ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
コレまでのように、月の管理していた月見原の校舎は、ほぼ常に人の気配が絶えなかった。
マスターの数が多かったというのもあるが、全ての夜となってもNPCが姿を消すことはない。
それが、この月の裏側で、明確に誰かの主導でメンテナンスを行わなくてはいけない現在。
一定のタイミング、時期になれば、校舎は完全に寝静まるのであった。
時間の概念を失ったこの旧校舎において、あるとすれば“夜”と言えるこの時間帯。
NPCの無機質な活気とはいえ、人の気配を失った旧校舎は、少なくとも、今は間違いなく“死に絶えている”。
人らしい人など、迷宮入り口で愛歌とセイバーを出迎えたユリウス程度なもの。
現在は生徒会室も機能を停止し、誰かが姿を見せることはない。
――そんな中愛歌は、セイバーを先に帰らせて、一人ある場所を目指した。
理由は単なる気まぐれ。
幾つか理由付けは可能だろうが、どれも無意味――気まぐれという理由と等価値な代物。
特に愛歌の場合、基本的には徹底した合理主義なくせに、妙なところで無駄を楽しむきらいがある。
無駄だと思っても、思わず足を運ぶのが愛歌という少女なのだ。
かくして訪れたのは“保健室”。
誰が目的であるかは言うまでもない。
「入るわよ」
短くそう告げて、勢い紛れに扉を開く。
警戒に滑った引き戸は、そのまま愛歌を保健室へと誘う。
一つ一つが隣接しているが、区切られている。
ここはもう、旧校舎とは別の世界なのだ。
「あ、は、はい! えっと、どうしたんですか? センパイ」
うつらうつらと――スリープ状態に入っていた桜が飛び起きる。
白衣に“表の”月見原の制服。
「探索の終わりに、少しお茶でもしようかと思って。セイバーとでも良いのだけど、今日はなんとなく桜が良かったの」
「え? あの、センパイ? 何で、私なんかを……」
「なんとなく、よ。――強いて言うなら、凛に久々にあったから、かしら」
それは更によくわからない、桜は更に首を傾げる。
少なくとも、凛と桜に類似性はない。
優秀な魔術師と、上級AI――似ている部分など全くもって皆無だろう。
「そんなことはないわ。確かに正確も姿形も、決して似通っているとはいえない。だけどそうね――」
それを愛歌は否定しながら、うぅんと考える。
「――――根源、というのは言い過ぎだけれど、もっと根本的な部分で、桜と凛は、どこかがつながっている気がするのよ」
「……繋がって、いる?」
そうだ、と愛歌は頷く。
とはいえそれを言語化するのは愛歌であってすら難しい。
「何かが在るのかもしれないわね、そしてその何かは偶然ではない。貴方が表で間桐慎二の妹という配役をされたように」
「いえ、それは偶然だと思いますけど」
――桜としては、そう思う。
だが、案外そうではないのかもしれない。
例えば“沙条愛歌の令呪”のように、ムーンセルが記録の中から引っ張りだしたから、こうして桜は“間桐桜”となったのかもしれない。
「何も偶然である必要なんて無いのよ。少なくともSE.RA.PHにおいて、神は観測機にして願望機たるムーンセルだった。そのムーンセルが配置したのなら、意味がある」
――同じものを、桜と凛に対して、愛歌は感じているのだ。
と、そう言いたいのだろう。
「そういうわけだから、少しお茶にしましょう。寝る前に一杯――あんまり時間は取らせないわ」
「いえ、その、あのそもそも、こんなところで時間を過ごさないで、早くお休みになった方がいいと思います。身体が資本なのですから」
そう桜は提言するのだが、肝心の愛歌が動じた様子すらない。
つかつかと保健室を闊歩し、室内から紅茶を入れるにちょうどいいものを取り出していく。
結局、半分は自分で用意したようだが。
「別に、特に疲れたわけでもないのだし、構わないじゃない。それにこの世界で優先すべきは身体的なものではなく精神的なものよ」
時間という概念がなく、また電脳世界である以上、身体が疲労するということはない。
魔力も、愛歌であればそれを回復させる必要はないのだ。
「それでしたら……そうですね、私もお付き合いします。センパイがせっかく来てくれたんですし、それをサポートするのもAIの役目です」
言いながら、立ち上がり準備を続ける愛歌の手伝いに奔走する。
とはいっても、紅茶をいれてテーブルに並べるだけだ。
つまむお菓子も用意しないし、桜は座ったままでも構わない。
まぁ、性分だろう。
「別に固くなる必要もないのにね。AIだから、という理由もあまりよいものではないわ」
「……少し、不思議です」
準備を追えて、桜と愛歌は向き合うように座る。
天井の蛍光灯が紅茶から漏れだす湯気を照らしている。
赤く染め上げられた湖畔は、香ばしい茶葉の香りとなって愛歌たちを刺激してくる。
「沙条さんは――魔術師としては究極と言っていいほどの実力者で、ハッカーとしても一流です」
モニター越しにエネミーを屠る少女の実力は、サーヴァントに勝るとも劣らないほど。
こうして何気ないハッカーとしての技術で呼び出される紅茶も、かなり高級なものだ。
「でも、それだったらなぜ私のようなAIにこうして話しかけるのでしょう。……いえ、らしくない発言ですよね、ごめんなさい」
――――らしくない、だからこんなことを聞いてしまうのか。
迷っている、AIに迷いなんてモノは不要だ。
あるとすれば、それは選択肢の取捨選択、可能性の検討くらいだ。
とすれば、こうして桜が施工するということは――桜は愛歌に何かの可能性を抱いているのかもしれない。
それは、希望と呼べるものなのかもしれない。
愛歌はすす、と音も立てずに紅茶を味わう。
そのまま、顔の半分をカップに隠し、愛歌は答える。
「そう、――どうでもいいわね」
至極端的に、まったく興味も示さず少女は答えた。
辛辣、では決してないだろう。
それが即ち、何よりもわかりやすい彼女のスタンスなのだ。
“どうでもいい”。
それは、それこそ相手が“人間でなくっとも”。
愛歌の基準は平等だ。
それは、桜のようなAIであっても、変わらない。
「……センパイは、優しいんですね」
「――そうなの?」
桜の言葉に、愛歌は何気なく問いかける。
よくわかってない――彼女自身が、自分の事をよく解っていない。
そうだ。
そうなのだ。
――――沙条愛歌とは、桜の知る愛歌という少女は、こういう少女なのだ。
何も、変わっていないではないか。
「そういえば、忘れていたけれど――貴方に言わなくてはならないことがあるの」
「え、はい、何でしょう」
――そう。
「……その制服、少し場違いじゃない?」
沙条愛歌とは、こういう人間だ。
急に、まったくもって唐突に、愛歌は桜の“表の制服”を指さした。
「こっちに落ちてきたCPUの多くはこちら側の制服を着ているわ。昔はどうあれ、今はこの旧校舎に順応している。桜以外はね」
「いえ、購買の神父さまもそのままだと思うのですけど」
「アレが神父以外の何だというのよ、それにアイツは空気が読めないところまでCPUとしての仕事なの、桜とは違うわ」
――
空気がよめない、というのは少し違う気もするのだが。
むぅ、と口元に手を当て桜は考える。
「でもその、流石にそんな事にリソースを割くわけにも行きませんし……」
「あら、変えるだけならすぐよ、リソースだってほとんどかからない」
――即座に愛歌は言ってみせる。
あぁそうだ、目の前に居るのは超が付く天才霊子ハッカーであった。
今桜と愛歌が飲んでいる紅茶も、愛歌の
「貴方はAI、わたし達と違って、この旧校舎に溶け込む義務があるの。あのピエロや尼とは違うのよ」
いくら桜が保険委員だからといって、許されることと許されないことがある。
そしてこれは許されないことなのだ。
愛歌はそう、はばかることなく言い切った。
「…………えぇっと」
桜はいよいよ持って腕組みを始める。
愛歌のいうことは、AIである桜には全くよくわからないことだ。
そもそも、前提として“桜が衣装を変えることは無意味”である。
これは霊子ハッカーとしては、そもそもAIという存在を扱う上では常識である。
愛歌の場合、その常識がない――というよりも、そもそも人間であろうがAIであろうが扱いを変えることはないのだから、意味が無い。
それはある種の美点であるが、どことなくその根本には薄情に思える。
今は人間らしさがそれを感じさせないが、きっと愛歌の本質は――
ともあれ、結論としては、桜はこれを断りたい。
しかし、いかなる理由も愛歌の説得材料足り得ない。
とすれば――
「……わかりました」
ここは桜が、折れる他ない。
嘆息を零すが、それをまるで無視したように愛歌は紅茶を口に運ぶ。
思わず釣られて飲んでみると、少し熱が冷めて、紅茶は調度良い熱さになっていた。
言い方を変えれば――中途半端なぬるさになっていた。
まるで自分の心境のようだ。
“なんとも言えない”、端的に言って、それである。
「それじゃあ、今から衣替え、ですか?」
「……そうねぇ、それなのだけど、凛が戻ってきてからにしましょう」
す、と手のひらをお辞儀のように合わせて、愛歌はそう提案する。
どういうことだろう、と桜が首をかしげていると、
「何も桜の衣装を旧校舎の制服に限る必要はないと思うのよ。いろいろな衣装を着てみましょう。最終的には制服に落ち着くかもしれないけれど、きっと楽しいわ」
愛歌はカタ、と椅子を引き、立ち上がり後方へと転移する。
――直後ふわりと少女の身体が待った。
ミニスカートがくるりと傘のように回転し、浮き上がる。
歳相応、十と少しの童女らしい姿だ――表のころとは、少し様子が違う。
「こうして、新しい衣装を着てみて思ったのだけれどね、人というのは衣装一つでその在り方すら変化させてしまうのよ」
――表の頃は、こうしてくるくると踊るような少女は、さながら妖精のそれであった。
神秘の産物、幻想の一片と称されるそれと、今の愛歌は随分と様子が違う。
現在はいうなれば等身大、人形のような愛らしさ。
歳相応、と形容するのが正解だろうか。
「……なんとなく、解らなくはないです」
――素直に、愛歌の雰囲気の違いを桜は理解した。
とはいえ、それが自分にも必要であるかといえば、少し疑問符が付くところだ。
愛歌は衣装を変えればその雰囲気も一変させる。
それは愛歌が全くもって見目麗しいからで、要するに“何を着ても似合う”というだけのこと。
しかし、そうはいっても、実際のところそれは桜の自己評価が低いだけなのだが。
完全なる過小評価、まったくもって見当違いだ。
誰も指摘しないのではあるが。
「こういう時、凛がいると助かるの。あの娘なんだかんだ言ってお洒落は得意だし、そういうところは普通の女の子だもの、わたし一人より、ずっと弾むことでしょうね」
女三人よればかしましい、だ。
二人よりも、三人、もっと数を増やしてもいいのかもしれない。
「……弾む、何がですか?」
「会話よ! わたしね、してみたい事があるの。そうね、セイバーも呼びましょう。きっと素敵な時間になるわ」
桜は一層首を傾げて不思議そうにする。
全くもって愛歌のイワンとしていることが解らない、思い至らない。
愛歌はゆっくりと踊りのようなステップを終え、再び席につく。
ニカリと、子供らしい笑みを浮かべて、花咲くような満面の笑みで、宣言する。
「――――女子会よ」
相変わらず、単語を聞いてもポカンとしたままの桜。
愛歌は改めて紅茶をすする。
更に少し冷めて、ぬるま湯は水に変わろうとしている。
けれども、温かい。
人肌のそれは、少女の心を温めるものであった。