ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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13.少女人形

 ――――絶好の隙を遠坂凛は無理やり作り出し、それにランサーは完璧に答えた。

 そう、完璧に。

 ――入った。

 確信を持ってランサーはそう認識した。

 

 そうでなければおかしいのだ。

 あの呪いの量はセイバーとて振り払えないレベル。

 それに加えてランサーの速度は、現在の最高潮によるものだった。

 

 これを外すはずもない。

 故に、ランサーの顔には笑みが浮かんでいた。

 勝利の笑み、咆哮にも近い、歓喜のそれ。

 

 ――――その状態で、

 

 

 ――――――――ランサーは、セイバーに貫かれていた。

 

 

「――あ、え?」

 

 嘘だろう、と現実を確かめるようにランサーは自身の身体を見下ろす。

 胸元は自身の血で染まり、原初の火、セイバーの剣の刀身が血を浴びて淡く光る。

 紛れも無く、それは自分のものだ。

 間違えるはずもない、こと血を扱うことに関して、ランサーの右に出るものはそういない。

 

 故に、ランサーは正しく状況を認識する。

 

 ――重く、鈍い音が足元で響いた。

 ランサーの槍が、手元からこぼれ落ちたのであった。

 

 それを自身の勝利と見届けて、セイバーは剣を抜き去った。

 空を切る音、同時に血飛沫は切っ先から噴出し、すぐに足元の血だまりに溶けて消える。

 

 ゆっくりとランサーが後退し――血のたまらない場所で、膝をついた。

 

 ランサー対セイバー。

 

 そして、沙条愛歌と遠坂凛。

 互いにとって唯一と言っても良い友人同士の対決、知恵のぶつけあいはこうして――幕を閉じる。

 

 

 ◆

 

 

 ゆっくりとランサーの横を通り過ぎ、セイバーが愛歌の元へと帰還する。

 その横で、愛歌と凛は視線を合わせていた。

 ぶつけあっていた。

 

 ――困惑と、勝利の確信。

 前者が凛で後者が愛歌。

 明暗は、ハッキリ別れた形となった。

 

「……負け、た?」

 

 ぽつり、口元から漏れるのは、現実への無理解。

 できるはずもない、凛は勝利を疑っていなかった、それ相応の策を仕掛けたのだ。

 それで負けたのだとしたら――原因が愛歌にないのが、凛にとって不可解であった。

 

 あの場面、凛とランサーの必殺を覆したのは紛れも無くセイバーだ。

 

「――そう、負けたのよリン。いい加減認めなさいな。ま、悔しいのは解るけどね」

 

 思いの外冷静にそう告げるのはランサーであった。

 それは、おそらく敗北の違いが原因に起因するのだろう。

 つまるところ、ランサーは既に一度セイバーと愛歌に敗北している。

 

 この敗北が、どのようにして敗北ヘ導かれたのか、ある程度は理解しているのだ。

 

「それは……わかってるわよ! っていうか、そういうのを気にしないのは貴方らしく無い気もするけど?」

 

「あら、だって“どうでもいい”もの。ここで負けても、私には次があるしね」

 

 ――そういえばそうだ。

 悔しさで顔を歪ませながらも、凛の思考――そこに外付された“知識”はそう納得する。

 ランサーは、“次の階層”においても、愛歌達と相対することになる。

 

 まぁ、それもあるだろうが、やはり“負ける可能性を考慮していた”のだろう。

 少なくとも、凛よりはずっと。

 

「まぁ、でも当然よね、この反応の違いは」

 

 そう愛歌は指摘する。

 どこか楽しげに、勝利の余韻に浸ると言うふうではなく。

 

「――負けることを考えるなんて、凛らしくないわ」

 

「……ありがとう」

 

 確信を持った言葉に、素直に凛は礼を返した。

 意地を張っても仕方がないし、問題はそこに無いからだ。

 

「――でも、どうして負けたの? 少なくとも、あそこで“決着がつかない”ことはあっても、“負ける”という可能性は考慮していなかったの」

 

 沙条愛歌はバケモノだ。

 故に、アレほどまでにランサーと凛の策が嵌っても、対処はされる可能性は十分にあった。

 例えば、愛歌とセイバーの位置を入れ替えランサーの槍を防ぐ、とか。

 けれども、“カウンターを喰らう”可能性は低いと凛は判断したのだ。

 この例で言えば、愛歌は槍を防げても、決定的にランサーを仕留めることは敵わないだろう、決定力が足りないのだ。

 

「それだけど、とっても簡単な話よ」

 

 ――――と、そこでカツ、カツと先程まで響いていた足音が止む。

 セイバーが静止したのだ。

 愛歌のすぐ前に辿り着き、凛へ向けて振り返る。

 

 ――極上のドヤ顔でもって。

 

 

「――――あれは、セイバーが勝手にやったことだもの」

 

 

 あぁ、そうか。

 理解した。

 単純なことだったのだ。

 ――セイバーに手の内を透かされていた。

 

 月の表では、聖杯戦争が繰り広げられていた。

 その中で遠坂凛はセイバーと多少なりとも交流を持っている。

 おそらく、愛歌と、凛のサーヴァントであった蒼いランサーを除けば、もっともムーンセルにて凛と親しかったのは、このセイバーなのだ。

 

 故に、読まれた。

 簡単な話である。

 後は対魔力を皇帝特権で重ねがけしたか、もしくはピンポイントで凛の宝石魔術を防ぐスキルを取得したか。

 どちらにせよ、対処自体は難しくない。

 本来ならそういった小技を得意とするサーヴァントなのだ、セイバーは。

 

「……そっか、そもそも読み合いという点においてすら、私たちは負けてたっていうわけだ」

 

 言葉にしてしまえば腑に落ちた。

 ――相手は月の聖杯戦争にてレオ・B・ハーウェイと頂点を争う強者。

 もとより総合力で負けるのは承知の上、サーヴァントの性能という点で何とか間の子にまで持ち込めたが、そこから先へは進めなかった。

 紛れも無く、遠坂凛の敗北である。

 

 それを認識し、パタリと凛はその場に膝をついた。

 へたり込むように腰を下ろして、はぁ、と一つ嘆息をついた。

 

「――――勝ちたかったんだけどなぁ」

 

 それは、おそらく凛の、珍しく年相応な本音だっただろう。

 ――友人に、沙条愛歌に負けたくない、彼女らしい、意地と言える。

 

「別に謝るつもりはないけれど……まぁ、アレね」

 

 言いながら、代わりに立ち上がったランサーは、凛を見下ろして、ふと告げる。

 その姿は既に血を止めて、ある程度動くことは可能なようだ。

 流石に戦闘をさせるのは無茶だろうし、そもそも既に凛とランサーの間に魔力のパスはないのだが。

 

「…………どんまい?」

 

「その言い方はなんだか癪に障るわね、ランサー」

 

 凛と、そしてセイバーと愛歌に背を向けて、その一言を最後にランサーはその場から立ち去っていった。

 かくして戦闘は終了。

 

「さて、リンよ、余と奏者とそれからついでにリンも合わせて、この場から出してくれ」

 

 セイバーがさっそく、というふうに声をかける。

 深く息を吐き出しながら、凛は力を込めて立ち上がった。

 

「解ってるわよ、ちょっとまってなさいな」

 

 今更それに逆らうつもりはない、凛の女王生活はもう終わってしまったのだから。

 惜しくはあるが、いまさらごねても仕方がない。

 

「――――ところで」

 

 ふと、空間転移で愛歌が凛のすぐ側に出現した。

 どういうわけか凛よりも自身の頭が高く来るように、空中へと現れたのである。

 とん、とゆっくり愛歌は着地して、凛をどこか物欲しそうな顔をして見上げた。

 

「何?」

 

 問いかけると、愛歌は満面の笑みを浮かべて、

 

 

「――もう一回くらい言ってくれない? お姉さまって」

 

 

 …………ぽかん、と。

 思わず凛は呆けてしまった。

 

「引っ張りすぎだ、奏者よ」

 

 そんなセイバーの冷静なツッコミと共に、凛の世界――この決戦場は消滅していく。

 

 

 ◆

 

 

 ――愛歌とセイバー、そして凛。

 壁の中から復帰した彼女たちを待ち受けていたのは、一人の黒い少女であった。

 

 黒――宛らそれは夜に融けた桜のよう。

 手には何やら指揮棒のようなものを握り、その顔は、彼女たちのよく知る少女によく似ていて――

 

 

「――――はぁい、待ってましたよ、先輩!」

 

 

 音符が飛び出しそうなほど軽やかな声で、彼女はそう愛歌に呼びかけた。

 

「な……」

 

 思わずセイバーが絶句する。

 それはおそらく凛も同様であろう。

 無理もない、“彼女”はセイバー達の“仲間”であるはずだ。

 だというのに、今彼女の纏う気配は剣呑そのものではないか。

 

 これではまるで、彼女が敵になったかのようで――

 

 それを肌に感じていないという様子なのは、おそらくこの場では愛歌のみ。

 どころか。

 

『――――まずいですね、強制退出の準備を』

 

 通信機の向こう側も、ドタバタと声が行き交っている。

 無理もない、動揺するのも当然だ。

 

『――――らん、らん』

 

 おそらく動揺などしていないであろうランルーくんのそんな声を最後に、一度通信は遮断された。

 誰が為したか、語るまでもない。

 

 そして、そんな“誰か”、よく知る“彼女”に、愛歌はぽつりと、声をかける。

 

 

「……………………どちらさま?」

 

 

 ――と。

 むぅ、と黒い少女は頬をふくらませて、

 

「――もう、ひどいデス先輩。DEATHだけに! この顔、見覚えないはずないでしょ? ダメなほうのあの娘が貴方の側には居るんですから」

 

「……そうは言っても、貴方とわたし、初対面じゃない?」

 

 まったく理解していないという顔で、愛歌はそう返す。

 

「あぁ! 先輩ってば酷いんだ。このBBちゃんの顔を忘れちゃうなんて、これでも私、桜のようで桜じゃない、ちょっとどころじゃなく桜じゃないBBちゃんなんですけど」

 

 意味はご想像にお任せします、とハートマークを飛ばしながら告げて、BBと名乗った少女――桜によく似た顔立ちの少女は指揮棒を愛歌へ突きつける。

 

「ふふ、一人目の刺客、撃破おめでとうございます。そんな先輩に、今日は特別にBBちゃん自ら慰安に来てあげましたよ」

 

 シニカルな笑みは、実に小悪魔らしく、可愛らしい。

 

「たーっぷりBBちゃんの身体に悩殺されてくださいね?」

 

「ふぅん、それで……貴方がこの迷宮の主なの?」

 

 まるで興味なさそうに、愛歌は核心を問いかけた。

 

「せ、先輩は情緒ってものがないんですか! もう! ピロートークっていうのを楽しまないんですか?」

 

「ぴ、ピロー?」

 

 首を傾げる愛歌に、セイバーが即座に割って入る。

 

「えぇい、奏者を誑かすでないサクラモドキ! BBと言ったか、貴様、何故にこのような事をしでかす」

 

「――――」

 

 セイバーの問いもまたストレートなものであるが、その反応は真逆であった。

 愛歌に対して向けられた数々の愛らしい表情が、即座に消え去り、人形へと変わる。

 

 ――そこに、感情と呼べる概念は存在しなかった。

 

「……そうですよ。私がこの迷宮のゲームマスター、仕掛け人というわけです。……であればどうするのです? 私をここで討つ? ダメですよ、それはゲーム違反です」

 

 冷えきった声音は、背筋をなでつけるようであった。

 それはもはや凍てつくどころのはなしではなく、氷付き、最後には砕け散ってしまいそうなほど。

 

 心の臓を掴まれるような声、愛歌ですら、そんな声は幾度もセイバーに向けていない。

 

「なるほど、どうやら随分面倒な手合いのようだ。リン、この場から離脱するぞ、余が担ぐ――良いな?」

 

「……え? あ、解った。――愛歌も、大丈夫よね?」

 

 空間の緊張に飲まれそうになっていた凛が、声をかけられ復帰する。

 ――そこに、BBの凍てつく声が足元を凍らせる。

 

「ダメですよ、逃がしません。――いいえ、あなた達にはあの古ぼけた後校舎に磔になってもらいましょう。そうですね、それがいい」

 

 ぶつぶつと何かをその場で練り上げるようにしながら、一つBBは頷く。

 

 

 ――――直後、何かが周囲を書き換える。

 

 

 理解の外、気がつけば凛とセイバーの身体は何かに吹き飛ばされていた。

 

「――ッッ!」

 

 声を上げる間もない、

 突然のそれに、両者は身体を投げ出され、そしてその場から掻き消えていた。

 

 沙条愛歌だけがその場に残る。

 

「……先輩、まだいるんですか?」

 

 それに、BBはようやく調子を元に戻して、問いかける。

 別にBBが愛歌だけを残したわけではない。

 愛歌ごと追い払おうとしたが、愛歌だけは叶わなかったのだ。

 

「別に、こんな所にいる必要はないのだけど……」

 

 ふと、考えこむように愛歌は言葉を選ぶ。

 彼女自身、自分の感情というものを、つかみあぐねている、かのような。

 

 それでもやがて、これでよいと妥協かはたまた結論か、言葉を決めつけ、口を開く。

 

 

「貴方、前にどこかでわたしと会ったこと、無いかしら?」

 

 

 ――それを、BBは、少しだけ眼を見開いた後、

 

「そんなわけないじゃないですか、私は先輩を知ってますけど、先輩は私を知りません、おもちゃと持ち主の関係ですね」

 

 指揮棒を振るいながら、踊るようにしながら返す。

 ふぅん、と愛歌は鼻を鳴らし、BBから背を向ける。

 無防備な背中であるが――BBはそれに手を出すつもりはなかった。

 

「そう、解ったわ。じゃあ――何れまた、どこかで会いましょう?」

 

 この場で両者は争うつもりもない。

 愛歌はおおよそ理解していた、目の前の少女を打倒しようというのなら、自分以外にもピースがいる、と。

 最低でも、セイバーがこの場にいなければ打倒は不可能だろう。

 

 そのセイバーがたった今強制退場されたところで、つまるところ手詰まりである。

 

 かくして愛歌は、BBの元から掻き消える。

 一度激流に身を任せてしまえば、後は勝手に旧校舎まで流れが押し流してくれるだろう。

 

 

 ――そして後には、BBただ一人が、ポツンと残されるのであった。




 Chapter1終了。そしてBBちゃんも登場です。
 無印本編とは違って、負けても死ぬわけじゃないのであまり語ることはありません。
 強いて言うなら言葉責めは深層突入時の心の叫びと同様オミットですよ。

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