原初の女神

「何……これ――」

 

 ジナコは、周囲の激変した景色に目を見開いた。

 感情の揺さぶり、無数のドクロは、ジナコに原初的な恐怖を与えた。

 

 ――それだけでも、無に帰した心は、無理やり再起動を余儀なくされる。

 

「い、いや……嫌ッス。何、これ……怖い、やめてよ、やめてよ……もう、アタシに構わないでよう」

 

 恐れ、畏れ、怖れ――かくして心を揺さぶるのは焦燥だ。

 それはこの十五年間、ジナコが常に感じ続けてきたもの。

 麻痺してしまったはずの心に、それはあまりにも新鮮に届きうる。

 

 ――誰かが意図したものではない。

 愛歌も、ジナコに反応など求めてはいないし、カルナとてこのような状況、想定しているはずもない。

 

 けれども、この状況は、単なる一般人でしかないジナコにとっては、あまりにもおどろおどろしい地獄に映る。

 

 故に、

 

「――へぇ」

 

 愛歌は少しだけ楽しげに笑みを浮かべて、

 

「――――落ち着け、ジナコ!」

 

 カルナは、焦ったようにジナコへと振り返る。

 

 心を揺らされることは悪いことではない。

 今のジナコは、完全に停止している状態だ、その炉心に薪をくべれば、ジナコはもう一度だけならば動き出すことはできるだろう。

 けれども、これはダメだ。

 あまりにもリスキーすぎる。

 

 この光景はジナコにとってあまりに毒だ。

 平常であれば、正気を保っていられなくなる。

 今は心を壊してしまっているがために鈍くなっているが、通常では直視してなどいられない。

 荒療治は、カルナの望む所ではなかった。

 

「――早急な決着が必要か」

 

「来るなら来なさい、セイバー――このまま決着をつけるわよ」

 

 言葉に、セイバーは無言で頷いた。

 ゆっくりと後退りを始めるジナコに、その前に立つカルナ――正面には、セイバーと、そして愛歌だ。

 

 セイバーが飛び出し、カルナが応える。

 振り下ろされた剣、直後金属の弾ける音が周囲を支配した。

 

 猛烈な音だ、耳をふさぐジナコが、それでもなお怯えを隠せないほど。

 

 ――カルナは後ろにのけぞった。

 この程度なら、想定内、明らかにこちら以上のスペックに達していても、この程度ならばなんとでもなる。

 

 だが――連撃となれば話は別だ。

 苛烈な刃の群れ、カルナは、一歩、また一歩と後方へと押されていく。

 ――それで済んでいるのだから異常という他無いわけだが、それでも。

 

 このままでは、必ずどこかで限界が来る。

 

 故に、反撃に打って出る。

 セイバーの剣と剣の間のほころびは小さい。

 驚くほどに“早すぎる”のだ。

 今のカルナの――軽く倍。

 

 それを、カルナは槍一本で受け止めていたというのだから異常という他はないが――

 それでも均衡は崩れる、カルナは迫る剣に対し、まともな防御をしなかった。

 最低限の――回避できるかどうかすら微妙な回避、縦の切り払いを、身体を逸らしているだけだ。

 

 故に、カルナの身体を剣がかすめる。

 それでも――決定的な一撃にはなりえない。

 どころか、カルナは全くそれをものともしない。

 

 むしろセイバーの剣は、カルナによって“弾かれた”。

 思わぬ光景に、セイバーは目を見開く。

 

「ぬぅ――!」

 

「――日輪よ、具足となえ(カヴァーチャ&クンダーラ)

 

 カルナは不死身の英霊だ。

 黄金の鎧を身にまとい、多くの攻撃をほぼ無傷で耐えてしまう。

 今はその恩恵を受けてはいないものの、それでも多少のダメージならば、防ぐには十分だ。

 この程度なら、この宝具とそして何より――気合でなんとかしてしまえる。

 

 そして返す一閃、セイバーを狙うそれは、しかし無意味とかして空を切る。

 それでも――決して無価値にはならない。

 

 一方的な均衡は崩れた。

 そのまま連撃、カルナの槍が何度もセイバーを突き立てようと迫る。

 動作の短い、速度の一撃。

 それを弾きながら、セイバーもまた反撃を試みる。

 

 両者の戦闘は、完全に速度と速度のぶつけあいとなった。

 自身を軽く上回る速度で迫るセイバーを、カルナは技術のみで捌いてみせる。

 

 無数の剣戟を躱し、往なし、返す刃を叩きつける。

 それは薄氷の上の綱渡りだ。

 無数に迫る剣の雨を、最小限の回避のみで、ダメージを無視して反撃に打って出る。

 その回数は一度ではない、一秒に十、二十では足りないだろう。

 最速クラスの英霊の戦い――それはもはや人が認識することすらかなわない世界だ。

 

 そして――天秤が揺れる時が来る。

 豪風の中を掻い潜り、突き抜けたカルナの一閃、セイバーの剣が、揺さぶられる。

 

「――――なぁ!」

 

 これでも、ダメか。

 セイバーの剣は天才のそれだ。

 間違いなく剣の英霊に足る才能を彼女は有している。

 それを、カルナは完全に対応して見せているのだ。

 ――であれば、カルナの技量の次元はどこにある?

 

「これだから神代の英霊は、何から何までスケールが違う!」

 

「お前の主ほどではないがな――」

 

 言葉とともに、炸裂。

 互いに、セイバーも、そしてカルナもはじけた。

 両者の筋力の数値は微小な差故、セイバーが若干カルナを上回ったとしても、工夫しだいでいくらでもひっくり返される。

 

「――落ち着きなさいセイバー、今の貴方はあの大英霊を確実に上回っている。ジリ貧に陥るのを待つべきよ」

 

「しかし――それにも神経を使うのだがなっ!」

 

 言葉とともに、再びセイバーは駆け出す。

 一瞬にして迫ったセイバーに対し、カルナの返答は無言の槍だ。

 弾ける音の直後、セイバーが飛び上がる。

 足元に炎を噴出させ、態勢を整えるとカルナの後方へ着地するのだ。

 それに、カルナは追いつくことがかなわない。

 

 続く連撃を、カルナは前方に飛び出して回避した。

 その体が滑るように回転する、足元には炎の軌跡、互いに魔力放出を開放した戦闘が繰り広げられる。

 

 無数の火の粉が周囲を散って、躯にまみれた足元を照らしだす。

 更には剣戟の火花すらお互いの顔を浮き彫りにさせ、戦闘はただただ激化の一途をたどる。

 

 だが、苛烈な攻めを無軌道に――無尽蔵に繰り出すセイバーに対し、カルナの底は思いの外早く尽きてしまう。

 限界だ――このままでは敗北は免れない。

 魔力放出という土台において、優位を行くのはカルナのほうのはずだ。

 なにせ相手のそれは、文字通り付け焼き刃でしかないのだから。

 

 ――であるのに、圧倒される理由は何か。

 単純だ。

 絶対的な魔力量、ほぼ無限とすら言える愛歌のそれと、雀の涙ほどしかないジナコのそれでは、絶望的に状況が悪すぎる。

 

 固有結界クラスの大魔術を展開、維持し、バーサーカーをはるかに上回る湯水のような魔力を投入したセイバーの戦闘方法。

 その二つをまとめてこなして、なお涼しい顔をする愛歌は、さすがは根源接続者、といったところか。

 

 であれば、趣向を変え得る必要がある。

 少なくともこのままの攻め手ではカルナは敗北に誘われるのみ。

 ――何もよいことなど、ないではないか。

 

 故に、魔力放出を用いて距離を取る。

 こここの一手――セイバーの警戒は薄い。

 逃すということは、ありえない――!

 

 

「――――真の英雄は眼で殺す」

 

 

 即ち、“梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”。

 あらゆるものに破壊を与えるそれは、カルナの眼力によって成立する。

 故に眼で殺す。

 ――射殺すのだ、文字通り、強烈なビームとすら思えるほどのそれが、セイバーへと向かうのである。

 

 対するセイバーはそれに即座に対応してみせる。

 “真正面から切りかかる”という愚策でもって。

 

 ――しかし、今のセイバーは余裕に満ちているのだ。

 なにせ、圧倒的な能力でもって、一方的な戦闘を繰り広げているのだ。

 現状、カルナがこの蹂躙を“戦闘”にまで持って行っているのが異常なのである。

 故に――カルナの眼力を“切り払う”という選択肢にでた。

 

 それは無謀であるか。

 否である、今のセイバーなら十分に可能だ。

 敵の威圧に対し、また自身の威圧で返す、それだけのこと。

 

 ただ問題があるとすれば、――それで動きが拘束されるということか。

 

「――もらった」

 

 カルナの眼が更に鋭く研ぎ澄まされる。

 それは即ち、勝利を確信したが故のもの。

 動きを止めたセイバーに、続く一撃を叩きつける――!

 

 

「――――梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

 

 

 しまったと、思う暇すらなかった。

 二撃目など無いと――セイバーは完全にそう思い込んでいたのだ。

 連射ならばともかく、“重ねがけ”などと――!

 

 ――躱せない。

 その事実は、考えるまでもないことだ。

 

 光が満ちる。

 もはや炎とは認識することすら不可能なそれは、極大な力の塊と化す。

 柄から弾け散る火の粉が、即ちセイバーを仕留める牙と同義であった。

 

 揺れる。

 震える。

 地が割れる。

 

 ――無数の髑髏の海が、カルナの踏み込みにとって派手に散った。

 

 ――来る。

 叩きつけられる衝撃――セイバーは、極大のダメージを覚悟した。

 

 ――――が、しかし。

 

 

「――――――――――――――――バカね」

 

 

 セイバーの足元がぐらりと揺らぐ。

 歪んだ視界のその先に――沙条愛歌が現れた。

 

 もったいぶったように、空中に転移して着地しながら、

 

 迫るビームを振り払う。

 

「――ほう」

 

 思わず、セイバーも、そしてカルナも目を剥いた。

 愛歌の周囲に無数の躯が浮かび上がるのだ。

 朽ち果てた亡者達の塊が、赤き焔をともなって、カルナのそれに襲いかかる。

 

 ――すかさずそれは破裂した。

 当たり前だ、手のひらの災禍を纏ったとはいえ、宝具クラスの一撃を、まともに単なる髑髏が受け止められるはずがない。

 

 それでも――その髑髏すらも壁として、いくつかはカルナに迫った。

 高速ではあるが、勢いはない。

 受けることも可能だが――それでも危険だ。

 直感スキルは有さずとも、そこは稀代の大英霊、カルナは目の前のそれを訝しみ、即座に後方へ退避する。

 

 結果として――

 

 ――愛歌は、カルナのビームを防ぎきったことになる。

 

「アレを追い詰めるのに集中を要するといったのは何処の誰かしら。今の貴方は確かに強力、アレを圧倒するだけの力もある。けれど――無敵なんてことは、ありえない」

 

「それは……」

 

 常のセイバーは、無茶をするなと良く愛歌に呼びかける。

 けれども愛歌からしてみれば、今のセイバーこそ無茶もいいところだと言うものだ。

 

 なにせ彼女は単なるサーヴァントでしかない。

 全能とすら言える愛歌とは、そもそも土台が違うのだから。

 ――確かにセイバーは器用だが、万能ではない。

 

「ふむ、まぁ良いではないか! 余は盛大に、全てをとして戦うだけだ! それで負けたら、運がなかったということだな」

 

「せめて私としては、最善を尽くしきってから負けて欲しいのだけどね」

 

「努力はしよう!」

 

 言葉とともに、セイバーは愛歌の前に出る。

 彼女を守るのが自分の役目だ、と言わんばかりに。

 ――愛歌としては、ただ単にセイバーが切り込み、愛歌がその後詰をするという、単なる役割に則ったものでしかないが。

 

 ともあれ、それを見るカルナは、油断なく槍を構える。

 

「――来るか原初の女王(ポトニア・テローン)。とすれば、これ以上の出し惜しみは即ち敗北」

 

 どうやら既に、カルナの思考の中では、今後の展開がおおよその終わりを見ているようだ。

 決着は近い――既に怪獣女王も発動しセイバーはカルナを圧倒している。

 手札は切り尽くされつつある――それは事実だろう。

 

 そこで、即断即決の選択をするのが、このカルナという英霊だ。

 

「敗北が必定だというのなら、甘んじてそれを受け入れよう。――――しかし、残念ながらまだ、俺は敗北を見てはいない」

 

「……ほう、ここで決着をつけるつもりか、ランサー」

 

「然り。どうやらお前たちには、敗北を押し付けねばならんようだ、済まない」

 

「とんでもない自信だな。その潔さに免じ、うぬぼれと呼ぶのは控えておこう。――否、貴様であればその程度は当然か。良いぞ――受けて立つ」

 

 あぁ、まったくもって感服だ、とカルナは肩をすくめる。

 

「俺は舞台の上に立つような男ではない。お前たちに対してできるのは、舞台もろともそれを崩落させること。――行くぞ、華々しくもただそれしか無かった皇帝よ。これは全てを必滅へ導く神の一撃――――絶滅とはこれ、この一刺し」

 

 そうして――カルナの背中の四枚羽が展開される。

 太陽の英霊を、正しき申し子へと変えてゆく。

 

 ――――セイバーは、一瞬だけ身体を揺らした。

 それは畏れだ。

 恐怖でもない、絶望でもない――ただただ偉大なる英霊に対する、畏敬と感謝の念。

 

 己は今、それを真正面から相対している。

 カルナの手に宿るは眩さすら失った白の炎。

 己の手に握られるは原初の火と銘打たれただけの、ちっぽけな剣。

 

 振るうには、いかにも頼りなく思えてしまう。

 この聖杯戦争で自身の全てを預けてきたはずの得物すら、目の前の英霊には単なる火種にすぎないのだ。

 

 ゆっくりと力は形へと変わる。

 カルナは準備を終えようとしていた。

 

 対するセイバーも、覚悟を決める。

 自分は、どれだけ豪奢なれども只の人間だ。

 英霊としては、むしろ格は低い方。

 

 それでも――背中にいるのは自分のマスターだ。

 沙条愛歌、全能にして全知すらも可能とする少女、そしてセイバーが最も親愛な感情を向ける愛しい娘でもある。

 

 これは愛か――まさしく是。

 それに応えるべく、セイバーはカルナに剣を向ける。

 

 策はあるか、無い。

 この世のおいておそらくは数本の指に入るほどのそれを前にして、あるのはただ無謀な勇気だけ。

 けれどもこれを、蛮勇などと呼んでなるものか。

 自分はセイバー――愛歌のサーヴァントだ。

 

 ならばこれは、必ず確信にかわるのだ。

 己は負けるはずがない――と。

 

「行くぞ――」

 

「来い――!」

 

 言葉は、短く。

 

 

「――――――――日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)

 

 

 かくしてカルナは――その名を告げる。


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