ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
サクラ迷宮第六階。
ラニの迷宮第三層。
――長いようで短い、乙女の深層をめぐる旅は終了し、かくしてこの地、ラニの心の奥底にて、セイバーとランサーは相まみえる。
準備は既に完了していた。
戦いは既に始まっていた。
とすれば、もはや両者の間に言葉は無用の長物。
ラニは既に愛歌へ宣戦布告を済ませているし、愛歌もそれを了承している。
――――愛歌とセイバーがラニの底に辿り着いた直後。
不意打ちめいた特急が、セイバーに向けて放たれた。
――
ランサーの放つ、槍と自身の同時突撃。
その本質は、速度であり、そして重さ。
高速故にとてつもない衝撃を伴うそれは、真正面から受けられたものではない。
それを回避する暇もなく放たれたのだ。
セイバーへ向けて、剣を構えることもできずに。
それを――愛歌が、真正面から受け止めた。
否、
――――否である。
愛歌の手のひらの少し手前で、ランサーは手を止めていた。
槍の矛先を、収めていた。
直線する槍を横へ逃し、それから自身の身体は上空へと飛び上がる。
縦に一回転、セイバーと愛歌を見下ろした。
「避けなさい、セイバー」
言葉とともに、愛歌は空間転移でその場から消え去る。
セイバーはといえば、ソレに従わず、迫る槍を剣で往なしていた。
まだ回避しなくてはならないほどではない、ということか。
それから、円を描くように縦横無尽な槍の群れを、セイバーはひたすら受けて流した。
振るわれた剣が風を、空間をかき乱すが、そんなものは知ったことではない。
とにかく、受ける。
ここで反撃のチャンスを狙うのだ。
現在セイバーは圧倒されている。
セイバーとランサー、両者のサーヴァントとしての実力はほぼ互角。
凛との戦いの頃にあったハンデも、現在はなく、お互いが万全の状態。
とすれば、天秤は容易に傾くものであり、今回の場合それが奇襲であったというだけのこと。
卑怯とは言うまい、今回の場合、既に“ここに入ってきた時点”で戦闘開始の前にするべき了見は全て済まされていた。
それは愛歌達も解っていたし、それでも対応できなかったのは、単に着地の隙は愛歌やセイバーであっても消せなかっただけのこと。
そしてそれによって発生した不利の状況を、ひっくり返すための反撃の隙だ。
――ここで一歩下がっても、ランサーは手を休めてはくれないだろう。
下がっても同じなら、前に出るほうが確率は向上する。
やがて好機は訪れる。
ランサーの槍が地に叩きつけられた、かなりの勢い、これを再起させるには時間が足りない。
セイバーの中で刻まれた戦闘予測が――皇帝特権によって得られた剣術スキルが、ランサーの首を切り飛ばす瞬間を幻視させる。
取れる――相手が普通の人間ならば。
セイバーは、即座に剣術スキルを捨てた。
この状況にそれは不要、変わりに得たのは直感スキル。
――刹那の感覚が、迫り来る“尾”の動きを観測する。
はじけた――刃と、鋼鉄の龍の尾が。
守りを固めたセイバーに、受け止められるランサーの尾。
“剣術スキル”というのには、特大の欠点がある。
それは、剣術という大系が、同じ人間を相手にスルことを前提としている点。
虎や狼、ましてや竜など、相手にすることなどありえない。
それをセイバーは重々承知していた。
ランサーも、こうなることは織り込み済みだ。
“敢えて隙を晒して”、セイバーの出方を見たに過ぎない。
「――この程度で、死んでくれるんじゃないわよ?」
「殺せなかった貴様が言うか、些か無様よな」
互いに、解りきったようにお互いを挑発して、再び同時にはぜた。
剣と槍がぶつかり合って、今度はセイバーが一歩踏み込む。
槍の弾幕は苛烈の一言。
ソレであってもなお、セイバーは体を丸め、隙間の中から刃を振るう。
途端に体を反らし回避、――弾幕は、一旦の停滞を見る。
――あの一撃でランサーはアドバンテージを失った。
もとより、それを考慮した上での一撃だ。
基本、攻めることは守ることよりも難しい。
戦争にしても、卓上の遊戯にしても、だ。
一手間違えただけで、容易に状況がひっくり返る。
ランサーの一撃が、まさしくそうであったように。
であるなら、攻めで状況が打開できないなら、――守勢から状況をひっくり返せばいい。
簡単な事だ、いい加減三回の戦闘で、相手の手の内も知れてきている。
とすれば天秤は、今まで以上に激しく揺れ続ける。
チャンスはいくらでもあるのだ。
――隙を伺う、ランサーは槍をこの戦争において急激に向上しつつあった戦闘技能で持って、そう判断したのであった。
◆
「ふむ――これは」
対する愛歌は、現在の状況に多少なりとも困惑したように思考を巡らせていた。
ここまで、ランサーとは三度対決している。
これが三度目、それまでの二戦はどちらも愛歌たちの勝利である。
そしてそのたびに“マスターは常に変化している”のだ。
特に、凛とランルーくんの違いは明白で、とすればこのラニもまた、その変化を見せてくることは明白であろうが――
――このような手合いは、この月にて初めて出会った手合いだ。
視界を覆う球体。
電子に制御された見た目をしたそれは、軽く解析スル限り、おそらくは爆弾。
その場に設置され、こちらを無機質な瞳のように見据えている。
触れれば爆発、もしくは近づけば爆発、か。
それが、愛歌の周囲へ置かれているのだ。
愛歌を逃がさないように。
空間転移で逃げればよいか、それは不可能な判断だ。
“転移しても即座に設置しなおされる”。
それでは何の意味もない。
「動かないほうが懸命ですよ。もしくは、私の側に転移し、自爆に持ち込むか」
どうでしょう、悪い案ではないかと思いますが、と首を傾げる。
勿論、却下だ。
これは物理的な爆弾ではなく、ラニの用意したコードキャストだ。
わざわざプログラムに、自爆なんて命令を与えるものか。
この爆発は“本人には無効”であるに決まっている。
確実に、こちらが対処に困る状況にラニは追い込んでいる。
そう、これが他のマスターとは決定的に違う点。
マスター対マスターの構図はそうだが、ソレ以前の問題として。
“マスターが愛歌に挑む”という構図が、そもそもからしてイレギュラーなのだ。
愛歌は、間違いなくこの聖杯戦争でぶっちぎりの最強マスターである。
レオですら、魔術師としての腕では遠く愛歌に及ばない。
ここが聖杯戦争、“サーヴァント”という愛歌に匹敵する戦力を有して、やっと勝機が見える。
つまり、愛歌へマスターが挑む、という状況はこれまで成立してこなかったのだ。
それが今回に限っては解除されている。
ムーンセルの頃のと違って、マスターに直接攻撃できるという状況もそうだが――
――――どうにも、この少女、ラニ=Ⅷは、愛歌に魔術戦で本気で勝とうとしているようだ。
自分が、“出逢えばイコール死”とされる存在であることくらい、愛歌は理解している。
それでも問題はなかったから、気にもしてこなかった。
だが、ある種愛歌はそれに“甘えて”いたのだ。
挑んでこないのだから、自由に、好き勝手でも許される。
実際その通りなのだが、何事にも例外は存在するのだ。
それが、このラニ=Ⅷであった、というだけの話。
とすれば腹を据えて対処する必要がある。
やぶれかぶれで特攻してくるだけならともかく、ラニのそれは完全に勝機を見据えた戦術だ。
事実、愛歌の持ちうる手はおおよそ封じられているように思える。
それを策略として、ラニは実行しているのだ。
さて、それを踏まえて――
相手は爆弾。
触れれば即座に爆発、サーヴァントならともかく、生身の人間である愛歌では耐えられないことは明白。
手のひらの毒なら対処は可能だろう、アレは無差別に全てを“破壊する”ことを主旨としている。
ただ、射程が絶望的に短い、触れて破壊する必要がある。
とすると、一つ一つ触れていてはきりがない、相手も次を投入してくるにきまっている。
消すとなれば迅速に、勝負を決めるその時でなければならない。
そもそもこの爆弾は動くということはないが、果たしてどれほどの距離で爆発する?
そして何より、その爆発は、“ラニの手では起こせない”のか?
ここまでを鑑みて、試してみるべき手段がひとつ。
――直後、愛歌の周囲を炎が満ちた、手のひらの災禍である。
◆
セイバーとランサーの高速戦闘は、さながら個人でありながら戦争をしているかのよう。
飛び交う金切り音は、小競り合いの息を等に超えている。
常人であれば視界で追うことすら出来ないサーヴァントの戦闘、その一つの極地である。
セイバーは皇帝特権スキルを有し、その多彩なスキルから無数の手数を生み出す。
ランサーは自身の翼と尾、身体全てを利用した高機動型の戦闘。
互いに人の域を超えた人外の戦いではあるものの、しかしどこか、そこにはある種の異質さが混じっているのだ。
さながらこれが、まるで“剣豪同士の仕合”であるかのような。
ある種、沈黙とさえ呼べる空白が生まれていた。
上段からの切り下ろし、ランサーは横に流すことで剣を弾く。
しかし、それだけでは終わらない、追撃に弾かれた勢いがそのまま剣の横薙ぎに変わった。
それもランサーは回避、上へ飛び上がり、回転ざまの叩きつけ。
セイバーは冷静に受け止め、ランサーはセイバーの後ろに回る。
チャンスだ――ここで、ランサーは一気呵成に攻め立てる。
しかし、全て切り払われてしまった。
無限にも思える突きの群れ、ひとつ残らず逸らされ躱され、往なされた。
そこでランサーは踏み込み過ぎた、セイバーは見逃さない。
瞬間的に体を捻り、何とか一撃を回避する、しかしその次は絶対に続かない。
再び攻守が入れ替わった。
両者の戦闘はもはや膠着を通り越して硬直の域に達している。
お互い揺らがない、決定的な一撃を持ち出さない。
完全に相手の出方を伺っている。
故に、ここに――戦争の如き苛烈さを有しながらも、
――――鋼鉄に満ちた、無言のにらみ合いが完成する。
ただ剣を向けあい、佇んで、そのまま静止しているだけ。
どちらかが動けば、その返しで即座に切り捨てられる。
一瞬にして永遠の戦いだ。
――そんな、剣に生きたものの最終地点に今、セイバーとランサーは異質でありながらも到達していた。
セイバーは元来の天才性で持って。
ランサーは人の身を超えたが故の力でもって。
互いに、まとものレベルを超えた究極のにらみ合いを続けている。
在るのは沈黙だけだった。
そう、その中で、両者は極限状態を越えて、意思すら喪失したまま、ただ戦いに殉じている。
怖ろしいことに、両者は自身の硬直を自覚してはいなかった。
――そんな意識すら、この戦闘には不要だったのだ。
時計の針が一定のリズムを刻むように――時計が、刻限を迎える時のように。
静かに戦いは、終局へと向かっていく。
◆
周囲を覆った炎は、しかし愛歌の周りの爆弾を溶かすことはない。
即座に反応して爆発、愛歌を巻き込むかと思えば、そんなことは無いようだ。
爆弾を無視して、端から存在していないかのように炎はすり抜ける。
炎は対非人間に特化しているが、それへの対策として、完全に愛歌の炎を無視する選択をとったのだ。
――――なるほど、と炎を散らす。
火の粉と化したそれは花びらのように周囲へ散って、やがて消えた。
対し、ラニの言葉はない。
ただ油断なく、愛歌のことを見据えているだけ。
変化は、ない。
――――――――――――――――本当に?
否、そんなはずはない。
明らかに違うではないか。
愛歌の行動に対するラニの反応が、明らかに先ほどとは違っている。
ラニは機械のような少女ではあるが、決して機械などではない。
あくまで普通の人間だ。
とすれば――
…………決まった。
愛歌はふと、頬の笑みを更に深める。
両の目を閉じて、優しげに、しかし故に恐ろしくも思える笑みを、浮かべた。
やがて、愛歌は動き出す。
取るべき選択は明白となった。
触れれば爆発するボム、炎を透過するボム。
他にも、幾らでも情報は存在している。
後は、それを解きほぐし、愛歌自身の勝利を得るだけ。
ゆっくりと動き出す。
――瞳を片方だけ開き、ラニの目線と、丁度重ねた。
少しだけ、ラニの眼が揺れたのが解る。
さぁ、勝負の分かれ目だ。
――――この戦いを、終わらせに行くとしよう。
なにげに初の場面二分割戦闘。
愛歌対ラニのそれはいうなれば能力バトルのそれ。
セイバー対ランサーは見た目が派手な達人同士の仕合みたいな。